トップページ > 創作発表 > 2017年04月21日 > 1plqHjEA

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多甫 祈 ◆MJjxToab/g
【伝奇】東京ブリーチャーズ・弐【TRPG】 [無断転載禁止]©2ch.net

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【伝奇】東京ブリーチャーズ・弐【TRPG】 [無断転載禁止]©2ch.net
109 :多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage]:2017/04/21(金) 22:31:53.08 ID:1plqHjEA
>「……手ぬるいこと。そんな者は一息に滅ぼしてしまえばよろしいのに」
>「今、血を施してやっても、この者は渇けばまた同じことを繰り返しますわよ?後顧の憂いは断つべきですわ」
>「それとも――東京ブリーチャーズの『漂白』とは、単に衣服を白くするという意味だったのかしら?」
 祈が鎌鼬に馬乗りになったまま血をやっていると、
いつの間にか祈の傍まで近付いてきていたモノが、緩く腕組をしながらそんなことを言った。
 呆れたような声音。揶揄する言葉。しかし祈はそれに対し、不思議と心が波立たない。
祈の中に、確固とした答えがあるからだろうか。
「はん、うっせーよ。ちょっとした間違いくらい誰にだってあんだろ。
それくらいでいちいち滅ぼそうとしてたら、世の中全員滅ぼさなきゃならなくなるだろーが。
支配者気取ってる割に心の余裕ってもんがねーのかよ?」
 喉が渇いたからという理由で人を傷付けた鎌鼬。
確かにここで血を与えても一時凌ぎでしかなく、またいつか渇きに耐えかねて爆発するかも分からない。
だが、祈はその命を奪おうとは思わない。信じない事には何も始まらないと、そう思っているからだ。
祈はその方面に明るくないが、人の法でも余程の罪がなければ死刑にはしないと聞くし、
それを当て嵌めるならば妖怪だって、誰も殺してないのならその命を奪うまでのことはないだろう、なんてことを思う。
 そもそも後顧の憂いを断つ、なんてことを考えていれば、
コトリバコ達を用いて大量虐殺を演じたレディ・ベアをこの場で倒さない理由がないのだから。
 その祈の考えは優しいのではなく、甘さと言っても過言ではなかった。
>「まあ、いいですわ。わたくしのアシストありきとはいえ、悪くない動きでしたわよ、祈」
 悪態をつく祈に、まるで部下を労うような言葉を掛けて、
>「しかしながら――この状況では午後の授業を受けることは難しいですわね。残念ですが……」
>「新しい妖怪の気配もあります。これは貴方のお仲間でしょう?鼻の利くこと――ならば、わたくし今日のところは退散いたしますわ」
 モノは祈に背を向ける。
「仲間?」
 仲間、というのは、不審者を取り押さえた祈へと向かって、校舎からドタバタと走って来る教師達のこと、ではないだろう。
ということはブリーチャーズの誰かがこの近くに来ているのだろうか、と祈は思う。
>「協定はあくまで、貴方とわたくしの間でのみ有効なもの。わたくしと一緒にいるところを見られるのは、都合が悪いでしょう?」
>「それでは、祈。アデューですわ!」
「……また明日な」
 モノの姿が掻き消える、と同時に、
動物めいた軽い足音が祈の元へと近づいてきた。血の匂いにでも釣られたのだろうか。
不審者に続いて犬だか猫だかまで迷い込んでくるなんて新学期早々賑やかだな、と思いながら
祈が足音のした方向へ顔を向けると、そこにあるのは見たことのある動物の姿だった。
 モノと入れ違いに、風のように駆けてやってきたのは、一匹の犬、否、――狼である。
黒い毛並みに白の混じった、特徴的な模様。
モノが言う“貴方のお仲間”とは、この狼のことだったのだろうか。
>「……なにやってるの?」
 子どものような声は、その狼から放たれている。
祈はまだ少しだけ慣れないが、この狼はただの狼ではなく『送り狼』あるいは『送り犬』と呼ばれる類の妖怪だ。
喋ることぐらい朝飯前である。誰が名付けたのか、その名はポチといった。
「なんだ、ポチじゃん。見ての通り血をあげてるんだよ。
喉渇いたって暴れるから。でも東京の水は飲めないって言うし。厄介なもんだよなー」
 溜息交じりに答えながら、祈は赤く変色した薬指を再度強く押す。
一滴の血が落ちたが、傷口が小さかったのかもう塞がり始めてるようで、
それ以上の出血は見込めないようだった。
これで少しは満足してくれるといいけど、と祈が思っていると。
>「……それ、牛乳じゃだめなの?」
