- 【伝奇】東京ブリーチャーズ・参【TRPG】 [無断転載禁止]©2ch.net
217 :多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage]:2017/09/14(木) 20:18:17.67 ID:lvOGLVTN - 祈は適当な所でタクシーを降りて、
迷い家までの道程を徒歩用ポータブルナビを確認しながら歩いていた。 >『気を付けてね、何かあったら電話して』 ポータブルナビを見ていると、SnowWhiteを出る前にそんな言葉で祈を送り出してくれたノエルが思い出された。 (御幸は心配しすぎなんだよなー……) 祈が一人で迷い家に行くだけだというのに、補欠のブリーチャーズ達に声を掛けたり、 今祈が持っている徒歩用のポータブルナビを用意して行き先を設定したり、 多めに交通費を渡したりと、心配して何かと世話を焼いてくれたのだった。 (ったく、こんなお使いぐらい簡単にできるってーの。あたしだってもう14だし、子どもじゃないんだから) 実質何百年と生きているノエルから見ればほんの子供なのであるが。 とは言え、その心配は分からないではない。 確かにターボババアは、短距離を最高速度で走り抜けることこそ本領とする妖怪である。 人間を超えた時速140キロという速度を出し続けるのは当然激しい妖力の消費を伴い、 ターボババアの厳しいしごきを受けた祈であっても、休憩せず最高速度で走り続けるのはせいぜい30分が限界と言った所だ (それでも通常の人間と比べれば十分に脅威的な数字であるが)。 そう、たった30分。時速140キロで30分走れば、走れる距離は70km。 いかに足が速いとはいえ、それで直線距離にして500kmもの距離をどうやって走破するのかと、ノエルは心配しているのだろう。 道に迷わないか、というのも多分にあるかもしれないが。 だが、心配は無用なのである。 祈が一度家に帰り、鞄に入れて持ってきた大きめの水筒。これに迷い家の秘湯の源泉を汲んでいけば、 途中で妖力が尽きても補給ができる。 それにターボババアだからと言って、何も常に全力で走らなければならないと言うルールはないのである。 学校で鎌鼬と相対したときのように速度を落として走ることもでき、 妖力を節約しながらマラソンランナーのように走れば、 時速80キロから100キロ程度を維持しながら長時間走り続けることが可能なのである。 故に秘湯の源泉で妖力及び水分を補給しながらならば、十分に走破できると祈は踏んでいるのであった。 暫く歩いていると道は傾斜になり、景色は山か森か、というものに変わってきた。 方向感覚が狂い始め、何らかの力が侵入を拒むのを肌で感じる。 しかし記憶の通りに歩いていくと、やがて、さぁと風が吹き、途端に視界が開けた。 道がうねり、迷い家の玄関に続く一本道へと変貌する。 普通ならば入ることのできない、迷い家の結界の中に招き入れられたのである。 祈が一本道を駆けていくと、迷い家の玄関先を箒で掃いている笑の姿を見つける。 「あっ。おーい! 笑さーん! こんにちはー!」 声を掛けると、笑もこちらに気付いて、 >「あら、まぁ。祈ちゃん?」 と、僅かに驚いたような声を上げる。祈が笑の目の前まで駆けて行くと、 まだ泊まる予定だった筈のブリーチャーズ一行が荷物を残していなくなってしまったので心配していたのだと聞かされた。 「ごめんごめん。ポチがどうしても待てないって言うから、一旦東京に帰ったんだ。 でも橘音もみんなもまたこっちに戻ってくる予定みたいだから、悪いけど荷物は置いといてくれると助かるかな」 そこでふと周りを見回し、鳥居がない事に気付く。 「……あれ? ここに鳥居置いてなかった? あたしが潜れるぐらいの、なんかちっちゃいやつ。橘音の持ち物なんだけど」 >「鳥居?ああ……玄関先に置いてあった、あれ……。三ちゃんの持ち物だったの?ちょっと邪魔だったから、どけてしまったのだけれど」 笑は右手を頬に添えて、困ったような表情を作って見せた。 「あー、邪魔だったよね。ごめんね笑さん。それで、あれってどこに置いてあるの? あたし、あれ持って東京戻らないといけないんだ」 祈がそう言うと、鳥居の居場所は裏手だと、仕事もあるだろうに笑は案内してくれる。 裏手に回り、桶や樽などと一緒に積まれている鳥居を見つけた。 「あったあった。ありがと! じゃ、あたしはこれ持って帰るね!」 そう言って、祈は頭上に鳥居を掲げるような姿勢で持ち上げてみた。 持ち上げてみると、重さとしてはちょっと大きなイスか脚立か、と言った具合。 妖怪の血を引く祈が持って走るのであればそこまで大きな負担ではなさそうであった。 笑が仕事に戻り、では慌ただしいが秘湯の源泉を貰ったら帰るかと玄関に足向けると、 >「せっかく戻ってきたのに、すぐとんぼ返りか。忙しないことぢゃの、颯(いぶき)の仔」
