- 【2次】漫画SS総合スレへようこそpart77【創作】
101 :永遠の扉[sage]:2014/06/23(月) 21:57:49.38 ID:aBgqTdhW0 - 「クソッタレ!!」
爛れたクチバシでディプレスは叫んだ。その前方をガスマスク姿の少女が横切った。 「まさか島っちが足止めに来るとは……」 「鐶たちと同行しなかったのは気体操作ゆえ……巻き添え上等ですからねん。はい治療終わり」 リバースの肩を叩くグレイズィングの傍に『降って来た』毒島がチューブから何かの気体を逆噴射し離れる。同時に燃え盛る 矢が一団に飛び込み……爆発。 からくも赤黒い炎を避けて飛び出した火星の幹部は苛立たしげに叫ぶ。 「水素か何かの可燃性ガス!! 毒と爆発!! 厄介な攻撃ばかりしやがる!!」 『捕まえようにも小回り効くわ素早いわで無理だし、難儀ね』 リバースの空気弾は目下まったく通じていない。彼女の指がトリガーを引いた瞬間つねに毒島は前方の空気配合を操作 する。それは酸素を二酸化炭素にするといった些細すぎる操作だが、圧搾された弾丸は、外部との分子のやり取りで形 を保てなくなり消滅する。 「そもそもこうなるの分かったからこそ養護施設爆破したんですよこの上なく。人のいる火災現場とリバースさん、戦士なら どっち優先すべきかこの上なく明白ですから」 「というか毒ガス撒いたり可燃性ガス撒いたり……何なの!? 人質(わたし)居るのよ!?」 ヴィクトリアは叫んだ。 「wwww あれだww ホムだからすぐ死なないって踏んでんだww」 「人質ですからワタクシが見捨てないのも織り込み済み。もっというと回復の手番稼いでいましてよ彼女。治すべき方が1人 増える。そのぶん他の幹部の回復が遅れる。すると迎撃体勢に不備が出始め……奪還のチャンスが増える。クス。無茶苦茶 だけど合理的。さすが奇兵というところねん」 紅茶を啜りながら裏拳を繰り出すグレイズィング。それは下方から回り込んできた毒島のガスマスクに直撃し……すり抜けた。 「ディプレス。10mほど降下してん。上から来るわ」 ハシビロコウが応じた瞬間、もといた位置に黄緑色の液体が充満した。 「下から来たのは蜃気楼。どうやら気体操作は光の屈折率をも変えるようねん」 「となると、俺っちの禁止能力も通し辛いと。錯視も然り。光そのものの進行が変わるとなると通常通り『見える』かどうか」 「え、光! 光ちゃんいるの!? どこどこ、今度いっしょにスープパスタ食べに行こうねー!!! 光ちゃんのために毎日5 回お店に通って3万円分ぐらいのポイント貯めたから食べ放題なんだよ!!」 「怖えええwwww ヤンデレの執念怖えええwww」 「お日様みたいに照らす笑い顔なのがまた……」 「光ちゃんの大切なその瞳曇らせない!」 「いや曇らせてますよね!? 監禁してゾンビみたいな目にしましたよね!? この上なく!」 「www とにかく毒島やべえwwww 戦部とか根来とかの同僚なだけあるわwwww」 と讃えられる彼女だが、内心では焦っていた。 (私ではせいぜい速度を削ぐのが精一杯。並の毒や爆発は通じません。グレイズィングが居るんです。ちょっとやそっとの傷 はすぐ回復) もちろん「毒島」という位だから、並の相手なら一撃で死ぬ毒ぐらい持っている。幾つも幾つも持っている。だが今眼前に 居るのは幹部(マレフィック)、必殺か否か分からない。しかもヴィクトリアが人質だ。さんざ毒を浴びせておいて今さらだが、 それでも毒島なりに加減はしている。彼女さえ囚われていなければとっくに最強の毒を試している。ただのホムンクルスなら 浴びた瞬間ドロリと溶けて、しゃれこうべから眼球がプラリと垂れるような毒、グレイズィングでも蘇生不可能だと思われる毒を。 だがヴィクトリアにそういう死に方はさせたくないのだ。過去が過去なのだ。悲運の中でようやく最近幸福を掴みつつある彼女を 殺めるのはしたくない。ヴィクターと戦団の関係もある、もし彼が月から戻ってきたとき「ヴィクトリア溶け死にました」と言ってみよ、 今度こそ戦団、滅ぼされるではないか。 (桜花さんの矢が届いたのを見ても分かるように、地上部隊は追いつきつつあります。私が撹乱を続ければ、やがてその距 離はゼロとなり──…) 剛太たちがディプレスを撃墜。地上戦に持ち込むコトも可能だ。 (問題はそこからです。幹部達を4人で全滅するのは不可能。形の上では半数が既に負けているんです、望みは薄い。しかも 私の能力は連携に不向き。皮肉ですが1人である現状こそ真骨頂。火渡様以外の方と組めば半分の実力も発揮できないの がエアリアルオペレーター、地上部隊と合流した瞬間4の戦力が3.5にも2.5にもなるのです)
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102 :永遠の扉[sage]:2014/06/23(月) 21:58:19.92 ID:aBgqTdhW0 - 決定打に欠けている。仮に幹部打破を諦め、ヴィクトリア救出のみに専念したとしよう。それでも逃げ切れるかどうか。
(私が幹部5人相手に生き延びているのは、彼らが撤退を優先しているからです。空中で、振り切ろうとしているからこそ付 け入る隙が生まれている。ヴィクトリアさんを奪還すればその図式が崩れる。舞台は地上。彼らは追撃) 毒島がしんがりを引き受けても、地に足をつけた幹部5人の一斉攻撃で瞬く間に倒される。そして逃げていく桜花たちを 背中から襲撃、ヴィクトリアを取り戻す。 (戦士・千歳を呼びヴィクトリアを瞬間移動させても結果はほぼ同じ。敵は体重53kg以下の戦士から順に刈っていく。そし て瞬間移動不可の者を最後に残し、悠然と倒す) つまり追いつく方がマズい。最善手だけ言えば『ヴィクトリアは敢えて見捨てる』のが正しいだろう。冷徹な言い方をすれば、 『彼女はどうせレティクルのアジトにいくのだ。そこにもうすぐ照星救出部隊が行く、ならついでに助ければいいではないか』。 毒島は首を振る。 (彼女はもう日常の一部なんです。銀成学園の日常の一部。転校して間もない私ですがそれは分かる) 監督代行として、力不足を痛感しながらも、演劇を少しでもよくしようと足掻いてた彼女の姿が瞼を過ぎる。 (戦士たる私が日常の壊れる様を見過ごす訳にはいきません) (せめてあと1人。あと1人こちらに居れば──…) 「フ! フザけるな!!!」 無銘は怒鳴っていた。斗貴子に対し怒鳴っていた。 「母上たちと合流しろと!? 主たる仇を前にこの場を離れろと!?」 「そうだ」。セーラー服は瞳を鋭くし冷然と頷く。 「いま追撃に当たっている戦力のうち、剛太と桜花は既に幹部に負けている。毒島は連携に不向き。例え戦士・千歳の盤外 からの協力を仰いでもヴィクトリアを取り戻すコトはおろか全員無事でいられる保証はない」 「ならば貴様か鐶が行けばいいだろう! 大方『逆転が見込める敵対特性を有するから我に行け』と言っているのだろうが、 それはイオイソゴに対しても同じなの……ふぁ!?」 妙な声を漏らしたのは、頬がぐにゃりと伸びたからだ。 「……怒っちゃヤーです、よ。忍者は沈着冷静であるべき……です……」 「ふぁふぁひ(鐶)!?」 頬肉をふにふにと弄ぶ彼女は病後のような笑みを浮かべた。 「私だって……お姉ちゃんを……追いたい……ですよ? でも……感情が……揺らいで…………隙みせる……かも…… です。…………運命との決着……焦る……あまり……他の人に……迷惑かけるの……ダメだと……思うの……です」 秋水も言葉を接ぐ。 「……理解してくれ無銘。君の正心はいま千々に乱れている。犬の体に押し込めた張本人を前に怒る気持ちは分かる。だ が貴信も言っていただろう。感情を制御できなければ……待つのは破滅だ。だから俺も過ちを犯した」 「……」 少しだけ琴線に触れたようだ。無銘は黙った。 「…………向こうにも仇……グレイズィングさん……居ます……。けど……共犯者で…………だから……感情………… ちょっとだけ制御しやすい……です」 「だが……!!」 『ああもううっさい!! きゅーびあんたうっさい!!!』 ごぶ。少年忍者が吐血したのは背中を思いっきりハタかれたからだ。 「細かいコトはどーでもいーじゃん!! あんたさ! きゅーびあんた!! ほんとーに分かってる!?」 「な、何をだ!!」 「向こうに! あやちゃん! 居るでしょーがあああああああああああああ!!!!」 「!!」 それで無銘は理解したようだ。戦力不足の追撃部隊に母と慕う者が属する危険を……。 「あんたあやちゃん大好きなんでしょーが!! だったら行く! 守る! もりもりおらん今、あんたしかあやちゃん守れん じゃん!! ムカつく奴とっちめってもさ!! あやちゃんおっかない奴らにぎゃーされたら意味ないじゃん!! キリない! またムカつく奴ふやしてギャーギャーいうのヘン!! おかしい!!」 目先の仇討ちに目を奪われるあまり、大事な存在を失えば堂々巡り……香美にしては、いや、香美だからこそだろうか、 一種真理をついた言葉に無銘はひどく面食らった。 「き、貴様とて7年前、月の幹部相手に暴走したではないか!!! 飼い主から聞いてるぞ!!」 「よーわからんけど、あばれた! でもスッとせんだじゃん!! 色々ぎゃーしてもご主人がおらんだらスッとせんじゃん!! きゅーびあんたそれでいい!? まんぞく!? あやちゃんおらんくなって、あばれて、スッとせんで、へーき!?」
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103 :永遠の扉[sage]:2014/06/23(月) 21:58:50.55 ID:aBgqTdhW0 - 「だだ黙れ新参が!! いま気付いたが交代しとるな! そこまでして言うべきコトか!!」
「いうべきコト!! あやちゃんトモダチ!! あんたにも大事! 守る!! 行く!! ドキドキ経由の列車に乗って!!」 上体を曲げて額を当てて指差しつつググっと詰め寄ってくるネコにイヌは「ぬぐ……」言葉に詰まる。 (大事……。小札さん……のコト) 鐶は一瞬鎮痛な顔をしたが……ちょっと決意を固めたような表情で囁く。 「そう……ですよ……。小札さんは……きっと……無銘くんの中で……一番大事な……女の人…………。守ってあげなきゃ ……だめ……ですよ」 想いがあった。 特異体質でさまざまな姿になれる自分。 (けど小札さんだけには…………なれないん…………でしょうか) 小札そのものではない。無銘の中で、小札と同じぐらい大事な存在になるコトは……無理なのだろうか。 (……分かっています。贅沢だって。普通にお話して……おでかけできるだけ……とっくに幸せだって) 揺れる少女の心境も知らぬまま。無銘は。 やや沈黙の後……しぶしぶながら頷いた。戦力分散の件へ。 「わかった。向こうへ合流する」 「ひひっ。話は終わったかの?」 幼いような老いているような複雑な声音が一座にかかる。 話しかけたのは小柄な少女だ。背丈たるや小札に劣るほどだ。黒豆のような瞳に低い鼻。すみれ色の髪をポニーテール にし根元にはマンゴーとフェレットのマスコットのぶら下がる簪(かんざし)。袖がダブダブと余る黒ブレザーにごく薄い青灰色 のミニスカート、黒タイツ。総ての要素が庇護欲をかきたてる少女だった。 しかし彼女はレティクルエレメンツ、木星の幹部。女性でありながら、胚児に幼体を投与するという残虐性を有している。結 果いびつな姿で生きざるを得なかった無銘が恨むのもやむなしだ。 「見てくれにそぐわぬ老体での。直立不動はちィっとばかし腰に来るのじゃよ。話終わったかの? そろそろ始めたいんじゃが」 「随分余裕だな。話の隙をつかないとは」 斗貴子の問いに、銀成学園の偽理事長は「いんや」と首振り手を広げる。 「合従する戦士と音楽隊の中でも頭抜けた連中5体……舐めてかかれば我が身が危うい。ひひっ。そうじゃな。もしわしが 迂闊に飛び込んでおれば、まず津村めが九頭龍閃で突撃。仮にわしが上もしくは左右に避けたとしても秋水めが殺到。 必殺の逆胴で致命傷ないしはそれに準ずる大打撃を受けておったじゃろう。貴様らは強い。その程度の警戒、あって然る と思うがの?」 (見抜いたか) (……すでに堂々と私たちの前に現れていたコトといいこの幹部……毛色が違う) (ディプレスたちのように凶気を撒き散らしていない。だからこそ……) (ぞわぞわするじゃん。