- 女子刑務所・拘置所・留置場 懲役14年目 [転載禁止]©bbspink.com
157 :113[sage]:2015/02/20(金) 03:17:49.24 ID:nVhq7cZa - 曇天の首都高速を一台のタクシーが走る。
車内には恰幅の良い男が一人。 右手を曲げて窓ガラスに肘をつき、頬杖を作る。 彼の灰色のジャケットは皺ひとつない。 走っては後ろに過ぎていく防風壁の錆模様を眺めつつ、これまでの闘いを思い返していた。 弁護士である彼が「依頼」を受けたのは、薬害事件の被告人。大手製薬会社の若手開発員だ。 事件は過去に例を見ない、最大の規模といってもいい。 被害者の圧倒的な処罰感情、相互憎悪される世論… 10年前の紛争を転機に、この国は不幸になってしまった。 表面上は穏やかなままである。しかし、淀んでいると言っても良い。 車検を通したかも怪しい車で満たされた高速を降り、売家・売オフィスの看板が沿道に一杯の某区に入る。 デコボコのアスファルトが嫌なリズムを奏でる。彼は東京拘置所、その1ブロック手前で下車した。 彼を通して事件を追う者たちは多い。そういった人種の注目を引かないためだ。 真摯な性質のものは、既に別の事件にその真摯さを向け、 いまや鉄道の中吊り広告を埋めたがる種類の人間か、好事家の変態雑誌が取材の中心である。 平静を装って門に赴き、ジャーナリストの下卑た問いかけやマニアの垂涎をかわし、敷地に入った。
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158 :113[sage]:2015/02/20(金) 03:18:56.56 ID:nVhq7cZa - 男はいつもどおり受付を済まし、通路を進み長い廊下に出る。
アクリルで仕切られた向こう側には、小さな格子付きのドアがひとつ。 ドアの影から濃い青色の影。 (時間だ。彼女が来る。) 男は鈍い音と共に開かれるドアを見つめた。 警察のそれよりも濃い制服に身を包んだ女刑務官が二人。 その内の小柄なほうがドアを開いた。 おそらく、拝命間もないのだろう。依頼者である彼女よりも若い。 その後ろに付くように彼女と、もう一人の刑務官。 彼は、こちらに向かってゆっくりと歩く彼女を見つめる… 起伏の乏しい上半身、小さな臀部。 顔つきは整っているのだろう。しかし、すくめた肩が顔より前に出て、視線が下に向いている。 長い髪は枝毛が多くなり、目を隠し生気を感じさせない。 数年にも及ぶ拘禁が、彼女の身体に染み付いて離れないのだろう。 長く弁護士として刑事事件を担当した経験のある彼にとって、事態は一目瞭然であった。
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159 :113[sage]:2015/02/20(金) 03:20:11.54 ID:nVhq7cZa - …彼女の視線の先には自らの指がある。
白く、細く長い。 所々に綻びのあるパーカーは、彼女の心境を表しているかのようであった。 伸びた手首の先には、執拗に彼女を苦しめる戒具が嵌められている。 黒い手錠。面会前の彼女の焦点は床か、戒められた手首に集中していた。 自らが犯してしまった過ちを、必要以上に見せ付ける残酷な鉄の輪。 差し出された手が伸び、頭を下げお辞儀の姿勢を強要される。 鎖の中心に結ばれた青色の腰縄は、背中を回って後ろの刑務官によって握られる。 それは、罪人を支配者の意のままにする手綱と化していた。
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160 :113[sage]:2015/02/20(金) 03:21:43.64 ID:nVhq7cZa - (これが公正な扱いなのか!?)
その姿に男は何度も怒りを覚えた。 かつて、面会に赴く収容者は留置場であろうと拘置所であろうと、手錠はされなかったからだ。 彼女らが日常を過ごす房から面会室までの通路と、その他は鍵で区画分けされている。 それゆえに、拘束される必要はなかった。 その理屈が覆されたのも、5年程前の規則改定から。 例の紛争が収容施設に持ち込んだ災厄、、、外国人収容者の急増であった。 それまで大きな紛争が無かったこの国では、通常の犯罪者と紛争関係の犯罪者を同様に処理しようとした。 異国の人間を、それも相当数を…一定の監視下に置き、管理するために…従来の小さな翻訳機では、 いささか力不足であった。 理由を禄に飲み込めずに房外に出されると、刑務官の制止を振り切って暴れる人間が多く現れた。 それに対する答えが、全収容者の房外への全行動に対する一律の拘束となったのだ。 この乱暴な結論は、そのまま収容者…つまり彼女らに跳ね返っていった。
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161 :113[sage]:2015/02/20(金) 03:22:55.92 ID:nVhq7cZa - 話は彼女の過ごしたこれまでの日常に戻る。
… … 「もう嫌!」 「手錠は許してください!」 「縄で繋ぐのをやめて!」 彼女は、この拘置所に収容されてから、何回か別の房からの叫び声を聞いた。 収容されている女区は独居房である。 留置場と違い、お互いの状況を知らない。 悲痛な声の方向は時々によって違う。しかし等しく女の悲鳴は憐れである。 彼女らは想像の中で、お互いの境遇を考えるしか方法は無い… 当然、房から出る度に、検査をされ手錠と腰縄で身体を結ばれるストレスに耐えられない者も出てくる。 何時からか、彼女は悲鳴を聞く度に房のドアから目を背け、じっと畳の目を見るようになっていった。 太ももに置いた手を堅くする。 4畳ほどの独りの空間…でも、窓の向こうは鉄格子で自由はない。 監視されている。そして、衝立の無いむき出しの便器がこの部屋の全てだ。
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