- 新・面白い叙述トリック考えた 4
240 :1/7「冒険出発」[sage]:2011/07/30(土) 20:36:25.96 ID:5NOJE5vE - 「ねえ和田君、考え直してくれないかい」
氏家惣太郎は冗談めかしてはいるがやや真剣な口調で切り出した。 「今さらそんなことを言い出されても困るな。僕が結婚してこの事務所を去ることは、 君も承知してくれたはずじゃなかったのかい」 「仕方ないとは思ったけど承知はしてないよ。わが氏家探偵事務所の優秀な調査員を、 結婚なんかで失うことは、やはり惜しいと言わざるを得ないのだ」 「何が優秀な調査員だ。たまたまルームシェアしていた僕を、 君のいかがわしい探偵行為の助手に無償でこき使ってきただけじゃないか」 「でもね、君だって私の助手を務めて少しはメリットがあったんじゃないか。 君が本業のカメラマンの方で出したキジバトだかカワセミだかの写真集も、 私の事件で名を上げたおかげで、少しは売れたんだし」 「冗談じゃない。地元の本屋にお情けで何冊か置いてもらっただけだ。 売れたなんてもんじゃない。金なんか、ちっともたまらなかった」 「確かに金儲けには縁がなかったかも知れないが、君もこの仕事にやり甲斐を感じていたと思っていたがね。 どこぞの名家のお嬢様の方が探偵助手よりも魅力的だったということか」 「何か嫌味な言い方をするね。僕と彼女は愛し合って結婚することに決めたんだ。 君にとやかく言われる筋合いはない」 氏家惣太郎は探偵としては優秀なのだが、時々人の気持ちを逆撫でするような事を言う。 「まあいい。結婚式までにはまだ時間がある。それまでは君はわが探偵事務所の調査員だ。 早速だが仕事を手伝ってもらうよ」 「仕事だって?」私は何となく嫌な予感がした。 「考古学者の中森いずみ準教授から相談したいことがあるとの手紙をもらったんだよ」 「中森準教授って、あのハハキギ古墳の発掘で有名な?」 「うむ、その人だ。ハハキギ古墳2号墓の石室の前で今日の午後5時に会いたいとのことだった」 全く気が進まなかったが、とりあえず断れる状況ではない。 私は名探偵氏家惣太郎との新たな、そして最後の冒険に出発していったのである。(続)
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241 :2/7「祈る死体」[sage]:2011/07/30(土) 20:38:03.03 ID:5NOJE5vE - 「中森いずみ準教授はまだ30代の若さだが、ハハキギ古墳2号墓の中から、
古代王族のものと思われるミイラを発見したことで知られる。 G大学の女インディー・ジョーンズとして考古学会でも一躍有名になった」 「ハハキギ古墳でミイラ発見のニュースはずいぶん大きな話題になったからな」 「ミイラは銅鏡や多くの埴輪とともに葬られており、ヒスイの勾玉、メノウの腕輪などで 美しく着飾られていたことから、古墳時代の古代天皇の一人ではないかとの説もある。 貴重な大発見だったわけだが、でもそんな大発見をした先生が、売れない私立探偵相手に、 一体どんな相談事があるんだろうか。 ハハキギ古墳は高価な副葬品が多いため盗掘屋に狙われていると聞いたことはあるが…」 「じゃあ盗掘の件で君に相談を?」 「どうかなあ。そういった案件なら探偵より警察か警備会社に頼みそうなもんだろう。 まあとにかく会ってみればはっきりすることだ。さて、ここがハハキギ古墳だね」 氏家と私は車から降りた。この時期の午後5時ともなると、もう相当薄暗く、 荒涼とした空間の所々に点在するこんもりとした古墳群は、どこか薄ら寒い不気味なものに思えてくる。 「おかしいな。石室の入口の所で待っているはずなんだが……おや、入口の扉が開いているぞ。ちょっと入ってみよう」 こういうときの氏家は結構図々しい。私は彼の後について暗い通路を進んでいったが、 闇の中から何者かが飛び出してくるような気がして、生きた心地がしなかった。 やがて私たちは、やや開けた場所に辿り着いたが、そこもやはり薄暗く、中の様子はよく分からない。 「氏家君、何か見えるか」私は尋ねた。 「そうだな」彼は室内灯を点けると、やや沈んだ暗い声で言葉を続けた。 「どうやら私たちは、あまり芳しくない状況に置かれているようだよ」 室内灯の明かりに照らされた石室を覗き込み、私は思わず息を呑んだ。 身軽でラフなスタイルの一人の女性が、地面の上に仰向けに横たわっている。 両腕を胸の上で祈るような形で組み、まるで安らかに眠っているようにも見えたが、 彼女の頭部には著しい損壊が認められ、夥しい血液が地面を濡らしていた。(続)