おっかなくないのに、おっかない) (フードを纏っていないのは、ヘルメスドライブに捕捉されても生き延びる自信の表れ、か。討つべき女だ。絶対に) 振り返りたそうにビルから飛び立つ無銘。道路を避け屋上から屋上へと飛ぶ彼を尻目にイオイソゴ。 「ひひっ。正しいよ。小札を、選ぶ。過去に照らせばそれは虚実の『実』。ひひひ。真相を知ろうとなお『虚』足りえぬ……」 「……?」 不明瞭な呟き。秋水の片眉が跳ね上がった。 「引き止めないのか?」 無銘とイオイソゴの直線状へ静かに割り込む斗貴子。木星の幹部は軽く腕組みした。 「と、言われてもの。わしが盟主様より仰せつかったのはあくまで『足止め』。ヌシらと追撃部隊の合流が遅れるなら何であ れ結構じゃ。付記すれば鳩尾無銘がこの場を離れようと差し支えない。留めるよう言われたのは3〜4名。2名までなら離 脱されようと主命には背かん。ひひ。最悪栴檀どもと誰か1名釘付けるだけでも理屈の上では問題なしじゃ」 低い鼻を弾くようになぞりながら笑う。少女でありながらいちいち表情が老婆めいている……秋水は思う。学園で見かけた、 理事長としての彼女は、見た目相応、6〜7歳の明るい少女らしい、裏表なき純真な笑いを浮かべていた。 その落差に脳細胞がついていかないまま、秋水はごく率直な疑問をぶつける。 「……先ほど無銘を待ちわびたといっていたな。あれはウソか?」 「嘘ではないよ。ヌシらも知っておるじゃろうが。向こうにはぐれいずぃんぐが居る。万一鳩尾無銘が斃されるようなコトが あったとしても、蘇生し保管する手筈よ。そもわしは彼奴と戦いたいのではない、喰いたいのじゃ」
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104 :永遠の扉[sage]:2014/06/23(月) 21:59:21.08 ID:aBgqTdhW0 - 喰えれば誰に斃されようと関係ない。そういって、あどけない、愛らしい顔付きを黒く歪ませるイオイソゴ。黒い大きな瞳孔
は濡れ光っているが笑っていない。「ホムンクルスの身でホムンクルスたる無銘を喰う」、歪んだ妄執に戦士たちは軽く身 震いした。似たコトなら朋輩たる戦部もやってはいるが、あちらはあくまで闘争本能を高めるためだ。しかも対象はあくまで ”ホムンクルス”という別種だ。力を誇示するため獣を裂く……戦いに身を置く秋水たちならギリギリのところで納得できる 行為だろう。 イオイソゴは違う。もっと根源的なおぞましさがある。端的にいえばカニバリズム、人間が人間を喰うような、理解しがたい 欲求が感じられて仕方ない。人肉の味を覚えた者が格上げされたばかりに目線が水平移動したような……『同族を喰う』と いう禁忌そのものに酔っているような不気味さがある。第一本人が言ったではないか「無銘と戦うコトが主題ではない、喰え ればそれで構わない」……この一点だけでも戦部とは明確な差がある。弁当になる程度の雑魚ならともかく、無銘ほどの存 在なら戦部は放置しない。「死体にする位なら俺にやらせろ」。のっそりと粛清を買って出る。 「ま、喋々(ちょうちょう。おしゃべり)で覆る戦況でもあるまい。追撃を邪魔した埋め合わせじゃ。先手は譲ろう。ひひっ。無銘 めを追うもよし、かかってくるもよし。遠慮なく動くがいい。主命に賭けて応対するよ、程々に」 ゆっくりと両腕を広げ瞑目する木星の幹部。 (……コイツを置き去りにするのが一番いい。鐶に乗って剛太たちと合流すれば向こうも生きる目が出る) 身も蓋もないコトを斗貴子は考えるが、道路の様子を思い出し首を振る。 (アレに引き寄せられたから今がある。3人乗せて飛び立つのは不可能だろう) 戦士たちは、黙り。 「磁力。君の能力は磁力だな」 「ほう?」 稚い老婆の目をまろくさせた。 「鐶の不自然な降下。コールタールのような地面。そいてビルに飛び移る時の異様な引力。総ては磁力の成せる技だ」 「成程のう。びくたーのような重力でない論拠は恐らく……でぃぷれすか。落ちゆく奴ばらめが反転上昇した。行く手の ぐれいずぃんぐに、わしが何か撃っていた。とくれば磁力を帯びた何らかの武装錬金の授受があったと見なすは当然」 正解じゃっ。イオイソゴは両目を景気のいい不等号に細めた。 (なにその反応!?)。貴信が驚いた。鐶は「まあこんな部分も……あります。私がお父さん達殺された後……とか」。 「流石いけめんさんじゃ!! カッコいいわ頭いいわできゃーじゃ!! そうじゃのう磁力持ちへ不用意に飛び込むのは危 険じゃ危険じゃ大変じゃ! なんて偉いんじゃ感心じゃ! 今日び向こう見ずな若人が多い中よくも踏みとどまったの。偉い ぞ偉いぞ。偉いのじゃ!」 やや戯画的な表情でこれまた戯画的な丸い拳をブンスカブンスカ上下に振るイオイソゴに戦士たちは言葉を失くした。 (何だコレ……) 「ハッ!! はしゃぎすぎてしもうた……」。恥ずかしそうに彼女は目を逸らし「自重自重」と呟いた。 (なんか……) (他の幹部とあまり変わらないような気がしてきたぞ) 唖然とする一同の前でイオイソゴはクルリ、踵を返した。そして波々とドレープの乗ったミニスカートの後ろで手を組んで 右の爪先をコケティッシュに立てると、馬の尻尾を揺らしつつ顔半分で振り返った。 「ひひっ。しかしまあ、踏み込まなければ安全という訳ではないぞ?」 少女の右腕が一閃。剣道で鍛えた動体視力の持ち主さえ、いつ腰の後ろから解いたのか分からないほどの速度だった。 攻撃を警戒し防御の構えを取る一同。だが……何も来ない。 (空振り……?) (ありえない。数100m先の落下途中の仲間に当てたんだぞ! この近距離で外す訳が……!) こいつの目的は足止め、ならば結界でも張ったのか……? 周囲を見回す戦士たち。だが何も見当たらない。広がるのは 街並みだ。中層ビルが所狭しと立ち並ぶビル街だ。とりたてて変化はない。 幾つかのビルが頭を浮かせているコトを除けば。 「なっ!?」 やっと叫びが出たのは、ビルの最上階が7〜8個石くれを落としながら飛んで来た時だ。 (まさかアイツ……操れるのか!? 『鉄筋コンクリート』を、磁力で!?) 「先手が様子見とあらば仕掛けるのも吝かではあるまい。ひひっ。人払いはしておる。建物には誰もおらんよ」 平均全高6mの巨大な質量が、正に四方八方から特急列車並みの速度で秋水達のいる屋上に突っ込み……破壊した。 その轟音を麓で聞きながら斗貴子は咳き込むように息を荒げる。
