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名無しのオプ
アガサ・クリスティ 21

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アガサ・クリスティ 21
60 :名無しのオプ[sage]:2011/06/10(金) 09:07:16.48 ID:2Hf3OpJj
いやいや、貴族は国の富を一手に握っている時代だから、いくらでも
贅沢ができたんだよ。実際着る物やら何やらには無駄に贅を尽くしてる。

ところが食事には不思議なくらい恬淡としていて、料理は品数は多くても
ほとんど「食材」のまま。煮るも焼くもせず、何より味付けをしない。
調味料は塩か酢で、それもかけたりまぶしたりすらせず、食材を自分の
口に入れた後に直接塩を舐めたり酢を飲んだりするという何を考えてんだと
言いたくなるようなやり方が「上品だ」とされていたとか。

当時は酒も濃度が高すぎてどろどろしたミリン状態、裸になるのを嫌って
風呂も浴衣を着て蒸し風呂に入り、垢を浴衣に移すという代物で、そりゃ
短命にもなるというのが貴族の生活だったらしい。
むしろ庶民の方が河で泳ぎ湯に浸かり、焼き魚や鶏肉を食べたりして
健康長寿だった部分もあるとか。

日本は戦国時代も衣類や何かには異常に凝る(武田信玄や上杉謙信でも
キンキラキンのド派手な服を着ていた)くせに、食べ物は粗食で済ませてる。
イギリス貴族ともども、そのあたりの欲望の形態というか嗜好がよく
わからないのは旨いものに慣れてしまった人間の発想なのかなあ。
アガサ・クリスティ 21
65 :名無しのオプ[sage]:2011/06/10(金) 16:19:08.50 ID:2Hf3OpJj
日本はやっぱり江戸期に、それも庶民の中で一気に美味志向が花開いたらしい。
元禄期あたりはまだおとなしかったけど、やっぱり化政文化時代から「娯楽」
としての食事っていうものが出てきたみたいだ。
一説によると国産の砂糖が普及するようになり、人々が「甘味」に目覚めたのが
他の味も含めた味覚の要求水準を一気に上げる原因なんだとか。

しかしイギリス人だって紅茶に砂糖を入れていたろうからなあ…
イギリス人の必殺の言い訳は「長く移民が多く入りすぎ、それぞれ
勝手な郷土料理を作っていたから、イギリス伝来の栄誉ある料理が
消失してしまった」というものだそうだけど、絶対にその伝来料理
それ自体が「伝統的に」不味かったろうと思うのだけど。

結局武士と同じで上流階級は美食をいやしみ、市民階級は江戸の庶民ほど
美食を開発できずに一国あげて粗食に耐える体質になっちゃったのかねえ。
アガサ・クリスティ 21
66 :名無しのオプ[sage]:2011/06/10(金) 16:32:33.03 ID:2Hf3OpJj
でも幕末期にペリーの艦隊の上で食事をした幕府要人から、ロンドンに渡航した
役人に至るまで、だいたい外国の料理をうまいうまいとほめてるんだよね。

なんでも台湾の炒めものとアメリカのパンが不味かったと書き残してるくらいで、
イギリスに滞在している時の日記でも絶賛が並んでいるし、イタリア系のピザや
牛乳・チーズ、ローストビーフなんかも賞賛していたとか。 まあ迎賓用の料理
だったのだから当然とはいえ、どこかにはうまいものもあったのかね?


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