トップページ > ニュー速VIP > 2011年11月16日 > QbZMQD9WO

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以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
唯紬「おもいでぽろぽろ」

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唯紬「おもいでぽろぽろ」
1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 05:42:36.73 ID:QbZMQD9WO

紬「お世話になりました」

 今更ながら、あの看護婦はやっぱり唯ちゃんを特別な目で見ていたなあ、

 なんてことを思いながら、私は深々と頭を下げた。

  「これからが大変だと思いますが、ご家族とご友人の皆さんでどうか支えてあげてくださいね」

 私たちに向けて言いながら、目は明らかに唯ちゃんを見ている。

 感じる百合の波動は、しかし痛々しい切なさがあった。

紬「唯ちゃん」

 私はこそっと耳元で促した。

唯「うん」

 頷いた唯ちゃんは、一人の看護婦さんを見つめて微笑んだ。

唯「ありがとう! ……えーっと、鈴木さん!」

  「……い、いえ、どういたしまして!」

 ……佐々木さんは、嬉しそうに顔を赤くした。

唯紬「おもいでぽろぽろ」
2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 05:45:11.85 ID:QbZMQD9WO

澪「そろそろ、行こっか」

 見ていられなかったのか、澪ちゃんが言った。

律「うん……先生もありがとうございました」

紬「行こう、唯ちゃん」

 私は車椅子のグリップを押して、くるりとターンさせた。

唯「ねぇねぇ、りっちゃん」

律「ん?」

 病院の外に出ようとすると、唯ちゃんが急にりっちゃんを呼んだ。

唯「あれ、違ったか。じゃあ、あずにゃん?」

律「……梓は今日来てない」

唯「ごめん……ええっと」

澪「急な話か?」

 澪ちゃんが車椅子の唯ちゃんに顔をよせる。

 ちょっとうらやましい。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 05:48:05.01 ID:QbZMQD9WO

唯「……やっぱり、なんでもない」

澪「それなら、あとで話そう。ムギの家の車が迎えにきてくれてるから、まずは唯の家に帰ろう」

唯「……? うん」

 ゆっくり頷いた唯ちゃんをみて、満足げに澪ちゃんは立ち上がった。

 でも気付いてないんだろうな、今の唯ちゃんはきっと、「ムギ」が誰なのか、わかっていない。

――――

唯「澪ちゃんだよね」

澪「そう、秋山澪だ。ベース担当のな」

唯「ベースって、楽器なんだよね」

澪「……ああ」

唯「で、こっちがつむぎちゃん」

紬「うん、合ってるよ唯ちゃん」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 05:51:05.12 ID:QbZMQD9WO

律「私はわかるか?」

唯「りっちゃんだよね」

律「そうそう、田井中律」

 車中、唯ちゃんはみんなの顔と名前を指差しして一致させ直した。

 忘れないのは憂ちゃんと和ちゃん、それに両親くらいのもので、

 私たちの顔や名前はこうして、たまーに忘れてしまうのが現状だった。

 お医者さまの話では、唯ちゃんの記憶が戻り始めるのと一緒に、この記憶障害も治るはずだという。

 それでも記憶なんてトンカチで叩けば取り戻せるものでもなく、

 唯ちゃんは18年の記憶を失っただけじゃなく、これからの記憶力も微かなまま、退院をすることになった。

唯「これからお家に帰るんだよね?」

律「ああ。それでみんなで、退院のお祝いだな」

唯「憂もくる? 和ちゃんは?」

澪「もちろん。唯の知ってる人、全員来るぞ。あ、看護婦さんとかは忙しくて来れないけどさ」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 05:54:04.86 ID:QbZMQD9WO

 私は澪ちゃんの隣で笑って、あまりしゃべれずにいながら、また唯ちゃんに忘れられることだけが怖かった。

 唯ちゃんが笑っていても、その記憶の中に私がいないのは、あまりに寂しい。

唯「つむぎちゃん」

紬「! なあに、唯ちゃん?」

 まるで心を読んだみたいに、唯ちゃんのほうから話しかけてきた。

唯「変なこと聞くけど……紬ちゃんの家って、すごくお金持ち?」

 りっちゃんが「あー」と口を開けて頷く。

 そういえば話し損ねていた、と思う。

 いきなり大きな車に乗せられて、唯ちゃんも戸惑っていたかもしれないと反省する。

律「私から説明するよ」

律「まぁ、ムギは見てわかる通りのお嬢様だ。父親の会社が手広くて、楽器店なんかもそのうちにあるんだが」

律「そこんとこのコネ使って、唯の使ってたギターも値引いてもらったりしたんだ」

唯「へえ……紬ちゃんちってすごいんだね」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 05:57:07.04 ID:QbZMQD9WO

紬「……そうね」

 記憶はないけど、この子は確かに唯ちゃんだと思う。

 私じゃなくて、私の家を褒める。

 誰よりも本当のことを見抜いている視線は、私がひそかに憧れていたものだ。

澪「あ、そろそろ唯の家だな」

律「なんとなーく、懐かしい気になったりしない?」

唯「うーん……全然」

律「でしゅよね」

唯「でも、いままでみんなに見せてもらった写真でしか、家とか学校とか……昔の自分のこと知らなかったから」

唯「やっと自分の目で見られるっていうのは、うれしいよ」

 唯ちゃんが笑うと、見覚えのある白い家が、フロントガラスのむこうに見えた。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 05:59:07.64 ID:QbZMQD9WO