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105 :永遠の扉[sage]:2014/06/23(月) 21:59:51.67 ID:aBgqTdhW0 - 「咄嗟に避けたが……フザけるな! バルキリースカートでどうにかできるのかアレ!」
「……バスターバロン級でないと無理だな」 どこが程々の対応だ、刀一本じゃどうにもならない……溜息をつく秋水。後ろを見る。鐶が左手を上げていた。 「やられ……ました…………」 掌に黒い金属片がめり込んでいる。地面への磁力ゆえ上げるのも一苦労らしく右手で支えている。 (ビルは囮だったようだ。回避の隙をつき、当てるための) (鐶の腕は翼と相同。磁力を発する武装錬金を打ち込まれては飛行困難) ますます逃走が難しくなった。三者に安全たる雰囲気が立ち込めた。香美もいやな汗。イオイソゴは饅頭を食べていた。 「!!!!?」 ぎょっとして視線を収束させる戦士たち。彼女は武器を向けられてなお悠然と饅頭を放り投げ、口に入れた。 「うむ。あんこがおいしいのじゃ!! でも食べるのに夢中でこしあんか粒あんか分からんかった……。後でもう1個買おう かのう……。でもあまり食べると虫歯が怖いしのう……」 「知るか!!」 振りかざされた鎌をイオイソゴは無造作に撫でた。するとデスサイズの進行と共にどんどんと上に向かって傾斜していき、 遂には完全倒立を成し遂げた。片腕でそれをやったまま硬直するイオイソゴに誰もが目を見張る。 (倒立自体は磁力の応用なのだろうが……。恐ろしいのは精神だ。攻めが……静かすぎる) 秋水は気付く。殺気のなさに。普通仕掛けるときは何らかの感情の動きが見られるものだ。イオイソゴにはそれがない。 「よっと」 伸ばしきった両腕の先で掌を直角に折り曲げながら秋水たちの背後3m地点へ着地したイオイソゴ。緩やかに口を開く。 「さて、そろそろ我らの命名則に気付いたじゃろう。りばーすは、いんぐらむという銃。でぃぷれすは神火飛鴉。とくれば…… 根来めや無銘と交友深きヌシらも気付こう。わしの姓名たる”きしゃく”。それは即ち──…」 耆著(きしゃく)。 忍者刀や百雷銃、忍び六具、龕灯と同じ『忍具』である。 形状は舟形。鉄製。全長およそ30mmほど。重さは3グラムにも満たない。 忍具というが武器ではない。端的に言えば「方位磁針」である。 磁力を帯びているため、水に浮かべると北を指す。 (成程。それであの能力) 振り返り、納得する秋水の前でイオイソゴが動いた。「来る!」。緊張する彼の前で 「ふあああああ。急にさかさになったから頭に血が上ってもうたあ〜〜〜〜」 500年以上生きている少女がグルグルと目を回した。 (うん。やり辛い!) 秋水は駆けた。斗貴子は不用意を咎めかけたが、周囲を見ると苛立たしげに呟きつつ後に続く。 (なんで突っ込むのさ? さっきソレ危ないっていってたじゃん) (場所だ!! ようく周りを見るんだ香美!!) (ここ、ビルの……谷間…………です……。さっきの攻撃の、ビルの根っこ持ち上げる版やられたら……全滅……です……) やられたという顔を鐶はした。イオイソゴの向こうに路地が見えた。反対側は、秋水達の背後は行き止まり。つまり木星の 幹部は……行く手を塞いだ。先ほどまで路地に向けられていた秋水達の背後を取り退路を断ったのだ。偶然でないコトは、 駆け寄ってくる秋水達を眺める酷薄な美食家のような目つきから明らかだ。 (……できれば迂闊に仕掛けたくない。ビルの壁を蹴り、奴の頭上を越えるのが最善だ。私も鐶も香美もそれはできる) だが。秋水にはそれができない。ビルの隙間は人2人が並んで走れるほどには広い。それでも翼なき鐶はまだ自前の 身体能力で壁蹴り三角飛びはできる。だが剣客たる秋水がするには広すぎた。 (中央突破を選ばねば彼だけ餌食! ビルに呑まれるにせよ直接殺られるにせよ……敵の思惑通り! 最善ではないが) 佇む幹部めがけ走る。手持ちカメラで撮るような激しいブレ。リスクも反撃も覚悟して──… (仕掛ける他ない!!) 加速。地を蹴り処刑鎌を叩き込む斗貴子。次に秋水が腰を沈め袈裟懸けに薙いだ。貴信の鎖が少女の腹部を貫き、 鐶の短剣が首を深く削り取る。 攻撃の余生の赴くまま一同はつんのめりそうになりつつ路地に出た。そこは先ほど見たとおり溶融中。コールタールの 海から発する磁力が秋水たちを轟然と引き寄せていく。 (確か人体に含まれる鉄分は釘にしてわずか数本) (たったそれだけをこうも強力に引っ張れるものなのか……!?) たん。2人の肩が蹴られた。秋水を香美が、斗貴子を鐶が、それぞれ蹴って高く跳ぶ
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106 :永遠の扉[sage]:2014/06/23(月) 22:03:42.60 ID:aBgqTdhW0 - それを合図に振り返った秋水達に迫るのはイオイソゴ。倒れかねない引力が背後から降り注ぐ。
