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以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
唯紬「おもいでぽろぽろ」

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唯紬「おもいでぽろぽろ」
70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 09:39:10.69 ID:QbZMQD9WO

紬「……起きてたのね」

 驚いたけれど、慌てる気にはならなかった。

 私はいたずらをたしなめるように、りっちゃんに微笑んだ。

律「……さあて、ほら唯、ちゃんとライブ見なさい」

唯「はーい。……でも見るの5回目くらいじゃん」

 ほんとうは5回目どころではない。

 入院している間も、何度もDVDプレーヤーを持ってきてライブの映像を見せたし、

 ライブの前後であったことを話して聞かせた。

 そうすれば唯ちゃんの記憶がきっと戻ると信じて。

 だけど実際は、くりかえし刷り込んだことで、唯ちゃんがライブの内容をあらかた覚えただけだった。

 しましまパンツのくだりで澪ちゃんをいじるのは楽しいみたいだけど、それ以外にはあまり興味を示さない。

 もはやライブの映像は、唯ちゃんの記憶を刺激するものではなくなっている。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 09:44:25.49 ID:QbZMQD9WO

和「確かに、せっかく唯の退院パーティーなのに唯が退屈なものを見ててもしょうがないわね」

梓「……そうですね」

 梓ちゃんがリモコンを操作してDVDを止めた。

澪「また見たくなったら言うんだぞ、唯」

唯「うん、ありがとう澪ちゃん」

憂「そうだ、それなら、うちのビデオ見ませんか?」

律「憂ちゃん家のビデオ?」

和「ホームビデオね」

 憂ちゃんは頷いた。

憂「見せようと思って、家に残ってるテープをまとめておいたんです」

憂「……お姉ちゃん、見たい?」

唯「うーん、ちょっと前のことも思い出せないのに、子供の頃のことなんて思い出せるかなあ」

憂「思い出さなくてもいいよ。ただ、昔の私たちのこと見てほしいなって」

唯「そう? じゃあ見ようかな」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 09:49:15.39 ID:QbZMQD9WO

憂「わかった、じゃあ持ってくるね」

 2階に上がっていった憂ちゃんとほとんど入れ替わりで、澪ちゃんが戻ってきた。

澪「あれ、ライブはもう終わりか?」

律「唯ちゃんが飽きちゃったんですの」

唯「代わりに、子供のときの私を見るんだってさ。ホームビデオ」

澪「そっか。確かにそのあたりも、大事な思い出だしな……」

 澪ちゃんはトイレに行ったその手で「ごめんな」と唯ちゃんを撫でた。

憂「みなさん、ビデオ持ってきましたよ」

 戻ってきた憂ちゃんは、5本の小さなビデオテープを持っていた。

梓「それ、どうやって見るの? 普通のビデオデッキには入らないんじゃ」

律「やれやれ……これだからゆとりは困るな」

梓「オッサンが何を言うんですか」

澪「まあまあ。で律、どうやって見るんだ?」

律「それは憂ちゃんにきいてよ」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 09:54:18.60 ID:QbZMQD9WO

 りっちゃんがふっ飛んだ。

唯「だ、大丈夫……?」

律「今のは、き、きいた……」

 頭に拳骨を落とされて、りっちゃんがうずくまっている間に梓ちゃんが訊いた。

梓「えっと、それでどうするの?」

憂「古いビデオカメラに入れて、テレビに出力してもいいんだけど、これを使うの」

 憂ちゃんはテレビ台の下を探って、四角のくぼみがついたVHSテープ形の物体を取り出した。

 そしてそのくぼみに、「唯6歳憂4歳 クリスマス」と書かれたテープを嵌め込む。

憂「ここに、こう……テープを入れると、ビデオデッキで普通に見れますよ」

紬「手馴れてるのね」

憂「それはまあ、よく見てますので。再生するよ、お姉ちゃん」

唯「あ、うん」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 09:59:08.67 ID:QbZMQD9WO

 どたどたと鳴る足音がして、赤いちゃんちゃんこを着た唯ちゃんがカメラに映り込んだ。

 物陰から二人に隠れて撮影しているのか、枠が暗いように見える。

唯『うい、ういー!』

憂『おねえちゃん、どうだった?』

 唯ちゃんを追って動いていたカメラが止まり、

 床に赤ちゃん座りをしていた憂ちゃんにしがみついた。

憂『わっ!?』

唯『うわあぁぁんっ、ういーっ』

 カメラが少しズームすると、唯ちゃんの横顔が涙と鼻水に濡れているのが見えた。

唯『サンタさんっ、きてなかったあ!』

憂『ええっ!』
唯紬「おもいでぽろぽろ」
78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 10:04:08.66 ID:QbZMQD9WO

律「ちゃんとサンタ信じてたんだな……」

唯「そのようだねー」

唯『わたし、いい子にしなかったもんね……』

唯『けさもいっぱいおこられちゃったし』

憂『でもっ、あれは、ホワイトクリスマスって、おねえちゃんがプレゼントしてくれたんだよ』

唯『ううっ……いけないことだったのかなあ……ひっ、ぐすっ』

憂『おねえちゃん、なかないで!』

唯『ういい……』

憂『そうだ、おねえちゃん。目とじて!』

唯『んー……? こう?』

紬「あ……」

唯「ワオー」

憂『ん……むちゅー』
唯紬「おもいでぽろぽろ」
79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 10:09:27.80 ID:QbZMQD9WO