 子どものような疑問をポチが投げかけてくる。
ポチは仲間意識が強く、ブリーチャーズを家族のように思ってくれているようだ。
この場に来ているのも、祈の血の匂いを嗅ぎつけて心配になったからだろう。
故にこの質問も、他の物じゃ駄目なのか、祈が傷を負う必要などなかったのではないかと、
祈の身を案じて出たものだと考えられた。
 だからこそ、祈はポチの頭へと手を伸ばす。
「んー……牛乳で良いんだったら、楽なんだけどな」
 そして言葉を濁しながら、ポチの頭を右手で撫でた。
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110 :多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage]:2017/04/21(金) 22:39:23.46 ID:1plqHjEA
 “少なくとも今は”血でなければ駄目だったのだろうと祈は思う。
何故なら飯綱という種類の鎌鼬は、
旋風によって人を傷付け、その傷口から血を舐め去っていく妖怪だからだ。
(ふと冷たい風が吹いて肌に痛みが走る。切られた様な跡ができているが何故か血がない。
そんな不思議な現象の正体とされている)
即ち飯綱にとって人を切り、血を摂取する行為は妖怪としての本懐であり、存在理由に当たるのである。
 しかし現代になり妖怪の肩身は狭くなった。
東京ブリーチャーズなど悪しき妖怪を討伐する組織の存在もあり、
妖怪達はかつてのような悪さをできず、人間界への順応することを強いられるようになった。それ故人間として生活する妖怪も多い。
その中では飯綱も人を切り血を啜るなんて行為は長らくできなかったに違いない。
そうして今、血を飲むことができないどころか、飲める水をも失った飯綱は正気を失った。
不審者のような恰好というお粗末な変化で、
昼間の中学校という人気の多い場所に姿を現すという愚行を犯す程に追い詰められていた。
そんな飯綱を鎮める為には、血を吸わせるという行為でもって、
妖怪としての欲求と渇きを満たすしかなかったのだと、祈は考える。
 とは言え、吸血鬼など血を吸う怪物や妖の類に纏わる伝承の中には、
人間の血が吸えない時にはやむを得ず豚や牛など家畜の血で代用しているという話もある。
牛の乳も血液と同じく体液ではあるのだし、この飯綱ももしかしたら今後は牛乳などで我慢してくれたりするのかもしれないが。
>「祈ちゃんやめて! 口に合うか分からないけどすぐかき氷作るから!
>それと君(鎌鼬)はありのままでいい……主に絵的な意味で!」
 とかなんとか考えながらポチを撫でていると、校門の方から祈の聞き慣れた声がする。
ノエルである。その後ろには橘音や尾弐の姿もあった。モノの言うお仲間とは、ポチだけでなく彼ら全員のことだったのだろう。
こちらに向かって駆けて来る。
>「ヒ……ヒィッ!」
 そのノエルの声で我に返ったのか、祈の左手薬指を舐めていた鎌鼬が急に素っ頓狂な声を上げた。
更に視線をポチに合わせて、仰天したような顔を作り、
「お」
 そして、ぼんっ、と変化が解ける音がして、祈の視点が階段一段分ほど低くなる。
薄い煙のような物が祈の周囲を包み、
その足元で小さな――胴が長く茶色で尻尾が長く、どこか鼠っぽい――動物がちょろりと動いたと思えば、
まるで風のように校門の方へと走り去っていった。
それと入れ違いになるようにして、橘音、ノエル、尾弐の三人が祈の元へと辿り着く。
>「やれやれ……。何を嗅ぎ付けたのやらと思ったら、事件じゃないですか」
 橘音がポチに向かって口を開く。
「橘音達も来てたんだ。おーっす。ま、事件っちゃ事件かな。もう終わったけど」
 更にそこへ教師達も到達した。
息を切らした中年の教師が、祈とブリーチャーズを交互に見る。
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111 :多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage]:2017/04/21(金) 22:42:40.80 ID:1plqHjEA
>「多甫!大丈夫か?怪我はないか?なんて無茶をするんだ!」
>「あの男はどこへ行った?早く警察に通報を……!」
「え? あー……すみません? 男はー、なんつーか、逃げられ……ました?」
 そして口々に、質問を浴びせてくる。
 それに対し祈は言葉に詰まり、歯切れの悪い言葉を返すのが精一杯だった。
 何せ説明できなことが多いのだ。
今し方まで組み敷いていた筈の不審者が何故いないのか、どう答えれば納得させられるだろう?