唯「ねぇ澪ちゃん」

 車が止まると、唯ちゃんは澪ちゃんの肩を叩いた。

澪「ん、どうしたんだ?」

唯「家までちょっと、一人で歩いてみてもいいかな?」

 澪ちゃんはえーっとと唸ってりっちゃんと顔を見合わせた。

 唯ちゃんが車椅子に乗っているのは、実はそこまで大した理由ではない。

 足に大きなケガがあるわけでもなく、ふつうに立って歩くこともできる。

 ただ走ったり、長時間歩いたりすると体に負担がかかってしまうために、車椅子にのっているのだ。

律「そのくらいならいいんじゃないか?」

澪「そうだよな」

 りっちゃんから澪ちゃんを通って唯ちゃんまで、頷きが伝わっていった。

律「でも一応、私が横につくから」

 大袈裟だよ、と唯ちゃんは笑う。

 みんなはその笑顔を鏡のように無機質に返すばかりだった。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 06:05:05.04 ID:QbZMQD9WO

唯「よっと……」

澪「大丈夫か?」

唯「だいじょぶ、だいじょぶ」

 前から澪ちゃんに引かれ、後ろから私に支えられて、唯ちゃんが車を降りた。

 その間にりっちゃんが車椅子を降ろしておいてくれた。

唯「ふう」

澪「一人で立てる?」

唯「それはだいじょうぶだけどー」

 唯ちゃんはいじましい目で振り返って、車の中の私を見おろした。

唯「紬ちゃんにお尻さわられた」

澪「えっ」

律「えっ」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 06:10:06.14 ID:QbZMQD9WO

 だって可愛かったんだもん。

澪「私が唯みてるから、律はその痴女を捕まえといて」

律「しょうがないな」

唯「紬ちゃん、もう悪いことしちゃだめだからね」

 りっちゃんに捕まったまま、私は唯ちゃんが家の玄関まで歩いていくのを見届ける。

 鍵は唯ちゃんがちゃんと持っている。

律「なあムギ、唯のどうだった?」

紬「すごくあったかかった」

律「いいな……私も触らせてもらおう」

紬「だめよ、唯ちゃん怯えてたわ」

律「第一人者が何を言うっ」

紬「あいたーっ」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 06:15:06.13 ID:QbZMQD9WO

 お庭で久々の漫才を繰り広げてから、唯ちゃんに招かれてお家に上がらせてもらった。

唯「ここが私のお家……?」

澪「ああ。ゆっくりくつろいでいいからな」

唯「……」

 唯ちゃんは不安そうにきょろきょろして、おずおずとこたつの横に座った。

唯「……ちょっと落ち着かないような、気がする」

 何度か息をすって吐いて、唯ちゃんは申し訳なさそうに言った。

律「……床に転がってみたら?」

唯「えっ、床?」

 ちょっと流れ込んだ澱みを押しのけるようにりっちゃんが提案した。

 なるほど、唯ちゃんのお家での過ごし方はそれくらいリラックスしてるんだっけ。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 06:20:05.52 ID:QbZMQD9WO

紬「そう、唯ちゃんゴロゴロしてみて!」

唯「うーん……」

 遠慮がちに唯ちゃんは床に伸びていった。

唯「……あ、いいかも」

 まだまだ伸びる。

唯「う、これ良い……うはぁ」

唯「くふ……すぅ」

 寝た。

澪「……とりあえず、体は自分の家を覚えてるみたいだな」

律「だな。まあ元々、憂ちゃんや和のことは1回教えたら忘れないくらいだし」

律「記憶を失ったっていっても、体に染み着いてることはたくさんあるみたいだ」

 ひとまず安心した顔でりっちゃんは寝転がっている唯ちゃんに近づくと、

 スカートをめくってお尻を鷲掴みにした。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 06:25:13.66 ID:QbZMQD9WO

――――

澪「唯、後ろは私が守るからな」

唯「うん、ありがとう澪ちゃん」

 ほっぺたについた赤い手形を押さえるりっちゃんの後ろについて、

 私たちは唯ちゃんの部屋まで上がることにした。

 ちなみにりっちゃんを叩いたのは澪ちゃんで、唯ちゃんはあたふたしてた。

紬「階段つらくない、唯ちゃん?」

唯「大丈夫だよ。でもちょっと暑い……」

澪「あとでアイスでも買いにいこうか。あ、唯は休んでていいからな」

 3階右奥の部屋の扉を開けて、唯ちゃんはまたきょろきょろ見回した。

唯「……私の部屋」

律「うん、平沢唯の部屋だぞ」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 06:30:05.55 ID:QbZMQD9WO

唯「……私は平沢唯なのかなあ?」

 唯ちゃんは本棚を触りながら言った。

澪「実感わかないかもしれないけど、それは私たちみんなが証明する」

澪「だからそこは、何も考えずに信じてくれないか」

唯「うん……ちょっと休むね。これ、私のベッドだよね」

 唯ちゃんはふらふらとベッドに近寄ると、ぎっと鳴らして腰かけた。

律「……あー、じゃあ私ら、コンビニまでアイス買ってくるよ。唯が好きなやつ、買ってくる」

唯「ありがとう……あ、でも一人じゃつまんないから、紬ちゃん残ってよ」

紬「私?」

 突然の指名で驚いたけど、唯ちゃんに選ばれたことが単純に嬉しい。

 ましてや私はさっきお尻さわったのに。

紬「わかった、一緒にお留守番しよう」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 06:35:04.69 ID:QbZMQD9WO

