- ('A`)と歯車の都のようです
350 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 00:00:43.64 ID:8f5I62SD0 - ξ゚听)ξ「あんたの考えそうなことよ。
あんたが誰かを精神的に叩き落とそうとするなら、一旦上げてから、一気に落とす。 大方、私のピンチにこいつが助けに来る、っていう粗筋だったんでしょう。 で、私がこいつを信じた途端、こいつが裏切る。 後は、あんたの好きそうな事を一緒に犯る。 まぁ、大まかな筋書きはこんな所でしょ。 違うかしら? ここまで、上手くやったものね。 あぁ、自信を持っていいわ。 情けないけど、私も途中までは騙されてたから。 まぁ、最終的には自力で気付けたけど。 ……こいつは、ブーンなんかじゃない」 / ,' 3「何が……言いたい? では、そいつがブーンでないなら、な、何者だと言うんじゃ!」 荒巻の声は、焦りや狼狽を通り越し、怒りの色で染まっていた。 どこまでも否定したい気持ちが強く出ているのが、よく分かる。 長年の計画が、今眼の前で水泡に帰そうとしているのだから。 それも、こんな小娘一人に。 相手からしたら、絶対に認めたくないは筈だ。 ふと、ツンは何かに気付いたかのように口元に笑みを浮かべた。 ξ゚听)ξ「くふっ……そうね。 たぶん、ラウンジタワーで私達を襲ってきた歯車王の私兵じゃないかしら? それの外見をあいつに似せて、後は適当にいろんな部分を肉付け。 どっかの誰かさんが、それらしいヒントを大声で言ってたもの」
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356 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 00:08:43.98 ID:8f5I62SD0 - ξ゚听)ξ「ご丁寧に、"スクラップ"やら"産業廃棄物"呼ばわりしてたからね。
それにしても、随分と手の込んだ芝居だったわね。 ここまで証拠が揃っても気付かないのは、そこら辺の尻軽女ぐらいでしょうけど。 どう? これでもまだ、糞下らない芝居を続けて滑稽な姿を晒すのかしら?」 (//‰゚)「……」 / ,' 3「くっ、ぐぬぬぬ……!」 心底悔しそうに、荒巻は唸る。 怒りで歯を鳴らし、手は拳を作って震えていた。 一体何年がかりの計画かは知らないが、いい気味だ。 ξ゚听)ξ「私を騙して、当然、それ相応の覚悟は出来てるんでしょうね?」 / ,' 3「調子に乗るなよ、小娘!! こちらにはまだ人数がおるわ!」 ξ゚听)ξ「そうね。 足腰と尻が大変そうだけど、役に立つのかしら? あら? 何であんたら、揃いも揃って股間に糞を付けてるの? 最近の流行は、よく分からないわね」 ツンの声は、雪解け水の様に澄んでいた。 一方の荒巻はと言えば、嵐の様に荒れた声だった。 荒巻の立場からしたら、この状況で冷静でいられる筈がない。 何もかもが、成就する前に見破られたのだ。
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359 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 00:11:29.59 ID:8f5I62SD0 - 完璧だと思っていた罠が見破られた今、当初と同じ効果を期待する事は出来ない。
絶望の内にツンを犯すと言う荒巻の楽しみが、あと一歩と言う所で。 荒巻は声を荒げ、オワタに命令した。 / ,' 3「黙れぇええええええ! オワタ! その女の両足を切り落とせ! 生きている内に犯し殺してやる!」 (//‰゚)「了解」 オワタと呼ばれた機械の両手の甲から、見覚えのある長剣が飛び出た。 その長剣は間違いなく、ラウンジタワーで見たのと同じ物だ。 あの時は室内だったが、今は遮蔽物の少ない屋上。 少々厄介だった。 ξ゚听)ξ「年甲斐も無く男の尻を喜んで掘ってたくせに、良く言うわね!」 ツンはヴィントレスを腰だめに構える。 肩付けでは、あまりにも隙が大きくなるからだ。 瞬間、オワタの姿が掻き消えた。 しかし、ツンの対応はそれよりも疾く、そして冷静だった。 一歩引くのではなく、大きく一歩前に踏み出したのだ。 その動作は、オワタが動くのとほぼ同時に繰り出されていた。 つまり、ツンは相手の動きを予想していたのだ。 (//‰゚)「ッ!?」
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362 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 00:15:04.54 ID:8f5I62SD0 - 足を切れと言われている以上、その他の部位を傷つけるわけにはいかない。
故にオワタは、接近して来たツンに一瞬だけ両手を振るうのを躊躇った。 その躊躇いは、オワタの顔面にツンの足を直撃させるのに十分な時間を与えた。 高速で突っ込んで来たオワタが、ただ蹴られただけで、後ろに吹き飛ぶ。 ツンは、"軽く飛び蹴りを放った"だけ。 カウンターである。 向かってくる大きな力に対して、小さな力で的確に迎え撃つ事で、強力な効果を発揮する。 オワタの場合、それは顕著に表れた。 蹴り飛ばされたオワタは、背後にあった脱出装置に背中から激突。 顔から崩れ落ちるも、両手の剣を杖代わりにして素早く立ち上がる。 そして、立ち上がったオワタは目の前で起きた事態に、瞠目した。 荒巻も、遠くからその様子を見る男達も。 皆、ツンの取った行動に我が目を疑った。 / ,' 3「な、何をするつもりじゃ……」 ξ゚听)ξ「あんたらの目的を実行できなくすれば、私の勝ち。 違うかしら?」 /;,' 3「自ら死を選ぶつもりか?!」 屋上の縁に両足で立つツンを、皆が凝視する。 ツンの後ろには、フェンスも何もない。 あるのは、虚空。 強風が吹いてバランスを崩せば、あっという間に落下し兼ねない。 落下すれば、待っているのは死。
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365 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 00:19:02.05 ID:8f5I62SD0 - ξ゚听)ξ「さぁ、どうなるかしらね?