(抗えないなら……) (りようじゃん!) 鐶は左手を突き出した。耆著がめり込んでいるそこを基点に爆発的な加速が生まれる。彼女の左脇に抱えられた香美の 右の掌から鎖が生え……地面を叩いた。その勢いで反時計回りに90度回転した2人は、道路と腹這い平行になった少女 2人は、コールタールの海面スレスレで……圧倒的な光を解き放つ。 「「超新星よ!! 閃光に爆ぜろオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」」 小指の側面で密着した鐶の左掌と香美の右掌の捕食孔から爆発的に膨れ上がつつ混ざり合い1つになった光球は、道 路を蝕む漆黒の死海に半分埋まりながらなおも飛び──、ガンメタルの河を、飲む、呑む、喫む。底たるコンクリ舗装をガ リガリと捲くり飛ばしながひたすらに直進し駆け抜ける。後に残るは旋条の轍。星は地平線の彼方へ奔り去った。 (生体エネルギーを変換する貴信の切り札!) (鐶もかつて似たような技を使っていた! しかも発射したのは耆著が刺さる左掌! 攻撃しつつ敵の攻撃も無効化した!) 果たして着地した鐶のそこで黒い欠片が散った。道路の磁場も撤去完了……飛行能力復活。 だがイオイソゴを見る秋水の顔は晴れない。 「津村」 「ああ。先ほどのすれ違いざまの斬撃──…」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「手応えがなかった」 黒ブレザーの鼻の低い少女は無傷だった。 秋水と斗貴子の間を鎖分銅が猛然と駆け抜け、敵の章印を穿った。 「斬撃が効かぬと分かるや防御覚悟のここ狙い、か。ひひ。やるではないか栴檀貴信」 とぷりという音と共に分銅が胸から跳ね上がり持ち主の下へ巻き戻った。 ホムンクルスの急所を貫かれてなお生きている! 戦慄しつつも秋水たちは破壊痕生々しい道路へ飛び退る。迂闊に 切り込めばビルの谷間に逆戻り……死を意味する。 (正直先ほどから撤退を念頭に置いている自分が不愉快だが……) 鳥の姿になった鐶の背中に斗貴子たちは乗り込んだ。詳細は不明だが敵は不死のようだ。迂闊に手を出せば泥沼に 陥る。敵は足止めを目論んでいるが、現状戦士側が木星の幹部を斃す必要性はない。桜花たちとの合流こそ戦略目標、 鐶を引き止めていた磁力の罠総て解除した今、留まる理由がどこにあろう。 「と考えておるじゃろ?」 鐶の眼前にイオイソゴが現れた。顔はやや獣の意匠。 ビルの4階ほどまで上昇した鐶をカビ臭い童女が取り巻いていた。イオイソゴは……伸びていた。フェレットとヘビを掛け合わ せたマスコットキャラのような灰色の姿で、相手のクチバシから尾羽の先までグルグルと螺旋を描いて包囲していた。 「なっ……」 秋水は見た。いまだ地上にイオイソゴの体があるのを。首から下は正に人型、だが首から上だけがフェレットでありヘビ だった。 (斬るか? いや……迂闊な手出しは控えるべき。ビルの谷間とは事情が違う) (囲まれましたが磁力はなし……です! 加速すれば充分突っ切れ──…) 「鐶よ。ヌシの両親は生きておる」 虚ろな目の少女は息を呑む。傷ある少女は金切り声。 「耳を貸すな! 速度を上げ「遅いよ」 軽く首を曲げるイオイソゴの螺旋が収縮し、戦士たちを捉える。 (しまった……) 鐶の機動力を駆使すれば逃れられる攻撃だった。にも関わらず動揺し、付け込まれた。悔いても喰いきれない過失だった。 「よいしょ」 鐶たちと地上を結ぶ長い首がしなった。螺旋の包囲は地面からおよそ1m28cmの地点で糸を引くようスルスル解け。
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107 :永遠の扉[sage]:2014/06/23(月) 22:04:14.89 ID:aBgqTdhW0 - 戦士たちを地面へ放り出す。
「くっ」……そういう意味を異口同音に叫びながら着地した秋水たち。 首を元に戻し、ゆっくりと歩いてくるイオイソゴは笑いながら……語りだす。 「ひひっ。そう……鐶よ。ヌシの両親は生きている」 (両親……義姉(リバース)に惨殺された人たちか) 「正確にいえば奴に殺された後、ぐれいずぃんぐが蘇生しまた戦士に殺された。りばーすに伝えてあるのはそこまでじゃが 実は蘇生済み。生きておる。じゃがなあ、りばーすめはそれを知らん。知らんがゆえに戦士を憎み、戦団と敵対しておる」 距離が縮まる。鐶の顔色が褪せていく。震える彼女、斗貴子に耳を貸すなと言われても従えない。 かつてリバースは……まだ「玉城光」だった鐶をレティクルから逃がした。贖罪の意味を込めて。 だが鐶はその強さを見ても分かるように、戦力として期待されていた。存在自体が機密事項の塊でもあった。 よって情に駆られそれを在野に放ったリバースは、当然処刑されて然るべきだった。 ……イオイソゴは、言った。 ──「でも殺しはせんよ。奴は義妹に対する格好の”かーど”たりうるからの。あれほど強い玉城光とて、まだ10年と生きて ──おらぬただの少女。もし戦団や総角主税どもに悪用されたとて、肉親の情で攻められれば必ず揺らぐ。ゆえに何があ ──ろうと、りばーすは殺さんよ」 戦士たちはそんな事情などもちろん知らない。だからこそ、埃が積もるほど長く場に合った伏せ札の効力は……高い。 なにしろ味方(リバース)さえ欺き、破滅への道を歩かせているのだ。「何故伝えない」……親愛ゆえの憤りは蜘蛛の糸。 「哀れじゃなあ。妹のヌシが伝え誤解を解いてやらねば……ひひっ。奴はいずれ戦団との戦いで命を落とす。わしなぞとっ とと振り切って、一刻も早く真実を伝えなければ、助けたいと希(こいねが)う義姉、無謀なる怒りで自ら身を滅ぼすぞ」 「……っ」 「いや……ひょっとするともう手遅れ、かものう。追撃に向かった連中に始末、されておるかものう」 ひひっ。笑う老女の章印が短剣に刺し貫かれた。圧倒的な加速だった。秋水も斗貴子も捉えられない速度で肉薄した鐶。 鍔元までめり込む刃。年齢吸収。切りつけた深さに比例し年齢を吸い取る特性。かつて根来でさえ成す術なく胎児と化した 一種必殺の特性がイオイソゴに炸裂した。うなだれる彼女を虚ろな瞳が見下した。 「さっき通り過ぎた時とは違う……本気の刺突……。この深さなら……220年分…………です」 人間はおろかヴィクトリアでさえ幼体と化すであろう年齢吸収。 だが次の瞬間瞳孔を見開いたのは……鐶。勝ちを得たはずの彼女が一転、蒼然たる顔付きで地を蹴り飛びのいた。その 元いた場所を耆著が貫き虚空へ消えた。「ひひっ」。イオイソゴはだらりと面を上げた。何より……立っていた。割り箸のよう に細い足を2本、確かに大地につけている。 (220年分吸収されたのに……) (変化なし。胎児にならないだと?) 「っと。避けられたか。流石は鐶……判断も反射も規格外じゃのう。ひひっ!」 (いや貴方いま章印! 章印貫かれましたよね!!? 何でピンピンしてるんだ! 鎖分銅当たった時もそうだけど!!) 震える貴信たちの元へ舞い戻った鐶。白いバンダナの下で「そういえば」と声を漏らす。 