- ('A`)と歯車の都のようです
479 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:35:08.09 ID:8f5I62SD0 - 普段あまり人が訪れないそこには、早朝だと言うのに数千人を超える人間が訪れていた。
薄暗い灰色の空の下、老若男女、皆一様に黒い喪服を着ている。 中にはサングラスを掛け、涙を見せまいとする者がちらほらと窺える。 声を上げて泣く者こそいないが、静かに涙を流している者がほとんどだ。 裏社会の人間は基本的に、神を信じない。 その代わり、自らが仕える組織の首領を敬う。 墓地とは言っても、あるのはその者の名前と、いつ生まれ、いつ死んだのか、そして所属する組織名が刻まれた墓標だけ。 牧師も坊主もシスターもいない。 聖書も鎮魂の言葉も無く、収められた亡骸に涙するだけだ。 しかし、それは死者に対する礼儀でもある。 死んだ者は、神の元にも地獄へも行かない。 ただ、死んだと言う事実のみが、骸と主に埋められている。 生前、死者と過ごした日々を思い出し、涙する。 今回の騒動で裏社会に出た死者は、2000人以上。 皆、大小様々な組織に属していた者達ばかりだ。 そうでないフリーランスの者も、中にはいた。 墓地を埋め尽くす人だかりの最前列には、各組織の首領達がいる。 ロマネスク一家、水平線会、クールノーファミリーは、その中でも特に前の方にいた。 弔辞も何もない。 ただ、彼等は静寂を守っている。 聞こえるのは風の音だけ。 ふと、最前列にいたデレデレが手を上げた。 すると、その後ろに控えていた数人の男達が一歩前に出る。 彼等は、その手にライフル銃を持っていた。
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482 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:38:01.19 ID:8f5I62SD0 - 古めかしい木と金属で作られた銃を棹桿操作し、その者達は空に向けて銃口を向ける。
それに合わせて、墓地にいる人間が一人の例外なく、懐や腰から拳銃を取り出す。 ある者は遊底を引いて、また、ある者は撃鉄を起こし、ある者は何もせずに空に銃口を向けた。 そして、墓地中から一斉に銃声が響いた。 それは、空砲だった。 皆一斉に薬莢を廃莢し、次弾を装填する。 僅かの遅れも無く、もう一回。 これが、彼らなりの死者に対する別れの言葉である。 ライフル銃を構えていた者達が、一歩下がる。 ( ФωФ)「諸君」 代わりに、一歩踏み出したロマネスクが口を開く。 ( ФωФ)「嘆くのは終わったか? 振り返るのは終わったか? 立ち止るのは終わったか? ならば、行くぞ」 ロマネスクの一言で、墓地にいた人間が一斉に動き出す。 後一時間で、祭りは始まる。 中止になる前よりも二回り程規模も動員数も大きくなり、裏社会の人間は皆駆り出されていた。 時間が押している者達は急ぎ足で墓地を後にする。 残されたのは、極僅かの人間。 各組織の首領、そして。 黒い喪服に身を包むドクオだけだった。
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484 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:41:01.18 ID:8f5I62SD0 - ('A`)「……」
ドクオは無言で、墓地を進む。 地面に生えている青く柔らかい芝生を踏む感触が、靴底から伝わって来る。 共同墓地の隅の方。 すっかり寂れた四角い墓標の前に、ドクオはやって来た。 元は白かったのだろうか、今ではところどころに苔が生えている墓標の前に、ドクオは屈みこんだ。 ドクオの手には、白い花束と酒瓶が握られていた。 花束を傍らの地面に置いて、ドクオは酒瓶の蓋を開ける。 酒瓶に貼られた黒いラベルには、白で文字と骸骨の絵が書かれている。 生前、ジョルジュが愛飲していたリキュール、ラッテ・リ・ソッチラ。 ('A`)「よぉ」 苔の生えている墓標に向かって、ドクオは静かに話しかけた。 当然、返事はない。 ('A`)「話は聞いたよ、随分と無茶をしたんだって?」 墓標には、長岡家、と大きく刻まれている。 その下には、二人分の名前が刻まれていた。 ('A`)「……まったく、本当に馬鹿な事をしたな」 蓋を開けたビンの中身を、墓標の上から注ぐ。 薬草のような特徴的な香りが、ドクオの鼻腔を刺激する。 三分の二程注ぎ終え、今度は、ドクオはビンの中身を呷った。 喉を通るアルコールが、焼けるように熱い。
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488 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:43:16.22 ID:8f5I62SD0 - 味は、苦かった。
('A`)「でも、よかったな。 弟さんと一緒の墓に入れて」 ビンから口を離し、口元を拭う。 ('A`)「お前の銃、デレデレさんから預かったよ。 まぁ、売りはしないから安心してくれ」 そう言って、ドクオは空いた左手で腰からレッドホークを取り出す。 それを一瞥して、ホルスターに戻した。 ('A`)「あぁ、後な。 お前の家の鍵も受け取ったよ。 ……ホント、悪いな、助かる」 ドクオはもう一度、ビンの中身を呷った。 喉を鳴らして飲み下す。 蓋をして、ビンを墓標の横に置く。 ビンの中身は、三分の一程度に減っていた。 ('A`)「最初から、死ぬ気だったのか? いや、違うな。 死ぬって分かってたのか。 だから、デレデレさんに色々頼んだんだろ?」
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490 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:45:22.29 ID:8f5I62SD0 - 大騒動が終わってから、ドクオ達は一旦デレデレ達の元に集まった。
そこで、ドクオはジョルジュの死を聞いた。 何故ジョルジュが死に、彼が何を残したのかも聞いた。 だが、狼牙の事に関しては一切触れなかった。 正確に言えば、触れようとしていなかった。 ドクオも、それを喋ろうとは思わなかった。 ジョルジュがドクオに残したのは、レッドホークとジョルジュの家の鍵。 そして、一通の手紙だ。 ドクオは懐から、その手紙を出した。 封筒の中に収められていた便箋を取り出し、開く。 そこには、短くこう書かれていた。 ('A`)「"ありがとう"、か……」 たった一言。 その一言だけで、ジョルジュの言いたい事の全てが伝わって来た。 ('A`)「……ありがとう、ジョルジュ」 だから、ドクオも同じようにそう言った。 短い間であったが、ジョルジュには世話になった。 ドクオは短く息を吸い込み、溜息と共に呟く。 ('A`)「祭りが終わったら、また来るよ」
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493 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:48:06.29 ID:8f5I62SD0 - ドクオは傍らの花束を持って立ち上がり、踵を返す。
芝生を踏みつけ、ドクオはもう一人の墓まで行く。 そう。 犬神三姉妹二女、犬良狼牙の墓だ。 人目につかないようにひっそりと作られた狼牙の墓は、背の高い鉄柵で囲われたロマネスク一家専用の敷地の中にある。 共同墓地の中には、このように組織毎に専用の墓場が幾つか存在する。 クールノーファミリーや水平線会も、その内の一つであった。 一般人は中に入る事はおろか、外から様子を見る事すら許されない。 だが、ドクオはそこに行かなければならないのだ。 門の前で警備に当たっていた墓守に、挨拶をする。 事前にドクオが来る事を知らされていた墓守は、挨拶を済ませると、すぐに門を開いてくれた。 詳しい事情を詮索しないのは、この仕事に就いて長いからだろう。 目的の墓標は、すぐに見つかった。 数多く並ぶ墓標の中で一番真新しいそれには、名前が刻まれていない。 白い大理石で作られた墓標に刻まれているのは、生まれた日と、死んだ日。 ドクオはその墓標の前に来て、片膝を付いた。 手にしていた白い花束を、墓標の前に置く。 ('A`)「……」 ドクオは、名前の刻まれていない墓標を見つめる。 そうしてから、どれぐらいの時間が経っただろうか。 数十秒かもしれないし、数分かもしれない。 風が凪ぐのを待っていたかのように、ドクオは口を開いた。 ('A`)「……」
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495 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:50:19.96 ID:8f5I62SD0 - だが、何も言えない。
