- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
67 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 04:20:00.02 ID:50PIhiUx0 - 「あの……終わりです」
不安そうに言う彼女の声によって、僕は我に返った。 そして惜しみない拍手を送った。 「凄い!凄いよ!まるで本物の歌手みたいだ!」 「そう言って頂けると……嬉しいです」 彼女ははにかんでそう言った。 「本当にそう思うよ!人前で歌ったことは?」 「まだ無いです……恥ずかしくて」 「もったいない!」 僕は興奮して言った。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
68 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 04:22:11.40 ID:50PIhiUx0 - 「学園祭とかで演奏するべきだよ。そうすれば、みんなの見る目も変わるよ」
「そうですかね……」 「そうだよ!他に何の曲ができるの?」 「他には……」 と言って彼女は、数曲、昔のフォークソングを披露してくれた。 どれも原曲に劣らない出来栄えで、僕は曲が終わる度に拍手をした。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
69 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 04:24:23.37 ID:50PIhiUx0 - 「あっ、もうこんな時間……」
ふと外を見ると、すっかり陽は落ちている。 思いの外長居してしまったようだ。 「そろそろ民宿に戻るよ」 「そうですか……」 彼女は少し寂しそうだった。 「親御さんにこんな形で会うのも気まずいからね。そろそろ帰ってくるんじゃない?」 「お母さんはいつも帰りが遅くて、お父さんは帰ってくるかどうかもわからないから……」 と彼女は伏し目がちに言った。 どうも聞いてはいけない事を聞いてしまったようだ。 「そ、そうなんだ」 僕はうろたえた。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
71 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 04:26:54.60 ID:50PIhiUx0 - 「また明日、会えますよね?」
「えっ?」 僕は彼女を見た。 彼女も僕を見ている。 「また明日も、山の中のベンチで、待ってますから」 「う、うん……」 「約束ですよ!」 と、彼女は言った。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
73 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 04:29:15.41 ID:50PIhiUx0 - 民宿に戻り、また部屋で1人ビールを飲む。
ここに来て、すっかりひとり酒がくせになってしまった。 ビールを傾けながら、今日の事を思い出す。 学校が楽しくないと寂しそうに言った彼女の事。 両親の帰りが遅いと伏し目がちに言った彼女の事。 音楽が好きなんですと言った彼女の事。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
74 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 04:31:15.89 ID:50PIhiUx0 - 何か力になれないものか、と思う。
今現在彼女が楽しくないのは、彼女に原因があるわけでもなければ、 周りに原因があるわけでもない。 全てはタイミングなのだ。 それさえつかめば、後はなるようになる。 その後押しをできればいいのだが……。 と、そこまで考えたところで、再び暗雲のようなものがムクムクと脳裏に広がる。 何がタイミングだ、お前がそんな偉そうに言える立場か! 人のことよりまずは自分のことを考えるんだな! そういう声が頭の中で響く。 それは鳴り止まず、しまいには頭痛まで引き起こす。 それが声のせいなのか、回ってきたアルコールのせいなのかはわからないけれど。 ガンガンと痛む頭で、僕は布団に入った。 眠ろうとしたけれど、なかなか寝付けなかった。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
75 :名も無き被検体774号+[sage]:2013/03/29(金) 04:33:14.88 ID:50PIhiUx0 - ちょっと休憩。
>>70 5年くらい前の話だね。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
77 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 04:39:27.62 ID:50PIhiUx0 - 再開するよ
次の日目を覚ました時には、もう時計の針は12時を回っていた。 寝過ぎてしまった。昨日の深酒が効いたようだ。 のそのそと起きてもはや顔なじみとなりつつあるスーパーに行き、お惣菜を買って部屋で食べる。 タラの芽の天ぷらを食べながら、昨日の事を思い出す。 やっぱり、彼女の力になってあげたいと考えるのは、傲慢だ。 僕は所詮通りがかりの旅人以外の何者でもなくて、そんな人間ができる事なんで限られている。 僕には僕の人生があるし、彼女には彼女の人生があるはずだ。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
78 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 04:42:17.71 ID:50PIhiUx0 - しかし、と思う。
