トップページ > ニュー速VIP > 2011年11月16日 > QbZMQD9WO

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以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
唯紬「おもいでぽろぽろ」

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唯紬「おもいでぽろぽろ」
177 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 13:11:32.71 ID:QbZMQD9WO

 確かに、それは気になるところだ。

 みんなや唯ちゃんの都合もそうだけれど、あまり時間をかけるのは良くないと思う。

 こうして暮らしているうちにも、「記憶を失った平沢唯の記憶」はどんどん作られている。

 そしてだんだん不自由がなくなって、唯ちゃんが過去の記憶に興味をもたなくなったら、

 きっともう記憶は戻らない。ような気がする。

紬「……わたし」

唯「ん? 紬ちゃん、どうしたの?」

紬「わたし、休学するわ」

 そうするのが、私にとって一番いいことだ。

憂「紬さん……」

 後悔をしたくない。

 それだけの理由でいうなら、私は今すぐ、そうしなければならなかった。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
182 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 13:15:10.16 ID:QbZMQD9WO

唯「つ、紬ちゃん? そんなことしなくて大丈夫だよ、私ぜんぜん待つから」

紬「ううん、急がないとだめ。それに、これは唯ちゃんのためっていうより私のためだから」

紬「唯ちゃんは気にしなくていいの」

 頬を包んで、親指で撫でる。

唯「よくわかんないよ……」

紬「大丈夫」

 私はみんなを見回す。

律「え、あ、ムギ。なにもそこまでしなくてもいいんじゃないか。夏休みまで待てば、時間はたっぷりあるし」

紬「それで間に合わなかったら、一生後悔するもん」

梓「ムギ先輩? 間に合うとか間に合わないとか、何の話ですか?」

紬「遅くなったら、唯ちゃんの記憶が戻らないかもしれないって思うの」

 私は、さっき考えたことをみんなに伝えた。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
185 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 13:18:13.22 ID:QbZMQD9WO

澪「唯の自分の記憶に対する興味か……」

和「唯は移り気だし、戻らないかもって思ったらすぐ諦めそうな気はするわね」

唯「そ、そんなことないよ……」

 唯ちゃんはまだ私に遠慮を続けた。

唯「紬ちゃん、私は私なんだよね? なのに記憶、そんなに焦って取り戻さないといけないの?」

紬「ごめんね。急がないと、唯ちゃんが本当に今までのこと忘れちゃいそうで、不安なの」

憂「……お姉ちゃん、甘えたほうがいいよ」

 最初に賛同したのは憂ちゃんだった。

憂「紬さんはもう決めちゃったんだよ。お姉ちゃんがだめって言ってもきかないんだもん」

憂「お姉ちゃんはもうきっと、紬さんに協力してあげる側にさえ立たされちゃってると思うんだ」

 私は唯ちゃんに見せるように頷いた。

 今の私は、唯ちゃんのためというよりは、私の気持ちを本位に動いている。

 それは、唯ちゃんがガイドとして和ちゃんを選ばなかった理由によく似ているように思った。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
192 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 13:21:06.28 ID:QbZMQD9WO

和「私も、ムギにちゃんとした覚悟があるなら、唯が止めても無駄だと思うわ」

梓「……はい」

 和ちゃんと梓ちゃんが続く。

 多数決で決めるとすれば、私の休学はもう決定だ。

澪「……」

紬「唯ちゃん。いいって言って?」

 私はひざまずいて唯ちゃんの手をとる。

 唯ちゃんはためらいがちに視線を返した。

唯「……もし、私の記憶が戻らなくても、嫌いにならない?」

紬「なるわけない。みんな同じよ」

紬「唯ちゃんが大好き」

 唯ちゃんはソファから滑り降りて、私と同じ目線の高さになった。

唯「じゃあ信じる。紬ちゃんに、迷惑かけちゃう」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
198 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 13:24:10.74 ID:QbZMQD9WO

紬「……ありがとう」

 私は唯ちゃんをぎゅっと抱きしめた。

澪「唯が悪いんじゃないからな。プレッシャー感じないで、楽しんでいいぞ」

唯「澪ちゃん。うん、わかった」

 その後、私はいったん一人で1階に降り、メイドに電話をかけた。

菫『お待たせいたしました、斎藤菫です』

紬「こんにちは、菫。わたし大学を半期休学することにしたから、お父様にそう伝えてくれる?」

菫『はい、わか……えっちょっと!?』

紬「よろしくね?」

菫『えっと……その、がんばりますが……』

紬「ありがとう」

菫『おじょ』

 これでよし。

 明日から、唯ちゃんの思い出の場所を巡る日々が始まる。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
201 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 13:27:04.80 ID:QbZMQD9WO

紬「ただいま、みんな」

律「おう、何の用事だったんだ?」

紬「ないしょ。それより、これからの相談をもうちょっとしましょ?」

 全ての場所をまわるのは当然としても、優先的にまわるべき場所、

 つまり思い出深いだろう場所をみんなに教えてもらわないと。

律「そうそう、思ってたんだけど、拠点はどっちにするんだ?」

澪「拠点?」

律「私たちの寮と唯の家って結構離れてるだろ。ムギが毎日迎えに行くとなると、交通費がけっこう……」

紬「別にかまわないわよ?」

梓「そういうわけにもいきませんって。ムギ先輩は背負いこみすぎです」

和「とにかく、唯がこの家に住むのか、寮に住むのか話し合おうということね」

律「そういうこと。さすがにムギがこっちに居候するわけにもいかないだろ?」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
203 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 13:30:09.95 ID:QbZMQD9WO

