- 【韓国】魔王 タロット3枚目【日本】
685 :名無しさんは見た!@放送中は実況板で[]:2008/11/02(日) 02:15:38 ID:s5E0k4Xt0 - 魔王を考察する
キム・ジウ作家の「復活」「魔王」ともに、ラストは「終わりは始まりです」という言葉で閉じられています。 これは、悲劇に衝撃を受ける若い視聴者に向かって、悲しみ過ぎないで、 明日を生きてほしいという願いが込められています。 そして、これはドラマ全体を通して、キム・ジウ作家が訴えたかったことだと思います。 「復讐は何も生まない」口にするのは簡単なことです。 でも、この言葉だけでは、スンハ(日本版では成瀬弁護士)を止めることはできないと思います。 オリジナル(韓国版)「魔王」を発端となった12年前の事件に注目して整理すると、こんな物語になります。 オス(日本版では芹沢刑事)と、スンハ(当時はチョン・テソン。日本版では成瀬弁護士)という二人の「弟」が居た。 スンハは貧しくても、母や兄に守られて愛されて生きてきた。 兄によって守られてきたスンハは、事件で兄を失った。 完全に守られた存在だったスンハは、何の免疫もないまま外界に放り出されて傷ついた。 一方で、オスは裕福でも、自分を守り愛してくれる人の存在を感じられずに生きてきた。 オスは孤独や喪失に慣れてしまった分だけ、スンハより少し大人だった。
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- 【韓国】魔王 タロット3枚目【日本】
686 :名無しさんは見た!@放送中は実況板で[]:2008/11/02(日) 02:17:03 ID:s5E0k4Xt0 - そして、「卑怯な生き方を止めろ」と諭したテフン(被害者)は、
オスにとって兄の様な、人生の指針となっていく。事件は、オスに「テフン」という兄を与えた。 テフンのように生きようとするオスは、そうすることでスンハの(擬似的)兄となって行きます。 12年後。オスは、テフンから教えられたものを、弟スンハに伝えて最後を迎える。 人に思いを伝えるのはとても難しい。様々な困難や誤解がある。それでも伝わっていくものがある。 スンハの怒りの源は、身近な人の死が重なったことで、 「人は必ず死ぬ」という人間の不変のテーマに若くしてぶち当たってしまったことにあると思う。 オスが何をしたか?、何をしなかったか?というのはスンハに取っては表層的な怒りに属する部分であり、 オスが悔い改めるだけでは、スンハの根源的な怒りは収まらない。 (注:これは謝罪が必要ないってことではないです。ただ、謝罪してもテフンは戻らない。 スンハの喪失を慰めることになるとは限らない。 謝罪は、やはりオス本人の生き方の問題という側面が強いと、私は考えています) 兄テフンがオスを変えた=オスの中にテフンが生きていると示されて、 「死は終わりではない」=「終わりは始まりである」という事を理解する。 そうして始めて、「死」というものを受け入れられる。兄テフンの死を受け入れ、怒りを鎮めることができる。 人の温かい気持ちが伝播・継承されるというモチーフは、オス→ヘイン→スンハなど、 テフン→オス→ヨンチョルなど、ドラマの中で繰り返し用いられている。 特にホイッスルなどは、「守るためのアイテム」として登場し、オスからヘインを通過してスンハに手渡される。 非常に象徴的で分かりやすい例だろう。
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688 :名無しさんは見た!@放送中は実況板で[]:2008/11/02(日) 02:18:13 ID:s5E0k4Xt0 - 原作者は「悲しみを広げないこと」、「喜びを広げること」ということを大事にしている。
復讐する側を描いた「復活」でも、ハウンがやろうとした復讐は、時を戻すための「復活の儀式」という色合いが濃い。 悲しみを広げることを目的としているのでなく、悲しみが広がる以前に戻るための儀式。 思想が違うから、スンハとは、復讐のやり方も違ってくる。 しかし、「復活」「魔王」どちらの復讐も、途中でハプニングが起こり、復讐の企画者に新たな真実を突き付ける。 「魔王」では、オスの中にテサンが生きているという予期せぬハプニングによって、 スンハの復讐はオスの中のテフンを発見するという「復活の儀式」へと転化し、そこで幕を閉じる。 この「復活」は、過去に戻ることではなく、未来にテフンの魂が生きることを示し、 スンハに「前へ進め」というメッセージを伝えてくる。 一方、「復活」でも予期せぬハプニングによって、時を戻すための「復活の儀式」は失敗し、 「時は戻せない」=前にしか進めないというテーマが浮かんでくる。 真実の暴露が、正しかったのか否か?それは前進だったのか?という謎が残されます。 多くが傷つき、多くが失われたが、真実はあるものを解放し、あるものを過去の呪縛から解き放った。 その成否は、今後次第であるということを、ラストシーンのハウンの表情が語っている。