 私は座布団に腰を落ち着けて、唯ちゃんを見上げた。

 事故の前と比べてほっそりして見えるのは、病院ぐらしで食べたいものが食べられなかったせいだろう。

紬「……唯ちゃん、帰ってきてみて、何か思い出したこととかある?」

唯「うーん……」

 唸りながら唯ちゃんはベッドの上に横たわる。

 すりすりと衣擦れをささやきながら伸びていく、黒タイツに包まれた両脚を目が無意識に追った。

唯「前から言われてたけど、確かにって思ったのは、私はごろごろするのがすごく好きだってこと」

紬「……あ、うん。他にはどう?」

唯「なんだろ。えっと……私って、お尻さわられる役回りとかだったの?」

紬「くすっ」

 唯ちゃんは、やっぱり天然。

唯「し、真剣な話! どう反応していいか、わかんなくて……」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 06:40:04.62 ID:QbZMQD9WO

紬「もし唯ちゃんがお尻さわられるキャラだったとしたら、どうするの?」

唯「んー……我慢してさわられるしか」

紬「うんとね、それはあまり良くないと思うわ」

 枕元に寄って、眠たそうな唯ちゃんの頭を撫でた。

紬「唯ちゃんは唯ちゃんだから。平沢唯を演じようとしなくても、唯ちゃんは変わってないの」

紬「だから、感じたままに反応していいよ? そうされても、私たちが戸惑うことはないはずだもん」

唯「……そっか。私は私なんだもんね」

紬「たぶん、今、何も覚えてない唯ちゃんが、唯ちゃんらしく振る舞おうとしても失敗するだけだと思うから」

紬「安心して、いつも通りに過ごしてたらいいの」

唯「うん……」

 唯ちゃんは私を瞳に映したまま、まぶたをそっと閉じた。

紬「……」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 06:45:04.81 ID:QbZMQD9WO

紬「……寝ちゃった、みたいね」

 私は唯ちゃんの部屋を見回した。

 唯ちゃんが大学に通い出し、寮住まいになったため、

 部屋は高校生のころ訪ねたときと、いくらかの違いがあった。

 それでも、退院にそなえて憂ちゃんが掃除したために埃はないし、

 唯ちゃんのギターもひとまず一時帰宅というわけで、壁際にたたずんでいる。

 だが本棚には寮に持っていききれなかった漫画が倒され、机にあったライトスタンドはそっくり消えている。

 少しばかり、寂しい印象だ。

唯「……っは、ぁん」

紬「! ……」

 どうしよう。

唯「ふう……ぅん」

 りっちゃん、澪ちゃん、はやく帰ってきて。

 唯ちゃんが誘惑してくる。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 06:50:04.46 ID:QbZMQD9WO

紬「……」

唯「つむぎちゃん」

紬「あっ、起きてた?」

唯「顔近いよ?」

紬「暑そうだったから。えっと、苦しかったら部屋着に着替えたりしたらどうかな」

唯「そうだね」

 重たそうに体を起こして、唯ちゃんはベッドから立ちあがった。

紬「平気?」

唯「うん、えーと……ここかな?」

 唯ちゃんが取っ手を引っ張ると、壁の中に収納スペースが現れた。

 それからタンスの引き出しをひとつひとつ開けて、部屋着の入っているボックスを探す。

 躊躇のなさは、唯ちゃんだなあと感じさせる。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 06:55:05.53 ID:QbZMQD9WO

唯「あ、これかな」

 4つめの引き出しから、桜色のTシャツが取り出される。

 丁寧に畳まれた服をぱさっと広げると、胸のところに「ハネムーン」と書いてあった。

唯「……ハネムーン?」

 唯ちゃんが何か感じたらしい。

紬「……懐かしいわね、それ」

唯「やっぱり、私の記憶に何か関係あることなの?」

紬「ちょっとした思い出ね。あれは私たちが高校2年の真冬のこと……」

唯「……」

紬「唯ちゃんは、妹の憂ちゃんと内緒の旅行に出掛けたの。誰にも知らせずにね」

紬「ちょうど憂ちゃんの誕生日、2月22日のことだったわ」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 07:00:29.00 ID:QbZMQD9WO

紬「……学校にもこない、連絡もつかない」

紬「唯ちゃんと憂ちゃんが失踪したって、みんなで必死で探したの」

唯「私が……そんなことを」

紬「数日後に、唯ちゃん達は帰ってきたわ」

紬「そしてその旅行のわけを、私だけに教えてくれた」

紬「それが、ハネムーン。唯ちゃんは実の妹と、新婚旅行にいったの。16歳になったからってね」

唯「……」

紬「私はそのこと自体はとがめなかったわ。でも今度からはちゃんと教えてねって」

紬「私たちには知らせるってこと忘れないようにってことで、私からハネムーンTシャツを贈ったの」

唯「……紬ちゃん」

紬「なに?」

唯「ネタだよね?」

紬「もちろん、全部作り話よ」

唯「ぶつよ」

紬「お願いします」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 07:05:10.94 ID:QbZMQD9WO