唯「私はいいけど……」

憂「だめだよ。お迎えするお部屋がないし」

 もうちょっとで唯ちゃんと同棲できそうだったけど、さすがに止められた。

梓「行く場所にもよりますよ。寮のほうが近いなら、当然寮から向かったほうがいいですし」

律「じゃあ基本は唯の家で、寮から近いところに行くなら、前日泊まってもらうか」

和「そうすると、まわっていく場所を家から近い場所、寮から近い場所に分けておくべきね」

澪「うん、ちゃんと分ければ唯の移動は1回で済むな」

唯「これはもはや引っ越しですな」

憂「……またお引っ越しかあ」

梓「今回はしょうがないね」

 梓ちゃんが憂ちゃんを撫でている珍しい光景が見れた。

和「それじゃあ、その分類にあたってこのリストのマップ化が必要ね」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
205 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 13:33:01.12 ID:QbZMQD9WO

律「そうだな……京都やロンドンはともかく、他は位置関係がよくわからない」

梓「え、律先輩メルボルンわからないんですか」

律「南米だろ?」

澪「とりあえず、地図を作るならパソコンが必要だな。唯の家にはなかったんだよな」

憂「はい、うちには……」

律「じゃあ、澪ん家の……って、寮に持ってったんだったな」

梓「私の家にありますが……」

紬「大学の情報室で、みんなで分担したほうがいいわ。これだけあったら大変だもの」

唯「私も手伝う!」

澪「唯って休学中だけど、大学のパソコンにログインできるのかな」

律「知らん。……まぁ、唯はじっとしてろ。土日でちゃちゃっとやっちゃうし」

唯「えーん……」

梓「それなら、唯先輩は私の家でやりませんか?」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
208 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 13:36:18.62 ID:QbZMQD9WO

 それからしばらく話し合い、私たちは月曜日までに地図を作ることにした。

 リストは3部コピーして梓ちゃんと憂ちゃんと和ちゃんに渡した。

 その場所のエピソードをメモしてもらうためだけど、梓ちゃんに渡したのは別の理由がある。

 私たち3人が地図を作る間、唯ちゃんは梓ちゃんの家を訪ねることになった。

 そこで梓ちゃんが持っているリストから気になる場所があればチェックして、自分でも調べてみてほしいと伝えたのだ。

 特に意味があるわけではない、厄介払いに近い行為だけれど、唯ちゃんは喜んでいた。

 かわいかった。

 さて、今度はお泊まり会には発展せずに、電車で寮に帰ることになった。

律「おっぷす」

 澪ちゃん、りっちゃん、私と改札を通ろうとすると、りっちゃんの前で改札が閉まった。

律「残高不足か。ムギ、ついてきて」

 そしてなぜか私まで、券売機に連れていかれた。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
210 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 13:39:33.19 ID:QbZMQD9WO

紬「りっちゃん、お金ないの?」

律「いいや。ちょっと澪に隠れて聞きたいことがある」

 りっちゃんはポケットから出したスイカを財布に戻しながら言った。

律「ちょっと、耳貸せ」

紬「う、うん」

 少し膝を曲げて、言われるままにりっちゃんの口元に耳を寄せた。

律「唯って、レズなのか」

 早口に、変に切羽詰まったようにりっちゃんはそう訊いた。

紬「……どうしてそんなこと訊くの?」

律「いいから、どう思う? はやく答えてくれ、澪に怪しまれる」

 私のほうこそ無駄な問いかけをしたなと思う。

 りっちゃんが何を根拠に疑ったかなんて、簡単に想像がつく。

紬「ちがうと思うわ」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
212 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 13:42:37.34 ID:QbZMQD9WO

紬「って……そう言われたら、りっちゃんはどうなっちゃうのかな?」

律「な、なんだよ」

紬「なんで唯ちゃんが、りっちゃんの思ったような人でなきゃいけないの?」

 でも、その理由がわからない。

 りっちゃんは、どうしてそんなことをわざわざ疑いたいんだろう。

律「べ、別にいいだろ、それより真面目に答えろって。大事な話だぞ」

紬「大事な話? どこが?」

 友達の恋愛のことだからとても大事な話なんだけれど、私はとぼけておいた。

律「っ……すまん、もういい。行こう」

紬「……むぅ」

 逃げられてしまった。

 りっちゃんにとっては、唯ちゃんが同性愛者なのかどうかは、すごく大事な話らしい。

 その理由には、なにか限りない可能性があるような気がするのだけど。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
214 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 13:45:15.76 ID:QbZMQD9WO

律「ムギー! はやく来い!」

紬「あっ、ごめんね、今行く!」

 とにかく、今はそれより唯ちゃんの記憶。

 目先の百合にとらわれては、いずれ大きな百合を逃すに違いない。

紬「……」

 いや、きっと、それは百合というよりも。

澪「まったく、500円そこらもないとか恥ずかしいな」

律「やー、ごめんムギ。帰ったらちゃんと返すな」

紬「う、うん。わかった。……」

 帰りの電車内、唯ちゃんがいないだけなのに、私はずっと寂しいような気持ちだった。

 この気持ちはいいのだろうか。

 そして本当なのだろうか。

 私は、許されない恋愛に手を染めていて、まもなく、その熱い海に飛び込もうとしていた。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
217 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 13:48:14.90 ID:QbZMQD9WO

――――

 日曜日の夕方、唯ちゃん思い出の場所を網羅した地図が出来上がった。

 全20枚で、両面印刷して地図帳みたいに作り上げた。

 終わりのほうのページに置いた思い出の地リストは家から近い順に並べられ、

 唯ちゃんの寮への引っ越しを表す実線にはなんだか存在感があった。

律「明日ムギは、それを持って唯んちに行くんだよな」

 私の脚をマッサージしてくれながら、りっちゃんが確認をとる。

紬「うん、それで商店街のお店をまわるつもり。あんまり期待できないけど」

律「可能性があるなら、いくしかない。憂ちゃんが挙げたところもあるしな」

紬「すぐには何もないかも知れないけど、思い出の場所をまわり続けたら、変化があるかもしれないし」

律「そうだな、何日も通して記憶を揺さぶり続けるってのも、今までやってなかったことだ」

紬「……唯ちゃんの記憶、戻るかな?」

律「戻るさ、きっと」

 りっちゃんは私のお尻を揉みながら、フフッと笑った。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
218 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 13:51:16.47 ID:QbZMQD9WO