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218 :多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage]:2017/09/14(木) 20:22:01.92 ID:lvOGLVTN - 背後で嗄れ声。「おわっ」と可愛らしくもない悲鳴を上げて祈が振り返れば、
杖をついた小柄な老人、ぬらりひょんの富嶽がおり、木箱を抱えた一本ダタラが富嶽に付き従うように立っている。 持ち上げた鳥居を降ろし、祈は富嶽に向き直った。 「なんだ、ぬらりひょんのじっちゃんか。びっくりさせんなよ」 ぬらりひょんは勝手に人の家に上がり込んで飲み食いする妖怪。よって気配を消す術に長ける。 意図的かそれとも無意識か、ぬらりひょんの富嶽は気配を消して現れたのだった。 >「狼の捕獲はうまくいっとるか?たっぷり飲み食いさせたんぢゃからな、それに見合った働きはして貰わんと」 そう催促して笑い、長い後頭部を揺らすぬらりひょん。 揺れる後頭部を珍しそうに眺めながら、 祈が「正直、上手く行ってないけど……上手く行くよう頑張ってる途中だよ」と答えると、 富嶽は老人がよくやるような、感慨深そうな、昔を思い出しているような表情を見せる。 話は終わりかと思い、祈が「そんじゃ、あたし行くから」とぬらりひょんに背を向ける。すると >「それにしても……まさか、颯の仔が妖壊退治とはの。いや、血は争えんということか?」 >「あやつがよく許したものぢゃ。娘のあの……考えれば、孫に……など到底…………ぢゃろうに、の」 こんな気になることを言う。思わずまた祈は振り返った。 後半は良く聞こえなかったが、颯の仔が妖壊退治とは、という部分だけははっきり聞こえていた。 「……母さんも妖壊退治してたってホント? ねぇ、ぬらりひょんのじっちゃん! ばーちゃんも橘音も、誰も母さんのこと教えてくれないんだよ。なんか知ってるなら教えてよ!」 なので食い付いてみるのだが、 おかしいな、急に耳が遠くなったので聞こえない、とでも言いたげなリアクションで躱されてしまう。 どうやら答えるつもりはないらしい。口が滑ったとでも思っているのかも知れなかった。 ぐぬぬ、と祈がぬらりひょんを睨み、耳元でもう一回大声で聞いてやろうかと思っていると、 >「まあよい。颯の仔よ、折角来たんぢゃ。土産を持って行け」 と先程の話題を切り捨て、代わりに別の話を切り出した。 脇に控えていた一本ダタラが祈の前までやってきて、木箱を差し出してくる。 祈が受け取ってみると、木箱の中身は重いのだか軽いのだか、不思議と分からない。 「何が入ってんの?」 >「開けてみい」 促されて祈が木箱の蓋を開けてみると、中には一足の赤いショートブーツが入っている。 靴底には車輪が4つ縦一列に並んでおり、それは所謂インラインスケートのシューズによく似ていた。 >「『風火輪』。履いた者の妖力を用い、速度を無限に上昇させる妖具ぢゃ」 >「扱いの難しい妖具ぢゃが、使いこなせば空を走ることもできる。かつて唐土のナタという妖が用いた妖具であり――」 >「……お主の母、颯が使っていたものぢゃ」 「……母さんが?」 ナタが使用していた風火輪。無限の速度。空をも走れる。そんなヤバそうな物をなんであたしに。 驚くべき点、気になる点は多くあったが、祈が最も注目したのは、母がこれを使っていたことである。 こんな代物を使用していたと言うことは、やはり母は妖壊退治をしていたのだろうと、祈は思う。 >「お主の母は、それをうまく使いこなしておったが――お主はどうぢゃろうの?」 悪戯めかして笑うぬらりひょんの目は、試すように祈を見ていた。