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242 :3/7「動く死体」[sage]:2011/07/30(土) 20:39:23.03 ID:5NOJE5vE - G県警捜査一課の恩田警部補は、白い布を掛けられた中森準教授の遺体を見下ろしながら、
傍に立っている私に馴れ馴れしく話し掛けた。 「今回はいつもの家出猫捜しとか浮気調査のようにはいかなさそうですよ、和田さん。 ところで名探偵先生は?」 私が親指で指さした先にはミイラが発見された石棺が置かれているが、その石棺を氏家が物珍しそうに眺め回している。 「ミイラは入っていないんですねえ」 「ミイラの実物は現在G大学の研究室ですよ」恩田警部補が言った。 「なるほどね。ふむふむ、えっとミイラの頭は、こっち向き?」 「そうだったと思いますが、それが何か」 「いやいや、やっぱりこれは凄い大発見だったんだなあって」 「今さら何を言ってるんだ、氏家君。以前は大して興味持ってなかったくせに」 「そんな事はないさ。私だって日本人だ。ご先祖様の事には興味津々さ。例えばここだけどね…」 氏家は急に中森準教授の遺体の方に振り返ると、その足下の辺りの地面を指さした。 血の跡で赤黒く汚れた地面が微妙に乱れており、その血の跡と地面の乱れが遺体の頭部の方に続いている。 「これは何の跡ですかね」と恩田警部補。 「これはね」氏家は遺体に被せられた白い布を気取った調子でサッと剥がした。 中森準教授の遺体は安置されているように整然と横たわっているが、着ている服は血と泥でかなり汚れている。 そして遺体の胸の上で組み合わされている両手も赤黒く汚れており、爪の間にも泥がこびりついているようだ。 「どういうことなんですか」 「見れば分かるでしょう。中森先生は犯人に殴られてこの向きに倒れた。 そしてその後、瀕死の体で必死に這いながらミイラと同じ向きに向き直ると、 仰向けになり両手を祈るように組んで、事切れたのです」 「すると被害者自ら、自分をミイラになぞらえたということなのか?」私は叫んだ。 「まあ、そういうことになるね」「で、でも、一体全体、何のために」 氏家は気のない返事をした。「さっぱり分からんね」(続)
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243 :4/7「迷走」[sage]:2011/07/30(土) 20:40:34.69 ID:5NOJE5vE - 当初はあまり気乗りのしなかった事件であったが、いろいろな状況が明らかになり、
謎が深まるにつれて、私はいつの間にか事件にのめり込んでいた。 被害者は何故最後の力を振り絞って体の向きを変え、祈るようなポーズをとったのか。 この謎をどうしても解明したいと思うようになった。 「きっとそんなに大きな意味はないと思いますよ。単なる被害者の宗教心とか」 恩田警部補は、何故かその点に全く関心を示していない。 彼はいつも逐一捜査状況を我々に知らせてくれるが、いくら氏家が元刑事だからと言って、 民間人である一私立探偵に詳しい捜査状況を漏らすことは公務員の守秘義務違反に当たらないのだろうか。 「実際の所この事件、和田さんが思っているほど奥深いものではないようです。 殺された中森さんには、三村という婚約者がいるんですが、どうやら最近、 中森さんの研究が忙しくなって二人の関係が微妙になってきたらしいんです」 「それで殺したんですか?今ひとつピンと来ないな」 「もう一人、中森さんの大学の恩師である西条教授も怪しい。 彼も最近名前が売れ出した中森さんに対して微妙な感情を抱いているらしいですね。 ハハキギ古墳の発見は本当は自分の業績だと近い人に漏らしているそうです」 「なるほど。それはまた興味深い話ですね」などと言いながら、 氏家が両手に資料を山ほど抱えて部屋に入ってきた。 彼は朝から中森準教授の研究室でハハキギ古墳についての資料を漁っていたのである。 「どうだ、何か分かったのか」 「うん色々分かったよ。調べれば調べるほどこの古墳は素晴らしいものだね」 「いや古墳の事じゃなくて事件だよ。それを調べてたんだろう」 「事件?」氏家はそんな話は初めて聞いたというような表情をした。 「まあそれよりこのミイラの写真を見てごらんよ。黄金の冠、ヒスイの首飾りだぞ。 やっぱりよっぽど身分の高い人だったのに違いない。それに…ふむふむ、別にミイラは、 胸の上で手を組んでいるわけではないんだな。いやホントに素晴らしい」 「おい氏家君、君は真面目に事件の捜査をする気はあるのか」 「まあまあ和田君……」 恩田警部補の部下が新しい情報を持って部屋に飛び込んできたのはそのときである。(続)