 翌日は早起きしておしゃれして、朝から唯ちゃんの家を訪ねた。

憂「早いですね、紬さん」

紬「楽しみで楽しみで。私の知らない、唯ちゃんの思い出の場所にも行けるから」

憂「そうそう、これ、各場所のエピソードです」

 受け取ったメモには、商店街の各店舗で唯ちゃんが好きな商品などについて書かれていた。

憂「今回は手書きですけど、今日学校に行ったら、梓ちゃんのほうからパソコンで送ってもらうので」

憂「明日にでも、全部のメモが律さんから受け取れるはずです。だから、お昼に来ても大丈夫ですよ」

 憂ちゃんは気を遣ったんだろうけど、私はそうもいかない。

紬「ううん憂ちゃん。私はこれが学校のかわりみたいなものだから、昼からなんて悠長にしてられないわ」

憂「それも……そうですね」

紬「唯ちゃんはまだ寝てるの?」

憂「はい。あ、起こしてきてくれます?」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
220 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 13:54:08.01 ID:QbZMQD9WO

紬「わかったわ。おはようのキスは必要?」

憂「いえ、前はしてましたが……何言わせるんですか」

紬「今はしなくなっちゃったの?」

憂「は、はやく起こしにいってください!」

紬「はいはーい」

 憂ちゃんを照れさせることに成功して、唯ちゃんの部屋に向かう。

紬「ん、こほん……お姉ちゃーん、朝だよー……」

 すごく似てなかったので普通に起こすことに。

紬「唯ちゃーん、朝よー」

 ドアを開けると、退院の日に入ったときよりずっと強い「生活の匂い」を感じた。

唯「ん……ぁっ! んふ」

 相変わらずの寝言と寝相。

 もしかしたら体力がないんじゃなく、寝ているときにこうだから体力が回復しないだけなのかも。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
222 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 13:57:26.16 ID:QbZMQD9WO

 ベッドのそばに寄り、唯ちゃんの頭を撫でた。

紬「起きてー、唯ちゃん」

唯「すぅ、くか……」

紬「ゆーいーちゃん。ちゅーしちゃうよ?」

 冗談めかして言ってみても、胸の奥がじわっと期待をにじませた。

紬「……」

 でも、遅くなればきっと憂ちゃんが怪しんで様子を見にくる。

 それにもう朝なんだから、いくら唯ちゃんでもキスしたら起きちゃうだろう。

紬「……ほーら、起きて」

唯「んー……」

 諦めて、体を揺さぶって起こすことに徹する。

唯「はふ、うい……紬ちゃん!?」

 薄目が開いた瞬間、一気に目をさました。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
223 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 14:00:06.00 ID:QbZMQD9WO

紬「おどろいた?」

唯「驚くよ……はぁー。と、とりあえずシャワー浴びるから、下降りてて?」

紬「うん、二度寝しないでね?」

唯「できないよ!」

 驚かせすぎたみたい。

 友達とはいっても、自分のベッドで朝起きて頭を撫でられてたら、あれだけびっくりもするよね。

紬「……うん、成功ね」

 とりあえず満足してみた。

 唯ちゃんを起こすことはできたわけだし、まずはミッションコンプリート。

 憂ちゃんにすすめられたソファで待っていると、

 シャワーを浴びた唯ちゃんと憂ちゃんが朝ごはんを食べ始めた。

 私は途中で食べてきたため見ているだけだけど、

 おいしそうにジャムトーストをかじる唯ちゃんを見ているとなんだかお腹がすいてきた。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
224 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 14:03:14.46 ID:QbZMQD9WO

 その後、学校に行く憂ちゃんを見送って、唯ちゃんの着替えを待つ。

 商店街のお店はたいてい10時ぐらいから営業開始と遅くなっていて、急ぐ意味はあまりない。

 だけどじっとしていられなくて、私は着替えのうちに憂ちゃんに渡されたメモに目を通すことにした。

 今日まわる場所は8箇所で、唯ちゃんの体力や門限も考えて夕方にはお家に帰す予定だ。

 商店街だけでなく、少し離れた公園にも行くことになっているから、

 時間的に余裕がありすぎるということもない。

紬「……ん?」

 メモをよく見ると、子供のころからよく買い物に利用しているというスーパーに、奇妙な記述があった。

紬「初恋の相手、鮮魚のサトコさん……?」

 よく分からない。

 よく分からないけど、このスーパーに寄るのはやめにした。

唯「紬ちゃん、お待たせ」

紬「あ、唯ちゃん……まだ出発には早いわよ?」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
225 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 14:07:21.58 ID:QbZMQD9WO

 着替えて降りてきた唯ちゃん。

 服装は普段通り、おしゃれでかわいい感じだ。

唯「え、そうなの?」

紬「商店街のお店がだいたい開くのは10時くらいからだから、今いってもまだ閉まってるよ」

唯「なーんだ。紬ちゃんが早くから来てたから、急がないといけないのかと思った」

紬「唯ちゃんに会いたかったから早く来ただけよ」

唯「その台詞、きざだね」

 笑いながら唯ちゃんは私のそばに腰かけた。

唯「私の昔のことについて、聞きたいことがあるんだけどさ」

紬「うん、何でもきいて?」

唯「私って、あずにゃんと付き合ってた可能性があると思わない?」

紬「……それは無いと思うわよ」

唯「だって、二人デートに行った回数はあずにゃんとが一番多かったみたいだし……」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
226 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 14:11:10.53 ID:QbZMQD9WO

