- 幽霊「うらめしや」
354 :名も無き被検体774号+[]:2013/07/10(水) 00:10:44.60 ID:7P+kf9eK0 - >>1です
二十九日目までだと中途半端なので、書きあがり次第三十日目まで投稿します 二時になるまでには、と思っていますがどうなるかわかりません ここまで、楽しみに見ていただきありがとうございます この話ももうじき終わります
|
- 幽霊「うらめしや」
358 :名も無き被検体774号+[]:2013/07/10(水) 01:32:30.20 ID:7P+kf9eK0 - 三十日目 A.M.
男「ええと……これを擦ればいいんだよね」 男「まあ、そうなんだけどさ……できるの?」 男「そういう知識はある」 男「にわかに不安になってきたよ」 男「なんかあれだね。全然カメじゃないね」 男「カメの頭のようなのがついてたら、それこそほんとおぞましい光景になってるよ」 男「なんかどきどきしてきた」 男「同じく」 男「…………ふわ」 男「ちょ…………ちょっ、ちょ」 男「なあに」 男「その、なんでも鑑定団みたいな手つきはやめて」 男「どして?」 男「くすぐったい」 男「セックスにおいては、くすぐったいは気持ちいいと同じだって聞いたことあるんだけど」 男「死にそう」 男「それは困るね」 男「あと、すっげー恥ずかしい」 男「それは我慢して」
|
- 幽霊「うらめしや」
359 :名も無き被検体774号+[]:2013/07/10(水) 01:33:04.47 ID:7P+kf9eK0 - 男「…………これでいいの?」
男「…………力加減、弱すぎ」 男「もっと強くしていいの?」 男「うん、まあ」 男「握りつぶしたらどうなる?」 男「掛け値なしに死ぬよ、そりゃ」 男「難しいなあ」 男「中庸の精神でお願い。極端に走らないでさ」 男「男の子は毎日にでも、こういうことするんだよね」 男「毎日するやつもいるし、そうじゃないやつもいるけど」 男「あなたはしてなかったよね。一ヶ月間くらい?」 男「いや…………」 男「え。ずっと一緒にいたよね?」 男「別に、家でしなくてもさ……」 男「…………どこで?」 男「ええと、ほら、公衆トイレとかさ」 男「…………うわあ」
|
- 幽霊「うらめしや」
360 :名も無き被検体774号+[]:2013/07/10(水) 01:33:44.30 ID:7P+kf9eK0 - 男「ひかないでよ。無理はないけどさ」
男「どこの公衆トイレ?」 男「主に、あの、近くの児童公園のなかにあるアレ」 男「あー、めちゃくちゃ近所。わたしもたまに使ってた」 男「言っとくけど、ちゃんと男子トイレのほうでしてたからね」 男「なにその注釈、必要ないよ」 男「まあ、そうかもだけど」 男「で、どういうことを考えながらそんなところでしてたの?」 男「……どういうこと?」 男「言う必要ある?」 男「そっちこそ、こっちこそ、言う必要ある……?」 男「聞きたい」 男「…………キミのことを考えてた」 男「へえ。ふうん…………そっかそっかあ」 男「なんなの」 男「わたし、慰み者にされちゃってたんだなあって」 男「なんか、ごめん」 男「え。謝らなくていいよ。なんか嬉しいし」 男「……変わってるね」 男「そうかなあ。女の子は結構、嬉しく思うものだと思うけど」
|
- 幽霊「うらめしや」
361 :名も無き被検体774号+[]:2013/07/10(水) 01:34:17.41 ID:7P+kf9eK0 - 男「きもちい?」
男「そこそこ。もどかしくはあるけど」 男「初心者だから我慢して」 男「キミが上級者だったら超いやだなあ」 男「もどかしさを楽しんで」 男「ところでさ」 男「ん」 男「言いたいこと、たくさんあるんじゃなかったっけ」 男「あー、なんだったかなあ」 男「気になるんだけど」 男「まとまりなくなっちゃうから、聞くに堪えないと思うけど、聞いてくれる?」 男「っていうかさ」 男「ん?」 男「もう記憶も思考も、ごちゃごちゃになってきちゃってるんでしょ?」 男「あたり」 男「いいよ。聞くよ。なにからでもいいよ。話してよ」 男「ありがとう」
