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967 :( ○´ー` ○)はカワイイ ◆2.r4M.pJ.RBR [sage]:2011/06/09(木) 10:17:30.58 ID:BIhcr+OI - チキン野郎の自爆クンの本能は前頭葉にあるらしいからなw
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976 :( ○´ー` ○)はカワイイ ◆2.r4M.pJ.RBR [sage]:2011/06/09(木) 12:19:56.53 ID:BIhcr+OI - 前頭葉に本能がある人に言われてもなあ〜w
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979 :( ○´ー` ○)はカワイイ ◆2.r4M.pJ.RBR [sage]:2011/06/09(木) 13:57:45.31 ID:BIhcr+OI - あっ、そう。
良かったね。
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984 :( ○´ー` ○)はカワイイ ◆2.r4M.pJ.RBR [sage]:2011/06/09(木) 14:47:43.41 ID:BIhcr+OI - >>981
学説上は前文に法規範があるとゆ〜説とないとゆ〜説と両方ある。 一応、前文には個別条項の総論として機能があるため、判例上裁判規範として 判決に言及があるケースは30余りある。 前文の裁判規範性を承認したケースとしては、長沼ミサイル基地訴訟の一審判決があり、 否定的に扱ったケースは百里基地訴訟水戸地裁判決がある。また、イラク派遣差止め訴訟の 控訴審判決(名古屋高裁民事第3部)では前文の法規範性を認めて、平和的生存権に 言及した判決になっている。
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990 :( ○´ー` ○)はカワイイ ◆2.r4M.pJ.RBR [sage]:2011/06/09(木) 16:05:45.92 ID:BIhcr+OI - >>987
前文は総論で全体像を語っているから一概に言えないってコト。
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8 :( ○´ー` ○)はカワイイ ◆2.r4M.pJ.RBR [sage]:2011/06/09(木) 17:24:53.40 ID:BIhcr+OI - 象徴天皇の憲法上の意味
憲法は国家権力を組織する基本原理を宣言し、その原理に従って一定の機関を創設し、それに一定の 権力を授け、同時にそれを制限する法規範であった。憲法一条は、国民主権の原理を宣言することにより 天皇がもはや主権者ではないことを表現し、天皇という機関は創設するが、それには実質的な権力は 授けず、その権力を無にまで制限することを規定したものである。このことは、象徴という言葉が天皇の 法的地位を表現するために案出された経緯から生ずる帰結である。 天皇に対して「象徴たるべし」と命じた憲法の法的意味は、天皇は実質的な政治権力を 行使してはならないということと解さなければならない。 (「憲法1」第三章 国民主権と象徴天皇制 高橋和之執筆 101頁より)
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10 :( ○´ー` ○)はカワイイ ◆2.r4M.pJ.RBR [sage]:2011/06/09(木) 17:27:55.17 ID:BIhcr+OI - 明治憲法の天皇も日本国憲法の天皇も「象徴」である点では同じであり、両者は連続しているという
理解が示されることがあるが、明治憲法の天皇は政治権力の主体であることによって同時に当然に 象徴でもあったのに対し、日本国憲法の天皇は政治権力を全くもたないにもかかわらず象徴として 創設されたのであり、ゆえに、天皇が象徴であると規定する第一条は、天皇が依然として象徴であることを 確認する規定(確認説)ではなくて、全く新たな象徴天皇制を創設する規定(創造説)と理解するのが 正しい。 (「憲法1」第三章 国民主権と象徴天皇制 高橋和之執筆 102頁より)
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11 :( ○´ー` ○)はカワイイ ◆2.r4M.pJ.RBR [sage]:2011/06/09(木) 17:31:19.83 ID:BIhcr+OI - 天皇は元首か
