- 【響鬼】鬼ストーリー 肆之巻【SS】
429 :鬼島〜未来の金鬼[]:2008/04/13(日) 10:30:51 ID:zztQZ6Ot0 - 昭和54年9月。
とある山中を二人の女性が歩いている。山中といっても遊歩道が整備された、いわばハイキングコースである。 一人は黄邑絹(きむら きぬ)、当年16歳。平均よりも小柄な高校生である。いま一人は草笛みつみ、当年22歳のすらりとしたスタイルが魅力的な社会人一年生である。 六歳離れた二人はしかし幼馴染であり、大の仲良しである。この日も前々から計画していたハイキングに出かけてきている。 「楽しいねーみっちゃん!」 「そうね、絹。でもいっつも座ってばっかの私にはちょっとだけキツいかも……」 わざとらしくフラフラするみつみに、絹が大袈裟に肩を貸す。 「みみみみみっちゃん大丈夫かしら!? 私につかまって!」 みつみが肩に手をかけ、思いっきり絹を揺さぶった。 「頭クラクラするかしらぁぁあぁああぁ……」 などとじゃれあいながらゆっくりと目的地まで進むのであった。 普通の倍の時間をかけ、へとへとになって目的地である小山のてっぺんに到着した二人は、さっそくお楽しみのランチボックスを広げた。 弁当は二人の共同作業――みつみが作り、その後ろで絹がやかましく応援――によるもので、たまご焼きが大好きな絹のためにその三分の一ほどがお砂糖たっぷりのたまご焼きだった。 近くにほかのハイカーがいたら顔をしかめるか、あるいは笑みを浮かべるほど楽しく騒ぎながら、二人はかなり大きなお弁当をぺろりと平らげてしまった。 と、そこに何か子供の声のようなものが聞こえてきた。 「鬼さんこちらー、手の鳴る方へー……」 「鬼さんこちらー、手の鳴る方へー……」 楽しそうな、でも陰気そうな。奇妙な声だった。 「なんだろね、絹?」 「なにかな、みっちゃん?」 きょとんとした顔を見合わせて首を傾げるが、そうしたところで何か仮説が浮かぶでもなし。 「「――――――――行ってみよっか!」」 考えるよりも行動せよ。手に手を取り合って声の聞こえるほうへとずんずん進んでいった。
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430 :鬼島〜未来の金鬼[sage]:2008/04/13(日) 10:31:31 ID:zztQZ6Ot0 - その頃、別の場所では―――
「お、藤黄虎(トウオウトラ)がなんか持ってきたぞ」 「毛ですね。やっぱりヤマビコで間違いありませんよ」 少女と中年が動く折り紙を手に持って何事か話している。 中年は鬼島のコーチである十獅子唐吾。少女は生徒の青桐薊(あおぎりあざみ)である。二人はいつものように魔化魍退治の訓練に出動したのだが、同行する予定だった中部支部の鬼は突然現れたほかの魔化魍を退治に行ってしまったため、今回は二人だけでの退治になる。 ヤマビコならば薊の得意とする相手だ。既にかなり育っているようだが、鬼島の卒業を間近に控えた薊ならば充分勝てる。鬼島の卒業生は実戦配備の時点で既に中堅クラスの力を備えているためである。 だが問題もあった。童子と姫が見つからないのだ。餌をとりに出かけているとしたら大変なことになる。 「行きましょう。トラ、案内して」 薊は念入りに整備した太鼓と棒を持って藤黄虎の後を追っていった。十獅子は緊急連絡用の式神を近くに住む歩に向けて打ち、風に飛ばされそうな荷物を手早くバンのトランクに放り込んでからその後を追う。こちらは菫鳶(スミレトビ)に案内させた。 二人が並ぶと薊は左、十獅子は右を警戒して走り出す。と、見慣れた姿の人影が十獅子の目に映る。 「薊、姫を見つけた! ヤマビコは一人でできるな!?」 「もちろんです!」 「頼んだ!」
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431 :鬼島〜未来の金鬼[sage]:2008/04/13(日) 10:32:22 ID:zztQZ6Ot0 - 十獅子は大きく右に外れ、走りながら鬼弦を弾いた。さすがに引退した身で魔化魍を相手にするのはきついが、まだまだ姫くらいならば倒せる。オレンジがかった光を纏い、それが消えたときに疾駆しているのは一匹の鬼だった。かつての名を、燈鬼。
