- ロスト・スペラー 8
391 :創る名無しに見る名無し[sage]:2014/05/23(金) 19:00:57.14 ID:L+tg+laV - 時は数点遡り、ベズワンの第二邸宅の3階にある一室。
そこにはファラ・ウィッカが囚われている。 ベズワンは日中は表の仕事があるにも拘らず、ファラの様子を窺いに、一時帰宅していた。 「こんな時間に、どうしたの? お仕事は?」 ファラが尋ねると、ベズワンは少し気不味そうに答える。 「……投げ出して来た。 1日位、良いだろう。 上手く言えないけど、不安なんだ。 傍に居ないと、君が遠くへ行ってしまいそうで……。 片時も君と離れたくない」 ベズワンは完全にファラの術中に堕ちていた。 魔法資質の高い彼は、よもや自身が未知の魔法に掛かっているとは思わない。 「可笑しな人。 まるで子供みたい」 「子供……? 心外だ、侮らないでくれ」 母親の様な優しい声に、ベズワンは反抗の気力を失っていた。 「貴方は不器用な人ね。 人の愛し方を知らないんだわ」 「知らない?」 「何時も虚勢を張っていて、可哀想。 自分が可愛い内は、本当に人を愛する事は出来ない物よ」 小さな自尊心に拘って、自分を曝け出す事が出来ない。 そんな人物を、ファラは他にも知っていた。 性格は正反対なのに、心には彼の顔が浮かんでならない。 「君は不思議な人だ。 どうしてだろう? 酷く侮辱されている筈なのに、怒りが湧いて来ない。 その代わり、心が揺れて落ち着かないんだ」 弱々しくベズワンが白状した時、階下から女達の鬨の声が上がる。 「……何事だ? ファラ、少し待っていてくれ」 ベズワンは正気を取り戻し、急いで退室した。
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392 :創る名無しに見る名無し[sage]:2014/05/23(金) 19:03:30.94 ID:L+tg+laV - ラビゾーと女達が集団で3階に上がろうとすると、階上から1人の男が下りて来る。
ミングル・デュアルの下級構成員だ。 彼は踊り場で集団に遭遇し、面食らった。 「な、何だぁ!? お前達、何の積もりだ!?」 (まあ、そうなるわな……) 階下で大声が聞こえたら、怪しんで様子を窺いに来るのは当然だ。 「良しっ、行くぞ! 続けー!!」 ラビゾーは女達を率いて、号令と共に階段を駆け上がり、突撃した。 「う、うわぁああああ!!!」 多勢に無勢。 男1人で何が出来よう。 哀れにも彼は、あっと言う間に囲まれて、袋叩きにされ、伸びた所を踏ん縛られた。 味方には戦闘不能者は疎か、負傷者すら出なかったが、ラビゾーの表情は晴れない。 この程度なら何とかなるだろうが、問題は幹部らしき男と、その付き人だ。 一時の勝利に熱り立つ女達の横で、ラビゾーは魔力石と小さなアミュレットを、令嬢に渡した。 「これを……」 「何?」 「貴女には教養がある。 それなりの家柄なら、人並み以上に共通魔法の教育を受けている筈。 いざと言う時の為に……」 「私で良いの?」 「ええ、貴女の勇気を認めて」 令嬢は神妙な面持ちで小さく頷き、魔力石とアミュレットを受け取った。
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393 :創る名無しに見る名無し[sage]:2014/05/23(金) 19:05:40.35 ID:L+tg+laV - もう何人も邸宅内に残っていない、ミングル・デュアルの下っ端共を蹴散らして、
破竹の勢いで快進撃を続けるラビゾー達の前に、遂に幹部の付き人が現れる。 危ない気配を漂わせている男に、ラビゾーは怯むも、背後には勢い付いている女達が居る。 ここで尻巣篭みしていては、折角の反撃の気運が潰れてしまう。 ラビゾーは問答無用で、危険を承知で突っ込んだ。 ロッドの鋭い連撃を、屈強な付き人は冷静に捌く。 技量は同等――否、魔法を使えば相手が有利だ。 過去の苦々しい記憶が蘇る……。 相手の顔も、何時、どこでの事だったかも憶えていないが、彼は似た様な経験を何度もしていた。 攻め倦んでいる内に、相手は魔法の詠唱を終え、能力を強化して逆襲して来る。 偏に魔法の才能が無いばかりに、ラビゾーが勝利の喜びを知る事は無かった。 だが、今は状況が違う。 彼は1人ではない。 「ヤァーーッ!」 女達が掛け声と同時に、屈強な付き人に向かって手当たり次第に、持ち物を放り投げ始めた。 椅子やら、花瓶やら、額縁やら、食器やら、布巾やら、お菓子やら。 どれを無視して、どれを避けるべきか? 一斉に物が飛んで来たので、その情報量に処理が追い付かず、付き人は固まる。 僅かに出来た隙を逃さず、ラビゾーは後ろを取って、背中から肺に強烈な一撃を加えた。 「カハッ」 急所を突かれた付き人は、一瞬呼吸が止まり、姿勢を崩した。 ラビゾーは透かさず、ロッドで膝の裏を叩いて追撃。 巨体が倒れ込むと、更に女達が寄って集って止めを刺す。 邸宅の中の男達は殆ど倒し、残るは例の幹部らしき男のみ。 ラビゾー達は益々勢いに乗って、3階を目指した。
