- 【2次】漫画SS総合スレへようこそpart78【創作】
91 :永遠の扉[]:2016/08/14(日) 22:45:01.87 ID:0Q1QQcFM - 第100話 「見上げる星、それぞれの歴史が輝いて」
9月16日。 月面。 暗幕をかけられたような灰色の荒野のとある一点に爆発と共に叩きつけられた影がある。 宇宙空間に不釣合いな学生服を着込んだその少年は一穂(いっすい)の光華灯す突撃槍を振りかざすと立ち上がり、 咆哮しながら突き進む。目指すのは巨躯の男。赤銅色の筋肉で全身を覆った2mを超える男。彼は巨大な斧を振りかざし 少年を、薙ぎ倒す。高速車両から転落したように肩を膝を強打しながら彼方へ転がっていく彼の行く手にブラックホールが 開く。斧を突き出し誦(ず)するよう唸りを上げる大男に呼応し膨れ上がる絶対の重力場に飲まれかけた少年はしかし咄嗟に 地面へ突き立てた石突の爆発によって軌道を逸らし難を逃れる。 数10m越しに睨み合う2人。少年は傷だらけで息を荒げ、大男は蛍火の残霞漂う眉1つ動かさずただ戦意だけを高めて いく。 終わりのない戦いだった。彼らは月に到達してからずっと戦い続けていた。旋転し遊泳する衛星の約30日という公転周期 とほぼ同じぐらいの歳月を果て無き闘争に費やしていた。 大男の名をヴィクター=パワードといい、少年の名は……武藤カズキという。 2人はまだ、知らない。 遠景と借景にずっと聳(そび)え続けてきた青い惑星(ほし)で起こった戦いを。 起ころうとしている……戦いを。 2人はまだ、知らないのだ。 遠く離れた母星の歴史が今、本来歩むべきものとは遠くかけ離れたものになりつつあるコトを。 発端はパピヨンパークだった。荒廃した未来を変えるための決戦が総てのズレの始まりだった。 武藤ソウヤという青年の戦いによって未来は確かに変わった。平和になった。 だがそれは本来死すべき者を、死していれば良かった者をも生かす結果になったのだ。 やがて遠き未来で悪党の末裔は30億もの人命を奪う『大乱』を起こし……最強の魔神をも産み落とす。 魔神を愛する者が居た。生きるため戦うも謀略によって命を落とした魔神と再び逢いたいと願う者が居た。 その者は歴史を変える力を持っていた。さまざまな追撃と制限によって何度も何度も失敗しながらも、愛する者と再会した い一心で、少しずつ、少しずつ、歴史を都合のいいように改竄していった。 パピヨンパークで変えられた未来が、更に別の未来を産んだのだ。 新たな未来から過去に遡った者が正史と異なる過去すら……産んだのだ。 故にカズキとヴィクターがいま歩んでいる歴史は、かつて彼らが踏破したものとは異なる物だ。 偽りの歴史。塗り替えられた歴史。 しかし彼らだけは正史とほぼ変わらぬ運命を辿る。 カズキはやがて地球からの迎えによって帰還し、ヴィクターはカズキの差し伸べた手によって愛娘と再会する。
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92 :永遠の扉[sage]:2016/08/14(日) 22:45:33.11 ID:0Q1QQcFM - そうなるよう仕組まれたのだ。彼らが不在の間に『正史では起こりえなかった戦い』が地球で起こるよう仕組まれたのだ。
だから激しく干戈を交える彼らは……直接的には関われない。 今より母星で始まる偽りの歴史に、贋鼎(がんてい)の闘争に、直接参画するコトは叶わない。 『直接的』には。 突撃槍から光を噴き上げ突貫するカズキ。 ヴィクターは大戦斧から重力波を巻き上げる。 他の生命を吸い上げ己の力とする機構2人はいま生命なき月面にいる。 ドレインできるのはもはや互(かたみ)の命だけ。無限獄だった。どちらがどちらに、どれほどの手傷を負わそうとも、次 の瞬間には同等の吸収(ダメージ)が還ってくるのだ。 希望にしがみついて離れない少年が鮮烈な闘気を巻き起こす。 そのたび絶望に囚われつづける大男はより強い憎念で斧を振る。 いつしかヴィクターは、いっこう諦めない少年の心を折るコトだけを考え始めていた。 カズキが生きるコトを諦めてさえくれれば、ヴィクターは糧を失くし、己の呪われた運命を決着できるのだ。 斧を振る。振りかざす。少年が希望の片鱗を覗かせるたびヴィクターは己が絶望を重力に込めて叩きつける。 どれほど足掻こうと運命は変えられない……正義を失い、仲間から追われ、妻を傷つけ、娘すら怪物に変えられた絶望を 糧としてヴィクターはカズキを打ちのめす。 人は憎む物に成り果てる。憎むからこそ”そのもの”になってしまう。不条理を憎む天才が不条理そのものにならんとした ように、ヴィクターもまた絶望となってカズキの前に立ちはだからんとし続ける。 でなければ、立ち上がれる者がいるのであれば、成せなかった自分の生涯が今度こそ無意味と決定されてしまうから。 ヴィクターはカズキが発奮するたび必要以上の膂力を持って捻じ伏せにかかる。 もはや慣れたルーチンワークだ。当たり前のように繰り返し続けた行為だ。 彼らはただそれを繰り返す。それのみを繰り返す。 今から地球で戦いが始まる。 参画する者はさまざまだ。確固たる意思を以って主宰した者もいれば、あらゆる流れをただ一堂に炸裂させたい一心で舞 台を整えた者もいる。憎悪を晴らす機会としか捉えていない者も当然存在するし、かつてない偶機と好機を己が理念のため 利用せんと目論む者だっている。奪われてしまった『身近な誰か』の復仇と決着を成すため闘技場に上る者たちもいる。 正史では成せなかったコトを成させようとする見えざる運命の磁力に少しずつ導かれつつある部隊(チーム)も……。 恩人や弟のため命を賭けたいと願う少年少女。歴史がどうであろうと自分らしく戦うのみだと決める奇兵たち。きな臭い 決戦の匂いに動員された有象無象の戦士たちもまた細分化すれば独自の理念で動いていく。 唯一名前を呼んだ男のため病理を斃さんと決意する男もいる。 月に消えた大事な存在のため動こうと決意する少女は2人。断絶の泥濘のなか足掻き続けてきた彼女たちは心に灯を ともす少女との触れ合いで少しずつだが前を見るようなり始めた。 そして運命に指名された青年が1人。彼は顔も知らぬ少年によって戦いの最後の一撃を繰り出すコトを義務付けられた。 遡れば500年ほども前から決定付けられていた運命をしかし彼は知らない。 彼の理念はただ1つ。 刺してしまった恩人に謝りたい。 たったそれだけの一念で戦い続けてきた青年はやがて恩人の妹と巡り逢い……力を貰う。 交流はやがて絆となり、彼は彼女の為にも戦いたいと強く願うようになった。 運命を主宰する改竄者さえ予期しなかった異常の事態に彼は居るが……それもまた、当人は知らない。
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93 :永遠の扉[sage]:2016/08/14(日) 22:57:59.41 ID:0Q1QQcFM - 今から地球で戦いが始まる。
しかしカズキとヴィクターだけは物理的な埒外に置かれ続ける。 地球と、月なのだ。彼方此方の距離は想像を絶する。 結論から言うと彼らは地球での戦いをほとんど知らずに戦い続けた。 繰り返しだ。斧を振る。振りかざす。少年が希望の片鱗を覗かせるたびヴィクターは己が絶望を重力に込めて叩きつける。 どれほど足掻こうと変えられなかった運命を、失った正義や仲間に追われた悲哀、妻の体の自由を奪ってしまった忌むべき 偶然、娘すら怪物に変えられた絶望(いかり)をヴィクターは縁もゆかりもないカズキに向けて……打ちのめす。 果てしない繰り返し。ルーチンワーク。身に染み付いたコトだけを彼らはただ忠実に実行し続ける。地球が昼を迎えようと、 夜に染まろうと、再びの朝に至ろうと……2人は不文律だけなぞり続けてきた。 彼らが地球に届けられる物の片方は……『僅かな光』。正史における武藤カズキ帰還のキッカケは、ヴィクターが手にした サンライトハートの瞬きだった。光は月からでも地球に届く。 ならば、その、逆は? 届けられるもう片方は『重力』。しかしそれは光よりもごく僅か。 ……。 今から始まる地球での戦いを締めくくるのは早坂秋水とメルスティーン=ブレイド。 前者はカズキの、後者はヴィクターの戦友である。 もしカズキとヴィクターが戦友の戦いを知ったとしても、その送受信に使えるのは光と重力のみである。 故に、彼らの、関与は。
