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259 :異邦人さん[sage]:2018/12/09(日) 14:06:45.59 ID:W4zR9kH8 - 日本勢が続々とメダルを取った平昌オリンピックだが、一方で、競技時間が朝、夜に変更されるなどで出場選手たちが四苦八苦していることが
話題になった。なぜ、こんなことになったのか? オリンピックの巨額の放送権料が、その一因といわれ、ある放送局が競技時間を自国の都合のいい 時間帯にするよう要望した結果だという。 スポーツジャーナリストの谷口源太郎さんは、莫大な放送権料を支払っているテレビ局の存在をこう指摘する。 「米国NBCが、IOC(国際オリンピック委員会)に巨額のオリンピックの放送権料を支払うことで、発言の影響力を強めました」 NBCは2014年ソチ大会から20年東京大会までの夏季冬季オリンピックの放送権料を 43億8000万ドル、22年北京大会から32年の大会(まだ開催地は未定)までの放送権料を76億5000万ドルという莫大な金額を支払っている。 これは全世界の放送権料の半分をNBC1社で占める。日本はNHKと民放からなるジャパンコンソーシアムが、平昌大会から24年パリ大会までの4大会で1100億円。 米国では、冬季オリンピック種目であると、フィギュアスケート、スノーボード、フリースタイルスキーが人気。今大会では、フィギュアスケート全種目が午前10時からのスタートとなっている。 9日の団体で、有力選手が次々とジャンプで転倒。競技時間が、選手たちが普段の試合時間でない朝からということで、調整が難しかったと言われた。 スノーボードも今回、どの種目も朝からのスタートばかりだ。男子ハーフパイプで金メダルを獲得したショーン・ホワイトなど人気スター選手がおり、 視聴率が稼げるキラーコンテンツで、この時間帯になったと思われる。前回ソチオリンピックでは大半の種目の決勝は夜に行われていた。 「米国の東海岸のゴールデンタイムに合わせた時間だと思います。IOCにとって、財政基盤が不安定なスポンサー料より、放送権料の方が 安定的な収入を見込めます。しかも巨額とあって、NBCの意向を聞かざるをえないのでしょう」(谷口さん) NBCなど北米地域に次いで、放送権料を多く払っているのが欧州地域。欧州での人気競技、スピードスケートは午後8時以降、スキージャンプは 午後9時半以降と逆に競技開始時間がやや遅めになった。スピードスケートはソチより全体的にスタート時間が数時間遅い。
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260 :異邦人さん[sage]:2018/12/09(日) 14:07:30.45 ID:W4zR9kH8 - 茅ケ崎市立小学校4年の男子児童(10)が約2年間にわたって不登校が続いているのは学校でのいじめが原因と両親が訴え、市教育委員会の第三者委員会が
日常的ないじめを認定、「教職員の適切な指導・支援が十分に働かず、そのことが事態の長期化・重大化につながった」とする調査報告書をまとめ、市教委に答申 していたことが16日、分かった。第三者委がいじめ事案に関して市教委に答申するのは2014年の設置以来初めて。 調査報告書によると、15年5月ごろから16年3月ごろまでの間、当時2年生だった男子児童は複数の同級生から▽馬乗りで殴られる▽羽交い締めにされ 暴行を受ける▽ズボンを脱がされる▽「おまえは俺のおもちゃだ」などの暴言を吐かれる−など、繰り返しいじめを受けた。 両親は16年3月に学校にいじめ被害を訴え、学校と市教委が事態を把握。一方、男子児童は3年生に進級した同年4月から不登校となり、 心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症し、2年近くたった現在も通学できていない。 第三者委は学校側の対応について「行うべき対応を怠ったと言わざるを得ない」と指摘。男子児童への暴力行為がエスカレートしていく中で、状況が改善されなかったのは 担任だけではなく管理職の対応にも問題があった、とした。市教委についても「他機関との連携も含めた対応や提案が十分になされたとは言い難い」と批判した。 第三者委は大学講師や精神科医、弁護士らで構成。16年11月から今年2月までの間に臨時会を 計31回開き、男子児童や同級生、教職員らの聞き取り調査などを行った。 神原聡教育長は「傷つかれた児童、保護者の方には大変申し訳ない。答申を真摯(しんし)に受け止め、二度とこういうことが起きないよう対応していきたい」と コメントした。市教委は今後、服部信明市長へ報告。その際に両親らは所見を提出できる。両親は「報告書の内容をよく読み、今後の対応を決めたい」と話している。
