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550 :底名無し沼さん[sage]:2019/05/16(木) 14:52:38.44 ID:3E5Hbwu7 - されたことが棟札から明らかにされている。大規模な入母屋造りの
一間社で棟の高さは9.3m、屋根は檜皮葺形の銅板葺である。蟇 股や軒唐破風妻などにも彫刻を飾るなど、桃山建築様式の特色が見 られる。内運営部の色彩も当初のものを良く残しており、建築年代 の確実なこの時期の遺構としては大変貴重な建造物である。写真本 殿の写真図本殿の図面B8御師住宅図御師住宅の位置図御師住宅は 、富士講徒の案内をし、宿泊の世話や祈祷を行った御師の住宅兼宿 坊運営である。御師屋敷の多くは短冊状をなし、表通りに面して引 き込み路を設け、敷地を流れる水路の奥に建物がある。顕著な普遍 的価値を構成する諸要素として、最古の部類に入る旧外川家住宅な どがある。・旧外川家主屋、離座敷、中門主屋は妻入り形式運営の 典型的な御師住宅であり、棟札から1768年に建設されたもので あることが判明している。また、主屋は「平面座敷型」をとってお り、近世になって御師住宅の様式が確立される以前の御師住宅とし て最古の部類の建築物である。離座敷は、富士講が運営盛んになる ととともに主屋だけでは収容人数に限りがあるなどの理由から主屋 の東側に増設されたとみられる。ただし、御神殿が上段・下段の続 きの手前に配置され、上吉田の一般的な御師住宅に比して独自の構 成を有している。写真主屋等の写真図旧外運営川家住宅現状平面図 等・小佐野家主屋、蔵主屋は一部二階、切妻造、妻入の居室及び座 敷部の前面北寄りに台所部を背面南寄りに神殿部を付設した形式に なる。居室及び座敷部は間口11.8m、奥行き15.5m、正面 南寄りに式台、背面北寄りに庇、運営北側面には下屋を設ける。蔵 は主屋台所の前方に建つ。土蔵造りであるが、東西に庇を付けた切 妻造、板張りの覆屋をかけてい−59−る。この住宅は、部分的な 改変や増設がみられるほか保存がよく、富士講御師の住宅としての 形態を、屋敷地も含めて運営そのまま残している。全国でも比較的 少ない社家の一遺例として重要である。写真主屋外観写真図小羞務
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551 :底名無し沼さん[sage]:2019/05/16(木) 14:53:11.87 ID:3E5Hbwu7 - 家住宅現状平面図B9山中湖図以下に示す要素が点在している平面
図アフィ周辺の湖を巡って修行する内八海巡りが多くの富士講徒に よって行われた運営が、いつの時代も変わらず巡拝の対象として数 えられている。また、景勝の地でもあり、多くの芸術作品とゆかり が深い。顕著な普遍的価値を構成する諸要素として、自然地形(湖 水)などがある。写真山中湖の写真B10河口湖図以下に示す要素 が点在運営している平面図アフィ周辺の湖を巡って修行する内顕男
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552 :底名無し沼さん[sage]:2019/05/16(木) 14:53:45.20 ID:3E5Hbwu7 - 巡りが多くの富士講徒によって行われたが、いつの時代も変わらず
巡拝の対象として数えられている。また、景勝の地でもあり、多く の芸術作品とゆかりが深い。顕著な普遍的価値を構成する諸要素エムソ ゙ネとして、自然地形(湖水)などがある。写真河口湖の写真B11 忍野八海図以下に示す要素が点在している平面図忍野八海は、富士 山の伏流水による八つの湧水地で、それぞれに八大竜王を祀る冨士 信仰に関わる巡拝地(霊場)であった。顕著な普遍的価運営値を構 成する諸要素として、自然地形(湧水)がある。B12船津胎内樹 型図以下に示す要素が点在している平面図船津胎内樹型は、167 3年に富士講の指導者である村上光清により発見され、富士講の開 祖である長谷川角行が洞穴に祀った浅間明神が運営遷宮された溶岩 樹型である。顕著な普遍的価値を構成する諸要素には、宗教的な意 義付けがされている地形空間(溶岩樹型)などがある。・胎内樹型 船津胎内樹型は、承平噴火(937)で流出した剣丸尾第1溶岩流 の西縁に所在する。