|
- 幽霊「うらめしや」
362 :名も無き被検体774号+[]:2013/07/10(水) 01:35:01.72 ID:7P+kf9eK0 - 男「…………」
男「…………」 男「………ん?」 男「だからね、ありがとう」 男「ああ、今の、言いたいことの一つだったの」 男「うん。なんか、無性に、言いたくなっちゃって」 男「どういたしまして」 男「ええと、あなたに左手あげる」 男「もともと僕の左手なんだけど」 男「動くでしょ? 動かせる?」 男「ああ、うん。僕の腕だ」 男「抱きしめて」 男「……どうやって?」 男「どうやっても」 男「……自分の身体を抱きしめろってこと?」 男「自分の身体じゃなくて、わたしの身体」 男「…………はいはい」
|
- 幽霊「うらめしや」
363 :名も無き被検体774号+[]:2013/07/10(水) 01:35:56.14 ID:7P+kf9eK0 - 男「あ、そうだ。思い出した」
男「今度はなに?」 男「好きってすごいね」 男「すごい?」 男「うん。これは是非、教えてあげなくちゃと思って」 男「どういうことさ」 男「わたしは正しかったよ。生きるために必要のないことは、生きるために必要のない性欲は、生きるために必要のない恋愛は、生きるために必要ないからこそ、すべてを超越するよ」 男「どうしたのさ。いきなり宗教家みたいなこと言い出しちゃって」 男「好き、のなかでもさ……誰かを好きになるっていうのは、最上だね。極上だね。そして、幸せだね。それこそ、他の不幸せなんて全部包み込んじゃうくらいにさ」 男「…………ああ、なるほどなあ」 男「心残りもさ、未練もさ、恨みもさ、思い残しもさ、想い残しもさ、全部平らにならしちゃってさ、その上に『好き』のお城が立つの」 男「あはは。なに言ってるんだか」 男「だからね、わたしはね、もうね、こうやってね、あなたをね、わたしをね」 男「もう、いいよ。わかったよ。わかったからさあ……」 男「だめ。最後まで言うの。言わせて」 男「悲しくなるんだ」 男「それでも、ねえ、聞いて」 男「…………わかったよ」
|
- 幽霊「うらめしや」
364 :名も無き被検体774号+[]:2013/07/10(水) 01:36:52.18 ID:7P+kf9eK0 - 男「わたしは、幸せだよ」
男「……うん」 男「泣かないで」 男「そんなこと言ったって」 男「逃げないで」 男「…………」 男「酷いこと言ってるかな。わたし。っていうか、何言ってるのかな、わたし。もう、だんだんとよくわかんなくなってきたけど」 男「聞くよ」 男「うん、聞いて。全身で聞いて。一生を懸けて。ええと、なんだったかな。ああ、そう、あなたはさ、初恋の子が消えてしまった理由、知らないって言ったけど」 男「言った」 男「うそつき」 男「…………嘘じゃないよ」 男「そうなの? まあ、どっちでもいいよ。もう。あなたが知らないって言い張るなら、わたしはあなたにそれを教えてあげる」 男「知りたくなかったんだ」 男「知ってたくせに」 男「そう思いたくなかったんだ」 男「あんなにたくさん、わたしに好きって言ったくせに」 男「言ったけど」 男「言って」 男「好きだよ」 男「心を込めて」 男「好きだ」 男「ありがとう」
|
- 幽霊「うらめしや」
365 :名も無き被検体774号+[]:2013/07/10(水) 01:37:52.18 ID:7P+kf9eK0 - 男「わたしは、世間知らずで、ぬくぬくとぼんやりと生きて、そんな命も無駄遣いして、その上人まで殺してしまったどうしようもない女だけど」