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94 :永遠の扉[sage]:2016/08/14(日) 22:58:25.04 ID:0Q1QQcFM - 今から地球で、戦いが、始まる。
9月16日 15時28分。 沼津付近の森。 「1600(ヒトロクマルマル)からよねえ、大戦士長の救出作戦」 「あと30分ってとこだね。戦士たちがここに集まるまで」 見目麗しい、女性と見まごう美貌の若い男性の呟きに眼鏡をかけた卑屈な大学生風の青年が答える。 前者は円山円(まるやままどか)。後者は犬飼倫太郎。悪と戦う錬金戦団の一員である。敵味方問わず身長を吹き飛ば す風船爆弾や狂犬病の名の如く暴走する犬人形の武装錬金を持つため、組織から『奇兵』として扱われている彼らはいま、 危険な任務をやらされていた。 「フム。あれが監禁場所。あれが敵どものアジトか」 円山や犬飼の傍で遠眼鏡を覗き込む大男が1人。戦団支給の制服に時代錯誤な陣羽織を羽織っている彼の名は戦部 厳至(いくさべげんじ)。伸ばしっ放しの総髪や不遜の顔つきのせいでまるで荒武者のように見える彼は3人の中で一番の実 力者だ。どれほどのダメージを受けようとたちどころに修復する十文字槍1つで現役戦士中もっとも多くのホムンクルスを 撃破した記録保持者(レコードホルダー)が居ればこそ、敵アジト付近での斥候といった危険な任務をやっていられる円山 と犬飼だ。 「本当、戦部が用心棒だと安心ね。なにしろ相手は”あの”大戦士長を攫った実力者……ヴィクターVと互角かそれ以上」 「どうかな? 身長57mのバスターバロンを出す前に奇襲した臆病者たちの集まりってセンもあるけど?」 属する組織の重役が誘拐されたというのにどこか人事のように麗しい声を漏らす円山に対し、犬飼は過小評価を返す。 「誘拐発生は8月29日。既に3週間近く囚われている。俺たちを力尽くで抑えられる火渡戦士長を素手で叩きのめせる 大戦士長が3週間近くもだ。もし奇襲で捕まっていたとしても……敵にはそれを保持するだけの実力があるとみるべき」 戦部は遠眼鏡を懐に仕舞いこむと、遠望する赤い屋根の建物を舌なめずりしながら見た。犬飼とは逆で、敵がどれほ ど強いかという期待ばかり満ちている。その期待を叶える為の戦いで味方を見捨てたり巻き添えにしたりするため戦部 もまた奇兵と呼ばれている。 とにかく錬金戦団にとって、大戦士長・坂口照星の誘拐は恐るべき大事件だった。上層部が不気味がったのは、実行犯 が何1つ要求せぬ事実だった。普通ならば身代金要求がある筈なのに全くない。共同体の盟主といった収監中のホムン クルスの解放すら求められていない。ならまさかと処刑映像の送付に日々身構えてはみたがそれも来ない。 何のために照星が攫われたのかまったく不明のまま月日が過ぎ早16日目。上層部は混乱したが臨時で大戦士長代行 を務めるようになった火渡の「さっさと老頭児(ロートル)連れ戻しゃ済む話だろうが! 連れ戻して、舐めた連中全員ブッ 殺しゃそれで済む!」という恐るべき一言に鞭打たれるまま救出作戦が実行に移された。 9月半ばとはいえまだ暑い。8月末からこっちずっと野宿前提の追跡任務に従事させられてきた犬飼たち3人は「やっと 今日でひと段落か」という気分である。 由緒正しい戦士の家系に生まれた犬飼は、雑役婦でもできそうな追跡と監視をやらされている待遇が不満だし、エステが 好きな円山は毎日毎日汗だくの体を濾過されていない川などの水で洗う生活にそろそろ嫌気が差している。戦部は獲物の ためなら野宿も辞さない性分だが、強豪がすぐ近くにいると分かっていながら待機せざるを得ない状況にやれやれと思って いる。
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95 :永遠の扉[sage]:2016/08/14(日) 22:59:07.31 ID:0Q1QQcFM - 「まあ、仕掛け時を待たされるのは今回が始めてという訳でもない。どうせあと30分、ここまで来たら気長にやるさ」
ずた袋から取り出した鮮血滴る生肉を頬張る戦部。犬飼はそれを見てちょっと首を竦めた。「今朝襲ってきたクマです もんね」円山は爪にヤスリをかけながら一瞥もせず呟いた。唖然とする犬飼の視線を誤解したのか戦部は「お前も食うか?」 とハムスター風に膨れた頬で呟いた。 「いや焼けよ!! 野生をナマって! 寄生虫とか怖いだろ!」 「何を言う。焼けば炊煙で所在がバレるだろ」 「確かにそうだけど!! お前強い敵と戦いたいんだよな!? だったら焼いて呼んで抜け駆けした方がいいだろ!!」 「そういえばヴィクター級の気配、いまは1つだったわよねえ。張り込み途中から2つ減ったんだし、3人で奇襲したら案外 うまく行くかもだけど」 なんでしないの? 爪をふうっと一吹きした円山が聞くと戦部は生肉を飲み干し、答えた。 「前も言ったが俺は大戦士長とも戦いたいんでな。迂闊で殺されてもつまるまい」 ああそう。今回だけは特別、救出開始まで自重するって訳? 犬飼は舌打ち混じりだ。 「まあな。だが一番槍は頂くぞ。俺にここまでつまらぬ我慢を強いたんだ、戦団の連中が何を言おうが頂かせてもらう」 「ふーーーん」。犬飼の瞳から不快が抜けちょっと小ずるくなった。 人間はちょっと同じ態度の人間を見つけると途端に気を大きくするものだ。冷や飯を食わされていると憤る犬飼は、戦部 の「さんざん待たされた」という不服とも取れる感想に我が意を得たりとばかり言葉を紡ぐ。戦団に従わない相手ならば戦団 への不満を理解してくれるとついつい淡い期待を寄せたのだ。 「本当、戦団の動きの遅さには呆れるよ」。犬飼はやれやれと嘆息した。よく見ると整っている顔立ちなのだが、全体的に 小賢しさと卑屈さが滲んでいるため「美形」という風格はない。「せっかくボクがレイビーズの嗅覚で居場所を突き止めたって いうのに、『待て』だからね」。これで大戦士長が死んでても責任負わないよと意地悪く笑う犬飼。言外に自分を冷遇する戦団 がいかに愚かかという熱弁がある。 「仕方ないじゃない」 円山はやや冷笑気味。稚拙な文法を肯定したら自分まで同じ穴の狢とばかり別意見。 「戦団はヴィクターに手ひどくやられたせいで軍備ガッタガタなのよ? 動ける戦士を集めたり、動けない戦士を動けるように したりで上から下までてんやわんや。むしろ頑張った方じゃない? アジト発見からたった1週間で作戦実行なんだから」 ま、交代要員ぐらい寄越して欲しかったけどね。シャワー浴びたさでそれだけを付け足す円山に犬飼はやや論破のたじろぎ を浮かべたが、何かを探すように視線を左右させるや「気付き」という苦虫を噛み潰したようなカオになる。 「そのよくやってる戦団の足引いてるのは誰だい? 銀成の連中じゃないか。本当なら今ごろ楯山千歳と根来は来ていた 筈だろ」 「まあそうね。瞬間移動持ちとその制限(100kg)にひっかからない単身痩躯だもの。何事もなければあっという間に、だけど」 「銀成の奴ら、急な任務がどうとかで借りやがって……!」 「まさか大戦士長を攫った組織の、レティクルの幹部があっちに現れるとはな」 「最初こそ軽い疑惑だったのにあれよあれよと大規模戦闘に発展し! 結果!!」 千歳は失明。敵幹部の武装錬金を除去すれば治るとはいえ「敵の視認によって索敵・追跡」というレーダーの武装錬金を まったく活かせぬ状況に陥った。 「根来に至っては自ら失踪! しかも銀成の推測ときたら「楯山千歳の仇を討つため」……? 根来だぞ、的外れも大概だ!」 「そこだけは私も犬飼ちゃんと同意見だけど」、かつて根来に囮にされた円山は首肯するが、くすりと意味ありげに笑う。 「アナタが銀成に否定的なのって、個人的な恨みよね?」 う。犬飼は呻いた。図星でなくてなんであろう。戦部は首を傾げた。 「ん? 何かあったのか?」 「だってェ、あの街といえば」 言うな! 鋭い犬飼の叱咤が跳ぶが円山はお構いなしに続ける。 「銀成といえば武藤カズキなのよ。再殺騒ぎの時、犬飼ちゃんに情けをかけたヴィクターVこと武藤カズキに守られた街 だもの」 「円山……! なんでソレ知ってるんだよ!! お前あのとき既に場を退いていただろ!! 誰にも言ってないのに何でだよ!」 「そりゃ、『ぶざげるなぁッ!』とか『さあ殺せ!』とか大声でガナってれば嫌でも聞こえるし察しもつくわよ。私あのとき風船に 乗ってたのよ、そんなにすぐ遠ざかれる訳ないじゃない」
