- 兵庫県について
233 :たけもと[]:2014/10/30(木) 10:06:30.01 ID:eUpoPM2w0 - 60年代を現役で知っている人たち・・・ 70歳そこらだな・・・
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234 :たけもと[]:2014/10/30(木) 10:19:04.07 ID:eUpoPM2w0 - 現在の神戸市灘区の殆どにあたる菟原郡都賀荘の篠原村の南、
現・都賀地区には「きよめ」と呼ばれる賎民が一定の集落を形成していたという事が落合重信の紹介で明らかになった。 彼らの記録は中世賎民部落がそのまま近世皮多部落となった珍しい例である。 成立については「村の春日神社は、篠原村の豪族若林氏が中世奈良から分霊してきたもので、 都賀の部落民はそのときいっしょに奈良から連れてこられたものであると言い伝えられる。 史料に見える最古のものは、文安4年(1447年)の「夏麦山手注文」という入会用益に対する負担を証した書類で、 そこからきよめ村が奥山手春納分250文、口山手分50文の二口、計300文を納めており[4]他村に引けを取らない大きな権利であった。
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235 :たけもと[]:2014/10/30(木) 10:19:51.82 ID:eUpoPM2w0 - 文明2年(1470年)9月の「都賀荘公文名地帳」では小村と肩書きされた9名の作人がみられる。
「小村」とは荘園に対し雑役を担った被差別部落の名前である事が多く、またそれを支配する主郷を「中村」と呼ぶ事が多い。 天正19年(1591年)の「若林久大夫分山手之指出之事」では「百五十文 是ハ夫之給也 きよめ」という記載があり、 若林久大夫は都賀荘の有力荘官であり先に述べた豪族の家系である。 天文年間にきよめ村の入会権は若林家の持山の入会に替わり、その負担はかつての半分に減っており、 きよめは若林家に対して夫役を負う事によって山手銭を免除されていた。 なおこの文章では他の村には「村」を付けて呼んでいるのに対しきよめだけは単に「きよめ」とある。 また天正19年付けの「摂津一国高改帳」(元和3年)では皮田村となっている。 明治維新の頃に各地のかわた村が改名される中「新生村」と改め[7]、その後「都賀村」となり、明治22年には六甲村の一部となった。
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239 :たけもと[]:2014/10/30(木) 22:30:36.74 ID:eUpoPM2w0 - 井戸はさっさと引きずりおろさんとな
パチンコの問題でもあいつはいろんな団体とズブズブですわ
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242 :たけもと[]:2014/10/30(木) 22:46:33.11 ID:eUpoPM2w0 - あいつはほとんどの団体とズブズブや
あいつは朝鮮学校無償化賛成を一人掲げていますわ 国がやらないって言っても兵庫県だけはやる と 県民をなめてるんですわな いくらもろとるんでしょうか。
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243 :たけもと[]:2014/10/30(木) 22:51:59.70 ID:eUpoPM2w0 - 腹立つから苦情のメール入れたったわ
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244 :たけもと[]:2014/10/30(木) 22:52:57.35 ID:eUpoPM2w0 - どこの行政にも言えますがなんでか苦情来るのが嫌なんか
問い合わせフォームをわっかりにくいところに設置してますわな なめとんのか
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