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335 :なごやん[]:2011/10/31(月) 00:56:35.87 ID:7pXPDwNR0 - >>318
>プライベートの切り売りエンターテイメントてこと? 切り売りじゃないよ、まさに人生そのものを売り出すんだよ。沢尻エリカ みたいなもんだ。 >安田とか他ジャンルだと内田裕也とか。 安田や内田は偶然だろ?偶然でも売れればいいが、それは危うさを伴う。 なぜなら偶然だから社会の枠を超えないギリギリのところで振舞うはずが その枠を飛び越える可能性があるからだ。事実内田は飛び越えてしまった。 同じく噴出系のバダも秋山も危なかったし、朝青龍はクビになったろ。 でも小川や亀田は表現としての能動系だから「ここまで」の線引きが可能 なんだ。
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336 :なごやん[]:2011/10/31(月) 01:04:48.68 ID:7pXPDwNR0 - >>322
>PRIDE前からずっと深夜だったろ だから80年代はゴールデンだったろ。プロレスがその優位性を放棄して非 プロレスとなったことで世間と隔絶し、90年代は深夜になったんだ。でも 90年代半ばになると非プロレスが捨てたプロレス性をPRIDEが拾って、 こうしてプロレスは復活したんだ。プロレス性とはすなわち「選手の実人生 に基づいた物語のある諸格闘技の交錯」だ。PRIDEはまさしくプロレス だったんだ。でもその同一性を放棄して客観的には昭和と同じことをしつつも 大衆の中にプロレスを担保出来なかった非プロレス(俺は新プロレスと呼んで いる)は、90年代に生まれた新しい新ジャンルな訳だ。 >亀田とかPRIDEとか地上波で数字取ったことあるとこにすりよってるだけじゃ >ねーかと 悪いけど読みにくくてよく意味が分からない。
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337 :なごやん[]:2011/10/31(月) 01:20:35.72 ID:7pXPDwNR0 - >>326
>戦極なんて旗揚げからずっと低調横ばいなのに 俺が期待したんじゃなくて皆だ。最初は凄い入ってたろ。失敗したからって 事実を改竄するな。 >>329 宇田川はセンスないよな。サイモンや宮戸も全然駄目。あとは蝶野にかける しかない。 >>330 >サイモンは接触するのかね? 絶対に来ていただきたい。キンボも絶対に上げなければならない。アリスター やヒョードルなんていらないが、この二人はやばすぎる。勿論ミルコも プロレスに身を落とすというのは誇りが許さないかもしれないが、猪木が 直接話せば理解してもらえるかもしれない。 >アンチにロートルの溜り場と揶揄されても反論できないな。 通過点だから別に構わないよ。ロートルで強さの説得力がかけるのは分かる けど、強さの説得力だけで興行は行われるわけじゃない。その他の説得力や 個性で感情浄化を与えればいい。k2に登山してもいきなり頂上に行ける訳 じゃないんだ。少しずつ標高を高めて困難な岩壁や吹雪を打破しなければ ならない。
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339 :なごやん[]:2011/10/31(月) 01:31:16.45 ID:7pXPDwNR0 - >>333
>ガチンコて言っても猪木も宮戸もそういう試合を1戦もしてない 全然分かっていないな。猪木も宮戸もその時代のプロレス性を担保したんだから まさにプロレスをやっていたんだぜ。垣原も「UWFは八百長といわれるがあの 時の最高のプロレスをやっていた」と胸を張るし、猪木も「プロレスはリング の外(つまり仕込み)では変わってもリングの中では不変の法則」といって いた。つまりプロレスの同一性である「選手の実人生に基づく物語のある 諸格闘技の交錯」は永遠なんだ。
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345 :なごやん[]:2011/10/31(月) 21:10:58.19 ID:7pXPDwNR0 - >>338
>感情浄化は今や女性アイドルユニットが本場。 じゃあ女のアイドルユニットはすべて売れるのか?見たまましゃべってるだけで 本質を捉えない凡人の意見だ。 >>340 >理念の部分が抽象的すぎるから何言ってるかわからんのだよね まずプロレスの優位性について語ると、プロレスは諸格闘競技の外に広がる 諸格闘競技の間を担う存在なんだ。俺はこれを絶対空間と呼んでいる。つまり 個別的な例えばボクシングの場合、その同一競技の枠内でしか物語が生まれない。 しかしプロレスが違うのは格闘技の枠を超えて交錯可能なところで、そういう 意味でそのような存在はプロレスしかないんだ。遺恨発生頻度があらゆる格闘技 興行で多くなるのであり、夢の闘いが提供可能になる。
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346 :なごやん[]:2011/10/31(月) 21:21:21.19 ID:7pXPDwNR0 - 残念なことを言うと前田が始めようとしている第2次リングスはいきなり
ひとコケした。それは同一のルールを採用しようとしていることだ。パウンド はありだが踏みつけは禁止みたいなことをいっているようだが、内容はともかく 一元的ルールを採用した時点でプロレスの理念からずれだしている。 初期UFCを振り返るとあれは諸格闘技を可能にする絶対空間を有したまさに プロレスだった。しかしルールを翻ってみると一元的ルールであり、一元的 ルールでプロレスが可能であるかのように一瞬思える。しかしそれはルール がいい加減で選手の技術も洗練されていないがゆえに間口が広くプロレスを 可能にしていただけであって、実際ルールが洗練され厳密化し、選手の技術 が向上してくると、なんでもありだったバーリトゥードがこれだけありの 新興の一競技MMAになってしまう。こうして絶対的な諸格闘技の交錯の場が 相対的な諸格闘技の一つになってしまうことで遺恨発生頻度や夢の提供は 霧散してしまったんだ。PRIDEも同じことだ。
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347 :なごやん[]:2011/10/31(月) 21:30:37.38 ID:7pXPDwNR0 - >>340
>この人たちがどうなれば成功かも全く言えてないし、どうなってほしいのかも >理解できない。肝心な部分をごまかしてるだけ。 あんたは凄くまともなようだ。ただあせりは禁物だ。聞いてくれればきちっと 答えるよ。いいか、まず日本は近代化する際に物質的欲求の充足という国民的 合意に基づいて国家規模の共同体を樹立した。ここでは成員は同胞であるという 自覚があったし、こうしてナショナリズムというものも広範に存在すること になる。だからファイティング原田のような国民的スターが生まれ、高視聴率 を獲得することになる。しかし合意が達成されると共同体は衰退、こうして 価値観は多様化するようになった。これが現代社会だ。しかしこのような現代 社会では国民的な視聴率を獲得するのは不可能なのだろうか?これには今のところ 二つの選択がありうる。一つはぷちナショナリズムの選択。なでしこジャパン やWBCみたいに、ナショナリズムは無いがそれに敢えてコミットすることで 感情浄化を得ようというものだ。しかしこれは精神病理であって一過性の ものだ。この権益に群がっていたらいずれは厳しいことになるだろう。ではもう 一つの文脈とは何か?