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96 :永遠の扉[sage]:2016/08/14(日) 22:59:49.43 ID:0Q1QQcFM - 「ホムンクルスと約束するような戦士だ。運が悪かったな」
戦部は軽く笑ってから2枚目のクマ肉を取り出した。 「あと私があの件知らないと思ってるなら銀成の下り遮りにかかったのは失敗ね。アレで何があったか確信しちゃったもの私。 フザけるなとか殺せとかだけなら、『激怒しつつ再発動した自動人形に敵の殺害を命じている』って解釈もアリだし、判断つき かねていたし」 「円山お前カマかけたのか!?」 叫ぶ犬飼に「私にソレってギャグ?」と見た目は女性の男性はちょっと呆れたが、すぐいつも の悠然とした調子に戻る。 「ま、再殺対象とその味方あわせて2人の前にほぼ戦闘不能で取り残されたにも関わらず核鉄持ちで生還した時点で何か あったとは思ってたけど、そう、コトもあろうに情け深く見逃されちゃったのねえ。確かにソレ必死こいて逃げるより屈辱よねえ」 坊主憎けりゃ何とやら。犬飼が銀成を悪く言いたくなるのも無理はない。 「でもその銀成から核鉄借りたお陰でアジト見つけられたのも誰って話よ?」 「言うな……!!」 追跡当初犬飼はまったく手がかりを掴めなかった。仕方なく銀成市にかけあって核鉄を1つ貸与してもらい……ダブル武 装錬金、四頭の軍用犬(ミリタリードッグ)を使ってようやくココまで来れた形である。 「だ! だいたい円山、お前だって銀成守った女戦士に腹裂かれてるだろ!!?」 最後の悪あがきとばかり論理に縋る犬 飼だが、理論武装による感情正当化が通じた例(ためし)は古今ない。都知事ですら、ダメだったのだ。 「腹裂いた女戦士……ああ、津村斗貴子ね? そりゃああのコ自身はちょっと嫌いっていうか軽くトラウマだけどぉ、だから って任務で守った土地まで恨むのは、ねえ?」 「逆恨みも格を下げるぞ。敵の気まぐれで生かされるのも一興と笑う方がまだ楽しめる」 同じく銀成と縁深いパピヨンに敗亡した戦部にそう言われると犬飼の立つ瀬はない。彼はきゅっと唇を結び拳を握る。 「だとしても銀成のせいで根来や楯山千歳が戦線離脱したのは事実だろ……! お陰で火渡戦士長まで事後処理で銀成 寄る羽目になった! 最高指揮官の到着が、銀成のせいで遅れてないって言えるのか…………!」 「そっちの遅れは公務とかのせいでもあるし、一概にはねえ。最後に寄ったのが銀成ってだけで過剰反応しすぎ」 「だいたい遅参を言うならディープブレッシングに乗り込まされた連中も大概だぞ? 根来たちほどすぐ……という予定でも なかったが、出発地点はそこそこ近かった筈。しかし……な」 あちこちあらぬ方向へ行ってしまっているため、作戦刻限に間に合わぬ可能性があるという打電を受けたのがつい1時間 前である。そこも犬飼には面白くない。せっかく自分がアジトを突き止めたのに、誰も彼もが遅れているのだ。 「どいつもこいつも……! 大戦士長救出っていう重大作戦なんだぞ、30分前には着いているべきだろ!」 歯噛みすると円山は「まあまあ」と肩を叩いた。 「強い戦士ほど厄介な任務をやらされているんだもの。救出作戦のために一区切りつけるまでどうしても時間はかかるわよ」 「その代わり直接ココに向かっている連中は粒揃いだ。ディープブレッシングに詰め込まれている半ば予備兵な連中など 比べ物にならん。20位以上の記録保持者(レコードホルダー)すら全員参加だ」 まあそこはボクも認めてはいる。犬飼がやや寂しそうな表情をしたのは自分の持たぬ「強さ」への羨望が過ぎったからだ。 「ホムンクルス撃破数のレコード持ちが20人……だからね」 「戦部が1位だったわよね確か。で、私にソレ伝えた毒島は18位」 「さすが毒ガス持ちだ」 肩を揺する戦部に犬飼は嫌味ったらしくすらある余裕を感じた。ABC兵器の一角に十文字槍1本で勝ってる男なのだ、 やっかまれるのは有名税だろう。 「……。火渡戦士長ですら12位……なんだよな。アイツ……じゃないあの人より強いのが戦部以外に10人も来るって のはどうも信じられないぞ」 だって戦団最強の攻撃力なんだぞブレイズオブグローリー……火渡の武装錬金の名を呼ぶ犬飼に戦部は 「広域殲滅をできる任務が少ないというのもあるが、どうも奴は記録稼ぎに興味がないらしい」 犬飼ですら円山のチクリを鑑みやめた「アイツ」的な呼び方を臆面もなくやりながら、更に続ける。 「一時は取り付かれたようにやってたが、1位になってすぐ当時3位の俺に譲ってやめた。単なる闘争では満たされない らしい。理解できん話だがな」
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97 :永遠の扉[sage]:2016/08/14(日) 23:00:19.06 ID:0Q1QQcFM - 「分からなくもないけど、とにかく11位より上の記録保持者が必ずしも火渡戦士長より強いって訳じゃないのね?」
「だな。俺は純粋に戦いを愉しんだ結果だが、中には「ハメ」で撃破数を稼いでいる者も居る。まあもっとも並みの戦士がホ ムンクルスにそれをやれば返り討ちだが」 「そういう意味では、全員実力者……か。だったら早く着けよ。ボクがアジトを見つけてやったんだぞ。皆ボヤボヤしやがって」 彼は拗ねた子供の表情で黙り込んだ。 「そうつまらなそうにするな」。戦部はくつくつと笑った。眉が太く顎も太い彼が笑うとそれだけで一種の凄みがある。 「無事救出が終われば勲一等を授かるのは犬飼、お前さ」 は? 劣等感に苛まれるが故に褒められるコトになれていない青年は点目の自分を指差したがすぐに激しく首を振る。 「いやいやいや! お前もボクが火渡戦士長に電話でどやされるの聞いてただろ! アジト見つけるまで10日もかかった んだぞ!?」 「まあそうね。犬飼戦士長ってアナタのおじいさんだっけ? 彼なら3日で見つけてたって言われてたわよねえ」 そうだよ、だから勲一等とか、からかうな……! 剣呑な目つきで見据えてくる犬飼を戦部はあやすようにいなした。 「10日でも全く見つからんよりはマシさ」 どこからか取り出した徳利の中身を同じく出所不明の白杯に注ぎながら戦部は言う。 「貴様は知らんだろうが、今回のような敵の目的も意図も不明な事件の時はまず、対象の所在を突き止めた者に勲一等が 贈られる。情報がない場合、正体不明を暴くのは大将首を上げるのに等しいからな。貴様の祖父もそうやって功を重ね 立場を得たと聞いている」 「じいちゃんが……?」 意外そうな犬飼に「やだそーいうのフツー家族から聞くもんでしょ? ひょっとして仲悪い?」と混ぜ返したのは円山だ。 それをうるさいと蹴散らした青年に戦部は酒呷りつつ更に告げる。 「楯山千歳ですら突き止められなかった大戦士長の所在を探し当てた功績は大きいさ。お陰で俺もいの一番に強い者 と戦える。『今回は』組まされているからな、勘で動けぬ俺の足を引かなかっただけでも上出来さ」 「なーんかソレ、ヴィクターVのとき犬飼ちゃん尾けた私を当てこすってない?」 おいしいところは早い物勝ちだった再殺騒動。単独行動が許されていたため酔狂な戦部は勘任せでカズキたちを探して いた。「逢えるかどうか分からぬから面白いのさ」と横浜のホテルで笑いながら告げてきた戦部に円山はちょっとだけ負けた 気分だった。