 画面の中の幼い憂ちゃんが姉におこなったのは、マウス・トゥ・マウスだった。

 カメラがぐっとズームして、画面いっぱいに唯ちゃんと憂ちゃんのキスが映し出される。

 どうしよう、みなまで言わせないで。

唯『ん……』

律「な、長い!」

 その間およそ20秒。

憂『ふ……ぷはっ、はぁー』

 ちゅー、というよりもはや接吻が終わって、カメラが引くと憂ちゃんは唯ちゃんに倒れ込むように抱きついた。

唯『うい……』

憂『えへへ、サンタさんはこなかったけど……わたしからのプレゼントだよ』

唯『ういっ、ありがとう!』

 唯ちゃんが憂ちゃんをぎゅっと抱きしめて、ふと何か思い付いたように顔をあげた。

唯『ねーうい、ういも目とじて!』
唯紬「おもいでぽろぽろ」
81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 10:14:05.93 ID:QbZMQD9WO

憂『うん』

唯『んー、ちゅっ、むちゅー』

憂『んむー』

 今度はカメラは寄らず、居間で固く抱き合ってキスをする姉妹の全体像をひたすら切り抜いていた。

 くすぐったそうに動く、靴下に包まれた小さな足がえっち。

紬「……」

 うん、これエッチなビデオだよ。

 唯ちゃんも顔赤くしてる。私だけじゃない。

唯『ん……あぁっ、カメラとってる!』

 突然唯ちゃんがこっちを振り向いて、指差して糾弾した。

  『気にしないで』

憂『やだよー、とらないで!』

唯『めっ! とめて!』

 そこでビデオは終わった。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 10:19:31.43 ID:QbZMQD9WO

紬「ふぅ……」

 思わぬ百合分補給になった。

澪「ちっちゃい唯と憂ちゃん、かわいかったな」

梓「唯先輩にもあんなにちっちゃい子供のときがあったんですね」

律「憂ちゃんは子供のときからしっかりしてたなー」

 この面々はあのビデオで和んだらしい。

 私がおかしいのだろうか。いや、絶対この人たちがおかしい。

 あるいは気付いてないふりをしてるだけだよね。

 友達のホームビデオでエッチな気持ちになったなんて言えないもんね。

和「唯……昔の自分みて、どう?」

唯「うん、まぁ、なんか……」

憂「和ちゃん、そんな話は今日もういいよ。それより次の見ようよ、ビニールプールで遊んだときのやつだよ」

 次回は水着回らしい。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
85 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 10:24:08.40 ID:QbZMQD9WO

――――

憂『ぁっ、んーっ、おねえちゃんっ』

唯『ふっ、ん、はむっ……ちゅううっ』

 結論からいうと、いや結論しか言わないけど、エッチなビデオだった。

 AVだと言わないのは自分の中の最後の砦を守ろうとしているわけではなく、

 唯ちゃんと憂ちゃんがあくまでじゃれあっている様子だから。

 でもカメラワークだけ見たらAVだった。

 憂ちゃんがこのはしたない映像を天然で見せているのか狙って見せているのかわからない。

 ただ後者だとしたらトイレに立ったら負けを認めたということになる。

 それだけは……別にどうでもいい。

 とにかくまだまだ百合分は補給できそうなので、あわてずせかさず次のビデオの再生を待とう。

唯「……うーん」

紬「唯ちゃん?」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 10:29:28.86 ID:QbZMQD9WO

唯「眠たくなってきちゃった……」

 言われて時計を見ると、夜の10時。

 そう遅い時間ではないけれど、唯ちゃんが入院していた病院では消灯時間になる。

紬「今日は退院とかでばたばたしてたもんね」

 頭の形にそうように撫でてあげると、唯ちゃんは私にもたれたそうに傾いてきた。

憂「それじゃあお姉ちゃん、もう寝よっか」

唯「うんー」

 唯ちゃんは呼び掛けられて憂ちゃんに両手を伸ばした。

 憂ちゃんがその手をとって立たせると、大事そうに後ろから抱えるようにその体を支えた。

澪「おやすみ、唯」

紬「おやすみなさい、唯ちゃん」

梓「唯先輩おやすみなさい」

 唯ちゃんは私たちにぴらぴら手を振って、階段を上っていった。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 10:34:01.59 ID:QbZMQD9WO

律「さてと」

 りっちゃんは腰を上げてのびをした。

律「とりあえず食器まとめとくか」

和「そうね、このまま帰るわけにはいかないし」

 食器を大きいものから重ねて、運びやすいようにする。

 グラスはまだそのままにするようりっちゃんに言われ、スプーンやフォークだけまとめた。

律「唯ん家って台所2階なんだよな……めんど」

澪「正直すぎるだろ」

梓「憂はこれ全部ひとりで2階から運んできたんですから、文句言わないでください」

律「わかってる。まあ、みんなで運ぶか」

 私たちは少しずつ食器を持って2階の台所に運ばせてもらった。

 洗い物の手伝いもするべきね、と後ろから和ちゃんが言った。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 10:38:03.95 ID:QbZMQD9WO

 食器を運びきってから、りっちゃんと澪ちゃんが一山片付けることになった。

 そのあと交代で私と梓ちゃん、憂ちゃんと和ちゃんという分担だ。

 とりきめたところで、唯ちゃんを寝かしつけた憂ちゃんが降りてきた。

 私たちは1階に降りて、とりあえずニュース番組を眺めていた。

  『では、次のニュースです』

紬「……あっ」

 垂れ流しになっていたテレビ画面にみんなが振り向き、釘付けになった。

  『きょう京都府で、自分のことが何もわからないという20代から30代とみられる男性が保護されました』

 テロップには「記憶喪失」とはっきり書いてあった。

 アナウンサーは身元不明の男性の特徴を伝え、心当たりのある人のための連絡先を二度繰り返した。

 そして白髪頭のコメンテーターが口を挟む。

  『こういう記憶喪失なんですがね、物語では必ずといっていいほど記憶が戻るものですが』

  『実際の治癒率は、あぁ記憶が戻る割合、これは全体の1割にも満たないんだそうです』
唯紬「おもいでぽろぽろ」
102 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 10:42:06.98 ID:QbZMQD9WO

