- 【はやぶさ】宇宙機応援 創作系スレ3【かぐや】
76 :名無しSUN[sage]:2010/10/09(土) 21:15:37 ID:w8HnCzoI - >>63です。
前スレの最後にアップしたものですが、アップして数時間後にサーバーが 飛んでしまったため、再アップさせていただきます。(長文です) (旧スレの復旧見込みがなかなか立たないもので……)
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77 :名無しSUN[sage]:2010/10/09(土) 21:16:17 ID:w8HnCzoI - 「希望の翼」
1 僕は今年14歳になった。僕は今、“魂”の存在について考えている。 はやぶさ、君が内之浦からM-Vロケットで打ち上げられたとき、僕は7歳だった。 小学校に入学してようやくひとつきが経った頃だった。 担任の先生が星や宇宙が大好きで、ホームルームのとき僕たちみんなに君の 出発のことを教えてくれたんだ。僕はそのとき初めて君のことを知った。 イトカワという小惑星も初めて聞く名前だった。 「はやぶさ」にまつわる名前の由来や、なぜ君の向かう小惑星の名前が 「イトカワ」なのかも僕たちの担任の先生から聞いたんだ。 ……僕の母方の祖父は1935年に生まれた。 そう、戦争体験者なんだ。戦争が終わったとき、祖父は10歳だった。 夏休みに母の田舎に行ったら、祖父は戦闘機「隼」のことを話してくれたよ。 君の名前の由来となった戦闘機のことをね。 日本の宇宙開発の父と謳われる糸川英夫さんという人が、戦闘機「隼」の 設計者であることもね。 はやぶさ、君は自分につけられた名前についてどんなふうに思っていたのだろう? 誇らしさだろうか。痛ましさだろうか。希望だろうか。 僕は「希望」だと勝手に思っている。 君が今年の6月13日にオーストラリアのウーメラ砂漠の空で燃え尽きて 流星になった最期の姿を見たとき、僕はそう確信した。 君が最期に放ったあまりにも鮮やかな光、渾身の飛翔、故郷・地球を 写した涙でにじんだ写真。 ……君はカプセルを切り離すと炎となり、散って、遥か空の彼方に消えていった。
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78 :名無しSUN[sage]:2010/10/09(土) 21:19:03 ID:w8HnCzoI - 2
君が打ち上げられた日から君のことはずっと僕のこころのなかにあった。 僕は今、部活は天文部に所属している。 天体や宇宙が大好きな仲間たちや顧問の先生といっしょに、ずっと君の 動向を見守っていたよ。 夏休みや春休みには相模原の宇宙研や、筑波、野辺山に行った。 観望のため、夏から秋にかけての週末は天文部の顧問の先生やみんなと 校庭で一晩中星空を眺めた。 君が流星となったあの日、宇宙研のみんなを始め、誰もが君の最期の姿に涙した。 僕も例外ではない。 6月13日夜、君の最期の姿をネットで見て大泣きした。 涙が枯れるかと思うくらい泣きに泣いた……。 腫れた瞼のまま翌日学校へ行くと、天文部のみんなも目が真っ赤だった。 はやぶさ、僕は今年の夏、母の郷里に行きペルセウス座流星群を観てきた。 いつもなら、天文部のみんなと校庭で寝転がって流星観測をするのが恒例 なんだけど、今年はどうしても僕ひとりで観たかったんだ。 8月8日から12日にかけての連夜、合計で100個以上は観測できたよ。 母の郷里で、望遠鏡も双眼鏡もなしで、ただただ一晩中、夜空を眺めた。 夏の大三角のひとつ、天の川に架かる「白鳥座」の真下でね。 僕は、「白鳥座」の真下で、今はもういない君に想いを馳せていた……。
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79 :名無しSUN[sage]:2010/10/09(土) 21:20:20 ID:w8HnCzoI - 3
ねえ、はやぶさ、知っているかい? 「白鳥座」って宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」で、ジョバンニが最初に乗った ステーションの名前なんだよ。たくさんの十字架が立っている駅。 君が最後に流星となって消えて行ったのは「南十字星」の方角だったね。 「銀河鉄道の夜」の終着駅も「南十字星」なんだ。 そこでジョバンニとカムパネルラは永遠のお別れをした……。 あの物語のなかでは、「幸せ」について語られているね。 ――ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。 ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込んでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしい みちを進む中でのできごとなら峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく 一あしずつですから。」燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみも みんなおぼしめしです。」 青年が祈るようにそう答えました。―― ――僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだ なんか百ぺん灼いてもかまわない。」 「うん。僕だってそうだ。」 カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでいました。―― (※「銀河鉄道の夜」より抜粋)