運が良ければ植物人間になれるかもしれないわ」 / ,' 3「馬鹿か、貴様は! この高さから落ちて、助かる訳がない!」 確かに、そうだ。 この高さから落ちれば確実に死ぬ。 だが、荒巻の目的である凌辱が確実に阻止できるだけでなく、"殺される"事も無い。 これが、ツンの考えた最良の手だった。 ξ゚听)ξ「助からなかったとして、だからどうしたの?」 (//‰゚)「……ヤメロ」 ξ゚听)ξ「黙れ」 /;,' 3「くそっ、誰かそいつを止めろ!」 ξ゚听)ξ「無理ね」 そう。 無理だ。 誰も、ツンを止められない。 止まるつもりは無い。 ツンはゆっくりと、足を後ろに動かす。 足元の縁に残された幅は、精々三歩がいい所。 ―――後、二歩。
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368 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 00:22:34.87 ID:8f5I62SD0 - (//‰゚)「ヤメロオオオオ!!」
ツンは勝ち誇ったように笑う。 オワタが駆けようとするも、距離的に間に合わないと判断したのか、駆けようとした姿勢のまま動かない。 賢明な判断だ。 ここで突っ込んでも、ツンを押し出してしまう可能性がある。 ―――後、一歩。 / ,' 3「えぇい、構わん! 撃て、誰かそいつの足を撃て!」 荒巻の部下と、捨てた銃の距離はオワタとツンよりも離れている。 当然、間に合わない。 勝った。 ツンの、勝ちだ。 ξ゚听)ξ「……任せたわよ」 それだけ言って、ゆっくりと瞼を下ろす。 そして――― 【時刻――04:00】 ―――そして、黒のロングコートを靡かせながら、その体は宙を舞った。
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372 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 00:27:49.54 ID:8f5I62SD0 - ――――――――――――――――――――
(´・ω・`)「……ふむ」 一人の特徴的な垂れ眉の男が、屋上にいた。 上質な黒いスーツを着こなす様は、やり手のサラリーマンのように見える。 だが、こんな時間にサラリーマンは普通、屋上にいない。 事実、男はサラリーマンでは無かった。 書類の上では精神科医。 便宜上は手品師。 口頭上は道化師。 本当の職業を知る者は、そう多くない。 男は、この建物の屋上から約10メートル下の光景を眺めていた。 一対多数。 女が一人、後は男が多数、それに機械人形が一つ。 圧倒的に不利な状況にもかかわらず、女は臆していない。 (´・ω・`)「流石、あの人の娘だ」 頷き、腕時計をちらりと見る。 後30秒程で、時刻は四時になろうとしている所だった。 ふと、男は何かに気付いた様に時計から眼を上げた。 背後にある非常階段の出入り口の扉が、勢いよく放たれる。 (´・ω・`)「……行くのかい?」 返事はない。
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374 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 00:30:02.22 ID:8f5I62SD0 - (´・ω・`)「なら、急いだ方がいい」
跫音が背後から迫る。 荒い息遣いが聞こえてくる。 「……短い間だったが、世話になった」 横を通り抜ける際、そう言葉を掛けられた。 それは、男の声だった。 (´・ω・`)「そんな些細な事は気にしなくていい。 さぁ、今は一秒でも時間が惜しい。 僕にできるのは、ここまでだ。 後は、君にしかできない。 いや、君達と言うべきかな」 垂れ眉の男は、駆け抜けて行った男の背にそう言った。 返答はない。 (´・ω・`)「……今度、気が向いたら二人で一緒に遊びに来ると良い。 あの人も喜ぶし、皆も喜ぶ。 その時は、僕が美味しい紅茶と茶菓子を用意して待っているよ」 「あぁ、楽しみにしておく」 (´・ω・`)「では、また逢おう」
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376 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 00:31:44.83 ID:8f5I62SD0 - そう言って、垂れ眉の男は踵を返した。
屋上を駆ける男は、黒いロングコートを着ていた。 顔には白い包帯を巻いて、その背には何よりも大切な信念を背負っていた。 その瞳は、都の黒雲の上に広がる蒼穹の色をしていた。 ――――後、三歩。 ―――後、二歩。 ――後、一歩。 屋上の縁に足を掛け、一気に跳ぶ。 ―――そして、男は黒いロングコートを風に靡かせ、その体を虚空へと投げ出した。
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379 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 00:34:44.89 ID:8f5I62SD0 - 【時刻――04:00】
屋上の縁ギリギリで踏みとどまったツンの眼の前に、それは何の前触れなしにいきなり現れた。 あまりにも唐突で、予測不可能な展開に、ツンを除いた周囲は動揺する。 ツンの前に、一人の男がどこからともなく。 ―――否、背後のビルからここに向けて跳んで来たのだ。 高低差を考えて、どうにか届くと言った距離。 しかし、10メートルの落差がある。 並みの人間なら、恐怖で足が竦む様な高さだ。 それでも、男は跳んで来た。 もし、ツンが後ろに下がっていなければ着地する事は出来なかっただろう。 こうする事を通信で事前に伝えられていたからこそ、ツンは移動していたのだ。 ギリギリまで下がったおかげで、男は着地を可能にした。 /;,' 3「なっ……!」 ようやく声を発したのは、荒巻だった。 発したとは言っても、それはどうにか絞り出したと言った方がいい。 /;,' 3「な……何者だ、貴様は!」 男は荒巻の質問に答えようとはしない。 ツンの前に壁の様に立ち、動こうともしない。 黒いロングコートが、ビル風に靡く音だけが聞こえる。 (//‰゚)「……馬鹿ナ、何故」 唯一オワタだけが、ようやくまともな反応を示していた。
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381 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 00:37:29.13 ID:8f5I62SD0 - (//‰゚)「赤外線デ確認した筈ダ……
確かニ、あの時は何も無かっタ」 両手の剣を、その男に向ける。 (//‰゚)「何故ダ。 答えロ、棺桶死オサム」 【+ 】ゞ゚)「気になるなら、その節穴でもう一度見てみるんだな」 ツンの前に現れたのは、棺桶を背負った男。 棺桶死オサム。 しかも、今までの声量と比べ、若干大きくなっている。 強風の中でも、何を言っているのかハッキリと聞き取れた。 (//‰゚)「……ッ。 そうカ、対赤外線繊維ダナ……」 狼狽するオワタに、オサムは言い放つ。 【+ 】ゞ゚)「その通り、残念だったな。 お前が馬鹿で本当に助かった」 オサムとツンが身に纏っているロングコートは、ただのロングコートではない。 元はハインドの赤外線暗視装置を逃れる為に着ていたのだが、それが思わぬ形で効果を発揮する事になったのだ。 赤外線の反応がないから死んだと、安易に答えを出したオワタの失態だ。 【+ 】ゞ゚)「……この棺桶も、中々馬鹿に出来ないな。 今度、あいつに茶菓子でも持って行くとするか」
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382 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 00:40:39.83 ID:8f5I62SD0 - 見せつけるように、オサムは棺桶を背負い直す。
(//‰゚)「ダガ、あの瓦礫からドうやって逃げ出したのダ」 然り。 ジャンゴ社崩落の前。 手榴弾がオサムの眼の前で爆発する直前、オサムはこの棺桶に入って難を逃れたのはまず間違いない。 問題だったのは、その後だ。 崩れ落ちて来た瓦礫の山は、オサム一人でどうにか出来る重さと量ではない。 あの場から脱出する為には、誰かの手を借りる必要がある。 重機でも持ち出さない限り、あの瓦礫は撤去できる筈がない。 【+ 】ゞ゚)「さぁな、それを貴様に教えるつもりはない」 ξ゚听)ξ「……それで、貴方は何をしに来たのかしら?」 ツンは、少し嬉しそうな声でそう言った。 何かを期待しているようなその声に、オサムは迷わずに答える。 【+ 】ゞ゚)「護りに来た」 ξ゚听)ξ「何を?」 徐々に、ツンの口元が緩む。 この答えを、待っていたのだ。 声が弾むのが押さえられない。
