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以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
唯「それでも、私の妹なんだ」
監禁され800人とセックスさせられた17歳少女 大阪府公務員逮捕

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唯「それでも、私の妹なんだ」
3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 17:09:14.46 ID:z1NbjpKpO
>>1
代理サンクス
投下していきます
唯「それでも、私の妹なんだ」
6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 17:12:01.30 ID:z1NbjpKpO

  プロローグ


唯「私は……殺人をしたんだ」

 びっちょりとグラスの結露したアイスティーをストローで吸ってから、私は言った。

和「……」

 和ちゃんは私の目をじっと見つめ、しばらく黙っていた。

 長い静寂。

 蝉がじいじいと外で鳴く声が、耳もとでするようだった。

 やがて、和ちゃんは溜め息をつく。

和「冗談じゃないみたいね」

唯「冗談で、こんな話はしないよ」

 私は和ちゃんの目を見つめ返す。

 レンズ越しに、瞳は儚げに揺れていた。

唯「それでも、私の妹なんだ」
9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 17:15:37.08 ID:z1NbjpKpO

和「……どうして?」

 からん、とグラスの氷がぶつかった。

唯「復讐……なのかな」

和「復讐?」

 和ちゃんはオウム返しに訊いてきたけれど、

 私はそれには答えない。

 自分でもあの殺人がなんだったのか、よく理解できていなかったから。

和「唯。あなた、いったい何を……?」

唯「分からないんだ。私がどうやって、あの男を殺したのか」

和「……」

唯「それでもあの日、あの男は死んでた……紛れもなく、私の手で」

 和ちゃんは眉をひそめる。

和「唯、どうしちゃったのよ」

唯「それでも、私の妹なんだ」
15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 17:19:28.24 ID:z1NbjpKpO

 私は小さく笑う。

唯「狂ったって思う?」

和「正直、ちょっとね」

唯「そっか……でも私は狂ってないよ」

唯「狂っている人ほど自分は正常だって言う……なんて屁理屈は置いといてね」

唯「おかしくなったのは、私たちのいる世界のほう」

 和ちゃんはむきだしの腕をさすった。

 私は続ける。

唯「だって、あの男を私が殺したのは絶対間違いないんだ」

唯「そんな事件は、どうしたって起こり得ないはずなのに」

唯「だから、世界の方がおかしいの」

 和ちゃんは、首をゆらゆらと横に振る。

和「意味が分からないわ……」

唯「それでも、私の妹なんだ」
17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 17:23:11.54 ID:z1NbjpKpO

唯「うん、分からないと思う」

唯「自分でもよく分からないんだ」

 私は目を閉じ、すこし呼吸を整えた。

唯「だから、和ちゃんに解明してほしいんだよね」

唯「私がどうやってあの男を殺したのかを」

和「……そのために、いきなり呼んだの?」

 あきれ顔をして、和ちゃんはふだんの気配を取り戻す。

唯「えへへっ、そんなとこ」

和「そりゃあ私に分かるものなら協力したいけれど」

和「あいにく……唯の話は分からないわ」

唯「今のは、単なる事のあらましだよ」

 私はグラスを持ち、再度舌を湿らせた。

唯「それでも、私の妹なんだ」
19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 17:26:37.16 ID:z1NbjpKpO

唯「聞いて、和ちゃん」

唯「そして、ハッキリと教えて」

唯「私はどうやってあの男を殺したのか……」

和「……」

 少し黙ってから、和ちゃんは頷いた。

和「いいわよ。聞かせて頂戴」

和「……難問そうね」

 不敵に笑ってみせる。

 そうして笑う事で、自分をごまかしているのかもしれなかった。

 和ちゃんの中で、正義感が押えこまれているのが私には見える。

唯「……何もかもが終わった日。いや、始まった日かな」

唯「私はきっと、あの男を殺したんだ」

唯「それでも、私の妹なんだ」
22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 17:30:23.87 ID:z1NbjpKpO

  (1)


 それは新年度を近くに控えた、ある凍てる夜のこと。

 憂は中学生活最後の思い出に、友人と冬の海浜に出かけていた。

憂『遅くなるだろうから、今晩のご飯は作れないや』

 憂はそう言っていた。そして、言葉に違わず憂の帰りは遅くなっている。

 私は黒い焦げ付きのある鮭を箸でほぐす。

 どうにも今日は、料理がまるで上手くいかなかった。

 食事を終え、食器を洗っている間にも、夜はどんどん深くなる。

 きんと冷えた空気が足元から上がってきて、私はガチガチと歯を鳴らした。

 やがて、時計の針が22時を示す。

 洗った皿を水切り籠にかけ、ため息をついた。

 いくらなんでも遅すぎる。

 私はタオルで手を拭き、携帯をとった。

唯「それでも、私の妹なんだ」
25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 17:33:06.34 ID:z1NbjpKpO