そしてこの状況に新たに追加された、犬、狐面に学ランの探偵、妙齢の美形、喪服の男、
つまるところ余りにもアクが強く、不審者一同として認識されかねない漂泊者達。
騒ぎを聞きつけて様子を見に来てくれた一般人達だと言って通るだろうか?
ただでさえ不審者が現れ、体育教師が切り付けられたことで教師陣は興奮している。
この場で警察を呼ばれたらこの4妖怪が鎌鼬の代わりにしょっぴかれてしまうのでは。そんな不安がよぎる。
 突如姿を消してしまった転校生のことも、何をどう説明していいのやら。
凶暴な妖怪相手でも決して退かない祈だが、その背に冷や汗が伝う。
 祈が困っていると、橘音がずいと前に出た。
>「まあまあ、落ちついて。ここは偶然居合わせたこの狐面探偵、那須野橘音にどーんとお任せあれ!いや〜みなさん運がいい!」
>「先生方はまず怪我人の対処を。救急車を呼んでください、事情はボクが彼女から訊きますから――いいですね?」
 そしてその口で、その”目”で、教師達をたちまち説得してしまう。
教師達はそれに納得して、離れて行く。
一人は倒れた体育教師へ、もう一人は救急車を呼びに。
先程の興奮もどこへやらすっかり落ち着きを取り戻し、まるで操られるようにてきぱきと処理を進めていく。
>「事情は道すがら窺いましょう。それにしても……ひとりで妖壊を片付けてしまうなんて、気合充分ですね?」
>「ということでお仕事です、祈ちゃん」
 祈へと向き直った橘音が、白手袋に包んだ右手を差し伸べながら言う。
一緒に来てくれ、ということである。
午後にはまだ授業が控えているが、橘音が自分の力を必要としているとなれば、
早退せざるを得ないなと祈は思う。
「……相変わらず便利だよな、その目」
 祈は言いながら制服に付いた砂埃を払い、立ち上がる。
そして仕事を請け負う意思を示すために橘音の手を取ろうとして手を伸ばすが、
躊躇ったように、僅かに触れた指先を離した。
「ごめん、先に手洗ってきていい?」
 地面を触ったり砂埃を浴びたり鎌鼬に舐められたりしているので、ちょっと気になっているのだった。
 校庭に備え付けられた蛇口さっと手を洗い、ハンカチで手を拭いながら、
丁度通りがかった担任教師に『大事を取って早退します』と告げた後、再び祈は橘音の手を取ったのだった。
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112 :多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage]:2017/04/21(金) 22:46:34.59 ID:1plqHjEA
>「ポチさんはクリスの妖気の追跡をお願いします。――で、祈ちゃん?先程は何があったんです?」
 祈は橘音の手を取った。
探偵と言う職業柄なのか、演技がかった立ち振る舞いの多い那須野橘音。
その手を差し伸べる動作も、一種の演出のようなものだったのだろう。
だが一度掴んでしまった手前、自分からは離し難く、
どのタイミングで離せばいいものかと考えている内に離すタイミングを失い、
祈の左手はなんとなく、白い手袋の嵌った橘音の右手と繋がれたままになっていた。
 そうして敵の残り香を追跡するポチの後ろを、橘音と並んで歩いている。
「飯綱っていう、血を飲む鎌鼬がいるでしょ。そいつがうちの中学校で暴れちゃってさ。大騒ぎになったんだよ。
暴れてる原因は東京の水が飲めなくて喉が渇いたからってことだったみたいだから、
ひとまずとっちめてあたしの血を分けてやって、東京の水飲めないなら引っ越せってアドバイスして……
あ、引っ越し先については橘音が教えてくれるかもってことで橘音の名前出したから、
もしかしたら事務所にあとで来るかも。そん時は悪いけど世話してやってね」