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386 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 00:43:48.04 ID:8f5I62SD0 - 【+ 】ゞ゚)「約束を」
ξ゚ー゚)ξ「そう…… それで、私はどうすればいいのかしら?」 ツンは、挑発的な笑みを浮かべる。 その問いに、オサムはどう答えてくれるのか。 【+ 】ゞ゚)「俺に出来ない事をしてほしい」 ξ゚ー゚)ξ「それは何?」 【+ 】ゞ゚)「ツン、俺にお前の槍を貸してくれ。 "眼の前にある全てを貫く槍"があれば、足りない物はない」 ξ゚ー゚)ξ「私が手を貸すとして、貴方は何をするの? それと、これからは"どっち"の名前で呼べばいいのかしら?」 【+ 】ゞ゚)「……どっちでも、好きな方で呼んでくれ。 俺は約束を。 そして、ツンを―――」 そう言って、オサムは顔に巻いていた包帯に手を掛ける。 端を掴むと、それを一気に引いた。 オサムの顔を包んでいた包帯が全て解け、オサムの素顔が露わになる。 だが、ツンに背を向けている為、ツンからは見えない。
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390 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 00:48:05.81 ID:8f5I62SD0 - しかし。
ツンはもう分かっていた。 オサムの。 否、"彼"の正体を。 ―――オサムの顔を隠していた包帯が、その手を離れ、夜が明け始めた都の空に舞う。 /;,' 3「ば、馬鹿な! なぜ、何故貴様が、生きている!? あ、有り得ない! 貴様は死んだ筈じゃ! どう、どうしてここに!」 荒巻の言葉を遮る様に、その男は棺桶を地面に置いた。 短く刈りそろえたオールバックの黒髪が、小さく風に揺れる。 蒼穹色の瞳が、眼の前で狼狽える荒巻とその一同を睨みつけた。 荒巻はたじろぎ、後退る。 ゆっくりと笑みを浮かべ、男はハッキリとした声で堂々と言い放った。 ( ^ω^)「護り抜く」
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394 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 00:51:05.15 ID:8f5I62SD0 -
―――――――――――――――――――― ('A`)と歯車の都のようです 第二部【都激震編】 最終第34話 『貴女の為に、楯を持つ』 34話イメージ曲 『everything, in my hands』鬼束ちひろ ttp://www.youtube.com/watch?v=OKPBM26Ec3s ――――――――――――――――――――
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398 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 00:54:17.84 ID:8f5I62SD0 - 荒巻は、眼の前の事態が未だに信じられないのか、頭を振って事態を把握しようと努力していた。
しかし、いくら目頭を押さえ、頭を振っても変わらない。 半ば自棄になり、どうにか事態を飲み込んだ。 /;,' 3「な、何故じゃ…… 貴様は吹っ飛んで肉片になった筈じゃ! ナイチンゲールの資料にも、そう書いてあった! DNAを誤魔化すことなど、ふ、不可能のはず!」 荒巻の言う事はもっともだ。 ラウンジタワーで発見されたのは、オワタの残骸。 そして、ブーンのDNAが確認された肉片だ。 DNAは誤魔化しがきかない為、肉片がブーンの物であると判断するのは至極当然のことだった。 ( ^ω^)「確かに、"鉄壁"はあの時に死んだ。 だが、死体がないのなら、本人が死んだと思わない事だな。 生憎と、世の中は不思議でいっぱいなんでな。 そしてここにいるのは、ただの内藤・ブーン・ホライゾンだ」 それを聞いても、信じられないだろう。 何せ、DNAの判別をしたのは、医療設備やその他最新鋭の機材が揃っているナイチンゲール。 肉片が本人の物でない事は、幾ら偽っていたとしても、すぐに分かる筈だった。 そこまで考えて、荒巻は声を上げた。 /;,' 3「……ま、まさかっ!」 一つだけあった可能性に、荒巻は気付いた様だ。 /;,' 3「そうか、あの男が仕組んだのか! 貴様が死んだと、わざと書かせたのだな!」
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401 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 00:57:02.68 ID:8f5I62SD0 - 可能性があるとすれば、それは。
"病院側が診断書を偽装した可能性だけ"。 ブーンとでぃは家族なのだから、それぐらいの融通は利くのだろう。 そうとしか、考えられなかった。 ( ^ω^)「耄碌爺にしては上出来だ。 だが、足りないな。 20点だ。 無論、千点満点で、だがな」 しかし、そうする理由が分からない。 わざわざDNA鑑定の結果を偽るメリット、目的。 全てが不明だった。 荒巻程度には、分かる筈も無い。 / ,' 3「ほざくな!」 荒巻の声に合わせて、いつの間にか武器を手にした男達が一斉に銃口をブーン達に向ける。 理解する事を諦めた老害とキチガイ女の行きつく先は、感情に任せる実力行使。 もっとも単純で、説得力のある行動である。 だが、まともに動けているのは三人だけしかいない。 他の者たちは皆、肛門を破壊されて悶絶しているか、自分が男を犯していた事を未だに信じられないのか、茫然としている。 / ,' 3「この状況、貴様に打破できるか! 殺され足りぬのならば、もう一度殺してやる! オワタ!」 (//‰゚)「了解」
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403 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 01:00:01.24 ID:8f5I62SD0 - 機械人形が、一歩踏み出す。
ブーンもまた、一歩踏み出そうとした。 その時、ツンの言葉がそれを引き止めた。 ξ゚听)ξ「ちょっと、待ちなさいよ。 ……これ、貸しておくわ」 ツンはオサムへと歩み寄り、ホルスターから一挺の拳銃を抜き取り、それを手渡した。 その拳銃の名前は、"砂の盾"。 ( ^ω^)「助かる」 / ,' 3「殺れぃ!」 荒巻の指示を受け、銃爪に掛る男達の指に力が込められる。 この距離、そして体勢的にもブーンの動きでは間に合わない。 しかし、ブーンは信じられない程に落ち着き払っていた。 まるで、これから何が起きるのかを全て知っているかのように。 「ひぶっ?!」 突然、銃口を向けていた男の内、一人の顔が爆ぜた。 顔の中心を吹き飛ばされた男が、背中から倒れる。 あまりにも突然の事に、残された二人は一瞬だけ目線をそちらに向けた。 次いで、もう一人の顔の半分が吹き飛ぶ。 不思議な事に、銃声はしない。 ツンの持つヴィントレスは、確かにサプレッサーが付いている。 だが、この距離なら銃声は聞こえる筈だ。 誰が撃ったのか、周囲はおろか、当事者達でさえも分からない。
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406 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 01:03:16.90 ID:8f5I62SD0 - 残された一人も、喉に穴をあけられ、絶命した。
(//‰゚)「何ガ……」 ( ^ω^)「槍が"一本"だけだと、誰が言った?」 その言葉の意味を一瞬で理解できたのは、ツンだけだった。 銃声が聞こえないのではなく、あまりにも小さすぎる上に、風に掻き消されていると言うだけなのだ。 着弾から音が届くまでの時間から計算すると、射手は約1km離れた場所にいる。 そして、この超遠距離射撃を正確に行える人間に、ツンは心当たりがあった。 ξ゚听)ξ「……お母さん?」 ζ(゚ー゚*ζ『あら? あらあら! お母さん、って、呼んでくれたのよね! ツンちゃん、やっと自然に呼んでくれるようになったのね! あぁ、もう! ツンちゃんっ、お母さん、とっても嬉しいわ!』 インカムから聞こえて来る母の声は、春の日だまりのように優しげだった。 優しくも強い母の声を受け、ツンの緊張が氷解して行く。 これほどに力強い援護は、そうないだろう。 デレデレとブーンが居る限り、ツンは負けない。 全てを貫く槍と全てを護り通す楯が揃った今、荒巻に勝ち目は皆無だ。 /;,' 3「馬鹿な! "女帝"が援護に来たのかっ!? ……足止めすら出来んとは、あいつらはどこまで使えんのだ! 糞っ、雌狐が!」
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409 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 01:06:02.55 ID:8f5I62SD0 - ツンの次に事態を理解したのは、意外な事に荒巻だった。