元首の要件でとくに重要なものは、外国に対して国家を代表する権能(条約締結とか大使・公使の委任状を 発受する権能)であるが、天皇は外交関係では、七条五号・八号・九号の「承認」(一定の行為が正規の 手続きで成立したことを公に証明する行為)、「接受」(接見する事実上の行為)という形式的・儀礼的 行為しか憲法上は認められていない。したがって、伝統的な概念によれば、日本国の元首は内閣または 内閣総理大臣ということになる(多数説)。もっとも、右のような形式的・儀礼的行為を行う機関でも、 元首と呼んで差し支えないという説もある。(中略)わが国では、元首という概念それ自体が何らかの 実質的な権限を含むものと一般に考えられてきたので、天皇を元首と解すると、承認ないし接受の意味が 実質化し、拡大するおそれがあるところに、問題がある。 (「憲法 第三版」芦部喜信 47-18頁) 日本国憲法の下における日本国は伝統的・典型的な意味における君主制ではないことは 明らかである。しかし、日本国はまた同時に典型的な意味における共和制でもなく、 そこは君主的要素がなお残存している。その意味では、それは「独特な共和制」であると いってもよいが、それはまた「独特な君主制」とよぶこともできるといえるであろう。 (佐藤功「日本国憲法概説」第3章 天皇 360頁)
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17 :( ○´ー` ○)はカワイイ ◆2.r4M.pJ.RBR [sage]:2011/06/09(木) 18:13:50.61 ID:BIhcr+OI - 皇室バチカン化案(皇室市国(仮)」の概要
皇室は日本国から独立して「皇室市国(仮)」となる。独立するので当然だが、皇室市国の自治権は 日本政府にはなく、皇室市国のトップ(つまり天皇)が持つ。日本の干渉が及ばない独立国なので、 皇室神道の祭祀の役割については政教分離の規定から影響を受けない。また、血統による皇位継承の 万世一系原理を保つために、側室制度なども皇室市国の主権によってその制度設計は決せられる。 これまでの日本との関係から、日本に訪れる海外要人への接受などを皇室市国に依頼する可能性を 保ち、日本国との良好な関係を維持する。また、日本国内の皇室ゆかりの神道神社との関係についても、 これまで通り維持する。皇室市国独立に伴い、皇室との関係を分かつ神社も認める。
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18 :( ○´ー` ○)はカワイイ ◆2.r4M.pJ.RBR [sage]:2011/06/09(木) 18:14:56.54 ID:BIhcr+OI - ローマバチカン市国の国家運営、国家規模を参考にすると、前者の場合寄進と観光収、切手の発行などの
収入によってなされている。また、後者については目安としておよそTDLと同程度と言われている。 以上の条件を勘案して、皇室市国の国家運営については皇室神道信者からの寄進(天皇信者を含む)と 各種グッズ販売、皇室市国内のミュージアムなど(皇室は膨大な古文書、古美術を有している)による 収入を含め観光収入を含み、それらを歳費として運営する。用地取得は皇祖神である天照大神を祀った 伊勢神宮ゆかりの土地である伊勢半島の離島を購入して、皇室市国の用地とする。離島であれば土地確保の 軋轢を回避でき、また、海に囲まれているため独立性確保にも有利であることが理由。
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20 :( ○´ー` ○)はカワイイ ◆2.r4M.pJ.RBR [sage]:2011/06/09(木) 18:16:43.46 ID:BIhcr+OI - 皇室のバチカン化案によるメリット
<皇室が得られるメリット> ・皇室の独立性が守られる(日本国憲法による各種の干渉を排除できる) ・皇位継承が容易になる(側室制度など考えられる可能性を実現できる) ・独立した経済的自立により干渉されない ・皇室支持者の望む皇室に近づく(日本国憲法条の背反命題の解消) ・皇族の人権が回復できる(日本国憲法では生まれながらに人権が制限されている) <日本国が得られるメリット> ・憲法上の矛盾が解消される(人権上唯一の例外の削除) ・皇室維持に伴う各種の問題から解放(政教分離、特権的地位など) ・首都の一等地が開放されるため経済効果が見込める ・官僚や政府による皇室の悪用を排除できる ・右翼による言論へのテロ活動が回避できる(右翼は皇室市国へGO)