(功績より戦い、ね) おっ始まるまでの過程すら愉しむ気概にある戦部だから、『犬飼を警護しながらの追跡』 という不自由な制限すら精神の野太い顎でバリバリと砕き飲み干したらしい。 「アナタといい根来といい、なーんでホムンクルスにならないのかしらねえ。なっちゃえば今以上に好き放題できるのに」 「なって周り総てが今以上になるなら……迷わずやるさ。根来はどうか知らんがな」 自分だけ強くなってもつまらぬと言いたいらしい。犬飼は呆れた。呆れながらもちょっと葛藤した表情で問いかける。 「前々から思っていたけど、なんでソレが楽しいんだ?」 「ん?」 3枚目のクマ肉を豪快に食い破った戦部は片目を瞑りながら不思議そうに問う。 「だからその、弱い人間の体のままで、強い奴と戦いたいっていうアレだよ。正直さ、楽じゃないだろ? 激戦の高速自動修 復があるとはいえ、いつも楽勝って訳じゃないだろ? ホムンクルスになりさえすれば、もっと強い相手をもっと楽に斃せるよ うになるのに、なんでお前は人間を…………やめないんだ?」 円山がちょっと緩んだ笑いを浮かべたのは、犬飼の言いたいコトが大体分かったからだ。強さという項に権力とか立場を 代入すれば彼を悩ませているものが、疑問の根源が、浮き彫りにされるだろう。 「そういう機微を俺に問われてもな」 戦部はニっと笑った。槍一本で稼ぐコトしか頭にない自分に家柄だの権力だのの悩みを相談されても知るか、という訳で ある。 「俺が人の身で戦うのは面白いから……などと言う回答が、低い立場で戦うのを面白がらぬお前にどうして届く?」 「…………」 聞くだけ損したという顔をする犬飼にしかし戦部は問い返す。 「逆にだ。お前の方こそなぜ人間をやめていない?」 「……………………は?」 よく分からぬという表情をする犬飼に問いかけは続く。
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98 :永遠の扉[sage]:2016/08/14(日) 23:00:56.79 ID:0Q1QQcFM - 「権勢だけが欲しいならなればいいさホムンクルスに。今からでも救出作戦の概要を敵に売り、取り入り、戦団を滅ぼし
人間をやめて共同体を作れば後はお前の思うがままだ。見下してきた連中を力尽くで屈服させるも良し、人間どもを隷属 させるも良し、少なくても今のお前が不服とする状況は打破されるだろうに……何故しない?」 またエラいコト言い出すわねぇ、驚きながらも戦部らしいと笑う円山とは逆に、犬飼は困惑した。搾り出すように呟いた。 「……それは…………負けだろ」 「ほう?」 気に入らない者、上回りたい者を力でねじ伏せてきた戦部は心底不思議そうに首を捻った。 「ボクの一族は由緒正しい戦士の家柄なんだよ……! なのにボクだけが戦士をやめ怪物になる……? そんなのは、 そんなのは……負け、だろうがッ……! 見下され続けてきた腹いせに戦団を裏切り人喰いをやるなど……忌々しい ヴィクターV武藤カズキでさえしなかったコトだ……!! そうだろ!! ボクらがさんざ追い立て殺さんとしたアイツですら 恨むどころかこの地球(ほし)守って今は月だ!! だのに見逃されたボクが……円山のいうような逆恨みでアイツ以下の 怪物に成り下がるなど…………嫌だね絶対! 誰がするか!!」 「ならばそれが問いの答えだ」 無表情で目を閉じ酒を飲む戦部。気勢を吐き切り息せく犬飼は瞠目した。 (これが…………だと……?) 「あらあら熱くなっちゃって。つまり犬飼ちゃんってば純粋な実力で認められたいって訳ね。周りとか、家族に」 「う! うるさい! だいたいちゃんづけやめろ! 再殺の頃してなかっただろソレ!」 だって可愛いんですもの。けらけら笑う円山から唸りつつ視線を外した犬飼のフレームにインしたのは戦部である。直接 ……という訳ではなかったが、心情を整理するキッカケとなった彼に僅かだが謝意が湧いた。 (ボクにもお前ほどの強さがあれば…………もっと自由に、縛られずに生きられるのにな……) 奇兵であるのを見ても分かるように犬飼は一族の中でも落ちこぼれである。代々犬型の自動人形による追跡や探査を お家芸としてきた犬飼家の中にあって彼の操る軍用犬の武装錬金・キラーレイビーズの嗅覚は普通の犬の僅か2倍に すぎない。一般人からすれば無視できない数値ではあるが、しかし錬金術によって超常の現象を起こす核鉄を用いて たった2倍の嗅覚……である。事実、犬飼の祖父の探知犬(ディテクタードッグ)・バーバリアンハウンドは「錬金術の産物 を嗅ぎ分ける」という通常の犬ではず出来ない芸当を易々と成していた。 犬飼個人の資質も低い。祖父が戦士長にまで上り詰めたのはバーバリアンハウンドの優れた特性を更に活かせるハン ドラーとしての見事な能力をも兼ね備えていたからだ。犬飼はハンドラーとして未熟もいいところだ。何しろ彼は……犬が 怖い。犬を操る一族に生まれ犬の武装錬金を発現する癖に実物の犬が怖いのだ。犬のぬいぐるみや犬の写真集が好き で趣味はドッグショーの鑑賞なのに、鳴き真似すら玄人はだしなのに、実物の、生きている犬だけは、ダメなのだ。かつて 彼は鳩尾無銘というチワワ型のホムンクルスを期せずして呼び寄せてしまったコトがあるが、見た目ちっちゃな愛玩用の チワワにすら仰天したほど犬が苦手だ。 だからハンドラーとしての訓練が、積めない。少なくても一族が代々培った、実際の犬を使う独自のカリキュラムをこな すコトが……できない。キラーレイビーズを使って何とか真似してきたが、『犬を扱う一族なのに犬が怖くてそうしている』 という態度は常に大なり小なりの誹りを招いてきた。 (戦部のように強ければ、犬が平気だったら……周りの評価に卑屈にならなかったら) という想いはあっという間に憧憬になった。憧憬できる男が、犬飼の人生において数少ない、真当な会話をしてくれたコト に一抹の感謝が湧いたがプライドの高い犬飼だから素直には言えない。悩んでいると、向こうの方から口を開いた。 「しかし……残念だな」 「残念? 何がだよ?」 ホムンクルス化のコトさ、戦部は笑った。「お前のような形質の男が怪物になると存外強くなるものさ。復讐心などでな。 さすれば喰いでのある敵になると期待したが……今はまだ、無理らしい」。くいっと酒を飲む彼にとってどうやら犬飼は 「肴」でしかなかったらしい。肴はウグリと切歯しそして呻いた。 (そうだった。戦部はこういう奴だった……! くそう、知っていた筈なのに……!!) 味方すら食べようとするなんて……何かと混ぜっ返す円山ですらドン引きだった。
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99 :永遠の扉[sage]:2016/08/14(日) 23:01:21.42 ID:0Q1QQcFM - 「いずれにせよ犬飼、お前の任務は敵の捕捉……だからな。他の戦士が到着しだい後方に下げるよう言われている」
