- 社会福祉公社技術部さくら板支所 第3分室
735 :【】[sage]:2012/04/11(水) 22:11:16.58 ID:xHcRF10U0 - 規制が解けましたー。お気にかけてくださった皆様ありがとうございます。
花に願いを鳥昼組バージョン投下。ちょいシリアス? 少しでも楽しんでいただければ幸いです。
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736 :【望み】[sage]:2012/04/11(水) 22:13:17.36 ID:xHcRF10U0 - 【望み】
舞い散る花びらを地面に落ちる前につかまえることができれば、願いがかなう。 仲間がそんなことを言い出したのだと、薄紅色の果樹の下で少女は男に言った。 少女が数少ない私生活について男に話すことなど、昨年まではなかったことだ。 彼女が知らずに自身の過去の一端とすれ違ったナタレの一件以来、少女はわずかずつだが 男に対して歩み寄りを見せてくれているように思う。 少女は空中に手を伸ばし、淡雪のように舞うそのひとつをたやすくつかみとった。 「こんなことで願いごとが叶うなら苦労はないですけれどね」と褐色の手のひらに収めたそれを 担当官に示して見せる。 そうだなと微苦笑で応え、男は少女を真似て風に舞う花のひとひらに手を伸ばした。 薄紅色の花弁が男の手の中に収まり、だが、またふわりと指の隙間をすり抜ける。 羽毛のようなその不確かな重さが手の中から逃げ出したその感覚に、男はわけもなく不安に駆られた。 ―――まるで、手のひらから命がこぼれ落ちるようだと。 駄目だ。 この命は。この命だけは。 この腕の中で事切れたあの女性に託された希望。その命だけは決して失うわけにはいかない。 男は散り落ちてゆく花びらに夢中で手を伸ばした。 風にあおられ一瞬浮き上がった淡い切片に懸命に追いすがり、それを捉える。 全身で抱え込むようにして手のひらの中のあるかなしかの存在感を握り締め。
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737 :【望み】[sage]:2012/04/11(水) 22:14:09.49 ID:xHcRF10U0 - そして不意に、軽やかな少女の声に気付く。
「そんなに必死にならなくたって……」 ――振り返った視線の先には、少女の笑顔があった。 「子供のおまじないですよ?大人がそんなに真剣にすることじゃないでしょう」 少女の声にあざけりはない。 そこにあるのは少し前まで日常的に耳にしていた険のある声音ではなく、 むしろ親しみを感じさせるやわらかな響きだ。 からかいに似たその口調に、男の肩からふっと力が抜けた。 初めて自分を見上げたあの時よりも少し大人びた表情でこちらを見ている少女。 何に変えても守りたいその存在は、手のひらの中ではなくそこに確かに実在している。 「そう…だな」 男は堅く握り締めていた指をゆるやかに開いた。 汗に湿った掌に貼り付いた小さな花弁の隅が強い風に浮き上がる。 「あっ」 声を上げた少女の長い髪をも巻き上げた突風に、無数の花びらが舞い上がった。 男の手から空に踊り上がったひとひらは花吹雪に紛れ、すぐに目で追えなくなる。 「――どの花びらか分からなくなってしまいましたね」 「ああ。……だが、構わないよ」 「いいんですか?あんなに一生懸命に追いかけていたのに」 苦笑する少女の問いかけに男はああ、とうなずいた。 そう、自分に花は必要ない。 何をおいても叶えたい望みならば、それは何かに願うのではなく自分の手でかなえるべきものなのだ。 しばらく男と合わされていた少女の視線は、二、三度まばたきをするとふいと花の枝にそらされる。 少し子供じみたその仕草に男の口元には小さな笑みが浮かんだ。 この少女を守ってみせる。それは亡き女性との誓いであり、自身の望みなのだから。 そろそろ行きましょう。そう言って歩き出した少女に男はそうだなと短く答え、春の風の中を歩き出した。 << Das Ende >>
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