- 【引越し】スクールランブルバトルロワイヤルII
100 : ◆rJXTlJ7j/U [sage]:2010/12/26(日) 20:44:23 ID:TROAQ4VA - ありがとうございます。投下します。
【ただあなただけを願う】
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101 : ◆rJXTlJ7j/U [sage]:2010/12/26(日) 20:48:33 ID:TROAQ4VA -
月影さやかな夜は空気を蒼色でつき混ぜていく。 若草色の地肌はどこまでも続き、守られるように中央に咲くは鮮やかな紅の花。 三色は何度も折り重なると漆黒を生み、世界にその手を広げていた。その真芯に――少女はいる。 「……」 無明に包まれた内面では絶望と自己崩壊が積み重なる。 黒の上に更なる黒を塗り固め、陰の気は本来の形を埋め膨れ上がる。 闇を突き進む黒――しかしそれらを緩やかに薄める存在が少女にはあった。 「からすまくん……」 自然界とは別の黒、人型をとるそれが少女を包む。太陽に巣食う黒点を少しずつ己のものと吸い取っていく。 魂は少しずつ元の彩りを戻していった。やがて落ちる、燃える火のように熱かった瞳からの、湖底の水のように澄んだ涙。 左右に結われたその黒髪も、土色に汚れていた纏う布地も、未だ赤い。 しかし瞳の周りだけは新たな潤いに薄められていく。枯れ果てた嘆きとは全く別の意味を持った涙があった。 「……私のせいだって思ったの。だから、皆に謝らなくちゃって……」 聞かれた訳でもなく、少女は語った。 血の味が染みた口のまま、空洞となった体を愛する男に委ね、塚本天満は静かに語った。 ■ ■ ■ 最後の思い出作りを最悪の思い出作りに変えてしまった。 尊重されるべき一人一人の未来を閉ざし歪めてしまった。 引き金を引いた自分が恨まれるのは当然。叱られて当然。打たれても命を求められても、それは必然。 「だから償いをしなくちゃって……こんな私でも、頑張れば、皆の力になれる……はずだって」 諦めずに頑張ること。それはあまりに世の中に広く行き渡った概念で、個々に適合する形を得ることは難しい。 しかし自分には妹がいた。挫折も挑戦も失敗も成功も、どんな形であれ受け止めてくれる家族がいてくれた。 彼女を相手に頑張り続けることができたから。どんな結果でもどこかに感謝を見せてくれたから。 今日までずっと――『諦めずに頑張る』を続けることができていた。 「頑張れば、頑張ればって………………でも、だめだった」 まだ何も終わっておらず何も解決していない。 それでも喉の奥からゆっくりと吐き出されたのは諦めだった。 最後まで続けることが許されるのは正しき者だけ。 取り返しのつかないことをした自分にはもう続ける資格がない。 永山の大事な人の代わりになることはできなかった。 無力な自分の謝罪など、石山や沢近は許そうとしなかった。 それだけならいい。自分の愚かしさはそう容易に認められるはずないと覚悟していた。
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102 : ◆rJXTlJ7j/U [sage]:2010/12/26(日) 20:52:41 ID:TROAQ4VA -
「でもね、でもね、美樹ちゃんは……」 だが稲葉美樹という少女は救えたはずの命を奪われてしまった。 呪わしい塚本天満という人間を支えようとし、恩を仇で返されるように殺されてしまった。 自分よりよほど生の祝福を得るべきだったのに。 「こんな私にも優しくてね、温かくてね……なのに……なのに」 短い時間でも彼女を通し心は一方的に潤っていた。なのに自分はその礼に命を奪った。 恩知らずもいいところの人殺し――だが新たに増えた十字架はそれだけに限らない。 妹の友人を殺したのだ。守らねば、守ろう、力になろうとしてきた存在の友人の生命を侮辱をした。 絶対にしてはいけない過ち。もう口が裂けても“お姉ちゃんパワー”などと偉そうに口走ることはできない。 それは、人生で培ってきた根幹の大半を消失したことを意味する。もう、なにひとつ、支えとすべきものはなくなった。 「私……ずるいよね? 卑怯だよね? 諦めに、八雲のことを言い訳に使ってるって分かるの。でも、でもね……」 生まれ落ちて十七年、自分にとって妹は決して軽い存在ではなかったのだ。 個々の人間として接すべき部分とそうでない部分を分けて考えるなど到底できる余裕はなかった。 二人きりの姉妹、二人しかいない姉妹、お互いしかない姉妹が器用に生きていくなどできはしない。 いつだって全力だった。いつだって余裕などなかった。いつだって、その全てが八雲のためであり自分のためだった。 お姉ちゃんパワーという妹のために得たはずの柱を塚本天満という人間性の土台に組み入れるのは必然すぎる。 それが連鎖崩壊の引き金になるなど分かるはずなかった。 「私は自分で自分を壊したの……だから、もうだめ。結局何もできなかった……皆に謝ろうとしても……言葉が、ないよ……」 「塚本さん……」 □□□ 静かな告白。細大余さずとは程遠く、彼女の辿った一つ一つを理解するにはあまりに情報が不足していた。 しかしそれでもいいと思った。事実の羅列などよりも塚本天満――彼女の感情を受け止めるほうが好ましかったから。 「ねえ烏丸君。ここに来るまでに、きっと誰かに会ったよね? その人は……私のこと、怒ってたよね?」 「それは」 「いいよ、分かるもん。私ね……最初は仕方ないって思ってたはずなんだ。受け入れるつもりだったの。 だけど今は……無理だと思う。できたことが、できなくなっちゃった。逃げ出したいとさえ思っちゃうかも」 「……」 烏丸は野呂木のことを思い出す。 