紬「気になるなら、梓ちゃんに聞いたらちゃんとわかるかもしれないよ?」

 唯ちゃんは驚いて目を丸くした。

唯「だめだよ! 記憶を失う前の話っていっても、私は私なんだから!」

唯「……もしそうだったら、なんか責任とらなきゃいけない気がする」

紬「えっと」

 私はちょっと勇気を出した。

紬「梓ちゃんは、唯ちゃんの恋愛対象に入ってないの?」

唯「それは……すごく微妙」

 唯ちゃんはため息をつく。

唯「遊びにいっていろいろ話を聞かせてもらったんだ。記憶喪失の前のこと」

唯「私からも遊びに誘って、あずにゃんからも遊びに誘ってたらしいよ。気兼ねなく」

唯「今、私がそういう風にしても、あずにゃんは心を開いてくれそうにないし、なんか私も萎えちゃう」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
227 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 14:15:06.12 ID:QbZMQD9WO

紬「そうなの……」

 以前の唯ちゃんはそんな梓ちゃん相手でも、強引に心を開いたものだけれど。

 あるいは梓ちゃんが、唯ちゃんでも開けられないほど強く心を閉ざしてしまったか。

紬「梓ちゃんとは確かにデートの頻度が多かったみたいだけど、やっぱり絶対につきあってないわ」

唯「どうして?」

紬「梓ちゃんは、そんなに大事な人から逃げるような子じゃないもの」

唯「……私、やっぱあずにゃんに避けられてるのかぁ」

紬「避けてるっていうのとはまた別だと思うよ? ただ、この状況で付き合ってたことを隠してるのはおかしいわ」

唯「でもさ、正直わたしからアプローチかけてたのは確かだよね」

紬「……あれがアプローチだとするなら、唯ちゃんはほとんどの人にアプローチかけてたよ」

唯「あの、私ってもしかして、最低な……」

紬「誰とも付き合ってなかったんだから、ぜんぜんセーフよ!」

唯「そう言ってもらえると助かるけど……」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
229 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 14:19:03.04 ID:QbZMQD9WO

 またため息をもらした。

唯「話をきく限り、色んな子に勘違いさせてそうで……」

 私は、りっちゃんが唯ちゃんとラブホテルに行った話を思い出した。

 そのあとりっちゃんは、真剣な目で、唯ちゃんがビアンなのか尋ねてきた。

 唯ちゃんの行動で勘違いしたとするなら、もっと前にその質問をされているはずだ。

紬「大丈夫よ。そんなにビアンの子で溢れかえってるわけないもの」

唯「うーん……それなら安心かなあ」

 というか、友達が友達に恋愛感情を向け始めたときの違和感はとてつもないものがある。

 特に注視している私が、そういう気持ちの変化に気付かないわけはない。

紬「仮に勘違いさせてても、唯ちゃんが責任とる必要なんてないよ。覚えてないんだし」

紬「思い出してから言い寄られるようなことがあったら、ちゃんと謝ればいいんだから」

唯「え、言い寄られたらおっけーしちゃうかも」

紬「……そこはまあ、一人に絞るなら」

 私にも可能性があるってことでいいの、唯ちゃん。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
230 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 14:24:11.10 ID:QbZMQD9WO

 10時近くになったので、私は唯ちゃんを車椅子に押し倒して出発した。

 唯ちゃんが退院してからけっこう経って、体力なんかも元通りだと本人は言うけれど、

 私からすれば唯ちゃんはまだまだヘナヘナで危なっかしい。

 簡単に押し倒せちゃうくらいだし。

唯「日がでてきてるねー」

紬「暑くなるかもね」

 そっと段差をくだって、唯ちゃんに借りた鍵で戸締まりをする。

唯「今年の夏の帽子、買ってないや。まず服屋さんいこうよ」

紬「いいね! これからたくさん出かけるし」

唯「あとは、鍵屋さん」

紬「えっ、鍵屋さん?」

唯「紬ちゃん、うちの合い鍵があったほうがいいでしょ。だから作っちゃおう」

紬「う、嬉しいけど、鍵屋さんあったかな……」

 初デートで合い鍵をもらえるとは思わなかったので、裏のテンションがやたら上がってしまった。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
233 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 14:29:28.28 ID:QbZMQD9WO

唯「でね、憂がね……」

紬「へぇ、こっちはりっちゃんが……」

 きりきりと車輪が回る音にかぶせて、唯ちゃんはずっと喋っていた。

 聞き覚えのある話し声がまったくしない、ある種ふたりきりな空の下。

 私、唯ちゃんとデートしてるんだ。

 唯ちゃんが乗った車椅子を私が押して、これはもう手を繋いでるのと同じことだよね。

 こんなに幸せだと、みんなに悪い気までしてくる。

唯「紬ちゃん紬ちゃん、服屋さんだよ」

 商店街につくと、一番端にあった服屋さんを唯ちゃんは指差した。

紬「あれは去年できたお店だから、今日は寄らないの」

唯「私たちで一度も行ったことないの?」

紬「うん、一度も。行ってみたいとは言ってたんだけどね」

唯「そっか。でも他の服屋さんに寄るんだよね?」

紬「そうよ。唯ちゃんのTシャツとかが売ってるところ」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
234 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 14:33:07.83 ID:QbZMQD9WO

 商店街の中程まで歩いて、目的のお店「ONODA」に到着する。

唯「ここ?」

 私が車椅子を止めると、唯ちゃんが見上げてきた。

紬「うん、子供のときは、ほとんどがここの服だったんだって」

唯「ふうん……とりあえず入ってみようか」

 車椅子をたたんで脇に持ち、唯ちゃんに続いて小さな店内に入った。

  「いらっしゃーい。アラ、唯ちゃーん!」

 所狭しと並べられた服の奥から、青のアイラインが鮮烈なおじさんが駆け出して、

 大袈裟に唯ちゃんに抱きついた。

唯「……」

紬「……唯ちゃん、伏せて」

 私は車椅子を振り上げ、おばさんなのかおじさんなのかわからない人に斬りかかった。

  「あら、お友達? え、もしかしてカノ……じょっ!?」

 皮一枚で避けられた。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
236 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 14:37:29.15 ID:QbZMQD9WO