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23 :( ○´ー` ○)はカワイイ ◆2.r4M.pJ.RBR [sage]:2011/06/09(木) 18:20:48.47 ID:BIhcr+OI - 天皇パンダ論
本来的に天皇とは立憲君主とは相容れない。まずはこの基本原則を理解しろ。 明治維新を経て天皇の位置づけをどうするかとゆ〜コトを明治の元勲連中は 試行錯誤して考えた。王政復古なのだから天皇親政が適切だろうとか、開国 したのだから欧州の君主制を模したらどうかとか。で、紆余曲折をへて出た 結論がプロシャ型の君主とゆ〜立場を選んだ。現在の天皇の原型はここから スタートしている。この段階で古来からの天皇とは違った存在になったワケ。 そして、戦争に負けると民主制に見合った存在にすべく考えられたのが現在 ある「象徴」としての天皇だ。この原型は英国型でありバジョットが唱えた 「権力と尊厳の分離」とするものだ。そこで当時の役人連中は考えた。英国 の王室ってどうしてるのか。見て分かったのはウンンザー公の国王離脱など の変遷によって尊厳の対象としてではなく、「親しまれる理想的な家族像」 なる表出によって王室維持を図っているコトを。BBCによって王族の日常を 国民に伝え国民は王族の家族に憧れるとゆ〜図式の関係性だ。日本もそれを 取り入れた。それが「開かれた皇室路線」だ。
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25 :( ○´ー` ○)はカワイイ ◆2.r4M.pJ.RBR [sage]:2011/06/09(木) 18:22:19.30 ID:BIhcr+OI - 天皇パンダ論
具体的に皇室は何をしたか?天皇を全国に行幸させる顔見世興行を始めた。 それまでは「御真影」でしか見たことがなかった全国の国民が、生の天皇に 触れたワケだ。この効果は絶大で神とも悪魔の化身とも思われていた天皇が 実は血の通った人間であるコトを印象づけた。また、その後皇太子成婚では 民間人の后選びとゆ〜それまで皇室ではあり得ない演出をした。これも充分 な効果をもたらした。そして親王が生まれるや、皇太子妃はそれまでの因習 を破り自ら子育てすると言い出した。これも国民から歓迎された。この辺り までは実に思惑通りにコトが進んだワケだ。 やがて時は移り、日本は繁栄しメディアは変わらず「開かれた皇室」の姿を 露出し続けた。大きな起点となった出来事が二つ起きる。一つは宝島社から 出た「皇室の危機」による論争と、昭和天皇の崩御である。前者は宮内庁の 職員によってもたらされた皇太子(今上天皇)の奔放な私生活の暴露であり 後者は時代のうねりであろう。これにより皇室は開かれ国民が無自覚な意識 で単純に憧れる家族ではないことを知らしめた。皇室にはやはり、深く高い 壁があり国民には理解できない独特の世界があるコトを、だ。
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33 :( ○´ー` ○)はカワイイ ◆2.r4M.pJ.RBR [sage]:2011/06/09(木) 18:53:29.23 ID:BIhcr+OI - 天皇パンダ論
そうした状況を踏まえてオレは「天皇のパンダ化」或いは「パンダ天皇」と 呼ぶコトにした。パンダ舎はガラズ張りではあるが、そのガラスは実弾でも 貫通しない強化ガラスを使用している。つまり開かれているようで実は閉ざ されている。これが皇室の実態だ。そしてパンダがタイヤ等で遊ぶ姿を見て 動物園に訪れる人々が喚起の声をあげるよ〜に皇居の前では日の丸を振った 人々が同様の声をあげる。オレにはこの二つが重なって見えるワケだ。 さて、話しがだいぶ長くなった。ではオレがどの様な姿が皇室として適正か といえば、憲法及び国家と切り離すコトが最も皇室本来の姿を取り戻す為に 必要だとゆ〜コトだ。現在の状態にある限り、皇室は憲法に制限され国家に 利する存在であるコトは免れない。それは皇室神道の祠祭である立場に関し て多くの制約をもたらし、現状の皇位継承問題などに見られる様に、国民の 動向に左右される存在にもなっているからだ。すなわち、現在の法制度から すれば天皇はいかようにも変質させられるとゆ〜コトだ。それでは長い伝統 を持つ皇室側から考えれば明らかなデメリットであり、その様な存在である のならそれは最早天皇と呼ぶべき存在ではない。
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36 :( ○´ー` ○)はカワイイ ◆2.r4M.pJ.RBR [sage]:2011/06/09(木) 18:55:14.55 ID:BIhcr+OI - さて、ではバチカン化にはどのよ〜なプロセスが必要か? それには先ず憲法改正が