理解したからと言って、荒巻は逃げようとはしなかった。 むしろ、デレデレを嫌悪しているからこそ、逃げても無駄だと熟知しているのだ。 荒巻が逃げ出そうと背を向けた瞬間、銃弾が己の命を奪い去ると、荒巻は五年前に嫌と言うほど学んでいた。 更に、ブーンの後ろにはツンが控えている。 ヴィントレスの銃口は、正確に荒巻の心臓を捉えていた。 逃げるか、それとも参戦するか。 そんな事をすれば、荒巻の足か腕が吹っ飛ぶだろう。 今は成り行きを見守るほか、荒巻になす術はない。 ( ^ω^)「さて、そこの鉄屑。 ……覚悟はいいか?」 (//‰゚)「黙レ」 オワタは両手の長剣を目の前で交差させ、姿勢を低くした。 対するブーンは、ツンから借り受けた"砂の盾"を構えた。 銃口は真っ直ぐ、オワタの急所を狙い定める。 両者、共に動かず、沈黙。 その沈黙の間、両者は思考を巡らせていた。 (//‰゚)「……」 先に動くとどうなるか。 後に動くとどうなるか。 相手が先に動いた場合はどうするか。 自分が先に動いた場合はどうするか。
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411 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 01:09:10.87 ID:8f5I62SD0 - 先に動くとして、後に動く相手はどのような行動を取るのか。
迎え撃つとして、先に仕掛けて来る相手はどのような手を使うのか。 相手はどこまでこちらの動きを予測し、どの手を防ぐため、どのような手を使うのか。 相手はどのような手を使い、こちらの予測を裏切るのか。 先に動いた方が負けと言われる所以は、ひょっとしたらこのような点にあるのかもしれない。 何せ、先に動けばそれだけ相手にヒントを与える事になりかねないからだ。 逆を言えば、迎え撃つ側は相手が与えたヒントを頼りに思考を巡らせてしまう為、先に動いた方の思惑にハマってしまうかもしれない。 だからと言って、膠着状態でいるのは利口ではない。 オワタの利点は、機械化によって得た高い身体能力、そして、ゼアフォーシステムの導入による高い知識。 最善の手を即座に判断する事など造作も無いだろう。 それ故に、オワタは動けなかった。 優先度、効率を重視した戦術なら、ブーンに見破られていてもおかしくはない。 そこで、オワタは戦術システムの中でも優先度の低い物から、新たな戦術の材料となる物を検索していた。 意外性が高ければ高いほど、オワタの成功確率は高くなる。 オワタの得物は近・中距離向けの長剣が二振り。 しかも、立ち位置はオワタに有利な距離だ。 一方のブーンは、スチェッキンが一挺。 ヴィントレスの弾丸を止められはしたが、もう一度撃たれたらどうなるか、オワタは死をもって理解する事になる。 だがそれも、ブーンが銃爪を引く前に腕を切り落とせば問題はない。 それをブーンが許すかどうかが、問題だった。 身体能力なら、確かにオワタの方が高い。 圧倒的と言っても良い。 要は、読まれない動きを選択して、実行する事が必要なのだ。 それが出来れば、誰も苦労はしない。
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413 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 01:12:40.96 ID:8f5I62SD0 - 幾ら戦術データリンクが搭載されているとは言っても、一騎打ち。
おまけに拳銃対長剣のデータなど、ロクなのがない。 ブーンの持つスチェッキンに装填されている弾は、拳銃弾ではない為、そのロクでもないデータは役に立たない。 つまり、既存のデータを元に、自分で新たな戦術を一から作る必要があった。 その戦術を、更には削り直さなければいけない。 オワタが"ブーン"として、ブーンが"オサム"として戦った時とは、状況が違う。 今、総合的に有利なのは。 ―――オワタだ。 オワタには、そう思える自信があった。 両腕から生えている長剣は元々、オワタの得意とする得物。 ブーンを出し抜けば、勝てる。 では、どうやって出し抜くか。 それを考えた時、ブーンに反応があった。 (;^ω^)「っ……」 僅かに、ブーンの体が動いた。 一瞬、オワタはそれがブーンの罠だと思い、反射的に仕掛けようとしたのを止めた。 ブーンは何が目的だったのか、それを把握する為、相手の状態を観察する。 よく見れば、ブーンの呼吸は僅かに乱れ、その額には珠のような汗が浮かんでいる。 とても演技とは思えない。 先の戦闘のダメージがまだ残っているのだろう。 と、言う事は。 ブーンの反応速度は、少なからず落ちる。
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414 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 01:15:50.40 ID:8f5I62SD0 - ならば、ブーンの意表を突く意味でも有効な攻撃方法は一つ。
正面から斬る。 流石に、ここまで思考を巡らせる時間があったのだ。 ブーンなら、こちらの行動の裏を読んでくれるはず。 自らの思考の沼にハマり、自滅の道を歩むのは眼に見えている。 裏の裏は表。 思考の沼に足を踏み入れた者に、未来はない。 オワタは、ブーンが体勢を整える前に仕掛けた。 (//‰゚)「シァッ……!」 オワタが両腕の長剣を振るった段階で、未だブーンは動いていない。 勝利を確信し、オワタは両腕を振り切った。 巨大な鋏で斬ったかのような胸の悪くなる残響音と共に、長剣が風を切り裂いた。 ―――長剣は、ただ眼の前の空間を切り裂いただけだった。 (//‰゚)「?!」 それが、オワタの見た最後の光景であり。 そして、直後に耳元で響いた銃声が、オワタの聞いた最後の音である。 至近距離から放たれた特殊な弾は、堅牢な装甲に守られていた頭部を貫通。 ゼアフォーシステムの命であり、人の命である脳を完全に破壊した。 ( ^ω^)「……自分の飼い主が誰だったか、よく思い出すんだな」 それは、傍から見ていれば、奇妙な光景だった。 それまで睨み合っていたかと思えば、オワタが突然動き出したのだ。 ツンも荒巻も、それは先手を取り、一気に勝負を終わらせる行動に見えた。 だが、違った。
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417 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 01:18:26.92 ID:8f5I62SD0 - まるで制御のできない暴風の様に、オワタはブーンの横に斬撃を繰り出した。
一撃必殺を確信していたのだろう、その一撃は次手の事を全く考えていない一撃だった。 あれを食らっていれば、上半身と下半身は痛みを感じることなく分断されるだろう。 それは、自らわざと外したとはとても思えないほどに、殺意の籠った一撃だった。 なのに。 オワタは、それを外した。 まるで、"幻影"でも見ていたかのように。 そうなると、理解できない部分がある。 機械化され、更にはフォックスの改造手術まで受けているオワタが、幻影など見るのだろうか。 先程、ツンに襲いかかろうとして、勝手にホモパーティーを始めた連中が幻影を見ていたのは理解できる。 何せ連中は、生身の人間だったからだ。 そこで、ブーンの言葉が鍵となった。 オワタの元々の飼い主は、歯車王だ。 ツンは先程、大通りで歯車王の私兵が戦っているのを見ている。 この大騒動を収める為、歯車王が動いているのだとしたら。 機械化されている部下を操るのは、あまりにも容易いことだ。 機械化を施せるのは、歯車王ただ一人。 そして、都にある全ての歯車を操作できると言われている"始まりの歯車"を持つのも、歯車王だけだ。 オワタの視覚に何らかの誤作動を起こさせるなど、朝飯前なのだろう。 それしか、オワタが空振りをした理由は浮かばなかった。 荒巻も、まさかこれほど呆気なくオワタが殺されるとは予想していなかったらしい。 そして、荒巻が恐る恐る後ろを振り返る。 本来ならその視線の先には、"頭"のある荒巻の部下達が転がっている筈だった。 今は、一人の例外も無く頭を失い、血の海に沈んでいる。
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418 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 01:21:43.18 ID:8f5I62SD0 - /;,' 3「ああっ、このっ、役立たず共がっ!」