 着信履歴から憂の携帯電話にかける。

 奇妙なほど苛立ちながら、コール音を聞く。

 「uiお留守番サービスに接続します」

 そして、予想していた返事。

 かるく舌打ちをして、携帯を閉じる。

唯「女になって帰ってくるつもりかなぁ、もう」

 私はソファに携帯を投げ、テレビをつける。

 毎週見ているドラマがやっていたので、ひとまず炬燵に入って視聴を始める。

唯「……」

 どうも面白くない。

 時期に合わせてか、卒業をテーマにとっているが

 私には少し縁遠い話だから、ひとつも心に響かない。

 憂がこの番組を見たら、どう思うのだろうか。

唯「それでも、私の妹なんだ」
27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 17:36:31.11 ID:z1NbjpKpO

唯「……」

 いや。このドラマがつまらないのは、そういう理由じゃない。

 憂が隣にいないから。

 憂がどこか見えない所にいるから、心配で心配で仕方なくて、

 このドラマのレベルじゃ、私の興味を惹けないんだ。

 ぼんやりと番組が終わる。

 私は顔をごしごしこすった。

 いよいよ時計は11時をまわろうとしている。

 警察に電話をしたほうがいいんじゃないか。

 そう思った矢先、携帯が鳴った。

 サブディスプレイには「憂」の文字。

唯「もしもし……」

 なぜか震える指先で通話ボタンを押し、電話口にささやく。

唯「それでも、私の妹なんだ」
28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 17:40:21.28 ID:z1NbjpKpO

憂『……お姉ちゃん』

 弱々しい声だった。

唯「憂、今どこ?」

憂『公園。岡本町の公園』

 私は頷くと、すぐさま立ちあがった。

唯「わかった。すぐ迎えに行くからね」

 近くにあったコートを羽織り、鍵も掛けずに飛び出す。

 岡本町の公園は、幼いころ私達がよく遊んだ公園だ。

 家からほど近い位置にあるそこから、憂はなぜわざわざ電話をかけてきたのだろう。

唯「……」

 駆けて、1分。公園に着く。

憂「……」

 すみっこのベンチで、憂はぼうっと空を見ていた。

唯「それでも、私の妹なんだ」
29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 17:43:44.44 ID:z1NbjpKpO

唯「憂……」

 私は狭霧を吐きながら憂に近づき、

 月明かりのうつす、その惨憺たる有様にようやく気づいた。

憂「エヘヘ……お姉ちゃん」

 コートのボタンは飛び、乱れた着衣からは白い肌が覗いている。

 そして何より、憂の着ていった真っ白なコートは。

憂「どっちから言ったらいいのかな……その」

憂「わたし……人を殺しちゃった」

 真っ赤な血染みを付けられていた。

唯「……」

 私は黙って憂の手をとり、立ち上がらせた。

 憂の持っていた血まみれの包丁が落ちる。それも無言で拾い上げた。

唯「帰るよ、憂」

唯「それでも、私の妹なんだ」
31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 17:46:29.37 ID:z1NbjpKpO

 憂の赤くなった所を隠しながら、

 私はどうにか家まで憂を連れ帰った。

 玄関は鍵をかけ、チェーンでロック。居間のカーテンをぴったりと閉める。

 血のついたコートは、ひとまずハンガーにかけておく。

 炬燵を挟んで向き合って、憂のためにティーパックの紅茶を淹れた。

憂「ありがとう、お姉ちゃん」

 あたたかい紅茶をすする憂を見ていると、首筋に指を押しつけたような痕が付いているのに気付いた。

 痛々しさに胸が苦しくなりつつ、ほんの少し気持ちがやわらぐ。

 やっぱり憂が人を殺したのには、それなりの理由があるようだ。

唯「……ねぇ、憂。なにがあったのか、聞いてもいい?」

憂「うん、いいよ」

 憂は笑顔を見せた。

 人に見せるための笑顔だった。

唯「それでも、私の妹なんだ」
34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 17:50:14.04 ID:z1NbjpKpO

憂「えっと、9時ぐらいに海から帰って、40分ぐらいにはこっちの駅に戻ってたんだ」

憂「真っ直ぐ帰ろうと思ったんだけど、途中で男の人に声かけられて」

憂「包丁を持ってて、ついて来ないと殺すって言うから困っちゃって」

憂「そのまま、さっきの公園の奥まで連れていかれたんだ」

 公園には、トイレの裏あたりにやや広い雑木林が設置されている。

 憂の言うのは、恐らくそこのことだろうと思われた。

憂「そしたら今度は、騒いだら殺すって言われて」

憂「服を引きちぎられたんだ。それで」

唯「憂っ、いいよ。もういい」

 私は憂の手を強く握り、話をやめさせた。

唯「もう分かったよ。何があったのか……」

唯「憂がどうして、誰を殺したのか」

憂「……そう?」

唯「それでも、私の妹なんだ」
36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 17:53:01.46 ID:z1NbjpKpO

 憂はすこし頬を膨らませた。

唯「……」

 私は一旦炬燵を出て、憂の横に並んで座った。

唯「……よしよし」

憂「んう……」

 抱き着いて、髪を撫でてあげる。

唯「憂はいい子。なんにも間違ってないよ」

唯「うん、よく頑張った。よしよし」

 ぎゅっと抱いて、憂のふるえを抑える。

憂「お姉ちゃあん、怖かったぁ……」

 私の前で無理して笑うくらいなら、笑顔なんて見れなくていい。

唯「たくさん泣いて。お姉ちゃんがついてるから」

唯「そのあとで笑ってくれたらいいから」

唯「それでも、私の妹なんだ」
38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 17:57:46.88 ID:z1NbjpKpO

