- 井川慶 K29(`・Å・´)99っぺ
360 :1[sage]:2007/10/06(土) 14:30:11 ID:TKlOjzal - 「松井稼頭央とアメリカ野球」
不遇だったメッツ時代から栄光の輝きの中へ、松井稼頭央選手のこの4年間は、単 に野球というドラマ、異文化体験というドラマというような単純化はできないように 思います。それにしても、2007年10月4日、地区シリーズの第二戦、ロッキー ズの一番打者として逆転満塁ホームランを含む3安打5打点を叩きだした活躍は球史 に残るものです(本稿の時点ではロッキーズがフィリーズに3連敗して敗北という可 能性も残っていますが、それでもこの試合での松井選手は歴史に残るでしょう)。 その試合を振り返る前に、2007年のこのプレーオフ戦の背景を確認しておきま しょう。今年のメジャーリーグ、レギュラーシーズンの幕切れはアメリカン、ナショ ナルの両リーグでは全く対照的でした。アメリカンリーグの方は、シーズン終了の少 し前に4チームのプレーオフ進出が決定していました。その顔ぶれも、レッドソック ス、インディアンズ、エンゼルス、ヤンキースと、前評判通りの順当なものだったと 思います。 ですが、ナショナルリーグの方は最後まで優勝の行方がもつれ、歴史に残るシーズ ンとなったのです。その中でも特筆に値するのが、ニューヨーク・メッツの惨敗と、 フィラデルフィア・フィリーズとコロラド・ロッキーズの奇跡的とも言える快進撃で しょう。その中でも最大の「事件」はメッツの球史に残る「チーム崩壊」です。9 月30日の日曜日から翌日の月曜日にかけて、全米のメディアでは「歴史的崩壊」と か「崩壊劇ここに完結」という文字が躍っていましたが、これは決して誇張ではあり ません。
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- 井川慶 K29(`・Å・´)99っぺ
361 :名無しさん@実況は実況板で[sage]:2007/10/06(土) 14:30:43 ID:TKlOjzal - 何が歴史的なのかというと、その負けっぷり、転落の落差、数字だけでなく負けて
ゆく時のムードなど、全てがそうなのです。そのメッツですが、ここ数年、生え抜き のレイエス、ライトというビッグスター内野手が育ち、ベルトラン、デルガード、ロ・ デューカ、グリーンという補強選手との組み合わせも良く、メジャーの中でも最も安 定した戦力を誇っていました。 昨年2006年は、東地区のトップとして早々に優勝を決め、地区シリーズではド ジャースを簡単に撃破しています。ですが、リーグ優勝シリーズではカージナルスの 田口壮選手の逆転ホームランをきっかけとしてズルズルと勢いを失ってしまい、ワー ルドシリーズには行けませんでした。ファンの落胆は大きく、今年はその雪辱の年と いう期待があったのです。今年、2007年のメッツは春先のダンゴ状態を5月中旬 に抜け出して、5月16日に首位に立つと、9月まで首位を一度も譲らなかったばか りか、二位との差をじわじわと広げて9月12日には7ゲームのリードをしていまし た。 この時点では、両リーグを通じてメッツは最も優勝に近いポジションにいる、誰も がそう信じて疑わなかったのです。ところがこの先、9月13日から月末に至る17 試合を4勝13敗という転落を見せる一方で、追撃してきたフィラデルフィア・フィ リーズは同じ時期の17試合を13勝4敗というペースで逆転、最後は1ゲーム差で 東地区の優勝をもぎ取って行ったのです。メッツのファン、いやNYの街の落胆は激 しく、その敗戦から少なくとも72時間ぐらいは、地元のラジオ局でのトークショー では怒号と愚痴が絶えませんでした。 ロッキーズのワイルドカード進出もドラマチックでした。ロッキーズの場合は、ま ずプレーオフ進出は不可能と思われていたのを、最後の17試合を何と16勝1敗と いう奇跡の進撃を見せて、名門サンディエゴ・パドレスとワイルドカード争いで並ん だのです。引き分けの一切ないメジャーでは、厘差の勝利というようなことはあり得 ず、完全に並んだ両チームは、プレーオフ進出をかけて史上まれな「ワンゲーム・プ レーオフ」に臨みました。
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- 井川慶 K29(`・Å・´)99っぺ
363 :名無しさん@実況は実況板で[sage]:2007/10/06(土) 14:31:39 ID:TKlOjzal - この2007年10月1日の「ワンゲーム・プレーオフ」は、内容的にも球史に残