相応しい言葉が、何も浮かばないのだ。 口を閉じて、ドクオは墓標の上に手を置く。 幼子の頭を撫でるようにして、ドクオは墓標の上に置いた手を動かした。 思い出すのは、狼牙の事。 優しい女性だった。 強い女性だった。 自分に素直で、真っ直ぐな女性だった。 誰にも分け隔てなく接し、嘘をつかない人だった。 そんな狼牙の事を、ドクオは今でも尊敬している。 これほどまでに、ドクオに対して優しくしてくれた人はいない。 ドクオは、狼牙の事が好きだった。 異性として好きなのではなく、人間として狼牙の事が好きだった。 狼牙のように強く、優しい人間に憧れる。 何より、時々浮かべる笑顔は本当に好きだった。 狼牙が死の淵にいる時浮かべた笑顔は、今でも鮮明に覚えている。 普通であれば、あれだけの傷を受けていながら笑う事など、まず不可能だ。 なのに、狼牙は笑っていた。 ドクオに心配を掛けまいと、笑っていたのだ。 最期まで、ドクオを気遣ってくれた。 網膜に残る、狼牙の笑顔。 頬の残る、狼牙の指の感触。 鼻腔に残る、狼牙の香り。 耳に残る、狼牙の声。
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497 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:52:08.04 ID:8f5I62SD0 - 狼牙を殺したあの日。
ドクオは、壊れるぐらいに泣いた。 号泣などと言う生易しい物ではない。 文字通り、涙が枯れ果てるまで泣いた。 いや、それ以上に泣いただろう。 何せ、涙は枯れなかったのだ。 本音を言えば、枯れ果てて欲しかった。 あれほど泣いたのは、初めてのことだった。 同じく、人を殺して泣いたのも初めてだった。 ただ、後悔はしていない。 狼牙がそれを望み、それを叶えた。 例えどれだけ非難されようとも、ドクオはそれを甘んじて受け入れる覚悟がある。 後悔するという事は、狼牙を冒涜する事と同じだ。 だから、後悔はしない。 それに、ドクオは約束したのだ。 もう、泣かないと。 狼牙が認めた男である為に、ドクオは強くなると決めたのだ。 ならば、狼牙に掛けるべき言葉は一つしかなかった。 ('A`)「俺、頑張るよ」 立ち上がり、ドクオは墓標に背を向ける。 そして、少し考えた末、もう一言付け加えることにした。 ('A`)「じゃあ、またな。 ……姉貴」
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499 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:54:01.22 ID:8f5I62SD0 - 墓を後にして、ドクオはロマネスク一家の敷地から出た。
出口に向かい、ドクオはゆっくりと歩く。 今回、ドクオが祭りで担う仕事は警備。 前回と同じだ。 だが、メンバーが違う。 ジョルジュはもう、いないのだ。 別の人間が、新たなパートナーとして配属されている。 ('A`)「……あ」 ふと、ドクオは目の前に見知った男が佇んでいるのに気づいた。 香木の仕込み杖をつくその男は、裏社会で最も有名な男。 その男は、気さくに片手を上げて声を掛けて来た。 ( ФωФ)「よう」 ロマネスク一家の首領、杉浦・ロマネスクである。 ('A`)「どうしました?」 ロマネスクが、ドクオが狼牙の墓参りを終えるまでそこで待っていたのは明らかだった。 そうでなければ、今頃は祭りの準備に行っている筈だからだ。 つまり、ドクオに何か用があると言う事である。 ( ФωФ)「これから、祭りの手伝いに行くのであろう? その前に、幾つかお主に言っておく事がある」 ('A`)「……はい」
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502 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:56:07.76 ID:8f5I62SD0 - ( ФωФ)「狼牙の死は、我輩の幼馴染達と銀、千春、そして我輩。
お主を除いて、この6人しか知らん事だ。 この事は、他言無用だ。 いいな?」 ロマネスクの表情が、いつもより少しだけ険しく見えた。 それはそうだろう。 ロマネスクの"娘"である狼牙が死んだのだ。 しかも、殺したのはドクオである。 言わば、ドクオは狼牙の仇だった。 拒否権がある筈もなく、ドクオは大人しく頷いた。 ロマネスクの言葉に何か疑問を感じたのは、おそらくロマネスクの声が思いのほか静かだったからだろう。 ( ФωФ)「うむ。 一応、狼牙はこれを機に、潮騒の都に傷心旅行している事になっておる。 誰に何か訊かれても、そう答えておけ」 ロマネスク一家の犬神三姉妹と言えば、裏社会では恐怖の象徴だ。 その内の一人が欠けたとなれば、何か良からぬ企みをする輩が居ないとも限らない。 狼牙の死が知れ渡れば、パワーバランスが崩れてしまうかもしれない。 当然のことだった。 ('A`)「分かりました」 ( ФωФ)「分かればいい。 ……少し、歩かんか?」
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505 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:58:03.61 ID:8f5I62SD0 - ロマネスクに促され、ドクオは近くに歩み寄る。
無言で歩き始めたロマネスクの横を、向かい風に目を細めながらドクオは歩く。 芝生を踏みしめる度、小気味のいい音が耳に届く。 向かっている先は、この共同墓地の出口だ。 ( ФωФ)「狼牙の事だが」 出入り口を塞ぐ鋼鉄の門が見えた時、ロマネスクが口を開いた。 ('A`)「え?」 ( ФωФ)「感謝している」 思いがけない一言に、ドクオは思わず立ち止まってしまう。 数歩進んだ所で、ロマネスクも歩みを止め、振り返った。 ( ФωФ)「我輩の娘の、最期の願いを叶えてくれたのであろう。 お主のおかげで、狼牙は笑顔で逝けたのだ」 ('A`)「……」 ドクオが返答に困っていると、ロマネスクが空を仰いだ。 つられて、ドクオも空を仰いだ。 まだ早朝なので、空は暗い。 ( ФωФ)「お主は、我輩に出来なかった事をしてみせた。 本当に感謝している。 その点、我輩は……」
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508 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:00:18.04 ID:8f5I62SD0 - そこまで言って、ロマネスクは何かを振り払うかのように、頭を軽く横に振った。
( ФωФ)「いかんな、年を取ると自分と若者を比較してしまう。 おお、そうだ、忘れる所であった。 一つお主に、訊きたい事があったのだ。 ……お主は、狼牙の死に涙したと聞いたのだが、お主にとって狼牙はどのような存在であったのだ?」 ロマネスク一家の一員ならいざ知らず、ドクオはフリーランスの何でも屋。 そんなドクオが、何故狼牙の死に涙を流したのか。 答えは、この二ヶ月の間で出している。 ('A`)「こんな事を、ロマネスクさんの前で言っていいのか分かりませんが…… 自分にとって狼牙は、家族のような存在です。 短い間でしたが、本当に可愛がってもらえました。 言わば、姉のような存在です」 あえて過去形にしなかった事に、ロマネスクは気付いた様だ。 薄らと口元に笑みを浮かべ、空から視線を下ろす。 ( ФωФ)「なら、一つ守ってほしい事がある。 狼牙との約束を、忘れないでくれ。 これは、"狼牙の父親"として、"狼牙の家族"に対する個人的な頼みだ。 それでは、また後で会おう」 ロマネスクはそう言い残し、杖をつきながらその場を後にした。 咎めるわけでも、責めるわけでもない。 感謝と、頼み。 言われるまでも無く、ドクオは狼牙との約束を守るつもりだ。
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509 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:02:28.86 ID:8f5I62SD0 - 視線の先にある扉が左右に開き、ロマネスクはそこから出て行く。