必要となる。そして当然だが「皇室市国(仮)」のエリアの確保が必要。日本の政治 経済の中核であるコトからして東京に構えるのは不適切だ。私案としてはおよそ3つ のベクトルが考えられる。ひとつは京都。これは実質、遷都がなされていないとゆ〜 歴史的事実から論理的整合性がある。もう一つは伊勢。これは、皇室神道の皇祖神を 祀る伊勢神宮を構えるエリアとして考えれば適地。更に別な方向性としてどこかの島 を「皇室市国島」としてまるごと天皇陵とすれば、既存の土地取得とゆ〜技術的問題 は回避できる。そこでバチカンのよ〜に、独立国としての独自の法体系を持って日本 の法体系に拘束されない「男系維持」だろうが「側室」だろうが皇室神道の祠祭伝統 に則った体制を維持できる。バチカンは各種土産品や観光収入によって、財政的にも まずまずの予算確保が可能だと聞く。
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39 :( ○´ー` ○)はカワイイ ◆2.r4M.pJ.RBR [sage]:2011/06/09(木) 19:01:23.13 ID:BIhcr+OI - 大日本帝国憲法(明治憲法)の特色
1 万世一系の天皇による支配 明治憲法は、天皇による支配統治を基本原理とする。(中略)したがって、明治憲法の下における天皇の支配は、 憲法をはじめとする国法によって完全に規制され尽くしうるものではなかった。それは、むしろ、先祖を崇拝し、 民族の宗家たる天皇家を奉戴するという「人倫忠孝の精神」によって基礎づけられたので、そのため、法外の 「人倫の道」が社会秩序および国家秩序形成の原理となった。したがって、明治国家は、西欧の立憲君主国家を モデルとしながらも、西欧諸国に比して、道徳的・倫理的色彩の濃厚な国家であったといえる。 (「憲法1」第三章 国民主権と象徴天皇制 高橋和之執筆 47頁より) 2 天皇大権中心の統治体系 天皇は、憲法上、統治権を総覧する地位にあり(四条)、帝国議会の協賛の下に立法を行い(五条)、国務大臣 の輔弼を受けて行政権を行使するものとされた(五五条)。司法権もまた、天皇の名において裁判所がこれを 行うものとされた(五七条)。 (「憲法1」第三章 国民主権と象徴天皇制 高橋和之執筆 47頁より)
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54 :( ○´ー` ○)はカワイイ ◆2.r4M.pJ.RBR [sage]:2011/06/09(木) 21:55:36.97 ID:BIhcr+OI - 国民・市民・人民の違い
我々人間は、「国民」「市民」である前に、「人民(人間・民衆)」である。 フランス革命は、絶対主義と商業の発展が進むなかで、単に支配されるだけだった人民たちが、商業の発達などにより 力をつけ、自立的な「市民社会」を形成した結果起きたものだから「市民革命」と呼ばれる。 ・「人民」=people(人間、民衆という意味を含む) 「人民主権」という場合、民主的普遍性を持つ「人民(全ての人)」が相応しい。リンカーンの演説はそれを訴えた。 ・「国民」=nation(少数民族の場合、「Nation」とは区別し、「Ethnic=エスニック」と呼ぶ) 近代になると、発達した商業と結びつく形で絶対王権を持つ君主が現れ、その国と、「国家の人民」として民衆を規定し、 一元的に支配し始められる。それが、「国民が君主に奉仕し、君主は強大な権力(それをホッブズは怪獣リヴァイアサンに 例える)で国民を支配する」国民国家の誕生。その後、フランス革命は他の王朝の反発を招き革命戦争が勃発、 それを最終的に打ち破ったのがナポレオン。フランスの市民たちがまず「フランス国民」としての意識をもち始める。 ナポレオンの席巻により、「市民の権利」と「国民の概念」が伝わり、結果的に「ポーランド市民社会による国民国家」 「ドイツ市民社会による国民国家」へと向かう原動力となる。
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56 :( ○´ー` ○)はカワイイ ◆2.r4M.pJ.RBR [sage]:2011/06/09(木) 21:57:52.01 ID:BIhcr+OI - エスニックとネイションの対立と融和は、21世紀の大きな政治課題。
・「市民」=citizen (1)参政権など、いわゆる「公民」としての権利を持っている人民 (2)国家に保護されながらも自立(または自律)している「市民社会」の構成主体である人民