 えぇ、とアナウンサーの相槌。

  『ですから、せめて身元が分からないとこのさき生きていけないんです。どうか身内が見つかればいいんですが』

憂「……」

 ありがとうございます、とアナウンサーの声で、ニュースは次のことにうつろっていった。

 私たちは、軽く考えすぎていたのだろうか。

和「……はぁっ」

 真鍋和の貴重な裸眼シーンは目をこする袖で隠されてほとんど見えなかった。

紬「の、和ちゃん、憂ちゃん、そんな……大丈夫よ! きっと思い出せるわよ」

梓「そうですよ、ほら、あんなおじいちゃんだし、何か別の数字と勘違いしてるんです」

 まともに考えもしてこなかった、唯ちゃんが一生私たちを思い出さない可能性。

 それでも今は、傷が浅い方の私たちは気を遣うほうに回らなければならなかった。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 10:46:19.57 ID:QbZMQD9WO

 もし唯ちゃんの記憶が一生戻らなかったら。

 私たちは、これから新しい曲を作っていける。

 また放課後ティータイムを始めて、唯ちゃんとの思い出を作っていける。

 3年間の記憶はもはや仕方ない、と許してしまうことも、もしかしたら、できるような気がする。

 でも憂ちゃんは、和ちゃんは。

 もうあんなふうに甘えてキスすることはできない。

 泥んこになって遊んで笑って、手を繋いで帰ることはできない。

 唯ちゃんと仲良しになったことをもう繰り返せないし、思い出してもらえない。

 唯ちゃんにとっていつまでも、知らないうちに妹だった、幼馴染だった人であって、

 友達にはなれても、それらの取り戻せない関係には決してたどり着けない。

和「……取り戻すわ」

憂「和ちゃん……」

和「1割でも1%でも、それ以下の確率でも、唯の記憶を取り返すだけよ」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
107 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 10:52:10.12 ID:QbZMQD9WO

 歯噛みして和ちゃんは呟く。

紬「……うん、絶対だね」

 ほんとうは、無理をしないでと言いたかった。

 とても怖い顔をした和ちゃんには、きっと唯ちゃんも怯えるような気がした。

 でも、言えた義理がない。

 二人の傷ついた思い出を慰められる言葉なんて私には出せない。

 思い出を修復するのは、思い出しかないんだ。

梓「憂も、あきらめないで」

憂「……あきらめるわけないよ。忘れたままだなんて、さびしいもん」

 憂ちゃんは頬に涙を伝わせたまま、まっすぐな言葉を発した。

 その涙を梓ちゃんが拭ったところで、りっちゃんと澪ちゃんが降りてきた。

律「交代だぞーい……何かあった?」

紬「少しね。梓ちゃん、いこっ」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
109 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 10:56:05.63 ID:QbZMQD9WO

 梓ちゃんと一緒に洗い物を始める。

 りっちゃんたちが頑張ったのか、食器は半分ほどまで減ったように見える。

紬「私が洗っちゃうから、梓ちゃんはタオルで拭いてそこに置いてね」

梓「はい、わかりました」

 いっそ、このまま私たちで終わらせてもいい気がする。

 食器棚にしまうのだけ、この家にくわしい憂ちゃんと和ちゃんに任せておけばいい。

 というかまともに分担するならそういう配分になるんじゃないだろうか。

紬「梓ちゃん、このまま終わらせちゃいましょ」

梓「あ、はいっ、そうですね」

 洗ったお皿がきゅっきゅっと音を立てるのを聞きながら、どんどん洗い物を進めていく。

梓「……あの、ムギ先輩、訊いてもいいでしょうか」

 手を止めないまま、梓ちゃんが言う。

紬「何かしら?」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
110 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 10:59:34.66 ID:QbZMQD9WO

梓「ムギ先輩は……唯先輩が記憶を取り戻せなかったら……どうするんです」

紬「どうするって……」

 そんな漠然とした聞き方されても困っちゃうわ。

梓「ですから、その。今まで通り唯先輩を好きでいられるかってことです」

 かといってそんなストレートに来られても。

紬「うーん……新しい好きじゃ、だめなのかな?」

梓「……今まで通りの好きじゃなきゃいやなんです。理由は言えないんですけど」

梓「どうですか? ムギ先輩は、今まで通りに唯先輩のこと好きでいられそうですか?」

紬「……どうかな。今はまだ、唯ちゃんのこと前のとおりに好きよ」

紬「唯ちゃんは変わってない。記憶はないけど、幹のところがね。だから記憶もきっと戻るって思ってるけど」

梓「わたしは……分からないです」

紬「唯ちゃんのこと好きになれない?」

梓「むずかしいんですが……」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
112 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 11:03:06.90 ID:QbZMQD9WO

梓「あずにゃん、って私のこと言うじゃないですか」

紬「そうね。私たちが、唯ちゃんは梓ちゃんのこと、あずにゃんって呼んでたって教えたから」

梓「そのあたりなんですよね」

紬「どういうこと?」

梓「わたしは中野梓ですけど、唯先輩はあずにゃんってあだ名をつけてくれました」

 梓ちゃんは遠い目をした。

梓「私がネコミミ似合って、猫みたいだって、それでつけてくれたんですが」

梓「今の唯先輩は……そのあずにゃんってあだ名を使っているだけのように感じてしまうんです」

梓「あずにゃんって名前をつけてくれた思い出が、今の唯先輩が言う「あずにゃん」には伴っていないんです」

梓「平沢唯は中野梓をあずにゃんと呼ばなければいけない、と重荷を背負わせているような気がしたり」

梓「たまに、知らない人に呼ばれたような気がして、すごく怖くて、申し訳ない気持ちになるんです」

梓「……ごめんなさい、私が変ですよね」

紬「ううん、変じゃない。……でも、唯ちゃんは悪くないわよ」

梓「わかってます。だから……はやく記憶を戻したいです」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
113 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 11:07:04.64 ID:QbZMQD9WO