「鬼さんこちらー……」 妖姫は燈鬼を嘲笑うかのように樹上を跳び移り、ひょいひょいと逃げ回る。 燈鬼は苛立っていた。姫の行動は明らかに薊と彼を引き離すのが目的だからだ。燈鬼も薊も引き離されたところで大丈夫だろう。しかし敵にはまだ童子がいるのだ。 「逃げるな!」 「逃げるよ……」 いつものことながら忌々しい喋りだ。余裕があれば軽口を叩いて相手することもあるが、切迫した状況では神経を逆撫でする。 「ええ、俺を怒らせるな!」 音撃管・世良田を抜き、狙いをつける。しかし鬱蒼と茂る葉や枝が視界を遮り、自分が走っていることもありなかなか照準が定まらない。 しかし、それしきのことで世良田の熱い接吻を免れることはない。 「克服あれ」 足は猛スピードで疾駆しながらも、肩から上は世良田をきっちりと構えたまま微動だにせず。右目と照門、照星は常に一直線。 標的を追って音撃管を動かすのではなく、音撃管の照準に標的が入るのを待つ。熟練の燈鬼ならではの、変則的な狙撃である。 開いたままの左目に待ち焦がれていた的が飛び込む。それが右目の視界に入り、照準線に入る一刹那、コトリ、と世良田の引き金を落としていた。 ばすっ、と銃声らしからぬ音とともに放たれた圧縮空気弾は狙い過たず大きな枝を吹き飛ばし、それを足場にしようと空中を駆けていたヤマビコの妖姫は体勢を崩し、たまらず地面に激突した。 世良田を肩に構え、連射しつつ燈鬼が殺到する。妖姫は地に縫い付けられたかのように動けず、けたたましく到来する死の足音に恐怖するしかない。 「ふっ!」 燈鬼は妖姫まであと5メートルばかりのところで踏み切り、前方宙返りをする。銃撃がやみ、何とか身を起こそうとした妖姫の脳天に、存分に速度エネルギーの乗った踵落しが炸裂した。 叩き割られた頭蓋は枯葉や小枝を撒き散らして崩れ、身体の方も再び地に膝をつける前に股下まで二つに打ち割られ、爆散して消える。 姫の身体だった葉が地に落ちる頃には、燈鬼は童子を探して走っていた。
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432 :鬼島〜未来の金鬼[sage]:2008/04/13(日) 10:33:26 ID:zztQZ6Ot0 - ヤマビコはその声自体が猛毒であるため、速やかに倒さねばならない。いくら得意な相手とはいえ、油断は死に――特に、一般人や動植物の――に直結する。
走りながら変身音叉・音澄を指先で弾き、額に翳す。澄んだ音色が脳に、そして全身に染み渡り、薊の身体を人ならぬ異形へと変えてゆく。 生きるための人の身体から、戦うための鬼の身体へ。 慈しむ人の心から、荒ぶる鬼の心へ。 気が物質化する直前に高く跳び、空中で氷に包まれ、落着の衝撃で砕け散る。薄氷を撒き散らして現れた鬼に、まだ名はない―――薊変身体。 腹には輝く音撃鼓・黛青。両の手には抜き放った音撃棒・天賜。 群青色の身体を揺らし、浅黄色の四本角を振り立てて走る。鬼の耳が指し示す、生きとし生けるものに害為す魔化魍を求めて。 「いたわね」 木々が邪魔をしてまだ視認はできないが、鋭敏な聴覚がヤマビコの足音が近いことを告げる。それは着実に一般のハイキングコースに向かっている。 緊急用の式を受け取った歩がいくら敏速に動こうとも、まず一般人の避難は間に合ってはいないだろう。 薊変身体はここが正念場と地を蹴る足に力を込める。 木々の合間から姿を見せるヤマビコはまだ完全に育ちきっておらず幾分小柄で、攻撃は軽く打たれ弱いはずだ。 疾走して背後から音撃棒で三撃したところで、ようやくヤマビコが振り返った。ヤマビコが鈍いのではない、薊変身体が疾いのだ。 ヤマビコの頭は単純なので、攻撃は大体が上から踏みつけるか平手で叩き潰すかのどちらかになる。俊敏な薊変身体にとって、気をつけてさえいればその攻撃はまったく怖いものではなかった。 セオリー通りにヤマビコの攻撃を躱しつつ、その足を狙って転倒を誘う。音撃棒の小刻みな殴打によってややバランスを崩したのを見逃さず、樹の幹を足場にした三角飛びから膝の裏を狙った飛び蹴りを打つ。 鬼としては腕力の強い方でない薊変身体であるが、その代わりに優れた脚力を持っており、樹の撓りをも利用した飛び蹴りは一撃でヤマビコを転倒せしめた。 両腕を突いて立ち上がろうとするのも構わず、その背に飛び乗って音撃鼓を首筋に優しく貼り付ける。 両の音撃棒を天高く掲げ、宣言する。 「音撃打・卍! 二秒で終わりよっ!!」