ξ゚听)ξ「自分で自分の事が役立たずだって理解できたなら、一歩成長ね」 荒巻に向かって、ツンはゆっくりと歩み寄る。 一歩一歩は決して大きくなく、早くも無い、至って普通の歩みだ。 だが、威圧感だけは母親が持つそれと同等。 下手をすれば、それ以上の威圧感があった。 / ,' 3「……ワシを撃つか? 貴様は撃たんじゃろう。 丸腰のワシを撃っても、面白くないからのう」 荒巻の手前、5メートルの場所でツンは立ち止った。 ξ゚听)ξ「えぇ、そうね。 あんたの自信をブチ壊してから、ゆっくり殺したいわね。 ハンデでも付けましょうか? 流石に素手じゃ哀れだからね、ナイフぐらい、くれてやるわよ」 / ,' 3「はっ、小娘が。 得物ぐらい、常に持ち歩いておるわ!」 荒巻は、腰に手を伸ばす。 と、同時に。 すぐ足元のコンクリートが砕け散り、破片が荒巻の足を直撃する。 / ,' 3「ちっ! あの雌狐に言え! ワシもそこまで馬鹿ではないと!」
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420 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 01:24:08.25 ID:8f5I62SD0 - 今のは、デレデレからの警告の一撃。
もし、不審な真似をすれば次に砕け散るのは、荒巻の頭だと言わんばかりに。 ξ゚听)ξ「信用がないからね、当然よ」 / ,' 3「喧しい! 恨みを晴らしたいのではなかったのか? ここでワシを簡単に殺しても、貴様も満足しないだろう?」 ξ゚听)ξ「チェーンソーがあれば一発解決なんだけどね。 いいわ、銃でもナイフでも使っていいわよ」 / ,' 3「えふぇふぇっ。 話が分かって助かるわい」 荒巻はそう言って、腰から一挺の拳銃を取り出した。 何の変哲もない、コルト・ガバメント。 それを持ったまま、両手を上げ、今は撃つ気がない事を強調する。 / ,' 3「早撃ちで勝負をしよう。 三歩進んで振り返った時に撃つ、どうじゃ? こんな勝負、今までした事が無いから逃げるか?」 荒巻が提案したのは、西部劇にしか登場しないような決闘方法。 ξ゚听)ξ「ガンマンの真似? まぁ、何でもいいんだけど。 それでいいわ」 / ,' 3「ふぇふぇふぇ、後悔しても知らんぞ……」
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422 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 01:27:07.30 ID:8f5I62SD0 - 荒巻はツンに背を向ける。
この時、荒巻には勝算があった。 その為に、わざわざこの勝負方法を選んだのだ。 早撃ち対決には、必勝法が存在する。 "一歩進んだ所"で撃てばいいのだ。 律儀に三歩歩いて振り返るなど、愚の骨頂。 思いもよらぬ僥倖に、荒巻は内心で舌なめずりをした。 ξ゚听)ξ「いいわよ、それじゃあ、始めましょうか」 背中から、ツンの声が投げかけられる。 / ,' 3「ふん。 一歩進んだ所で撃つなどと言う事はせんじゃろうな?」 ξ゚听)ξ「あんたじゃないんだから、見くびらないで」 / ,' 3「念の為じゃ」 荒巻は笑いをこらえるのに必死だった。 / ,' 3「……では、行くぞ。 いちぃっ!」 それを合図にして、荒巻は小さく一歩を踏み出す。 一歩進んだ所で、荒巻は勝利を確信し、振り返った。 同時に、荒巻の右手が持っていたコルトごと吹き飛ぶ。 /;,' 3「っ?! き、きひいいい!」
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424 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 01:30:06.09 ID:8f5I62SD0 - 銃声は、やはり遅れて聞こえた。
右手を庇う様にして、荒巻は背を丸める。 /;,' 3「ひゃっ! ぎいいいいい!」 右足の爪先が吹き飛んだ。 今度の銃声は、荒巻の爪先を吹き飛ばすのと同時に聞こえていた。 サプレッサーに押さえられた銃声は、ツンの持つヴィントレスの物だ。 ξ゚听)ξ「あら、どうしたのかしら? まだ一歩しか歩いていないでしょ? 何で振り返ってるのよ? ほら、さっさと後二歩進みなさいよ」 素知らぬ顔で、ツンは顎でしゃくって見せた。 /;,' 3「貴様ァァァ!」 足の痛みに耐えかね、荒巻の体が前に傾く。 それを踏みとどまり、鬼の形相でツンを睨みつける。 /;,' 3「騙したのかアアアア!」 ξ゚听)ξ「騙す? 冗談はよしてよ。 言った通り、一歩も進んでないわよ。 ねぇ、私、何か間違ってる?」 ( ^ω^)「いいや、何も間違っていない」
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427 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 01:33:50.55 ID:8f5I62SD0 - ξ゚听)ξ「でしょうね」
ツンの思考の方が、荒巻よりも上を行っていた。 一歩も動かず、かつ振り返ってもいない。 振り返ったのは、荒巻だけだったのだ。 そもそも最初から、ツンは荒巻と正々堂々と勝負する気は毛頭なかった。 荒巻は、ツンの掌の上で踊らされていたに過ぎない。 出し抜いたつもりが、結局はツンに出し抜かれたのだ。 変な欲を掻いたせいで、荒巻は自らを窮地に追い込んでしまった。 /;,' 3「この、ビッチがあああああ!」 ( ^ω^)「黙れ」 一気に接近したブーンの放ったアッパーが、荒巻の鼻の骨を砕いた。 仰け反る様にして、荒巻は後頭部から倒れる。 その鼻からは、真っ赤な鼻血が流れていた。 /;,' 3「何故、何故ぇ……!」 倒れたまま、荒巻は起きようとはしない。 それ程に、荒巻はこの展開を信じられなかったのだ。 完璧だったはずなのだ。 荒巻にとって、この計画は荒巻の人生の全てだった。 顔に刻みこまれた傷への怒り。 五年前に味わう事になった屈辱。 それらに対する復讐の計画が、全て灰燼に帰した。 積み上げて来た何もかもが、ここで全て灰燼になってしまったのだ。
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428 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 01:36:12.46 ID:8f5I62SD0 - /;,' 3「何故じゃ……
何故、こんな事に!」 年甲斐もなく、荒巻は涙を流した。 /;,' 3「ワシの全てが! ワシの、ワシのぉおおおお!」 叫んでみても、何も変わらない。 吹き飛んだ手と足から流れ出る血が、荒巻の周囲に血溜まりを作る。 / ,' 3「……のぅ、葉巻を一本、吸わせてはくれんかのぅ? どうせワシは死ぬんじゃ、この死に底ないの老いぼれ頼みを、聞いてはくれんか?」 突然、それまでの怒り様が嘘のように、荒巻はブーンとツンに提案した。 生意気にも、最期の一本を吸ってから死にたいらしい。 荒巻にそのような事を許可するのは、ツンにとっては不本意だった。 返事をしないでいると、ブーンが口を開いた。 ( ^ω^)「……いいだろう」 / ,' 3「すまんのぅ」 荒巻は無事な左手を懐に入れ、そこからシガレットケースを取り出す。 もしこの時、荒巻が不審な動きを見せていれば即座に射殺する準備はあった。 だが、荒巻は普通にシガレットケースを取り出し、そこから葉巻を一本口に咥えるだけだった。 何か、妙だった。
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431 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 01:40:43.49 ID:8f5I62SD0 - あの荒巻が、ここまで大人しくなる物か。
この短時間で改心したとは思えないし、ましてや悟りを開いたとは到底思えない。 鍋の底にこびり付いた焦げの様にしつこい性格の荒巻が、この程度で終わるのか。 荒巻に銃口を向けているブーンは、その事に気付いているのだろうか。 しかし、これはツンの杞憂なのかもしれない。 倒れている荒巻の傍にいるブーンなら、荒巻の不審な行動を察知できるだろう。 ならば、ヴィントレスをいつでも撃てるように構えるしか、ツンには出来る事がなかった。 シガレットケースを捨て、荒巻はもう一度懐に手を伸ばす。 今度取り出したのは、銀色のジッポライター。 それを見た時、ツンの背筋に冷たい物が走る。 悪寒。 一見して普通のジッポライターに、何故ツンは悪寒を感じたのか。 理由は分からない。 / ,' 3「感謝するぞ」 荒巻がそう小さく呟いてフタを親指で開ける。 フリントホイールに親指を乗せ、荒巻は叫んだ。 /。゚ 3「このお人よしめが!」 勢いよくフリントホイールを回したかと思うと、荒巻は突然笑い出した。 / ,' 3「えふぁっ、えふぁふぁふぁふぁふぁ! ワシの勝ちだ! 聞こえるか、女帝! 見えるか、この雌狐!」
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433 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 01:43:09.23 ID:8f5I62SD0 - ツンもブーンも、何が起きたのかさっぱり理解できない。