 それから数分して、洗い物は完了した。

 あの後の会話は「はい」「お願い」「ちゃんと持った?」だけで、唯ちゃんのことには触れていない。

 ただ梓ちゃんの話で、私は洗い物のあいだずっと考えさせられることになった。

 なんで唯ちゃんは、私のことを「つむぎちゃん」って呼ぶんだろう。

 正直新鮮でイイし、言いにくそうに「ちゅむぎちゃん」と噛むさまはたいへん可愛いけれど、

 私もずっと、唯ちゃんからはムギちゃんと呼ばれていたと説明したはずだ。

 目をさましてからの唯ちゃんは、あずにゃんという呼称をいたく気に入っていると見える。

 それと同じで、ムギちゃんという呼称に何か気にくわないものでもあるのだろうか。

 たとえば、唯ちゃんはビールを飲まされて急性アルコール中毒になり記憶を失ったとか。

 それゆえムギという名前を嫌う。

 ビールの原料は麦だもの。

 うん、ありえない。

 まずそれなら病院に運ばれた時点でアルコール中毒だってわかるし。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
116 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 11:12:14.66 ID:QbZMQD9WO

 1階に降りて憂ちゃんたちに引き継ごうとすると、りっちゃんたちがいなかった。

憂「これからお姉ちゃんのことで作戦会議するそうなので、お茶を買いにいったんです」

 ということらしい。

 憂ちゃんと和ちゃんにあとは片付けだけだと伝え、梓ちゃんと二人きりになった。

紬「さっきの話だけど、唯ちゃんの前でその気持ち、しぐさに出しちゃだめよ」

梓「はい。……きっと唯先輩、ショック受けちゃうでしょうし」

紬「唯ちゃんが記憶を戻したいっていう気持ちをなくしちゃうかもしれないわ」

紬「あずにゃんに嫌われてた記憶なんか思い出したくない、って」

梓「別に嫌っては……」

紬「唯ちゃんにとっては同じなの。唯ちゃんは超能力者じゃないんだから」

梓「……はい」

 ちょっと言い過ぎたかも。

 反動でなでなでしてあげていると、りっちゃん澪ちゃんが戻ってきて、

 みんなで梓ちゃんをなでなですることになった。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
117 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 11:15:23.15 ID:QbZMQD9WO

 すぐに片付けを終わらせて降りてきた憂ちゃんと和ちゃんは梓ちゃんなでなでには参加せず、

 ちょっと厳しい声で「始めましょう」と言った。

律「よし」

 お茶をついでから、みんなでテーブルを囲む。

律「まぁ、これからの唯のこと。記憶を取り戻すっていうのは当然だけど、……どうするかだ」

澪「今まで、ライブのDVDとか私たちの曲とか聴かせてきたけど、あんまり効果いまひとつだしな」

律「ってことで、何か新しいことをひらめいてみよう、今夜は」

紬「新しいことねぇ……」

 この中にもちろん記憶喪失治療の専門家なんていないので、とにかく考えてみるしかない。

 何が正解かはともかく、記憶を刺激すればいい、とはよく言われている。

梓「はい」

 梓ちゃんが提案した。

梓「ギターを教えてあげるのはどうでしょう」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
118 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 11:19:30.24 ID:QbZMQD9WO

和「ギターね……」

澪「確かに、近々HTTに復帰してもらうわけだし、いつまでもなまった腕のままじゃな」

 ちなみに放課後ティータイムに復帰することについて唯ちゃんはやぶさかではない。

 私たちが押し付けたり決めつけたりしてはいないということは、ちゃんと言っておきたい。

紬「それなら、澪ちゃんに、さわ子先生に、梓ちゃんに教えてもらうのがいいわね」

 記憶再生に重要なのは、状況の再現。

 唯ちゃんにギターの基礎を教えたのは澪ちゃんで、弾き語りの特訓をしたのはさわ子先生。

 そして普段練習につきあっていたのは梓ちゃんだから、その順番で指導をしてみるといいかもしれない。

和「記憶を刺激するって話なら、軽音部の部室でやるのがいいわね」

律「いいのか?」

和「OGが来るぐらい、何の問題もないわよ」

澪「じゃあ、部室でギター教えてみるか」

 みんな頷いた。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
119 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 11:23:15.97 ID:QbZMQD9WO

憂「あと、それなら」

 憂ちゃんが手を挙げて付け加える。

憂「お姉ちゃんの思い出になっている場所を、たくさん巡ってみるべきだと思います」

憂「ただでさえお姉ちゃん、入院生活で息詰まってるみたいなことをよく言ってましたから」

澪「なるほど、いいな」

紬「確かに唯ちゃん、アルバムの写真で見たところに行きたいって言ってたわ」

 さすが憂ちゃんは気がきく。

律「じゃあ、平沢唯ゆかりの地めぐりも追加で、あとどうかな」

澪「他のクラスメイトとも会ってみたらどうかな。教室で制服で同窓会とか」

梓「いいと思いますけど、制服捨てちゃったり、譲っちゃった人が多いと思います」

和「事実、私は捨てちゃったしね」

律「……それに、和に会って思い出さないものを、他のクラスメイトに会ったところで思い出すか?」

憂「厳しいと思います。教室だと基本的に和ちゃんにべったりでしたし」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
121 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 11:27:02.75 ID:QbZMQD9WO