重い音を上げて、扉はすぐに閉ざされた。 ドクオも出口に向かおうと、一歩を踏み出す。 その時。 从´ヮ`从ト「やっ」 それまでどこにいたのか、犬神三姉妹の三女、犬里千春がドクオの前に現れた。 流石に、いつものメイド服ではなく、喪服を着ている。 その姿は、メイド服に身慣れていた為、どこか新鮮だった。 笑顔のまま、千春はドクオの眼の前にまで近づいてきた。 从´ヮ`从ト「ドクオさん、挨拶は済ませてきましたか?」 ('A`)「あぁ、しっかりとして来たよ」 千春は頷き、ドクオの頭の後ろに手を回す。 そして、その柔らかい胸にドクオの顔を抱きこみ、頭を撫で始めた。 甘い香りにつつまれ、ドクオは突然の事に困惑する。 (;'A`)「な、なんだよ?」 从´ヮ`从ト「……我慢のしすぎは、いつか心を壊してしまいますよ。 困った時や、辛い時は私や銀お姉ちゃんを頼って、甘えてください。 いいですね?」 いつもと違い、千春の眼は静かにドクオの目を見据えていた。 邪気のない青い瞳に見つめられ、ドクオは思わず目を逸らそうとしてしまう。
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511 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:04:35.89 ID:8f5I62SD0 - 从´ヮ`从ト「ドクオさん、貴方は狼牙お姉ちゃんが認めた人です。
ならば、私達はドクオさんを全力で支えます。 狼牙お姉ちゃんを、がっかりさせない為に」 ('A`)「……ありがたい話だけど、遠慮しておくよ。 狼牙の家族に、迷惑は掛けられない。 俺は俺で、今まで通りに一人でどうにかやるさ。 なに、大丈夫だ」 从´ヮ`从ト「ちっちっち。 違いますよ、ドクオさん。 ドクオさんは、幾つか勘違いをしています。 これは、ロマネスク様からの命令なんです。 まぁ、私達が言い出したのが始まりですけど。 それと、あと―――」 千春はドクオを胸から解放し、胸を張って腰に手を当てた。 从´ヮ`从ト「―――迷惑なんかじゃ、ないですよ?」 そう言って、千春は満面の笑みを浮かべる。 その笑顔は、ドクオには眩しすぎた。 ('A`)「……ごめん」 从´ヮ`从ト「なぁに、気にしないでください。 困った時や、辛い時は、私達を頼る。 いいですね?」
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514 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:07:12.90 ID:8f5I62SD0 - ('A`)「あぁ、極力頼らないように努力する」
从´ヮ`从ト「そうそう、それでいいんですよ。 誰だって、たまには甘えたくなる時があるんです。 それに、弟の面倒を見るのは結構楽しいですからね。 頼ってくれた方が、こっちとしても嬉しいです」 年齢差で言えば、確かにそうだ。 ドクオが弟で、千春や銀は姉。 だが、言わずもがな血の繋がりはない。 从´ヮ`从ト「……誰かが頼ってくれれば、泣きたい時でも耐えられますから」 ポツリ、と千春は寂しげに呟いた。 その言葉はドクオに届く前に、風が掻き消してしまう。 ('A`)「ん? 今、何か言ったか?」 从´ヮ`从ト「いえいえ、何も言ってないですよ。 それじゃあ、行きましょうか」 ('A`)「その前にまず、着替えないと駄目だろ。 喪服のまま仕事してたら、変な目で見られちまう」 そう。 今回の仕事の相棒は、ジョルジュから千春に変わったのだ。 残念ながら、銀は怪我人なので、祭りの手伝いには参加できない。 今頃、ロマネスク一家の本部でゆっくりと療養しているだろう。
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517 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:10:06.80 ID:8f5I62SD0 - 从´ヮ`从ト「Oh、そうですね。
うっかりしてました〜」 ('A`)「だからって、いつもの格好だけはやめてくれよ。 頼むから」 从´ヮ`从ト「……へ? なぜです? あれを着てないと、なんだか落ち着かないんですけど」 ('A`)「いいか、俺達の仕事は警備をする事だ。 この世界のどこに、メイド服で警備をする人間が居る? いないだろう、そうだろう。 それに、一般人がメイド服を着た人間を見たらどう思う? 何故か"俺だけが"変人に見られるんだ、勘弁してくれ」 从´ヮ`从ト「あっはっはっは!」 片手で腹を押さえて大笑いしながら、千春はドクオの肩を強く何度も叩く。 ひとしきり笑い終え、千春はドクオに顔を近づける。 从´ヮ`从ト「……はぁ、これは困りました。 私に逆らえないよう、ちゃんと"教育"しなくちゃいけませんね。 仕事までに終わらせますから、安心してください」 (;'A`)「え?え?」
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519 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:12:32.33 ID:8f5I62SD0 - 嬉しそうな声で不吉な事を言った千春の眼が、怪しく輝く。
そして、うろたえるドクオの首根っこを掴んで引き摺り始めた。 ドクオが抗議の声を上げるも、千春は全く聞いていない。 抵抗しようと試みるが、全く意味を成さない。 悲鳴を上げるドクオを、千春は楽しげに引いて行く。 その図はまるで、仲のいい姉弟そのものだ。 そんな二人を、優しく吹いた風が後押しする。 誰かが供えた花のそれであろうか、風に乗って数枚の白い花びらが空に舞う。 ('A`)(え……?) 千春に引き摺られる途中で、ドクオは一瞬だけ、声が聞こえた気がした。 もう、聞こえる筈がない声なのに。 聞きたくても、絶対に叶わない声なのに。 だから、それはきっと、優しい風の悪戯だったのだろう。 ―――どこからか、ジョルジュと狼牙の呆れた様な溜息が聞こえたのだから。
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522 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:14:05.73 ID:8f5I62SD0 - 【時刻――11:30/大通り】
歯車祭の興奮は、最高潮に達していた。 セミ・パレードが終わり、プレ・パレードが始まったのだ。 この喧騒の中では、まともに喋ったのでは声は伝わらない。 それが飲食店ともなると、怒鳴るような大声になってしまうのは、仕方のない事だった。 ('、`*川「89番テーブルのオーダー、上がったわよ!」 ミセ*゚ー゚)リ「205番のオーダー、まだですか!」 (゚、゚トソン「お会計、8万7千になります」 店の構想を一からやり直した結果、ペニサス達は同じ店を担当する事になっていた。 基本はミセリが担当していた店だが、中身は少し変わっている。 三店舗分の敷地を使った巨大な一つの店が、今回彼らが担当する店だ。 途切れることなく入る注文に、店員達は焦ることなく冷静に対処していた。 そして、その様子を他人事のように見る男が三人。 彼等は、大通りの様子が窺える店の隅の席に陣取っている。 机の中央に置かれたポテトフライを摘まみながら、三人揃ってビールジョッキを呷っていた。 (,,゚Д゚)「っぷはぁ」 (=゚д゚)「っぷへぃ」 ( ゚д゚ )「っぷおぃ」
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523 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:16:06.92 ID:8f5I62SD0 - 彼等は皆、本来なら入院しているような身。
その中でも特に重症だったのは、腹が裂け、腸が飛び出ていたトラギコ・バクスターだった。 彼は病院の集中治療室に運び込まれてから一ヵ月の間、絶対安静を命じられたのだ。 今でこそ、こうして飲酒をできるまでに回復しているが、彼の腹部には大きな傷が残っている。 派手な動きや運動は絶対厳禁。 三人の中で唯一、トラギコだけは今でも入院を余儀なくされていた。 入院中の身の回りの世話は、ミセリが自発的に行っている為、特に苦労はしていない。 後数ヶ月もすれば、無事に退院できるそうだ。 三人の中で最年少のギコ・マギータは多数の銃弾をその身に受け、失血も著しかった。 だが、ギコは元々頑丈な体と強靭な精神力を持っていた為、一命は取り留めた。 骨折や打撲の回復速度は、医者も目を見張る程であった。 ギコ曰く、"毎朝、コーンフレークを山盛り二杯食べる事"だそうだ。 ミルナ・アンダーソンは二人に比べると、そこまで酷い怪我は負っていなかった。 が、一応大事を取って今も水平線会で療養しつつ、通院している。 三人とも、順調に回復へと向かっていた。 だからと言って、仕事への復帰は許可されていなかった。 無事に生還してビールを呷る身分とはいえ、彼等はまだ怪我人。 常に動きまわる店の手伝いは、言わずもがな出来ない。 そんな彼らが店の手伝いに参加すれば、怪我の回復は遅れ、店全体の回転率が下がってしまう。 故に、彼等は暇を持て余していた。 だからと言って、大人しくベッドの上で健康的に寝ているのも退屈である。 そこで、彼等は店の用心棒を自主的にしていた。 店側としても、店内で起こった揉め事を解決する要員が多い事に越したことはない。 午前中からこうして入り浸っているのだが、一度もその手の騒ぎが起きていないのは単に、彼らの威圧感のおかげとも言える。