荒巻は、ただフリントホイールを回しただけ。 ―――回した、だけ。 炎はおろか、火花すら上がっていない。 / ,' 3「このビルもろとも、貴様の子供が死ぬ様を、よく見ておくんじゃな! えふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁ!」 目を大きく見開き、歯をむき出しにして荒巻は笑い続ける。 死の恐怖に精神が壊れたと言う訳ではなさそうだ。 気になったのは、荒巻の言葉。 ―――ビルもろとも。 その言葉が意味する物は、この世に一つしかない。 荒巻が取り出したのは、ジッポライターでは無かった。 あれは、ジッポライターの形を模した起爆装置だったのだ。 荒巻は最期の最後に、とんでもない事をしでかした。 ブーンは急いで荒巻の元から離れ、ツンの横につく。 その時、耳に掛けたインカムから、デレデレの声が聞こえて来た。
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436 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 01:46:07.37 ID:8f5I62SD0 - ζ(゚ー゚*ζ『ツンちゃん、緊急かつ重要な事だから、よく聞いて。
そこの耄碌爺は、そのビル。 いいえ、そのビルを含めて10か所に爆弾を仕掛けているのが、ついさっき分かったわ。 C4が各階層にたっぷりと。 仕掛けられた爆弾の内、7か所に解体班を向かわせられたんだけど、そこのビルを含めて、まだ3か所残ってるの。 今からそこの爆弾を解体して時間を稼ぐのは物理的に不可能、タイマーもセットされてるらしいわ。 ……時間は、表示上は後2分だそうよ。 降りて逃げるのは、まず間に合わないわ。 ブーンちゃんが後の事を対処してくれるから、今はその爺を置いて脱出して頂戴。 気持ちは分かるけど、そうして、ね?』 諭すように言われ、ツンは反論しようとした。 今ここで荒巻を殺さなければ、ツンはどの面下げて、でぃと向き合えると言うのか。 こればかりは、幾らデレデレの命令と雖も素直に受け入れるわけにはいかない。 それを知らないデレデレではないだろう。 知っていて尚、命令して来たのだ。 だが、このままでは。 このままでは、でぃが報われない。 荒巻が自爆するのは勝手だが、せめてこちらが殺してから自爆してもいいではないか。 そう言おうと、ツンが口を開いた時だった。 ζ(゚ー゚*ζ『急な事だけど、今はこうするのが最善なの。 まぁ、安心して。 楽には死なせないから』
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437 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 01:49:22.53 ID:8f5I62SD0 - 最後の言葉は、とても自然だった。
荒巻に対して恨みを持つのは、デレデレだって同じなのだ。 それも、ツンの比ではない。 ツンが生まれる前から積りに積もった恨みを考えれば、今こうしてデレデレが冷静でいられるのは驚きだ。 そして、その想いの全てが凝縮された一言は、圧倒的なまでの説得力を持っていた。 我儘を言う訳にもいかない。 ツンは、大人しく引き下がる事にした。 ξ゚听)ξ「……っ、分かりました。 でも、どうやってここから?」 ζ(゚ー゚*ζ『言ったじゃない、ブーンちゃんが対処するって。 ブーンちゃん、私の娘を任せたわよ』 ( ^ω^)「了解です」 そう言って、ブーンはツンの手を引いて走り出した。 爆発までの時間が迫っている今、問答は無用。 屋上の縁にまで来て、ブーンは立ち止った。 一旦手を離して、すぐ近くに置かれていた棺桶を背負い、再び手を繋ぐ。 ( ^ω^)「……」 ξ゚听)ξ「……」 二人は無言。 ブーンはツンを引き寄せ、両手で抱き抱えた。 そして。 虚空に向かって飛び出した。
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440 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 01:52:03.26 ID:8f5I62SD0 - / ,' 3「馬鹿か?! この高さから心中か!」
荒巻は目の前で身を投げた二人の背に、そう言葉を投げかけた。 高さ450メートル。 落下すれば、確実に死ぬ高さだ。 そんなこと、ツンは重々承知している。 だがブーンがこうすると言った以上、それに従うだけだ。 何せ、ブーンはツンの楯。 楯は、主人を護る為にこそ存在する。 身を投げるのと同時に、棺桶の蓋が勢いよく吹き飛んだ。 ―――遂に、棺桶の中身が露わになった。 特殊な繊維で作られた頑丈で巨大な布が、風を孕んで一気に膨れ上がる。 その正体は、パラシュートである。 落下速度を一気に殺し、二人の体をゆっくりと地面へと降ろす。 二人分の体重があるのにも関わらず、その速度は実に緩やかだった。 低高度の場所からの降下に特化したこのパラシュートは、どの市場にも出回っていない。 歯車の技術を用いて開発されたこれは、まだテスト段階の試作品であり、売り物ではない。 では、近い将来販売されるかと言えば、答えは否である。 これは、ブーン、"オサム"の為に開発された装備なのだ。 従来の低高度用のパラシュートよりも軽く、丈夫で、そして得られる減速効果は倍という優れ物。 それを格納する堅牢な外装。 外装の重量と、使用者の体重を足しても落ちない性能を求めた結果、この装備に掛かった費用は高級自動車を三台買ってまだお釣りが来るほどに膨らんだ。 だが、結果としてブーンの命を何度も危機から救い、今こうして役に立っているのだから悪い出費ではない。 ツンを抱き抱えたまま、ブーンは無事に大通りの真ん中へと着地した。
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441 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 01:55:13.88 ID:8f5I62SD0 - ――――――――――――――――――――
二人が飛び降りた後の様子を、仰向けに倒れたままの荒巻は見る事が出来なかった。 それでも、二人が心中したのだと思うとそれだけで満足だった。 / ,' 3「えふぇふぇふぇ、ふぇ。 どれ、ワシもボチボチ逃げるとしようかの」 未だ、このビルの脱出装置は生きている。 荒巻は、ビルと共に自爆する気は毛頭なかった。 ゆっくりと這いずり、脱出装置まで進む。 設置していた爆弾のタイマーは、表示は2分だが、実際は5分に設定してある。 そもそも、あの爆弾はこの時の為に設置した物ではない。 別の用途の為に設置していたのだ。 / ,' 3「えふぇっ」 この大騒動において、荒巻の目的は復讐しかなかった。 御三家の首領達に対しての復讐。 取り分け、デレデレに対しての復讐心は一番高かった。 デレデレに復讐できるなら、荒巻はどんなリスクも背負う気概でいた。 それほどまでに、デレデレが憎かった。 だから、荒巻はその娘を復讐に利用する事にした。 荒巻が復讐専用の独立部隊を作ったのは、その為だ。 ツンを捕らえ、そして凌辱の限りを尽くし、殺す。
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443 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 01:58:02.06 ID:8f5I62SD0 - 思えば、全ての過ちは数十年前。
でぃを水平線会に入れたのが、そもそもの間違いだった。 いや、少し違う。 でぃを入れ、そして、ブーンを入れたのが全ての過ちだったのだ。 最初、荒巻はブーンを水平線会に入れると聞いた時、断固として反対した。 別にそれは、ブーンが幼かったからではない。 幼いと言う点では、当時のでぃもそうだった。 問題だったのは、その名前だ。 裏社会の古参、その中でもごく一部の限られた人間はその名を良く知っている。 水平線会の創立者。 その者の名は。 "白髭"、内藤・シラヒーゲ・ホライゾン。 ブーンがシラヒーゲの家族である事は、まず間違いなかった。 そして、シラヒーゲが作り上げた水平線会を乗っ取ったのは他でもない、荒巻だ。 ブーンを入れると言う事は、危険因子を抱き込む事と同義である。 だが、利用価値が無い訳ではない。 何より、ブーンを連れて来た者に対して、荒巻は絶対の信頼を置いていた為、最終的には了承した。 その者こそ、荒巻の人生を狂わせる歯車であると気付かずに。 内藤・シラヒーゲ・ホライゾンの実子、内藤・でぃ・ホライゾンこそが、ブーンを水平線会へと招き入れた張本人。 後に知った事だが、ブーンはシラヒーゲが経営していた孤児院から引き取った養子だそうだ。 つまり、荒巻は知らなかったとはいえ、シラヒーゲの家族を二人も抱え込んでいた事になる。 いつの日か裏切られるのは、火を見るよりも明らかであった。 かと言って、今さらそれを悔やんでも意味はない。 故に、恨みを持つ全てに対して、復讐を望んだのだ。