澪「うーん、ダメか……」

律「なにかこう、もっと、唯のなくした記憶全体をガーッて揺さぶるようなものはないのか?」

梓「……唯先輩の半生を象徴するようなものって、何かある、憂?」

憂「……か、可愛さ」

律「抽象じゃん」

憂「だって! 可愛い人生なんです!」

和「唯って基本ぼーっとしてたから……そういうものはないかもしれないわ」

憂「しいて言うならヘアピンとか」

梓「今日もつけてたし……」

澪「ギターも見せても持たせても弾かせても無反応だったな……」

律「……好きな人とか」

和「断言するけどいないわ」

律「だよな。訊いたら基本訊いてきた人のこと好きって言うもん」

憂「でもお世辞とか知らないですし、ほんとにみなさんのこと愛してるんですよ」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
122 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 11:31:17.44 ID:QbZMQD9WO

律「……とりあえず、まずは唯に関係あるところあちこちまわっていこう。何度かな」

和「それはいいんだけど……誰がつきそうの?」

律「えっ?」

澪「私たちが学生の身分である以上、学校さぼってうろつく訳には……いかない?」

憂「いきませんが……でも、お姉ちゃんを助けたい」

梓「私も、唯先輩の力になりたいです」

澪「私だってそうだ」

和「私もよ」

紬「唯ちゃんに付き添ってあげたいのはみんな一緒だよね。……でも全員ってわけにはいかないわよ」

 唯ちゃんの奪い合いで火花が散ってるこの百合空間。

 とりあえず梓ちゃんと憂ちゃんあたりは唯ちゃんと一緒にいたいだけと思われる。

 あと私も。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
124 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 11:35:17.62 ID:QbZMQD9WO

律「……あー、わかった。こうなったら唯に決めてもらおう」

澪「ん……そうだな」

律「それから、高校生組はだめだ。いくらなんでも学校があるだろ」

憂「でもっ……」

律「学校のほう行くときは任せてやるから、な」

憂「……はい」

梓「わかりました……」

律「唯を起こすわけにもいかないし、今日はそろそろ帰るか?」

澪「うーん、だけど寮まで帰るとなると門限に間に合うか微妙だぞ。急に家帰っても、ベッドほこりかぶってるだろうし」

憂「あの、布団用意しましょうか?」

律「ほんとに、憂ちゃん?」

憂「もちろんです。梓ちゃん、和ちゃんもついでにどう?」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
126 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 11:39:02.26 ID:QbZMQD9WO

梓「せっかくだから、一緒に泊まろうかな」

和「ついで……まぁ帰れないしお願いするわ」

 こうして急遽お泊まり会が開催された。

 言い忘れたけど明日は土曜日で学校はない。

 さてお風呂に入った人から唯ちゃんTシャツを配られて、

 「むらさきいも」とか「レモネード」とか「しろみざかな」とかの烙印を捺されることになった。

 私は「くつした」と書いてあったのでとりあえず嗅いだ。

 それから唯ちゃんがお風呂に入っていないことを思い出し、夜這いして足を嗅ごうと決意した。

 あと衣食住お世話になってしまった憂ちゃんを抱きしめようとも。

 だけど床でお昼寝したせいで逆に疲れていたのか、2階のリビングに敷かれた布団に潜った瞬間に朝だった。

 もちろん自分がそんなに疲れていたことにもびっくりだけど、もっと驚いたのは唯ちゃんが同じ布団で寝ていたこと。

 混乱した私は唯ちゃんを抱きしめて匂いを嗅いだ。

 いい匂いがしたけどシャンプーの匂いに他ならなかった。

 さて、他のみんなはまだ寝ているらしい。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
129 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 11:43:10.51 ID:QbZMQD9WO

唯「……」

 カーテン向こうの外はまだ薄暗い気さえする。

 腕の中で唯ちゃんがもぞもぞ動く。

唯「ぅ、んっ……」

 唯ちゃん、ごめんね。

 もし起きちゃっても、ちょっとしたいたずらか、寝ぼけているんだと思って見逃してね。

唯「んむっ、ん……」

 さあ、寝ぼけたふり、寝ぼけたふり。

 なのに離れ際にくちびるを吸っちゃって、こんなに近くで聞いたちゅって音がえっちすぎて、

 私はまた唯ちゃんの口をくちびるで塞いだ。

 唯ちゃんの頭をかぶり寄せて、下くちびるをはむような形で動きを止めた。

 深い繋がりを感じる。

 一生、このままでいたいと思う。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
131 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 11:47:16.73 ID:QbZMQD9WO

唯「はぅ……ふぅ」

 唯ちゃんが息を漏らすたびに全身がぞくぞく震えるみたい。

 あたたかい呼吸の動きとくちびるの感触が、こんな甘い状況でさえ自己嫌悪を感じさせるほど気持ちいい。

 キスが20秒を越えて、勝った、とか思い始める。

 あとは、あとは舌さえ入れたら、私がいちばん。

 もう唯ちゃんが私のものになった気すらしてくる。

 というか、唯ちゃんはもう起きていて私の口づけを享受しているんじゃないだろうか。

 半目をあけて確認するも唯ちゃんは目を閉じているようだ。近すぎてよくわからない。

 だけど、今ここで唯ちゃんが起きたとしても何の問題もないのは確か。

 むしろ唯ちゃんがここで目を覚ましたとすればすぐさま私のくちびるを吸って愛の言葉をささやくだろう。

 そうしたら私は唯ちゃんを受けとめてもっとぎゅっと抱きしめるだけでいい。

 そうだ、いっそ唯ちゃんが起きちゃえばいいのに。

 それで全部、うまくいく。

律「キャベツうめぇー!」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
132 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 11:51:49.28 ID:QbZMQD9WO

律「……ぐぅ」

 ……心臓が破裂するかと思った。

 くちびるは離れた。

 もう二度とキスをする勇気は出ない。

 よくもあんな大胆で、いや単に傲慢な考えに身を浸したものだと思う。

 好きな人とキスをすると、あんなに思考力がにぶるのか。

 私は唯ちゃんを背中向けに転がして、抱き枕にしてまた眠りについた。

 朝8時、みんなが起き出した音で私も目を覚ます。

 腕の中にいたはずの唯ちゃんはおらず、シャワーを浴びているとのことだった。

紬「……」

 私も体がいやな汗でべたべたしていて、後でシャワーを借りたいと思った。

 憂ちゃんが用意してくれた朝食を食べてから、シャワーをあびて、昨日の服に着替えた。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
134 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 11:55:28.70 ID:QbZMQD9WO