それにしたって、微力ながら、何か僕にできる事はないだろうか。 学校が楽しくないといった彼女を楽しくさせる方法は何かないか。 そう考えているうちに、いつの間にかお惣菜を食べ終わっていた。 とりあえず彼女に会おう。 僕はそう思い、民宿を出た。 会話をしていくうちに、解決の糸口が見つかるかもしれない。 昨日と同様に、自転車に乗って神社のある山に向かう。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
79 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 04:44:32.09 ID:50PIhiUx0 - あれっ」
僕は思わず声を上げた。 まだお昼も過ぎたばかりだというのに、いつものベンチに彼女が座っていた。 彼女も僕の存在に気がついたようで、 「こんにちは」 と言った。 「今日はやけに早いね。学校は?」 「今日は短縮授業なんです」 「ああそう」 「それに……」 「それに?」 「ここにいれば、智和さんに会えると思ったから」 そういって彼女は笑顔を浮かべる。 僕はこういう時どういう顔をしたらいいのかわからなくて、立ち止まる。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
81 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 04:46:43.54 ID:50PIhiUx0 - 「行きましょう」
「えっ、どこへ?」 「お昼ごはん。まだ食べてないんです」 「ああそう。俺は軽く食べてきたんだけど」 「だったら、付き合ってください」 そういうと彼女は立ち上がり、僕の方に歩いてくる。 「いいですよね?」 「う、うん……」 そういうわけで僕たちは山を降り、近くの喫茶店に入ることになった。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
83 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 04:49:24.56 ID:50PIhiUx0 - 「昨日あれからずっと、ギターの練習をしてました」
ピザトーストセットを食べながら彼女が言う。 「夜までやってたので、お母さんに怒られちゃいました」 そういって彼女は少し笑う。 「ギターはうまくなった?」 「まだまだです。もっと練習しないと」 「そうか」 僕は注文したコーヒーを啜る。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
84 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 04:51:46.78 ID:50PIhiUx0 - 「昨日智和さんに言われた事をずっと考えていたんですけど」
「うん?」 「学校の学園祭で出し物があるんです。そこで私、弾き語りをやってみようかと思って……」 「おお!いいじゃない!でもなんで?」 「やっぱり、自分で楽しいことをみつけなきゃなって」 「うん」 「今までずっと自分で何かをするって事がなかったんです。 周りに合わせてばかりで、でもうまく合わせられなくて」 「うん」 「だからずっと辛かったんです。でも、自分で何か始める事で、 何か変わればいいなって思って」 「それは、良い事だよ」 僕は言う。 「自主的に何かを始めるというのは素晴らしいことだ。 きっとそれで、いい風になるよ」 「そうですか」 「そうだよ。俺は君のことを応援するよ」 「ありがとうございます」 彼女はぺこりとおじぎをする。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
85 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 04:54:21.22 ID:50PIhiUx0 - そうか、僕は自分で気づかないうちに、彼女の役に立っていたのか。
彼女の力になってあげたい、というのは、僕の思いあがりだったようだ。 だってこうして彼女は、自力で立ち上がろうとしているじゃないか。 彼女は立ち上がり、そして歩く。自分の足で。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
86 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 04:56:26.64 ID:50PIhiUx0 - 「さて、今日はこの後どこに行こうかな」
喫茶店を出た僕は言った。 「あ、それだったら、いいところ知ってますよ」 「どこ?」 「大した場所ではないですけど……私のお気に入りのところです」 「おっ、じゃあ連れて行ってほしいな」 「でも本当に大したところじゃないですよ」 「大丈夫大丈夫。君を信じているよ」 「そう言われるとプレッシャーがかかりますね」 「期待してるよ、現地人」
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
89 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 04:59:08.82 ID:50PIhiUx0 - 僕たちは自転車を2人乗りして、彼女の教える道を辿った。
坂を登り、徐々に建物が少なくなり、逆に畑が増えていく。 「ここです」 彼女が指さしたのは、小山の入り口。そこには石の階段がある。 「ここを登ったところです」 「また登るのか……」 そう言った僕を無視して、彼女は1人階段へ向かう。 「ほらほら、早く!」 「はいはい」 僕もそれに続く。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