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261 :異邦人さん[sage]:2018/12/09(日) 14:08:00.52 ID:W4zR9kH8 - 学校法人「森友学園」への国有地売却に関する決裁文書が書き換えられた疑惑について、財務省は8日、これまでの開示文書と同じ内容の決裁文書を「原本」の写しとして国会に提出し、書き換えの有無は「調査中」として明らかにしなかった。
野党はこれに反発し、参院予算委員会は野党欠席のまま集中審議を続行。衆院本会議は流会となり、国会は紛糾した。 森友学園を巡る疑惑は、2015〜16年に財務省近畿財務局が同学園と土地取引をした際の決裁文書が、問題発覚後に書き換えられたと朝日新聞が2日報じた。契約当時の文書と、問題発覚後の17年2月以降に国会議員に開示した文書では 内容が異なり「特例的な内容になる」などの文言がなくなっている、としている。 財務省が8日、参院予算委理事会などに提出した資料は、15年の貸付契約と16年の売買契約の際の決裁文書の写し。同省担当者は「原本にあたるものは大阪地検に提出しており、現在、近畿財務局にあるコピーはこれで全てだ」と説明した。 財務省はこれまで「文書は手元にない」と主張してきたが、紙と電子データ(PDF)で保存していたと明らかにした。 文書の写しには、すでに国会議員に示した決裁文書にはないチェックマークが付いていた。財務省担当者は野党会合に出席し「チェックマークの有無以外、これまで議員に開示した文書と同じ内容だ」と説明した。野党は「これ以外の文書は あるのか」と問いただしたが、財務省は「現時点でお答えできるものはない」と明確な回答を避けた。 立憲民主、民進、共産などの野党各党は財務省の説明に「進展なし」と納得せず、参院予算委への出席を拒否した。安倍晋三首相は予算委で「国会でこれだけ大きな問題となっており、捜査優先はその通りだが、できるだけ早期に説明できる よう財務省を挙げて最大限努力してもらいたい」と強調した。麻生太郎財務相も「捜査の最終的な結論が出る前も視野に入れつつ、早期に説明できるよう最大限努力したい」と語った。 野党6党は幹事長・書記局長会談を開き、引き続き財務省に資料開示を求めていく方針で一致した。国会内で開いた合同集会では、立憲民主党の福山哲郎幹事長が「政府、与党、財務省に強く抗議する。別文書の存否を明らかにするのが、 今後の協議に応じる最低条件だ」と主張した。
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262 :異邦人さん[sage]:2018/12/09(日) 14:09:53.14 ID:W4zR9kH8 - 目下、安倍晋三の意図やコントロールを離れたところで「安倍政府VS小池新党」であるかのような装いで批判世論や争点をそらした劇場型選挙が動き始め、何が何だか分からないうちに野党を解体し、
選挙後はより右傾化した総翼賛体制にもっていく動きがあらわれている。 米日支配層にとって、総理大臣が安倍晋三であるか否かなどどうでもよい問題で、支配の枠組みを維持し安定させるために、自民党とガス抜き装置としての小池新党その他を両天秤にかけながら、 彼らを転がして総選挙後はいかようにも体制を確保していく狙いを暴露している。 安倍晋三が袋叩きにされようが支配層には関係のないことだ。選挙後に安倍自民と小池新党のどちらが主導権を握ろうが、背後勢力にとっては都合よくコントロールでき、野党としては「日本共産党」がガス抜き担当という配置だ。 民主党が政権与党になっても自民党と同じことを始めるし、その昔は社会党も村山が首相になったら自民党と同じことをやって自爆した。対米従属構造を犯しさえしなければ、支配の側にとって 誰が首相であるかなどどうでもよいし、そんなものなのだ。 自民党が社会党をとり込んで自社さ政権が成立した。