 唯ちゃんから両頬に平手打ちをもらって、

 じんじんする感覚にかすかな気持ちよささえ覚える。

紬「というわけで、その部屋着には特に思い出とか何もないの」

唯「うん……よく見たら他のにも色々書いてあるしね」

 ため息をついて、唯ちゃんはぺろりと服を捲り上げ、白いおなかを見せた。

 目をそらすのがあと一瞬遅かったら大変だった。

 なにが大変かって、それはもう言葉にできないようなもの。

唯「よいしょっ、ハーネムーン」

唯「別に見ても気にしないよ。紬ちゃん女の子でしょ?」

紬「……一応、気にするかと思って」

 記憶をなくす前の唯ちゃんはもうちょっと恥じらいがあったような気がするのだけど。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 07:10:04.74 ID:QbZMQD9WO

唯「さてとっ」

 ベッドに座りこむと、唯ちゃんはぴんと足を伸ばした。

唯「でも、あれなんだね」

紬「え?」

唯「私って、恋人とかいなかったんだよね?」

紬「唯ちゃんからそういう話を聞いたことはないわね」

 唯ちゃんに限らず、恋人ができたという話はりっちゃんに疑惑があったきりで一度も持ち上がっていない。

 みんなと休日に会ったり、放課後遊んだりする頻度が変わることはなかったし、

 誰かと付き合っているのを隠せるほどみんな器用でも秘密主義でもないはず。

紬「恋人がいたほうがよかった?」

唯「ううん……目覚めて、何も分かんなくて、その上知らない誰かが恋人だなんてまずムリだよ」

紬「そうよね。今でさえ整理がつかないでごちゃごちゃなのに」

唯「紬ちゃんが余計にややこしくしてる感はあるけどね」

 恨まれてる。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 07:15:07.53 ID:QbZMQD9WO

紬「えへへ」

 といったところで、りっちゃんと澪ちゃんがアイスを買って帰ってきた。

律「おっ、唯Tだ」

澪「久しぶりな感じだな。病院だとずっとパジャマだったし」

唯「ゆいてぃーって?」

紬「唯ちゃんの着てる、ハネムーンとかアイスとかのTシャツのことね」

唯「……わりと私の象徴みたいな感じだね」

 唯ちゃんは不思議そうに腕を広げて、ハネムーンの文字をまじまじと眺めた。

律「それより、買ってきたアイス。どれがいい?」

 りっちゃんはビニール袋から、それぞれ個性の違うアイスを4つ並べてみせた。

 スーパーカップ、モナカ、アイスキャンディに、パピコの4つ。

 りっちゃんが買う前に言っていた「唯ちゃんの好きなの」とはパピコのことだけど、

 それは唯ちゃんには黙っておいて、選ばせるつもりみたい。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 07:20:12.25 ID:QbZMQD9WO

唯「私から選んでいいの?」

律「おう」

 りっちゃんはよく、こうして唯ちゃんが本当に唯ちゃんなのか、試そうとする。

 間違いなく唯ちゃんは変わってないけれど、やっぱり不安になるときもあるのかもしれない。

唯「じゃ、モナカ〜」

 ……そして、りっちゃんが出す試験は大抵、余計な不安材料を生む。

澪「……私は、スーパーカップにしようかな」

律「じゃあ私、ガツンとみかん!」

 結局、あまった私が唯ちゃんのパピコをとることになった。

 胸にのしかかる重たさに任せて袋を破くと、唯ちゃんがそばに寄ってくる。

唯「つむぎちゃん、それ何?」

紬「それって……このアイスのこと?」

 二人がこちらを見ないふりをしながら、私たちを注視しだした。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 07:25:05.80 ID:QbZMQD9WO

唯「そうそう、なんで紬ちゃんのだけ2つ入ってるの?」

 なんでと言われるとちょっと困る。

紬「うーん、これは2人で食べるアイスだからかなあ?」

 とりあえず私は唯ちゃんの前で、パピコを半分に割ってみせた。

唯「おぉ」

紬「こうやって友達と半分こにして食べるの。……そうだ、唯ちゃんにあげる!」

唯「えっ? そんな、悪いよ」

紬「いいの、唯ちゃんと食べたいから」

 私は押しつけるようにパピコの片割れを唯ちゃんの手に握らせる。

唯「……」

紬「……あっ、えっと、じゃあ」

 とたんに唯ちゃんがものすごい顔をしたので、私は慌てて唯ちゃんのモナカの袋を開けた。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 07:30:04.51 ID:QbZMQD9WO

 モナカを真ん中で割って、半分を唯ちゃんのあいた手に渡す。

紬「ね? これであいこだから」

唯「ほんとだ、すごいね!」

 唯ちゃんも納得してくれたみたいで何より。

 私はパピコの蓋を取って、溶けかけたアイスを吸った。

唯「紬ちゃんは何でも知ってるんだね」

 モナカをかじりながら唯ちゃんが言う。

紬「そんなことないよ。唯ちゃんがちゃんと思い出したら、私なんて世間知らずって笑われちゃうんだから」

唯「そーなのかなあ……」

 みんなでアイスを食べてからは、唯ちゃんの部屋に格納されていたアルバムや、

 卒業アルバムを見てずっと談笑していた。

 唯ちゃんは卒業アルバムの自分の写真に大笑いして、そして結局なにか思い出すことはなかった。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 07:35:05.67 ID:QbZMQD9WO