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394 :創る名無しに見る名無し[sage]:2014/05/23(金) 19:07:25.18 ID:L+tg+laV - 3階の廊下に出た、ラビゾーと女達を待ち受けていたのは、幹部の男――
ベズワン・メイラーミナージだった。 「ベズワン……!」 令嬢は敵対心を露に、彼を睨む。 奴がベズワンなのかと、ラビゾーは視線隠しの下で目を見張った。 「これは何の真似だ? お前達、こんな事をして、只で済むと思っているのか? 飯事(ままごと)は終わりにして、早く『檻』に戻れ。 然もないと――」 ベズワンが気怠そうに魔力石を構えると、女達は動揺して、見る見る気力を萎やして行く。 彼の恐ろしさを、心に刻み込まれているのだ。 ラビゾーは前に進み出て、彼女等の盾になる様に、ベズワンを牽制した。 「そうは行かない! これ以上、お前達の好きにはさせないぞ! ミングル・デュアルの野望も、ここで終わりだ、ベズワン!!」 大きくコートを翻し、ビシッと指を差して宣告する。 ベズワンは不快を露に、ラビゾーを睨んだ。 「何だ、貴様は?」 「俺の名はブラック、お前の様な悪党を倒す為に生まれた男だ!」 嘘ではない。 「ブラック」と言う架空の人物は、その為に誕生したのだ。
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395 :創る名無しに見る名無し[sage]:2014/05/23(金) 19:12:23.92 ID:L+tg+laV - 数極の奇妙な間が空く。
「お前が噂のブラック? ハハッ、妙畜倫(みょうちきりん)な奴が居た物だ」 マグマの構成員が流した「義賊ブラック」の風聞は、ベズワンの耳にも入っていた。 典型的なヒーロー口調を、彼は小馬鹿にした様に笑うと、纏う雰囲気が一変する。 「数を揃えた所で、私に敵うと思っているのか? 愚かな……」 女達は一斉に蒼褪めて、その場に次々と憊(へた)り込む。 「そうだ、理解しろ。 逃げ果せた所で、お前達に未来は無い。 私に平伏して、許しを請え」 ベズワンは幻惑の魔法で、元より高い己の魔法資質を、更に強大に錯覚させ、 本能的な恐怖心を煽り、畏怖の感情を植え付けている。 人の精神を直接操作をしている訳ではないので、A級禁断共通魔法には該当しない。 だが……、ラビゾーには全く通じなかった。 魔法の効果を薄める魔除けのアクセサリーに加えて、彼は魔法資質が低いので、 相手の魔法資質を読み取れない。 ラビゾーは素早い杖術で、魔力石を持ったベズワンの手を叩く。 「つっ!」 誰が対抗呪文を使った形跡も無いので、ベズワンは完全に油断していた。 魔法の効果が切れる。 「そんな瞞(まやか)し、この俺には効かん!」 「き、貴様!」 魔力石が床に叩き落され、彼は慌てて手を伸ばす。 ラビゾーはベズワンより早く、ロッドの突きで魔力石を遠くへ弾き飛ばした。 「K56M17!!」 次の瞬間、捕縛魔法でベズワンは身動きが取れなくなる。 令嬢が魔法を発動させたのだ。 彼女の右手には魔力石、左手にはアミュレットが握られていた。
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396 :創る名無しに見る名無し[sage]:2014/05/23(金) 19:23:58.47 ID:L+tg+laV - 令嬢は一際高い声を上げる。
「今よ、皆! あいつをやっつけて、私達は真の自由を得るの!」 恐怖から解放された女達は、各々得物を持ってベズワンを取り囲み、叩き伸めす。 「奴隷」の身分から自らを解き放つ儀式は、これにて完了した。 彼女達が「復讐」を終えると、ラビゾーは令嬢に預けた魔力石を返して貰い、 更に床に転がっている魔力石も拾い上げて、未だ意識のあるベズワンに詰め寄った。 ベズワンの心は折れていない。 ラビゾーを恨みがましく睨め上げる。 「近隣で同時多発的に起こった衝突、そして空白の時間を突いた侵入……。 この状況が理解出来ない、お前ではないだろう」 ラビゾーが告げると、ベズワンは初めて瞳を揺らした。 内心を見透かした彼は、続けて冷酷に言い放つ。 「お前は調子に乗り過ぎた。 これから表と裏の、両方の裁きが待っている。 報いを受けろ」 ラビゾーは裏詠唱で催眠魔法の呪文を唱える。 魔法資質の低い彼でも、呪文の知識と十分な魔力があれば、魔法を発動させる事が出来る。 心身共に疲弊していたベズワンは、抵抗に失敗して、深い眠りに落ちた。 魔法を使ってしまったラビゾーだが、今は女達を無事に脱出させると言う、大義名分がある。 ここで眠らせておかないと、高い魔法資質を持つベズワンは、何をするか分からない。 更に、先に魔法を悪用したのは彼の方なので、魔導師会裁判に訴え出る事も無いだろうと、 考えた上での判断だった。
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