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80 :名無しSUN[sage]:2010/10/09(土) 21:21:16 ID:w8HnCzoI - 4
はやぶさ、君は「みんなの幸せ」のために満身創痍で飛び続け、 カプセルを地球に落とした後、炎に包まれ、消えていった。 人に何といわれようと僕は君のなかに“魂”が宿ったと確信している。 僕が最初に君の“魂”の存在に気づいたのは、第一回目のイトカワ着地の ときだった。 ここで初めて君は管制室から指示を仰ぐのではなく、自ら判断して着地し、 弾丸を撃ち、砂を採取しなければならなかった。 君は着地寸前にイトカワの地面が岩のように硬いことに気づいたはずだ。 そして、直径1cmの弾丸を発射するくらいではとうてい採取不可能だと判断した。 弾丸を撃つくらいでは採取できない…! 次の瞬間、君の脳裏をよぎったのは、生まれて初めて経験する言いようのない 深い悲しみだった。 君を育て上げ、君のために人生の大半を捧げた宇宙研のみんなの顔が 浮かんだだろう。君は咄嗟に判断した。 あの人たちを悲しませてはならない! と。 君は体当たりでイトカワに着地した。何回も何回も機体を岩盤に打ちつけ、 太陽電池パドルが傷つくのも構わずに。 イトカワの砂を採取すること、それは君に課せられ、与えられた重要な使命だった。 しかし、君はあの瞬間「与えられた使命」としてでなく、「自らの意志」で自発的に 採取に取り組んだ。 それがたとえ自らの身体に致命傷ともいえる傷を負うことであっても……。
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81 :名無しSUN[sage]:2010/10/09(土) 21:23:04 ID:w8HnCzoI - 5
僕が次に君の“魂”の存在を確信したのは、君と管制室との通信が途絶したときだ。 君は暗い宇宙の闇のなかで、ひとりぼっちで味噌擦り運動をしていたね。 管制室では君と何とか交信しようと数え切れないほどの周波数を気の遠くなるほど 送り続けていたんだ。プロジェクト・マネージャーはあちこちの神社に参拝した。 君は心身ともぼろぼろだった。 ……疲れた、少しだけ眠らせて、お願い、ほんの少しでいいから。 僕にはそうつぶやく君の声が聞こえたような気がした。 君はひとつきとちょっとの間、眠りに入っていた。 束の間の戦士の休息だ。 昏々と眠り続ける君の耳が最初にとらえたのは、プロジェクトチームのみんなや 君の帰りを待っている人たちの祈りの声だった。 祈りは時空を超えて君のもとに届いたんだね。 君を目覚めさせたのは、文明が編み出したハイテクな先端の科学技術ではなく、 人々の真摯な祈りだったのだ。君はようやく目覚めた。 そして、臼田アンテナに向けて応答した。 「ここにいます。これから還ります」と。
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82 :名無しSUN[sage]:2010/10/09(土) 21:24:06 ID:w8HnCzoI - 6
……イオンエンジンがすべて故障したとき、チームのみんなが今度こそだめだと絶望した。 君はエンジン担当の先生が事前に回路をそっと繋いでおいてくれたのを知っていた。 イオンエンジンは君の足であり、エンジンが壊れたら君は飛翔すらままならない。 君にとって、チームのみんなにとって、とてもとても大切な心臓そのものなんだよね。 エンジン担当の先生のおかげでイオンエンジンは息を吹き返し、君は再び地球を 目指して飛び始めた。 ねえ、はやぶさ。君はイオンエンジンが蘇ったとき、君が地球の大気圏内で 燃え尽きることをすでに知っていたよね。 あのとき、なぜ君はいやいやと首を振らなかったのだろう? なぜ、自らの寿命を終えるという決死の帰還をつづけることを選んだのだろう? 君に“魂”が宿ったことが僕のなかでまったく揺るぎない事実となったのは、 まさに君が地球に向けて正確な軌道を飛行し始めたこの瞬間からだ。 君の名前である「はやぶさ」=「隼」という戦闘機は、かつてたくさんの若者たちの “魂”を乗せて大空に羽ばたいていった。 プロジェクト・チームのみんなは君を精魂こめてつくり上げ、人生を賭けて ありったけの情熱を傾け、君に“魂”を吹き込んだ。 はやぶさ、君の名前が表わしているのは“魂”そのものであり、 君に“魂”が宿ったのは、必然だったんだよ。