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446 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:01:04.37 ID:8f5I62SD0 - 最初から作戦通りに事が進んでいれば、開始早々大通りでツンを捕らえる事が出来たのだ。
歯車城に取り付けられている巨大モニターに、凌辱の様子を映し出す予定もあった。 仕掛けていた爆弾は、それらが終わった後にどさくさに紛れて爆破するつもりだった。 / ,' 3「えふぁっ」 一見して無作為に仕掛けているように見える爆弾であるが、しっかりと考えあっての配置だ。 表社会の大企業、上位四社にとって、下位にいる会社は決して無害な存在ではない。 仕掛けたのはそれら脅威となり得る企業のビル。 今荒巻がいるビルも、その内の一つだった。 それらは今となってはもう、心底どうでもいい事だった。 とりあえず、今はこのビルから脱出すればいい。 脱出した後で、再び復讐を試みればいい話だ。 / ,' 3「えふぉっ」 自ら作り上げた血溜の上を這いずるものだから、血が線を引く。 失血量が酷く、荒巻の視界が霞み始める。 / ,' 3「えふぃっ」 脱出装置まで辿り着いた荒巻は、装置にしがみつく様にして立ち上がる。 オワタがこのビルに来る時に使った把手を左手で握った。 その時。 無情にもワイヤーが切れ、荒巻はバランスを崩して転倒した。 /;,' 3「えふぅっ!」
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448 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:04:03.43 ID:8f5I62SD0 - 違う。
切れたのではない。 断たれたのだ。 一発の銃弾によって。 この、ビル風の吹き荒ぶ中。 ワイヤーだけを正確に、一発で断って見せたのだ。 これが"女帝"の実力。 唯一の脱出手段を奪われた荒巻であったが、こうなる事は分かり切っていた。 そもそも、作戦が失敗した時点で生き延びられるとは思っていなかった。 だが、ツンもブーンも、屋上から飛び降りて死んだのが唯一の救いだ。 いい気味である。 女帝の悲しがる顔が目に浮かぶようだ。 ツンを凌辱出来たら、もっといい顔が見れただろう。 荒巻の股間が、妄想と生命の危機から自然と膨れ上がる。 / ,' 3「ひぃ、いひひひっ」 思わず笑みがこぼれた。 後3分もすれば、このビルを含む10か所のビルが爆発する。 そうなれば、周囲にいる者を巻き添えに出来る特典付きだ。 しかも、割とまともな死が選べる――― ―――筈だった。 それは唐突に発生し、そして現れた。 /;,' 3「っ?!」
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451 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:07:03.00 ID:8f5I62SD0 - まずは、屋上の上に真っ白な霧が発生した。
都の名物である濃霧は、瞬く間に荒巻の視界を白に染め上げる。 目を開いていても、何も見えない。 自らの体が辛うじて見えるほどに濃厚な濃霧は、辺りを幻想的に包み込む。 何も見えないと言う恐怖の中、荒巻は背にしている脱出装置に背を押しつけた。 こうでもしなければ、気がどうにかなってしまいそうだったからだ。 何が、起きているのか。 何が起きたのだ。 すると、濃霧が薄らと晴れ始めた。 突如発生したかと思うと、いきなりこれだ。 有り得ない。 霧がここまで早く晴れる事など、有り得ない。 /;,' 3「なぁっ!?」 次に濃霧が晴れ、荒巻の眼の前に現れたのは、背の高い人影だった。 身の丈、約二メートル。 黒いロングコートを身に纏い、初めからそこにいたかのように立っている。 ロングコートと同じ色か、それよりも深い腰まで伸びた黒髪がロングコートの裾と共に、風に靡く。 ―――そして、その顔は鋼鉄の仮面が覆い隠していた。 その者こそ、歯車の都を統べる唯一の王。 歴史の中に存在し、今なお語り継がれ、そして現在に生きる王。 都の人々は、尊敬と畏怖の念を込めて、こう呼ぶ。 /;,' 3「は、歯車王?!」
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454 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:10:02.47 ID:8f5I62SD0 - |::━◎┥『……』
歯車王は無言だった。 腕を胸の前で組み、静かに荒巻を見下ろしている。 /;,' 3「ば、馬鹿な! な、なんじぇここに!」 |::━◎┥『貴様は』 老若男女、喜怒哀楽。 全ての声色、年齢が同時に重なった声は短く告げる。 |::━◎┥『私達の娘に、手を出そうとした』 /;,' 3「はぁ、はぁぁぁあ?!」 荒巻の思考は、この展開に追いつけない。 ブーンが生きていて、オワタを殺され、デレデレに退路を断たれ、濃霧が発生したかと思ったら、いきなり歯車王が現れた。 この展開はなんだ。 何の冗談だと言うのだ。 しかも、歯車王は今、何と言った。 娘、と言ったのか? |::━◎┥『万死に値する』 そう言った歯車王のロングコートが、僅かに膨らんだかのように見えた。 その時には、荒巻の体が宙に持ち上げられている。 歯車王の背中から、何かが伸び、それが荒巻の四肢を掴んでいるのだ。 これは、複腕だ。
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456 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:13:21.81 ID:8f5I62SD0 - /;,' 3「あが、あがああああ?!」
荒巻の四肢を掴んだ複椀が、徐々に力を込め、荒巻の体を引き裂こうとする。 生きながらに四肢を引き千切られようとする感覚は、想像を絶する物だった。 失神しそうになるも、激痛がそれを許さない。 皮膚が、肉が、音を立てて千切れて行く。 骨が外れ、引き裂かれた皮膚から鮮血が吹き出す。 捻りを加え、苦痛を増やす。 眼は飛び出るのかと思うほどに大きく見開かれ、白目を向く。 目からは涙が、鼻からは鼻血、口の端からは涎が流れる。 荒巻の絶叫は、かすれて声にならなかった。 |::━◎┥『……ふむ』 歯車王は、荒巻の両脚を無理やり横に開いた。 関節が外れ、引き裂かれた股から血が流れる。 そんな事は関係ないとばかりに、歯車王は更に横に裂く。 足の付け根から裂かれた荒巻は、口を大きく開いたまま。 肉を引き裂く湿った音はビル風が掻き消す。 荒巻の腹部の半ばまで引き裂いた歯車王は、荒巻を放り投げた。 壊れた人形のように落下した荒巻は、ヒクヒクと痙攣している。 辛うじて生存していると言った様子だ。 |::━◎┥『まだやり足りないが、私は多忙でね』
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459 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:16:13.74 ID:8f5I62SD0 - それだけ告げると、歯車王は荒巻が先程まで背にしていた脱出装置に歩み寄る。
そして、そっと装置を撫でたかと思うと、アンカーが勢いよく射出された。 アンカーが向かう先にあるのは、ブーンが飛び降りて来たビルの屋上。 あのビルには、爆弾は仕掛けられていない。 |::━◎┥『ではな』 そう言い残して、歯車王は把手を掴み、その場から去った。 一人残された荒巻は、何がどうなっているのか、思考を巡らせることもしない。 正確に言えば、出来ない。 ただ、体に刻まれた激痛に呻くだけだ。 /;,' 3「……ぎ、ぎひ。」 叫び過ぎてかすれた喉から漏れる声は、風に消える。 荒巻にもう少し根性があったとしても、何もできなかっただろう。 生きながらに体を裂かれたのだ。 その痛みは想像を絶し、筆舌に尽くし難い。 死ぬほど痛いという言葉が、荒巻の思考を塗り潰す。 風が吹けば傷跡が痛み、骨が軋む。 股間から腹部に掛けて引き裂かれた傷は、一際酷い痛みを荒巻に与えていた。 思考を苦痛が支配する。 最早、荒巻の頭の中にあるのは耐えがたい激痛のみ。 数分ないし、後数十秒で何もかもが終わる。 脳の一部が壊れ、荒巻の全身から力が抜けた。 荒巻のプライドは、灰燼へと帰した。 連続した爆発と共に、ビルが倒壊を始めた。
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- ('A`)と歯車の都のようです
461 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:19:04.11 ID:8f5I62SD0 - 【時刻――04:30】
