- 【おまえら】ヤマレコを語るスレ48【マンネリだろ?】
9 :底名無し沼さん[]:2018/03/06(火) 08:21:07.90 ID:Jjtw/dQM - 1、
登山者は自信のなさから逃れるため、他人の羨望を求めて山を登る。 自慢し、賞賛されるのが目的である。 深刻な劣等感から、他人に優越しなければならないからである。 愛情欲求と見返してやりたいと言う復讐心が動機である。 肉親の愛情欠如と心理的離乳を完成できないのが原因である。。。
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11 :底名無し沼さん[]:2018/03/06(火) 09:50:28.48 ID:Jjtw/dQM - 2、
肉親の愛を知っている人は神経症にはならない。 なぜなら愛されるためには今の自分のそのままで何も不足はしていないと感じているからである。 強迫的に名誉など求めはいしない。 人を軽蔑しながら神経症的名声追及などしない。 実際の自分を受け入れることと親からの心理的離乳とは同時に起きる。 親からの心理的離乳を完成できず、何時までも心理的に依存している限り、 実際の自分を憎み続けなければならないのである。、
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12 :底名無し沼さん[]:2018/03/06(火) 09:57:39.49 ID:Jjtw/dQM - 3、
神経症者は不安である。 その自分の不安から賞賛や名誉によって逃れようとする。 名誉を誇示することで自信のなさから逃れようとする。だから名誉やお金に強迫的になるのである。 名誉やお金がなくては居ても立っても居られない。 それが名誉に「強迫的」と言うことである。、
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13 :底名無し沼さん[]:2018/03/06(火) 09:59:17.31 ID:Jjtw/dQM - 4、
神経症が山に登る。自分が登りたいわけではない。 賞賛されるため、しなければいけないからするだけである。 登れなかった。 すると登れなかったかった自分に対する絶望と後悔が残る。 成功しても幸せになれない人である。 なぜなら何事も自分の意志でしているのでないから。、
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14 :底名無し沼さん[]:2018/03/06(火) 10:01:16.13 ID:Jjtw/dQM - 5、
神経症的になればなるほど自分の出来ないことをしようと焦る。 それはいよいよ自分の願望ではなく、他人の羨望を求めて行動するからである。 八ヶ岳に登よりも、キリマンジェロに登ったほうがみなから 「わー、すごい」と言われる。 そう言われて、幼児期からの憎しみや、苦しみを一気に吹き飛ばしたい。 皆から尊敬されるものであれば、自分がそれを好きか嫌いかは問題ではない。 というよりも神経症者は自分が何を好きか嫌いかが分からなくなっている。 自分の適性と関係なく、自分がしたくない事でも、とにかく褒められたい。 人に見せるための人生を送っている人である。、
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15 :底名無し沼さん[]:2018/03/06(火) 10:04:22.68 ID:Jjtw/dQM - 6、
神経症者は「この山」に登らなければいけないと思い込む。 自分の体力にあった山に登ればいいのだが、神経症型の人はそうは思えない。 神経症型の人が「この山」に執着するのは親の価値観なのだろう。 小さい頃の親を始めとする周囲の人の期待の内面化である。 実は楽しく登ればどの山でもいいのである。 皆に賞賛される自分、脚光を浴びる自分、そんな自分でなければ気がすまない。 理想像への強迫的執着である。実際の自分がその様に能力が無いのだから、 自分がなれるもので満足するというのが心理的健康である。、
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16 :底名無し沼さん[]:2018/03/06(火) 10:06:41.22 ID:Jjtw/dQM - 7、