 いまいち要領を得ない、身振り手振りを交えた祈の説明だったが、橘音やそれなりに付き合いのある者は理解可能だろう。
だがその言葉を聞いているのだか聞いていないのだか、
心ここに在らずと言うようにぼんやりとして、内容について詳しく言及しない橘音。
その代わりに、という訳ではないだろうが
>「そっか……よく正体見抜けたね。原型に戻ったってことは水の綺麗な山に帰る気になったんじゃないかな? きっと大丈夫だよ」
 ノエルがこんなコメントをしてくれる。
橘音は少し様子がおかしいが、こちらはどうやらいつも通りであるらしい。
「だと良いけどなー。ま、もし出てきて悪さしてもまたあたしがやっつけてやるけどね」
 祈ははにかんで、そんな風に返した。
>「あんまし危ねぇ事はすんなよ、祈の嬢ちゃん。なんでもかんでも助けようとしたら……いつか自分が潰れちまうぜ」
 そして尾弐は今日に限って少し厳しいことを言った。
 祈への心配が見え、何やら反論しがたい重みもあるように思えたので、
祈は「そうだね、気を付けるよ。ありがと」と返すに留めた。
 何か怒ってるのかなと心配になり、祈がちらと尾弐の顔を覗き見ると、何やら難しく緊張した面持ちであった。
その視線はただ前、敵がいるであろう方向を睨んでおり、
少なくとも橘音と祈が手を繋いでいることに怒っている、という訳ではなさそうではある。
 橘音と尾弐はブリーチャーズ結成以前からのコンビで仲が良いらしく、
しかもコトリバコ戦前に橘音から「好きですよ」と言われていた尾弐だ。
もし二人が男女の仲、あるいは性を超越した深い仲であるとすれば、
祈が橘音の手を握っていることに嫉妬の色でも見えるかと思ったのだが、そうではないようだった。
 怒っているのでもなんでもなく、向かう先に待ち構えている者が強大であるから緊張しており、
余裕があまりないのだろうと祈は推察する。
橘音もどうやら似たような状況のようであるし、二人を見て祈も気を引き締めることにする。
そして待ち受ける強大な敵とは何者だろうかと、そう考えた祈は、
先程、聞き捨てならない言葉を聞き捨てていたことに思い至る。
「ていうかさっき、クリスの追跡って言ってなかった!? それってドミネーターズのやつ!?」
 そう言えば仕事内容について説明を受けていないことに祈は気が付いて、
繋いだ橘音の手を引っ張ってがくがく揺すり、半ば無理矢理情報を聞き出した。
クリスという妖怪について。クリスとノエルの関係について。どうして今クリスを追っているのか等々の事情を。
それらを聞いたりそうこうしている内に、
自然と祈と橘音の手は離れて。一行はある場所へと辿り着いた。
 辿り着いたのは、ある神社だった。
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113 :多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage]:2017/04/21(金) 22:57:03.69 ID:1plqHjEA
「あ、この名前聞いたことある」
 祈がつぶやく。
 入口付近に建てられている石碑には、テレビのニュースなどで
政治家が参拝しただのしないだのでよく問題として取り上げられる、有名な神社の名前がある。
日本の為に戦い、そして死んでいった英霊たちを祀っている場所であるという。
 神社の境内で桜が綺麗に咲いていた。
>「……行きましょう」
 立ち止まっていた橘音が意を決したように進む。
 平日だというのに、人が多い。
大きな鳥居の前は観光客や修学旅行生と思しき人々でごった返している。
桜を見に来ているのか、東京民と思しきお年寄りなども見えた。
もしこんな人が多い場所にクリスがいて、ここが戦場になるのだとしたら、大変なことになる。
クリスがここに観光か何かの目的でふらりと立ち寄っただけであって欲しい。