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433 :鬼島〜未来の金鬼[sage]:2008/04/13(日) 10:34:06 ID:zztQZ6Ot0 - 「こっちだよ……」
「待って待ってー!」 餌をおびき寄せる童子、それを疑うこともなく追いかける絹とみつみ。さすがにみつみは不思議に――というよりも不気味に感じ始めていたが、夢中で走る絹を止めるのははばかられた。 「もうここらでいいよ」 唐突に声が言い、その姿を現した。二人はようやくソレが常の存在ではないと気付く。外見は明らかに成年男性であるにもかかわらず、声は女性。服装も現代日本で見かけるようなものではない。そして極めつけは――― 「声、もらうよ」 ソレは化物に姿を変えた。 「ひっ……!」 息が切れていたことに恐怖が加わり、二人はその場に倒れこんでしまう。 その細く白いのどに、怪童子が節くれだった醜悪な手を伸ばす。 「声、声だよ」 怪童子の指がみつみののどに触れるか――― 「みっちゃん逃げるかしら!」 それまでただ震えるばかりだった絹が飛び跳ねるように立ち上がってみつみの手を握り、来た道を駆け戻る。 「―――逃がさないよ」 気が抜けた、とばかりに首を傾げる怪童子。しかし数秒後には人にあらざる速度で二人を追っていた。 「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ……」 息も絶えよと走る二人には容易に追いつくこともできよう。だが怪童子は獲物を嬲るように追いついては離れ、離れては追いつきを繰り返す。人の声の中でも最も負の想念に満ちた『死の間際の絶叫』を奪おうとしているのだ。
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434 :鬼島〜未来の金鬼[sage]:2008/04/13(日) 10:36:26 ID:zztQZ6Ot0 - しかし。
――――ドォ……ン――ドォ…ン――― かすかな轟音が怪童子を絶望に叩き落した。守るべき子と伴侶が、忌むべき鬼に殺された! 「おのれぇ……許さぬ!」 怪童子の猛追! 邪魔な枝葉を蹴散らし、薙ぎ払って一直線に二人を襲う。 「いやあああぁぁぁぁぁ―――!!」 恐怖に足がすくみ、みつみが転倒してしまう。 「声、よこせ!」 数歩先に行った絹は取って返し、怪童子とみつみの間に割って入る。 「みみみみみっちゃんは私が守る!」 声も足も、これ以上ないほど震えている。がちがちと歯が鳴り、今にも膝が折れてしまいそうだ。だが、みつみにはそれゆえに力強く思えた。 ―――絹の後ろにいるなら、いつだって平気だ。絹は強い。本当は年上の私が守らないといけないんだけど、いつも守られてばかりだった。 「き、絹、逃げて!」 「みっちゃんこそ早く逃げて!」 「どちらも逃がさぬ……!」 怪童子の醜悪な腕が振りかざされる。 じゃあっ! 奇妙な声とともに突き出される貫手は二人をもろともに串刺しにするだろう。絹もみつみも、恐怖から目をそむけようときつく瞼をおろした。 だが、いつまで経っても貫かれることはなかった。 絹が恐る恐る目を開けると、そこには先ほどにも増して恐ろしい光景が展開されていた。即ち、新たに現れた二人の怪人のうち一人が怪童子を取り押さえ、もう一人は絹とみつみに覆いかぶさっていたのだ。 ――守ってくれてる? 新たな怪人はともに表情を読めないのっぺりした顔に険しい隈取を刻み、額に角を生やしていた。燈鬼と薊変身体である。 「せっ!」 燈鬼が怪童子の腹を蹴り、数メートルほど吹き飛ばす。 「やれ、薊!」 「はいっ!」 薊変身体が絹とみつみから離れ、装備帯から音撃鼓・黛青を外すと怪童子に向けて投げつけた。音撃鼓は狙い過たず怪童子の腹に当たり、その勢いで怪童子を背後の樹に釘付けにする。 「覚悟!」 音撃棒を構えて駆ける。怪童子の前で右足を軸に回転し、遠心力を加えて叩き込む。一撃、二撃。 「今度こそ、二秒で終わりよっ!!!」 回転を殺さずに半回転した薊変身体の背後で、怪童子は魂消るような絶叫を上げながら爆散した。