大通りに着地したツンとブーンは、すでに移動を完了していた。 爆発する予定の建物から離れ、二人は今、歯車城の傍に来ていた。 轟音と共に崩壊を始めたビルを遠目に、二人は無言で空を見上げる。 そこには、いつものように灰色に染まり始めた都の空があった。 周囲は明るいが、空だけは暗い。 そんな一風変わった風景も、こうして見てみると何処か幻想的だった。 視線を戻した大通りの隅の方には、幾つかの山が出来上がっていた。 それらは全て、敵の残骸である。 道路に残されているのは、大破した戦車と、血の跡。 そして、弾痕。 ここで行われた戦闘の激しさを物語るそれらを、ツンはどこか遠い眼で見ていた。 ξ゚听)ξ「……まるで、長い悪夢から覚めたような気分よ」 ポツリと、ツンは呟く。 別に、返事や反応が欲しい訳ではない。 何の気なしに、思った事を口に出しただけだ。 ξ゚听)ξ「……」 再び、ツンは黙り込む。 次に静寂を破ったのは、ツンの横にいるブーンだった。 降下の際に使用した棺桶は、降下地点に置き捨てていた。 その為、二人の格好はほぼ同じだった。 ( ^ω^)「……それは良かった」
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- ('A`)と歯車の都のようです
463 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:22:31.69 ID:8f5I62SD0 - 短く、ブーンはそう言った。
( ^ω^)「……」 今度は、ブーンも黙り込んだ。 聞こえるのは、風の音。 ツンの視線の先で、負傷者が担架に乗せられ運ばれてゆく。 ξ゚听)ξ「……ねぇ」 負傷者を乗せた担架が救急車に乗せられた時、ツンは口を開いた。 ( ^ω^)「……ん?」 ξ゚听)ξ「あんた、少し太った?」 歯車王暗殺の時と比べて、ブーンの体つきは一周りほど大きくなっていた それが太ったと、本気で思っている訳ではない。 ただ、話すきっかけが欲しかっただけである。 ( ^ω^)「……筋肉がついたと言ってくれ」 ξ゚听)ξ「後、その喋り方は何? 前は語尾に変な言葉を付けてたけど、あれ、やめたの?」 ( ^ω^)「変な癖がついただけだ。 その内、元に戻る」
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465 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:25:04.50 ID:8f5I62SD0 - "棺桶死・オサム"としてツンを護っていた時の癖が、未だ抜けきっていない様だ。
確かに、前の喋り方だとすぐに特定されてしまう危険があった。 そう考えると、仕方がないとも言える。 しかし、腑に落ちない。 ξ゚听)ξ「そう言えば、何であんな格好をしてたの? おまけに、その事を私に黙ったままで」 最大の疑問は、やはりそれだ。 生きていたなら、わざわざ変装する必要はなかっただろうに。 ( ^ω^)「……それは、教えられない」 ブーンにも、彼なりの事情と言うものがあるのだろう。 詮索をするつもりはない。 ましてや、それを訊く意味がどこにもなかった。 ξ゚听)ξ「……そう」 ツンの眼の前では、歯車王の私兵達が死体を黙々と積み上げている。 細かい破片や、何かの一部が落ちているのを除けば、大分綺麗になっていた。 ( ^ω^)「すまない」 短く謝罪の言葉が告げられる。 ξ゚听)ξ「いいのよ、気にしないで」
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467 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:28:13.02 ID:8f5I62SD0 - 自分でも驚くほど、ツンの声色は優しかった。
その声はまるで、彼女の母親の様に柔らかく。 初夏に吹く優しい風を想起させた。 そして、ツンは自分に欠如していたものに気付いた。 だが、それは口にしない。 今は口にするようなものでもないし、する気も無い。 それを口にする日は、そう遠くないだろう。 しかし、もう少しだけ。 もう少しだけ、気持ちを整理する時間が欲しかった。 ツンはそれから逃げるように、空を仰ぐ。 そこにあるのは、やはり灰色の空。 ツンは瞼を下ろす。 何も見えない。 黒だ。 暗闇だ。 けれども今は。 傍らに相棒がいるだけで、その暗闇も少しだけ、悪くないと思えるのであった。 第二部【都激震編】 第三十四話 終
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470 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:29:22.20 ID:8f5I62SD0 - 【Epilogue】
歯車祭で起きた大騒動が終わってから、二ヶ月の時が流れた。 光陰矢のごとし。 渦中の者からしたら、この二ヶ月間はまさにそれだった。 その渦中の者とは、歯車祭に出店するなどして関わった者達の事を指し示す。 だが、それも救済措置があったからこその話である。 騒動が治まったその日、歯車王は都中に歯車祭の仕切り直しを布告したのだ。 ただし、仕切り直しの条件は一つ。 今回の騒動の影響を、歯車王の助力なしで乗り越える事。 壊れた建物。 壊れた道路。 壊れた経済。 壊れた精神。 壊された全てを自力で乗り切る事が出来たならば、歯車祭を再開する事を約束した。 それが布告されてから表社会と裏社会が見せた連携力は、目を見張る物があった。 復旧すべき物の優先度を決め、即座に取りかかった。 表向きは、白木財閥を筆頭とした表社会が率先してそれを行っている事になっている。 と言うのも、今回の騒動で都の大企業、上位四社が一気に潰れたのだ。 繰り上がりで都の大企業の首位に浮上したのは、白木財閥。 本来なら一夜の内に、都の経済は復旧が不可能になる程の打撃を受ける筈だった。 それを防いだのは、クールノー・デレデレだ。
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474 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:31:05.02 ID:8f5I62SD0 - 彼女は、上位四社が潰れても都の経済に影響が出ないように采配していたのだ。
首位に浮上した企業が率先して都の復旧に貢献したと知れ渡れば、その地位は揺ぎ無いものになる。 更に、潰れた企業の持っていた財産を全て現金に換え、それを使って経済を調整。 白木財閥は元々、この都の裏社会と親密な仲にあった為、デレデレが手を貸したのだ。 デレデレの実力を知っている白木葉子は、彼女の指示通りに立ち振舞い、都の経済を維持する事が出来た。 その手柄は、全て白木葉子が得る形となった。 無論、デレデレにも利益がある。 巨大な貸しを、都一の大企業に作ったのだ。 経済の修復の目処が立ったら、次は物理的な修復に取りかかった。 壊れた建物や道路を直し、歯車祭が再開できるようにした。 次に残された問題は、この騒動で病んだ住民や観光客の精神面だった。 これが何かと厄介で、この作業に最も時間を要した。 突然の惨劇に見舞われた人々の心は、そう簡単には元に戻らない。 そこで、表社会と裏社会は共同で小規模な祭りを企画した。 病んだ心を癒すには、気を逸らすのが一番である。 常に祭り一色のムードに巻き込む事によって、人々の心は徐々にだが回復し始めた。 他に有効だったのが、マスコミを利用する事だった。 テレビや新聞、ラジオやインターネットを有効活用し、失われかけた信頼も取り戻した。 残された課題は、もう一つある。 それは、歯車祭の準備である。 屋台を出す者、資金提供社、外の都からの招待、プレ・パレードの参加者等。 それら全てを、一からやり直す必要があるのだ。 その辺りは思いのほかスムーズに事が運び、難なく駒は揃った。 最後の課題は、事後処理だった。
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476 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/04/05(月) 02:33:06.89 ID:8f5I62SD0 - 大騒動の際、フォックス達の肩を持った者を殺す作業だ。
全ての準備が整うまでは、最大限利用して、そして時が満ちたら捨てる。 これは、裏社会が担当した。 手筈はこうだ。 まず、マスコミ各社の代表を裏通りのゴミ捨て場に何かそれらしい理由を付け、時間をずらして呼び出す。 そして、各自一本のスコップを渡し、地面に穴を掘る様にカラシニコフで脅す。 全員が入り切る穴が出来た所で、下半身を撃つ。 最後はそのまま生き埋めである。 その様子は、マスコミ各社に写真と動画で送られた。 これによって、マスコミのスタンスが大きく変わる事になった。 そして、都中が待ちに待ったその日がやって来た。 そう。 ―――歯車祭が、再び始まるのだ。 要した時は、二ヶ月。 その月日は、人々の心を変えた。 【時刻――04:30/共同墓地】 裏社会の共同墓地は、裏通りの一等地に静かに佇んでいる。 綺麗に整地された平地には、短く刈り揃えられた青々しい芝生が敷き詰められ、その上に小さな墓標が等間隔に立ち並ぶ。 白い墓標、黒い墓標、汚れた墓標、壊れた墓標。 数多くの墓標が、そこにはあった。
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