 ひとまず唯ちゃんから引き離すことには成功した。

 でも私はこの人を殺さなきゃならない。

 唯ちゃんを汚して、唯ちゃんの心を傷つけたこいつを。

唯「紬ちゃん、ストップ」

紬「……えっ」

唯「この人、悪い人じゃない」

紬「……うん」

 とりあえず車椅子が歪んでしまうのもなんだし、一度おろしておくことにした。

  「ゆ、唯ちゃん? なんだか訳がわからないわよ?」

唯「ごめんなさい。でも、紬ちゃんを怒らないでください。ほんとはすごくいい人ですから」

  「そりゃあ、唯ちゃんの彼女さんなんだからいい人でしょうけどぉ……って、なんか他人行儀ね唯ちゃん」

唯「……はい」

紬「えっと、先ほどはすみません。実は……」

 私は唯ちゃんの記憶喪失について、おじさんに説明を試みた。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
237 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 14:41:10.42 ID:QbZMQD9WO

  「ふーむ。高熱で記憶喪失ねぇ」

唯「はい、だからおじさんのことも……」

  「おじさん言うな。お姉様でしょ」

唯「……覚えてないんです」

 唯ちゃん、華麗にスルー。

  「まあいいわよ。なんだあ、最近来ないと思ったら入院してたの」

  「うちのTシャツに飽きちゃったのかと思ってたわ。よかったよかった」

 おじさんの手が唯ちゃんの頭に伸びたので、手刀で叩き落とした。

  「嫉妬深い彼女さんね」

唯「琴吹紬っていいます。あと、彼女ではないです」

紬「……ぁ、その、初めまして。遅ればせながら」

  「フン、よろしく。なんだ彼女じゃないのね」

 おかまおじさんは鼻を鳴らした。

  「私がここに女の子を連れてきたときは、その子が彼女だよって言ってたのに」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
238 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 14:45:05.08 ID:QbZMQD9WO

唯「覚えてないもので……」

  「いいのいいの! それより唯ちゃんなんかカタイわよ、アタシの前ではもっとくつろいでいいのよ?」

  「あ、申し遅れました店主のホモ田です。って違うわよ、小野田よ、小野田! ウッフフフ!」

 この人、店を出す場所を間違えてる。

紬「ホモ田さん、唯ちゃんとは昔からの顔見知りなんですよね?」

ホモ「……なんかあんた可愛くないわね。ていうか、なんでウチ来たのよ」

紬「実は今、唯ちゃんの記憶を取り戻すために、唯ちゃんの思い出の場所を巡っている所なんです」

唯「ここが一ヶ所目だよ、ホモおじちゃん」

ホモ「あらそう……? なんか素直に嬉しいんだけど、その呼び方は違うからやめろバカ」

ホモ「まあいいわ、つきあったげる。適当に思い出話でもしようかしらね」

 ホモ田さんはくねくねして体をほぐすと、奥の倉庫の前に椅子を2つ置いた。

ホモ「掛けなさい。店番がてら話してあげる」

 私たちは頷くと、カウンターの中に入り、並んで椅子に座った。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
240 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 14:50:55.84 ID:QbZMQD9WO

ホモ「そうねぇ……唯ちゃんと初めて話したのは幼稚園のときね。私はまだ30だったわ」

ホモ「もともと唯ちゃんのお父さまお母さまがわりとよく来てて、唯ちゃんと、憂ちゃんも一緒に来てたわね」

ホモ「二人が服を選んでる間に、唯ちゃんたちが私に話しかけてきたの……」

 ホモ田さんが語るのを聞く限りでは、およそ知り合った経緯は、

 普通に学校のクラスメートと仲良くなることに等しかった。

 ホモ田さんがおかまだからでも、憧れじみた感情があったわけでもない。

 まぁ、あってたまるかというものだ。

ホモ「そうそう、唯ちゃんがレズになったのは、私のせいじゃないわよ。……ってか、そのこと二人知ってる?」

紬「ビ、ビアンって言ってください、せめて」

ホモ「……で、どうなの? もう言っちゃったから遅いけど」

唯「私がレズだっていうのは、目をさましてしばらくしたときにはもう気付いてたよ」

 唯ちゃんまで。

紬「……私は、退院のあとに、唯ちゃんからこっそり聞かされました」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
241 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 14:54:22.45 ID:QbZMQD9WO

ホモ「知ってたんならよかったわ。で、そう、唯ちゃんはアタシと話す前からレズだったのよ」

ホモ「ていうか、最初はアタシ、おかまだとは言ってなかったし。影響を与えようがないのよ」

紬「……」

 言われなくても雰囲気でわかると教えたほうがいいのだろうか。

ホモ「まぁ最初は、幼馴染みの、誰だっけあの子」

唯「和ちゃん?」

ホモ「そうそう和ちゃん、その子を好きだって相談されたの。小学校あがったくらいかな?」

ホモ「その時は子供だからと思ったけど、何年経ってもクラスの女の子がかわいい、店員の女の人を好きになった」

ホモ「まぁー男の話なんかひとつもしないの」

 私は、この話を横で聞いていていいのだろうか。

ホモ「4年の時かしら? 憂ちゃんが好きだって言われたときは、あぁ、この子本物だわって思ったわねぇ」

唯「……結局わたし、誰が好きだったの?」

 唯ちゃんが核心にせまる質問をした。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
242 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 14:59:08.81 ID:QbZMQD9WO