「よねえ。ひ弱な自動人形使いの致死率は高いもの。真先に本体狙われ死んじゃうのがオチ」 探索などの非戦闘任務にこそ将来性がある……というのは犬飼自身さきほどの戦部とのやり取りで実感し始めている ところだ。見張りの途中でこそ敵を仕留めて功績を挙げたいなどと嘯(うそぶ)いていたが、整理のつき始めた気持ちは 少しだけ今までと違った判断を下す。 「分かってるよ。後ろに、安全な場所に下がればいいんだろ。何てったって無事戻れば勲一等なんだ……! ボクを馬鹿 にした連中をやっと見返せるって時に誰が下らない無茶なんか……! ヴィクターVの時の二の舞は避ける、直接戦闘な ど避けてやるさ……!」 同刻。犬飼たちの居る地点へ向かうヘリの中で。 「どうスか先輩」。ボサボサ頭の下に垂れ目を覗かせるアロハシャツの少年戦士が隣の少女に呼びかける。 「本当に可能なのか? 仕組みは全然違うと思うが」。黒いショートボブの少女は答える。顔の半ばに一文字の傷を持つ 精悍で凜とした顔つきの彼女は不思議そうに掌中の物を見た。 それは一言でいえば”歯車(ギア)”だった。ただし機械部品のそれではなく、ちょっとした大皿ほどある丸い円盤に台形の 刃が付いたという趣だ。それを少女──津村斗貴子──は先ほどから何度か握っては試行錯誤の顔つきだ。 「そりゃモーターギアとサンライトハートじゃだいぶ作りも違いますけど」 少年──中村剛太──は言う。 「ある程度の蓄電は出来ます。後はそれを放出できるかどうかです」 と言われてもなあ。斗貴子は微妙な表情だ。 「本当にできるのか? 生体電流の、生体エネルギーへの変換なんて」 「ご主人ご主人! さっきから垂れ目とおっかないの、一体なにしてるじゃん?」 『特訓さ! 特訓としか言いようがない!』 剛太たちの向かいの席で騒ぐ少女の名前は栴檀(ばいせん)香美。故あって錬金戦団に協力しているホムンクルスの1人 である。ネコ型らしい大きなアーモンド型の瞳を大きく見開いて元気よく叫ぶたび、うぐいす色のメッシュが入ったセミロングの 茶髪が揺れる。タンクトップからこぼれんばかりに谷間を覗かせる胸もゆさゆさ揺れる。 『でも生体電流と生体エネルギーの違いってややこしいな!!』 香美の後頭部から張りあがる大声は、彼女の主人、栴檀貴信の物である。彼らは、いま坂口照星を捕らえている組織・ レティクルエレメンツの幹部たちによって1つの体にさせられた悲運の2人だ。元通り別々の体に戻るため戦っている。 錬金戦団に協力したのもその流れだ。 「いろいろあるけど、簡単にいうと、内部を大人しく流れているのが生体電流、外部に向かって激しく放出されるのが生体 エネルギーよ」 嫣然と答えて微笑する見事な黒髪ロングの持ち主は早坂桜花。生徒会長を務めている母校銀成学園のクリーム色の制 服に包んだ長身は、無骨なヘリの中にあって香るような色気を振りまいている。露出こそ少ないがスタイルの良さはタンク トップに短パンというラフな恰好で豊かな肢体を曝け出している香美に負けずとも劣らずだ。元は信奉者というホムンクルス に与する反社会的勢力だったが、武藤カズキとの出逢いを機に人を守る戦士へと転向した。 「違いは……分かり…………ましたけど…………それを……なぜ……変換しようと……してるの……ですか…………?」 桜花の膝のうえにちょこりと腰掛けている少女が遠慮がちにおずおずと呟く。虚ろな双眸が嫌でも目を引く可憐な少女だ。 後ろで三つ編みにしている真赤な髪に白いバンダナをつけている。名前は鐶光(たまきひかる)。小柄だが前述の香美や貴 信の属する共同体「ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズ」の副長を務めている。レティクルの幹部になった義姉の手で五倍 速で年老う体にさせられた鐶もまた元の体に戻るためこの戦役に身を投じた。 「そりゃあお前たちのリーダーがサンライトハートを複製できるからだよ」 潰れたヒキガエルのような声音で答えたのは奇妙な人形。全身ピンク色の二頭身、頭は肉まんにハートアンテナをつけた という恰好だ。両目は自動車のライトのよう。決して流行の可愛さを持っているとは言いがたいが、実はこの人形、清純な る美貌持つ桜花の分身である。名をエンゼル御前という。
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100 :永遠の扉[sage]:2016/08/14(日) 23:02:00.66 ID:0Q1QQcFM - 「ったくゴーチンも大変だよな。鐶たち音楽隊のリーダーがカズキんの武装錬金コピーできるようになったせいで」
「リーダー……。あ、もりもりさん……」 「もりもり? 誰よそれ誰じゃん?」 『香美!? 僕たちのリーダーのあだ名忘れたのか!? もりもりさんだよ、総角主税(あげまきちから)氏!』 「あー。あのぎんぎらした長い金色の髪の、いっつもスカしてる! そいやアイツもりもり、もりもりだったじゃん!」 「威厳ねえなお前らのリーダー……。いや実際しょうもない部分も沢山あったけど……」 呻く剛太の言の葉を桜花が接(つ)いだ。 「あら。しょうもなくても、色んな武装錬金を複製して使える総角クンは便利よ。実際伝手を頼って入手した武藤クンの DNAサンプルからサンライトハートを再現できるんだもん。私の知る限り最高の爆発力を持つ突撃槍(ランス)は重要 な戦力よ。大戦士長を捕らえているレティクルとの大決戦が控えているんだから」 「そして……サンライトハートを使うのは……斗貴子さんと…………決定しました……。リーダーも使えなくはないです ……けど…………カズキさんと……らぶらぶ……な斗貴子さんこそ……使うべきと……譲りました……」 「ラ、ラブラブとか言うな鐶!! ブブブ、ブチ撒けるぞ!!」 「ヴィクターと……ご夫婦になる…………ロボットアニメ……ですね……」 鐶は可憐な見た目とは裏腹にマイペースでいい性格で、何よりロボット大好きなヘンな子だ。それが力のないドヤ顔をす るともうどうしようもないと斗貴子は知っているので、相手をやめる。 「とにかくだ! 私が複製版サンライトハートを手にした場合、問題がある!」 「問題って何さ。あんた強いんだからテキトーに振りまわしゃ何とかなるじゃん」 純然たるネコな香美は面倒くさそうに、興味なさそうに半眼を尖らせた。(ああもうコレだから音楽隊の連中は……!) 決戦前だというのにイマイチ緊張感のないホムンクルスたちに真面目な斗貴子はイラっと来たが、本題を続ける。 「サンライトハートは外部に向かってエネルギーを放出する武装錬金だ。対して私が今まで使ってきたバルキリースカー トは処刑鎌(デスサイズ)と可動肢(マニュピレーター)を生体電流で操作する武装錬金」 「つまり練習なしじゃ突撃槍の使い方が分からないってコトよ。光(ひかり)ちゃん。香美さん」 「分かり……ました……! つまり念動力なしでSRXに乗るような……もの……ですね!」 「よーわからん! つかなんでそれで垂れ目の武器もってんのさ!! カンケーないじゃん垂れ目! カンケーない!」 「うるせェ! 関係ないとか言うな!!!」 剛太は滝のような涙を流して抗弁した。真情は桜花と、貴信だけが理解した。 (彼は斗貴子氏が好きなんだ!! だから彼女が想い人の武装錬金を選ぶのが、使うのが、耐えられない!!) 「あるよ関係はある! 俺だって先輩の力になりたいんだ! そんでモーターギアは高速機動・速攻重視なバルキリースカー トと違って、生体電流の『タメ』が効く!」」 「事前に角度とか速度をインプットして操作できるものね」 桜花はくすくすと──しかし斗貴子のみを想う剛太への複雑な思慕を滲ませながら──くすくすと笑う。 「つかよゴーチン。無茶すぎねえか? いきなりタメた生体電流を外部放出とか」 ぴょろぴょろと顔の周りを飛びながらしわがれた声を漏らす御前に剛太は「うるせえな、分かってるけどやるしかないん だよ」とボヤく。 斗貴子は涼しい顔だ。戦輪をあちこち触りながら 「まあいちおうやってみるが、」 キュルルルっと勢いよく回転させた。「!?」 目を見開く剛太。止まる戦輪。 「今の所これぐらいだぞ? 私がキミの武装錬金で出来るのは」 「いや上出来ですよ先輩!! 俺ですら回せるようになるまで2日はかかったのに!!」 驚きのまま両手を握ってきた後輩に「ひやああ!?」と赤面した斗貴子は。 「い、いきなり触るな!!」 次の瞬間、煙噴く拳を構えたまま剛太に叫んでいた。 床に臥し「ふぁ、ふぁい」と叫ぶタンコブ丸出しの後輩に叫んでいた。 「しかしキミの武装錬金を私が動かせるのは操作方法がバルキリースカートと同じだからだぞ?」 「生体電流で操作してんだっけ? どっちも」 耳元囁く自動人形に桜花は頷く。
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101 :永遠の扉[sage]:2016/08/14(日) 23:02:28.82 ID:0Q1QQcFM - 「だがモーターギアとサンライトハートじゃ……さっきキミも言ったとおり全然違うんだぞ? 後者の練習を前者でやろうって
