- 【最強】 酔イ山砥師 【三河シ由石】 ©2ch.net
445 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー![]:2017/12/14(木) 06:48:03.63 ID:5tWIcloL - この古文書の大本は天平時代に書かれた「風土記」で有り、その後各時代で加筆されてきた事が判る。
実際、砥石や産物の項目では、仮名文字が全く使われていない(原文のみその後の加筆には使われている) なので、天平時代には既に天草砥石が広く普及し、三河白、鳳来寺石、三河油石、新城石も 砥石として採掘され流通していた証拠と出来ると思う。 因みにひらがなが発明され使用され始めたのは平安時代中期、カタカナが平安時代後期で有り、 それ以前の文章には見られない。 漢字仮名交じり文が最初に見られたのは、紫式部の「源氏物語」からで有る。 そしてそれだけ古い時代に既にかなり砥石の研究が進んでいた事になる。
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447 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー![]:2017/12/14(木) 07:00:28.79 ID:5tWIcloL - >>446
そうなのか?うろ覚えなので多少曖昧だが、多分合っていると思うぞ?
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448 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー![]:2017/12/14(木) 07:01:58.45 ID:5tWIcloL - それから、この古文書の内容は風土記から写しましたってのが44巻に出ているんで間違い無いと思う。
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453 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー![]:2017/12/14(木) 17:24:12.47 ID:5tWIcloL - >>452
大変勉強になりました。 今後の課題は件の記述を見付ける事ですが、 恐らく三河国誌には発見できないと思います。 多分紛失してしまった巻数の中にそう言う記述が有るのでは無いか? そしてその記述のある部分が奥三河郷土資料館とか大日本史に有るのでは? と推測します。 まぁ、その辺は暇が出来たら探しに行こうかと思います。
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457 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー![]:2017/12/14(木) 20:16:53.60 ID:5tWIcloL - これは推論になるんだけれど、「刀を研ぎたる石三河の脂身石」は別の国の話である可能性もある。
つまり、設楽町の郷土資料館にある古文書の写しは、大日本史を写した可能性もある。 実際、三河国誌44巻には全ての内容は大日本史に転記したとの追記がある。 そうなった場合、大日本史全てを読破する必要もある(できるか!そんな事、どんだけ膨大な資料なんだよ?)
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459 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー![]:2017/12/14(木) 20:49:33.03 ID:5tWIcloL - あと、三河国誌の元になった風土記は天平時代に編纂された、
その国の様子や産物を纏めた資料である事は社会の教科書(歴史の教科書)にも出ているとおりである。 これは聖武天皇の勅令により、各国ごとに編纂されているみたいだ。
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460 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー![]:2017/12/14(木) 20:52:06.24 ID:5tWIcloL - 今はっきりと言える事は、三河油石は実際に歴史上で砥石として使われた事、
この地方の重要な産物で有った事は間違い無いと思います。
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461 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー![]:2017/12/14(木) 21:03:08.96 ID:5tWIcloL - 天草砥石の記述については、風土記が元々聖武天皇の勅令で作れている事。
中央政府から派遣された役人と、この地方の役人が合同で書いている事から見て、 その時代にはもう普及していたと考える方が自然である事、 同時代に三河白が採掘されていたと考える方が自然であると思われる。 また、三河国誌は鎌倉時代から加筆を繰り返している事は間違い無く、 元々の出典は風土記であると書かれている事から見てこれは動かし様のない事実と考えている。
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