92 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:01:18.45 ID:50PIhiUx0 - 山道を10分ほど登る。体力のない僕はもうへとへとだ。
一方彼女は歩き慣れているらしく、すいすいと道を進んでいる。 「ねえ、まだ?」 「もう少しです、もう少し」 立ち止まった僕にそう言って、彼女はまた先へとすすむ。 やれやれ、と思いながら、僕も再び歩き始める。 「着きましたよ」 「おーっ、ここは……」
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
93 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:03:25.93 ID:50PIhiUx0 - たどり着いた先は、ちょっとした広場になっていた。
そしてそこから、遠野の町並みが一望できる。 「これはいい眺めだね」 「でしょ?お気に入りの場所なんです」 「こりゃ気に入るよ」 「ほら、あそこが駅で、あそこが学校で、あそこが私達が会った山です」 そう言って彼女はあちこちを指さす。 僕はその指し示す方向を見つめる。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
94 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:05:32.04 ID:50PIhiUx0 - 「……嫌なことがあると、ここに来るんです」
「そうなんだ」 彼女は芝生に座り込み、言う。 「あそこに駅が見えるでしょ?そこに時々電車が来るんです」 「まあ駅だからね」 「それを見ながら、私も電車に乗って、遠くに行きたいなって想像するんです」 「そうなんだ」 「ずっと遠野の町で暮らしてきたから、よその町に行ったことがあまりないんです。 だからここで、電車を見て、遠くの町に行ったつもりになるんです」 「そうか……」
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
95 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:07:39.90 ID:50PIhiUx0 - 「ほら、空もあんなに青い」
そう言って彼女はごろりと寝転がる。 僕も彼女の隣りに寝転がる。 「本当だ。今日はいい天気だね」 暑くもなく寒くもなく、ちょうどいい気候だ。 こうして空の下、2人で寝そべっていると、もう何もかもがどうでもいいような気持ちになる。 きっと全てが良くなる。僕はそう思った。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
96 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:10:00.81 ID:50PIhiUx0 - 「ずっとこうしていられたらいいのに……」
「えっ?」 「なんでもないです」 そう言って彼女は笑う。 まるでこの瞬間だけ、時間が止まったかのようだ。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
97 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:12:25.38 ID:50PIhiUx0 - 長い間ずっとそうしていた。
太陽が西へ沈み、気づけばもう夕焼けの時刻。 「そろそろ帰る?」 「そうですね。……またうちで、ご飯食べていきます?」 「それじゃあお言葉に甘えて」 「はい!」
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
98 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:15:03.80 ID:50PIhiUx0 - 彼女の家でご飯を頂いた後、例によってスーパーで酒を買い、民宿に戻る。
缶ビールの口を開け、一気に胃に流し込む。だんだん酒にも慣れてきたようだ。 しかし今日はいい1日だった。 彼女も楽しみを一つみつけたようだし、僕も漠然とだけど、今後の活路が見えてきた。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
99 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:17:04.41 ID:50PIhiUx0 - 「家に帰るか……」
今まで僕は逃げ続けてきた。しかし逃げる事では何も解決しないと、ようやく気付いたのだ。 家に帰り、親とも話し合い、今後どうするかを決めよう。 とにかく何もしないでぶらぶらしているのは良くない。 バイトでもいいから、労働をするべきだ。 それが僕の人生を良くしていくに違いない。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
100 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:19:23.40 ID:50PIhiUx0 - まだ遠野に来て3日しか経っていないが、僕の心は決まった。
明日、彼女に会って、もう一度遠野を回り、それを最後に僕は家に帰ろう。 そう思うと、急にこの町を去ることが名残惜しくなった。 立ち上がり、窓の外を見る。真っ暗で何も見えない。 空を見ると、さっきまでの晴れた空がウソのように、重たい雲で覆われている。 「明日は雨かな……」 僕はつぶやき、布団に入った。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
101 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:21:55.10 ID:50PIhiUx0 - 遠野に来て4日目。今日がこの町にいる最後の日。