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435 :鬼島〜未来の金鬼[sage]:2008/04/13(日) 10:37:44 ID:zztQZ6Ot0 - 陰陽座『卍』
作曲:瞬火 殻芥の如く散るは 救いも 誇りも 終焉に残るは 似非笑い 運命に映した 己は黴びて 定めし悪むは 生まれの業と 余人の砂塵に捲かれて 慚 慙 惨 荒べ 慚 慙 惨 逆え わや苦茶の御託さえ 翳せば それなり 名乗る必要はない 二秒で終わりだ 運命に映した 己は黴びて 定めし悪むは 生まれの業と 野人の下塵に捲かれて 慚 慙 惨 進べ 慚 慙 惨 栄え 遥かに 黛青は 悠しく佇まい 幾重の悲しみを (折しも舞い込み) 此の手に抱き寄せて (天賜と) 慚 慙 惨 無愧の罪 然れど涕 溢れて (贅、贅) 呻吟うの 只獨 聲は千切れて 累々と 屍を越えて 存え (贅、贅) 彷徨うの 未だ獨 せめて逝かせて
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436 :鬼島〜未来の金鬼[sage]:2008/04/13(日) 10:40:15 ID:zztQZ6Ot0 - 昭和57年3月。
薄暗い山中で、小柄な鬼がヤマアラシに突撃してゆく。 「鬼闘術・鋼鎧!」 ヤマアラシのとげが殺到するが、ことごとく鈍い音を立てて跳ね返る。鬼には毛筋ほどの傷もない。 「痛いじゃない! もう容赦しないわよ!」 目にも鮮やかな黄色の鬼は幾分小型の音撃弦・小鳥を右手に構えてヤマアラシの巨体に突撃する。ヤマアラシの脚の直前で足を踏み変えてタイミングを取り、野球のスラッガーさながらの見事なスイングを披露した。 「霧栖っ、弥一郎ぉーっ!」 充分に力の乗った音撃弦はヤマアラシの脚に深々と食い込んだが、骨に当たって止まる。大型の音撃弦を用いる鬼でさえこの太い脚を切断するのは至難の業なのだ。 何を思ったか鬼は装備帯の後ろから小さな弓を取り出した。それは独特の唸りを発して金色の弦を輝かす二尺余の鉄弓となる。音撃弓・金糸である。そしてそれをもまた大きく振りかぶり、あろうことか小鳥の柄に思い切り叩き付けたではないか。 ごぎん、と薄気味の悪い音をたててヤマアラシの太い脚の骨が砕ける。鬼は再び金糸で小鳥を一撃し、見事にヤマアラシの脚を切断してみせた。 急に短くなった脚では体重を支えきれず、ヤマアラシは白い血を撒き散らしながら横転する。 ひゅっ、と振って小鳥から血を払い、三歩の助走から空高く舞い上がる。黄の鬼は重力の助けを借りてヤマアラシの棘に守られていない腹へと音撃弦を突き刺した。 それを強引にねじって肩に乗せるように構え、装備帯から外した音撃震・雀を装着し、さらに音撃弓・金糸を掴み、奏でる。 「音撃斬・野薔薇前奏曲!」 美しい旋律が流れ、反面、魔化魍はその美しさに苦悶する。音撃に気をとられている鬼は気付かない。乾坤一擲、魔化魍が狩人に向ける最後の牙を剥いていることに。 ヤマアラシは今にも崩れそうな身体を無理やりに動かし、寝返りを打つ。鬼はそれに巻き込まれ、地面と巨体の間に挟まれる形となる。 「やば……!」 鬼が危機を悟った瞬間にヤマアラシは絶命し、猛烈な爆発とともに枯葉や土くれに戻った。
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437 :鬼島〜未来の金鬼[sage]:2008/04/13(日) 10:42:20 ID:zztQZ6Ot0 - 濛々たる土埃が晴れると、そこにはいかにも満身創痍といった鬼が立っていた。ヤマアラシの棘には傷一つつかなかった黄色の身体はあちこち裂傷や擦過傷を刻み、じくじくと血を流している。