神経症者は、「こう」ならなければ満足できないというものがある。 しかし実際の自分はその様になる能力が無い。 あるいは本質的に自分の適性に、それは向いていない。 それにもかかわらず、神経症者はその様な地位に向けて強迫的な努力をすることになる。 おそらく大人になっても小さい頃の挫折を受け入れられないでいるのであろう。 なんとかして自分を嘲笑したものを見返してやりたい、 なんとかして親の失望を取り返したい、そんなものが無意識の領域にあるに違いない。 親が深い失望のため息をついたことによって受けた心の傷かも知れない。 自分の臆病に対して仲間があざ笑った時の心の傷がいつまでも無意識の中に残っているのかも知れない 「べつにこれ以上偉くならなくてもいい」と思えないということが、理想像への強迫的執着である。 実際の自分がその様に能力が無いのだから、 自分がなれるもので満足するというのが心理的健康である。、
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17 :底名無し沼さん[]:2018/03/06(火) 10:54:59.86 ID:Jjtw/dQM - 8、
神経症者にとって実際の自分は軽蔑の対象でしかない。責める対象としての自分なのである。 もう一方に愛される自分、人々から尊敬される自分がいる。それが理想の自分である。 この理想の自分と実際の自分の緊張関係から強迫性が生まれる。 強迫的になってしまう人は誰からも教えてもらっていないのだろう。 小さい頃、優しく教えてくれる母親がいなかったのだろう。 神経症者はいつまでも名誉、賞賛を強迫的に追い求め、 ついに現実の自分の人生に満足することが出来ないままで人生を終わることになる・・・
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18 :底名無し沼さん[]:2018/03/06(火) 11:04:29.26 ID:Jjtw/dQM - 9、
神経症者は苦労すれば幸せになれると錯覚している。 神経症者は「負け犬の生き方はイヤだ」と言う。 他人を軽蔑しなければ生きていけないほど深刻な劣等感を持っているという事なのである。 それだけ苦しいと言うことなのである。 人を軽蔑しなければ生きていけない。 神経症的名声追及の過程には復讐的勝利への衝動が隠されている。 強迫的に名声を求める人は心の底に屈辱感を抑圧している・
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19 :底名無し沼さん[]:2018/03/06(火) 11:18:23.29 ID:Jjtw/dQM - 10、
神経症者には、見返してやりたいと言う復讐的な気持ちが最初にあるから、 現実の自分には不可能としか考えられない様な大成功を求める。 見返すために必要な成功、それが自分に対する非現実的な期待である。 もともと無理なことを望んでいるのだから出来るわけがない。 現実の自分を無視してしまうのはまず見返してやりたいと言う、 復讐的な気持ちが無意識の領域で先行するからである。 例え成功をして見返したと思っても、その時点での屈辱感を癒すものでしかない。 自分のコンプレックスを処理しておかなければ、またすぐに惨めになるだろう・
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20 :底名無し沼さん[]:2018/03/06(火) 11:39:17.40 ID:Jjtw/dQM - 11、
神経症の人は名声さえあればすべてが解決できると思っている。 皆から賞賛を得ようとする。 心の傷が深刻であれば深刻であるほど人はその傷を認めない。 親から受けた嘲笑を無意識の領域へと追いやる。 逃避することで実際の自分を受け入れることが出来なくなる。 挫折を人は受け入れることを避けようとする。 神経症の人は自分でない自分になろうと努力する。 努力の動機は「見返してやりたい」である。 復讐を動機とした努力は孤独への道である。 「見返してやりたい」と努力する人は神経症。 自分の価値を信じて努力する人は心理的に健康な人・
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22 :底名無し沼さん[]:2018/03/06(火) 11:46:05.35 ID:Jjtw/dQM - 12、
神経症者は常に人と自分を対立した者と思い、いつも人と張り合っている。 現実に利害が対立しているわけでもないのに、神経症者は物凄い対抗意識を持つ。 何ら現実に対抗しているのではないのに、強い対抗意識を持つ。 いちいち人と張り合わずにはいられない。 神経症的競走は現実の利害対立なしに競走することである。 神経症者が自分の目的が分かっていないから自分の価値を感じられないからである。 要するに自分に自信がなく、価値が見いだせずに、他人との比較においてのみ考えようとするからである。 神経症者は、いつも誰が「より」魅力的であるか、誰が「より」人気があるか、等を気にしていると言う。 とにかく神経症的競走をしている人は他人の成功、失敗が気になる。 他人の成功が面白くない。自分の価値を下げると感じるからである。 自分と他人を対立して考えるからである。 人が何処の山に行ったかが気になる ・