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689 :名無しさんは見た!@放送中は実況板で[]:2008/11/02(日) 02:19:35 ID:s5E0k4Xt0 - ここで、日本版「魔王」に戻ってみましょう。
日本版は、年上の弁護士が弟に「見ていてくれ」と言うのが冒頭にあって、 弟の悲しみを思い知らせたいという、ネガティブな感情の伝播の正当性が強調されている。 これは、弁護士側に主軸を置いた結果+被害者を弟にしたということが関わっているのではないだろうか? 庇護者を失った幼き魂ではなく、守るべきものを失った魂として、復讐者・成瀬弁護士は造形されている。 すると、幼きものの死により、悲しみは韓国版より強調されている。 また、上記で述べた「温かい気持ちが伝播する」というモチーフは複数エピソードを重ねる必要があり時間がかかることもあって、 殆どカットされている。 日本版「魔王」では、スンハが広げようとする悲しみの連鎖に対抗するだけの物語を、刑事側で作って行けるのか? 韓国版のように細かいエピソードを重ねる手法は、時間の問題で使えない。 しかし、「人は必ず死ぬ」という事実を目前にしたときの絶望を救うだけの、力強い物語を紡ぐ必要がある。 日本版独自のエピソードを作っても良いと思う。
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713 :名無しさんは見た!@放送中は実況板で[]:2008/11/02(日) 17:16:05 ID:s5E0k4Xt0 - ドラマ「魔王」において、キリスト教の影響はかなり明確です。
しかし、多神教文化で生まれ育った私にとって、この宗教はなかなか理解しがたいものがあります。 西洋の芸術に触れれば、自然とキリスト教の影響を感じることになります。美術・文芸・音楽・映画・・・。 「聖書に詳しければな・・・」と思ったことがあるのは、私だけではないでしょう。 芸術だけでなく、哲学や科学、政治にも色濃い影響があり、 西洋文化のベースになっている宗教について、知って損はないハズ。 そういう下心で聖書をパラパラと読んだことがあります。 ですが下心があるからダメなのか!!聖書は読んだだけで簡単に理解できるものではありません。 神の教えが簡単に分かる訳がない。それが、当たり前なのかもしれません。 しかし、「なんでこう、神様は理不尽なんだよ」って気がするんです。 軟弱野郎な私にとって、この神は厳しすぎ、難解すぎる!
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714 :名無しさんは見た!@放送中は実況板で[]:2008/11/02(日) 17:16:41 ID:s5E0k4Xt0 - そんな非信者の気持に沿いながら、聖書をダイジェスト的に語ってくれるエッセイがあります。
阿刀田高さんの「旧約聖書を知っていますか」「新約聖書を知っていますか」です。 新潮文庫になり、○○フェアみたいなキャンペーンにもよく入っている定番で、私も何度か読み直してます。 聖書をやさしく解説する本というのは沢山あります。しかし、多くが信者でもある作家が書いたものなのです。 阿刀田さんは、私が聖書を読んでいて「・・・」と言いようのない気持ちになった部分を、 巧みに言葉にしてくれます。その上で「自分の常識で考えようとせずに、 まず彼等の考え方を理解しようとしてみよう」という試みをやってくれます。 そういう「自分とは違う思考のパターン」と知ることができるだけでも、聖書を読む助けになっていくと思います。 「なにせ、神の伝えた言葉。簡単に分からなくて当たり前だ」そう思えるだけでも、取り組むのが楽になるってものです。 そんな楽な気持になってから、今回のドラマに関係がありそうな、 人類最初の殺人「カインとアベル」の話について考えてみたいと思います。 繰り返しになりますが、私は「聖書をパラパラめくったことがある」程度の経験しかありません。 間違って理解していること、誤解していること、表現に不敬な所などがあるかも知れません。 温かい気持ちで見守って頂けると幸いです・・・。
