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108 :名も無き冒険者[sage]:2006/10/01(日) 19:33:15 ID:vbKDV2GF - 伝説はかく云いにけり。
マンダラの地に億の物の怪跋扈し溢れん。 悲哀に暮ゆる草葉の蔭に。 夜毎満ち足りて産み落とされん。 ひとへにうしおのさまに似たりて。 沫道かなと淀みにければ。 総て討払わんとて一粒落ちたり。 ・ ・ ・ 人々の悲鳴が木霊する絶叫の原で彼は生まれ落ちる。 始めは少し戸惑いながら。 次第に気高き険しの面を纏って。 彼の大いなる旅路に祝福あらんことを。
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109 :名も無き冒険者[sage]:2006/10/01(日) 19:54:06 ID:vbKDV2GF - 滑車の回る音が聞こえる。
村の端々には血と肉片の飛び散った痕があり、 以前は村を守る塀だったであろう残骸には 人間の物と思われる頭蓋が点々と突き刺さっていた。 そして合間を縫うように千切れた足だの手だのが 干物でも作るかのようにぶら下がっている。 カラスが並べられた馳走を突付く間に 野犬は方々の腐肉をいずこかへ持って行く。 いまや地獄絵図そのもののこの場所も、 ついこの前までは人々が笑い衛兵が闊歩する 大きな村だったのだ。 神々が去った後マーラの勢力と力は強まるばかりであり 比較的大きなこの村でさえ激しい抵抗はあったものの 蹂躙されてしまった。 後に残ったのは悲嘆の廃墟と散らばった肉片だけであり 残った非戦闘員の人間は玩具にされた後皆虐殺された。 ここには怨念しか残っていないのだ・・・。
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110 :名も無き冒険者[sage]:2006/10/01(日) 20:14:41 ID:vbKDV2GF - カラカラカラ・・・。
風に靡いて壊れた台車が鳴っている。 男は元は目に懸かった過去白地だったであろう茶色の纏を 頭頂へ押しやった。 「あぁ・・・これが私の故郷か。」 思わず口を吐いた言葉は平原を腐った臭いで汚染する この村の風に乗って流れていった。 良く見るとまだ男盛りの30といった所だが、 長年賎民のカーストとして生きなければならなかった 最底辺の生活は差別と貧困に満ちて男を50や60に見せていた。 同じ人間であるのに恥辱と苦痛に満ちた生活は 彼を老けさせるには十分である。 そして労働力として駆り出された挙句 村は死者の墓標と化していたのである。
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111 :名も無き冒険者[sage]:2006/10/01(日) 20:25:33 ID:vbKDV2GF - 我が家の軒先には愛しい妻の、
腐って爛れ落ちそうになった首が蝿と蛆に塗れて飾って あった。 呆気に取られて茫然自失していると 不意に激しい悲嘆と嘔吐が飛び出した。 なんだって彼女がこんな酷い目に会わなければいけない のだ。 男は生きる支えであった妻を思い 目から彼が乾涸びてしまうのではないかと思う程の涙を 悲鳴ともつかない嘆きと共に流していたのだった。
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112 :名も無き冒険者[sage]:2006/10/01(日) 20:49:10 ID:vbKDV2GF - 頭部以外の遺骸は見つからなかった。
そして彼の生まれるはずだった息子も呪い尽くしても飽 きたらないこの惨劇の主に母ごと食われたのだろう。 男はせめて頭だけでも弔ってやろうと火葬を始めた。 無情にも溢れんばかりに輝く夜空には此の世のどんな宝 石にも勝る最高級の星々が世界を飾っている。 あぁせめてあの星のどれかが彼女の輪廻を護り不幸とは 無縁の解脱の道を歩めますように。 パチパチと音を立て亡き妻を燃やす浄化の炎に目を移し ながら男は妻の来世での幸せを祈った。 夜空は素知らぬ顔で輝いているのだった。 しかし腐臭に混じってどうも香辛料の臭いがする。 きっとマーラの嫌がるあれをせめてもの抵抗で投げつけ たのだろう。 マーラの嫌がる・・・まさか。 男は胸騒ぎと共に瓦礫で埋まった香辛料の壷を探した。 幾重にも重なった瓦礫を何とか十分にどかしたのは夜明 け早朝。 そこにあったのは亡き妻の胴から下と頬がこけた赤子だ った。 「あぁ神よ!」