 その晩、憂はたっぷり泣いて、

 汚された体を私に洗われながら、くすぐったそうに笑った。

 翌日、血のついたコートの代わりに、去年使っていた私のをクロゼットから出す。

 コートは紙袋に隠したあと、いらない服と一緒にゴミ袋に入れておく。ゴミの日に出すつもりだ。

憂「ちょっとくたくただね」

唯「いいじゃん、可愛いよ?」

 ギー太を背負い直しながら、私は笑う。

憂「そっかな……エヘ」

てれくさそうに憂は笑うと、私の手をぎゅっと握った。

憂「じゃ、学校いこっか」

 私達は扉を開けた。

 街の様子は昨日と変わらない。

 昨晩、この街で殺人事件があったことはまだ知れていないように感じた。

唯「憂……アレはまだ同じ場所に置いてあるの?」

唯「それでも、私の妹なんだ」
39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 18:01:08.00 ID:z1NbjpKpO

憂「……昨日の、あの人?」

唯「うん……」

 憂はゆっくり頷く。

 マフラーにそっと顔を埋めただけのようにも見えた。

 首輪のようにつけられた指の痕は、マフラーに隠されている。

憂「あのまま、だと思う。誰かが見つけてなければ」

唯「そっか……」

 私はほうっと息を吐いた。

 空はどっしり重たげに、灰色の雲を広げている。

唯「……」

 私達は、どうしたらいいんだろう。

 これからどうなっていくんだろう。

 茫漠とした不安を抱えながら、前だけを見つめて公園の前を通り過ぎた。

唯「それでも、私の妹なんだ」
40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 18:04:10.58 ID:z1NbjpKpO

 憂と別れてしばらく歩き、学校に到着する。

 教室の様子も特に逼迫したものはない。

 耳をそばだてるが、殺人事件があったという噂は聞こえてこない。

 まだ見つかっていないんだ。

 間違いなく時間の問題だとは思うけれど、それだけで私は安堵する。

 もしできれば、このまま夜になってほしい。

 そうすれば、私は死体を隠しに行ける。

 リスクは大きいけど、そのぶん返ってくるものも大きい。

和「唯、おはよう」

 考えに耽っていた私の肩がふと叩かれた。

 慌てて顔を上げると、浮かない顔で私を覗き込む和ちゃんがいた。

唯「あっ、おはよう……」

和「どうしたの? 元気ないみたいだけど」

唯「それでも、私の妹なんだ」
41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 18:07:17.24 ID:z1NbjpKpO

唯「え……」

 私は答えに詰まる。

 和ちゃんとは幼稚園来の付き合いだけれど、真面目な性分でもある。

 生徒会にも入っている彼女が、私のやろうとしていることを見逃すはずもない。

唯「そうかな? 別になんでもないよ」

和「なら良いんだけど……」

 カバンを机に置いて、和ちゃんは窓枠に寄りかかった。

和「あ、そういえば。唯はアレ見た?」

唯「昨日のドラマ? なら見たけど……」

和「違うわ、今朝の話よ。学校途中の道に、点々と血が垂れていたのよ」

和「歩いていたらいつの間にか足元にあって、私もびっくりしたんだけど」

 全身が内側から冷えていく。

唯「血……?」

唯「それでも、私の妹なんだ」
42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 18:10:10.74 ID:z1NbjpKpO

 和ちゃんの通学路に血痕が残っていた。

 いったい何の血だろう。

 それはまだ不明だ。

 私は気を強く持った。

唯「見てないなぁ……どんな感じだった?」

和「どうって?」

唯「ホラ、ぼたぼた大量に垂れてたとか、まだ乾いてなくて赤かったとか」

 怯え、焦り、その他の私に似合わない感情を全力で押さえこめて、

 私は和ちゃんから情報を引き出す。

和「ああ……血っていっても、ほんのちょっぴりよ」

和「鼻血が出たみたいに、2メートルくらいの間隔で一滴ずつ」

和「昔遊んでた、あの公園のあたりで途切れていたわね」

唯「それでも、私の妹なんだ」
43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 18:14:13.97 ID:z1NbjpKpO

唯「岡本町の……?」

和「そうそう。乾いた血だったけど、ずっと続いているから気になったのよ」

唯「……覚えはないなぁ」

 公園で途切れた血痕。

 乾いているということは、そう新しいものではない。

 誰か怪我をした人が私たちの後にあの道を歩いたとして、

 その数時間で血は完全に乾くだろうか。

 そもそも血の垂れるほどの怪我をした誰かが通るのだろうか。

 可能性は低い、と私は思った。

 順当に考えるならば、その血痕は私たちが残したものだ。

 憂が怪我をしていたのか、包丁の刃から垂れ続けていたのかは分からない。

 ただ確実なのは、血痕が岡本町の公園と私たちの家は

 点線でつながれているということだ。

唯「……」

 心臓が、体の中からどんどんと胸を叩いてくる。
唯「それでも、私の妹なんだ」
45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 18:17:20.04 ID:z1NbjpKpO