男「そうだね」 男「それでもあなたに、好きって言ってもらえて、嬉しかったよ」 男「ああ」 男「あなたがこの先、生きていく上で、もう二度と、知らなかったでは済ませないように」 男「うん」 男「あなたが知らないフリしていることを、教えてあげる」 男「頑張って生きろ、という意味に受け取るよ」 男「不毛から、立ち直ってね」 男「できるかな」 男「できるって、わかってるんでしょう」 男「頑張りたくなかったんだよ」 男「だあめ。頑張ってね」 男「酷いなあ」 男「酷いでしょ。でも好き?」 男「もちろん」 男「うん。あなたの初恋の人が消えちゃったのは、わたしが、わたっ、わ、たしがね、こっ……これか、これからねっ、消えちゃ、消えてしまうのは、ね」 男「…………うん」 男「それ、は、わたし、わたしが、わたっ、わたしたち、が、ね、あなた、あな、あなたのこ、とをね」 男「…………」 男「す」 男「…………」 男「…………」 男「…………」 男「…………」
|
- 幽霊「うらめしや」
366 :名も無き被検体774号+[]:2013/07/10(水) 01:38:21.37 ID:7P+kf9eK0 - 男「………………」
男「………………」 男「………………」 男「………………」 男「………………」 男「…………ああ、もう」 男「キミはさあ……」 男「せめてさあ……」 男「せめて、さあ……」 男「消えちゃうんならさあ……」 男「最後まで、せめて最後までさあ……」 男「最後まで、言ってからにしてくれよ…………」 ――最後まで、イってからにしてくれよ
|
- 幽霊「うらめしや」
367 :名も無き被検体774号+[]:2013/07/10(水) 01:40:29.07 ID:7P+kf9eK0 - 三十日目 P.M.
結局、幽霊と言う存在は反則以外の何者でもないのだと思う。 一人になった、今度こそ本当に一人になってしまったワンルームで、僕はそんなことを思う。 人生にロスタイムなどなく、延長試合などなく、生きている時間そのものが人生であるべきで、たまたまそれ以外の機会が与えられたとしても、そんなものを、奇跡だとか幸運だとか、ましてや不幸などとは呼ぶべきではないのだ。 そして当然、そんな存在ばかりを選り好んで接触するような輩も、当然、存在するべきではないのだ。 そんなやつの人生は本当に不毛でしかないのだ。 信じたくはなかった。幽霊は、未練の存在だ。 それを失ってしまうような、そういう機微があれば、当然、その存在は掻き消えてしまうのだ。 僕が幽霊を愛する限り、僕は、報われることはないのだ。 しばらく、動けなかった。 彼女にもらった左手以外は、動かなかった。その左手でこめかみを掻いた。 まだ、もしかしたら、僕の中に彼女がいるのかもしれないと思うと、左手以外を動かす気にはなれなかった。でもそれは、不可能ではなく、単なる不使用だ。 きっと、僕は今すぐ立ち上がることができるのだ。僕はもう憑依されてなどいないのだ。だから今すぐにでも、僕は立ち上がって、生きるために動くべきなのだった。 もう少し、もう少しこのまま休憩したら、ひとりぼっちの休憩が終わったら、動き出すことにしよう。 もうじき日が暮れる。たしか、近所に小さな文房具屋があったはずだ。その閉店に、間に合うまでには。 履歴書を、買いにいかなきゃ。 三十日目、終了
|
- 幽霊「うらめしや」
368 :名も無き被検体774号+[]:2013/07/10(水) 01:43:21.07 ID:7P+kf9eK0 - 以上三十日間が、僕にとってそこそこに印象深かった三十日間の思い出だ。
ん。一番なのかと思ったって? 僕だって当時はそう思っていたよ。これ以上の幸せな日々にも、めぐり合わないと思っていた。 高々二十年そこらしか生きていない人間が、なにを言っているんだろうね。今となっては、そう思うよ。 そりゃあ彼女が消えた直後は、再びの自殺願望を感じるくらいに辛かったさ。コンビニのバイトも、思っていたより甘くなかったしね。 笑っちゃうよね。最初は、「いらっしゃいませ」の一言も、喉に引っかかって言えなかった。僕ときたらほんと使えないやつでさ、使えないやつってのを、絵に描いたみたいなやつで さ、年下の金髪に何度もどやされたもんだよ。情けないことにさ。 それでも食らいつくようにして、何年かその仕事を続けたよ。たかがコンビニバイトで大袈裟な、と思うだろう? でもその頃の僕はそれくらいの心境だった。