ホモ「そりゃあ――」

 私は、とっさに耳をふさいだ。

ホモ「……でしょ」

唯「やっぱり、そうなんだ」

 唯ちゃんはなんだか諦めたような顔をしていた。

ホモ「あれ、むぎっこ、何してんの?」

紬「え、いやっ、何でもないですっ」

唯「へ? 紬ちゃん、どうかしたの?」

紬「いいの、いいの気にしないで!」

 ホモはにやにや笑っている。

 唯ちゃんはともかく、この人には間違いなくバレた。

 わたしは、なんて軽率な行動をしてしまったのか。

ホモ「ウフフッ、まあいいじゃない唯ちゃん、人には秘密があるものよ」

唯「うーん?」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
243 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 15:04:27.23 ID:QbZMQD9WO

ホモ「それより唯ちゃん、これからは誰狙ってくの?」

唯「いや、まずは記憶を……」

ホモ「過去の恋愛にこだわるのね」

唯「それもそうだけど、もっと大事なことがあるって思うよ。私の記憶には」

唯「なんか最近、気持ちがすかすかするんだ。思い出したいって感じるよ」

 唯ちゃんはホモ田さんの前で、今まで言わなかった気持ちを語った。

ホモ「まあ、それならそれで頑張りなさい。私の話が役に立つといいけど」

 ホモ田さんはふっと笑うと、席を立った。

ホモ「ついでだから、唯ちゃんTシャツ見ていかない? 新作があるのよ」

唯「ほんとに? どんな?」

 唯ちゃんも立ち上がって、店頭に出ていく。

ホモ「これ、ミソスープ」

唯「うわぁ、味噌汁みたいな黄色に本物のワカメで文字がつけてある! いらない!」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
244 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 15:09:08.79 ID:QbZMQD9WO

ホモ「うそん、気に入ると思ったのに」

唯「こんなところにワカメがあったら食べちゃうよ」

ホモ「うーん、まぁこれは唯ちゃんにあげるわ」

唯「え、いらないよぉ……」

ホモ「まぁまぁ」

唯「うわあぁぁ……」

 カウンターから出て待っていると、ホモ田さんが唯ちゃんを連れて戻ってきた。

ホモ「あんたは何か欲しいもんないの?」

紬「あ、夏だから帽子が……」

ホモ「帽子ね、商店街の端にできた店が良いもの揃ってるわよ」

紬「……は、はい。ありがとうございます」

ホモ「あっ、そうだそうだ。どっかにクーポンがあったはずよ。あげるから、ちょっと来なさい」

紬「えっ?」

 ホモ田さんは唯ちゃんをそのままに、私を倉庫に連れ込んだ。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
245 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 15:14:12.34 ID:QbZMQD9WO

 奥まで来て、ホモ田さんは私を睨むような目で見た。

ホモ「あんたね、しょうもないこと気にしてんじゃないわよ」

紬「えっ、えっと?」

ホモ「唯ちゃんが前に誰を好きだろうが、つきあってようがいいじゃない。そのことよ」

紬「だけど、わたしは……」

 顔が熱くなる。

ホモ「私の話で……っていうか、あんたも唯ちゃんの友達なら分かってると思うけど、とにかくタラシなのよ」

 それは分かる。傍から見ていただけでも、唯ちゃんは色んな子が好きだった。

紬「はい、だから……」

ホモ「だからって退いてどうすんのよ、バカッ。はっきり言うけどね、記憶を失った今がチャンスよ」

ホモ「終わった恋なんて所詮思い出なの。唯ちゃんの記憶を取り戻すーなんて言ってるよりあんた、やるべきことがあるわよ」

ホモ「いい加減、唯ちゃんも落ち着くべき。そう思わない、“ムギちゃん”?」

紬「! で、でも私じゃ……」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
246 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 15:19:30.39 ID:QbZMQD9WO

 そうか、小野田さんは唯ちゃんが自分の恋を赤裸々に話せる人だった。

 全てを知っていて当然なのだ。

ホモ「ムギちゃんが唯ちゃんのこと好きなら……ムギちゃん以上に、唯ちゃんに愛されてほしい人はいないわ」

ホモ「……つらかったでしょう」

紬「っ、私は、だって……」

 ホモ田さんの手が私の頭に乗る。

ホモ「あなたには、きっと今しかないわ」

ホモ「唯ちゃんか、唯ちゃんの記憶か、ヘタレてないで決めなさい」

紬「はい……はいっ」

ホモ「……さ、デートの続き、いってらっしゃい。涙拭いてからね」

 背中を押された。

 初めてのことだった。

紬「私……頑張りますっ!」

 私は走って、唯ちゃんのところに戻った。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
248 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 15:24:15.87 ID:QbZMQD9WO

唯「あ、おかえりー紬ちゃん」

紬「お待たせ、唯ちゃん。クーポンなかったって」

唯「あれ、そうなの? まあしょうがないか」

 唯ちゃんと一緒に店を後にし、車椅子を開いて座らせる。

紬「先に、帽子買いにいく?」

唯「なんか今日はアーケードあるし、いいかなあって思うけど」

紬「3時くらいに公園にいく予定があるから、その時に寄っていこうか」

唯「うん、そうだね」

 人通りの少ない商店街を、車椅子をおして歩いていく。

唯「次はどこ?」

紬「楽器屋さんだよ。唯ちゃんのギターを買ったところ」

唯「楽器屋さんかあ。何か思い出せるといいなあー」

 車椅子が、なんだか重くなったような気がした。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
252 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 15:29:06.72 ID:QbZMQD9WO

――――

唯「なんか帽子かぶって車椅子にのってると、すごく病人の雰囲気が漂うね」

紬「でも、とってもかわいいよ」

唯「エヘン」

 ふんぞり返った唯ちゃんを公園まで運ぶ。

 結局、商店街のいろんな店に行き、いろんな人と話したけれど、

 唯ちゃんの記憶はいまいち刺激されていないようだった。

紬「これから、唯ちゃんが昔よく遊んでた公園にいくからね」

 メモを見ながら歩いていくと、子供のはしゃぎ声が耳に届く。

紬「好きだったのはシーソーで、憂ちゃんと二人がかりで和ちゃんを高く上げっぱなしにして遊んでたって」

唯「うわ、イジメだよそれ」

憂「おかげで未だに、和さんは高いところが苦手なんですよ」

 ほんとにびっくりした。

 ほんとにびっくりした。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
255 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 15:33:12.78 ID:QbZMQD9WO