そう願いながらポチや橘音やノエルの後に続き、祈は大鳥居をくぐる。
神聖な雰囲気に、より一層身が引き締まる思いがした。ついでに、鳥居の横を尾弐が通っているのを見て、
もしかしたら鳥居を潜るのは鬼という妖怪的に悪い事なのかもしれない、などと感想を抱いた。
 大鳥居から銅像の横を通って、奥へ奥へと進む。
そうして神門を潜るとやがて、その白い姿を見つける。待ち構えるように拝殿の前に立つ、その姿。
ダウンジャケットのポケットに手を突っ込んだまま、歪んだ笑みを浮かべて、
>「ずいぶん遅かったじゃないか?待ちくたびれたよ」
 その白い女はブリーチャーズを出迎えた。

>「せっかく尻尾を掴ませてやったってのに、動きが遅すぎるよ。そんな調子で東京ドミネーターズに抗おうなんて、お笑いぐさだ」
>「いいさ……待たされはしたけれど、アンタたちはちゃんとここへ来た。それは褒めてやるよ」
 その姿は目立つ筈なのに、不思議と誰も気に留めなかった。
拝殿の前に立ち、よく通る声で話しているというのに、まるで何もないように人々は通り過ぎていく。
>「で?それっぽっちの手勢でこのアタシと戦おうってのかい?おまけにひとりは半妖で、もう一匹は犬っころ――」
>「三年前、十人がかりでアタシにボロ負けしたってのに……記憶力ってもんがないのかねェ?」
>「……前回とはメンバーが違います。当然……結果も違うものにするつもりですよ」
 クリスの挑発に対し、押し殺した声で橘音が返す。
道すがら祈が聞いた、三年前のブリーチャーズとクリス一人との決戦、その結末。
それは橘音が言うには、惨敗にも等しい結果であったという。
十人がかりで挑んだがクリスを漂白することは叶わず、かろうじて日本から追放することしかできず。
そして五人もの仲間を失ったのだと。
 そのクリスと相対している橘音の心は今、どれ程の痛みや恐怖と戦っているのだろう。
>「焦りが透けて見えるよ、糞狐。まともに戦って、アンタたちに勝ち目があるとでも?」
 それを見透かすように、クリス。
かつては十名。そして今は五名。半数だ。昔と違い尾弐やノエルなど強力な妖怪がいるとはいえ、
数の上では心もとない数字であるのは明白だろう。
>「アンタたちの力じゃ、この人間どもを守ることだって覚束ないさ。アタシが指一本動かすだけで、コイツらは簡単に死ぬんだ」
 クリスがポケットから右手を出し、その手のひらを横へ、観光客へと向ける。
その掌に雪が冷たい風を纏って生まれた。ブリーチャーズに緊張が走り、祈もまた咄嗟に身構えた。
 クリスはその様を見てくすくす笑うと、すぐに手を下ろす。
>「フフ……。心配しなくてもやらないよ。今はね……やるつもりなら、とっくにやってるんだ」
 三年前は東京中を豪雪で埋め尽くして見せたという、強大な力を持った妖壊クリス。
やろうと思えば本当に、この神社にいる全ての人間を僅かな時間で殺しきれるのだろう。
その残虐さもまた折り紙付きであり、それを知っている故に一挙手一投足にいちいち反応してしまうブリーチャーズの様は
さぞ面白いに違いない。
 嗜虐的なその笑いに、祈の怒りが燃え始めた。それはノエルも同じようで、
>「何がおかしい――普通の生き物は……僕達とは違うんだよ。1回限りなんだよ。死んだらもう二度と会えないんだよ!」
 そう怒りの声を上げた。
 誰にでも命は一つきり。だからこそ尊く、簡単に奪っていいものではないのだと。
だがノエルの痛切な叫びを持ってしても、クリスはその言葉に耳を傾けることはなく、
己の言葉を、要求を、淡々と突き付けてきた。
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114 :多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage]:2017/04/21(金) 23:01:40.48 ID:1plqHjEA