 幸いなのは、和ちゃんが「血痕が途切れるもう一方の場所」を見ていないこと。

 それさえ見られていなければ、血痕とも死体とも、私たちに結びつけることはできない。

 いかに聡明な和ちゃんであろうともだ。

 けれど、もし他の誰かが血痕に注目し、死体を見つけたり、

 さらに私たちの家に辿りついたりすれば、どんな馬鹿でも私たちを疑う。

唯「あっ、ゴメン和ちゃん。ちょっとトイレ」

和「付き合うわよ?」

唯「いいよぉ、もうすぐホームルーム始まっちゃうし」

 荷物のことは、この際かまっていられない。

 言い訳もあとで考えよう。

唯「出席よろしくね」

 私は教室を出ると、体を低くして昇降口へと駆けだした。

唯「それでも、私の妹なんだ」
46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 18:20:48.41 ID:z1NbjpKpO

 裏門から学校を出て、さらに走る。

 息が切れたところに、赤信号。

唯「はあぁ……」

 泡を吹く口角を舐め、往来のないことを確認してから駆け抜けた。

唯「ひぃっ、はぁっ」

 地面を蹴るごとに脚がガクガク震え、限界の訪れを感じ取る。

 けれど、公園はすぐそこだ。

 私は一気に駆け、公園の入り口で止まる。

 足元には、確かに血痕があった。

 いまだ公園は閑散としており、死体に気付いた者はないらしい。

 私は息をととのえながら、血痕をたどって私の家へと歩く。

唯「……」

 もし、仮に。

唯「それでも、私の妹なんだ」
47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 18:23:26.48 ID:z1NbjpKpO

 仮にこの血痕が私たちの家の前で途切れていたとして、

 私はどうすればいいんだろうか。

 水を撒き、血痕を消す。

 そんなことをすれば、それこそ何をしているのかと問われかねない。

 道端の掃除など、高校生が平日の朝からやるものでもない。

 暑い時期なら打ち水に紛れることもできるが、今日の最高気温は9度。

 コートも置いてきたことを思い出し、私は耳もとに吹きつける風の冷たさにぞっとした。

唯「どうするの、私……」

 とにかく考えなければ。

 冬空のもとでも怪しまれず、血痕を消す方法を。

唯「……」

 いや、血痕だけに拘る必要はない。

 憂が殺人をしたと知れなければ、それで十分だ。

唯「それでも、私の妹なんだ」
48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 18:26:58.79 ID:z1NbjpKpO

 血痕が途切れた。

 ……ように見えたが、次の一滴は私の家の庭に続いていた。

 そこから先は掠れて見えにくくなっているが、

 血を落とした主が玄関のほうへ向かっているさまがどうにか確認できた。

唯「……くっ」

 歯噛みして、私は公園へ駆け戻る。

 あれだけの血痕を消すとなると、膨大な作業量を要する。

 私たちが相手取るのは警察だ。

 血のかけらだって残ってはいけない。

 そして元より、誰にも気付かれず完全に血痕を消すことなど不可能に近い。

 ならば、そもそも事件の存在を明るみに出さなければいいのだ。

 公園へと駆けこむ。

 午前8時半の公園。人の姿は、ない。

唯「それでも、私の妹なんだ」
50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 18:30:33.99 ID:z1NbjpKpO

 私は周囲を警戒しつつ、林に飛びこむ。

 すこし歩くと、死体はすぐに見つかった。

唯「……」

 男の背中は、大きく赤く染まっていた。

 この寒さのおかげか、ひどい腐敗や損傷はみられない。

 蛆でもわいていたらどうしようかと思ったが、この分ならば問題なさそうだ。

唯「よし」

 私は辺りを見回し、林の奥に深い生垣があるのを見つけると、

 男の両脇に腕を差し込んで引きずった。

 求められることは、ただ夜中までにこの死体を隠しきることだけ。

 今この明るいうちでは、いかな行動も起こせるものではない。

 しかし暗くなってしまえば、穴を掘って埋めてしまうことも不可能でない。

 とにかく絶対に隠し通すこと。それが何よりの課題だった。

 「お前、何してんだ」

唯「それでも、私の妹なんだ」
51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 18:33:37.49 ID:z1NbjpKpO

 心臓がびくりと跳ねた。

唯「あ……」

 ゆっくりと、声のした方へ振り返る。

 見知らぬ若い男が、むすりとした顔で立っていた。

 「おい……オイ。それ、よォ」

 男の視線は、私の足元に落ちている死体に釘づけになっていた。

唯「ち、ちが、違いますっ。私じゃありません!」

 「けど今……それ、隠そうとしてたよな」

唯「それはっ……林の中から出そうと思っただけで」

 「だったら動かす方向がおかしいだろうが」

 「地面に引きずった跡、残ってんぞ」

 男は思った以上に頭が回るようだった。

 対して、こちらは何の言い訳も浮かばない。

唯「それでも、私の妹なんだ」
52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 18:36:50.39 ID:z1NbjpKpO