「クロムクレイドルトゥグレイヴ……ビルの谷間ですれ違った時も、年齢……50年近く吸い取っています……」 その言葉の意味するところを理解した秋水たちは、ひたすらに凍えた。 イオイソゴ。彼女の顔は『そのまま』だった。現れた時のまま、登場時の年齢のまま……立っている。 「今のと合わせて300年近く吸われたのに…………若返るコトさえしないのか…………?」 「落ち着け! 下限が不明なら与えればいいだけのコト! 数百年も与えれば何歳だろうと老いる!!」 「ところで」。木星の幹部は世間話をするように囁いた。 「わしは、ほむんくるすになる前から既に…………555年生きていた。ひひ。嘘か誠かの判断はヌシらに委ねるが、 ……555年生きてこの姿じゃ。老いさせるのはちぃっと骨が折れるのう」 (ホムンクルスになる前からだと? つまり『人間の身で』555年生きたというのか?」 (俄かには信じたいが、事実だとすれば) (何年与えれば老いるんだ!? 500年!? それとも……1000年!?) (よ、よー分からんけど光ふくちょー言うとったじゃん! 『200年分集めるのも一苦労』って!)
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108 :永遠の扉[sage]:2014/06/23(月) 22:04:45.32 ID:aBgqTdhW0 - 鐶は思い出す。かつて戦士と戦っていた頃を。瀕死時の自動回復やその他諸々の操作のために数多くの調整体を狩って
チマチマと年齢を集めていた。それでも足らず、貴信、香美、無銘、小札といった惜しくも秋水に破れた仲間たちの年齢を 吸収してやっと200年前後。1000年という数字は、6対1の最中に乱入した銀成学園で生徒約40人を切りつけた時でさ え到達できなかった数字だ。相性は最悪。丸い頬を一筋の汗が伝い落ちた。 (この辺りの建物は……平均で…………20歳という……ところ……。50棟以上斬れば……或いは、ですが) 「させぬよ?」 イオイソゴは指を弾く。耆著が飛ぶ。めいめいそれぞれの文法で回避する。 しかし外れた耆著が電柱にビルの側壁に街路樹に廃車のドアに。 突き刺さって。 ドロリと溶かした。 黒面が捩りあい錐と化して戦士らを背後から襲う。かすり傷程度だが全員に一瞬隙ができた。 戛と地を蹴り地上6mに達す少女の老婆。手に無数の耆著があるコトを認めた秋水たちは……決める。 (どうやら逃がすつもりはないらしい) (走ろうと鐶に乗ろうと奴はどこまでも追いすがる) (リスクはある! けど!!) (何もしなかったらそれこそジリ貧じゃん!!) 秋水と斗貴子が跳んだ。 「逆胴!!」 「臓物をブチ撒けろ!!」 左右から繰り出された斬撃をイオイソゴは楽しげに眺め 「まぐねっとぱわー! ごー! ごー!」 ひとひらの耆著を頭上高く突き上げた。そこから磁力線が迸ったとき、秋水は異変に気付く。 (ソードサムライXが……重くなった? ブレイクの禁止能力……いや違う!) 反発していた。イオイソゴを包む磁力線の軌道内で今にも押し返されんばかりに軋んでいた。斗貴子も同じらしくあらぬ方 向へスッ飛びそうなデスサイズたちが高速機動と鬩ぎあっている。可動肢は意思と斥力の板挟み、負荷の嘆きに激震中。 愛刀に何が……刃を見た剣客は肌色のぬめりを目撃する。 (まさか……!) (さっきのビル! 脱出するとき斬ったアイツの肉片が!!) (付着し! 磁力をもたらしている!!) …………。2人は気付く。イオイソゴがどれだけ周到か。 (ビルの最上階を飛ばしたのは(鐶の翼を封じるためでもあるが)この布石!! 迂闊に飛び込むまいと警戒する私たちに) (『飛び込まなければ何が起きるか』前以てリスクを見せ付けた!) そして回避後、ビルの谷間で、唯一の退路を堂々と遮り、『仕掛けざるを得なくした』。 (彼女は俺らが避けるコトを見越していた。もっといえば、『袋小路に飛び降りる他ない』ビルを選んだ) (いや……『私たちが選ばされた』というべきだろうな。あそこに降り立ったのは決して偶然じゃない。奴がそうなるよう仕組ん だんだ。鐶が磁力に引かれ、落ち始めた時から既に攻撃は始まっていたんだ) イオイソゴは……地形を吟味したのだ。そして攻めるのに最適な場所へ戦士たちが来るよう磁力にて誘導した。無銘が匂 いを察知したところを見ると、風向きさえ計算に入れていたのだろう。 そして……あれほど未知の敵に対して慎重だった斗貴子たちが……ビルによる圧殺という、最大かつ目を奪われやすいリ スクを避けるため攻撃せざるを得なくなり……。 ソードサムライXとバルキリースカートに磁力を帯びた肉片が付着、反発の餌食となった。同じく斬りつけた筈の鐶の短剣 が先ほど章印を貫いたのは、戦士全員に「斬ったリスクは何もない」と無意識に思わせる為のブラフ。そして……年齢操作 がいかに無力かつくづくと実感させるためのデモンストレーション。 (恐るべき幹部だ。俺達は釈迦の掌という訳か) (だが!!) 両名武装解除。光と消えた刃の残影軌道上からの肉片追放を確認すると……再発動!! 「「武装錬金!!!」」 黄金色の稜線が迸る。早坂秋水と津村斗貴子が膝立ちで着地した時、後方の空には10の破片と刻まれたイオイソゴが 浮いていた。 「磁力がなくなれば俺達の武器はただの金属」 「引き寄せられる分、太刀行きは……速い!!」 反発をもたらす肉片。ソードサムライXに残存するエネルギーを使えば焼けたかも知れない。 しかしそれでは秋水単騎……各個撃破の憂き目に合う。 故に彼は斗貴子との同時攻撃による瞬間的な火力上昇を選んだのだ。 「聿皇峻烈(いっこうしゅんれつ)聿皇峻烈。しかし無駄じゃよ。無駄無駄。斬られようと元に──…」 磁力で結びついて行くイオイソゴ”たち”の背後の空間が僅かに歪んだ。
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109 :永遠の扉[sage]:2014/06/23(月) 22:05:15.76 ID:aBgqTdhW0 - (ズグロモリモズの毒……!! 打撃や年齢操作が無理でも、コレなら……!!)