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219 :多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage]:2017/09/14(木) 20:28:10.24 ID:lvOGLVTN - test
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220 :多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage]:2017/09/14(木) 20:28:46.96 ID:lvOGLVTN - 隕石のようにその影は落ちてきた。
大きな満月に照らされ、祈からはさながら影絵のように映るその姿は、冗談かと思える程に巨大だった。 3メートルか、4メートルか。体格が大きいはずの尾弐が、まるで子どものように見える。 シロ達のいるビルの屋上に降り立ったその巨大な二足歩行の狼。 そいつは何事か言い捨てると、ビルをも揺らがせるかと思うような足取りで、ズンと歩を進める。 (止まらない――!?) シロへと向かうその歩みは止まらない。 作戦通りならば、ここでポチとシロが夫婦になることで、あるいはそう見せかけることで、 ロボはショックを受けて棒立ちになっている筈だった。 しかしかの人狼がショックを受けている様子は微塵もない。 ということは、ポチは失敗してしまったというのか――。 ただでさえ今宵は満月の夜。人狼が最も血を滾らせ、力を最大限に発揮する夜だ。 尾弐の拳が通用しなかったロボの肉体も最大限に強化されていると見ていいだろう。 銀を含んだ武器なら祈の手元にあるが、 『妻との絆』という弱点を突いて無力化ができなかったのならば、 あの完全なる人狼の頑強な肉体を貫いてダメージを与えるなど、どうすればできようか。 >「ガルルルルルォォォォォォ――――――――――――――ン!!!!」 ロボの落雷のような咆哮が響き、『死』を予感した周辺住民がパニックを起こして逃げ出し始め、 祈ははっとする。 四の五の言っている余裕はないのだ。 戦いの火蓋は切って落とされた。シロを守る為に、仲間達はロボの圧倒的な暴力に抗い始めている。 ロボが脱力していようがいなかろうが、今目の前には仲間とその想い狼の危機があり、 そしてドミネーターズに名を連ねるロボを倒さねば、関係ない誰かが傷付くのだ。 (弱気になるなあたし! 銀でできたナイフで人狼を傷付けて、その結果倒したって話だってあるんだ。 だからちょっとの傷だけでも付けられれば――!) 祈は振りかぶって、銀のアクセサリー自作キットなどを用いて弾丸に似せて作った、 “疑似銀弾”とでも言うべきものを投擲する。 祈の力に耐えうるスリングショットが見つからなかった為に手で投擲することになった訳であるが、 しかし、かつてコトリバコハッカイの頭蓋を砕いた祈の投擲力は相当なものである。 あの時から更に磨きがかかり、小さな疑似銀弾でも時速500km近い速度を出して飛ばせるようになっている。 しかし。鳥居に向かっていくら投擲し、ロボの背にぶち当て続けても、一向にダメージが入っている様子はない。 小さな傷一つすら、ついているように見えない。 「くそっ……なんで……やっぱり駄目なのか……!? いや、純銀のナイフなら!」 ロボが銀の弾丸であると認識すれば効果も上がろうと思い、作り上げた疑似銀弾。 だがそれは人が容易く捏ねて作れるようにと銀以外のものが混じっている。その混じり物の所為で銀の効果が弱くなっているのならと、 今度は純銀のナイフやフォークを引っ掴む。じゃら、と雑に掴まれた食器たちがぶつかり、音を鳴らした。 「おらぁああッ!!」 そして更に力を込め、踏み込み、投擲する。 鳥居の先に映すロボは仲間達を蹂躙している。それを止めようと、その背に向けて。 それでも駄目なら、目に、鼻に、口にと。今度は生命としての弱点めがけて次々に投擲するが――当たっている様子がない。 ロボの動きが早すぎるのだ。