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114 :名も無き冒険者[sage]:2006/10/01(日) 21:02:20 ID:vbKDV2GF - 男は妻の胴と我が子を香辛料の壷から取り出すと暫し泣
いた。 そして日も上がり辺りが明るくなると火葬した妻の灰を 来世に向けてガンガに流したのだった。 愛しい我が子まで亡くしてなるものか、 川の流れを見つめながら男は妻の分までこの子を大切に 育てる事を誓うのだった。
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117 :名も無き冒険者[sage]:2006/10/01(日) 21:22:40 ID:vbKDV2GF - 彼の父親のカーストはシュードラである。
通常動物の死体等を処理する事を仕事として強制されて いる。 カーストの最底辺にいる者は人々が忌諱する仕事をさせ られる、つまり奴隷なのだ。 彼は愛すべき父が日常的に侮蔑と嘲笑と不条理な暴力に 晒されているのを見て育った。 何故殴り返さないのか、何故憤怒しないのか、 泣きながらいつも父に問うたものだ。 しかし父は優しく言った。「業は今の暮らしの中で償 わなければならないのだ。それでも輪廻転生の旅路の中 でお前に会えた事を私は嬉しく思うよ。」 お前にはまだ難しかったか、と父は笑ったものだ。
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119 :名も無き冒険者[sage]:2006/10/01(日) 21:31:37 ID:vbKDV2GF - ある日父は上位カーストの怒りを買った。
理由は些細な事だ、 街を歩いていたクシャトリアの視界に汚れた小汚い男が 入ったから、である。 仕事柄動物の腐汁が付着するのは避けられない、 衣服が汚れる労働をさせられているのである。 父は息子の前で腕を折られ足を折られ、 挙句の果てに苦しみの声を上げ殴殺された。 息子は押さえ付けられながらただ泣き叫んでいた。
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120 :名も無き冒険者[sage]:2006/10/01(日) 21:44:09 ID:vbKDV2GF - 彼の髪は心労の余り真っ白に染まり
その眼は筆舌に尽くし難い恨みで真っ赤に染まり、 魂は黒く濁った。 (俺は・・・俺は許さない!父を殺したクシャトリアの あの男も。父と母を不幸に陥れたこのカーストとシュ ードラの村を襲ったマーラ共を!!全て許さない!!) 少年は独りになった。 黒く濁った魂を抱えたまま。 マーラを殺してはその肉を喰らい。 人を殺める事を厭わず。 凍った心の中に。 彼を愛してくれた父と母の悲劇と。 その魂の復讐を渇望して。
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121 :名も無き冒険者[sage]:2006/10/01(日) 22:05:33 ID:vbKDV2GF - あれからどれだけの時間が経っただろう。
人々の目から逃れるように生きてきた。 父と母の無念に泣いて眠りについた。 取り込まれた物の怪の血肉は男の体を爛れさせ腐らせもしたが、 いつしか沈殿した色素が残るだけで男の生命力に蹂躙され 強靭な肉体作りに費消されていった。 荒野でマーラを相手に一日中その報われぬ叫びを叩き込み 日々死線の中でその生を紡いだ。 人間の中で生きるのを拒み復讐だけの為に魑魅魍魎を殺して回る。 沈んだ色素は虎に似たアザを作った。 いつしか人々は畏怖と共に荒野の殺戮者にこう呼び名を付ける。 ケーニヒスティーゲル、つまり王の虎、と。
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122 :名も無き冒険者[sage]:2006/10/01(日) 22:25:11 ID:vbKDV2GF - バシュッ。
