- ロスト・スペラー 10 [転載禁止]©2ch.net
253 :創る名無しに見る名無し[sage]:2015/02/26(木) 19:17:03.22 ID:QvMlefnJ - 童心に帰る
ティナー地方北部の都市ラサーラにて 木枯らしが吹く10月、平日昼間の人気の無い公園で、長椅子に座って呆然としている男が居た。 壮年と言うには若い、仕事盛りの、しかし、疲れの見える、三十前後の風貌。 溜め息ばかり吐いている様からして、何か悪い事があったのだろうと推測出来る。 「小父さん、どうしたの?」 不意に横から声を掛けられて、男は吃驚して振り向いた。 彼の隣には、大き目のケープをマントの様に羽織っている、10歳前後の男の子が座っていた。 先客は居なかったのに、何時の間に座ったのだろうと、男は小首を傾げるも、それを問う気にも、 男児の問いに答える気にもなれず、再び虚空を見詰めて、溜め息を繰り返す。 「感じ悪いよ、小父さん」 男児は小生意気にも、男の対応を注意するが、男は無視を貫く。 「嫌な事でもあったの?」 その何気無い一言が、男の癇に障った。 横隔膜の辺りから、肺を灼く様な暗い怒りが沸々と湧き上がる。
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254 :創る名無しに見る名無し[sage]:2015/02/26(木) 19:20:36.22 ID:QvMlefnJ - だが、子供相手に声を荒げるのも大人気無いと思い、彼は又も溜め息を吐いて、
肺に冷たい空気を送り込んだ。 怒鳴ると言う行為は、存外体力を使う物だから、そこまでする気力も無かった。 そして、遣り返す積もりで、嫌味に尋ねる。 「そう言う君こそ、こんな時間に、こんな所で何をしてるんだ? 普通の子は公学校に通っている時間だぞ」 「僕は普通じゃないからさ」 飄々と答える男児を、男は少し羨ましいと思ってしまった。 男自身も未だ少年と言える身分なら、そんな風に答えたかも知れない。 「……そんな事を言ってられるのも、今の内だけだ。 大人になったら、普通に学校に行かなかった事を後悔するぞ」 一際大きな溜め息を吐いて、男は過去を懐かしむ想いを振り払う。 そして、真っ直ぐ清い瞳を向けて来る男児に、詰まらない現実を語り始めた。 「普通じゃない事に、妙な憧れは持つなよ。 平凡に生きられるなら、それで良いんだ。 平均か、少し下でも満足しなきゃ、上を見上げたら限が無い。 唯一とか、個性とか、そんな戯言(たわごと)に踊らされるな」 「……小父さん、どうしたの?」 突然何を言い出すのかと、男児は怪訝な顔付きになる。
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255 :創る名無しに見る名無し[sage]:2015/02/26(木) 19:26:50.77 ID:QvMlefnJ - 男児の未来の為だと、男は自分の現状を告白した。
「仕事で大ポカやらかしちまってなぁ……。 普通にしてれば、先ず起こらないミスだった。 どう言えば良いかな……。 例えば……、ああー、上手い例が出て来ないな……。 とにかく、よくあるだろう? 良かれと思って失敗するって事。 蛇足って言うのか? 色気を出して、それが裏目った」 「よくある事なら、別に良いじゃん」 透かさず男児に突っ込み返されて、男は肩を落とす。 「ああ、その通りだよ。 でも、何事にも程度って物がある。 取り返しの付く事なら、良かったんだけどなー……。 新人なら未だしも、そうじゃないから、こんな事になる訳で……。 上司に一生只働きが良いかって言われて、もう居た堪れなくなって、辞表出して来た。 だーれも止めてくれなかったし、自分でも何と無ーく、気付いてたんだよなー。 俺、要らない人間じゃないかって……」 「そんな事は無いよ」 男児は気軽に慰めの言葉を掛けるも、男の心には響かない。 「出来る人間の積もりだったんだ。 いや、実際出来てたと思う。 同期だけじゃなくて、先輩と比べても。 ……この期に及んで、何だけどさ」 最早、男児は関係無く、男は独白していた。 胸の内を吐露する相手が欲しかったのだ。 見ず知らずの男児なら、問題は起こらないだろうと考えていた。
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