 お風呂場から出るとお布団はもう片付いていて、りっちゃんを除き、みんながいなくなっていた。

 1階から話し声が聞こえるから、下に集合しているんだと思う。

 立っていたりっちゃんが、出てきた私にちょいちょいと手招きをする。

 朝方のこと、ばれていたんだろうか。

律「今から唯に、昨日の……選んでもらうんだけどさ」

紬「唯ちゃんゆかりの地めぐりに付き添う人ね?」

律「そう。……それなんだけど、できればムギに頼みたいんだ」

 りっちゃんは真顔で言った。

紬「意味がわからないです……」

律「だから、腕引っ張ってでも唯にムギを選ばせてほしいんだよ」

紬「唯ちゃんに選ばすように言ったのはりっちゃんじゃない!」

律「あれは場をおさめたかっただけだ」

紬「……とにかく、唯ちゃんの選択を曲げるようなことはしないわ。りっちゃんが何を考えてるのか知らないけど」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
136 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 11:59:18.58 ID:QbZMQD9WO

律「まあ、大丈夫だと思うけどさ。記憶をなくしてからの唯って、ムギに一番なついてるっぽいし」

 その発言は、記憶をなくす前の一番は私じゃなかったようにも取れる。

 実際それは私も認めるところだけれど。

 私は、うらやましい人の顔を見つめかえした。

律「今朝なんか、抱き合って寝てたしな。いつの間に」

 そう言うとりっちゃんは目をそらし、小さく口を動かす。

律「つきあってるのかと思った」

 聞こえないようにぼやいたのか分からないけど、確かにそう聞こえた。

紬「……えっ、抱き合ってたって、私と唯ちゃんが?」

 とりあえず、件のことに関わるものは知らないふりをしておかないと。

 私が起きたときには、唯ちゃんはいなかった。

律「無意識で抱き枕にしてたのかよ。まあ、だからって言うのもあるんだ」

紬「何が?」

律「唯の付き添い。唯のこと、前と変わらない目で見れてるのはムギだけだから」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
137 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 12:03:32.31 ID:QbZMQD9WO

紬「……」

 それはどういう意味、とは訊けなかった。

律「澪は明らかに変わった。憂ちゃんと和は言うまでもないだろ。梓もなんか違う。……私もな」

律「そういうわけだから、頼みたい。……下、おりるぞ」

紬「……わかった」

 りっちゃんの後について1階に降りる。

 唯ちゃんが、梓ちゃんと憂ちゃんの間で戸惑っていた。

唯「ね、ねぇ紬ちゃん、いったい何が始まるの?」

紬「説明してないの?」

和「だって……緊張して」

 幼馴染相手に緊張してどうするの、という指摘はしないほうがいいだろう。

律「唯、ちょっとだけ意見をきかせてほしい」

 案の定りっちゃんが進み出た。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
139 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 12:07:40.99 ID:QbZMQD9WO

唯「意見?」

律「そうそう、実は唯には、これから記憶を取り戻すための旅に出てもらう」

唯「旅!? そんな、私無理だよ、体力ないし」

律「……ちゃんと毎日家には帰れるから安心しろ」

律「唯が記憶を取り戻すたすけになればと思って、唯の思い出の地をめぐるツアーを企画したんだ」

 相変わらずそれらしく曲げて伝えるのがうまいりっちゃん。

 まだどこに行くかとかも決まってないのに、まるで前から考えていたみたい。

唯「へぇー……」

律「で、一人で行っても迷子になるだけだから、ガイドがいるだろ」

唯「うん、もちろんそうだね」

律「そこで聞きたいんだが、唯はここにいる誰が、ガイドに適役だと思う?」

唯「紬ちゃんだね」

律「うん、空気読めよ」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
140 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 12:11:20.03 ID:QbZMQD9WO

 唯ちゃんが即答しすぎたので、りっちゃんはもう少し粘った。

律「別にムギならムギでぜんぜんいいんだが、もう一度全員を見渡してやれ」

唯「えー……」

 りっちゃんの尋ねかたはどこか私に誘導しようとしている節があったし、

 そうしないと後々不満が出ると思ったのだろう。

唯「憂とあずにゃんは、受験生だからだめじゃん?」

 唯ちゃんがまともなこと言った。

唯「澪ちゃんはすぐ「ぶつ」からやだ」

澪「うっ……」

律「あっはは、自分の身にかえってきたな!」

唯「和ちゃんは……私のことを見てないよね」

和「……」

唯「りっちゃんは、お尻掴まれた時痛かったから大嫌い」

律「だいっきら!?」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
142 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 12:15:05.06 ID:QbZMQD9WO

 りっちゃんが卒倒しかけて、あわてて支えた。

唯「じょ、冗談だよ! でも私、紬ちゃんのほうが好きだから」

律「あ、う、うん……そっか」

唯「紬ちゃんは色んなこと知ってるし、記憶がない私のこと理解してくれるし、あったかくて優しいから」

唯「どこに行くのでも、紬ちゃんと一緒がいい」

紬「……ありがとう」

 唯ちゃん、これはもう告白と受け取ってもいいのかしら。

 うれしくて私が卒倒しちゃいそう。

 でも、唯ちゃんが思ってるほど私はいい人じゃないのにね。

律「というわけで、納得したかお前ら」

澪「……まあ、仕方ないな」

和「ええ……」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
144 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 12:19:07.20 ID:QbZMQD9WO