 「うわっ、丸出しじゃねえか」

 男はまず死体に近寄っていく。

 「胸と背中に刺傷か。返り血は浴びてないようだし……」

 「しかし先に……場合も……いや」

 ぶつぶつ言いながら、男が近づいてきた。

 「とにかく、警察に通報させてもらうぞ。お前もここにいろ」

唯「……はい」

 逃げ切った所で、私は制服を見られている。

 この男なら、制服の特徴もタイの色も覚えていそうだ。

 むろん、髪色や黄色いヘアピンもそうだろう。

 警察に通報されれば、そこから私が桜ケ丘高校1年の人間だとわかる。

 そして、この時間に私が教室にいなかったことも。

 逃げてもメリットは小さい。

 私はうなだれて、男に従った。

唯「それでも、私の妹なんだ」
53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 18:40:30.51 ID:z1NbjpKpO

 ベンチに腰掛けて数分。

 パトカーが2台、公園にやってきた。

 男の指摘した通り、私が死体を隠そうとしていたことはすぐ警察にも悟られた。

 私はパトカーに乗せられ、警察署へ連れて行かれる。

 学校にも連絡がいったらしい。横に座った刑事さんが言っていた。

唯「……」

 私はパトカーの窓に額を乗っけて、流れていく景色を眺めた。

 もう残された手段はひとつしかない。

 私が、私で憂を守るしかない。

 警察署に到着し、私は奥のほうのスペースに通された。

 知っていることをすべて話してほしい。

 刑事さんはそう言った。

唯「それでも、私の妹なんだ」
54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 18:43:11.03 ID:z1NbjpKpO

 私はすうっと息を吸うと、眠りに落ちるかのようなまばたきを二回した。

 そして、胸に手を当てて吐露する。

唯「……あの人は、私が殺しました」

 刑事さんの表情は変わらない。

 私は続ける。

唯「ゆうべ遅く……10時くらいでしたか」

唯「私が外をぶらぶらしていると、あの男に声をかけられました」

唯「えと、私が殺した男の人です」

 私が、という所を強調する。

唯「男は万能包丁を持ってました。これくらいの」

唯「それでもって私を脅して、さっきの公園の林の奥に私を連れていきました」

唯「男は私に声を出さないよう言って、私の服を裂いて……」

 声を落とす。

唯「それでも、私の妹なんだ」
55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 18:46:33.83 ID:z1NbjpKpO

 刑事さんは不快そうな顔をして頷く。

 何が言いたいか伝わったらしい。

 安堵の息をつきたいのをこらえて、私は話し続ける。

唯「……そのうちに、男が包丁を取り落としました」

唯「一瞬でしたけれど、そのうちに包丁を奪って、すぐ男を刺しました」

唯「胸を刺してのたうちまわっているところに、背中にもう一刺しを」

 ここのところは、あの発見者の探偵気取りな男を信じるしかなかった。

 彼は死体の胸と背中に刺し傷があると言っていた。

 それが本当でなかった場合――どうしようか。

 「それで……死んだのか?」

唯「まだ生きていたと思います」

唯「私は包丁を持ってすぐ逃げたので分かりませんが、そのあと出血多量で死んだんだと思います」

唯「それでも、私の妹なんだ」
56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 18:50:23.72 ID:z1NbjpKpO

 「……それで今日、その生死を確認しにいったってわけだね?」

唯「はい。死んでいたので……犯罪者になりたくなくて、死体を隠そうと思いました」

唯「……そこで、通報者の男性に見つかったわけです」

 語り終えて、私は刑事さんの表情をうかがう。

 射抜くような目が、ちらちらと飛んできた。

 「その包丁は、今どこにあるんだ?」

唯「私の家です。台所で血を洗った後、そのままにしてあります」

 包丁は刃だけではなく、柄も丹念に洗ってある。

 指紋は消せている、と思う。

 「……彼の生死を確認するために、なぜ制服を着てきたんだね」

唯「はじめは学校に行くつもりでした。でも公園の前を通るときに、気になったので……」

 納得していない表情で、刑事さんは頷く。

 もともとそういう顔なのかもしれなかった。

唯「それでも、私の妹なんだ」
58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 18:53:34.00 ID:z1NbjpKpO

 「では今から、君の家に行かせてもらおうか」

唯「私の家、ですか。……はぁ」

 包丁を探しに来るんだろうか。

 断るわけにもいかず、私はあいまいに頷く。

 問題があるとすれば、憂の着ていた白いコートだ。

 私のものだと主張すれば、今はごまかせる。

 けれど、憂は昨日あのコートを着て、たくさんの友達に会っているのだ。

唯「……」

 パトカーに乗せられながら、私は目を伏せた。

 どうすれば、憂を守れるんだろうか。

 あのコートをうまく処分したとしても、憂が昨日それを着ていたと言う事実は消せない。

 憂は多くのクラスメートと会っているのだ。

 いずれ誰かが訊ねるだろう。
憂、あのコートはどうしたの、と。

唯「それでも、私の妹なんだ」
59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 18:56:40.22 ID:z1NbjpKpO

