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日曜8時の名無しさん
【2012年大河ドラマ】平清盛 Part172©2ch.net

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【2012年大河ドラマ】平清盛 Part172©2ch.net
614 :日曜8時の名無しさん[]:2015/04/22(水) 23:37:36.12 ID:ZgVSFqXV
まあ何にせよ、アンチの皆さんも相変わらずお元気なことですし、
語っても語っても語り尽せない、あーだこーだ言い争う大河というのは、
清盛をおいて他にないということですよ。
まるで非難囂々だったワーグナーやストラヴィンスキーの初演時以降の歩みみたいだw
例えば、
・清盛は史実再現に精一杯の年表ドラマだった、で目が・となった次の日には、
・清盛は歴史展開を端折って心理ドラマに逃げ込んだ、との目が・級の非難に出会ったりする。
この両極端で奇妙な2つの評価を「評価」すると次のようになります。すなわち
・清盛は歴史劇と人間ドラマが高度に融合した傑作だった。
つまり頭と心をフルに働かさないと、一断面だけに引きずられて全体像を見逃してしまう。
それが清盛。
このことは大河清盛を評価する上でかなり重要な作品上の特性だと思う。
【2012年大河ドラマ】平清盛 Part172©2ch.net
616 :日曜8時の名無しさん[]:2015/04/22(水) 23:56:49.57 ID:ZgVSFqXV
>>613
21世紀の今、新平家をリメイクしようと欲する能天気なクリエーターなどいるはずないが
(勘違いババアたちは別として)、昭和の名作として独自の存在意義を持ち続けるだろう。
ここで注目したいのは、吉川新平家自体、それまでの悪役清盛像を克服することを意図した
当時としては〈新しい〉意欲作であったこと。
なので、実は大河清盛とは真っ逆さまの人間像で、あらゆる面で対立するという関係にはない。
しかし、何しろ平家物語準拠のため、独自の美学による魅力はもちろんあるものの、昨今強調されている
武士の世を切り開いた最大の功労者=清盛の荒々しい生涯を捉え直すという視点には立っていない。
逆に言うと、大河清盛の独自の存在意義はこの視点にこそあり、それゆえ正しく作品のコンセプトとして
掲げられたわけである。


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