 しばらくして、憂ちゃんがまず帰ってきた。

憂「おねえええちゃあああん!!」

 怒濤の勢いで階段を駆け上がって唯ちゃんの部屋までやってきて、

 唯ちゃんを見るやいなや水平に飛んで唯ちゃんの首元に抱きすがって押し倒す。

澪「わあああああああ!?」

 メールで間もなく帰ってくるという予告がなければ、今度は澪ちゃんが記憶を失う番だったかもしれない。

唯「う、ういっ、ちょっと待っ」

憂「よかった、よかったよぉ! んっ、んっむ」

唯「ほえー!」

 病院で唯ちゃんが目を覚ましたときは唇にキスしたところが観測できたけど、今回はほっぺた止まり。

 落ち着いた憂ちゃんが離れて、あちこち赤い痕をつけた唯ちゃんもちょっと物足りなそうに見えた。

 私はそこそこ満足した。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 07:40:11.21 ID:QbZMQD9WO

憂「あらためて、退院おめでとう!」

唯「……うん」

 憂ちゃんにきつく抱きしめられて、唯ちゃんは苦笑いしていた。

唯「ありがとう、憂」

憂「今日はお姉ちゃんのためにいっぱいおいしいごちそう作るから! だから……ね!」

 言い淀むと、憂ちゃんは唯ちゃんの頭を撫でて立ち上がった。

 ようやく私たちを見てくれたようだ。

憂「えっと、和さんはまだですか?」

 憂ちゃんと梓ちゃんは学校に行っていて、唯ちゃんの退院の出迎えには来れなかった。

 私たちも学校があったのは同じだけれど、みんな1日ぶんの講義をすっぽかして唯ちゃんの出迎えに来た。

 大学はこういう融通がきくのがいいところだと私は思う。

 ただ和ちゃんも、同じように大学生になったのだけれど、今日の退院の出迎えには来なかった。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 07:45:05.39 ID:QbZMQD9WO

 和ちゃんいわく。

和「死に目に会いに行くわけじゃないし、律たちに任せるわ」

 ということだった。

 きっと本音は、自分との思い出を全て忘れてしまった唯ちゃんとあまり会いたくないだけかもしれない。

 それでもこの後の、唯ちゃんの退院祝いには駆けつけてくれる約束だ。

律「あ、あぁ、和はまだだよ。そろそろ授業終わるんじゃないかと思うけどな」

憂「そうですか……わかりました! それじゃあ私、お料理の支度してきますから、みなさんゆっくりしててください」

憂「お姉ちゃん、またね!」

唯「う、うん、ありがとう……」

 嵐のように去っていった妹にぼーっと手を振り、唯ちゃんはふと「イテテ」とほっぺたを指で撫でた。

紬「明日は外出できないわね」

唯「うん、これじゃちょっと……憂にも仕返ししようかな」

紬「そうしてあげたほうがいいわ」

澪「いや、止めろよ……」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 07:50:05.59 ID:QbZMQD9WO

 程なくして、梓ちゃんが訪ねてきた。

 唯ちゃんに頼まれて下まで玄関を開けに行き、部屋まで連れてくる。

 梓ちゃんは不安そうな顔をしながらも、肩をこわばらせて気丈そうにみせていた。

紬「梓ちゃん、先に上がって?」

梓「え、あ、はい」

 なので2階で梓ちゃんを先に階段に上がらせて、即座に後ろにつけた。

梓「ひゃああっ!?」

 当然お尻を触るためである。

 唯ちゃんのよりよく手におさまった。

梓「むむむムギ先輩ー!?」

紬「さあさあ、唯ちゃんが待ってるわよ!」

梓「ちょっ、ちょっ……まずはお尻から手を離してください!」

 台所で憂ちゃんが吹き出すのが聞こえた。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 07:55:10.31 ID:QbZMQD9WO

唯「いらっしゃーい、あずにゃん!」

 ドアを開けさせると、唯ちゃんが両手を振って歓迎した。

梓「唯先輩……」

 お尻が私の手から離れ、唯ちゃんのもとにとことこ歩いていった。

 梓ちゃんは唯ちゃんのそばにおずおずと座ると、軽く会釈をするように頭を下げた。

梓「このたびは、ええと、よくぞご無事で」

律「武士か」

澪「茶化すな」

 りっちゃんと澪ちゃんも、そちらはそちらで二人だけの世界である。

唯「うん、な、なんとかね」

 唯ちゃんはキスマークの指摘だと思って首筋やほっぺたを忙しく撫でる。

 恥ずかしそうに赤く照れているのが可愛い。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 08:00:05.75 ID:QbZMQD9WO

梓「その、記憶喪失……のことですけど」

唯「……うん」

 梓ちゃんはけんめいに言葉を反芻しているらしく、何度かくちびるをモゴモゴ動かした。

梓「前にも言いましたが、あんまり気に病まないでくださいね」

梓「思い出せないことは、私たちがぜんぶ教えますし、これからもたくさん思い出は作れますから!」

唯「……あずにゃん」

 唯ちゃんがため息まじりに言った。

唯「抱きしめていい!?」

梓「は、はい……って違っ!」

 呼び掛けに答えただけの梓ちゃんの声は、

 唯ちゃんがあまりにも間髪をいれなかったせいで肯定になってしまった。

 あっという間に梓ちゃんは唯ちゃんの手に抱きしめられて、逃げることも許されなくなった。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 08:05:25.71 ID:QbZMQD9WO