唯「あ……」

 誰かがそれに気付く前に、憂が卒業すればいいんじゃないだろうか。

 コートをうまく処分し、卒業によって周囲との関係が断たれれば。

 私は軽く頷いた。再び体に力が戻ってくる。

 今はどうにかして、あのコートを隠し通さねばならない。

 パトカーが私の家に到着する。

 奇妙なことだが、私が家の案内を頼まれた。

 ここぞとばかりに、私は自分の部屋を客間だと説明しておいた。

 客人用のスペースだから、あまり荒らされるのは困る、と。

唯「……せめて、迷惑はあれきりにしたいですから」

 客間と偽った、私の部屋のクロゼット。

 その中の、ゴミ袋と洋服と紙袋に阻まれた場所にコートはしまってある。

 隠し通せること、なきにしもあらずだ。

唯「それでも、私の妹なんだ」
60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 18:59:20.83 ID:z1NbjpKpO

 私たちの家を、しばし人々が荒らしまわる。

 警察の目的は別にあるのか、三階に寄りつく人は少なかった。

唯「……」

 「そういや、昨日の服はどうしたんだね」

唯「朝捨てました。気持ち悪いので」

 「……一緒に暮らしている妹がいるはずだが、何も言われなかったのか?」

唯「妹には話していません。昨日は妹も帰りが遅かったですし、何も気付いてないみたいですよ」

 言いながら、私はボロを出したことに気付く。

 憂の帰りが遅かったのは事件に遭ったせいであって、

 本来は1時間ほど早く帰れていたはずなのだ。

 憂の友人が口をそろえて9時には浜辺を去ったと証言すれば、

 まっすぐ帰った場合と実際の帰宅時間とのズレができる。

 失敗した。

唯「それでも、私の妹なんだ」
61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 19:03:18.72 ID:z1NbjpKpO

唯「……」

 こんなことでは駄目だ。

 もっと集中して問答に臨め。

 「……妹さんの学校のほうにも、もう連絡は行っているが」

 刑事さんは頬を掻く。

 「なんだ。君は何故そう敢然としているんだ?」

唯「かんぜん……?」

 「ああ。……こういうことを言うのは私もあまり良しとしないが」

 「君の自白には、嘘がある。君は誰も殺してなどいない。そう感じる」

 「そしてその嘘をひた隠すために、こうしてここに立っているのではないか?」

 じわりと全身から汗がにじむようだった。

唯「いえ、そんなこと……」

唯「それでも、私の妹なんだ」
62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 19:06:25.89 ID:z1NbjpKpO

 「……君の嘘は、きっと脆い」

 刑事さんは含み笑いをしながら、階段を上がっていく。

 三階へと歩む後ろ姿に、迫力があった。

 いやな汗がだらだら流れ落ちて、私は袖口でこめかみを拭った。

 壁に寄りかかっているだけなのに、息が上がってくる。

 わけもなく瞳がうるんできた。

 「思った通りだよ」

 どこか悲しげな声が、足音とともに降りてきた。

 廊下に出てきた刑事さんの手から、白く赤いコートがぶら下がっている。

唯「……そうみたいですねぇ」

 「いや、まだ分からないぞ。君の家はもしかしたら客間をゴミ捨て場にしているのかもしれん」

 冗談をとばしながら、刑事さんは私の横をすり抜け、さらに階段を降りていく。

 わたしはずるりと崩れ落ち、乾いた笑いをあげた。

唯「それでも、私の妹なんだ」
63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 19:10:12.30 ID:z1NbjpKpO

――――

 真相を隠しきることはできなかった。

 今にして思えば、私の工作は穴だらけだった。

 たとえば、私は22時には外をうろついていたはずなのに、

 22時から始まるテレビドラマを見ていたととれる発言を和ちゃんに返していた。

 時間が経てばほころぶもの、即日に崩れるもの、いろいろだ。

 とにかく。数日して、憂があの男を殺したという判断が下された。

 憂の行動にはいくぶんかの正当性が認められて、

 更生をさせられるはめにはならなかった。

 だけれど、周囲の人々にとって、憂が人殺しをしたという事実に変わりはないみたいだった。

 それから数日後、憂は桜ケ丘への入学を辞退し、隣県の私立高校に編入することになった。

 春から私たちは、別々の家で暮らす。

 もしかしたら、私が余計な手出しをしたせいで。

唯「それでも、私の妹なんだ」
64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 19:13:12.98 ID:z1NbjpKpO

 数日後、私が学校に行くと、さわちゃんが手招きしていた。

 ついに来たか。

 私は笑顔をつくり、さわちゃんのもとに走る。

唯「どうしたんですか、せんせー?」

さわ子「その……あのね」

 眼鏡の奥は涙ぐんでいた。

 私は申し訳なくなって、作り笑顔をやめる。

唯「……いいよ、先生。覚悟できてるもん」

唯「殺人の隠蔽って、犯罪なんだねぇ」

 さわちゃんは眼鏡を上げて、ハンカチを目に押し当てた。

 そして、上ずった声で告げる。

さわ子「ええ。だからっ……唯ちゃんは」

 長く細い息を吐き、さわちゃんは胸を落ちつける。

さわ子「……平沢さんは、強制退部処分、だそうよ」

唯「それでも、私の妹なんだ」
65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 19:16:49.72 ID:z1NbjpKpO