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244 :5/7「逮捕」[sage]:2011/07/30(土) 20:41:39.41 ID:5NOJE5vE - 「警部補、一人妙な人物が浮かんだんですが」
「妙な人物?」 「中森さんが殺された翌日、町の一杯飲み屋で噂好きのおっさんたちが事件について、 あることないこと喋ってる時に、この町の者じゃない明らかなよそ者が、事件について、 あれこれ尋ねて来たそうです。捜査の進み具合はどうか、ホシの目星はついているのか といった事です。そのうちにその男のケータイにどこからか電話がかかってきて、 その男は席を外したんですが、電話口でそいつは、『ブツが手に入らない』などと言っていたんだそうです」 古墳の資料を貪るように眺め、今の話にも殆ど関心を示す様子のなかった氏家が、ふいに顔を上げて尋ねた。 「そいつはどんな奴だったんですか」 「見たことのない奴だって言っていました。何でも左目の下に結構目立つホクロがあったそうです」 「おやおや」氏家は場違いなほどの満面の笑みを浮かべて言った。 「こういう所で昔馴染みに会えるというのもまたオツなものですね」 「もしやその男というのは、毒島ですか?」と恩田警部補。 「おそらく間違いないでしょう」 「何者だ、その毒島って」 「私たちの業界人だよ。和田君、奴の事件に君も関わったことがあったと思うがね」 氏家は妙に楽しそうな表情を浮かべて言葉を続けた。 「盗品の宝石専門の故買屋、裏の宝石ブローカーだよ。そうか、奴は今度は古墳の盗掘品に目を付けたのか」 氏家は、再び古墳の資料に目を落とすと事も無げに言った。 「恩田さん、そいつが今度の事件の犯人ですよ。早く逮捕した方がいいでしょう」 「な、何ですって。そ、それはまたどういう…」 「言葉通りの意味ですよ。奴が犯人です。逃亡の恐れがありますから早く逮捕を」 「犯人は毒島だって? 本当なのかそれは」 私が心から驚愕して叫ぶと、氏家はふと遠い表情をして感慨深げに言った。 「和田君、今度の事件は古墳とかミイラとかのロマンチックな舞台装置を除いて見れば、 盗掘者が見回りに来た中森先生に見つかって殺してしまったという、 実に散文的な事件に過ぎなかったのさ。ま、事件なんてのは大抵はそういうもんだがね」(続)
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246 :7/7「罠」[sage]:2011/07/30(土) 21:01:32.16 ID:5NOJE5vE - 私は呆気にとられた。文字通り開いた口がふさがらなかった。
「変なこと言い出すやつだな。何でヒスイが示しているのがこの僕なんだ?」 「ヒスイを漢字で書くと『翡翠』だ」氏家は白い紙に下手糞な漢字を書いた。 「そしてこの翡翠というのは、本来はカワセミという鳥を表す言葉なんだよ。 中森先生の研究室を捜索したとき、そこで君が出して大して売れなかったという、 カワセミの写真集を見つけた。先生はどうやら君のことを予め知っていたようだね」 「いや、しかし……」 「私は前に、君には結婚を思い直して欲しいと言ったはずだ。 売れないカメラマン兼探偵助手があんな名家のお嬢さんと結婚するには、 相当苦労するだろうと思っていたが、まさか盗掘で結婚資金を稼ごうとするとはね」 「黙れ。さっきから聞いてればいい気になりやがって。僕が犯人だって? バカも休み休み言え。大体どこにそんな証拠がある。あるんなら言ってみろ」 私が怒りにまかせて立ち上がったとき、恩田警部補が部屋に入ってきて、氏家に何やら耳打ちをした。 「残念だよ、和田君。もう逃げられない。毒島がすべて自供したそうだよ」 私はそれを聞いて「勝った」と思った。そして氏家を睨み付けて言った。 「嘘だ。毒島が僕のことを知っているわけがない。僕はちゃんと……」 「ちゃんと使い捨てケータイを使って素性を明かさないように毒島と取引をした、だね」 「そうだ、だから……」と言ってしまった後で、私はハッとして口をつぐんだ。 氏家は言葉を続けた。 「もちろん毒島の自供は嘘だよ。でも今の一言で君自身が毒島との関係を認めてしまったね」 氏家はいかにも同情しているような顔で、私の肩に手を置いた。 「罪を償って出てきたら、お嬢さんのところではなく私の事務所に戻ってきてくれたまえ。 ウチでは優秀な調査員はいつでも募集しているからね」 氏家惣太郎は探偵としては優秀なのだが、いつでも人の気持ちを逆撫でするような事を言う嫌味な奴だ。(終)
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