梓「あのっ、私の話きいてました?!」

唯「うん、いややっぱりあずにゃん抱きしめてるとしっくりくるんだよ!」

 記憶を失っても梓ちゃんの抱き心地は変わらないらしい。

 そりゃそうか。

澪「なんかほっとするなー」

律「唯、梓を抱きしめてたらなんか思い出すような気しない?」

唯「あっ、するよー! あずにゃんもうちょっとだけ協力して!」

梓「なっ……それ言われたら!」

唯「うへへーすりんすり〜ん……」

梓「唯へんぱい、やめへくださいよー……」

唯「あーあと10%で思い出せるー……」

梓「なんの指数ですかあ……」

 私はなかなか満足した。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 08:10:05.87 ID:QbZMQD9WO

 結局梓ちゃんが解放されるまで10分ほどかかり、

 ふらふらになった梓ちゃんは唯ちゃんのベッドに頭から飛び込んだ。

律「やれやれ、お前らよく寝るな」

紬「私たちも今日は遅くまで起きてるだろうから、少し休んでおく?」

唯「さんせい。私つかれちゃった」

澪「……それじゃあ、ちょっと休もうか。唯、この座卓動かしていい?」

唯「どうぞどうぞ」

 渋る唯ちゃんをベッドに上げ、私たちは座布団を枕に少し眠ることにした。

唯「すー、すー……んんっうぅ、やぁ……」

紬「……」

澪「りつ……寝た?」

律「くー……」

澪「ムギ?」

紬「……起きてる」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 08:15:04.44 ID:QbZMQD9WO

澪「よかった。少しだけ、話してもいいか」

紬「なあに?」

唯「ん、んっ……」

澪「……唯の記憶のことで、ちょっと疑問がさ」

紬「疑問?」

澪「唯って、意識を取り戻してから、ずっと寝てるときはああいう風にうなされてるじゃないか」

紬「そうね……」

澪「あれは、私たちの知らない唯の記憶……起きてるときは唯も忘れている、ふかい記憶が夢を見させてるんじゃないかと思うんだ」

紬「……どういうこと?」

澪「唯は、きっと……なにかあって、記憶を封じ込めているんじゃないかって」

紬「何かって?」

澪「それは、何かだ」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 08:20:12.25 ID:QbZMQD9WO

紬「……唯ちゃんが記憶を失った原因は、高熱よね」

澪「その高熱が、記憶を消すための処理で起こったオーバーヒートだとしたら……」

紬「……だけど、根拠がないように思うの」

澪「うん、そうなんだけど……唯の記憶を取り戻すことが、必ずしも唯のためにならないかもって……」

澪「私、そう思ったら怖くって……」

 澪ちゃんは体をちぢこめた。

澪「唯、ひどい目にあったんじゃなきゃいいけど……」

唯「うぅ……はーっ」

紬「……たしか、憂ちゃんが言うには唯ちゃんは夜遅く帰ってきて」

紬「でもいつも通りにお風呂入って、憂ちゃんのご飯を食べて寝て……翌朝、高熱を発したのよね」

 これ自体は、唯ちゃんがゴールデンウィークに帰省したときの出来事だ。

紬「記憶を消しちゃうほどの事件……があったとして、澪ちゃんならそんなふうに振る舞える?」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 08:25:12.38 ID:QbZMQD9WO

 澪ちゃんは少し悩むと、静かに言った。

澪「憂ちゃんが嘘をついてるって可能性も……なくはない」

紬「なんのために?」

 平静を保てずに、つい声が震えた。

澪「わからないけど……」

 澪ちゃんは濁したけれど、私には澪ちゃんが言おうとしたことがわかる。

 澪ちゃんは、憂ちゃんが唯ちゃんに何かしたと疑っている。

紬「……しっかりして、澪ちゃん。憂ちゃんは嘘をつくような子じゃないわよ」

澪「そう、だよな……ごめん、やな気持ちにさせちゃった」

紬「いいよ。でも……」

澪「でも……?」

紬「唯ちゃんの記憶は、必ず取り戻すから」

 澪ちゃんは頷くかのように首をひねり、「うん」か「ううん」のどちらかの「ん」を呟いて、目を閉じた。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 08:30:05.17 ID:QbZMQD9WO

――――

 目を覚ますと、横で和ちゃんが眠っていた。

 真鍋和の貴重な裸眼シーンを拝んでから時計を見ると、6時になったばかりだった。

唯「紬ちゃん?」

 声をかけられて振り向くと、唯ちゃんが寝転がったまま目を開けていた。

紬「あ、おはよう唯ちゃん」

唯「いま何時?」

紬「6時よ。もう起きる?」

唯「まだこのまま、ぐでーっとしてます……」

紬「そう……」

 マットの上といっても床で寝たせいか、体がすこし痛む。

 これ以上寝るのはちょっと辛い。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 08:35:20.57 ID:QbZMQD9WO

紬「……ねぇ唯ちゃん、聞いていい?」

唯「うん?」

 疑うわけではない。

 だけど、もし澪ちゃんの言う通り、記憶を取り戻すことで唯ちゃんが苦しむとしたら。

紬「最近、夢はみてる?」

唯「夢かあ。この間はね、みんなで船に乗ってたよ」

紬「みんなって?」

唯「私と憂と和ちゃんと、紬ちゃんと、……あずにゃんに、りっちゃんに澪ちゃん……みんなだね」

紬「へえー。どんな船に乗ってたの?」

唯「白くてでっかいクルーザーだった。……何をしてた夢なのかは、よく思い出せないや」

紬「そっかあ……」

 これは唯ちゃんの記憶喪失とは関係ないと思う。

 私ではつながりが見出だせそうにない。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 08:40:04.66 ID:QbZMQD9WO