唯「……そっか」

 私は笑おうとして、失敗する。

 涙としゃっくりが邪魔をした。

唯「……仕方、ないんだよね? わるいことしたんだもん……」

さわ子「……」

 さわちゃんは黙って、私の背中に手を置く。

唯「けいおんぶっ……たのしかったのに、な」

 一瞬、ふわりと大人っぽい匂いがしたけれど、すぐに鼻が詰まってしまった。

唯「さわぢゃん、わだしぃ……」

唯「くく、くやしい、なっ……もっと、けいおんしたかったよぉ……」

 ぎゅっとさわちゃんは私を抱きしめた。

 腕をのばして、言葉にできない悲しみと私は抱き合う。

 それからはもう、涙しか出てこなかった。

唯「それでも、私の妹なんだ」
66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 19:20:15.70 ID:z1NbjpKpO

 放課後、私はさわちゃんと一緒に音楽準備室に向かった。

 1年間一緒に部活をやった仲間に、お別れを言うために。

紬「唯ちゃん。今日も寒いわね」

 5人分のお茶が入る。

 ムギちゃんの紅茶が飲めるのも今日限りかと思うと、感慨深い。

唯「ありがとう、ムギちゃん。いつもいつも」

紬「いいのよ、私も紅茶好きだから」

 上品にムギちゃんは笑う。

 笑顔を返したかったけれど、やっぱり無理だった。

唯「ううん。本当にありがとう」

紬「……照れちゃうわよ」

律「……私たちも感謝してるぞ、ムギ」

 会話の止まる雰囲気を察知したのか、りっちゃんが言う。

唯「それでも、私の妹なんだ」
68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 19:23:12.88 ID:z1NbjpKpO

律「でもムギさぁ、なんで紅茶を持ってこようと思ったんだ?」

紬「言ったじゃない。好きだからよ」

律「あ、あぁ……」

 でも、そんな努力もむなしく、会話は止まった。

澪「……唯」

 沈黙を破ったのは、澪ちゃんだった。

澪「その……話があるんだろ」

唯「……うん」

 重苦しい雰囲気の中、私は頷いた。

 いつもの楽しい空気で言い出せたらな、と思っていたけれど、

 やっぱりそういう訳にもいかないみたいだ。

 軽く話していいことと悪いことがある。

唯「それでも、私の妹なんだ」
70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 19:26:35.59 ID:z1NbjpKpO

唯「憂の事件と、それから私がやったことをうけて……」

唯「……私は、強制退部処分だってさ」

 どんよりとした空気に、さらに低い空がのしかかってきた。

 口を開くのもためらわれるような中で、りっちゃんが机を叩く。

律「……っかしいだろうよぉ」

律「こんなの、おかしいじゃねえかよ……」

 もう一度、りっちゃんの拳が机を叩く。

 さすがドラマー、いい音がした。

律「さわちゃんっ、唯は何も悪くないだろ! なんで唯が辞めさせられなきゃいけないんだ!」

唯「りっちゃん、違うよ。私がいけないんだ」

律「いけないもんか! 説明しろよさわちゃんっ!!」

澪「律、よせ。……判断したのはさわ子先生じゃないだろ」

 澪ちゃんがそっとりっちゃんを宥める。

唯「それでも、私の妹なんだ」
71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 19:30:19.68 ID:z1NbjpKpO

律「……くそぉ」

 りっちゃんは机に伏してしまった。

紬「どうにも、ならないんですか」

さわ子「残念だけど……」

 さわちゃんが俯く。

 きっと撤回のために頑張ってくれたんだろう、

 輪郭がすこし細くなっていることに気がついた。

律「なにもかも、ヤロォのせいだ……」

澪「男か……」

唯「……」

 私は椅子を引き、立ち上がった。

紬「……唯ちゃん?」

唯「それでも、私の妹なんだ」
72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 19:33:45.01 ID:z1NbjpKpO

唯「……私の退部処分は、今日からだから」

律「唯、待てよ!」

 りっちゃんが私の腕を掴もうとする。

 その前に駆けだして、私は長椅子に置いていたカバンをとった。

唯「ゴメン、みんな。最後まで一緒にやれなくて……」

紬「やだ……唯ちゃん、辞めちゃいやよ!」

澪「……唯がいなくなったら軽音部はどうするんだ」

澪「そんな所に居るなっ! 戻ってこい!」

 ムギちゃんは、らしくもなく涙と鼻水を落として駄々をこね、

 澪ちゃんは学園祭の日、マイクで拡声した声より大きく怒鳴る。

唯「ありがとう。引きとめてくれて」

唯「私、みんなが大好きだよ。優しいみんながっ……」

 しずくがぽたぽた、床を濡らした。

唯「それでも、私の妹なんだ」
76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 19:36:13.43 ID:z1NbjpKpO

