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神も仏も名無しさん
ローマカトリック教会

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ローマカトリック教会
807 :神も仏も名無しさん[]:2020/03/26(木) 07:31:04.40 ID:/nIhw1qu
時課の典礼(教会の祈り) 朝の祈り 年間共通・四旬節 第四木曜日 
朝の祈り 第三唱和 詩編 147
新約の一節 
玉座におられる小羊は、かれらをを赦していのちの水の泉に導いてくださる。
(黙示録 7・17)

漁師の告白 押田成人 出版社思想庵 平成十五年

過ぎ越しの現成の成就  
見ながら かかわらぬ人の子ら。
 しかし 御里(みさと)は向う から来た。

(ゴルゴダの丘で)
・・・。
時は用意日であり、その安息日は大祭日であったので、安息日に屍(しかばね)
を十字架の上に遺(のこ)さないように、ユデヤ人たちはピラトに、彼らの脛
(すね)を折って取り除くことを願った。
 兵卒たちは来て、先ず最初の者の脛を折り、そして、共に十字架にかけられた
もう一人の脛を折った。
 イエズスの所へ来ると、彼が既に死んでいるのを見てその脛を折らなかった。
 しかし、兵卒の一人が、その槍先でイエズスの脇腹を突いた。すると直ちに血と水
とが出た。
 それを見た人が証言する。彼の証言はまことである。
 その人はまことの証言をしていることを知っている。
 あなたたちも信じるために。十 +
 蓋(けだ)し、
 ”彼らはその骨を砕かず”
と聖書に在ることの成就するためであった。また他の場所には、
 ”彼らは自らの貫きし者を仰ぎ見るだろう”
と書かれている。

十 + に大切なことが語られています。フランシコ会による訳 (2011) では注釈 8

この書は復刊されないようで残念です。
ローマカトリック教会
819 :神も仏も名無しさん[]:2020/03/26(木) 21:58:44.65 ID:/nIhw1qu
>>799 追記 Liturgia Horarum
>>807 訂正 フランシスコ会による訳 (2011) では

時課の典礼(教会の祈り) 四旬節金曜日 晩の祈り 

神のことば(ヤコブ 5・ 16 19-20)
 互いに罪を言い表わし、いやされるために互いに祈り合え。正しい人の祈りには、
大きな力がある。罪びとを迷いの道から連れ戻す人は、その魂を死から救い出し、
また多くの罪をおおう。

最後のおおうは、覆うという意味です。最後の「多くの罪」について、
フランシス会による訳 (2011) には注釈 (8) があります。今年の四旬節に、時課の
典礼でこのことばを朗読することは、明日で 4 回目になりますが、このことばを、
聖職者の方々を大切に思って、これからも唱えていかなければいけないと思わされ
ました。


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