透明化によって回り込んだ鐶(バンダナは黒とオレンジの可愛い鳥)の手から暗黒色の羽根が30本飛び……敵の破片 総てに分け隔てなく突き刺さる。 木星の幹部は呻き、硬直し、うつ伏せで力なく落ちていく。磁力結合、再生もまた中断。 追撃は止まらない。香美の脚力で、鐶より遥か上空に跳んでいた貴信の手から放たれた大口径の光球が──… イオイソゴへ……殺到! (毒で身動きできない相手を狙い撃つ……! したくなかったがこうでもしないと斃せない!!) 「ひひ」 「!!」 落下中のイオイソゴが地上4m地点で俄かに動いた。戦慄の戦士。彼女は……伸びた。ブレザーごと伸びた。 いよいよ間近に迫った直径3mの超新星に背中を向けたまま『見もせずに』外郭円弧に沿うよう全身を曲げた。果たして 光球は秋水の背後およそ2mの地点で、コンクリに呑まれブラジルを目指し始めた。……『焼けた何かを』弾き飛ばして。 すたり。元の体で着地した木星は秋水と斗貴子に背を向けたまま緩やかに語る。 「ヌシらが鐶の囮と見せかけつつ、栴檀どもを切り札に使う……。ひひっ。即興にしては上々の十重二十重の罠の群れ。 演劇での経験が生きたかの。唯一難点を上げるとすれば、じゃ」 振り返った彼女は苦み走った狡猾な笑いをニッタリと浮かべた。 「忍びに毒が効くとでも?」 色を失くした鐶が降り立つ。次いで貴信も。 「ずぐろもりもずの毒とは『鴆毒(ちんどく)』よ。李斯が韓非子を殺すほど”ぽぷらー”な毒よ。なれば拳拳服膺するが如く文 字通りの肝に銘じて忘れえぬようするのは当然ではないか」 「あ、あああ……」 震える鐶。気付けなかったコトに動揺したらしい。 「落ち着くんだ!! 俺達だって見抜けなかった!! 君1人の責任では──…」 「しかし無様じゃのう」。よく透る声が秋水を遮る。 「せっかく連合合従して、この程度か? 断っておくが武装錬金性能に限って言えばわしはまれふぃっく最弱……」 (最弱? コレで?) 鐶を引きずり落とし、ビルを飛ばし、詳細は不明だが斬撃を無効化している能力を、イオイソゴは最弱という。 「これでは本気の我ら相手にどれほどもつか。おお。そういえば5人ものまれふぃっくを追跡中の集団もいたのう。 (姉さんたちのコトか) 「ひひひ。ここにいる連中にくらぶれば小札零どもは遥かに弱い。果たして連中、無 事 で 済 む か の ?」 沈黙が訪れる。 (嫌な物言いをする。逼迫しているからこそ無銘を向かわせたんだ) (それを見ておきながら言うんだ) (焦らせるのが目的……だろうな!!) (つかあやちゃん強いし。めっちゃ強いし) 秋水たちは……流す。まがりなりにもそれぞれの挫折と向き合ってきたのだ。簡単には揺らがない。 だが。 鐶だけは、揺れていた。 (私たちの攻撃……ほとんど封殺されたに……等しい……です。こうなったら……) 「じゃの。後はもう鳳凰になる他ない」 見透かされたコトにドキリとしながらポシェットを見る。 (斗貴子さんに負けてから……私の切り札……鳳凰形態…………見直し……ました……) それは『鳥の王になった』という自己暗示によって特異体質を全開、体のあらゆる部位を鳥のあらゆる部位にする能力だ。 (見直した結果…………持続時間は……5分から……9分に……。一度解除してからも……もう一度なれますし……数日 間の絶食も不要に……なりました。絶食したという自己暗示1つでおk……) 相変わらず硫黄の詰まったオオサンショウウオの腸を食べる必要があるが、総てにおいて斗貴子と戦ったときより向上 している。 (…………) 鐶は一刻も早くリバースに追いつかなくてはならない。追いついて両親の生存を伝えなければならない。さもなくば、復仇の ため戦団と敵対している義姉が止まれない。いつかほかの戦士に殺されてしまう。 (……なんていうか…………頭おかしいお姉ちゃんで…………鬱陶しくて…………恐ろしいですけど…………無銘くんと ……約束したん……です……。助けるって……。昔の優しい、まともで、Cougarさんオリコン上位にするんだって………… 同じCD何十枚も買い込む……哀れな……お姉ちゃんに……ドーナツの匂いがするお姉ちゃんに……) 戻って欲しい。少女は切にそう願っている。 (なら……鳳凰になって……打開するしか……) 「落ち着け」
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110 :永遠の扉[sage]:2014/06/23(月) 22:05:46.23 ID:aBgqTdhW0 - ガゴン。殴られた鐶は反射的にバンダナを抑えた。暗黒世界の常闇に6世紀ずっと鎮座しているラズライトのような瞳に