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349 :なごやん[]:2011/10/31(月) 21:38:49.11 ID:7pXPDwNR0 - >>340
ここで整理すると、国家規模の共同体を背景に共同体の代表者が艱難辛苦を 乗り越えて外部の敵を討ち果たすことにより、例えば力道山は莫大な感情 浄化を与えることに成功した。戦後アメリカに敗れて自身を失っている 国民が、日本の代表者である力道山が外国人を打ち倒すことによって共感し カタルシスを得ていたのだ。ファイティング原田も同じであり、佐竹雅昭も 桜庭和志も同じ論理構造だ。 しかし現代では長谷川穂積がいくら外国人を打ち倒しても、青木真也が勝っても 誰も関心を持たない。当たり前だ、なぜなら同胞ではないからだ。我々は 他人なんだ。この様に浅田真央や石川遼がいかに共感を得ようとがんばっても 所詮はローカルスターだ。なぜなら共同体は国家規模の共同体が一つあった 時代と違って島宇宙的に散在しているからだ。小さな共同体で英雄でも それはローカル権益ではない。長谷川も昔ならスターだったが今では ローカルなボクシングマニアの象徴でしかないだろう。
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353 :なごやん[]:2011/10/31(月) 22:12:47.40 ID:7pXPDwNR0 - そこで翻って沢尻エリカを見てみよう。彼女は人々の注目を惹いていたがそれは
なぜかというと、社会の枠を逸脱しないぎりぎりのところで振舞うことにより 反感を通じて感情浄化を得ていたからだ。つまり今までの歴史を知る我々は 感情浄化とは力道山が行ったように、共感によってのみしか獲得できないと 思いがちだ。しかし実際は違い反感を通じて獲得することも可能なのだ。いな、 それどころか現代社会で注目されるには反感を持ってしか不可能なのだ。 現代プロレスの始祖とは誰か?それは辰吉という意見もあるかもしれないが とりあえずここでは小川直也とする。小川は憎まれ口を叩いて世間を逆撫で しようとする。ここで世間は小川を心の底から憎んで叩くのではない。 確かに国家規模の共同体が樹立していた頃であるなら世間は彼を村八分 にするだろう。しかし現代においては敢えて叩くことでスカッとするのである。
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354 :なごやん[]:2011/10/31(月) 22:18:51.52 ID:7pXPDwNR0 - もうここでお分かりいただけると思う。現代プロレスが始まって、その当時は
小川直也程度で皆は分かっていなかったが、俺は小川以上の逸材がこの構制を 使って天下を取るのではないか、国民的な視聴率を取るのではないかと予測した。 そんな中現れたのが亀田興毅だ。彼はまさに小川の上を行く態度を取り続けた。 社会の枠を逸脱しないギリギリの所で立ち回って国民は彼に注目した。それは そうだ、彼は単に石川遼のように受動的に自分らしさを振りまくのではない。 能動的に挑発することで多様な価値観をもつ人たちに働きかけ、能動的に 世間を揺さぶったのだ。嫌いだけど気になる、この様な「べ 別に全然興味 なんかないんだからね!」的なツンデレにするのが現代的英雄なのだ。
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355 :なごやん[]:2011/10/31(月) 22:26:13.86 ID:7pXPDwNR0 - 亀田と猪木が仲がいいのは当たり前だろう。無意識的とはいえ同じ存在である
朝青龍が亀田や猪木と仲がいいのも当然だ。なぜなら彼らは同類なのだから。 秋山成勲が叩かれていたとき、入場すると観客からブーイングが飛んだ。 そんな中秋山が挑発するようにニヤッと笑うと、昔なら反省していないと ブーイングが強くなるところだがそのときは違った。観客はその笑みを 喜んで笑顔で歓声を上げたのだ。彼らは秋山を憎むという物語にコミット した上で、彼を叩くことで感情浄化を得ていたにすぎない。亀田が注目 されたあと、協会の圧力でおとなしくなったときがあった。すると突然 世間は「おとなしい亀田は亀田じゃない」とまで言い出したではないか。 ツンデレ以外の何者でもないだろう。
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