る名勝負になりました。展開は、先発のピーヴィ、抑えのホフマンという「絶対的な エース」を立てたパドレスに対して、ロッキーズは豪打で対抗という中、追いつ追わ れつのゲーム展開となり、試合は6対6で延長戦にもつれ込みました。パドレスが押 し気味の中、継投の失敗もあって13回の表にコロラドは2点を失い、万事休すと思 われたのです。 その13回の裏、パドレスは満を持して通算524セーブを挙げているトレバー・ ホフマンをマウンドに送り込みました。先頭は松井稼頭央です。松井は散々粘って好 球を引き込むと、右中間を抜く二塁打を放ちました。松井がセカンド塁上に立った瞬 間に、ロッキーズの本拠地、クアーズ・フィールドはものすごい熱気に包まれたので す。そこから先は一気でした。二塁打、三塁打、そして敬遠をはさんで犠牲フライで ホームに滑り込んだホリデー選手は、審判が「セーフ」の判定を示すとそのままグラ ウンドに大の字になってしまいました。12年ぶりにロッキーズがプレーオフ進出を 決めた瞬間でした。 僅か半月という短い期間に奈落の底に沈んでいったメッツと、ほとんどゼロに近い 可能性の中からプレーオフ進出の栄光をつかんでいったロッキーズ、その明暗を分け たものは何なのでしょう。偶然ではありますが、この両チームに在籍した松井稼頭央 のストーリーが多くを語っているように思うのです。 2004年に大型契約を結んで鳴り物入りでメッツに入団した松井稼頭央選手には、 大きな期待がかかっていました。スカウト達の評価は高かったですし、日米野球で見 せた俊足強打の印象はアメリカでも話題になっていたからです。ですが、バットの方 で不振が続き、守備も不安定になってショートのポジションを追われ二塁に転向、や がてレギュラーの地位も失うことになりました。
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- 井川慶 K29(`・Å・´)99っぺ
364 :名無しさん@実況は実況板で[sage]:2007/10/06(土) 14:32:44 ID:TKlOjzal - どうしてそのような苦労をしなくてはならなかったのでしょうか。それは、メッツ
球団とそのファンの気質にあるように思います。少々厳しい言い方になりますが、そ れは「他者への信頼」という感覚が欠けているということだと思います。メッツの ファンは、球団や個々の選手に対してまるで自分自身の人格を投影するかのように 「のめり込んでいく」傾向が強くあります。好調な選手に対しては、自分のことのよ うに喜び、不調になると落ち込むのですが、その程度が一線を越えていると言わざる を得ません。 ファン気質の中にはもう一つ、球団と自分の境界が分からなくなり、まるで自分が オーナーになったような感覚で「限られた予算内で、どういった選手構成をするのか」 を真剣に考えるということがあります。野球選手の高額年俸についても、日本のよう に「サラリーマンには夢のような金額だ」というような愚痴の対象としてではなく、 経営者になったというファンタジックなイマジネーションの延長で「コイツは高い」 とか「アイツを取れ」と騒ぐのです。これはアメリカのスポーツファンには多かれ少 なかれある傾向なのですが、メッツの場合は新興球団として苦楽を共にしてきたファ ンが多いことから特にそうしたムードがあります。 そんな中、松井稼頭央の場合は推定年俸8ミリオン(約9億2千万円)という高額 な年俸を得ながら活躍できなかったとして、散々な非難を浴びせられることになりま した。正直言って、私はメッツ1年目2年目の松井稼頭央選手には、もっとコミュニ ケーションに努力したら良いのに、とか、異文化適応が遅いタイプなのでは、という ように冷ややかに見ていたのも事実です。
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- 井川慶 K29(`・Å・´)99っぺ
365 :名無しさん@実況は実況板で[sage]:2007/10/06(土) 14:33:16 ID:TKlOjzal - ですが、2006年の5月、後から考えれば移籍直前の松井稼頭央選手の姿をシェ