>「正直なところ。アタシにとって、ドミネーターズの東京制圧なんてなんの価値もないし、興味もないことさ」
>「アタシはただ、アタシの目的のために妖怪大統領に手を貸してるに過ぎない。目的さえ遂げられれば、なんだっていいんだよ」
>「アンタも、それを理解した上でここへ来たんだろ?糞狐。でなきゃ、その子をここへ連れてきたりはしないはずだ」
>「じゃ、早速交渉と行こうか。アタシの希望は――」
>「ノエルの。東京ブリーチャーズから東京ドミネーターズへの移籍――だ」
 一度下ろした右手を、今度はノエルへと伸ばしながら。
 クリスがノエルに固執している理由は祈も簡単にだが聞いている。
それはノエルが同じ山で生まれ、特に仲が良かった大切な姉妹であるからだ、と。
故に言っていることは理解できる。『妖怪大統領』という恐ろしい存在から遠ざけてノエルを守るには、
それと敵対する組織である東京ブリーチャーズから抜けさせ、
東京ドミネーターズに収めてしまうことが最も手っ取り早い手段ではあるからだ。
つまりその行動の根底にあるのは、ノエルと言う家族への思いやりである筈だ。
しかし、その瞳を見ていると寒気を覚えるのは何故だろうか、と祈は思う。
そしてその疑問の答えはすぐに明らかになる。
>「こっちへおいで、ノエル。さっきも言ったろ?アンタはアタシが守る。命を懸けて、アンタの平穏と幸せを守ってやる」
>「それがアタシの――姉ちゃんのたったひとつの望みさ。アンタを不幸にする連中は、どいつもこいつも姉ちゃんがブチ殺してやる」
>「アンタをそそのかした、そこの糞狐も。くだらないしきたりに固執して、アンタの記憶を消しちまった雪の女王も――」
>「すべて。すべてすべて、すべてだ!すべて殺す……そして新しいルールを作ろう、アンタが……ノエルが一番幸せになる世界を」
 移籍を断ってみせたノエルに対し、
その言葉を尚も無視して、クリスは更に言葉を重ねていった。
狂気を孕んだその言葉と微笑みで、祈はその瞳を見ていて寒気を覚える理由を知ったのだった。
 この女の両瞳は、ノエルを見ていないのだ。
確かにノエルを視界に収めてはいる。だが映っていない。
 『雪の女王がノエルの記憶を消した』とクリスは言った。
この言葉が真実であるとするなら、今のノエルはクリスの知っているノエルではないのだろう。
故にその瞳に映っているのは、かつて姉妹として親しくしていた“過去のノエル”なのだ。
 そして思考を更に先へ進めれば、三年前にクリスが引き起こした災禍は、
ノエルが雪の女王とやらに記憶を消されたが故に引き起こされた物なのではないか、と推測することもできた。
ノエルは二年半ほど前からブリーチャーズに所属しているということだから、
三年前に記憶を失い、約半年で新しいノエルとして出来上がり、
東京ブリーチャーズに流れてきたのだとすれば辻褄は合わなくもない。
 とかく、大事な姉妹を壊され、それを止めることも助けることもクリスにはできなかった。
その絶望から彼女は《妖壊》となり、全てを壊そうとしたのではないか、と考えることができる。
 だとすれば今彼女がやっていることは、三年前の続きだ。
“今度こそは私のノエルを助ける”のだと、もう決して取り戻せぬ過去を追い求めての、戦いの続き。
そしてその悲願を達成する為ならば誰であろうと容赦はしない。関係ない。そう考えている。
だからその瞳には現在のノエルの姿が映らない。その声が届かない。
 クリスが浮かべる優しいその微笑みが、どこか壊れているように思えて、祈はぞっとする。
差し伸べた手は、一体誰の幸せを掴もうとしているのだろう。
かつてのノエルなら、その提案を聞いて喜んで手を取ったと言うのだろうか?