いうのは無茶じゃないか? 電気ノコギリの操作でロケット推進を学ぼうとするような……」 「でも」 よろよろと立ち上がった剛太は、ちょっと頭を抱えてから真剣な眼差しを向けた。 「これをやっておかないと斗貴子先輩、実戦の中でいきなりサンライトハートを使うコトになります。俺、そんな危ないぶっつけ 本番なんてして欲しくありません。先輩だって痛感した筈です。敵幹部(マレフィック)は、強い。そんな連中相手に使い慣れて いない武装錬金をいきなり投入するなんて無謀すぎます」 モーターギアでサンライトハートの練習をするのは無茶かも知れませんが、ある程度要領を掴んでおくに越したコトはありませ ん。そう真摯な態度で言い放つ剛太は平素ニヘラとした軽い男だ。しかし昔救ってくれた斗貴子のコトとなると人が変わった ように真面目になる。意思は、伝わった。 「……そうだな。複製できる総角はいま行方不明。仮に居たとしてもカズキのDNAで完全再現できる機会は一度きりのただ 5分。サンライトハートを修練する余地など元々ないんだ」 いざとなれば一番近くでカズキを見てきた故の「見取り」で何とかしてみせると思っていた斗貴子だが、後輩の真剣な指摘と、 それからつい先刻体感したマレフィックの強さによって考えを改める。 (やはり私はまだ、1人で思い詰める部分が残っているようだ) カズキとの別離以来、斗貴子は少し度を失くしていた。それを最初に戻したのはカズキの妹・まひろである。そこから斗貴 子は恩人である防人衛や桜花との交流を通して少しずつだが未来を、周囲(まわり)を、見られるようになってきた。 窘めてくれる後輩が居るというのも、幸福の1つだと、今では思う。 「感謝する剛太。ありがとう」 少し微笑すると彼はビックリしたあと天にも昇るような顔つきになった。それが後輩ゆえの思慕としか受け取っていない斗 貴子にちょっとムクれたのは桜花である。彼女は何かと剛太に肩入れするし同情的だ。大事な存在が自分より後に現れた 自分以外の異性と絆を含めていく心痛への共感がそうさせている。桜花はずっと一緒に生きてきた弟・秋水が、最近まひろ と距離を詰めるのを応援しながらも寂寥を覚えている。 斗貴子と剛太に視点は戻る。 「で、キミがここまでしつこく薦める以上、何らかの確信があるんだな?」 「ええ。先輩だって見たでしょ? 早坂秋水の飛刀。あれだって生体電流のエネルギー変換の一種じゃないですか」 あれか。斗貴子は思い出した。 ここに来る直前、彼女は仲間ともどもレティクルの幹部と一戦交えた。木星を名乗るその幹部は非常に強く、斗貴子たち はあわや全滅寸前にまで追いやられた。 その場に居なかった桜花も話だけは聞いている。 「確か……秋水クンがソードサムライXを弾き飛ばされたあと起死回生とばかりやったのが飛刀、よね?」 「そうだ。飾り輪からのエネルギー放出によって刀を飛ばした。手放す直前、時間差で放出するようインプットして、敵の背後 から……な」 「モーターギアの要領ですね。まだ俺のみたく方向方角自由自在とは行きませんけど、それでも一見まったく違う「エネルギー 放出」と「生体電流インプット」が統合された実例はあります」 まあ問題は、早坂秋水が斗貴子先輩と違って元々エネルギー放出に慣れ親しんでいたって所ですけど……剛太は自ら アキレス腱を指摘する。斗貴子も確かになと肯(がえん)じる。 「普段やってるコトを生体電流インプットで微調整すれば良かった秋水と違って、私はエネルギー放出から覚えなくてはなら ない……難しい所だな」 「すみません」 軽く頭を下げる剛太に「いや責めてはいない」斗貴子は言う。 「今まで武装錬金に触れていなければ放出を行えなかった秋水でさえ、遠隔操作というキミの領分を習得したんだ。まったく 違う系統を理解し取り入れるのは難しいが不可能ではない。恐らくこれは方向性の話。今まで成してきた操作とは別の操作 をイメージするコトが……重要。それに」 「それに?」 「私の特訓は恐らくキミの戦力増強にもなる」 「え? 何でですか?」 何でってキミ。斗貴子は心外そうな顔をした。 「私がモーターギアでエネルギー放出ができると証明すれば補えるだろ、攻撃力不足。爆発か光刃か……ともかくエネルギー 系統の攻撃を乗せられるようになればマレフィックとの戦いに役立つ。キミが生き延びる可能性もまた、上がる」
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102 :永遠の扉[sage]:2016/08/14(日) 23:03:00.04 ID:0Q1QQcFM - またも呆気にとられた剛太は垂れ目で無気力な瞳をうるうると古臭い少女マンガの円らな涙目へと変形させた。
「先輩ーーーーー!! 俺のコトをそんなにーーーーー!!」 「ええいだから抱きつくな!!! 鬱陶しい!!」 オロロンと纏わり付く後輩を振り切ってから。 モーターギアを手にした斗貴子はイメージする。 (さっき剛太の戦輪(チャクラム)を回せたのは彼がそうしているのを見ていたからだ。コレが回る武器だからと認識してい るから、バルキリースカートの応用で回転できた。では、インプットは?) 常に処刑鎌(デスサイズ)を速攻で動かしている斗貴子。先の先を取るのに慣れすぎている彼女にとって時間差攻撃は 少し理解し辛い感覚だ。 「俺は最初、指を1本1本、ゆっくり折るような感覚でインプットしてました。5秒後に人差し指、10秒後に中指、そう考える ようにね 目を閉じている斗貴子に剛太の声が響く。「先輩の場合は、バルスカを1本1本そうするような感覚の方がいいかもです」 「了解した」。事務的に答える斗貴子。 (不慣れなうちは単純な動きでいい。5秒後に右回転。10秒後に左回転) 6秒後。戦輪が右回転を実行した。13秒後、途切れ途切れだが逆方向への回転を始めた。 「おおー」 香美が目を輝かせた。 「動きはしたがやはりいきなり完璧は無理、か。後の操作になればなるほど精度が落ちると直感した」 嘆息する斗貴子に剛太は「いやいやバルスカで生体電流操るの慣れてる先輩だからこそそれだけ動かせたんですよ。 不慣れだとああなります」、鐶を指差す。 「1秒後、右に……。3秒後、左に…………。ダメ…………です。動きません……」 残る1つの戦輪を手にして四苦八苦する彼女は一団の中でも群を抜いた実力者である。 「でも光ちゃんは鳥への変形とか年齢吸収の短剣で戦うタイプ……細かい操作が苦手でも仕方ないわよ」 そういう桜花も鐶から手渡された戦輪を、回転1つさせられない。矢を精製して射る戦闘スタイルゆえに生体電流の使い 方が分からないようだ。 「ゴーチンお前よくこんな訳わからん武器動かせるよな」 「お前が言うな。この無駄に多機能な自動人形め」 剛太は不快そうに御前を見た。 矢の生成や通信機能、ライト照射、お菓子を食べたりお漏らししたりと戦闘に関係ない機能を満載している不可解自動 人形に訳わからんと言われる筋合いはない、まったくない。 「とにかくインプットが分かったので次です。爆ぜさせるイメージでやってみましょう」 「不躾な質問だが、キミは考えたコトないのかソレ?」聞かれた剛太は「ないですね」と頷いた。 「俺、初めてモーターギアを発動したとき、直感したんですよ。「ああコレ複雑な、時間差とかの攻撃で敵を翻弄するタイプ だな」って」 「頭を使って戦うキミらしい感想だな」 斗貴子に褒められたような気がしてちょっとニヘラとした剛太だが説明の最中だと顔を引き締める。 「ほら武装錬金って自分自身じゃないスか。だから直感したならそれが一番自分に合ってるってコトだし、教本にだってそ 似たようなコト書いてあったでしょ? だから爆発的な威力は考えたコトも……あ、さっき先輩が言ってくれたエネルギー 攻撃は別ですよ。今の俺はアリだって思いましたから、大丈夫ですっ!」 (剛太クン本当津村さんに甘い……) 桜花は吹き出しそうな口を品良く抑えた。仄かな思慕こそ抱いているが、不思議と剛太が斗貴子にデレデレする姿に 不快感はない。むしろそういう一途な剛太だからこそ目が離せないのだ。 「でも斗貴子先輩にはエネルギーを絡めた攻撃イコール爆発って認識があるじゃないですか。今度はそれをインプット してみてください。先輩が一番イメージしやすいのは……そうですね、武藤に何秒かあと特攻するよう命じるような。それ でいてバルキリースカートに同じタイミングで全開機動するよう命じるような感覚……でしょうか。俺がいうような状況になっ た場合の戦闘の昂ぶりを第一に考えてください。その中心にサンライトハートの炸裂があると考えて下さい」 指示しながら剛太は「あれ俺なんか辛い状況に自ら自分を追い込んでね?」とも思った。