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715 :名無しさんは見た!@放送中は実況板で[]:2008/11/02(日) 17:17:12 ID:s5E0k4Xt0 - 人類最初の殺人として、知っている人が多い話だと思います。
おおざっぱに言うと、神への捧げものを褒めてもらえなかったカインは弟・アベルを妬み、 アベルを殺しエデンの東に追放される・・・。 このお話の中で、アベル殺害後に「アベルはどこへ行った?」と神に問われたカインが、 「私は永遠に弟の監視者なのか?」と知らぬ振りをし、これが人間が最初についた嘘ともされています。 兄弟の葛藤というモチーフから、ジェームス・ディーン主演映画「エデンの東」などが作られたりもします。 兄弟・父と息子というモチーフは、「魔王」でもかなり大きなテーマとして取り上げられていますね。 とても有名な話ですが、聖書にどのように書かれているのでしょう? 旧約聖書の「創世記」4章にあたる部分です。引用します。 (前略) 時を経て、カインは土の実りを主のもとに献げ物として持って来た。 アベルは羊の群れの中から肥えた初子を持って来た。主はアベルとその献げ物に目を留められたが、 カインとその献げ物には目を留められなかった。カインは激しく怒って顔を伏せた。 主はカインに言われた。「どうして怒るのか。どうして顔を伏せるのか。 もしお前が正しいのなら、顔を上げられるはずではないか。 正しくないなら、罪は戸口で待ち伏せており、お前を求める。お前はそれを支配せねばならない。」 カインが弟アベルに言葉をかけ、二人が野原に着いたとき、カインは弟アベルを襲って殺した。 (後略) (日本聖書協会『聖書 新共同訳』 創世記 4章カインとアベル 3-8節
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716 :名無しさんは見た!@放送中は実況板で[]:2008/11/02(日) 17:17:42 ID:s5E0k4Xt0 - 殺人に至る経緯です。
どうですか?初めて読んだ私は、「神様は、なんで、 カインの献ぎ物を無視するんだよ〜」と思ってしまいました。 だって、エコひいきじゃねーのー??どうして?? だから弟を殺して良いってことにはなりませんが、 全知全能の神様なら意地悪しないで殺人を未然に防いでくれれば良かったのに〜!!と言いたくなってしまった。 これについては、いろいろな解釈があるみたいです。 1.主(神)と約束を交わしたイスラエルの民は本来遊牧民であったから、主は遊牧をするアベルをより愛したという解釈。 2.カインが主の指示した方法を無視したからであるという解釈。 罪を購うためには血の献じ物が必要であり、穀物(土の実り)では献じ物にはならないというわけです。 (旧約では動物が、キリストが現れて新しい契約をした後は、キリストが十字架で流した血が生贄であると考えられている) 3.神様のやることなんだから、そこに人間の感情や倫理観や価値基準を持ち込んではならぬ。 主の御意志が人に分かる訳がない」という解釈。
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717 :名無しさんは見た!@放送中は実況板で[]:2008/11/02(日) 17:18:16 ID:s5E0k4Xt0 - 「魔王」を読み解くヒントとなるのは、
3の考え方のような気がします。刑事にも弁護士にも「どうしてこうなるんだ??」という切実な叫びがあります。 それは、神のなされることの意味が分からないからです。 理由が分かれば諦めがつくことも、神の意図するところが分からないがために、より大きく苦しむ。 しかし、人生にはそういうことが沢山起ります。 「何故自分だけがこのような目に遭う?神様は贔屓をしている。 なぜ、私を愛して下さらない・・・」と感じ、神、そして神の作られたこの世界への信頼が揺らぐ。 これは「神」を信じていなくても、理不尽な不幸に襲われて「世界から拒絶されている」と感じるという状態に近いと思います。 青少年の多くは、一度は通る道って気もしますね。世の不条理への怒り。 人々が勧善懲悪、因果応報の物語に「スッとする」のは、それだけ世が不条理に満ちていて、 そのことが不満になっているということでもあるのでしょう。 「魔王」の弁護士は復讐によって「因果応報」を実現し、不条理に対抗しようとしています。 聖書に戻りましょう。 怒るカインに対し、主は「顔を上げて、私を見よ」と語りかけています。 「理解できなくても、私を見上げ、信じ続けよ」と語りかけている。カインへの愛がなくなったわけではありません。 3.の考え方では、この時点でカインは何の罪も犯していません。 捧げ物に目を留めて貰えなかったのも、カインが何か悪いことをしたからではありません。 原因はないんです。だから、カインは顔をそむける必要はない。 主はカインを気遣いますが、カインは目を背けつづけました。 カインはこの時に、「主から目を背ける」という間違いを犯したのです。 その結果、主から守ってもらうことができず、悪魔に魅入られて殺人を犯してしまいます。
