- 生体実験パート9
333 :作者 ◆TJ9qoWuqvA []:2011/03/07(月) 16:54:21.09 ID:dd/GB3Br - 久保田道康は、日本維新会の右翼活動家達と寝起きを共にしていた。横須賀の事務所
に常駐しているメンバーは、それ程多くはなく、マイクロバスを改造した街宣車で毎日、 関東各所のターミナル駅に出掛け、大音量で旧日本軍の軍歌を流しながらアジテーショ ンを行うのだった。 「日本は、いにしえの昔より神の国である。日本人を滅亡せんとする去勢法案は、断固と して施行させてはならない。いまこそ、立ち上がれ、日本人よ!大和魂を見せるのだ!」 剣崎一矢が、スピーカーで捲し立てた。通勤通学に忙しい一般の日本人達は、醒めた目 で街宣車を眺めている。彼らは、体制に順応しきっており、関わることさえ面倒なようだった。 「昨今の日本人の堕落ぶりには、怒りを感じるでごわす」 近藤勇太(22歳)が、分厚い右手の拳を握りしめて、怒りに震えた。彼は、幼い頃から相 撲取りになる事が夢だったのだが、統一朝鮮による日本占領以来、国技である相撲は権 威を失い、今では面白おかしく脚色された格闘ショーとしてのみ興行されている。奇怪な マスクを被った力士や、全身に刺青をした力士などが、凶器を持って土俵の上で戦うのだ。 ギャンブルの対象にもなっているが、基本的に八百長であるため、賭博師達からは、醒め た見方をされている。勇太は、そんな現状に絶望し、力士になることを諦めて右翼活動に、 身を投じたのだった。
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334 :作者 ◆TJ9qoWuqvA []:2011/03/07(月) 16:55:02.24 ID:dd/GB3Br - 「一矢、そろそろ潮時よ」
街宣車のハンドルを握る宮前真奈美が、サイドミラーを見ながら言った。パレード襲撃事 件以来、治安当局の取り締まりが厳しくなっていた。全国にある日本維新会の支部のい くつかも、強制捜査を受けたばかりだ。 「ああ、長居は無用。撤収しよう」 街宣車は、軍歌を鳴らしながら、ターミナルを発車し、国道に出た。朝鮮軍のパトロール や、警察が来る前に、次のスポットに移動するのだ。道康は、今のところ見習いであるた め、活動に口出しはしない。いつも大事そうに持っている卵型の装置については、他のメ ンバーが不思議そうに見たり、尋ねて来る事もあったが、適当にはぐらかしていた。 「これは、別の世界と行き来するための装置さ」 尋ねた者は、冗談だと思って聞いてるようだった。右翼活動家には、過去を詮索されたく ない人間が多いため、道康の素性についても、それ程しつこく聞かれることはなかった。 (居心地がいいな。仲間か・・・いいもんだな) 元の世界で、派遣で働いていた時も、それ程、親しい友人はいなかった。短期間で現場が 変わったり、人が入れ替わったりするため、一々深くかかわることが面倒になっていたの かもしれなかった。専門学校を卒業して以来、正規雇用の職にもありつけず、将来に限り なく不安を感じながら、その日を生きていくために、割の合わない派遣の仕事を続けて来 たのだった。当然、政治思想などと言うものはなく、同世代のほとんどの若者と同じように、 自分の手で世の中を変えようなどとは、考えたこともない。道康が、日本維新会の活動に 加わって3週間が過ぎようとしていた頃、長谷川会長が立案した海洋作戦が、実施される 事になった。
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335 :作者 ◆TJ9qoWuqvA []:2011/03/07(月) 16:55:28.12 ID:dd/GB3Br - 「俺は、今度の作戦で死ぬつもりだ」
協力者から提供された漁船で船出し、船室で朝鮮軍特殊工作部隊の制服に着替えな がら、剣崎一矢が言った。特攻するのは、一矢と勇太の二人である。漁船で、3昼夜か けて小笠原諸島沖まで航行し、そこからゴムボートに乗り換えるのだ。 「明日の14時過ぎに、この海域を『ジョージ・ブッシュ』が通過するわ」 真奈美が、船室で海図を見せて説明した。ゴムボートなら、空母を護衛するイージス艦 のレーダーにも引っ掛かる事はない筈だという、長谷川会長の目論見だった。ゴムボー トに樽詰された爆薬を乗せ、空母に体当たりするのだ。そのくらいで最新鋭空母が、沈む 筈はないのだが、犯人の遺体を回収した時に、朝鮮軍の軍服を着ている事が重要だった。 (なんだか、命を張っている割には、姑息な作戦だな) 道康が思ったが、口には出さなかった。今回、道康は特攻には、参加しないが、もし強要 されたら、その時点で、時間を止めるか、別の世界に転移するつもりだった。
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