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103 :永遠の扉[sage]:2016/08/14(日) 23:03:20.20 ID:0Q1QQcFM - そうであろう。自分の武装錬金で、想い人が、自分以外の想い人を強くイメージした現象を起こすのだ。貸した車の中で
恋文を書かれるような物である。或いはそれ以上の取り返し付かぬコトをカズキと斗貴子に交歓されるような。 (……そ、そういえば先輩と武藤は既に) 決戦場に向かうまえ剛太は演劇をやらされていたが、それに纏わりつくイザコザの中で彼は見たくなかったキスシーンを しこたま見せ付けられた……のを思い出した。 (ああもう考えるなってのそういうコト! いま大事なのは斗貴子先輩を生き延びさせるコトだ!! もうすぐ決戦!!! 先輩が生き延びられるなら武藤の武装錬金でも何でも使わせる!! 嫉妬でやるべきコト怠って斗貴子先輩を死なせたら 俺は武藤より、あの激甘アタマより下ってコトになるだろ!) 思考は犬飼と似ているが剛太の方が深刻だ。人は大事な存在に認められないと苦しむが、認めてくれた存在に報えない 時はもっと苦しむ。犬飼は片方だけだが剛太は両方だ。好意という土俵において「報いたい」が「認められる保証はない」。 だが大したもので、剛太は精神具現そのものであるモーターギアを一切崩壊させなかった。 斗貴子の方はというと。 (カズキに槍を爆ぜさせるよう指示しつつ、私も全力攻撃に向けて力を溜める……。剛太はそれが観念的なコトと言いたげ だ。つまり本質は爆発。何秒後かに爆発があると……爆発を起こすと念じるのが操作の要諦) 様々な思惑を生体電流に変えモーターギアに蓄積していくのをまずイメージ。 更にそれへ所定の時間に所定の規模で爆ぜるよう命令。 すると。 パチッ。 僅かだがモーターギアの表面で火花が炸裂した。 「剛太。これは?」 「少なくても俺はやったコトありませんね。小規模ですが放出と見ていいかと」 「では、今の感覚を昇華すれば」 「ええ。サンライトハートの最大出力だって不可能じゃありません。たぶんあっちを使う時は何秒か操作の違いに戸惑うでし ょうけど、放出の仕方を1から考えるよりは多分楽です。何しろ武藤でさえ扱えていた武装錬金なんですから、放出のコツ さえ分かってればすぐ使いこなせるでしょう」 「そうだな。あのコは細かいコトなど一切考えずただ突っ込んでいたからな」 しょうもないコだといわんばかりに笑う斗貴子に剛太はチクリと痛むものを感じながら、言う。 「でもそれも1つの才能じゃないですかね。俺らが苦労してやっと得られるかどうかって物(モン)を、事もなげに持ってるん ですから」 斗貴子に好かれる才能……という意味で言った言葉だが、当の本人はもっと人間的な、器的な才覚という意味で解釈 したらしい。 「立派だとは思うが、私たち戦士が備えていて当然の物を彼は持っていないからな。それゆえ救えた物も確かにあるが、 私たちを困らせるコトだって多いんだ。まったく。どうやって連れ帰れって話だぞ」 軽く憤る先輩に後輩は気付く。 (アレ……? 斗貴子先輩、置き去りにされたコト、少し割り切り始めている……?) 一時は永遠の別離に見舞われたように落ち込んでいた斗貴子がいま「連れ帰る」といったのだ。失くしたものを取り戻す 方に向かって心が動き出しているようだった。 「剛太。決戦前だがもう少し借りていいか? なるべく練習しておきたい」 「あ、はい。どうぞ。多少の放出は大丈夫ですよきっと。俺の無意識的な自衛意識が防御力を高める気がするんで……」 斗貴子の生体電流に乗るカズキに自我(ぶそうれんきん)を壊されたくないという精一杯の抵抗のつもりで吐いた言葉で はあるが、それを解する斗貴子であれば受け入れるなり断るなりで剛太の煩悶へとうに明確な決着をつけている。 「放出で、自分の攻撃で壊されないための自衛反応という訳だな。私もなるべく加減はする。速攻での放出に主眼を置く」 事務的に頷く彼女に香美を除く他の面々、「ああ……」と呆れる。 (斗貴子さん……そういうコトでは…………ないのです…………。無銘くんなみの朴念仁さん……です) (新人戦士! わかる、わかるぞそういう気持ち! 高校でぼっちだった僕には分かる!!) (津村さん? 剛太クンは武装錬金を貸してまで貴方に……)
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104 :永遠の扉[sage]:2016/08/14(日) 23:03:43.37 ID:0Q1QQcFM - 品よくもやや憤る桜花が何か言おうかなと考えた瞬間、傍らを野性味あふれる影がバっと抜けた。
「垂れ目。あんたなんか辛そうじゃん。でもなんか頑張った感じじゃん、えらいっ! なんかえらい!!」 「だあもう頭撫でるな!! つうか本当お前俺のコト名前で呼ばないのな!!」 「つかうるせェぞテメエら!!」 ヘリ前部の席から怒号を飛ばしたのは火渡赤馬。攻撃的な総髪にツリ目太眉キバ剥き出しといかにも怪物な容貌だが れっきとした戦士である。それどころか現在誘拐中の坂口照星の代わりに錬金戦団日本支部の総指揮官を務める立場だ。 「戦士がホムと馴れ合ってるんじゃねえ! どうせこの作戦が終わったらクソッタレた共同戦線も仕舞いってコト忘れたか!」 ひいえええ、怒られたああ! ガタガタ震えるエンゼル御前。剛太も少しビビった。斗貴子と桜花は理性で黙る。鐶は 「凄い……覇気、です! ゲージMAX、です!」と嬉しそう。香美だけはムガーっと顔をしかめた。 「うっさいのあんたじゃん!!! 光ふくちょーたちが仲良くしとんのジャマしたらダメじゃん! ダメ!!!」 ホムンクルスだが弱いものイジメが嫌いな真っ直ぐな香美はカチンときたらしい。うがーっと気炎を上げる。背後から『ちょ、 香美、その人偉いし怖いし、作戦前に騒いでた僕らも悪いから、大人しく!!』と気弱な飼い主が声を上げるが「ご主人は 黙るじゃん!!」とシャーシャー吹く。 「んだと!」 露骨に顔を引き攣らせる火渡。席から腰を浮かせかける。 「まあまあ火渡様落ち着いて」 横合いで窘めるガスマスクは毒島華花。火渡の秘書的立場の「少女」である。 その向かい側で唸る少年が1人。 「俺だけ場違いなような気がしてきた……」 彼の名は鈴木震洋。桜花と同じくかつては信奉者だった男である。ただし見目麗しい桜花と違ってイマイチぱっとしない 眼鏡少年である。明確な改心も実はない。一時期は物騒な錬金術の産物を自ら取り込んだせいで悪霊めいた存在に体 を乗っ取られ悪行を尽くしていた。 (もう1つの調整体……飲むんじゃなかった。ムーンフェイスに除去されても破片が残っててそれが悪性腫瘍みたいな発達 遂げて) しかも別口の悪党からさらに奇妙な霊石を埋め込まれたせいでどんどんと人間から遠ざかっている。 「まーまー。強いからいいのだよ青少年!! おかげで殺陣師サンたちも戦力増えたし!!」 「勝手に組み込んだのお前達だよな!? 俺巻き込まれているよな!?」 震洋が呼びかけるのは野性的なショートカットの少女である。名を殺陣師盥(たてし・たらい)。大学生がサバゲの恰好を しているような雰囲気だが全身のいたるところに見え隠れする傷が決して恰好が趣味だけではないコトを物語っている。 「まあまあ青少年。もうここまで来たら引き返せない訳だし」 「他の戦力ももう、来てるよ。近くまで、ね」 .