紬「う、憂ちゃん……」

憂「そろそろかと思って、寄ってみました。道中で会えるとは思いませんでしたけど」

唯「憂、おかえりー」

憂「ただいまお姉ちゃん」

 心臓がドキドキする。

 悪いことをしていたわけじゃないし、しようとしていたわけでもないのに、罪悪感に苛まれる気分だった。

唯「憂も公園、一緒に行く?」

憂「うん、いいですよね紬さん? ちゃんと勉強もしますから」

 私が言う前にさっと単語帳を取り出す憂ちゃん。

唯「いいよね?」

 昼下がりの公園で唯ちゃんといい雰囲気になろうと思ったのに、これじゃ何もできない。

紬「……い、いいわよ、もちろん」

 ちょっと表情がこわばった気がする。

 私はなんてひどい友達だろうか。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
256 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 15:37:08.14 ID:QbZMQD9WO

 公園にくると、ブランコやすべり台で遊んでいる子供たちから離れて、

 あつらえ向きにシーソーが時を止めたようにじっと動かず佇んでいた。

憂「やりましょう、紬さん」

紬「……本気?」

 シーソーに乗るのは初めてだけど、落っこちたりしないだろうか。

 服が汚れても怪我をしてもいいけど、唯ちゃんに心配をかけたくない。

憂「お姉ちゃんのためです」

紬「……うん」

 だけどそれを言われたら、頷かないわけにはいかない。

唯「憂、ほんとにやるの?」

憂「半分は、このつもりで来たからね。お姉ちゃんもやるんだよ」

唯「うーん、まあ……」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
257 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 15:41:29.35 ID:QbZMQD9WO

 シーソーにまたがり、かすがいみたいな持ち手をつかむ。

 反対側に唯ちゃんと憂ちゃんが来て、足がつくぐらいに浮かされる。

憂「いきますよ、紬さん」

唯「しっかり捕まってね!」

紬「わ、わかったわ!」

 言うなり、体ががくんと落ちる。

紬「ひゃっ……」

唯「とぉ!」

 次の瞬間、すごい力にお尻から押されて、体が宙に浮く。

紬「ひっ、やだっ、こわいこわい!」

憂「なかなかいいですよ、紬さん!」

紬「なにがっ……」

 泣きそうになるのをこらえつつ、がくんがくんと揺らされる。

 いっそのこと唯ちゃんが全部思い出してしまえば、この責め苦は終わるのだろうか。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
258 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 15:45:12.38 ID:QbZMQD9WO

唯「はぁ、はぁ……どうだ、紬ちゃん!」

 足がつかないままで止められる。

紬「……」

 怖がったらだめなんだ。

 ここで怖がりな顔を見せたら、唯ちゃんに、和ちゃんの顔を思い起こさせてしまう。

紬「まだまだっ!」

 私は、把手を握りしめた両手に力をこめた。

憂「な、なにっ!?」

紬「うぅーんん……!」

 全力でシーソーを地面に向かって押し込んでいく。

 足さえつけば、あとはこっちのもの。

紬「えーい!」

唯「ふおお!」

憂「ひいぃっ!?」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
259 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 15:49:16.51 ID:QbZMQD9WO

 琴吹紬、大勝利。

 私たちは、唯ちゃんを挟む並びでベンチに腰かけた。

唯「紬ちゃんには勝てないねー……」

憂「参りました、紬さん」

紬「とんでもない、怖かったわ」

憂「はい……本当にごめんなさい」

 そんなに真剣に謝られても困ってしまう。

 実際のところそこまで怖くなかったし。

 というか全然怖くなかったし。

唯「ふわ……あー。なんか運動したし、ちょっと涼しくなってきたから……」

 唯ちゃんがゆらゆら揺れた。

 シーソーのように、どちらが重いのかはかるように何度か左右に揺れたあと、

 憂ちゃんの太ももに顔をうずめた。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
262 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 15:54:29.42 ID:QbZMQD9WO

憂「お姉ちゃん、お昼寝する?」

唯「うむ……おやすみ」

 あっというまに唯ちゃんは寝息を立て始める。

紬「……そんな体勢じゃ寝にくいよ」

 私は唯ちゃんの脚を持って、私の膝に乗せてあげた。

唯「ぐぅぐぅ」

憂「ごめんなさい紬さん、付き合ってもらっちゃって」

 憂ちゃんは唯ちゃんの頭を撫でながら、私を見る。

紬「何言ってるの。憂ちゃんたちだけの問題じゃないんだから、当たり前じゃない」

 そう答えると、憂ちゃんはじっと私の目を、穿るような視線で見つめてきた。

紬「……何?」

憂「本当に、嫌な顔ひとつしませんね」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
264 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 15:59:06.34 ID:QbZMQD9WO

紬「……」

 憂ちゃんが何と答えてほしいのかわからなかった。

憂「今日、わざわざ寄ったのはシーソーが半分で」

憂「紬さん。あなたと話をしたかったのが、もう半分です」

紬「私と……」

 きっと話題は唯ちゃんのことだろう。

 それは予想がつくけれど、いったい何についての話だろうか。

憂「単刀直入に訊いてしまいます。紬さんは、お姉ちゃんが好きですよね?」

紬「……好きよ? もちろん」

 私は唯ちゃんの脚に手を置いて、とぼけた。

憂「寝込みを襲って、キスするぐらいにですか?」

紬「あ……う、憂ちゃん、何の話だか、さっぱりわからないわよ?」

 退院の晩のあの行為、見られていたのだろうか。

憂「忘れたとは言わせませんよ。私は、あの時の感触をまだ覚えています」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
265 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 16:03:13.34 ID:QbZMQD9WO