唯「ギー太……」

唯「ギターは、軽音部に貸しておくね」

 ソファに立てかけてあるケースを私は見やった。

唯「好きに使っていいから……ちゃんと新入部員つかまえるんだよ」

唯「4人いなきゃ、部活にならないんだから!」

 精一杯、心が壊れそうなくらいに頑張って、

 私はようやっと笑顔をつくった。

律「唯……」

唯「来年の学祭でも、ギー太の歌を聞かせてね。絶対だよ!」

 それだけ言って、私は逃げ出した。

 扉の開く音が追いかけて、ムギちゃんの声がする。

紬「唯ちゃんっ、いつでもまた遊びに来てちょうだいね!」

 階段を駆け降りる私の耳に、そんな言葉が届いた。

唯「それでも、私の妹なんだ」
77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 19:40:19.08 ID:z1NbjpKpO

  (2)


 流行する噂には法則性がある。

 見出しが単純で、かつ話題性に富んでいること。

 「何で?」「どんな?」と聞き手の興味を惹きつける材料があること。

 そしてその問いに対し返ってくる答えもまた、刺激的であること。

 ――平沢唯が、軽音部を強制退部処分だって。

 すべて、満たしていた。

和「おはよう、唯」

唯「……おはよ」

 事件からまる一週間が過ぎて、私はようやく平穏な生活を取り戻したかに思えた。

 マスコミの数も今朝はうんと減った。

 隣町で子が親を殺害する事件が起き、みんなそっちに流れたみたいだ。

 ろくに報道できない未成年の事件よりも報道の体をなすし、

 何より私たちの事件は、大衆にとって既に鮮度が落ちたんだと思う。

唯「それでも、私の妹なんだ」
79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 19:43:28.60 ID:z1NbjpKpO

 けれど、それはあくまでマスコミのほうの話だ。

 私の周りに、事件の話題はまだ色濃く残っていた。

 ……いや。

 むしろ私の退部処分という、どこか現実的な見出しによって、

 この話題はようやく熱を持ち始めたような感があった。

和「憂は……どう?」

唯「新しい生活のことだけ考えてるみたい。……元気そうに装ってるだけかな」

和「……離れて暮らすの不安じゃない?」

唯「憂なら大丈夫だよ。しっかりしてるから一人でも平気だって」

和「唯の話をしてるんだけど」

唯「ぷー」

和「ふふ……」

 和ちゃんの冗談はあまり面白くなかった。

唯「それでも、私の妹なんだ」
80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 19:47:07.53 ID:z1NbjpKpO

唯「……心配してくれてありがとね」

 私はにこりと笑う。

唯「でも私も大丈夫だよ。会おうと思えば会えない事もない距離だし」

和「そうね。あなたたち姉妹に言うことでもないと思うけど……仲良くしなさいよ?」

唯「……あはは」

 和ちゃんの心配は、すこしばかり当たっているような気がした。

 部屋でからっぽのギタースタンドを見るたび、私は毎度切ないのだ。

和「でも、いいのかしらね」

 どこか宙を見上げて、和ちゃんは言う。

和「そんなことを言うけれど、私には……すごく心配なのよ」

和「あなたたち二人には、一緒にいてほしかったわね」

 私も、そんな和ちゃんの顔を見るのをやめて窓の外に目をやる。

唯「そんなの、私だって。憂と一緒に暮らしていたかったよ」

和「……そうよね。ごめんなさい」

唯「それでも、私の妹なんだ」
81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 19:50:04.00 ID:z1NbjpKpO

 一週間前より少し暖かくなった空を、ばさばさ黒い鳥が羽ばたく。

 校庭に影を落としながら、学校の敷地を横切っていく。

唯「……」

 和ちゃんをちらりと見た。

 わけなんて無いんだろうけど、切れかけの蛍光灯をじっと見上げている。

 窓の外に、もう鳥はいなかった。

 私たちは正反対の方向を見つめながら、なにも語らうことなく時間を流す。

和「……」

 憂と離れて暮らして大丈夫だろうか。

 和ちゃんに言われるまで、考えないようにしていた。

 遠くへ行ってしまった憂が、いつでも私のことを考えていてくれる保証はない。

 何より怖くて辛いのは、

 憂にとって私が遠い存在になってしまうこと。

唯「それでも、私の妹なんだ」
82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/10/28(木) 19:54:41.53 ID:z1NbjpKpO

唯「……やっぱ、わたし憂のとこ行こうかな」

 新品の上履きを擦り合わせながら、私は言った。

 和ちゃんが振り返る。

和「唯?」

唯「私はいつだって憂のこと考えてるけど……」

唯「憂も私のことを考えてくれてるとは限らないよ」

 私の言葉に、和ちゃんはちょっと押し黙る。

 だけどすぐに、固くしていた口元をふっと緩ませた。

和「そんなことはないわ。憂は唯のこと、いつも考えているはずよ」

和「私はずっと唯達のこと見てきたもの。断言できるわ」

和「あなたたちは別々に暮らしても、心まで離れたりしない」

 そう言って、私の頭を撫ではじめる。

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