イ・スタジアムで見たときに、私はハッキリ理解しました。これはファンの問題なの だと。松井選手が打席に入るとメッツファンは「サクリファイス、サクリファイス」 というヤジの大合唱になっていました。「サクリファイス」とは犠打という意味で、 要するに「お前は送りバンドでもやっていろ」という意味なのです。局面としては送 りは考えられない状況で、そういうヤジを送るというのは、選手としての松井、彼を 打席に送った監督に対して、いや野球というスポーツそのものを「なめている」とし か言いようがありません。 観客という「傍観者」として、しかし自分の楽しみとしてチームを応援し、そこで プレーする選手を一個の人格として認め、その可能性に対して信頼を置く、そうした 姿勢はそこには全くありません。とにかく、自分の思いと、実際にそこでプレーして いる選手の間に境界がなくなり、ひたすらに自分の思いをぶつけるだけなのです。 「他者への信頼」が欠けているというのはそういう意味です。 今回のメッツの「球史に残る崩壊」というのは、松井稼頭央という才能を潰した ファンの思い入れの激しさが球団全体を潰してしまったということだと思います。7 ゲームリードして首位を走っていても、選手の不振が気になったり、プレーオフを前 提にチームの状態を心配したりするのは分かります。ですが、その思いの激しさが、 不必要なまでの非難となり、最終的にはチームの全員が「戦犯だ」ということになっ てしまいました。これでは、勝てというのが無理でしょう。 松井と何かと比較された天才遊撃手のホセ・レイエス、華やかな長打を誇る人気者 のデビット・ライト選手など、生え抜きのビッグスター達も非難の対象になりました。 最後には、この二人が三振とエラーの山を築くようになっていた、その責任の半分は 「ひいきの引き倒し」をやったファンにあるのですが、そんなことはお構いなしにラ ジオ番組にかかってくる電話では「レイエスもライトもトレードしてしまえ」という 絶叫が続いていたのです。
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- 井川慶 K29(`・Å・´)99っぺ
366 :名無しさん@実況は実況板で[sage]:2007/10/06(土) 14:33:47 ID:TKlOjzal - その意味で、ロッキーズとそのファンの気質は全く別です。例えば、10月1日の
「ワンゲーム・プレーオフ」が良い例です。13回の表、継投を続けてきたベンチは ホルヘ・フリオというベネズエラ出身の20代の投手をマウンドに送りました。とこ ろが、このフリオは大舞台に緊張したのかストライクが全く入らないのです。暴投を 繰り返して最初の走者を歩かせると、二人目のハリソンという打者にはど真ん中に放 り込んで2ランホームランを打たれてしまいました。 13回表の2点ですから絶体絶命です。スタジアムは凍り付きました。この間、内 野手が何度かフリオのところに激励に行っていますが、その結果は四球を避けたフリ オの失投という最悪の結果になりました。ですが、監督はフリオを代えませんでした。 フリオは結局次の打者にもヒットを打たれ、この時点でやっと降板ということになり ました。メッツの本拠地だったらブーイングで球場が揺れるところですが、デンバー は静かだったのです。うなだれたフリオ投手は、ベンチに引き上げると静かに座った のです。 誰も泣かず、騒がず、多少のブーイングはありましたが、それもすぐに静まりまし た。フリオも何かを蹴飛ばすのでもなく、静かにその後の展開を見守っていたのです。 この静けさは何なのでしょう。この一連の「継投失敗」しかも「延長13回の表に2 点を入れられる」という絶体絶命の状況から、選手もファンも「逃げなかった」ので す。そうなのです。感情的になるというのは逃避なのです。困難な状況に自分が精神 的に耐えられないからヤジやブーイングに走ったり、選手にしてもイスを投げたりす るのです。 コロラドの観客にはある種の強さがありました。それが選手への信頼につながり、 それが松井稼頭央という才能を再生させ、この2点負けている13回ウラの先頭とい う難しい局面で松井に二塁打を打たせたのです。奇跡の逆転劇はそうしたファンの 「信頼」があってのことでした。
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- 井川慶 K29(`・Å・´)99っぺ
367 :名無しさん@実況は実況板で[sage]:2007/10/06(土) 14:34:19 ID:TKlOjzal - 本稿の時点では、そのロッキーズに2敗と王手をかけられたフィリーズですが、