紬「は……ぅぁ」

 しばらく、憂ちゃんの言った意味が本気でわからなかった。

 私は唯ちゃんを襲ったはずだ。

 だけど、考えてみればみるほどおかしい。

 あの夜、唯ちゃんを抱きしめたらお風呂に入りたての石鹸のにおいがした。

 それなのに朝、唯ちゃんはシャワーを浴びていた。

紬「ち、違うの……あれは寝ぼけていただけで……」

憂「寝ぼけて唇を吸って、キスしたまま寝ようとしますか?」

 憂ちゃんの顔だけが笑っている。

憂「認めないと、お姉ちゃんを起こしちゃいますよ? 私が膝を揺すればすぐです」

紬「……っ」

 憂ちゃんはきっと、女同士とかに生理的嫌悪はないのだろう。

 だけど、言っていいのだろうか。

 今も、唯ちゃんが最も近しい憂ちゃんに伝えて、本当に大丈夫なのだろうか。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
267 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 16:07:46.71 ID:QbZMQD9WO

紬「……そんなことを聞いて、何がしたいの」

憂「まあ、コイバナといいますか」

紬「……私と?」

憂「はい。私だけ話すのでは、不公平ですし」

 会話が続けば続くほど、疑問が次々浮かび上がる。

 けれど、この憂ちゃんの口ぶりからすると、ひとつ確かなことがある。

紬「……ここまでして、憂ちゃんは私に恋の相談をしたいのね?」

憂「はい。……でも相談というからには、一方的ではありませんよ」

 どうするのが正解なんだろうか。

 私が弱味を握られているのは間違いない。

 だけどきっと、憂ちゃんの恋愛相談に対して真剣に受け答えできるほど、私は優しくもない。

紬「……そうよ。唯ちゃんが好き」

 すこし悩んで、唯ちゃんの寝顔を確かめてから、私は言った。

紬「キスしたいくらいに」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
268 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 16:11:57.14 ID:QbZMQD9WO

 憂ちゃんは満足げに頷いた、ように見えた。

憂「やっぱり、そうなんですね。安心しました」

紬「安心?」

憂「はい。……もし紬さんが純粋な友情だけで動いてるんだったら、かなわないなって思ってました」

 恐らく、休学や金銭的負担のことを言っているのだろう。

 唯ちゃんと友達を通り越した関係にはなれない、と分かっていたら、私は今回の決断をしただろうか。

 私には判断をつけられなさそうだ。

憂「だからちゃんと、下心があるみたいで安心したんです」

紬「……それで、憂ちゃんのお話は?」

憂「そう焦らないでくださいよ」

 憂ちゃんはくすくす笑った。

憂「紬さんも、あのビデオ見ましたよね」

紬「あの、キスしてるビデオ?」

 憂ちゃんは楽しげに頷く。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
269 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 16:15:15.90 ID:QbZMQD9WO

憂「紬さんは、あれをどう受けとりましたか?」

紬「どうって、その……」

 えっちなビデオだと思った、とは素直に言えない。

紬「や、やりすぎかな? って思ったかも」

憂「確かに、さすがに今はあんな風にキスをすることはないですね」

憂「高校に入るすこし前から、お姉ちゃんはキスをねだっても断るようになりました」

紬「そんなに最近までキスをしてたの?」

 私は驚いて訊ねた。

 中学生ともなれば、えっちな話がそこかしこから聞こえてくるものだ。

 そんな中で3年近く、純粋な姉妹のスキンシップとしてキスをしていたとは考えにくい。

憂「……もしかして、私が何もわからずにお姉ちゃんとキスをしていたと思ってますか?」

 私は即座に首を振った。

 なるほど、憂ちゃんの恋愛相談とは、私にはちょっと荷が重いかもしれない。

紬「憂ちゃんは、おねえちゃんが好きなのね」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
271 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 16:19:31.34 ID:QbZMQD9WO

 ジャングルジムの子供が騒いだ。

憂「……好きでした」

憂「ううん、今も好きです。お姉ちゃんが……大好き」

 誰も乗っていないシーソーが、風に吹かれて傾く。

紬「……憂ちゃんも、記憶喪失から唯ちゃんが変わってしまったと思うの?」

憂「いいえ。お姉ちゃんは変わっていません。……でも」

 私は、とつぜん震えた声にびくりとして憂ちゃんの顔を見つめた。

 憂ちゃんは肩を縮めて、目からぼろぼろ涙を溢れさせていた。

憂「私なんかが……お姉ちゃんを好きでいい資格なんかないんですっ! 私は、私は……っ!」

唯「……憂!?」

 涙が唯ちゃんの頬に落ちて、唯ちゃんが目を覚ます。

唯「紬ちゃん、憂に何言ったの!」

紬「な、なにも言ってないわ……たぶん」

 私だって何があったのか、わけがわからない。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
272 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 16:23:09.67 ID:QbZMQD9WO

憂「ごめ、んねっ、お姉ちゃん、紬さんはなんにも……」

 起き上がった唯ちゃんは、何も言わずに憂ちゃんを抱きしめる。

憂「お姉ちゃんっ……ごめんね、ごめんなさい……」

唯「よしよし。大丈夫だよ」

紬「……」

 私はふと、澪ちゃんが憂ちゃんを疑っていたことを思い出した。

 唯ちゃんが記憶を失った何らかの原因を、憂ちゃんは隠している可能性がある、という疑いだ。

 また、その原因自体を作ったのも憂ちゃんではないか、と思っているようにも見えた。

紬「……憂ちゃん、後で連絡するわ」

 どちらにしろ、今は話を続行するのは不可能だ。

 私はベンチから立ち上がる。

憂「はいっ……」

唯「紬ちゃん、今日は帰るの?」
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