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526 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:18:05.63 ID:8f5I62SD0 - (,,゚Д゚)「そう言えば、トラギコさん、傷は大丈夫なんですか?」
口に付いたビールの泡を拭いつつ、ギコは正面の席に座るトラギコに尋ねた。 (=゚д゚)「おいおい、ギコ。 ここはどこラギか?」 (,,゚Д゚)「へ? 飯屋でしょう」 トラギコは皿に山盛りになっているポテトフライを一本指でつまみ、それでギコを指す。 (=゚д゚)「そうラギ、飯屋ラギ。 俺達は今、飯を食いにきているだけラギ。 他の奴はいないんだから、俺らにそんな"さん"なんて使うんじゃないラギ。 飯を食う時は、人間誰だって平等ラギ」 ポテトを口に運び、トラギコはビールでそれを流し込んだ。 ( ゚д゚ )「そうそう。 前みたいに、シリアスな仕事の時だけ、"さん"を使うのを忘れなければいい」 トラギコの横に座っているミルナは、ポテトを2本とり、皿の隅に乗っていたケチャップを付けてそれを食した。 先程のトラギコ同様、ビールを豪快に飲む。 (,,゚Д゚)「分かりました。 トラギコさ……」 (=゚д゚)「あぁん?」
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- ('A`)と歯車の都のようです
528 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:20:01.19 ID:8f5I62SD0 - (,,゚Д゚)「……トラにぃ」
(=゚д゚)「よし、それでいいラギ」 ギコが幼い頃は、そうやってトラギコとミルナを呼び慕っていたのだが。 それぞれの組織が対立している以上、立場と言うものがある。 組織が違い、立場がある以上、互いを呼ぶ際にはそれなりに気を使うようになった。 ミルナも仕事の時にギコを呼ぶ際は、"さん"を付けて呼ぶ。 ただし、こうして他の人間が居ない場合は、そのような気遣いは無用だ。 ( ゚д゚ )「あの鼻たれ小僧だったギコも、もうこんなになったのか……」 感慨深そうにそう言って、ミルナはビールを呷り、ポテトを摘まむ。 少し酔っているのか、その頬はほのかに赤い。 朝からずっとこうして飲みっぱなしなのだ、酔っていない方がおかしい。 (,,゚Д゚)「って言っても、一歳しか違わないですよね?」 ( ゚д゚ )「いや、一歳の差はでかいぞ。 ……っと、酒がもうないな」 早いペースでビールを呷っていた為、三人のジョッキの中は、もう底をついていた。 一応これでも、店の中で一番大きなジョッキなのだが。 通常よりも三倍盛ってあるポテトも、そろそろ無くなる。 そう思っている間に、ギコがポテトを次々と口に運ぶ。 ( ゚д゚ )「追加注文するか?」
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- ('A`)と歯車の都のようです
529 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:22:06.21 ID:8f5I62SD0 - (,,゚Д゚)「え?
でも、ペニ姐達忙しそうですから、また後にした方が」 とか言いつつも、皿にはもう2本しかポテトが残されていない。 その2本も、ギコが食べてしまった。 (=゚д゚)「いや、ギコ、それは違うラギ。 忙しくなるのはこれからラギ。 その前に、手を打つラギ」 言うより早く、トラギコは机の横に置かれていたボタンを押した。 すると程無くして、一人の従業員がこちらに向かって来る。 やって来たのは、ハローだった。 あの、"クレイジー"ハローが、だ。 ハハ ロ -ロ)ハ「どうしました、mother fuckers? このクソ忙しい時に、何かfucking orderでもあるのですか?」 (=゚д゚)「……おい、ミルナ。 今日は俺が奢るから、お前が対処してくれラギ」 トラギコはミルナの耳元でそう囁く。 よりにもよって、公用語が通じにくいハローが来てしまったのだ。 彼女の母国語は、発音がとても難しく、トラギコは上手く話す事が出来ない。 となれば、言語に詳しいミルナの出番だ。 もう一つ、トラギコが彼女の事を苦手にしていると言うのもあるが。 ( ゚д゚ )『大ジョッキ三つ。 それから、喰い物はタコ焼きを3つ頼む』
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- ('A`)と歯車の都のようです
531 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:23:01.39 ID:8f5I62SD0 - ハハ ロ -ロ)ハ『分かりました』
手早く注文を確認して、ハローは笑顔を浮かべてこう言った。 ハハ ロ -ロ)ハ「くそくらえー」 そのまま何事も無かったかのように、ハローは奥へと向かう。 その姿が厨房へと消えるまで、三人は口を開いて呆気に取られたままだった ( ゚д゚ )「……」 (=゚д゚)「……」 (,,゚Д゚)「……」 互いの顔を見て、何が起きたのかを確認するのに数秒。 最初に、重い口を開いたのはトラギコだった。 (;=゚д゚)「……おい、何がどうなってるラギ?」 (;,,゚Д゚)「い、いえ……事が複雑すぎて」 (;゚д゚ )「お前分かって無いな、俺達が馬鹿にされたんだぞ?」 そして、三人とも無言になる。 ハローの口が普段から悪いのは、随分前から知っていた。 無論、彼女に悪意がないのは分かっている。 だが、今の一言には僅かだが悪意が込められていた。 (=゚д゚)「……ははっ」
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532 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:24:01.19 ID:8f5I62SD0 - 突然、トラギコが乾いた笑い声を上げた。
その笑い声は、どこか愉快気だった。 ( ゚д゚ )「どうした? 頭のネジでもどっかにやったか?」 (=゚д゚)「いや、ちょっと変な事を考えただけラギ」 (,,゚Д゚)「変な事? トラにぃ、まだ昼間ですよ?」 そう言って、ギコは腕時計を見て、店内に置かれている時計にも目を向ける。 正午まで、まだ20分程ある。 (=゚д゚)「バカ、違うラギ。 普段はドンパチやってて、そんな日常が当たり前だって感じてるのに。 ……やっぱり、何もないのもいいなって思っただけラギよ」 それを聞いて、ミルナとギコは黙り込んだ。 ややあって、ミルナが口を開く。 ( ゚д゚ )「確かにそうだよなぁ。 その事を誰かに言うと、"じゃあ何でドンパチをするんだ?お前は戦争狂なのか?"って訊き返されるんだ。 連中、何も分かってねぇ」 (,,゚Д゚)「まぁ、分かる筈も無いですよ。 でも確かに、たまにはこう言うのも良いですね」
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534 :)*([]:2010/04/05(月) 03:25:14.16 ID:8f5I62SD0 - (=゚д゚)「平和慣れして、ぬるま湯に浸かってると、人間は腐って駄目になるラギ。
いつだって、緊張している方がいいラギ。 それが、長生きの秘訣らしいラギよ。 "フランク"のオヤジが言ってたラギ」 三人でそうやって話していると、ハローが巨大な盆を片手にやって来た。 もう片方の手には、ジョッキが三つ纏めて握られている。 縁の無い眼鏡の奥で、碧眼が冷たく三人を見下ろしていた。 やはり、何かあるのだろうか。 そんな事を、三人の内誰かが思った時だった。 ハハ ロ -ロ)ハ『ミルナさん』 片手の盆とジョッキを机の上に置いて、ハローがミルナに話しかけた。 (;゚д゚ )『な、何でしょう?』 冷静を装いつつ、ミルナは盆に乗せられたタコ焼きをそれぞれの机の前に配る。 空になった盆とジョッキを集めて手に持ち、ハローは短く告げた。 ハハ ロ -ロ)ハ『他の二人にも言ってください。 各々の想い人と、祭りを見てきたらどうか、と。 そろそろ、三人とも休憩ですから』 (;゚д゚ )『ど、どうしてそんなことを?』
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537 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:26:34.20 ID:8f5I62SD0 - ハハ ロ -ロ)ハ『さぁ、何故でしょう?