食らいつく、という字 面を心に秘めて、意識していないと折れちゃいそうなくらいに弱かったんだ。 だいぶ仕事にも慣れてきてさ、夜勤で、一人でレジに立っていたことがあったんだ。入店してきたのは、何度か顔を見たことがある、土方の兄ちゃんだった。 僕は正直、彼に対してあまり良い印象を持っていなかった。いつみても汚い面してさ、髪なんかも茶髪なのか泥にまみれてるのか良く分からない色でさ。態度も横柄だったしさ。 そんな彼が、袋に詰めたブラックコーヒーをひったくるようにしてレジを離れるときにさ、言ったんだ。僕に向けてさ。 「おう。いつもサンキュ」 彼にとっちゃ、なんでもない一言だったんだろうけどね。僕にとったって、なんでもない一言だったんだけどね。 でもなんかさ、無性にうれしくなってさ、すぐバックヤードに引っ込まざるをえなかったくらいだよ。ぼろぼろと涙が溢れた。多分、金髪に一番ひどくどやされたときだって、あそこ まで泣きはしなかったと思う。 話がそれたね。つまりさ、何十年か生きてりゃ、それなりに幸せなことだってあったんだよって、そういうことが言いたかったんだ。 うん。もちろん。君のように、最期を看取ってくれる親友にも出会えたことだしね。 僕がどんなふうにして、幸せな何十年を過ごすことができたのか、それについてはこの際省略させてもらうよ。 もうあまり時間もなさそうだしさ。語り出すと、止まらなくなっちゃいそうだしさ。
|
- 幽霊「うらめしや」
369 :名も無き被検体774号+[]:2013/07/10(水) 01:44:22.56 ID:7P+kf9eK0 - 同じように、幽霊が見える君にだからこそ、こんな質問をさせてもらうんだけどさ。
幽霊って、成仏したあとはどこに行くんだと思う? あはは、まあ、わからないよね。聞いてみただけだよ。 もし仮にさ、天国だかニルヴァーナだか、そんな場所があったとしてさ、そこで、誰かと再会するなんてことはあるんだろうかね。 …………うん。期待していないなんて言ったら嘘になるよ。それくらいの再会を、奇跡の再会なんてのを、信じたって罰は当たらないだろう? この数十年の人生さ、僕は本当によく頑張ったと思うんだ。頑張って、幸せに生きたと思うんだ。 僕の人生が演劇で、僕が観客だったら、間違いなくスタンディングオベーションだ。それくらい、僕は僕の人生を称えてやりたい。自画自賛が過ぎるかな? そんなことない? ありがとう。君は優しいやつだね。 幸せな人生だった。でも、僕にとって最高の幸せは、きっとこの先に待ってる。 それじゃ、そろそろ行くよ。 ああ、そうだ、縁起でもないけどさ、君とは、死んでも仲良くしたいからさ。 涅槃で待ってる。もちろん、彼女も一緒にね。 また、死後に。
|
- 幽霊「うらめしや」
370 :名も無き被検体774号+[]:2013/07/10(水) 01:44:51.44 ID:7P+kf9eK0 - ――やあ、久しぶりだね
|
- 幽霊「うらめしや」
371 :名も無き被検体774号+[]:2013/07/10(水) 01:45:42.10 ID:7P+kf9eK0 - わたしにとっては、あなたとお別れしたのだって、さっきみたいなものなんだけどね――
|
- 幽霊「うらめしや」
372 :名も無き被検体774号+[]:2013/07/10(水) 01:46:10.26 ID:7P+kf9eK0 - 幽霊「うらめしや」、終了
|
- 幽霊「うらめしや」
375 :名も無き被検体774号+[]:2013/07/10(水) 01:52:21.54 ID:7P+kf9eK0 - 終わりです
書き始めたくらいは、一ヶ月ぴったりで終わらせようかと思ってたんですが 意外とすらすら進んでしまいまして、一ヶ月もかかりませんでしたね それくらい書くのが楽しかったです それもこれも、多くの人に面白く読んでいただけたからだと思います 三週間ほど、それより短くとも、付き合ってくれたすべての人々にお礼申し上げます 最後まで読んでいただき、ありがとうございました
|