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83 :名無しSUN[sage]:2010/10/09(土) 21:25:06 ID:w8HnCzoI - 7
僕は今年、相模原キャンパスで初めてこの目でイオンエンジンを見たよ。 世界で初めてつくられた他に類のない素晴らしいエンジンだね! 僕は丁寧に説明してくれた担当のお兄さんの前で不覚にも涙ぐんでしまった……。 本当に感激したんだ! 君はこんなにも素晴らしいエンジンを搭載してイトカワと 地球の往復飛行を果たしたんだね。 君は消えてなんかいない。僕のなかで君は今も尚、生きつづけている。 マリンスノウって知ってるかい? 今年の夏、僕がペルセウス座流星群を観測したのは母の郷里なんだけど、 母の郷里は海辺にあるんだ。そこは毎年ダイバーたちでにぎわう。 深海にマリンスノウが降る海域なんだ。海の中に静かに降る雪、マリンスノウ。 マリンスノウについてちょっと説明するよ。 マリンスノウの正体はプランクトンの死骸であり、1日に数十mから数百mの 速さで沈んでいき、やがて深海に生息する生物の餌となる。 深海は太陽の光も届かないため、浅い海に比べて生息する生物の数が 極端に少なくなるので、深海に生息する生物にとっては貴重な栄養源となる。 僕は、母の郷里の砂浜で流星を観ながら思ったんだ。 はやぶさ、君は大気圏内で散っていったけれど、君は大気そのものになり 風になり雨になったんだね。
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84 :名無しSUN[sage]:2010/10/09(土) 21:26:01 ID:w8HnCzoI - 8
君はまさに深海に降るマリンスノウのように、地上に生きる生物たちにとって なくてはならない大切な雨や風になったんだね。 ひとつの固体の死は、ほかの固体のさらなる生へと導かれ、繋がっている。 実に見事な生と死の円環だ。 君は、季節の訪れを告げる季節風や穀物の成長を促す雨に姿を変えた。 日本には美しい雨の名前や風の名前がたくさんあるんだよ。 君を思わせる雨と風の名前を書き出してみようか。 【慈雨】 日照り続きのときに降る、恵みの雨。甘雨。 待ち望んでいた物事の実現、困っているときにさしのべられる救いの手にたとえる。 【鷹風】 雲を凌ぐほど、天高く勇壮に飛ぶ鷹を秋風が乗せるところからきた。 君を見ていた7年間、僕は折りある毎にいつも君のことを夢想した。 テストの成績が悪く親に叱られて落ち込んだ春の夜、自分の部屋で、 いたずらが先生にばれ注意されて凹んだ初夏の放課後の職員室で、 ともだちと喧嘩して自己嫌悪に陥った秋の夕暮れの河原で、 初めて好きになった女の子に振られて見上げた真冬のオリオンの下で。 僕のこころが塞ぐとき、いつも君は僕を鼓舞してくれたね。 僕のところからでは、3億3000万kmも離れた君の飛翔は見えるはずは ないのだけれど、僕のなかで、君はいつだって雄々しく羽ばたいていた。 そんな君の姿は僕の胸を熱くさせてくれた。
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87 :名無しSUN[sage]:2010/10/09(土) 21:29:26 ID:w8HnCzoI - 9
……夜空にはこんなにもたくさんの星があり、肉眼では数えきれないほどの星が 流れ星なって毎晩ひっそりと消えていく。 人が生涯の間に見ることができる流星の数はいったいいくつくらいなのだろう? 数千? 数万? だけど、君ほど哀しみと切なさを秘めた美しい流星を僕は知らない。 君ほど最期が崇高な星も僕は知らない。 これからも僕は数え切れないほどの流星を見るだろう。 だけど君ほど僕の胸を打つ流星はこの先、二度と目にすることはないだろう。 君の最期に放った輝きはまさに至高の光だ。 僕はきっとこれからもいろんなことに躓くだろう。 だけど、僕は自分の人生を完走するよ。君が君の人生を完走したようにね。 この先、僕はいろいろな出来事に遭遇するたびに、さまざまな場面で君を想うだろう。 そのたびに君はあの碧い翼でもって僕に手を振ってくれるんだね。 最後になったけど、僕の名前を君に打ち明けるよ。 僕の名前は、隼人。 そう、はやぶさ、君の名前と同じなんだよ。 小さい頃はみんなにからかわれたし、古臭い感じがして自分の名前が あまり好きじゃなかった。でも、今は君と同じだなんてものすごく誇らしく思えるよ。 はやぶさ。僕があと数十年後に自分の人生を完走し終えるとき、君は僕を必ず 迎えに来てくれると信じているよ。 僕は君の背に乗り、僕らは一体になる。永遠にね……。 僕の人生はそのとき完成する。 最期のとき僕と君が一体化し、融合することは僕の名前が示している。 隼人、はやぶさ(=隼)と僕(=人) ありがとう、はやぶさ。 君は僕にとって唯一無二の友だ。これからもずっと……。 ≪了≫
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