紬「いまは、夢見てなかった?」

唯「いまは……えっと」

 唯ちゃんがいきなり顔を真っ赤にした。

紬「どうしたの?」

唯「その……誰にも言わない?」

 聞かなければいけない。

 そう、これは真実をさぐるためなの。

紬「言わないから、教えて?」

 そっと立ち上がり、唯ちゃんの口元に耳を寄せる。

唯「あのね……まずあずにゃんをぎゅーってしてて、そしたら憂が来て、私にキスしたの」

紬「……くちびるに?」

唯「……くちびるに」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 08:44:05.00 ID:QbZMQD9WO

唯「またかーって思いながら、あずにゃんをまだ抱きしめたままだったの」

唯「そしたら今度は……あの、紬ちゃんが来て……ちゅうを」

紬「そ、それで?」

唯「次は、紬ちゃんと憂に……両方のほっぺにキス……されてね、幸せだなーって思ってたら」

 幸せだったんだ。

唯「あずにゃんがぴょこんって出てきて、くちびるに……」

紬「……唯ちゃん、うらやましいわ」

唯「ゆ、夢だよ」

紬「でもうらやましいっ」

唯「し、しーっ。でね、それで終わりじゃなくて」

唯「あずにゃんも腕の中から抜けちゃって、みんなぐるぐる回りながらほっぺとか口にちゅーするんだ」

唯「いつの間にか和ちゃんもりっちゃんも澪ちゃんも来てて、どんどんちゅーしようとしてくるんだけど……」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 08:48:04.79 ID:QbZMQD9WO

唯「こう、ね……? ちゅーする場所がないでしょ? だから、だんだん……体の方に」

紬「うん、うん……」

 どうしよう、体が熱いよ。

 顔だけじゃなくって全身がかーっと熱くなってる。

唯「そこからはもう……私の口からはいえないっていうか、凄すぎて説明できないっていうか……」

紬「え、えー……」

 唯ちゃん、生殺しなんてひどいわ。

唯「つ、紬ちゃんだから話したんだよ。他の人に言っちゃだめだからね」

紬「うん。それはわかってるけど……ええと。聞いてもいいかな」

唯「……うん」

 唯ちゃんは私の質問することがなんとなく予想できているみたいだった。

紬「唯ちゃんって……ビアンなの?」

唯「そうみたい……」

 ため息まじりに唯ちゃんは答えた。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 08:53:05.39 ID:QbZMQD9WO

唯「記憶喪失の前はちがかったの?」

紬「えっと……き、聞いたことないわ」

唯「そっか……でも、あずにゃん抱きしめたりしてたあたり、ぶっちゃけ怪しいよね」

紬「……うん、怪しいって思ってた」

唯「紬ちゃんは、私がこういう人でも抵抗なさそうだよね……だから話したんだけど」

唯「……ええっと、私、あずにゃんが好きだったのかな?」

紬「わかんない。憂ちゃんが好きなのかなって思うときもあったし」

紬「同じくらい、梓ちゃんやりっちゃんや澪ちゃんや和ちゃんにも……」

唯「……うん」

 唯ちゃんは複雑そうに天井を仰いだ。

唯「なるほど……私は私、変わってないね」

紬「そうだね」

 私はちょっと笑って、唯ちゃんの横顔にもう少しと近付いた。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 08:59:04.70 ID:QbZMQD9WO

唯「記憶喪失……加えて記憶障害、さらに同性愛者ときたかぁ」

 ぼそぼそと、隣で寝ている梓ちゃんにさえ聞こえないように唯ちゃんは呟いた。

紬「同性愛は無理だけど……記憶喪失と記憶障害は治るって、お医者様言ってたわ」

唯「そうだよね。まず、この忘れっぽい頭をどうにかしないと」

 唯ちゃんは指で頭をとんとんと叩いた。

紬「私たちもみんな協力する」

 私はその手を握り、両手で包み込む。

 あたたかい手首の脈がトクトク鳴っているのがわかった。

唯「ありがとう、紬ちゃん」

 唯ちゃんはにこりと笑う。

 たとえ辛いことがあったとしても、唯ちゃんは記憶を取り戻したがっている。

紬「唯ちゃんの18年間、なかったことにはさせないから」

 私は背中についた目で、澪ちゃんを強く睨んだ。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 09:04:23.80 ID:QbZMQD9WO

 そのうち皆の目が覚めて、いつの間にか混ざっていた和ちゃんへの驚きをひとしきり述べたあと、

 憂ちゃんが用意がととのったと言って私たちを呼びに来た。

 これは申し訳のない話なんだけれど、唯ちゃんたちのお父様お母様は私たちに気を遣って、

 今日のパーティーには参加せず別日に唯ちゃんの退院を祝うことにしたらしい。

 なので今日は、唯ちゃんたちのご両親に会うことはないのであしからず。

 ともあれ私たちは階下におり、憂ちゃんが腕をふるったディナーをごちそうになることになった。

 みんなのグラスにジュースが入ると、りっちゃんが乾杯の音頭をとる。

律「えー、この度は我が戦友平沢唯の快気の祝いにお集まり頂き感謝申し上げます」

梓「80代か」

律「茶化すな」

律「えっと、まあ、唯のこれからの末永い健康を願って、乾杯!」

みんな「かんぱーい!」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 09:08:14.51 ID:QbZMQD9WO