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57 :( ○´ー` ○)はカワイイ ◆2.r4M.pJ.RBR [sage]:2011/06/09(木) 21:59:02.18 ID:BIhcr+OI - 立憲君主制の意味
「スーパーニッポニカ2001」の田中浩氏による「立憲君主制」の説明を引用しておく。田中氏はイギリスは 実態としては「共和国」、日本は「国民主権主義をとる民主国家」と規定している。 これをあえて「立憲君主制」と呼ぶかどうかは、その人の趣味あるいは思想の問題である。 天皇や国王を崇拝したい人ほど「君主制」という言葉を使いたがることは間違いない。
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58 :( ○´ー` ○)はカワイイ ◆2.r4M.pJ.RBR [sage]:2011/06/09(木) 22:00:33.37 ID:BIhcr+OI - 立憲君主制 constitutional monarchy:
君主の権力を憲法によって制限している政治形態。立憲君主制は、絶対君主を打倒して近代国家を形成した 17世紀イギリスにおいて最初に確立された。もともとイギリスでは、13世紀末以来、議会の地位と権限が 順調に発展してきたため、君権は、議会の制定した法律や決定に制限されるという権力制限的思考が強かった。 しかし17世紀に入って、君主がその権限の拡大強化を図り絶対君主の道を追求し始めたため、市民革命が起こった。 したがって、名誉革命後のイギリスにおいては、立法権をもつ議会(国王・上院・下院)が行政権をもつ 国王に優位するという政治思想が確立された。さらにイギリスでは、18世紀中葉以降、行政権は事実上内閣の 掌握するところとなり、続いて19世紀に入って政党政治が確立されるなかで、多数党の形成する内閣が 議会に対して責任を負うという形での議院内閣制が政治運営上の基本原則となるに及んで、イギリスは、 世界における民主主義国家のモデルとなった。
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59 :( ○´ー` ○)はカワイイ ◆2.r4M.pJ.RBR [sage]:2011/06/09(木) 22:01:28.42 ID:BIhcr+OI - なるほど、イギリス国王は今日においても国の元首であり、形式的には行政権の長である。しかし、
1931年のウェストミンスター憲章によって、イギリス国王は連合王国British Kingdomの象徴としての 地位についたから、イギリスは立憲君主制国ではあるが、その政治の実態は、アメリカや今日のフランス、 旧西ドイツなどの共和国と同じものであるといえよう。他方、第一次世界大戦前のドイツや戦前の日本でも 憲法は存在したが、そこでは、君主や天皇が行政権を掌握し、数々の強大な大権を有し、議会の権限は きわめて弱かったから、立憲君主制といってもそれは名ばかりで、とうていこれらの国々は民主主義国家とは いえなかった。このような立憲君主制は外見的立憲主義とよばれ、イギリスのような立憲君主制は 議会主義的君主制とよばれる。 第二次大戦後も君主を擁する国々――その数はいまや十数か国にすぎない――が存在するが、そのほとんどは イギリス型の立憲君主制をとる国が多く、ベルギー、ルクセンブルクなどのように憲法上、国民主権主義を 明記している国もある。戦後日本では、憲法上、国民主権主義を明確化し、天皇主権主義を廃止し、 天皇は政治的権限をもたない象徴的地位についた。この意味で戦後の日本は、事実上、国民主権主義をとる 民主国家と規定できよう。
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60 :( ○´ー` ○)はカワイイ ◆2.r4M.pJ.RBR [sage]:2011/06/09(木) 22:02:33.66 ID:BIhcr+OI - なお、“sovereign”は「主権者」の意味であって、現在の日本では国民のことである。
例えば、国民主権は“sovereignty of the people”という。 「元首」は“head of state”または“chief of state”であって、その意味は前に書いたとおり 必ずしも明確ではないし、社会科学的に意味のある概念とも思われない。
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