長いようで短い、短いようで長い4日間だった。 外は生憎の雨。どうも降り止む気配はない。 最後の日だというのにまいったな。 せっかく彼女と町を回ろうと思ったのに。 雨の中町を回っても仕方がない。 止みそうにないが、雨が弱まるまで少し部屋で待っていよう。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
102 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:24:38.87 ID:50PIhiUx0 - しかし雨は一向に止まない。それどころか雨脚が更に強くなっている。
窓ガラスを叩きつける雨を見ているうちに、僕はなんだか嫌な予感がした。 確証はない。しかし漠然とした不安がムクムクと胸のうちに広がる。 ……彼女はどうしているだろうか? 僕は民宿を出、いつも彼女と会う山へと向かった。 彼女はそこにいた。いつもの変わらず、ベンチの前に立ち尽くしていた。 雨の中、傘もささずだ。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
103 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:26:57.81 ID:50PIhiUx0 - 「ど、どうしたの!」
僕は慌てて駆け寄る。 長時間この場所にいたらしく、全身はずぶ濡れだ。 僕の問いかけにも反応はなく、力なく頷くばかり。 「一体どうしたの!こんなに濡れちゃって……風邪ひくよ」 そういって僕は傘を差し出す。やはり反応はない。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
106 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:29:14.89 ID:50PIhiUx0 - 「……何かあったの?」
そこで彼女は初めて僕の方を向き、口を開いた。 「お父さんと……お母さん……」 「えっ?」 「離婚するんだって……昨日決まったんだって……」 そういうと彼女の目に、大粒の涙が浮かび上がる。 「お父さん、家を出て行くんだって……もう一緒にいられないんだって……」 とうとう彼女は声を上げて泣きだした。 僕はうろたえてしまって、どうしていいかわからない。 「……とにかく、一度家に行こう?」 「……うん……」
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
108 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:31:19.95 ID:50PIhiUx0 - 僕たちは彼女の家に行く事にした。
彼女は憔悴しきっているようで、足元がおぼつかない。 それを僕が支えるようにして歩く。 家に着き、このままじゃ風邪をひくからという事で、彼女はお風呂に入った。 お風呂から上がり、寝間着姿になった彼女が、ぽつりぽつりと事の顛末を話してくれた。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
109 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:33:35.42 ID:50PIhiUx0 - この家は彼女とお父さんとお母さんと3人で住んでいる。
昔は仲睦まじい家族で、休日にはピクニックに行ったりもした。 それがいつの間にか、少しずつ、夫婦仲の関係が悪くなっていった。 原因はわからない。しかしとにかく、日に日に家族の会話が減っていったという。 彼女が中学生になった頃から、だんだんお父さんは家に帰らなくなった。 お母さんは些細な事でイライラするようになり、時には彼女に当たったりもした。 どうやらその時、お父さんは家の外に別の女の人がいるようだった。 それが発覚したのが2年前。その頃からお父さんとお母さんの間では口論が絶えないようになった。 そして昨日、ついに離婚する事が決まったという。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
110 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:36:01.28 ID:50PIhiUx0 - 「昔はあんなに仲が良かったのに……みんなで遊びに行ったりもしたのに……」
僕は黙って話を聞く。 「私は何も望んでいないのに……ただ3人で仲良く暮らしたかっただけなのに……」 「……」 「学校にも居場所がないし、この家にももう居られない……私はどうすればいいの?」 「……」 「智和さん言ったよね?あと少し我慢すれば自由になれるって。 でも私は、いつまで我慢すればいいの?いつになったら自由になれるの?」 僕は黙ってしまう。 「一体それまでにいくつの事を我慢すればいいの? 我慢すれば本当に自由になるの?全てが良くなるの?私にはわからない……」 「……」
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
111 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:38:17.90 ID:50PIhiUx0 - 「もう……私……死にた……」
「佐知子!」 僕は彼女の名前を呼び、抱きしめた。 彼女は一瞬驚いたようだが、僕の胸に顔を埋めた。 「それは言っちゃダメだ!それだけは言っちゃダメだよ……それだけは……」 彼女は再び泣きだした。 窓の外では雨が止まない。 いつだってこうだ。 どうして僕たちは幸せになれないんだろう。 どうして僕たちは苦しんでばかりいるんだろう。 どうして僕たちは、子供なんだろう。 理不尽な不幸に対する怒りが胸の奥に宿る。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