鬼はうんうん唸りながらあちこちに気合を込めて傷を治してから、顔の変身を解除した。 「やったかしら!」 気を取り直しながら歓呼の声をあげて現れたのは、黄邑絹の顔であった。 「すごいわ絹、これで五匹目じゃない!」 少し離れた物陰から出てきたのは草笛みつみである。 「ありがとうみっちゃん。でもごめんなさい、またお洋服なくしちゃった……」 「ううん、そんなの気にしないでいいのよ、服はまた作ればいいんだし。アイディアはまだたっくさんあるんだから! ってことで、はい着替え」 着替えをうれしそうに受け取る絹のとなりに、おっさんが現れた。訓練教官の十獅子唐吾である。ぶっちゃけずっといたのだが、絹とみつみの仲良しラブラブ領域に阻まれてなかなか声をかけられないでいたのだ。 「あー、もういいか? まず絹、いい加減突撃だけの戦い方は改めろ。せめて攻撃はかわせ。鋼鎧だって力を使いすぎるし三十秒くらいしか持たないんだろ?」 「あう……」 「それにいつものことだが詰めが甘い。さっきだってそうだ、ずっと有利に戦っていたくせに最後の最後で散々にやられたじゃないか」 「うぅ……」 「だが、その思い切りの良さとパワーは誰にも負けてないな。あともう少し、考えることをすればいいんだよ」 その賞賛にしょんぼり落ち込んでいた絹の顔に笑顔が戻る。 「なんだ、そんなの簡単よ。だってわたしは鬼島一の策士なんだから!」 十獅子は策士と言い切る絹に苦笑する。果たしてこんな正面突撃しかしない策士がいるのか、と。戦場では伏兵しか能のなかった諸葛亮孔明でさえまだはるかにましである。
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438 :鬼島〜未来の金鬼[sage]:2008/04/13(日) 10:43:48 ID:zztQZ6Ot0 - 「次にみつみ。お前にもいつも言ってるが、絹を追いかけて戦いの中に入ろうとするのはいい加減どうにかしろ。次やったら手足縛ってキャンプに転がしとくからな」
「う……それはその、私自身どうしようもない無意識の…不可抗力というやつでして……」 「…………」 無言でテントを固定していたロープを取り出す十獅子。 「わぁあああ! わかりましたなんとかします! だからご勘弁を!」 十獅子は仕方なさそうにうなずく。 絹と出動できないと魂の抜け殻のようになってしまうし、かといって出動させると暴走しがち。だがそれを補って余りあるほど絹との相性はよく、加えて飛車としての能力も高いので絹も十獅子も任務に集中できるという利点がある。 この悪癖をどうにかして矯正……でき…ればいいなぁ、と思う。希望的観測である。 そんなことを思い悩んでいると、着替え終わった絹が傍らに来て装備を片付けている。 「おわぁ! 絹、それはもっと丁寧に扱え! そんなに重ねるな! 軽くて柔らかいものを下に置くな!」 十獅子は絹が荷を積み上げる端から山を崩し、きちんと整理して積み直していく。こういうことが得意そうな絹は整理整頓がからっきしで、逆にごつい中年の十獅子が几帳面というのは見ていてなかなか面白い。 いまだ独身の十獅子だが、娘がいればこんなものなのか、とも考える。中年と呼ばれるのも残り少ないだろうこの年寄りに嫁のなり手などいるはずもないだろうから、本当にこういうものか確かめる術はあるまいが。
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439 :鬼島〜未来の金鬼[sage]:2008/04/13(日) 10:44:20 ID:zztQZ6Ot0 - と考えていると、十獅子が整頓した荷さえも崩して押し込んでご満悦の絹の顔が視界に飛び込んできた。