狂人の言う事ですから、根拠なんてありませんし。 ましてや、真に受ける必要もありませんよ。 それだけです』 ハローは頭を下げて、その場を後にした。 (=゚д゚)「お前の事呼んだみたいだけど、なんて言われたんだ?」 ( ゚д゚ )「遠まわしに気を遣われちまったよ」 ミルナの頬が、少しだけ緩む。 案外、ハローは狂人でも変人でもないのかもしれない。 ( ゚д゚ )「デートにでも行って来い、ってさ」 (,,゚Д゚)「へぇ…… ハローさんって、実は意外といい人なんですね」 (=゚д゚)「……ほんと、女は何考えてるのかよく分からないラギね」 トラギコは何気なく、店の外に目を向けた。 ここからなら、大通りの様子が軽く窺える。 とは言っても、見えるのは人だけなのだが。 (=゚д゚)「ん? おぉっ?! おい、おいおいおい! 見ろ! ロマネスクさんがすんげぇ美人と歩いてるラギ!」
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538 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:28:03.24 ID:8f5I62SD0 - ジョッキを持ち上げかけていたトラギコが、突然大通りの方を指さし、大声を出した。
店内の喧騒のせいで、その声は近くの二人にしか聞こえていない。 トラギコの横にいるミルナは、苦笑いを浮かべて視線をタコ焼きから大通りへと向ける。 そして、ある一箇所で止まった。 ( ゚д゚ )「ははは、そんなまさ……かっ?! うっそ、本当だ! ロマネスクさんって、結構モテるんだなぁ…… そう言えばあの人、最近どっかで見たような気がするけど……」 改めてロマネスクの凄さを実感し、感心したように頷く。 (,,゚Д゚)「え? え? ちょっと、どこ、どこにいるんですか?!」 一人見遅れたギコがそちらを振り向くも、ロマネスクの姿はそこにない。 座っている位置の影響で、ギコ一人だけが見損なってしまった。 (=゚д゚)「あーあ、残念だったラギね。 ありゃあ、Eカップはあ……だぁっ?!」 突如、ニヤニヤと笑っていたトラギコの頭を衝撃が襲った。 小気味のいい音と共に頭上に振り下ろされた物の正体は、木で出来た丸い盆だ。 しかも、角。 如何に大の大人と雖も、これを不意打ちで頭部に食らえば堪ったものではない。 (=;д;)「おおお…… お、俺の頭を何だと思ってるラギか!」 叩かれた場所を押さえながら、トラギコは叩いた張本人を涙目で睨み上げる。
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540 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:29:05.60 ID:8f5I62SD0 - ミセ*゚−゚)リ「つーん」
そこにいたのは、スカート丈の短い給仕服を着たミセリだ。 わざとらしく拗ねた表情を浮かべ、ミセリはそっぽを向く。 トラギコが何か言おうとする前に、ミセリは足早にその場を去った。 (,,゚Д゚)「……」 ギコは無言で、何か同類を見つけたような嬉しそうな目をトラギコへ向けている。 彼からしたら、同じシスコン仲間が増えるのは歓迎のようだ。 ( ゚д゚ )「……」 ミルナは、トラギコの肩を軽く叩く。 長年の戦友は、言葉ではなく目で全てを語った。 "よぅ、相棒。 いや、シスコン野郎"。 間違いなく、ミルナの目はそう言っていた。 (;=゚д゚)「な、何ラギか、その眼は! お前ら、見るな! 頼むからそんな目で俺を見ないでくれラギ!」 トラギコは逃げるようにジョッキを持ち上げ、半ば自棄でそれを一気に飲む。 三人はとりあえず、運ばれて来たタコ焼きが冷める前に、それを食べる事にした。 ―――ビールは、グラスまでしっかりと冷えていた。 【時刻――17:00/居酒屋"嗚呼!ムストロング"】
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542 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:30:03.62 ID:8f5I62SD0 - プレ・パレードは終わり、大通りはその熱気と余韻がまだ残っていた。
まだ興奮が冷めきらぬ人々は、パレードの感想を飽きることなく語り合っている。 道で、店で、家で、ベッドの上で。 酒を飲み、程良く酔いが回った者達は延々とその感想を言い合っている。 夕方になると、混む店は自然と限られてくる。 射的屋なども混む事には混むが、主な客は子供だった。 客入りが最も多いのは、飲食店、酒を出せば尚良しだ。 ノパ听)「どういう事なのか、説明してもらえますか?」 目の前に置かれた焼き立ての焼き鳥にも、横に置かれている酒にも手を出していないヒートが、目の前で笑顔を浮かべる人物に尋ねた。 ζ(゚ー゚*ζ「説明、というと?」 ヒートの眼の前にいるのは、クールノー・デレデレ。 暗い色のスーツを着た二人は今、とある居酒屋に訪れていた。 座敷に上がり、二人は足を崩して座っている。 ノパ听)「シャキンの面会が謝絶、その理由です」 ζ(゚ー゚*ζ「そうねぇ…… こういう話をオブラートに包んで話すの、私、実は苦手なの。 それでもいいかしら?」 ノパ听)「構いません」 デレデレは自分の眼の前に置かれていたグラスを手に取り、中を満たしていた透明な液体を一口、喉を鳴らして飲む。 そして、デレデレは声を顰めてこう言った。
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546 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:32:02.37 ID:8f5I62SD0 - ζ(゚ー゚*ζ「手術中なのよ、別の場所に移して」
ノパ听)「その場所はどこなんですか?」 今にも身を乗り出そうとするヒートを、デレデレは目で宥める。 ζ(゚ー゚*ζ「それは、言えないわ」 ノパ听)「……」 ヒートの足元で、布が擦れる音が小さく鳴る。 足を組みかえたのだ。 それが何を意味するのか、知らないデレデレではない。 ζ(゚ー゚*ζ「まぁ、落ち着きなさい。 シャキンちゃんが愛しいのは分かるけど、ここで暴れても意味はないんじゃないかしら?」 デレデレは見透かしたようにそう言って、グラスを呷る。 あっという間に空になったグラスを置いて、平皿に盛られていた焼き鳥を箸で串から外す。 外した焼き鳥を口に運び、ゆっくりと租借。 飲み下し、デレデレは口を開いた。 ζ(゚ー゚*ζ「賢明な判断ね」 ノパ听)「理由を、訊いてもいいですか?」 ヒートは怒りを押さえ、尋ねた。
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549 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:34:04.63 ID:8f5I62SD0 - ζ(゚ー゚*ζ「そうねぇ……
例えるなら…… プレゼントの中身を教えないのと同じ、かしら。 大丈夫よ、何も心配はいらないわ」 ノパ听)「……そうですか」 デレデレの実力は、ヒートよりも上だ。 ただし、それは頭脳、そして遠距離に限る。 近距離ならば、ヒートは負けない。 ここで仕掛ければ、勝つのは間違いなくヒートであろう。 拷問をすれば、シャキンの居場所を言うかもしれない。 それが実行出来れば、どれほど楽か。 おそらく、デレデレはヒートが仕掛けたとしても、それに対処できる術を幾つも用意しているに違いない。 だから、ヒートは堪えた。 ζ(゚ー゚*ζ「そんな顔しないでよぉ。 何だか私が悪者みたいじゃない」 ノパ听)「はぁ…… 駄目だぁ、やっぱり敵わないです、デレデレさんには」 深い溜息を吐き、ヒートは天井を仰いだ。 そして、手元のグラスを掴み、一気に中身を干した。 叩きつけるようにグラスを置き、もう一度溜息を吐き、降参したように両手を上げた。 ノパ听)「分かりました、分かりましたよ。 デレデレさん、貴女を信用します。 でも、もし、私のシャキンに何かあった場合は……」
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551 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:35:38.29 ID:8f5I62SD0 - ヒートが身を乗り出しかけたのを、デレデレは焼き鳥の串を突き付けて止めた。