――――

澪「ふえぇ……食べすぎちゃったよぅ……」

 あれだけあった料理は1時間ほどでなくなり、

 デザートのいちごプリンを食べながらみんなでこれから何するか、と話し合う。

和「ねぇ、軽音部のライブのDVDは見せてあげた?」

律「見せたよ。見たの覚えてるか、唯?」

 りっちゃんがニヤッと悪く笑ったのが見えた。

唯「ん……あっ、覚えてない!」

 元気よく答える唯ちゃん。

 私も澪ちゃんのパンツが見たいので黙っておく。

梓「じゃあもう一度見ましょうか」

澪「……いいけど、あとで私、ちょっとトイレ借りるから」

唯「え、じゃあ覚えてる……」

澪「じゃあって何だ!」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 09:13:17.19 ID:QbZMQD9WO

 結局DVDは見ることになった。

 澪ちゃんは私とりっちゃんで逃げられないようにロック。

 梓ちゃんに再生してもらった。

和「まずは、1年の学祭ね」

梓「はい。私も映像でしか見たことないですが……」

唯「たしか、私が声をからしちゃってたんだよね」

律「そう、だから澪がボーカル」

 りっちゃんが澪ちゃんの腕をぎゅっと抱いた。

 澪ちゃんは恥ずかしがるけれど、あれから澪ちゃんは人前で歌ったり演奏することにも、

 恥ずかしさだけじゃなくて楽しさがあると気付いたと思う。

梓「始まりますよ」

 画面の中で幕が上がり、さわ子先生の衣装を着た私たちがステージに立っていた。

憂「お姉ちゃんかっこいいね」

和「ええ、ほんとね」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 09:18:31.53 ID:QbZMQD9WO

 MCもなく、りっちゃんのカウント、唯ちゃんのギターから「ふわふわ時間」が始まる。

 これが私たち軽音部の最初の曲、最初の演奏。

 四小節手拍子を送り、私たちのパートが混ざる。

『君をみてると、いつもハートドキドキ……』

唯「……」

『い゛〜つもがんっばーる』

唯「ぷっ」

『ひいぃみのよ゛こっがーお』

唯「ふっ、くく……」

 唯ちゃんが自分の声で笑ってる。

 つかまえて頬擦りしたい。

唯「一生懸命やってるなぁ……」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 09:23:41.14 ID:QbZMQD9WO

 演奏は大きなミスもなく成功に終わった。

『みんな……ありがとぉーっ!』

澪「あぁ……ああ……」

 澪ちゃんがぷるぷると震え出す。

 りっちゃんがさらに澪ちゃんにぐっと寄り添って、強く押さえつけた。

『澪ちゃん!?』

唯「しましま……」

澪「……こっ、高1のころなんだから別にいいだろっ」

唯「しましまパンツの澪ちゃん」

澪「やめろっ変な覚えかたしないで!」

紬「今はしましま穿いてないの?」

律「いや、ほとんどしましまとか水玉柄だぞ」

澪「もう許してくれませんか」
唯紬「おもいでぽろぽろ」
68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 09:29:09.06 ID:QbZMQD9WO

梓「じゃあ次は、最初の新歓ですね」

律「梓が唯にホレたライブだったな」

 ようやく解放された澪ちゃんは涙目でトイレに駆けていった。

梓「いえ、あの時はまだ……って何言ってんですか。え、何言ってるんですか!」

律「お、落ち着けよ梓」

唯「あずにゃん、早く再生してよー」

梓「はっ、はい」

 最初の新歓ライブでは、「私の恋はホッチキス」で唯ちゃんが歌い出しを忘れたのを覚えている。

 すかさずフォローしてみせた澪ちゃんがかっこよかったなぁ、という思い出だ。
唯「……このシーンを見るたび、私のどこが憧れるような先輩なのかと思うよ」

梓「……でも、ギター弾きながら歌うのって難しいですから」

唯「わたし、どうやってできるようになったんだろう……」

律「……それは、だな」

 りっちゃんが私に目配せする。

 一回話したはずだよな、という確認だと思い、私は頷いた。
唯紬「おもいでぽろぽろ」
69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2011/11/16(水) 09:34:29.05 ID:QbZMQD9WO

律「さわちゃんは覚えてるか」

唯「あっ、先生だよね。顧問の」

律「唯はさわちゃんの家で弾き語りの特訓をしたんだ。それで声がかれて、ああなってたんだけどさ」

唯「じゃあ私がバンドに復帰するには、また声をからさないと……」

律「そうかもなあ」

唯「ううっ、憂ー……」

憂「ゆっくりでいいからね、お姉ちゃん」

唯「憂……!」

 りっちゃんは私の横にお尻を浮かせてくると、私だけにささやきかけた。

律「今、本能的に憂ちゃんに甘えに行ったな」

紬「そうね。やっぱりわかってるみたい」

律「……あぁ」

 りっちゃんはさらに声をしぼった。

律「憂ちゃんは嘘をついてないと私は思う」
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