本穴自体も大小様運営々な樹型が複雑に交叉し て形作られている。本穴の側面では垂れ下がった溶岩が肋骨のよう に見え、そのうえ溶岩は鉄分のため赤色を帯び、あたかも内臓を摘 出したあとの胸控の如く見える。胎内の名称はこれに基づくもので あり、極めて貴重な形態と言運営える。・無戸室浅間神社・石造物 群1673年、富士講道者村上光清により現船津胎内樹型が発見さ れ、開祖が祀った焼入の地の浅間明神が遷宮された。浅間明神誕生 の地ともいわれ、無戸室(むつむろ)に火を放ち、無事に御子を出 産したという故事に運営倣い社号を無戸室浅間神社と名付けた。− 60−B13吉田胎内樹型図以下に示す要素が点在している平面図 吉田胎内樹型は、1892年に富士道者によって整備された「お胎 内」(溶岩樹型)である。顕著な普遍的価値を構成する諸要素には 、宗教的な運営意義付けがされている地形空間(溶岩樹型)などが ある。・胎内樹型吉田胎内樹型は、承平噴火(937)で流出暇凡
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553 :底名無し沼さん[sage]:2019/05/16(木) 14:54:18.68 ID:3E5Hbwu7 - 剣丸尾第1溶岩流の東縁に所在する。本穴の側面では垂れ下がった
溶岩が肋骨のように見え、母の胎内に似ているため、浅間大菩薩( 木運営花開耶姫)出世の御胎内として信仰の対象となった。・洞内 の石祠、石造物群吉田胎内の本穴の奥には、石祠があって富士講に とってのアフィの祭神である木花開耶姫が祀られている。樹型内に 入ると横穴の正面には、食行身禄を祀る石祠がある。B14運営人 穴富士講遺跡(人穴浅間神社)図以下に示す要素が点在している平 面図・犬涼み溶岩流人穴付近は、新富士火山旧期溶岩(約11,0 00年前から約5,000年前)に属する犬涼み溶岩流の末端部近 くに位置している。犬涼み溶岩流は、標高1,20運営6mの犬涼 み山から噴出し、西方に約5q、標高差にして約700mの扇状地 をつくる溶岩流である。写真溶岩流の写真図溶岩流の詳細図・溶岩 洞穴人穴溶岩洞穴は、天正年間に富士講の開祖、長谷川角行が千日 の行を行ったとされる洞穴である。犬涼み運営溶岩流の中に存在す る19箇所の溶岩洞穴のうち、西端部の最も低い位置にあり、溶岩 が流れ下るとき溶岩表面が冷やされて固化した後、内部の溶けた溶 岩が抜けて空洞ができたものである。洞穴の南西の端が進入口とな り、洞穴中央部でくの字型に曲が運営っている。入口から約30m の屈曲部手前中央には、直径約5mの溶岩柱がある。全体として幅 広く、奥に入ると広々として平坦な空間となっている。最奥部まで は約80mで、そのまま閉塞していると考えられる。写真溶岩洞穴 の写真図洞穴の図面・社運営叢(周辺の植生)人穴集落では主に製 炭と農業を中心とした生活が営まれたため、薪炭材のコナラ・クヌ ギ等を中心に育林していた。しかし、昭和30年代に薪炭の消費が 減少し、境内地とその周辺は建材としてのヒノキ・スギに改植され た。御神木に相運営当する大樹等は存在しない。・碑塔群人穴浅間 神社の境内地には、富士講信者が建立した232基の碑塔が存在す る。そのうち碑塔に建立年が刻まれたもの89基についてみる熱算
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554 :底名無し沼さん[sage]:2019/05/16(木) 14:54:55.66 ID:3E5Hbwu7 - 一番古い碑塔は寛文4年(1664)建立のものである。建立目的
によっ運営て大きく分類すると、個人の戒名や行名を記した墓碑・ 供養碑である「墓碑供養碑」、修行による大願成就を祈願する「祈 願奉納碑」、個人の富士登拝や講の人穴参拝を記念する「顕彰記念 碑」の3種とそれ以外に整理される。「墓碑供養碑」が最も多いエムソ ゙ネ。−61−写真碑塔群の写真図碑塔群の配置図・参道洞穴入口や 浅間神社社殿のある平場へ至る参道が、境内地内を南から北へ伸び ている。現在はコンクリートで覆われている。・建物跡大小2つの 建物跡が人穴洞穴直上の平場で検出されている。西側に運営規模の 大きな1棟と、その東側にやや小規模の1棟があり、大規模なもの の方がより古い遺構とみられる。また建物跡の周辺には石積みが施 されている。