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神も仏も名無しさん
聖書の信頼性について検証するスレ Part1

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聖書の信頼性について検証するスレ Part1
4 :神も仏も名無しさん[]:2018/06/14(木) 00:12:12.73 ID:CYIaVmk3
写本の信頼性―旧新約聖書の原典は正確に書き写されてきたのか?

今日私たちが読んでいる聖書は、オリジナル(原典)の内容を正確に反映していると言えるのか?
この点は、17世紀以降に合理主義が生まれ、自由主義神学が台頭するようになって以降、たくさんの批判を浴びてきた。

批判の根拠の中でも最大と言えるものは、聖書の原典の喪失だと言えるだろう。
つまり、オリジナルが無いのだから、現代の聖書の内容が必ずしも原典の内容と一致しているとは限らない。
むしろ、歴史的にコピー(写本)が作成されていく中で、多くの改ざんがなされ、その内容が書き変えられていったのだ、と批判を受けてきたのだ。

このような批判を展開してきたのは、無神論者や自由主義神学者たちをはじめ、イスラム教やスピリチュアリズムなどをもたらした「霊による啓示」も含まれる。

もしも、聖書の内容が本当に書き変えられてきたのであれば、キリスト教の信仰の基盤は大きく揺らぐことになるだろう。
しかし逆に、聖書が正確に筆写されてきたという確かな根拠があるのなら、その信頼性は確かなものとなり、多くの批判を一掃することになるだろう。

そこで今回の記事では、「写本の信頼性」という点に的を絞って、この疑問に対する確かな答えを提出していきたい。
聖書の信頼性について検証するスレ Part1
5 :神も仏も名無しさん[]:2018/06/14(木) 00:14:11.92 ID:CYIaVmk3
聖書の成り立ちを理解する

用語の解説

写本の信頼性を説明していく前に、まずは最低限知っておくべき用語の説明をする。

原典:著者が書いたオリジナルの文書のこと。聖書の原典は、主にパピルス紙や獣皮紙など腐朽しやすい書写材料に手で書かれた。

写本:原典を書き写したコピーのこと。写本作成作業を専門的に行う人を「写字生」と言う。聖書の写本を作成した多くの写字生は、注意深くその作業を行った。

本文批評:古典作品などの原典を復元するために、伝本(写本)どうしを比較したり語学的に検討したりすること。(デジタル大辞泉)
他には、「下等批評」や「テキスト批評」などの言い方もある。聖書研究の視点からは「聖書批評学」とも言われる。

定本:本文批評によって、写本を比較・検討して誤りや脱落などを正し、その本の最初の姿に復元するように努めた書物のこと。
今日、旧約聖書の底本として多く用いられるのはドイツ聖書協会発行の「ビブリア・ヘブライカ・シュトゥットガルテンシア」であり、
新約聖書の底本として用いられるのは「ネストレ・アーラントの校定本」となっている。
聖書の信頼性について検証するスレ Part1
6 :神も仏も名無しさん[]:2018/06/14(木) 00:16:07.88 ID:CYIaVmk3
聖書の成り立ちと本文批評

聖書は、今からおよそ3500年前〜2000年前にかけて徐々に記されていった書物の集大成だ。
合わせて66巻に上る全ての書物は、元々特定の著者によって原典(オリジナル)が作成され、
その原典を写字生たちが書き写して写本を作成していき、今日までその内容が語り継がれるようになった。

では、聖書の各書物の原典はどこに存在するのかというと、現代は全ての原典が失われており一つも残っていない。
この事実が、多くの批判の原因となってきたことは、本記事の冒頭で説明した通りだ。

では、原典が無ければ写本の正確性を判別できないのか?というと、答えは完全に「ノー」だ。
聖書の原典が無くとも、歴史的に多くの専門家たちが多大な努力を払って本文批評を行ってきたおかげで、原典の内容はほとんど誤りの無い形で復元されているからだ。

今日私たちが手にしている聖書は、下等批評によって十分に復元された定本を元に、各国の言語に翻訳されたものだ。
だから、私たちは安心して聖書を読んで、その記録を信頼することができるのだ。

以上の点を踏まえ、これから旧約聖書と新約聖書、それぞれの写本の信頼性について、もう少し詳しく説明をしていきたい。
聖書の信頼性について検証するスレ Part1
7 :神も仏も名無しさん[]:2018/06/14(木) 00:17:52.93 ID:CYIaVmk3
旧約聖書の写本の正確性