そして村山富市が首相になった。 かつて55年体制で非和解的な政党のように見なされていた自民党と社会党が連立政権をつくるのだから、世間を大いに驚かせたし、社会党の裏切りに批判世論は高まった。そして、社会党は今日の社民党を 見ればわかるように泡沫政党になっていった。ちょうど与党願望でとり込まれていく、今の民進党みたいなものだ。土井たか子といっても議長ポストを持ってこられたら飛びついていった。支配の枠組みの なかで立ち回っていたに過ぎないことを自己暴露した。 いわゆる左とかいうものが自民党批判勢力のガス抜き装置みたいな役割を果たしていたわけだ。 55年体制はある意味、冷戦構造のもとでの二刀流だった。支配の側にとっては、それが都合よく機能して政治の安定を保っていた関係だ。 55年体制は保守VS革新といわれたが、元をたどれば総評も占領軍がつくったものだ。共産党や社会党の存在を合法化したのもGHQで、意図をもってしたことだ。
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263 :異邦人さん[sage]:2018/12/09(日) 14:12:42.42 ID:W4zR9kH8 - トランプ米大統領が北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と5月までに会談するとの
電撃的な発表は、日本政府にとって「寝耳に水」だった。安倍晋三首相は発表直前に 大統領と電話会談し、日米の結束をアピールしたが、政府内では日本だけが置き去りに されかねないとの懸念も出ている。 「グッドニュースがある」。大統領が首相に報告を始めたのは日本時間の9日午前9時前。 ホワイトハウスを訪れた韓国政府高官が大統領の意向を記者団に明らかにするわずか 20分前だった。首相は「北朝鮮の変化を評価する」と応じたが、 日本政府が評価を保留してきたことを考えれば、慌てて足並みをそろえた印象は否めない。 日本政府は「ほほ笑み外交に目を奪われるな」と慎重な対応を米国に促してきた経緯がある。 外務省高官は米朝首脳会談への大統領の意欲について「事前に伝えられていた」と 強がったが、少なくとも9日の発表や5月の期限設定が、日本政府にとって想定外だった のは間違いない。 政府関係者の一人は「電話会談は朝になって急きょセットされた。外務省の担当課が 誰も出勤しておらず、パニックになった」と証言。外交・安全保障政策を統括する国家安全 保障局幹部も「展開が早い」と驚きを隠さなかった。 9日の発表を受け、政府が懸念しているのが日本だけが置き去りになることだ。対北朝鮮 で連携する日米韓3カ国のうち、韓国は4月末、米国は5月までに北朝鮮と首脳会談を 行う可能性が高まったが、首相と金委員長の会談に向けた動きは「全くない」(首相官邸筋) のが実情だ。 日朝の接触がない以上、日本は米国に頼らざるを得ないが、米国の最大の関心事は大陸 間弾道ミサイル(ICBM)の完成阻止。もっぱら日本までを射程に入れる中短距離ミサイル の保持を容認したまま、北朝鮮と折り合うことへの疑念は消えない。日本人拉致問題が 取り残される懸念も残る。 首相は9日の電話会談で「北朝鮮が非核化に向けた具体的な行動を示すことが必要だ」と クギを刺し、「拉致問題の解決に大統領の協力を願いたい」と要請するのも忘れなかった。 首相は今月中旬に河野太郎外相をワシントンに派遣。早ければ4月初旬に自ら訪米し、 米国に念を押したい考えだ。
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264 :異邦人さん[sage]:2018/12/09(日) 14:19:46.45 ID:W4zR9kH8 - 世界の株式市場が、再び大幅下落に見舞われた。8日のニューヨーク市場でダウ工業株
