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名無しさん@お腹いっぱい。
天才・三島由紀夫

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天才・三島由紀夫
408 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2011/06/30(木) 15:40:48.87 ID:PJLAYUsS
新人の辛さは、「待たされる」辛さである。


私もそのころの太宰氏と同年配になつた今、決して私自身の青年の客気を悔いはせぬが、そのとき、氏が初対面の
青年から、
「あなたの文学はきらひです」
と面と向つて言はれた心持は察しがつく。私自身も、何度かさういふ目に会ふやうになつたからである。
思ひがけない場所で、思ひがけない時に、一人の未知の青年が近づいてきて、口は微笑に歪め、顔は緊張のために
蒼ざめ、自分の誠実さの証明の機会をのがさぬために、突如として、「あなたの文学はきらひです。大きらひです」
と言ふのに会ふことがある。かういふ文学上の刺客に会ふのは、文学者の宿命のやうなものだ。もちろん私は
こんな青年を愛さない。こんな青臭さの全部をゆるさない。私は大人つぽく笑つてすりぬけるか、きこえないふりを
するだらう。
ただ、私と太宰氏のちがひは、ひいては二人の文学のちがひは、私は金輪際、「かうして来てるんだから、
好きなんだ」などとは言はないだらうことである。

三島由紀夫「私の遍歴時代」より
天才・三島由紀夫
409 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2011/06/30(木) 15:41:17.78 ID:PJLAYUsS
青春の特権といへば、一言を以てすれば、無知の特権であらう。人間には、知らないことだけが役に立つので、
知つてしまつたことは無益にすぎぬ、といふのは、ゲエテの言葉である。どんな人間にもおのおののドラマがあり、
人に言へぬ秘密があり、それぞれの特殊事情がある、と大人は考へるが、青年は自分の特殊事情を世界における
唯一例のやうに考へる。


小説は書いたところで完結して、それきり自分の手を離れてしまふが、芝居は書き了へたところからはじまるので
あるから、あとのたのしみが大きく、しかもそのたのしみにはもはや労苦も責任も伴はない。


芝居の仕事の悲劇は、この世でもつとも清純なけがれのない心が、一度芝居の理想へ向けられると、必ずひどい目に
会ふのがオチだといふことである。その一例として、今もときどき私が思ひ出すのは、加藤道夫氏のことである。

三島由紀夫「私の遍歴時代」より
天才・三島由紀夫
410 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2011/06/30(木) 15:41:51.33 ID:PJLAYUsS
芝居の世界は実に魅力があるけれど、一方、おそろしい毒素を持つてゐる。自分だけは犯されまいと思つても、
いつのまにかこの毒に犯されてゐる。この世界で絶対の誠実などといふものを信じたら、えらい目に会ふのである。
或るアメリカ人が、ニューヨークで、芝居を見るのは実に好きだが、劇壇の人たちはcorrupt people(腐敗した
人たち)だからきらひだ、と言つてゐたのも、一面の真実を伝へてゐる。
しかし、煙草のニコチンと同じで、毒があるからこそ、魅力もある。こればかりは、どう仕様もない。



大体私は「興いたれば忽ち成る」といふやうなタイプの小説家ではないのである。いつもさわぎが大きいから
派手に見えるかもしれないが、私は大体、銀行家タイプの小説家である。このごろの銀行が、派手なショウ・
ウィンドウをくつつけたりしてゐる姿を、想像してもらつたらよからう。


忘却の早さと、何ごとも重大視しない情感の浅さこそ、人間の最初の老いの兆だ。

三島由紀夫「私の遍歴時代」より


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