「どーかしら、この整頓ぶり! あたしってば立派なお嫁さんになれるかしら!?」 十獅子は無言で右の親指と中指で輪を作り、筋が浮かぶほど力を込めたデコピンをくれた。 「〜〜〜ぃったぁい! なにするかしら!」 クリップで前髪をきっちりと分けた額に赤々と指の跡をつけて絹が叫ぶ。ちなみに十獅子の全力デコピンは厚さ10ミリの杉板を粉砕する。これを食らって痣程度で済むとは、まさに石頭恐るべしである。 「なにするってのはお前だ! 下の方をよく見ろ!」 十獅子の指先からまるで点線でも伸びているかのように徐々に視線を動かしていく絹。その視線がたどり着いた先では、式神を収めた布包みが無惨にも音撃弦・小鳥の下敷きになっている。幸い破れてはいない。 「そのくせみつみのたまご焼き弁当はてっぺんに乗っけるのな」 「だってみっちゃんのたまご焼きおいしいんだもの……」 「それとみつみ!」 「はいぃっ!?」 十獅子が右斜め後ろにびしっと指を突き出すと、その先にいたみつみが硬直する。でっかいカメラを構えて、ご丁寧に指の間には替えのフィルムまで握っている。 「お前絹を撮ってないで手伝え」 「さ、サー、イエッサー!」 言葉遣いこそ普段のままだが、みつみには十獅子の背後にグロック社のイメージキャラクターであり除隊後に昇進した唯一の海兵隊員の雄姿が見えた。 二人とも、卒業はまだまだ先かも知れんな…… ずきずきと痛む中指を庇いながら、内心でそうつぶやく十獅子であった。
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440 :鬼島〜未来の金鬼[sage]:2008/04/13(日) 10:46:51 ID:zztQZ6Ot0 - 設定
黄邑絹 音撃弦・小鳥と音撃震・雀、音撃弓・金糸を使って戦う鬼見習い。属性は『鉱』。要するにヤンジャンで連載再開されるあれの黄色。みっちゃんはもうそのまんま。 馬鹿力の力馬鹿。一年間戸隠で体術を修めてから鬼島に入学した。十獅子は一人立ちの際に『金鬼』の名を与える予定。 音撃弦・小鳥 音撃モードで展開する刃に翼の模様が刻まれている。 小暮耕之助が習作として作ったものだが、十獅子について吉野に行ったときに偶然発見した絹が『かわいいかしら!』といたく気に入ってしまったため実戦仕様に調整して支給された。後の小型音撃弦の走りだが、まだバイオリンよりいくらか大きい。 普通に音撃震を装着して音撃することも可能。 音撃弓・金糸 鉄弓。弦には鬼石が蒸着してあり、バイオリンの弓として使用するほかに鳴弦による簡易音撃、通常の弓としての使用、鈍器としての使用、糸鋸としての使用が可能。ちなみにこの弓はすさまじく強く、鬼島では絹のほかに満足に引ける者はいない。 鬼闘術・鋼鎧 鉱の気で全身を鋼鉄じみた硬さにする技。もちろん鋼鎧を発動している間も自由に動けるが、絹はこれを一分続けると失神する。 青桐薊 音撃鼓・黛青(たいせい)と音撃棒・天賜を使う太鼓の鬼見習い。属性は氷雪。必殺音撃は『音撃打・卍』。絹とみつみを助けた半年後に卒業し、雨雪鬼(アマユキ)の名を得て故郷である北海道支部に配属された。 クールビューティに見えるがかわいいもの好きで、私物はもとより音撃武器や式神までデコレーションする悪癖がある。一度デコレーションのしすぎで式神が起動しなくなったことがある。 「氷越しにぼんやりと見える裸体がたまらなくそそる」とは、薊の卒業直前に数回だけ任務をともにした小野忍人の談。 音撃打・卍 「名乗る必要はない。何故なら」 と言われたら、全員で 「「「二秒で終わりだ!!!」」」 と返すのが礼儀。
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441 :鬼島〜未来の金鬼[sage]:2008/04/13(日) 10:55:50 ID:zztQZ6Ot0 - 散漫なものですが、一応これで鬼島の生徒は全員クリアです。
用語集のほうは作業量の関係で更新停止状態にしてしまっていますが、これで埋め合わせということでひとつ。 鬼島関係でいくつかアイディアはあるのですが、まだまだお見せできる状態ではないので、またいずれそのうち。
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