30種平均が1000ドル以上急落したのに続き、9日の東京市場でも日経平均株価の 下げ幅は一時770円を超えた。どこまで下落すれば株式市場が落ち着きを取り戻すのか、 見えない状況だ。 9日の日経平均は取引開始直後から売り注文が集中し、午後にかけて下げ幅は縮小 したものの、前日終値比508円24銭安の2万1382円62銭で取引を終えた。香港や 上海などアジア各国の主要株式市場も軒並み大幅安となった。 発端になった8日のニューヨーク市場では、ダウがずるずると値を下げ、前日終値比 1032.89ドル安の2万3860.46ドルで取引を終えた。下落幅は5日の1175ドルに 続く過去2番目の大きさ。2〜8日に合計2300ドル以上も値を下げ、昨年11月末の 水準に戻ってしまった。 ダウは昨年1年間で約25%も上昇し、連動して日経平均も2割弱上昇するなど、 世界的に株高が続いていた。けん引役はトランプ米政権の大型減税への期待感だったが、 昨年末に実施が決まると、市場は「さらに株価を上げる材料が乏しい」(米市場関係者) との見方に転じた。企業業績は好調だが、「株価は上がりすぎ」と警戒感が高まっていた こともあり、投資家が一斉に売りに走っている。 長期金利上昇への懸念も強まっている。米連邦準備制度理事会(FRB)の金融緩和 の縮小や、米国の大型減税による財政悪化懸念から金利に上昇圧力がかかっている。 各国中央銀行の金融緩和に慣れた投資家の間では、低金利が続くことへの安心感が 先行してきたが、2日の米雇用統計が市場予想を上回ったことをきっかけに金利上昇が にわかに意識され、株価急落の引き金を引いた。 市場では、景気の基調や金融システムは強固で、今回の株安が景気後退につながる との見方は少ない。ニューヨーク連銀のダドリー総裁は8日の米テレビ番組で「世界経済 が急速に成長し、結果として世界の中央銀行が金融緩和をやめるかやめようと考え始め たため、市場が調整している」と述べた。現時点でFRBが利上げを遅らせるなどして、 株価押し上げに乗り出す考えがないことも明らかにした。
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265 :異邦人さん[sage]:2018/12/09(日) 14:24:26.46 ID:W4zR9kH8 - 1842年11月、ダーウィンの家族は、ロンドン南部のダウエの小さな町のダウンハウスに
退去しました。 ここで、ダーウィンは病気のためにもっと平和を望んでいました。 1839年 以来、ビーグル旅行から復帰して以来、病気の症状が繰り返し現れており、その原因は まだ推測されている。 症状には、衰弱、胃痛、悪心および嘔吐、心拍数の増加および 呼吸器系の問題が含まれた。 したがって、ダーウィンは非常に撤退し、旅行にはほとんど 行かず、一生を通して英国の島を離れませんでした。 ジョージ・ハワード (1845-1912)、 エリザベス(1847)、 フランシス (1848-1925)、 レオナルド (1850-1943)、 ホレス (1851-1928)チャールズ・ワリング(Charles Waring、1856-1858)。 ダウンハウス、1842年11月以来、ダーウィンの家の住居は、今博物館です 1843年、彼はライエルとトーマス・ヘンリー・ハクスレーと共に最強の同盟国になる植物 学者、 ジョセフ・ダルトン・フッカーとの友好関係を始めました。 1844年1月11日付の 書簡で、ダーウィンは彼の進化論へのいくつかの指針を与え、「元の信念とは反対に、 種(殺人を告白するようなもの)は不変ではないとほとんど確信していた」 、 フーカーは、 彼の意見では、「種の漸進的変化」が起こっていると答え、フーカーはまだ満足のいく 説明を聞いていないので、ダーウィンのアプローチを楽しみにしている。 ダーウィンは すでに1842年に35ページのスケッチで彼の意見を提示していたし、1844年に230ページ のエッセイに取り組んだが、彼の妻エマだけが読まなくてはならず、彼の死の時に 出版するべきだった。 両方のテキストは、1859年の出版された本と既に内容と基本 構造に合意していた。 核変換説は社会主義者、革命家、そして一部の医学界に大きく 限定されたままであったが、1844年にはブルジョワの輪に紹介された。自然史の痕跡の 作品で、 ロバート・チェンバースによる匿名で出版された。ジャーナリズム的に書かれた - ベストセラーになったが、科学界で真剣に受け止められなかった。 ダーウィンによって出版された次の作品は、1844年のHMSビーグル号の航海中の火山 諸島の地質学的観測でした。これらは世界中の航海のコレクションでした奇妙な フジツボの標本を除いて、10年後に仕上げました。
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