涙をうっすら浮かべながら振り返る。猩々緋の三つ編みが円弧を描いた。 「斗貴子さん……痛い……です……」 いつの間に移動したのか。拳から煙を噴くセーラー服美少女戦士が仁王立ちしていた。 「挑発に乗った罰だ。一切無視しろ。奴が自分で言ってるだろう。忍びなんだ。どうせ何もかも調べているし見抜いている」 だが鳳凰でなければ打開できない……雑多な要素を総合して伸べる鐶に斗貴子は呆れたように目を吊り上げ腕組みした。 「忘れたのか。一度鳳凰になれば解除後24時間……特異体質使用不可。むかし私にそう言ったのはどこのどいつだ」 「あ……」 それともそこまで改善しているのか? 問う斗貴子に首を振る。 「……せいぜい…………簡単な変形が……できる程度……です」 「そうだろう」 肩を落とすと、反省を認めたようだ。わずかだが斗貴子の顔が和らいだ。「非を認めた中村を励ますような表情だな」、秋水 は思った。よき女先輩の顔だった。厳しさと優しさを兼ね備えた副部長だった。鐶はホムンクルスだが、連携と共闘を繰り返 すうち、知らず知らず、無意識にではあるが、後輩として見なすようになったらしい。 「敵は、鳳凰形態のリスクを承知で挑発している。24時間弱体化する……お前をその体にした義姉から聞いたのか、銀成 その他を嗅ぎまわったのかは不明だが、とにかく奴は知っているんだ、リスクを」 今アレを使わせれば他の仲間が楽になる、救出作戦の戦力が削げる……斗貴子ならではの実利的な思考、半分は鐶を 敵と見なしているが為の容赦のない批評。鐶はやっとイオイオゴの目論見に気付いた。 「つまり私が発動しても……斃せない……と……。イソゴさんが……直撃を…………避け続け……のらりくらり……だから」 そうだ。確信に頷く斗貴子に貴信は気付く。 (イオイソゴを振り切るために使ったとしても、ディプレスたちに追いつく頃にはまず間違いなく解除。リバースを説得しよう にも向こうが武力を用いてきたら成す術なく負ける。素直に聞いて貰えても恐らく他の幹部が連れ帰るか粛清するか…… いずれにせよ鐶副長が割って入る必要がある。しかし相手は追撃部隊の殆どを降しているマレフィック、鳳凰なしでは) 難しい。 (けど……さっき思ったじゃないですか……私……。運命との決着焦るあまり……他の人に迷惑かけるの……ダメって) イオイソゴは肩を竦め、嘆息した。 「やれやれ。白状すればあの形態はわしらにとっても脅威。ここで浪費させれば後後楽だと思ったのじゃがなあ」 秋水たちは敵の本質を……理解する。 (今更ながら分かった。この幹部の強さの根源は武装錬金ではない。異常なまでの老獪さだ) (武装錬金の性能だけなら確かに最弱かも知れない。だがこいつ自身は違う) (戦略の数々……ただ打撃を無効にし磁力を操るだけの相手なら、4人がかりで梃子摺らない!!) (よーするにコイツ、弱いぶそーれんきんをどうつかえばあたしらと渡り合えるか考えてるかんじじゃん!) (私を抑え込める……怖いお姉ちゃんでも……この人はきっと…………抑え込め……ます) 「ところでしつもんっ!」 香美が勢いよく手を挙げた。貴信とは交代済みだ。 「あんたさっき、毒がどーこーいってるとき、”ぽぷらー”とかいってたじゃん」 ──「ずぐろもりもずの毒とは『鴆毒(ちんどく)』よ。李斯が韓非子を殺すほど”ぽぷらー”な毒よ」 「え、あ、おぉ」 見た目相応にキョトリとするイオイソゴに香美は「それちがう!」といった。 「ぽぷらーは、木か草!! ゆーめーって言いたいなら”ぽぴゅらー”じゃん、ぽぴゅらー!!」 戦士たちは呆れた。 (どうでもいいと思うんだが……) (幹部相手に怖いもの知らずだな) (す、すまない秋水氏! こら香美、黙るんだ!) (香美さん……らしい…………です) 腰に手を当て「えへん」と胸を逸らす香美。
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111 :スターダスト ◆C.B5VSJlKU [sage]:2014/06/23(月) 22:06:19.55 ID:aBgqTdhW0 - 知性で最も劣る彼女に揚げ足を取られたのが屈辱なのか。
木星の幹部の頬が波打ち──… 「……げたもん」 「はい?」 「うっさいうっさいうっさーーーい! わしさっきちゃんと、ぽ、ぽきゅはーって言ったもん!! ちゃんと告げたもん!!」 (言ってないし言えてない!!!) (しかもますます違っている……) イソゴさんは横文字苦手らしいです、ソースはお姉ちゃん、ジト目の鐶の情報に全員納得。 木星の幹部は真赤になった。泣きじゃくりながらビシビシと戦士たちを指差しキャンキャン吠える。 「なんじゃその目! その目ぇ!! ここは日の本ぞ!! 毛唐どもの言葉なぞ覚えんでも支障ないわ!! し、神州が 穢れるし!! わし開国反対じゃったし!!」 (言い草が古い) (さすが555歳) 涙目の老婆幼女は膨れっ面でツンとそっぽを向いた。 「だだだ大体わし漢字いっぱい知っとるし!! 1万7000種類知っとるし!!」 「確か漢検1級が約6000種類……約3倍か」 秋水が感嘆を込めて頷くと、少女の顔がぱあっと輝いた。 「じゃろうじゃろう。わしはすごいのじゃっ! 物知りさんなのじゃ!!」 香美を真似たかの如く腰に手を当て胸を張る。質量差は塵と太陽ほどの違いだった。鼻も低い。鼻高々ではない。 (……やっぱり他の幹部と変わらないような!!) (というか、偉そうで賢いのにどっか抜けてるトコが無銘くんそっくり……です。忍びって……みんなこう……なんでしょうか) とにかく戦いは続く。 以上ここまで。
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