焼き鳥の串は、ヒートの鼻先数センチの所で止められている。 ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫、分かってるわよ。 さ、とりあえず飲みましょう」 片手を上げて、デレデレは店員を呼ぶ。 デレデレが焼き鳥の串を平皿に置くと、ヒートは元の位置に戻った。 先程までの何とも言えない気まずい雰囲気は、もうない。 呼びかけに応じて、店員が急ぎ足でやって来た。 (*゚ー゚)「お待たせいたしました、お呼びですか?」 ζ(゚ー゚*ζ「日本酒の一升瓶を4本。 銘柄は貴女に任せるわ」 (*゚ー゚)「分かりました、少々お待ちください」 常識外の注文に眉一つ顰めないで、店員はそそくさと裏に戻る。 ノパ听)「随分飲みますね。 でぃさんと飲まないんですか?」 ζ(゚ー゚*ζ「ん? あぁ、今日はね、特別なのよ。 それに、ヒートちゃん、結構いける口なんでしょう?」 一瞬だけ、デレデレは嬉しそうな笑みを浮かべた。 次に浮かんだのは、挑発的な笑み。 それに対して、ヒートは同じ笑みを返す。
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552 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:37:02.11 ID:8f5I62SD0 - ノパー゚)「樽が必要になりますよ?」
ζ(゚ー゚*ζ「あらあら、それは大変ね。 うふふふ」 ノパー゚)「んふふふふ」 二人がそうして笑っていると、先程の店員が一升瓶を抱えてやって来た。 素早い対応だ。 4本の一升瓶を座敷の上に置く。 (*゚ー゚)「デレデレ様、お待たせいたしました」 ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、お仕事、頑張ってね。 店主にも、そう言っておいてもらえるかしら?」 気さくに店員にそう話しかけると、店員は笑顔を浮かべ、元気よく返事をした。 (*゚ー゚)「はい!」 笑顔のまま、店員は別の所から上がった呼びかけに応じて、その場を去って行った。 勤労娘、と言う言葉がよく似合う少女だった。 ζ(゚ー゚*ζ「さて、と」 置かれた一升瓶の内、二本を手に取ってヒートに手渡す。 ヒートはそれを受け取り、一本を傍らに。 もう一本を手に持つ。 ノパ听)「それじゃあ」
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553 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:38:26.65 ID:8f5I62SD0 - ヒートは一升瓶の蓋を開ける。
デレデレも、一升瓶の蓋を開けた。 ζ(゚ー゚*ζ「飲みましょうか」 二人は一升瓶を打ち鳴らし、一気に呷る。 ゴクゴクと喉を鳴らして、日本酒を豪快に飲む。 美女二人が一升瓶で酒を飲み合う様は、奇妙極まりない光景だ。 同時にビンから口を離して、食べかけだった焼き鳥を口にした。 程良い弾力を持った柔らかい鶏肉には、塩が振りかけられている。 パリッと焼かれた皮も美味いが、やはり肉の部分がいい。 一噛みするごとに染み出て来る油と肉汁。 それらが振りかけられた塩と口の中で混ざり、何とも言えない味に変化する。 日本酒のつまみに、これ以上ない最高の焼鳥だ。 ζ(゚ー゚*ζ「ここの焼鳥、美味しいでしょう?」 ノパ听)「えぇ、この酒に良く合いますね。 焼き鳥にかかってる塩も、少し味が違います。 炭で焼いてるから、余計な匂いも油もないし」 その言葉に、デレデレは眼を丸くして驚いた。 ζ(゚ー゚*ζ「あら、分かるの?」 ノパ听)「えぇ、まぁ、それなりには」
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555 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:40:02.41 ID:8f5I62SD0 - ζ(゚ー゚*ζ「この店の店主、私の古い友人なのよ。
今度会った時、そう伝えておくわね。 きっと、喜ぶわ」 串から外した焼き鳥を、デレデレは口に入れる。 数回噛むと、まだ口に残っている内に日本酒で飲み下す。 幸せそうな溜息を吐き、デレデレは一升瓶を机の上に置いた。 中身は、三分の一に減っていた。 ヒートの方はと言えば、まだ半分程残っている。 と言っても、二人は酒を楽しんでいるのであって、どれだけ早く飲めるかを争っているのではない。 二人に共通しているのは、一回に飲む酒の量が並外れていると言う事。 ノパ听)「きっと、いい人なんでしょうね。 こんなに美味い焼き鳥が焼けるのは」 ヒートはそう言って、焼き鳥を口に運んだ。 脳裏に浮かぶのは、やはりシャキンの事だけであった。 【時刻――18:00/レストラン "瑠璃ノ鳥"】 大通りの喧騒から逃れるようにひっそりと店を構えるこの店、"瑠璃ノ鳥"。 客入りは上々であるが、空席がちらほら窺える。 取り分け、店の一番奥に向かうにつれて、空席は目立った。 入口付近とは、雲泥の差だ。 入口からは死角になって見る事の出来ない一番奥の席には、黒いスーツを着た一組の男女が居た。 この一組の男女が、空席を作る原因だった。 正確に言えば。 男の方が、その要因である。
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558 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:41:25.86 ID:8f5I62SD0 - (#゚;;-゚)「……」
水平線会会長、内藤・でぃ・ホライゾン。 そして。 向かいの席に座って気まずそうに俯いているのは、若い女性。 ξ゚听)ξ「……」 でぃの娘の、クールノー・ツンデレである。 二人とも容姿が若いので、歳の差がそれ程無いように見えた。 傍から見れば、恋人の様だった。 (#゚;;-゚)「……どうした? 何か、話があるんじゃなかったのか?」 ξ゚听)ξ「えっと……あの……」 呼びかけに、ツンは顔を上げて何かを言おうとする。 (#゚;;-゚)「……あぁ、そうか。 まだ、注文していなかったな……すまん」 でぃは言いつつ、傍らに置かれていたベルを鳴らす。 何かに怯えるようにして、店員が早足でやって来た。 手早く酒と料理を頼むと、注文を受けた店員は逃げるようにしてその場から去る。 こんな光景は、でぃからしたら慣れた物だった。 表通りの店に行くと、大抵こういう扱いを受ける。 彼の顔に負った重度の火傷の跡が、そうさせるのだ。
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561 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:43:03.45 ID:8f5I62SD0 - ξ゚听)ξ「いえ、そうじゃ……なくて」
(#゚;;-゚)「ん……? 金なら心配するな、当然、俺が払う」 ξ゚听)ξ「ち、違います…… その……」 ツンは慌てて否定する。 そんな事が言いたいのではない。 (#゚;;-゚)「……」 でぃは、静かにツンが喋るのを待つ。 血のように赤い瞳が、ツンの碧眼を見つめる。 優しげな光が宿るでぃの眼に見つめられ、ツンは反射的に眼を逸らしてしまう。 (#゚;;-゚)「無理はしなくていい。 お前が嫌なら、それでいい」 ξ゚听)ξ「あ、あの……」 ツンが何かを言おうとした時、丁度店員がワインと料理を持って来た。 赤ワインのボトルを、そっと端に置き、二人の前に置かれた料理の皿からは、湯気が上がっている。 大きな肉の塊が入ったビーフシチューだ。 これは、ツンの好物の一つであった。 横に置かれたバケットに入っているフランスパンを千切り、シチューに浸して食すとこれがまた美味な一品だ。 でぃは、ツンの好物を覚えていてくれたのだ。
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563 :)*([]:2010/04/05(月) 03:44:38.62 ID:8f5I62SD0 - (#゚;;-゚)「……何か、言いかけたか?