 そんなわけで私と唯ちゃんは、平沢唯ゆかりの地ツアーに行くことが決まった。

唯「それで、いつ行くの?」

律「いや、ムギの時間が空いてるときにでも、ちょくちょくと」

澪「唯は半期休学になっちゃったからな。2週間くらい意識が戻らなかったし、仕方ないけど」

紬「わたしも、2週間休んで唯ちゃんにつきっきりになろうかな?」

 ちょっと大胆に言ってみる。

唯「そんな、ムギちゃんに休ませるわけにはいかないよ」

紬「冗談、冗談」

 唯ちゃんが「うん、休んで!」と言うわけがないのは分かっていたので、笑って手を振る。

 もしそう言われたら、一緒に休学するぐらいの心の用意はあったけれど。

梓「何日かは唯先輩の家もバタバタするでしょうから、それが落ち着いてからですね」

和「じゃあ、1週間後くらいまでに、どこを回るかある程度決めておきましょう」

憂「私たちも、思いつく限りの場所を挙げておきますから」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
148 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 12:23:21.23 ID:QbZMQD9WO

 私たちも1週間のうちに、唯ちゃんとの思い出の場所をリストアップすることになった。

 そこまで決めて、私たちは唯ちゃんを家に残して寮に戻った。

 澪ちゃんの部屋で、お菓子を食べながら作戦会議をする。

律「唯の思い出の場所かあ……」

澪「学校に、楽器屋さんに、あとはアイス屋さん……」

紬「ライブハウスとか、合宿の別荘も」

律「うん、夏フェスの会場とか……今は何もないだろうけど」

澪「……ロンドンとか」

律「無茶言うな」

紬「でも、唯ちゃんがそれで思い出してくれるなら……」

律「……遠いところは最終手段だな。近場から挙げていこう」

 それからみんなで30分ほど思案して、ひとまず思いついた場所を並べることにした。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
151 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 12:27:43.68 ID:QbZMQD9WO

律「まず学校と、私と澪んち」

律「楽器屋と帰りに寄るアイス屋、1ぺん行ったライブハウスと貸しスタジオ、ホームセンターもだな」

律「んー、でっ……と」

 りっちゃんが読み上げずになにか一行書いた。

澪「待て律、いま何て書いた」

律「いいじゃん」

澪「唯のことなんだから隠すなよ!」

 紙の上に押さえた腕を澪ちゃんが無理矢理ひっぺがすと、「BBC」とあった。

紬「BBC?」

澪「なんだこれ、律」

律「……」

澪「言え」

律「らぶほてる……です」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
154 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 12:31:10.62 ID:QbZMQD9WO

 りっちゃんは言われる前に自ら正座をした。

律「いや、唯が行きたい行きたいって……で私もちょい興味があって……1回だけ」

 ちらちらと澪ちゃんを窺うりっちゃん。

 ゲンコツを恐れているのだろうけど、まだ左手が動く様子はない。

 澪ちゃんは澪ちゃんで黙りどおしなので、私が尋問することにした。

紬「それで、しちゃったの?」

律「ばっ、ばああっ!? んなわけないっ、入っただけだ!」

紬「入ったって、何が?」

律「入れてない! 触ってもない! 神に誓うぞ、同性愛とかダメ系の宗教の神に誓う!」

澪「なんって奴だ……」

律「ごもっともです……いやほんと、これは唯の記憶からも消しといたほうがいいや」

 そう言うと、りっちゃんはBBCをリストから消した。

紬「まあどの道、唯ちゃんが記憶を取り戻したらその事も思い出すけどね」

律「もういっそ封印しとく? 唯の記憶」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
157 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 12:35:05.00 ID:QbZMQD9WO

 そんなことを言うりっちゃんには同性愛の神様の鉄槌を食らわせた。

紬「次は、合宿でいった別荘ね」

澪「ムギ、お前も何か隠したりしてないよな」

紬「隠せるようなことがあったらよかったのに」

澪「おい」

紬「冗談よ」

律「いてて……はっ、思い出した!」

澪「どうした記憶喪失」

律「唯と遊園地行ったことある、二人で!」

澪「……お前らな。付き合ってたのか?」

律「んなわけあるかい! だいたい1年のときだし」

紬「それで、どこの遊園地?」

律「ほれ、あそこあそこ」

紬「ああ、あそこね」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
159 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 12:39:21.71 ID:QbZMQD9WO

紬「あとでその時のデートコースを聞かせてもらうわよ、りっちゃん」

律「だからデートじゃないっつうの」

澪「なんなら、その時だけ律がおともしたらいいんじゃないか?」

律「うーん……たぶん、あの時と同じように回れるかっていうと、無理なような」

律「それより、初めての二人で行くほうがきっといいよ」

紬「……うん、楽しみにしてる」

 朝、お風呂から上がったときに聞かされた話は、澪ちゃんの前では内緒にしたほうがいいだろう。

紬「えーっと別荘と、夏フェスの会場と……次は、京都かな?」

律「ずいぶん飛ぶな……もし京都とか行くことになったら、さすがに私らも旅費出さないとな」

澪「うん、もちろんだけど……それまでは、ムギたち持ちでいいかな。お昼はおごるから」

紬「そんなに気を遣わなくても平気よ、唯ちゃんのためなら溜めたおこづかい、全部つかっちゃう」

律「唯がすっごく太りそう」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
160 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 12:43:12.55 ID:QbZMQD9WO

 かくして、学校からロンドンまでの唯ちゃん思い出の地のリストができた。

澪「少ないな」

律「私らの思い出、こんなもんか?」

紬「じゃあ、BBCを加えて……」

律「よせっ、よせ!」

 りっちゃんにペンを奪われる。

 まぁラブホテルがリストに入るということは、私と唯ちゃんがラブホテルに入るということで。

 そんなの大変だから、ないほうがいい。

律「あーあとほら、梓からの分もあるし。加えて憂ちゃんと和のぶんもあれば、回りきれないくらいだろ」

澪「ムギごめんな、なんだか任せちゃって」

紬「ううん。私、すごく楽しみだよ」

澪「そっか」

律「それじゃあとは、各自思い付いたら私に報告くれな」

 みんな頷いて、解散となった。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
163 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 12:47:07.86 ID:QbZMQD9WO

