トップページ > 創作発表 > 2018年05月17日 > ewEhnY/R

書き込み順位&時間帯一覧

8 位/37 ID中時間01234567891011121314151617181920212223Total
書き込み数0000000000020000000000002



使用した名前一覧書き込んだスレッド一覧
創る名無しに見る名無し
あなたの文章真面目に酷評します Part107

書き込みレス一覧

あなたの文章真面目に酷評します Part107
754 :創る名無しに見る名無し[sage]:2018/05/17(木) 11:37:42.67 ID:ewEhnY/R
評価してください
1/2

髭を剃る時に、哲郎が鏡で自分の顔を見ていると、最近、老いを実感することがよくあっる。髭にしても鼻毛にしても色素の無い白毛が生えているのを発見すると、それを掌に置いて、哲郎はマジマジと眺めてみる。
まっすぐで硬い歯ブラシの毛先のような白い鼻毛を見て、いよいよ自分の人生が折返し地点に差し掛かってきたのだ、と哲郎は思う。
昨日まで夏の若葉のように生い茂った青年期を生きていた哲郎は、まだ若いつもりでいたが、会社の若い連中と喫煙所で話しをしていて話しが噛み合わなかったり、
職場の飲み会の後のカラオケで、レパートリーが古い、というようなことをボソッと二十七の後輩に言われて初めて自分が中年であるということに気づかされる。
ひと回り違う人間のことを「若いやつら」と一括りにして言っていることに哲郎は気づいていない。今年度の年明けに哲郎は四十代に突入し「不惑の歳」を迎える。今年、哲郎の父親も六十五の再雇用をも終えるのだから、自分もそんなに若くはない、と実感する哲郎の今日この頃である。
「どうしても来れないか?」
大学の同級生である明善から六月の終わりにバーベキューに誘われていたのだが、休日出勤を理由に断りを入れた二時間後に、明善からラインメッセージが入った。
哲郎が断りを入れたのは、バーベキューに参加する四人の同級生だった連中の内、二名が奥さんと子供を連れてくるからだった。
正直なところ独身である哲郎は、この集まりに参加することを嫌がったのだった。奥さん連中の眼を気にしながら場の集まりに身持ちの悪い自分がいることを想像しただけで嫌になった。
半分は拗ねた気持ちもあった。哲郎にとって社会は自分を置き去りにして回っていた。この先、老齢の両親とこの家で生きていくのかと思うと不安もあった。
世間では結婚をして、子供が生まれ、マイホームとワンボックスの車を購入し、よく話題が子供の話しに至る、そういう連中とは別の世界にいる哲郎は年々、優しさを失って、乾いた人生を送っているような心持ちだった。
「こればっかりは順番だから、時期がくれば哲郎にもちゃんと相手がくるで」
今年九十二になる哲郎のおばあちゃんは時々、哲郎に諭すように云う。両親に同じことを云われたら、たぶん哲郎は腹立たしい気持ちになるだろう。
同じことをばあちゃんが口にすると自然とそういうものか、と哲郎は真面目に受け取れた。別に結婚なんかしなくたって哲郎はいい、と考えていた。結婚なんかしなくてもいいが、結婚していない自分を周りの人間との関わりによって気づかされるのが嫌だった。
あなたの文章真面目に酷評します Part107
755 :創る名無しに見る名無し[sage]:2018/05/17(木) 11:38:07.68 ID:ewEhnY/R
2/2

「人はな、順番に生まれて、順番に死んでいくんやさ」とおばあちゃんは云う。順番に生まれて、順番に死んでいく、仏様はちゃんと見ていて、その人に合った時期に必要なことが訪れる、という思想が哲郎の祖母には昔からあった。
おばあちゃんは浄土真宗の大谷派のお寺の檀家であった。哲郎は少なからずおばあちゃんの思想の影響を子供の頃から受けていた。
「必要な時に必要な分だけのことが訪れるんやから、阿弥陀様が来るまでは、あれ来たなそれ来たなということを思ってお念仏を一日一回は唱えなあかんよ」
そういう考え方を他力本願ということを哲郎は、大学の時に知った。よく法事の時に法主さんが「他力」の話しをしていた記憶があるが内容を考えたことは、それまで一度もなかった。
おばあちゃんの考え方の根底に親鸞さんとか蓮如上人の思想が脈々と受け継がれていることに感動したことを哲郎は覚えている。
それから「ありのままの自分を生きる」とか「時期が来れば自然と必要なことが必要な分訪れる」とかいう考え方を哲郎も不思議と信仰するようになった。
飛騨の古川市から静岡に両親が祖父母を呼び寄せた時には、祖母もまだ六十歳を超えたばかりで、祖母と哲郎の父親が建てた一軒家に暮らすようになって、おばあちゃんが良いタイミングで美味しいものを出してくれたり、
戦争の話しをしてくれたり、不思議と哲郎が必要としてるものを提供してくれたり、物事の解決の糸口を示して来れたことで、哲郎は尚更、祖母のことを不可思議如來光や救世観音のようなイメージ抱いて見てきたのだった。


※このページは、『2ちゃんねる』の書き込みを基に自動生成したものです。オリジナルはリンク先の2ちゃんねるの書き込みです。
※このサイトでオリジナルの書き込みについては対応できません。
※何か問題のある場合はメールをしてください。対応します。