背などの大きな目標ならばまだしも、 目などの小さな目標では、目視しゲートを開き投擲する、という段階を踏む間に大きなズレが生じてしまう。 クリーンヒットは一つもなく。投げども投げども人狼の進撃は止まらない。やがて祈の息が切れる頃には。 「くそ……はぁっ……あ――」 探る手は空を切る。もう疑似銀弾も、銀の食器も尽きてしまっていた。 そしてその時は訪れた。祈が最も回避したいと思っていた未来の一つが。 ロボは仲間達を打ち据えて、威嚇するシロに近付くと、その首を掴んで持ち上げる。 更に、ロボと比べてしまえばあまりのも細いその首筋に――かぶりついた。 ロボが何故そのような凶行に及んだのかは祈にはわからない。 祈が予想したように、シロはやはりブランカではなかったから殺そうと思ったのかも知れない。 だが何せ妖壊の考えることだ。 その行動理由はきっと説明されなければ、いや、されてもきっと、理解などできよう筈もなく――。 満月を背にシロの喉を食い破り、その鮮血を浴びる人狼ロボ。 更に腹部に噛みついて、その臓物を引きちぎり。哄笑する――。 >「ゲァハハハハハハハ……、ハァ――――ッハッハッハッハッハッハッハッハァ――――!!!!」
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221 :多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage]:2017/09/14(木) 20:40:07.77 ID:lvOGLVTN - また、守ることができなかった。
4日前と同じ、血の夜が繰り返されてしまった。 祈の見る世界が暗く歪み、滲む。 が。それは瞬きをするよりも僅かな間に過ぎない。 ブリーチャーズを守ろうとしてくれた優しい警官達。彼らのように強くありたい。 だから折れない。 いざという時は自分が何とかすると、ノエルと交わした約束がある。 故に屈さない。 何より、仲間の大事な想い狼を、みすみす死なせてたまるものかと心が叫んでいる。 「諦めてなんていられるか!」 その目は死んでなどいない。 祈は駆け、天神細道を潜って自らも仲間達のいるビルの屋上へと、ロボの背後へと移動する。 そして、ロボが用済みとばかりにビルの屋上に放ったシロを両手で優しく抱きかかえると、 自分が元いたビルへとすぐさま体を翻す。 ロボはどうしたことか祈には見向きもしない。それを好機とばかりに更に勢いをつけて、ビルの屋上から――跳躍。 目指すは天神細道だった。 もし今、命の尽きかけたシロをなんとかできる道が残されているとすれば、それは天神細道以外にないと思ったのだ。 だが、ビルからビルへの距離は100メートル近くもあり、祈の跳躍力でも届く筈はない。 このままでは失速し、落下するかに思われた。 しかしその足には。 ――『風火輪』。 一足のショートブーツの靴底で、計八つの車輪が激しく回転し、火を噴いていた。 上二本与半卉亠十士廿卞广下广卞廿士十亠卉半与本二上旦上二本与半卉亠十士廿卞广下广卞廿士十亠卉半与本二 ――三日前。 「母さんが使ってた風火輪かー。へへっ、いーもん貰っちゃったな」 そう言いながら風火輪に足を通す。 場所は人通りのない夜の公園。ベンチに座って靴から風火輪に履き替えた祈は、脱いだ靴を揃えながら、 母さんが使ってた奴ならあたしでも余裕で使えるだろ、だの、やってる人を見て楽しそうだと思ってたんだよね、だの。 そんなことを考えてワクワクしていた。 立ち上がり、いざ滑るかと思った刹那。車輪が急激に回転し火花を散らし。 「は?」 僅かに前進したかと思うと、振り上げた記憶のない右足が勢い良く跳ね上がっており、 勢いにつられた左足も滑り、地を離れる。天地が逆転する。 気が付けば祈は後ろ向けにすっ転んで、 プロレスで言う所のジャーマンスープレックスをかけられたような無様な格好になってしまっていた。 その際に後頭部をしたたか地面に打ち付けて、 (痛った……! 頭がぬらりひょんのじっちゃんみたいになっちまう!) 痛みに悶絶し、ゴロゴロと転げ回る。手で探ればたんこぶができているのがわかった。 その後、めげずに何度も走る練習をしてみて分かったことだが、風火輪はとんだ暴れ馬であった。 