113 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:41:05.05 ID:50PIhiUx0 - 「……どこか行きたい所はある?」
「え?」 「行きたい所に行こうよ。もうたくさんだ。こんな町を捨てて、どこか遠くへ行こうよ」 「遠く……」 「そう、遠く。僕らも、僕らの事も知らない町へ」 「遠く……」 彼女は少し黙りこみ、そして言った。 「海、が見たい」 「海?」 「そう、海。日本海が見たい」 せめて最後に、と、彼女は言った。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
114 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:43:22.74 ID:50PIhiUx0 - 次の日、僕たちは始発の電車に乗って西へ向かった。
日本海を見に行くために。 電車が動き出す。 窓の外は雨こそ降っていないものの、相変わらず曇り空だ。 僕たちはボックスシートにお互い向い合って座った。 彼女の目は腫れている。多分昨日も泣きながら眠ったのだろう。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
115 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:45:30.83 ID:50PIhiUx0 - 「電車に乗るの、久しぶりです」
「そうなの?」 「1人でどこか行くのは怖いし……家族でも旅行なんてずいぶん前にしなくなっちゃったから」 そういって彼女はぽつりぽつりと昔の思い出を話し始める。 家族と旅行に行った事。 お母さんの作ったお弁当が美味しかった事。 お父さんの昔話が面白かった事。 お母さんがお父さんとの出会いの話をして、お父さんが照れた事。 それを見て、お母さんが笑っていた事。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
116 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:48:07.80 ID:50PIhiUx0 - 「……もうずいぶん前の話ですけどね」
そういって彼女は寂しそうに笑った。 「仲のいい家族だったんだね」 「昔は……ですけど。智和さんの家は?」 「うち?うちは……片親だったからね。親父だけ」 「あ……ごめんなさい」 「いいんだよ、気にすることはない」 僕は言った。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
117 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:50:10.88 ID:50PIhiUx0 - 「だから小学校の授業参観とか寂しかったよ。うちだけ誰も見に来ないからね。
友達は、お母さんの手前張り切ってるんだけど、俺はそういう事もなかった」 「……」 「その時は思ったよ。なんで俺だけこんななのかなって。なんでうちだけお母さんがいないのかなって」 「……」 「まあでもだんだん、仕方ないなって思えてきたよ。仕方ない、これは仕方ない事なんだ、って」 「そうですか……」 そういって彼女は黙った。 車内には電車の揺れる音だけが響いている。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
118 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:52:14.52 ID:50PIhiUx0 - 「ここで降りましょう」
鈍行列車を乗り継いで半日、もう辺りは暗くなっている。 とある無人駅に電車が到着した時、彼女が言った。 「え、でも……」 「大丈夫です」 と言って、彼女は先に電車を降りてしまった。 僕も慌ててそれに続く。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
119 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:54:21.48 ID:50PIhiUx0 - そこは小さな無人駅で、ホームと駅舎以外、辺りには何もない。
ホームのすぐ先には、真っ暗な夜の海が横たわっている。 「この駅、ホームと海の間が10mくらいしかないんですよ。それで鉄道ファンの方がよく来るそうです」 「そうなんだ……でもこう暗くちゃ何も見えないね」 「朝になれば。日本海が見えますよ」 「そうか」 僕達は駅舎の中に入り、長ベンチに座った。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
120 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:56:25.50 ID:50PIhiUx0 - 「もう電車ないですよ」
「今日はここで泊まろうか」 「はい」 人1人座れるベンチが3つほどある。 僕達は1人1つのベンチに横たわり、目を伏せる。 「智和さん」 「ん?」 「そっちに行っていいですか?」 「……いいよ」 彼女は僕のベンチに無理矢理身体を滑り込ませ、横になった。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
122 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 05:58:56.73 ID:50PIhiUx0 - 「2人で1つのベンチは窮屈だよ」
