- 【雅子妃】皇室における東宮問題を語りつくす【小和田家】★7
414 :朝まで名無しさん[]:2009/04/04(土) 02:57:19 ID:eYzxi53z - 両陛下がマサ子を押したのは、息子の意志を尊重したのと
やはり世継ぎの問題があったのだろう。。 一般で考えても、両陛下の経験からも 俗な言い方をすると嫌々結婚するより、 好きでその気になっている相手の方が 子供をもうけ易いということ、 それとマサ子優秀伝説を信じておられたから 結婚すれば、マサ子の性格も丸くなって 柔軟に対応できるだろうと見込んだこと しかし、実際はその気になったのはメン太の方だけで 元々嫌だったマサ子は執拗に迫るメン太に嫌悪感をもち避けるようになった そして、土台学歴経歴が上げ底メッキで、ファザコン甘やかし高慢娘に 皇室と言う高貴で特殊な場所での柔軟な対応が出来るはずも無く現在にいたる まあ両陛下、小和田サイドとも考えが甘すぎた しかし、国民になん責任があるというのか。。 いい迷惑、リーク合戦は余計に権威を貶める。。両陛下のごまかし擁護も同様に
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425 :朝まで名無しさん[]:2009/04/04(土) 18:16:10 ID:eYzxi53z - >>415
ちょうど一年前の4/19号の週刊現代に決定的な記事が載っている 某週刊誌は「共感、マサ子さまか美智子さまか」という特集の中で ジャーナリスト岩瀬達哉氏の両陛下が15年前から予見していた 「雅子妃問題」というコメントを載せている 氏は天皇のご学友の一人、元侍従長入江相政氏の長男、故入江為年氏が 生前自らの死後まで公表しないという条件で語った内容を明らかにしている それによると、「マサ子さんは非常に頭のいい人ですし、はっきり自己主張する。 こういう個性的な人は皇室の窮屈な枠にはまり切れず。。。また皇室外交といっても 憲法上皇室には外交は無いわけで悩むのではないか。。また、皇后は国母さまといって 国民の母のような役割。。マサ子さんには難しい。。。しかし、それは将来の問題として 今は皇太子の意思を尊重し、結婚させてやりたい。。皇后もまったく同意見。。」 忙しい公務の合間を縫ってこのように天皇は電話で為年氏に相談をもちかけた。 天皇の悩みは「以上の懸念と共に、この結婚に反対する者が多くて困っている。 この話が壊れれば、皇太子の結婚はいつになるか分らない。。だから早く決めたいが 未だにマサ子さんから色好い返事を貰えないでいる。。何か良い手を打ってもらいたい」 といった、赤裸々なものだがその全容の一部を公表したに過ぎないそうだ。 その後、2ヶ月あまり経って「皇太子妃内定」のニュースが日本中を駆け巡る 皇太子の結婚に水面下で尽力した天皇は今日を懸念しながらも雅子妃が柔軟に 変化すると期待したが、その願いは叶っていないと記事は結んでいる。 これでも、両陛下が後押ししていないと??w
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434 :朝まで名無しさん[425]:2009/04/04(土) 20:07:30 ID:eYzxi53z - >>429
ココに書いたのが、ほぼ全文だと言える。。 岩瀬氏ははじめに、天皇の悩み、相談内容があまりに赤裸々なので 全容を公表するのがはばかれる。。と書いているので、おそらくもっと聞いているのだろう。 しかし、この記事は、週刊現代の特集に関するものを一部抜粋する形で書かれている。 第一に、天皇が今日の雅子妃問題をすでに婚約以前に予見しており、懸念していたこと。 そして、それ以上に皇太子の強い思いを尊重して結婚に積極的だったことが明記されている。 周囲の根強い反対があったことも明らかにされている。 しかし、たとえこれ以外に事実があったとしても、公表することは両陛下をさらに 苦しめることになるので、おそらく公表は見送られると思う。 両陛下が信じた息子の不誠実な人格否定発言などの言動でお二人を深く失望させたことは 容易に想像できるし、結婚が不用意で安易であったことは何より両陛下がご存知のことだ。 しかし、元々無理な結婚を何故こうも進めてしまわれたのか、日頃思慮深く、慎重な両陛下から 想像しがたいが、やはり、我が子可愛さ、過信、焦りがあったのかもしれない。 実直な両陛下が何か思い切った解決策を打たれると期待したが。。。 黙認、甘やかし擁護しか感じられないのは残念であるし、正直失望した
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436 :425[]:2009/04/04(土) 21:11:26 ID:eYzxi53z - >>435
何か勘違いしてるんじゃないかな。。あの一昔前の入江日記と。。w 今回のはその長男で今上陛下のご学友である為年氏の告白である。 重い病で入院していた為年氏の病床に呼ばれた岩瀬記者が 広の宮の思い人であるマサ子についての懸念、ジレンマと 周囲の反対の中、何とか結婚させる方法を模索していた両陛下の悩みを打ち明けられた 経緯を記事にして公表しているのだ。。。日記では無いよ。 日記の解釈とかじゃなくて、当人から直接聞いた話が元になっている。 事実のみが伝えられている。。
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