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神も仏も名無しさん
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395 :神も仏も名無しさん[]:2018/06/14(木) 09:55:49.24 ID:FHuu/BfP
4 あなたの未来、死んだあとはどうなるのか

  人は死んでも、あの世がある

 宗教の伝道というものは、会社のセールスや営業のような仕事に近い面もあるのかもしれませんが、そういうものだと諦めたら、そこで終わりなのです。宗教における「伝道の仕事」とは、物を売りつけてお金をもらう仕事ではありません。
そのようなものではなく、もっともっと深い、人生の英知を伴うものなのです。

 これについて、『伝道の法』(前掲)においては、さまざまな角度から述べているため、そのすべてをすぐに理解することは難しいかもしれませんが、ここで簡単に述べたいと思います。

 今の日本の文化的土壌としては、例えば、教育や社会、あるいはマスコミの風潮などによって見れば、基本的に、「唯物論的無神論」もしくは「不可知論」のような、「何も分からない」という世界に持っていかれることが多いでしょう。
 しかし、その結果はどうなるのでしょうか。

 人はW人生三万日”が終わった後、この世を去ります。その後に関し、インテリといわれる人のおそらく半分以上は、「人間機械説」のようになっていて、「この世がすべて」と思っていることが多いのではないでしょうか。
「心などというものはなく、すべては脳の作用だ。脳が考えたり判断したりしているだけであり、脳が壊れたら、もう何もできなくなる。だから、W植物状態”になれば、死んでいるのと同じだ」
というように考える人は多いと思いますが、どっこい、それは、絶対に間違っているのです。

 この世で死んだ後には、あの世があるのです。それは本当にあるのです。間違いなくあることを、百パーセント保証します。

 もし、死んであの世がなかったら、私に抗議しに来てください。そうすれば、あの世があることを教えてあげましょう。
 人は死んでも、あの世での生があります。たとえ、唯物論教育を受け、「神仏などいない。天使も菩薩もいない。死んだら終わりだ」などと思っているような無神論の人々にも、死んだらあの世はあります。
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396 :神も仏も名無しさん[]:2018/06/14(木) 09:57:43.67 ID:FHuu/BfP
  天国・地獄を知れば、ライフスタイルが変わる

 あの世に還ると、そのままストンと地獄に堕ちる人もいます。そこは、他の人に悪い影響を与え、間違った方向へと導いた人々が行くところです。そこにはさまざまな種類の地獄があります。もし必要があれば、いくらでも、その種類について教えてあげましょう。

 単に、自分自身が至らなかったために、あの世のことがよくわからなかったというような人は、まずW中間場”へ行きます。どこへ行ったらよいかが分からないような人々は、とりあえず、この世とあの世のW中間地帯”のようなところにいるわけです。
そして、「あの世などあるはずがない」「死んだから、肉体はもうなくなっているはずなのに、どうして私はいるのだろう?私は誰?ここはどこ?ここは何?」というような人が、そういう会場に集まっているのです。
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397 :神も仏も名無しさん[]:2018/06/14(木) 10:00:03.19 ID:FHuu/BfP
 そうした人々に説教をしながら、あの世での行き先をだんだんに仕分けていく仕事をしている霊人がいるわけですが、納得して天国に行く人もいれば、地獄というところへ行って修行をする人もいるのです。

 これが、近い将来か遠い将来かは人それぞれですが、確実に、みなさん一人一人の未来に待ち受けているものであり、みなさんの知り合いの未来に待ち受けているものなのです。

 それを証明するために、私は、「霊言」や「リーディング」というものを行っており、公開霊言を始めてからすでに七百回を超えました(2017年11月時点)。これは、それほど簡単にできることではないと、自分でも思います。
一作や二作であれば創作できる人もいるかもしれませんが、七百回以上も「種類の違う霊言」をつくることなど、できるものではないのです。
とてもではありませんが、つくれるものではありません。マンガであっても描けないでしょう。描けないのは当然です。それは、「真実だから、できている」からです。

 あの世があることを教えるのは、非常に大事なことであると言えます。あの世があると知っていることによって、そこから遡れば、この世での生き方(ライフスタイル)も決まるわけです。

 もし、あの世があるならば、この世でどのように生きなければならないかをあらかじめ決められることになるし、そのW予習”もできることになります。また、「死ぬまでの間、後悔しない生き方とは何か」という問いに対し、自分で答えが出せるということでもあるのです。

 その結末を知った人は、今からW逆算”し、「残りの人生をどのように生きるべきか」ということを自分で決められるし、「ほかの迷える人々を救う」こともできるわけです。
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398 :神も仏も名無しさん[]:2018/06/14(木) 10:03:38.76 ID:FHuu/BfP
  仏法真理の力で不浄仏の先祖や縁者に「救いの道」が開ける