「でもこうすれば」 と言って、彼女は僕に抱きついた。 「ね?」 「……何が、ね、なんだ」 と口では言ったが、内心では心臓が破裂しそうだった。 こんな至近距離で女の子を見る事が今までなかったからだ。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
123 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 06:01:27.26 ID:50PIhiUx0 - 「智和さん……」
「な、なに?」 動揺を悟られないように、努めて冷静に話す。 「どうして私たちは子供なんでしょうか」 「子供?」 「大人だったら、家を出る事も、どこかへ行く事もできるじゃないですか。 でも私たちはまだ子供です。どこかに行く力もなく、今の場所に留まり続けるしかないんです」 「……」 「その留まるべき場所でうまくやっていけなかったら、一体どうすればいいんでしょうか? 一体私たちは、いつまで我慢しなければならないんでしょうか」 僕は黙った。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
124 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 06:03:47.53 ID:50PIhiUx0 - 世の中は不条理に満ち溢れている。
あって欲しい事が起こらず、あって欲しくない事ばかりが起きる。 大人は仕方ないと割り切れるかもしれない。 しかし、僕達子供の立場はどうしたらいいんだ。 僕達は子供である以上、大人になるまで延々に我慢し続けなければならないのか。 そんなの、もうたくさんだ。 このまま彼女と、死んでしまうのも、いいかもな。 その時僕は、そう思った。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
126 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 06:06:13.17 ID:50PIhiUx0 - 気づくと眠ってしまっていたようで、目が覚めると外は明るかった。
ふと隣りを見ると彼女がいない。 慌てて立ち上がると、駅舎の外から歌声が聞こえる。 チィチィよ ハァハァよ あなたのいい子で いられなかったぼくを 許して下さい ぼくはひとりで 生きてゆきます ホームに出ると、彼女は1人、海を眺めながら歌っていた。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
127 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 06:08:41.22 ID:50PIhiUx0 - 海が死んでも
いいョって鳴いてます すさんでゆくぼくの ほほが冷たい 誰かぼくに話しかけて下さい 僕の足音に気付いたらしく、彼女は歌うのをやめて後ろを振り向いた。 「何の曲?」 「私の好きな歌です……目が覚めたんですね」 「すっかり寝ちゃったよ。雨、やんだみたいだね」 「そうですね。まだ曇ってますけど」 「それでも、雨よりマシさ」 僕は彼女の隣りへ歩いた。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
128 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 06:10:53.45 ID:50PIhiUx0 - 「昨日考えたんだけどね」
「……はい」 「……やっぱり、俺達は死んじゃダメだよ」 「え……」 「僕達はまだ子供だ。それは絶望的に、どうしようもない事実だ」 「……」 「生きてればいい事がある、なんてくだらない事は言わない。でも僕達はまだ、子供なんだよ。 たったの10数年しか生きていない。そんな短い時間で生きるか死ぬかを決めるなんて、そんなの悔しいじゃないか」 「……」
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
129 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 06:13:02.20 ID:50PIhiUx0 - 「俺は世界を恨む。恨み続ける。そうした上で生きていく。
そして、そんなクソみたいな日々を過ごして、それでも中に、生きててよかったと思える1日があるはずだ。 それは1日、たった1日でいい。その1日があるだけで、俺も、君も、救われると思うんだ。 そしてそれが、大人への、世界への復讐だと思うんだ」 「……」 「だから俺達は生きよう。1人で。復讐するために。 日々の中で磨り減った大人達の前で、俺はこんないい事があったんだぞと宣言するために」 「……はい」 彼女は泣いているようだった。 僕は彼女の顔を見ないで続ける。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
130 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 06:15:19.66 ID:50PIhiUx0 - 「だから君は歌を歌うんだ。1人で、世界への恨みを、この世の悲しみを、生きる事の不条理さを。
そして、君自身の美しい人生を。それをやるまでは、死んじゃいけないんだ」 「……はい」 海は荒れ、曇り空の隙間から陽の光が差し込む。 それはとてもこの世のものとは思えない、美しい光景だった。
|
- 遠野で会った女子高生と心中しかけた話
131 :名も無き被検体774号+[]:2013/03/29(金) 06:17:51.45 ID:50PIhiUx0 - そして僕らはまた1日かけて遠野に戻った。
駅前で彼女は「さようなら」と言って別れた。 僕は民宿に戻り、荷物をまとめた。 翌日僕は遠野を後にした。彼女にさよならも告げず。 また会えば、別れるのが惜しくなってしまうから。 そうして僕は、東京へと帰った。
|