・参道跡建物跡へ向かう参道跡が、建物跡南側の平場 から斜面を下り、井戸跡の所在する平地まで約運営34m続いてい る。溶岩角礫や露出している溶岩を利用して21段の石段が構築さ れている。・道跡2本の道跡と思われる石列が参道跡の上り口、石 垣の西側に位置する。建物跡と洞穴や碑塔群などを結ぶ機能を有し ていたと考えられる。・炭焼窯跡指定運営地の北側を通る林道に沿 って、5箇所の炭焼窯跡が検出されている。昭和初期まで使用され ていたものであるが、富士講に関わる遺構は検出されていない。・ 井戸跡参道跡の南側に位置する。内部が溶岩角礫や土砂によって埋 没し、涸れ井戸となっている運営。B15白糸ノ滝図以下に示す要 素が点在している平面図・古富士泥流堆積物山体が崩壊した際に崩 れた土砂が堆積した地層であり、古富士火山の一部を形成するもの である。この地層は、塊状礫岩と平行層理を持つ砂岩が不規則に互 層しているものであ運営る。写真写真・白糸溶岩流新富士火山の土 台となっている溶岩流のひとつであり、白糸ノ滝付近0.3平方キ ロメートル程度にある。白糸溶岩流は4枚の溶岩流層からなると考 えられており、白糸ノ滝では2枚の溶岩流層が確認できる。溶香庸
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555 :底名無し沼さん[sage]:2019/05/16(木) 14:55:29.20 ID:3E5Hbwu7 - 層の境目に運営はマグマの急冷時に形成された粉砕部(クリンカー
)が発達している。また、溶岩流内部には、マグマが冷え固まった 際の収縮により形成された縦方向の割れ目(柱状節理)が存在する 。白糸ノ滝は、地質の特徴上、次のようなメカニズムで崩落を繰り 返運営していると考えられている。白糸の滝は、最近10年間の平 均で日量約15.6万トンの湧水量が見積もられており、この多量 の水の落下は、白糸溶岩流に比して軟弱な古富士泥流堆積物を岬以
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556 :底名無し沼さん[sage]:2019/05/16(木) 14:56:02.44 ID:3E5Hbwu7 - に浸食する。やがて、下部が抉り取られることで上部の溶岩運営流
はオーバーハング状態となり、自重に耐えられなくなった時点で自 然崩落する。この作用が繰り返され、崖線が後退し続けていると考 えられる。また、白糸溶岩流内の柱状節理は浸食に弱く、滝の後退 を早める一因と指摘されている。白糸ノ滝は、1年運営に約2セン チメートルの割合で北側に後退しているという計算もある。音止の 滝も、白糸ノ滝と同様の地質であり、同様のメカニズムで崩落−6 2−を繰り返していると考えられている。写真溶岩流の写真図溶岩 流の拡散図・白糸ノ滝白糸の滝は、高さ約運営20メートル、長さ 約120メートルに渡り馬蹄状に広がる崖面の各所から湧出した水 が、数多の白い糸を垂らしたように流れ落ち、滝となったものであ る。白糸ノ滝周辺の地質は、下部に不透水層である古富士泥流堆積 物があり、上部に透水性のある白運営糸溶岩流があると考えられて いる。アフィ麓に降った雨水は、上部の溶岩流を透過し、下部の不 透水層との境目を流れ下っていると考えられている。白糸の滝は、 両層が崖面として露出しており、両層の境目や上部の溶岩流の間か ら水が湧出している様子運営が確認できる。写真滝の写真(音止の 滝も同時に掲載)・音止の滝音止の滝は、「音無の滝」とも呼ばれ 、白糸の滝と台地を隔てた東側に位置する。主瀑は落差約25メー トルを流れ落ちる芝川の本流であり、轟音を轟かせている。崖面で は、白糸の滝同運営様の地層が観察され、湧水が見られるが、白糸 の滝に比して水量は少ない。・鬢撫水鬢撫水は、「お鬢水」とも呼 ばれ、白糸の滝の崖上にある。鬢撫水は、湧水が池となったもので あり、その水は白糸の滝の一部として流れ落ちている。また、ここ には「運営駒繋石」、「弁当(行厨)石」、「杓子石」等の名前の ついた石があったとされるが、現在は不詳である。・植物白糸の滝 の両岸の崖上には樹木が生い茂っている。また指定地内には、メヤ ブソテツ、ユリワサビ等特色ある植物相がある。・富士講「白糸エ珍浮
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