せっかくの作りたてなんだ、冷めないうちに食おう」 スプーンで掬い、でぃは静かにそれを口元に運ぶ。 音を立てずに、でぃは上品にシチューを飲んだ。 ξ゚听)ξ「……さん」 (#゚;;-゚)「ん?」 ξ゚听)ξ「おとう、さん……って、呼んでも……いい、ですか?」 それは、本当に小さな声だった。 気恥ずかしげに、今にも消え入りそうな声で、ツンは上目遣いに父の名を口にした。 (#゚;;-゚)「……何十年振りだろうな、お前が、そう呼んでくれたのは」 でぃの口元が、綻ぶ。 優しげな表情を浮かべているのだと、ツンはすぐに理解した。 困ったような、嬉しそうな笑顔。 普段は表情を表に出さないでぃが、ここまで露骨に笑顔を浮かべるのを、ツンは見た事がない。 (#゚;;-゚)「ありがとう」 短く、でぃは言った。 そうして、パンを手に取り、千切ってシチューに浸し、口に運んだ。 きっとそれは、彼なりの照れ隠しだったのだろう。 ξ゚听)ξ「……ごめんなさい」
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565 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:46:20.61 ID:8f5I62SD0 - しかし、ツンはでぃとは対照的な言葉を紡いだ。
(#゚;;-゚)「何故、謝る?」 不思議そうに、でぃは見つめる。 ξ゚听)ξ「五年前、私を庇って……」 (#゚;;-゚)「気にするな」 ξ゚听)ξ「でも、お父さんはそれで!」 (#゚;;-゚)「ツン」 静かに、でぃは言った。 (#゚;;-゚)「お前が俺の事をどう思おうと、お前が俺の娘である事には変わりがない。 娘を護るのは、父親の役目だ」 しっかりと、だが優しいその言葉。 その言葉に、父親の決意の全てが詰まっていた。 (#゚;;-゚)「お前は、何も気にしなくていい。 娘が幸せであれば、俺は何も言わないし、気にもしない。 家族が幸せなら、俺はそれだけでいいんだ。 例え、周りの人間が俺の顔を見てどんな事を思って、口にしたとしても俺は気にしない」
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567 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:48:03.71 ID:8f5I62SD0 - でぃのその言葉で、店内の温度が確実に下がった。
しかし、全く気にならない。 親とは、強い生き物なのだ。 これだけの覚悟が、親にはあるのだ。 心から誇らしく思う。 こんなに強く、優しい父親を持った事を。 他の人間がどう思おうが、知った事ではない。 ξ゚听)ξ「……はい」 だから、ツンにはそれしか言えなかった。 (#゚;;-゚)「それと…… せめて二人きりの時ぐらい、敬語は止めて欲しい。 ……さぁ、冷めないうちに飯を食おう」 ξ゚听)ξ「……ん」 少しだけ冷めてしまったシチューに、一千切りのパンを浸す。 食べる。 スプーンでシチューを掬い、静かに飲む。 ゴロっとした肉を、スプーンを器用に使って半分の大きさにする。 焦げ茶色をしたシチューと一緒に口に運べば、感動を覚える程に美味しかった。 口の中でほぐれた肉を噛む度、そこに染み込んでいた濃厚なシチューが染み出る。 肉の歯ごたえもよく、食べがいのあるシチューであった。 (#゚;;-゚)「美味いな」
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570 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:50:16.23 ID:8f5I62SD0 - ξ゚听)ξ「……うん」
二人は、黙々と料理を口にする。 ふと、でぃは半ば忘れかけていたワインのボトルに手を伸ばした。 ツンの前に置かれていたグラスに、それをさり気無く注いだ。 決して泡立たないよう、オリが入らないよう静かに注ぐ。 注ぎ終え、でぃはボトルを元あった場所に戻した。 それからまた、料理を黙々と食べる。 ξ゚听)ξ「……お父さん、はい」 (#゚;;-゚)「……ん?」 ツンは置かれていたボトルと手に取ると、それの中身をでぃのグラスに注ぎ始めた。 ルビーの様に赤い液体が、グラスを満たしてゆく。 それを見たでぃは、静かに瞼を下ろし、口元だけ笑みを浮かべる。 (#゚;;-゚)「……実は、な」 ξ゚听)ξ「え?」 丁度注ぎ終えたツンは、驚いたように顔を上げる。 (#゚;;-゚)「俺の…… ……夢、だったんだ。 こうして……娘に酌をしてもらうのが……」
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572 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:52:18.48 ID:8f5I62SD0 - その後。
食事を終え、垂れ眉のシェフに料理の感想を告げ、店を後にするまで。 でぃは、薄らと笑顔を浮かべていて。 ツンの胸は、ずっと高鳴っていた。 【時刻――22:00/"ドルチェ"屋上】 大通りの熱気を孕んだ風が、あらゆる方向から吹きつけている。 風向きが変わる度、少し伸びた始めた金髪が、それに合わせて楽しげに宙を踊る。 黄金の色をした髪も、この時間では映える事はない。 透き通った蒼穹の色をした瞳は、大通りの光を反射して、宝石の如く光り輝いていた。 屋上に設けられた手すりに腕を乗せ、でぃとの食事を終えたクールノー・ツンデレは、眼下に広がる景色を眺めていた。 本物を見た事はないが、まるで、天の川の様に大通りが輝いているのがよく見える。 思わず目を細めてしまう程に、その景色は綺麗だった。 人の作り出した明かりが、活気が、全てが綺麗に見えたのだ。 地上40階建て。 都の中でも高層ビルに分類される"ドルチェ"は、建造中の為、本来なら立ち入りが禁止されているのだが。 クールノーファミリーの人間に限って、それは許されている。 何故なら。 このビルのオーナーは、他ならぬクールノーファミリーだからである。 裏通りの都全体を一望できる位置に建てられているこのビルは、残す作業は内装だけ。 それ以外は、ほぼ完全に出来上がっていた。 使用用途に関しては極秘と言われているが、どうやら新たな事務所のようだ。
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573 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:54:25.77 ID:8f5I62SD0 - デレデレの私室にあった書類を、少しだけ流し読みした事がある。
そこに書かれていたのは、事務用の机だとか、椅子などの注文書。 どれもこれも、値段が三桁は違うのではないかと言う程安かった。 おそらく、知り合いの業者か、叩いて買ったのだろう。 自分と違い、デレデレは人付き合いが得意で、人脈も広い。 デレデレには、魅力がある。 人を惹きつけてやまない、天性の魅力が。 それが少し、ツンには誇らしかった。 そんな彼女が、自分の母親だとは、俄かに信じ難い話だったが。 間違いなく、血の繋がりはある。 だから、自分は彼女の血を分けた娘なのだ。 正確には、彼女と、彼の娘。 クールノー・デレデレと、内藤・でぃ・ホライゾンの娘。 それが、クールノー・ツンデレである。 この二人は、結婚をしていない。 デレデレ曰く、相手を"弱み"にしたくないからだそうだ。 もし結婚したとして、それが明るみになった場合。 それを利用しようとする輩が、どこからか必ず出て来る。 だから、それを避ける為に裏社会では結婚している者が圧倒的に少ない。 結婚していなくても、強い絆があることには変わりがない。 強い絆で結ばれた二人の間に生まれたのが、クールノー・ツンデレである。 母親譲りの髪と、瞳。 父親譲りの目元と、口元。 両親から譲り受けたそれら全てが、ツンの密かな自慢であった。