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23 :底名無し沼さん[]:2018/03/06(火) 11:48:52.74 ID:Jjtw/dQM - 13、
神経症的競走をする人は、負けたと思ったときに、 [あの葡萄は酸っぱい]と言う解釈で他人の優位に立とうとする。 神経症的競走をする人は、「敗者」につきものの感情を抑圧するということである。 葛藤に苦しみ、不安にさいなまれることになる。 いつまでも成長できないまま人を愛することができず、 いつも不機嫌に苦しむことになる。 神経症的競走をする人が、自分の心の葛藤を解釈で解決しようとしても無理である・
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26 :底名無し沼さん[]:2018/03/06(火) 13:50:57.45 ID:Jjtw/dQM - 14、
神経症者は周囲に優位するばかりでなく その優位を相手にも認めさせようとするから余計いがみ合いが激しくなる。 心のふれあいのない関係はお互いが必要なことがなくなった時に、 すごく残酷な形で終わりになる。神経症的競走はこんな関係なのである。 相手も優位しようとしている。その相手にこちらの優位を認めさせようとしているのであるから、 こちらの優位を認めるはずがない。 お互いに相手の優位を認めるはずがないのにその優位を認めさせようと激しくいがみ合う。、
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27 :底名無し沼さん[]:2018/03/06(火) 13:53:41.81 ID:Jjtw/dQM - 15、
神経症的競走心を持つものは人よりも成功したい、多くのことを成就したいと思うばかりではなく、 自分のしたことがユニークで例外的でないと気にいらない。 神経症者はスーパー・マンを目指す。 そして自分は人々の幸せに役に立っているという実感を求める。 社会に貢献できる喜びを求めない。 成功はその人に自信を与えない。 だから次々により大きな成功を求めさせるのである。 こういう人は常に皆に注目されていたい。 何時も周囲の人に自分を認めさせよう、認めさせようとする。 そして無理に自分の重要性を認めさせようとするから、かえって皆に嫌われる。 それが不安を増大させ、余計に自分のしたことの価値を誇張する。 自分のしたことの価値を誇張するのは自分が望むように相手が自分を認めてくれないからである。、
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29 :底名無し沼さん[]:2018/03/06(火) 14:24:05.40 ID:Jjtw/dQM - 16、
神経症的競走には復讐心が隠されている。 従って自分が成功することよりも他人が負けることが重要になる。 自分が幸せになるよりも、他人が不幸せになることが重要になる。 神経症的競走をする人は、私だけが成功しなければ気に入らない。 自分以外の人が注目を浴びると気に入らない。 それは自分以外の人に対する敵意である。 自分の満足が他人との関係で決まる。 神経症的競走をする人は成功することが怖い。その能力に自信がないからである。 そうなると残された道は他人の足を引っ張ることしかない。 要するに他人の足を引っ張ることが仕事になる。 復讐心を動機として努力して「俺は成功した」と思った時が 成功の恐怖の時である・
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- 【おまえら】ヤマレコを語るスレ48【マンネリだろ?】
30 :底名無し沼さん[]:2018/03/06(火) 14:28:54.13 ID:Jjtw/dQM - 17 、
何故、神経症者は山を登り、 見えざる敵と戦い続け、そんなに身構えて生きなければならないのか? 何故、深刻な劣等感を抱える者は、医療やボランティアに従事し、 感謝を要求せずにはいられないのか? 心の葛藤を解釈で解決しようとしても無理である。 心の底を見つめることの方が、解釈よりもはるかに重要である・
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