 優しい筈なのに見る者を凍えさせるようなクリスの視線を受けて、ノエルは困ったように笑った。
>「やだなあ、それじゃあまるで僕が不幸みたいじゃないか」
>「僕は今のままで結構幸せだよ。平穏……とは言い難いけど毎日飽きなくて楽しいよ。
>橘音くんは東京に来て最初の友達だよ。橘音くんの助手の祈ちゃん、半ペットのポチ君。
>こっちは橘音くんの幼馴染……じゃなくて昔からの相棒のクロちゃん。みんな大事な友達なんだ。
>いい場所に店を用意してくれた女王様にも感謝してる。住人は変な奴ばっかりだけどそこがまたいいんだ!
>……って聞く耳持たないか」
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115 :多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage]:2017/04/21(金) 23:07:34.54 ID:1plqHjEA
 クリスの言葉を信じるなら、
今喋っているのは記憶を消された後に生まれた、現在のノエル。
記憶を消され、どれ程辛く怖い思いをしただろうと、祈は心配になった。
だがそのノエルが今は幸せだと言ってくれたことが祈は嬉しかったし、ほっとした。
 だからこの言葉を聞いて、もしかしたらクリスも思い直してくれるかと淡雪のような期待を抱いたが、
>「ノエルを引き渡すなら、アタシも東京制圧には加担しない」
>「まぁ、あっちに義理もあるからね。ドミネーターズの邪魔をする連中は始末するけど、少なくとも無関係の人間に手は出さないよ」
 クリスは変わらなかった。
氷のように冷たく微笑んだまま、己の言葉を一方的にぶつけるだけで、
その耳には、心には。何も届きはしなかった。
 沈黙が降りる。
 クリスには移籍を了承する以外の言葉は届かず、首を縦に振ること以外認めないだろう。
 しかし、言葉は届かなくとも意思は届けることができるに違いない。
例えば、戦う姿勢を見せて明確に敵対することによって。
だがそれは当然に、交渉の決裂だけでなくクリスとの戦闘を意味しており、
また、決して後戻りはできない。
たった五人で、東京を豪雪に埋もれさせることができる災害とも呼べる妖壊と、
しかもノエルにとっては記憶にないとはいえ、同じ山に生まれた姉と戦う覚悟をせねばならない。
当然、勝てなければノエルを除くこの場にいる全員が死ぬ。
移籍を選択するならばこれが最後のチャンスだろうと思われた。
 クリスだけでなく、誰もがノエルの選択を待った。
祈は何か言おうと思ったが、祈るようにノエルを見つめる橘音の姿を見て、
何かを言うよりも信じようと思い、口を噤んだ。
ノエルが決めた事なら、どちらでも構わない。でも、できることならば一緒に――。
 やがてノエルは答えを出した。
そして橘音を見て、何かを決意したように、言う。
>「ごめんね、きっちゃん……。僕の我儘、許してね」
 そしてクリスに向き直ると、
人差し指を立てた右手を、どどんと突き付けるように向け、高らかに宣言する。
>「お前は一つ勘違いをしている! 3年前……橘音くんは負けてなんかいない! 橘音くんは仲間を無駄死にさせることなんて絶対しない!
>尊い犠牲を出しながらも見事お前を退けたんだ! 現にしばらくの間日本に入ってこられなかった……そうだろう?