マソラ学者によるマソラ本文の正確な筆写

旧約聖書の本文は、ユダヤ人の書記(ソフィリーム)と呼ばれる人たちによって、繰返し写本が作られ、受け継がれてきた。
そして中でも、ユダヤ教の「マソラ学者」として知られる専門家たちによって、写本の誤りを防ぐための特別な配慮と工夫が取られてきたものを「マソラ本文」と呼ぶ。

全てのマソラ本文には、写本に誤りが生じた時にそれが明らかになるように、「マソラ」と呼ばれる注釈が付いている。
そしてこの注釈には、ある書物が全体で何文字あるのか、あるいは全体でいくつの単語があるのか、ある単語は全部でいくつあるか、
ある書物のちょうど真ん中の文字はどれになるのかといったことが書かれており、誤りを防ぐための最大限の努力が払われてきた。

今日、世界の様々な図書館に残存しているヘブライ語聖書の全巻・あるいはその一部の写本のほとんどはマソラ本文であり、
その数はおよそ6,000点に上り、どれもが西暦10世紀以降のものだ。その中でも標準本文として認められているのが、「レニングラード写本」であり、
その流れを汲む「ビブリア・ヘブライカ」は、世界中の旧約聖書の定本となっている。
聖書の信頼性について検証するスレ Part1
8 :神も仏も名無しさん[]:2018/06/14(木) 00:19:36.35 ID:CYIaVmk3
旧約聖書の写本、どんな批判があるか?

旧約聖書の写本の正確性に対する批判の中でも主だったものは、イザヤ書とダニエル書に対するものだ。
これらの預言書では、キリスト(救い主)に関するものや、世界の終末に時代にかかわる預言が多く含まれているが、
それらの預言があまりにも詳細に成就してきたため、多くの懐疑的な人々から、その真正性を疑われてきた。

質の高いことで定評のあるマソラ本文だが、現存する写本がどれも紀元10世紀以降だということで、自由主義の聖書批評家たちからは、
その内容が原典を正確に反映していないのではないか?と疑問を投げかけられてきたのだ。

別の批判として、旧約聖書の正典全体は、そこに書かれている出来事のずっと後に、伝統的に信じられている著者ではなく、
無名の記者によって書かれたのであり、多くの時代錯誤と誤りを含んでいると、多年にわたって批判されてきた。

この議論の中でも主だったものは、モーセ五書に対するものだが、写本の伝達の信頼性とは若干テーマが異なるので、本記事では追って簡単に解説を加えたい。
そして今回の記事では、写本の信頼性に対する批判として、イザヤ53章で語られている「苦難の下僕」の預言に焦点を当てていく。
聖書の信頼性について検証するスレ Part1
9 :神も仏も名無しさん[]:2018/06/14(木) 00:21:12.15 ID:CYIaVmk3
イザヤ53章「苦難の僕」のメシア預言

「しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。
彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。
私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。
しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。・・・

9 彼の墓は悪者どもとともに設けられ、彼は富む者とともに葬られた。
彼は暴虐を行なわず、その口に欺きはなかったが。」(イザヤ53:5-9)
聖書の信頼性について検証するスレ Part1
10 :神も仏も名無しさん[]:2018/06/14(木) 00:22:34.00 ID:CYIaVmk3
以上は、イザヤ53章の預言の一部だが、

(1)メシアが罪のための犠牲として刺し通されて死ぬこと、
(2)その墓が悪人と共に設けられ、
(3)金持の墓に葬られること、などが預言されている。

他にも、53章全体の預言が、イエスの十字架〜復活によって成就する内容となっている。

そしてこれらの預言は、
(1)イエスが十字架の上で実際に刺し通されて亡くなったこと、それが罪の贖いのためであったこと、
(2)またイエスの処刑の際は両脇に二人の犯罪人が共に十字架に付けられていたこと、
(3)処刑後にはアリマタヤのヨセフと呼ばれる裕福なユダヤ人の議員が彼の遺体を引き取って自分の墓に収めたこと、

などが歴史上明らかとなっており、新約聖書の記録からその預言の成就を確認することができる。
聖書の信頼性について検証するスレ Part1
11 :神も仏も名無しさん[]:2018/06/14(木) 00:23:38.58 ID:CYIaVmk3
イエス・キリストは聖書で預言されていた救い主なのか?