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574 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:56:25.61 ID:8f5I62SD0 - しかし。
一つだけ、ツンには分からない事がある。 ツンには、五歳になるまでの記憶が一切ないのだ。 五歳の誕生日の記憶はある。 なのに、それから一日も記憶を遡る事が出来ない。 幼少期の事だから、と人は言う。 確かにそう考えるのが妥当だろう。 だが、幾つか不可解なことがあった それは――― ξ゚听)ξ「ん?」 ふと、背後で扉の開く音がして、ツンは首だけをそちらに向けた。 視線の先には、仕事を終えてから来たのだろうか、スーツの首元を緩めた一人の男が立っていた。 その男の出現に、ツンは驚かない。 彼をこの場に呼んだのは、他ならぬツンだからである。 ( ^ω^)「お待たせしたお」 口癖がようやく戻り始めた男の名は、内藤・ブーン・ホライゾン。 かつては"鉄壁"の名で知られ、ラウンジタワーでツンを庇って死んだと思われ。 姿と名前を変えて、再びツンの前に現れ、護ってくれた男である。 ξ゚听)ξ「そんなに待ってないわ、気にしないで」
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578 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 03:58:29.96 ID:8f5I62SD0 - その場から動こうとはせず、ツンはすぐに首を前に戻す。
その事に対して、ブーンは文句を言うつもりはないようだ。 気を遣っているのだろう、ブーンは跫音を極力立てないで、ツンの横に少し離れて立つ。 ツンと同じ景色を、ブーンは無言で見下ろす。 ( ^ω^)「……」 互いに余計な詮索も、干渉もしない。 それが、この二ヶ月で二人の間に生まれた暗黙の了解だった。 ξ゚听)ξ「……」 二ヶ月。 歯車の都全土を巻き込んだ大騒動が終わってから、もうそんなに経っているのだ。 この二ヶ月の間は、実に多くの事があった。 思い出すだけでも疲れる様な日々。 それでも、少しだけ楽しかったと思えるような日々だったのだけは、自信を持って言える。 そうして、どれくらい経過しただろうか。 ツンは、風に掻き消されない範囲で、小さく呟いた。 ξ゚听)ξ「ありがと」 それは、感謝の言葉であった。 ぶっきらぼうだが、意味はそれだけでも十分伝わる言葉。 ( ^ω^)「……礼には及ばない」
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- ('A`)と歯車の都のようです
580 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 04:00:14.13 ID:8f5I62SD0 - 二人の眼は、未だ眼下に広がる幻想的な光景を向いている。
また、静寂が二人の間に流れる。 不思議と、無言でも気まずくない。 ツンは元々、喧騒よりも静寂が好きなのだ。 この辺はおそらく、父親の血が影響しているに違いない。 ξ゚听)ξ「色々訊きたい事があるんだけど、いい?」 視線を固定したまま、ツンは尋ねる。 ブーンもまた、視線を固定したまま答えた。 ( ^ω^)「今はまだ、答えられない事が多そうだけど、とりあえず言ってみるのは無料だお」 その答えに、ツンは鼻で笑った。 ξ゚听)ξ「えぇ、そうね。 じゃあ、一つだけ」 溜息交じりに、ツンは静かにその言葉を口にする。 ξ゚听)ξ「……歯車王が、あんたを助けたの?」 一際強く、風が吹いた。 何とも言えない静寂が訪れ、微風になった風は、やはりツンの髪と戯れていた。 流石に、即答とはいかないか。 そう思った矢先。 ( ^ω^)「……そうだお」
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581 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 04:02:20.62 ID:8f5I62SD0 - ブーンは、答えた。
が、それ以上は何も言う気配がない。 ξ゚听)ξ「そう……」 ここで歯車王の目的を考えても、意味がない。 不毛だ。 今はせめて、そんなことぐらい忘れていたかった。 ξ゚听)ξ「……ねぇ」 遂に、ツンの顔が大通りから逸らされ、ブーンに向いた。 応じて、ブーンもツンに顔を向ける。 ξ゚听)ξ「私、借りを作るのは好きじゃないのよ」 ( ^ω^)「奇遇だ。 実は、貸しを作りっぱなしにしておくのは好きじゃないんだお」 ξ゚听)ξ「だから、ここで借りを一つ返えさせてもらうわ。 お釣りが出るでしょうけど、まぁ、釣りは取っときなさい」 ツンは手すりから離れる。 ブーンも、それに合わせて手すりから離れた。 二人の距離は、互いに小さく一歩踏み出せばぶつかる程の距離。 しかし、どちらも歩み寄らない。 そうしなくても、届くからだ。 ξ゚听)ξ「……」
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583 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 04:05:13.83 ID:8f5I62SD0 - では、如何にしてこの距離を縮めるか。
足を使わずに。 互いに一歩、合わせて二歩の距離を、如何にして縮めるのか。 答えは、至極単純。 単純だからこそ、意味があるのだ。 むしろ、単純でなければ意味がない。 それを知っているツンは、ゆっくりと行動に移した。 ツンが無言で行ったのは、ただ。 ―――ただ、手を差し伸ばしただけ。 握手を求めるのとは、少し形が違う。 手の甲を上に向け、細長い指には必要最小限の力しか込められていない。 その仕草の意味する所を、ブーンは直ぐに理解し、行動に移した。 ブーンが無言で行ったのは。 ―――ただ、差し出されたその手をそっと掴んだだけ。 手を繋ぐのとは、少し形が違う。 手の甲を下に向け、指に込めた力は弱い。 ツンの手を自らの掌の上に乗せ、そっと力を込める。 その仕草は、ツンの仕草に対する回答であり、それは正解であった。 互いに手を伸ばせば届くのだ。 どちらともなく、手を引き、体を寄せ合う。 二人の距離は、後一歩と言う所。 それ以上は、まだ近づかない。
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584 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 04:07:31.82 ID:8f5I62SD0 -
ξ゚听)ξ「……」 ( ^ω^)「……」 言葉も無い。 真の信頼とは、言葉を用いずとも伝わるものなのだ。 例えば。 そう。 こうして、手を繋いでいるだけで、十分なのである。 本当であれば、ここでどちらかが。 望ましいのは、ブーンから言い出した方がいい言葉があった。 それは―――
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587 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 04:08:20.73 ID:8f5I62SD0 -
―――――――――――――――――――― ('A`)と歯車の都のようです 第二部【都激震編】 Epilogue 『Please waltz with me』 Epilogueイメージ曲 『私とワルツを』鬼束ちひろ ttp://www.youtube.com/watch?v=t3EfMb7Z5Pc ――――――――――――――――――――
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