>性懲りもなく舞い戻ってきて再戦挑むなんざいい度胸だ!」
>「僕を守りたいならお前がこっちに移籍すればいい! いきなりそういうわけにいかないのは分かってる。
>だから……これから真っ白にしてしがらみ全部リセットしてやる! 真っ白になってこっちに来るんだ!」
 大きく振りかぶりながら、その右手に雪玉を生成する。
>「それと……橘音くんは糞狐じゃない。おたんこナスのキツネだぁあああああああああああ!!」
 ぶん、と音がするほどに勢いよく放り投げられた雪玉。
それはクリスへと向かって飛ぶ。紛れもなく、間違いなく、宣戦布告だった。
いかに言葉が届かなくとも、雪玉をぶつけられた痛みでクリスだって理解するだろう。
『移籍などするつもりはない』というノエルの気持ちを。
 祈は心の中で、喝采の声を上げる。よくぞ言った、と。
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116 :多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage]:2017/04/21(金) 23:24:31.21 ID:1plqHjEA
>「――――は。言うじゃねぇか、色男」
 尾弐も同じ気持ちであったようで、そんなことを言った。
更に尾弐はノエルの横に並び立ち、その肩に手を回して見せた。
普段の尾弐ならば絶対にしない動作だった。
>「よう、見事に振られちまったみてぇだな……まあ、折角だしオジサンから一つアドバイスだ」
>「『俺の』弟分の姉を名乗るなら、人の大事な物を嗤う様なみっともねぇ姿をこいつに見せんじゃねぇよ」
 そしてクリスへと向けられたその物言いは、
ノエルの姉であり、姉妹であるノエルを誰より大事に思っているであろうクリスに対する、
明らかな挑発の意味を含んでいた。『お前の居場所は俺が奪っているぞ』と。
 そんなことを言えばクリスの怒りを煽るだけだろうに、何故。
そう考えた時、祈は尾弐の意図を理解する。
 今の状況はクリスにとって『クリス対東京ブリーチャーズ』の構図であり、
ノエルを除くブリーチャーズ全員が攻撃対象になっている。
そしてクリスには、豪雪や吹雪でこの場を閉ざしたり、
ノエルが以前コトリバコ全員を氷で固めたような芸当で全員を纏めて攻撃する術があると思われた。
であるなら、いちいち各個撃破など考えずとも、迷わずそれを実行するだけで良い。
そうなれば尾弐はともかく、人間の血を引く祈や、
動物から転化した妖怪だと考えられる橘音やポチなどはすぐにでも凍え死んでしまう可能性があるのだから。
それでいて雪女であるノエルは冷気に強い為、冷気主体の攻撃ならばノエルを殺してしまうことがない。
故にクリスは何の危険を抱えることなく、ノエルを除くブリーチャーズ全員を攻撃する事が可能なのだ。
神社を訪れている人間達もその攻撃に巻き込まれて死んでしまうことになるだろう。
 だが尾弐はクリスの怒りを煽り、視界狭窄を起こさせることで
『クリス対東京ブリーチャーズ』の構図を『クリス対尾弐』の構図に塗り替えてみせた。
それによってクリスが自分の居場所を奪っている尾弐を殺そうと躍起になれば、
周囲への攻撃は自然と疎かになる。
 即ち、僅かながらの時間が、周囲にいる人間達を逃がすだけの隙ができるのである。
(あたし達に、他のお客を逃がせって言ってんだな? 尾弐のおっさん……!)
 俺が時間を稼ぐから、周りにいる人間のことは任せたと、尾弐の背がそう言っている気がした。
 祈は立ったまま、ぼそぼそと呟く。
「……ポチ。できればでいいんだけど、手伝ってくれる? 周りの人達、こっから追い出そう」
 ポチの聴力ならば、聞こえているであろうと思ったから。
それに周囲の人間を逃がすのであれば、機動力と隠密性を備えているポチは打ってつけだ。
加えて、祈もポチもクリスには侮られている為、クリスの視界から外れた所で大して気にはされまいと思われたのだった。
 クリスが尾弐だけに目を奪われて、ターゲットを全体に移さないうちが勝負だと、
祈は以降何も言うことなく、そこらにいる一般人をめがけて走り始める。
ポチに何らかの思惑があり、周囲の人間を逃がすのを手伝わなくても、
勿論祈はそれに対して怒ったりすることはないし、
神社を訪れている人間達を片っ端から担いで走り、次から次へと神社の外へと投げ捨てるだけである。


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