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718 :名無しさんは見た!@放送中は実況板で[]:2008/11/02(日) 17:18:57 ID:s5E0k4Xt0 - 「魔王」において、弁護士はルシファーに模されています。
ルシファーも、神が人を愛されることに嫉妬して、神に反乱をおこした天使です。 「嫉妬」というのはホントに怖いですね。 弁護士のやっている復讐計画には、「偶然」が計画的に組み込まれています。 韓国版では、後になるほど明確な殺意があり、「偶然」に支配されない事件になるように配置されています。 計画は「偶然」をつかさどる神に対する挑戦であり、結果は神からの回答だと弁護士は認識していると思います。 (実際は、神のなされることは人間の問いなどとは次元が違うと思います。 だから「神からの回答のように”弁護士には”見える」ということなのかもしれません。このことについては、後述します) さて、殺人を犯したカインは、その後どうなったでしょうか? (前略) 主はカインに言われた。「お前の弟アベルは、どこにいるのか。」カインは答えた。 「知りません。わたしは弟の番人でしょうか。」 主は言われた。「何ということをしたのか。お前の弟の血が土の中からわたしに向かって叫んでいる。 今、お前は呪われる者となった。お前が流した弟の血を、口を開けて飲み込んだ土よりもなお、呪われる。 土を耕しても、土はもはやお前のために作物を産み出すことはない。お前は地上をさまよい、さすらう者となる。」 カインは主に言った。「わたしの罪は重すぎて負いきれません。 今日、あなたがわたしをこの土地から追放なさり、わたしが御顔から隠されて、地上をさまよい、 さすらう者となってしまえば、わたしに出会う者はだれであれ、わたしを殺すでしょう。」 主はカインに言われた。「いや、それゆえカインを殺す者は、だれであれ七倍の復讐を受けるであろう。」 主はカインに出会う者がだれも彼を撃つことのないように、カインにしるしを付けられた。 カインは主の前を去り、エデンの東、ノド(さすらい)の地に住んだ。 (後略) (日本聖書協会『聖書 新共同訳』 創世記 4章カインとアベル9-16節)
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719 :名無しさんは見た!@放送中は実況板で[]:2008/11/02(日) 17:19:56 ID:s5E0k4Xt0 - 冒頭の問答から考えてみましょう。神は、カインがアベルを守り、慈しみ、活かすことを期待しているようです。
(「魔王」内でも、兄と弟というモチーフは繰り返し使われていますね)しかし、兄として弟を守ることよりも、 子として神に愛されることを望み、裏切られたと感じたカインは、そこから悪魔に付け入られてしまいました。 アベルについて問われたカインは、「知らぬ」と嘘をつきます。これは、人類初めての嘘だと言われています。 神から顔をそむけた結果、殺人と嘘という悪事に染まってしまったカイン。 「魔王」刑事も同様に、「殺害」→「嘘」という罪を犯しています。これは、神から目をそらしたことが原因です。 少年時代の刑事は、親に否定され、愛情も信頼も知らず、「世界に拒絶されている」と感じていました。 愛を疑った瞬間、カインも刑事も、この罪へとつづく道を歩き始めてしまった。 聖書に戻りましょう。 相手は神です。嘘ついたってバレバレです。 祝福された土地を追われ、作物の恵みも奪われて、カインはエデンの東をさすらうことになります。 しかし、神はカインを見殺しにはしませんでした。 「罪が重すぎて背負い切れません」と無心に訴えたカインに対して、「しるし」を付けて守ってくれているのです。 しるしによって命を守られ、罪を背負い、苦痛多い人生を生きるカイン。 カインは多くの子孫を生みます。(後略)した創世記4章19-26節では、カインの子孫の系譜が語られます。 「作物の恵み」を得るものでなく、音楽を奏でるユバルや技術に従事するトバル・カインなどが、カインの子孫として現れます。
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