しかし、このような預言の詳細の成就は、信仰の無い懐疑的な人々からは疑いの目で見られてきた。
そこで彼らは、イザヤ53章の預言は紀元前八世紀に書かれたものではなく、イエスが十字架に付けられた紀元一世紀以降に意図的に書き加えられたのだと主張してきたのだ。

そして、イザヤ書の1〜39章を紀元前八世紀の「第一イザヤ」、40章以降はより後の時代に「第二イザヤ」によって「預言が成就したかのように」書かれたと考える「複数イザヤ説」が浮上した。
そして、当時現存していた最古の旧約の写本が紀元10世紀以降(AD1000年以降)のものであったため、その懐疑的な立場は多くの人々から受け入れられてきた。

しかしこの批判は、20世紀最大の考古学的発見と言われる「死海写本」によって、見事に誤りであることが証明されることとなる。
聖書の信頼性について検証するスレ Part1
12 :神も仏も名無しさん[]:2018/06/14(木) 00:25:13.59 ID:CYIaVmk3
死海写本の発見(死海文書)

死海写本は、今からおよそ60年以上前に、ベドウィンの羊飼いがとある洞くつに一つの石を投げ込んだことがきっかけで発見された。
その少年は、投げた石が土器の壺のようなものに当たって割れる音を聞いたが、まさにその割れた壺のようなものの中から、古代の写本が発見されたのだ。


「死海北西岸の洞窟群で、1947年以降複数回にわたり発見されたヘブライ語、アラム語で書かれた古文書群の総称。「死海文書」ともいう。
紀元前3世紀ごろ〜紀元1世紀ごろに成立したとみられている。クムラン教団修道院跡で多くの文書が発見されたことから「クムラン文書」「クムラン写本」ともいう。」(デジタル大辞泉プラス)

1947以降、クムラン洞穴の調査によって次々と発見された古代写本の総数は、およそ700点にも上り、20世紀最大の考古学上の発見とも呼ばれるようになった。
そしてこの死海文書の中に、旧約聖書のイザヤ書の完全な写本が、一つの巻物として出てきたのだ。
聖書の信頼性について検証するスレ Part1
13 :神も仏も名無しさん[]:2018/06/14(木) 00:27:53.41 ID:CYIaVmk3
死海周辺で見つかったこのイザヤ書の写本は、紀元前100年以前のものと判定され、最古の写本であることが認められたと同時に、当時認められていたイザヤ書の本文の内容とあらゆる細分に渡ってほぼ完全に同一であることが明らかとなった。
存在する極少数の相違もほとんどが単語の綴りの問題であり、実際の意味の不一致は一つも無かったのだ。

この発見によって、イザヤ書は間違いなくキリストの誕生以前に一人の著者によって書かれたことが明らかとなり、53章のキリストの預言に対する批判は一掃された。
また、一つの巻物として発見されたことにより、イザヤ書が複数の著者によって書かれたとする「複数イザヤ説」も論破されることとなった。

さらに、発見された死海文書群は、イザヤ書だけでなく旧約聖書のほぼ全てを含んでおり、それらの古写本の内容は、現在の「標準本文」の内容と、千年以上もの長い期間を空けているにも関わらず、本質的に同一であることが確認された。

結論として、旧約聖書全体は、ユダヤ人の写字生たちによって極めて注意深く正確にコピーされてきたのであり、現在私たちが読んでいる旧約聖書が、原典の内容をほぼ正確に反映していると考えて良いのだ。
聖書の信頼性について検証するスレ Part1
14 :神も仏も名無しさん[]:2018/06/14(木) 00:29:59.65 ID:CYIaVmk3
モーセ五書への批判「文書説」について

旧約聖書の写本の真正性について、最後にモーセ五書に対する批判を簡単に取り上げたい。
モーセ五書は、ユダヤ人の中では、伝統的にモーセ一人によって書かれたと信じられてきた。

ところが、十七世紀以降の自由主義神学者たちによって、モーセ五書がモーセ一人によって書かれたものではなく、ずっと後に書かれた複数の文書を融合させたものだと主張されてきた。
それらの複数の文書とは、ヤハウェ文書(J文書)、エロヒム文書(E文書)、祭司文書(P文書)、申命記文書(D文書)の四つから成っており、バビロン捕囚期以降に今の形に編纂されたと考えられるようになったのだ。

この文書説に対する反論は複数挙げることができるが、特に注目に値する発見が1980年になされた。
この年、エルサレムにあるヘブライ大学で、モーセ五書の語彙のコンピュータ解析が行われた結果、五書は全て同一の著者(編纂者)によって書かれたものであることが確認されたのだ。

したがって、五書が全てモーセ一人による著書であると信じてきたユダヤ人の伝承は正しかったのである。


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