商人は目を見開いた。 何かが重圧感を以て千切れ飛ぶ音と共にハヌマーンの首が 宙に弧を描いたのである。 「そろそろ危険地帯、って事みたいだな。」 黒の装束に身を包んだ銀髪の青年が短剣に付いた血を払いながら 独りごちた。 商人は是が非でも今日この山を越えなければならなかった。 そしてどうせ無くすかも知れない命ならとこの青年を雇ったのである。 その体の痣からケーニヒスティーゲルとあだ名される傭兵だ。 ただし傭兵とは名ばかり、 その仕事は金の為なら赤子も殺す外道なのだ。 故にいつ依頼主である自分を裏切って貨物を奪われるか 冷や冷やしているのだ。 一応前金だけで残りは後という事にしているが 荷台の中身を知ったらどうなる事やら・・・。 しかし腕が立つ事だけは事実の様だ。 それも想像以上に。
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124 :名も無き冒険者[sage]:2006/10/01(日) 22:49:09 ID:vbKDV2GF - 何より目に付くのはその短剣だ。
噂ではその片方は南方地方に大アシュラムを形成する ヴィジャヤナガラの屈強の構成員から殺し奪った物らしい。 その刃は虹色の不可思議な光を放ち遠めに見てもその存在感 を感じさせられる。 国が一つ買える程の価値があるとか・・・。 「おい、何見てやがる。」 商人の性でジロジロ見入っていたのを咎められたのだ。 おまけにいわく付きの物なだけに背中を冷や汗が流れる。 ところがあっさり行くぞ、と言って青年は歩き出した。 置いていかれたら死ぬしかない、商人は馬を走らせるのだった。 しかし馬と併走する彼は余程の健脚、 というだけの理由では無さそうだ。 誰から習ったのか知らないが韋駄天というマントラだろう。 鬼の様に高い依頼料を取られたがやはり頼んだ価値はあったようだ。
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125 :名も無き冒険者[sage]:2006/10/01(日) 23:24:23 ID:vbKDV2GF - バシュ、ドシュ、キュイン。
出会い頭に3匹の猿型マーラを切捨てる。 その動きは眼に追えた物ではなく、 虹色と赤色の二本の軌跡で以て追うしか無かったのだが まるで絡み合う龍の様に喉元、或いは心臓を切裂いていった。 どうやらいよいよ危険地帯も佳境で山の彼方此方から 侵入者に警戒を呼びかける遠吠えが響き渡っていた。 そして獰猛な野獣はまるで意に介さないのか 全く無駄が無く、強靭な動きを以て演舞する様に猿共を切り捨てていった。 まず猿共が荷台を狙っても 自身の蔭から不可思議な影の手が伸び動きを封じてしまうし、 虎の短剣から蜃気楼の様に景色を歪ませて出る何かの塊に 取り付く前に首が飛んでしまう。 気合の一声が短く強く響く度に次々と猿共のが生み出されていった。 その躍動する筋肉、立ち回り、威力、全て芸術的であり 魂を熱く揺るがす絵画を見ているようであった。
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126 :名も無き冒険者[sage]:2006/10/01(日) 23:38:03 ID:vbKDV2GF - 目の前の物に必死になると時間が過ぎるのも早いものだ。
馬車の幌がハヌマーンの血で染まりつつある頃二人は山道を抜け 街に着いた。 門の脇に馬車を止めると驚いた事に銀髪の青年は息も切れていなかった。 「暇つぶしに雑魚共を斬ってやったんだ。 さっさと残りの報酬を払ってもらおうか。」 この街の鍛えられた衛兵でも集団で対峙すべきマーラをあっさりと 雑魚呼ばわりすると虎は残りの金を倉庫前まで行き受け取った。 そして商人は謝礼が高かっただけに素直に喜べはしなかったが 一流の技をその眼で見られた分だけは満足し別れを告げた。 こうして払った謝礼の分は商人のセールストークの材料になって 還元されて行くのであった。 ケーニヒスティーゲルの知名度に拍車を掛けながら。
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