メッツを逆転したペナントレースの戦いは見事でした。その見事な進撃にはやはり 「信頼」のドラマがあったのです。シカゴ・ホワイトソックスの中核選手だった井口 資仁選手は、チームが低迷し人事構想も混乱する中で、レギュラーの座を外された格 好になっていました。その井口選手を7月末にフィリーズは招聘したのです。ですが、 それには理由がありました。 フィリーズの生え抜きのスター二塁手、チェース・アトリーが優勝争いの中7月末 に手首の骨折で戦線を離脱、復帰まで4週間がかかるという診断が下りました。フロ ントの動きは素早く、アトリーの穴を埋めるという具体的な期待で井口を獲得したの です。その狙いは見事に当たり、井口は二番セカンドの役割として、期待以上の活躍 をしたのです。 アトリーのケガは手首だけということで、治療中もギブスをはめた痛々しい姿なが ら、チームにはずっと帯同していたのです。そのアトリーは、ベンチでは常に井口の 隣にいて、新しい環境になれない井口に積極的に話しかけていました。井口もそれに 応えていたのです。そして、井口が活躍するとアトリーはまるで自分のことのように 喜んでいたのです。 よく考えると、これはなかなか出来ることではありません。負傷欠場中のスター選 手は、自分の代役に急遽トレードで来た選手に対しては「自分と比較して見下す」か 「自分のポジションを奪うのではと恐れる」という、いわば人間の本能的な反応と戦 わなくてはなりません。多くの場合は、気まずい会話になるのを避けて距離を置くと いうのが普通ではないでしょうか。
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- 井川慶 K29(`・Å・´)99っぺ
369 :名無しさん@実況は実況板で[sage]:2007/10/06(土) 14:34:51 ID:TKlOjzal - ですが、アトリーは違いました。自分の「代役」である井口と積極的に言葉を交わ
し、欠場中でもベンチで胸を張ってチームを応援する、その姿には「チームへの信頼」 とそして、必ずケガから復帰して活躍できるという「確信」があったのでしょう。井 口選手は、それを理解したからこそ全力でプレーができ、またアトリー選手の復帰後 は何も言わずにポジションを譲って、代打専門という役目に集中ができたのだと思い ます。そのアトリー選手は、復帰するとたちまち大活躍をしてチーム優勝の原動力と なっています。 ここまで、ベースボールの明暗を分けた「信頼」の有無についてお話してきました が、ではニューヨークの野球ファンはダメで、フィラデルフィアやコロラドは良いの かというと、そうは単純には言えません。何と言っても、メッツのファンの持つどう しようもない人間臭さというのは、私は最終的には嫌いにはなれないのです。何十年 かに一度優勝し、その他の年は前半は期待を、そして後半は落胆を繰り返す、それが メッツファンです(911犠牲者への追悼式で、メッツファンだった個人への弔辞に そんな表現がありました)。それもまた素晴らしい野球との関わりには違いありませ ん。ただ、松井稼頭央選手との相性や、今年の「崩壊劇」にはその悪い面が出たとい うことだと思います。 では、ニューヨークに比べると、フィラデルフィアやデンバーは立派なのでしょう か?「他者への信頼」という姿勢の根付いた善男善女の街なのでしょうか。そう簡単 には言えません。この二つの街はニューヨークよりも、もっとずっと保守的なのです。 キリスト教の影響が濃く、それは博愛主義にもなりますが、異文化への理解は遅いで すし、「客人」には親切でも「よそ者」の住み着くことには違和感を平気で顔に出す 狭量も見えるのです。
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- 井川慶 K29(`・Å・´)99っぺ
370 :名無しさん@実況は実況板で[sage]:2007/10/06(土) 14:35:42 ID:TKlOjzal - 自分の情熱と野球チームの間にケジメをつけることのできないメッツファンですが、
同時にニューヨークの文化にはどんな人種や国籍の人間でも、受け入れて一体化して しまう柔軟性があるのです。野球チームもそうです。逆に、中西部では「他者への信 頼」を持てるという背景にある「人との距離感」が、時として外国の文化や外国人へ の距離感になってしまうこともあるのです。 アメリカは外から見ていると、モノカルチャーの社会に見えますし、特にこの時期 は野球のポストシーズンと大学のフットボールばかりで盛り上がっていて、何とも内 向きに見えるのではないでしょうか。ですが、中から見るとアメリカとは大変に多様 なコミュニティの集合体であり、野球にしてもカレッジ・フットボールにしても、そ れぞれのコミュニティの文化をかけて戦っているという妙味もあるのです。その意味 で、松井稼頭央選手という何とも自然体のキャラクターが、メッツファンの悪い面を 引き出したり、コロラドの人々の大人の暖かさを引き出したというのは興味深いこと だと思います。
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