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105 :永遠の扉[sage]:2016/08/14(日) 23:06:05.24 ID:0Q1QQcFM - 以下、○○kmは「犬飼たちのいる集合地点から」を指す。
北北東2214m。 「うーん。今日も今日とていい天気だねえ。ああでも関東の方は日没前から雨だそうじゃないか。それまでには済ませたいねえ」 伸びをした少女が歩き出す。雲を思わせる白くてモコモコしたロングヘアの少女がゆっくりと南南西めがけ歩き出す。ホッ トパンツの裾から裾へ無造作に突っ込まれている指示棒──戯画的な指差しのオブジェ付きだ、それは下へ、太ももの辺 りへ突き出している──がテクテク揺れた。 「さてさて。津村さんはドラちゃんのお姉ちゃんのコト、覚えてるかねえ? こればっかは予報できない人の心〜♪ るらら〜」 台風のような渦だった。瞳はそんな螺旋だった。いわゆる「台風の目」部分が瞳孔という、変わった風貌だった。 南南東1283m。 「あの天辺星さま? 私遅刻しないためのタイムスケジュールちゃんと伝えた筈だよね? なのになんで間に合いそうにないの?」 「ふっふー! 元レティクルなアタシが大事な作戦に遅れかけてるとか裏切りっぽくてチョーチョー悪い感じ!」 いや急ごうね? 刑事ドラマの若手刑事を思わせる風貌の青年にどんよりした瞳を向けられた金髪サイドポニーの少女は 「うう。奏定は黒服みたいに言う事聞いてくれないから苦手、チョーチョー苦手……」と肩落としつつも北北西へ。 「奏定副隊長も大変だな……」 「いつも思うけど隊長が、いや天辺星さまが元レティクルって話本当なのか?」 「アホっぽいコだからなあ。天王星の幹部だったっての、フカシって可能性も」 「なぜかその辺りの資料、無くなってるんだよなあ」 「管轄は確か石榴さん……だったよな。すごく几帳面で、10年前の天王星の幹部の事件の資料も」 「大切に保管してたさ。だってあの事件で親友が死んで、その旦那さんも戦士やめたから、大切にする」 「でも無いんだよな……? 石榴さん自身も事件から1年と経たず不審死だったらしいし……」 「だいたいだ、資料がなかったとしても当時の記憶はあるだろ誰かしらに」 「なんで誰も成否を判定できないんだ? まるでみんな記憶をイジられているような……」 あの事件は本当ナゾが多いよな……奏定と呼ばれた男や天辺星さまの後ろをついていく部下達は首を捻る。 「しかも天辺星さま曰く、武装錬金が当時の土星の幹部のそれと入れ替わっているらしい」 キャミソール姿の彼女の腰から下がっている鞘を見ながら部下の1人が囁く。 「陰陽双剣、って言うんだよなアレ。1つの鞘に剣が2本入ってる。7年ぐらい前の事件で入れ替わったそうだ」 北西3821m。 「やっと!! やあああああああああああああああああああああああああああっと! 着いた!!」 「着いたああああああああああああああああああああああ!!!!」 巨大な陸戦艇から転がるように飛び出した戦士たちは梢に覆われた天を仰いで叫びたおした。 最後に陸戦艇から出てきたいかめしい顔つきの老人は静かに述べる。 「総員整列。ここからは徒歩にて所定の位置へ移動する。ただし当作戦は大戦士長の救出作戦である。奇襲と隠密が旨で ある。隠密行動を最優先とされたし。繰り返す。隠密行動を最優先とされたし」 「艦長。みんなとっくに行ってます」 「ずーっとディープブレッシングに閉じ込められてからなあ」 恰幅のいい水雷長と痩せぎすった航海長のぼやきの前でつむじ風が木の葉を1つ宙返りさせて去っていった。 「行くぞ、我ら最後の戦いだ」 置き去りにされたにも関わらず艦長は重厚な声で帽子を直し……歩き出す。サマになっているがどこか滑稽だった。
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106 :永遠の扉[sage]:2016/08/14(日) 23:07:16.48 ID:0Q1QQcFM - そこから5m北西の茂みの中。
「うおー! 見て見てシズQ! ディープブレッシングだよディープブレッシング!! わたし初めて見たー!!」 「お静かにいのせん。存在を気取られたら押し込められますよ」 「月吠夜(げつぼうや)! 潜水艦なんざどうでもいい!! 俺が戦士なんぞになったのはクソアルビノを……新のガキをブ チ殺すためだ!」 「あの野郎いまはレティクルの幹部って話だからな……! 今度はこっちが正義、しかも厄介な黒ジャージの恋人はおっ死 んでやがるらしい、今度こそ殺す、星超新、ウィルってガキを、殺す! ソバカスが目立つ若い男はがなり立てる。 「やれやれ。いつも思いますが貴方よく戦士になれましたねシズQ」 「知ってる過去の出来事をタネにホムンクルスから人間守ってやったからな……! 未来から飛ばされた故の特権て奴さ」 「ほんと、大変だったよねー。未だになんで過去に飛ばされたか分からないよ」 西方2810m。 「師範。部隊員総て集まりました! ウス!」 日本刀を携えた鋭い顔つきの男性に上申された女子高生は鷹揚に頷いた。黒髪ロング以外これといった特徴はないが、 美とは突き詰めれば平均値……という説を取るなら、彼女は限りなく平均(ぜっせい)の美少女だった。起伏もほどよく扇情 的である。半袖ミニスカ、腰の辺りにカーディガンを巻いている。 「ま、武装錬金持ちじゃない君達は無理しないコトだね。錬金術製の合金武器に鳩尾無銘(きゅうびむめい)の龕灯でソー ドサムライXの切れ味を付与しただけの……いわば量産型だ。いくらがフィジカルがメダリスト並で、剣腕が全国大会8 位以上確定だと言っても、深追いは禁物。『核鉄持ち以外は戦えない』と思い込んでいるレティクルの幹部どもを埒外 から奇襲しては逃げすさる、そんなクッソせこい馬鹿みたいな戦法で少しずつ削ってやるのがお役目だ。それは分かるね?」 分かっています、ウス!ずらっと整列する男達は声を揃えて応答した。 「他の部隊もレプリカ武器+性質付与の贋作武器で攪乱する方針です! ウス! 」 「核鉄は希少ですからね! ウス!」 「しかも扱える戦士は、強いものほどヴィクターの件で消耗し……本来の調子を失っている! ウス!」 「それだけに救出作戦に選び抜かれた武装錬金使いはレア、彼らの生存確率を上げる意味でも」 「全体的に減少してしまっている彼らの穴を埋める意味でも」 「レプリカ武器+性質付与の贋作武器こと『無銘の武器』を手にした我々はゲリラ戦術の徹するべきです! ウス!」 うんうん。君達よく分かっている。女子高生は腕組みして頷いた。二の腕を指でトントンしながら語り出す。 「個人的な話だが、私もレティクルの盟主には大概腹が立ってんだ。友人を殺されてしまったからね。異端扱いされてた 私の著書を面白いと言ってくれた、一番のファンでもある友人を、私は盟主に殺されたのさ。以来ね、願をかけた訳だ。 些細だけどね。『仇を討つまではウザい語尾をやめよう』……ってね」 「知ってます、ウス!」 「何度も聞きました、ウス!」 「でも語尾欠で物足りないってコトで俺らがウスウス語尾につけろと命じられたです! ウス! ノってくれる君らも君らだけどね、愛してる。ばーっと両手で投げキッスをすると部隊員たちは「ウスーーーー!」と歓声を 上げた。 「フフン。フツーに女子高生やればコレぐらいの人気は獲得できるのだよ、武藤ソウヤめぇ、よくもこんだけのクオリティのあちし 無視してくれたなぁ!!」 「?? う、ウス?」 律儀にも疑問符を叫ぶ部隊員に少女はこちらの話さと切り替える。 「ともかくだ。我々は予想外の暗闇から幹部どもの頬桁をブン殴ってまわるぜ! ヴィクターの乱で疲弊して碌な戦力がねえっ て錬金戦団舐めていやがるレティクルの連中に、銀成の戦力と音楽隊”だけ”が脅威だと他を見縊ってやがる盟主のクソぼけた 部下どもに、月並みだが無銘の武器で目にもの見せてやろうじゃないか!! 鉤爪さんとか糸罔部隊とか、奴らに殺された いい人たちの仇を、討ちまくれる日は今日、トゥデイ!! だろっ!!」 「「「「「「「「「ウス! 了解です師範! 『12代目チメジュディゲダール』師範!!」」」」」」」」」 「よっしゃやらかすぜテメエらーー!!」 毛抜形太刀を天に向かって勢いよく突き上げる女子高生もまた遥か未来から飛ばされてきた人物である。
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