正しく表現するのなら“まるで言うことを聞いてくれない”、だろうか。 その性能をフルに発揮する為には莫大の妖力と繊細な妖力操作、そして人間を遥かに超えた身体能力が要求される。 高名な妖が生まれた時から身に着けていた宝貝だけあると言えよう。 ロボとの決戦までの間に繰り返し練習を積み、なんとか走ったり止まったりというような基本動作は身につけられたものの、 複雑な動きはできず、武器としては未だ使えるレベルにない。 当然、ナタのように空を自在に飛ぶ事など祈にはできはしなかった。――なのに。 下广卞廿士十亠卉半与本二上旦上二本与半卉亠十士廿卞广下上二本与半卉亠十士廿卞广下广卞廿士十亠卉半与本
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222 :多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage]:2017/09/14(木) 20:50:25.30 ID:lvOGLVTN - 「っだあああああああああ!!」
空に二つの赤い線が奔る。それは風火輪の炎が描く軌跡だった。 祈の必死さがこの土壇場で、自在とは行かないまでも風火輪に空を駆けさせる。 軌跡は真っすぐに、祈が走るよりもずっと早く、天神細道の置かれたビルの屋上へと伸びていく。 一秒が惜しい。もっと速く。そう思えば思うほど、風火輪の炎が激しさを増した。 (喉と腹を食い破られてまだ数秒、脳死まではまだ僅かに時間がある……! 内臓は食べられたけど心臓が残ってる、肺がある。血は足りない、喉が食われて呼吸ができない、でもまだ――!) 意識なく、力尽きてだらりと口を開けたままのシロ。 その体は小さく痙攣を繰り返している。まだ生きている可能性が僅かでもあるなら。 (“シロを助けてくれるところへ”!) そう願いながら天神細道へ、急ブレーキをかけながら突っ込む。 祈が鳥居を潜ると、そこはどこか既視感のある場所だった。 「ここは――」 こじんまりとしている、白基調の内装の建物の中に出たようだった。 清潔感のある消毒液の香りと、妖気の混じった独特の雰囲気には覚えがある。 そこは4日前に尾弐の傷を治すために訪れた妖怪専門の病院だった。 その病院内でも、どうやら医師が待機する部屋にでも出たらしく、 夜食であろうか、胡瓜に味噌をつけて食べているフランシスコザビエル似の医者がそこにはおり、 突如現れた祈を見て驚愕していた。その見開いた目と祈の目が合う。 シロが助かる希望はここにあるのかもしれないと思った瞬間、祈は叫んでいた。 「この子を助けて!!」 この医者は河童である。 大怪我を治し、斬り離されてかなり時間の経った腕をも繋いだ伝説を持ち、 尾弐のぐちゃぐちゃになった内臓を瞬く間に回復させた“秘伝の軟膏”を所有している。 そしてここは妖怪の病院であるから、仕事柄、動物妖怪を治療することもあるだろう。 故に、狼を診た事はないかもしれないが、動物の身体構造については詳しいと思われた。 また、軟膏だけでなく様々な不思議な道具を揃えている可能性がある。 シロの足りない血液を、不老不死や不老長寿の伝説がある他の妖怪の血液、 例えば人魚やぬっぺっぽうの血などで補って、一時的に生命力を高めることだってできるかもしれない。 更に、ムジナのように形状を変化させる術に長ける医者がいるならば、 食い破られた喉を一時的に修復して呼吸をさせたり、 血管を繋いで出血を抑えたりというようなこともできるのやもしれない。 ともあれ、この医者が祈の叫びを聞いてシロを任されてくれるのなら、 祈は仲間の元へ戻るため、空を再び駆けようとするだろう。 この妖怪病院のある新宿区から、博物館付近の台東区まではやや距離があるが、 空という阻むもののない直線。加えて風火輪の速度。 2分もあれば仲間達の元へ辿り着けると思われた。 >『強力な妖具って諸刃の刃なんだ。ずっと履いてると危ないから気を付けてね』 その言葉を祈に言った時、ノエルが抱いていた心配は当たっている。 祈は命を削ってでも、今も戦っている仲間達の元へ戻ろうとするのだろう。
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