――――

 1週間後まで何もないのも寂しいので、週中頃、私は唯ちゃんにメールを送った。

紬『やっほー』

唯『やっほー! どうかしたの?』

紬『会えないけど、元気かなって』

唯『そうそう、聞いて! 今なんか、きてるの!』

紬『何かあったの? 思い出したりした!?』

唯『わかんないんだけど、リコピンってあるじゃん、ニンジンの』

紬『リコピンはトマトで、ニンジンはカロテンだと思うわ』

唯『あ、トマトのリコピン。でリコピンがね、頭の中ぐーるぐーるして、笑いが止まんないの!』

唯『トマトのリコピンって! つむぎちゃん、わたし死んじゃうよー』

紬『生きて! 笑顔で死ねることはとっても幸せだけど生きて!』

唯『うん、大丈夫』

紬『あ、スベっちゃった……』
唯紬「おもいでぽろぽろ」
164 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 12:51:08.07 ID:QbZMQD9WO

唯『また紬ちゃんに助けてもらっちゃった』

紬『複雑です』

唯『あ、それで結局リコピンって?』

紬『リコピンッ』

唯『はなみず出ちゃった』

紬『とっても綺麗よ、宝石みたい。これほどの輝きは私でも見たことのない、まさに世界が憧れる美宝石……』

唯『紬ちゃんはネタに走ると寒いからやめようね』

紬『ありがとうございます。リコピンはね、りっちゃんの持ちギャグなの』

唯『持ちギャグですか……』

紬『今度会ったときにふってみるといいわ』

紬「……りっちゃんりっちゃん、ちょっと」

律「わっ、なんだムギこんな時間に……」

紬「実は唯ちゃんが……」

律「なにっ」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
166 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 12:55:26.28 ID:QbZMQD9WO

唯『あ、なんかりっちゃんからメールきた』

紬『何かあったのかな?』

紬『唯ちゃん?』

紬『あ、あれ? 怒っちゃった?』

唯『おこってない』

唯『だめ しぬ』

紬『……おやすみ』

唯『見捨てないで』

紬『……リコピン』

 数時間後、唯ちゃんは「腹筋が6つに割れた」といってお腹の写真を撮って送ってきたので大変だった。

 唯ちゃんはわかっててやってる。

 そうだ、私を誘惑しているんだ。

 わたしのことが好きなのよね、ねぇ唯ちゃん。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
169 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 12:59:13.06 ID:QbZMQD9WO

 金曜日、私たちはまた唯ちゃんの家に集合した。

唯「やっほう、みんな」

 唯ちゃんは元気そうにゴロゴロしていて、私たちの名前をひとりずつ呼んでいった。

律「なんか、ふつうに調子よくなってきたじゃん、記憶力」

唯「でしょ。放課後ティータイムの曲、ぜんぶ歌えるよ」

律「よしっ、じゃあ一曲!」

紬「りっちゃん。先にみんなが気付いた思い出の場所を合わせようよ」

 唯ちゃんの歌いたい気持ちも、りっちゃんが聴きたい気持ちもわかるけれど、

 これで歌えなかったら、唯ちゃんがどんなに申し訳ない気持ちになるかも考えてほしい。

紬「和ちゃん、憂ちゃん」

澪「梓も、ちゃんと持ってきてるか?」

梓「もちろんです」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
170 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 13:03:35.92 ID:QbZMQD9WO

 みんなでリストを出し、テーブルの上に並べる。

 ざっと見た感じ、100箇所くらいだろうか。

 近所のスーパーや駄菓子屋さん、公園といった今すぐ行って帰ってこれるところから、

 電車に乗らないと行けないテーマパーク、日帰りともいかない温泉旅館やスキー場。

 海外も当然のようにあった。

 私たちがあとから加えたファストフード店や交通量調査のバイトをした交差点や、

 こっそり二人で行ったというデートスポットもたくさん追加され、

 梓ちゃんがいつの間にか唯ちゃんと行っていた映画館や水族館やプラネタリウムなどのベタにムーディな場所など、

 回りきるのに2週間なんて当然足りず、2ヶ月でも怪しいところだった。

澪「……ふつう、歴史人物でもここまでゆかりの地はないぞ」

唯「うーん、なんとなく壮観だね」

憂「お姉ちゃんの歴史だね!」

梓「ロンドンだのメルボルンだの、本当に行くつもりですか?」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
174 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 13:07:06.08 ID:QbZMQD9WO

律「そりゃあ、必要とあらばな。ていうか梓、お前は唯とデート行き過ぎ」

紬「つきあってたとか?」

梓「ち、ちがいます……よ?」

 半分くらいは付き合ってる気分だったかも、という顔の梓ちゃん。

 正直、りっちゃんや澪ちゃんから聞かされたデートの様子を思うと、

 唯ちゃんはみんなと半分くらいは付き合っているつもりだったと言っても妄言にはならないと思う。

 唯ちゃんに、好きな人は、と訊くとそう訊いてきた人の名前をだいたい答えたというけれど、

 もしかしたら本当に、「好きな人は?」だなんて訊いてくる人たちほぼみんなを、

 そういう意味で好きだった可能性もある。

律「うん、まあ、違うから安心しろ」

 りっちゃんがばっさりいって、唯ちゃんの顔をちらっと見た。

唯「む?」

律「……にしても、これだけあると回りきるのに何日かかるかな。特に遊園地だ水族館だは、学校終わってからじゃ無理だし」
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