 実際に、あの世で、死んだことも分からないまま五十年以上もたっているような人は、本当にたくさんいます。
 例えば、先の大戦で亡くなった人のなかには、死んだあと魂となって靖国神社に集まったものの、それからどうしたらよいかが分からないまま、さまよっている人もいます。
沖縄から靖国神社まで来た。(フィリピンの)レイテから靖国神社まで来た。しかし、生前、あの世のことを聞いていなかったため、それから先はどうしたらよいかが分からず、その周辺を回っているのです。

 神主には、そうした人を成仏させる力がないようです。困ったことではありますが、やはり、遺された家族が悟りを持たなければ救えません。
 そういう意味では、五十年も七十年もたっても、まだ迷っているような死者の魂は、その家族や身内のなかに真理を知った人が出てくることによって、本当に「救いの道」が開けるわけです。
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399 :神も仏も名無しさん[]:2018/06/14(木) 10:07:01.54 ID:FHuu/BfP
  多くの人々の魂を救う伝道活動へ

 「伝道への道」とは、多くの人々を救う道です。そして、この世における愛の実践や救済行を超え、真の意味において、多くの人々の魂を救うという貴重な仕事になっています。

 そのために、私たちは、この世的な活動も数多く行っていますが、「方便」としてのあり方と、宗教として「実際にしなければならないこと」の違いは、よく知っています。
幸福の科学から出されるさまざまな活動方針についても、そのことを踏まえて受け止めてくださればと思います。

 例えば、2017年5月には、映画「君のまなざし」を公開しました。当会がこれまでに製作した映画のなかでは、おそらく最高傑作だと思います。
 スピリチュアルな映画で、楽しみながら真理が分かるようになっているので、機会があれば鑑賞してみてください。

 最近の傾向として、映画は、日本で流行れば、海外でも非常に注目され、広がるということもよく分かっているため、このような真理伝道の映画を製作し、日本で多くの人々が観て、さらに、海外でも観てもらえる機会になることを目指しています。

 今、真実の世界を教えることによって、一人残らず良い方向へ、天上界へと向かって再出発できるような時代にあります。
現代に生きる人々は、「新しい希望の未来への扉が開くその瞬間に立ち会っている」ということを知り、ぜひとも、その「未来への扉」を自分自身の力で押し開けてください。
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400 :神も仏も名無しさん[]:2018/06/14(木) 10:10:18.22 ID:FHuu/BfP
🌟 明日を変える言葉B

 富について、よい信念を持っているか。

目の前に展開しているものについて、
「これは、自分が望み、願っていたものである」ということに、
本人自身は気がついていないことが多いのです。

なぜかというと、心の奥底(潜在意識)では、
繰り返し、それを思っているのに、
表面意識では違うことを考えているため、
「自分が考えているものとは違う」というように見えるからです。

しかし、周囲の人たちから見れば、
「あの人は、自分が思っているようになっただけなのではないか」
と思えることはよくあるのです。

「もっとお金儲けをしたい。お金持ちになりたい」
と口では言っていても、
ほかの人が観察すると、そのようには見えない人も大勢います。
「この人は、本当に、お金持ちになりたいのかな。
豊かになりたいのかな。
そのわりには、言っていることや、やっていることが、
どうも違うような気がする」と感じられるのです。

お金持ちになりたいのであれば、富を憎んではいけません。
「豊かになる」ということを憎んではいけないのです。
また「成功する」ということを悪いことだと考えてはいけないのです。

口では「お金持ちになりたい」と言っていても、
心の奥底で成功を否定していると、あとで「言い訳」ができるような、
何らかのつまずきが起きてしまい、結局、お金持ちになれないのです。

例えば、「もう少しで事業が軌道に乗る」というときに限って、
病気をしたり、事故が起きたり、何らかの邪魔が入ったり、
ライバルが出てきたりして、うまくいかなくなる場合があります。
これは、事業が軌道に乗ることを心の奥底では願っていなかったのです。
思いが徹底していないわけです。

信念が弱く、
「考えれば現実の力になるのだ」ということが、
信じ切れていないのです。
このことは、そう簡単には分かり切らないため、
少しは思っても、強く信じることが、なかなかできないでいるのです。


🌟 大川隆法著 『信仰の法』より
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401 :神も仏も名無しさん[]:2018/06/14(木) 10:13:15.28 ID:FHuu/BfP
🔥 信仰の法  第3章 未来への扉

 人生三万日を世界のために使って生きる
>>371-400


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