手の届かない黒幕達ではなく無防備な塚本天満へ彼がぶつけた悪意と非難。 あれが特別の例外だったと断言することはできない。 もちろん2-Cの一人一人は本来そんな人間であるはずなかった。 いろんなものになれる、あらゆる道がひらかれている、永遠なれと願える集団。 だけど存在する無数のカードで最悪のロイヤルストレートフラッシュが揃ってしまうこともある。 自分達に配られたのはそんな手札しかない世界。 「仕方ないよね。私が……悪かったんだもん」 「皆の協力があったとはいえ、歩行祭を提案したのは塚本さんだ。だから……否定することはできないと思う」 「……そう、だよね」 抱きしめている上半身がピクンと跳ねて脱力していくのが分かる。 止まりかけていたはずの涙が再び溢れ、のろのろとした声が尾を引く。 彼女の中では悲しむ時間とは残された人生の全てとなってしまっていた。 「私が……歩行祭なんて考えたから「違う」」 「え?」 「塚本さんを否定することはできないんだ」
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103 : ◆rJXTlJ7j/U [sage]:2010/12/26(日) 20:55:21 ID:TROAQ4VA -
硬直したままの彼女を見つめる。 紛らわしい言い方になってしまい申し訳なかった。 「僕は歩行祭を影で見ていた分かる。大勢――いや、誰一人欠けずに楽しそうだった。 素晴らしいクラスにふさわしい笑顔があった。2-C以外の二年生も一年生も、先生達だってそうだった。 それは、塚本さんが皆を幸せにしようと歩行祭を考えてくれたおかげだよ。 だから悪いことだったなんて、否定することはできない」 「! ――烏丸……君……」 元々ゼロに近かった距離が更に狭まる。学生服の向こう側から彼女がぬくもりも確認できた。 ありがとう、ありがとう……そんな声と共に涙は一層溢れ続ける。それがとても嬉しくて仕方なかった。 運命の悪意に翻弄された彼女。目の前にいながら何もできないようでは――らしくない感傷だが、男がすたるというものだ。 「美樹ちゃんもね、そんなことを……」 与えてやれた喜びに過去の後悔が追いすがる。まだまだ彼女の心に空いた穴は埋まらない。 それでも今の自分は支えになれたのではないだろうか。閉じかけた感情の弁のいくつかを開いてやることができたのでは。 それを誰かに――同じく塚本天満を愛おしく思っているはずの誰かに、認めて欲しいとふと思った。 例え彼女を裏切ることになろうとも、今この瞬間のことだけは。 □ □ □ はしゃぎまわる一年生を遠目に眺めていた。 放送がありペナルティを宣言されて果たして彼女はどう出るのか。 気付かれない距離から監視する――普通は無理な芸当も今の状況ならできると思った。 真夜中に光源をつけっ放し、そして明らかに周囲への注意力の足らない彼女が相手なら。 声は拾えなくてもオーバーリアクションのおかげで思考は想像できる。 身を伏せて地面に寝転がり、食料に少し手をつけながら、 いかにしてそそられた興味を満たしてくれるのか、楽しみにしながら観察していた。 (でも結局――素直でいいコから死んでいくのかな) 世は無常。騙されるほうが悪く正直者が馬鹿を見る。 それが真実だと、それしかないと背伸びする子供が陥りがちな思考をする。 だって仕方ないではないか。せっかくの仕込みのあまりにあっけない終わり方。 塚本天満は時折クラスを予想外の方向にどっと湧かせる人間だが、それが悪い方向に作用した。 稲葉が死んだのは二人でノートパソコンに何かをした直後。おそらくペナルティを誤ったのだろう。 予想のかなり下を通過されては、いくら絞っても『こんなものか』という感想くらいしか出てこない。 (まあ、烏丸君は私の協力なんてなくても巡り合えたみたいだけど) 意識を切り替える。色恋とは程遠い人生だったが、遠目に見える二人の間にあるものがただの憐憫の情でないことくらいは分かる。 城戸や冴子らの割り切りだらけのそれよりずっと清純なのだろう彼らの心境を汲むのは容易い。 しかし塚本天満は烏丸大路の気持ちを受け入れるのだろうか。自分一人を生かしてもらうことを是とするのだろうか。 性格上は考え辛い。もちろん一般常識のブレーキと天真爛漫な性格が不変とは限らないし、 烏丸は理解されなくても構わないだろうが、手を焼くことは大いに考えられる。 例えば誰かと争うことになったのに間に入って庇われでもしたら、話にならないではないか。 (……あの子の代わりってわけじゃないけど。烏丸君には協力するって言っちゃったしね)
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104 : ◆rJXTlJ7j/U [sage]:2010/12/26(日) 20:57:52 ID:TROAQ4VA -
そんな趣味はないと思っていたが、もう少し首をつっこみたいという感情が湧く。ひとまず二人に近寄ることにした。 烏丸には少し前に協力を断られてしまっている。出会い頭に首を絞められる可能性はあったが、それでも。 体を起こして汚れを払い、一歩一歩、抱き合う二人のお熱い空間に近寄っていく。 (塚本さん……泣き止んでるみたい。烏丸君、ちゃんとフォローしてあげられたんだ) 稲葉の死に号泣と失意を繰り返していた塚本天満。 今更照れだしたのかもぞもぞと自分から体を離していく。 そして近くに転がる後輩の死体を見つめ俯くと、パチンと頬を叩いてなにやら烏丸に話しかけていた。 弔ってやらなくては、埋めて供養してやらなくてはとでも言っているのだろうか。だが――彼の唇が上下したその時。 「――――、」 風に乗り、かすかに低音の声が届く。 はっきり聞いたはずの天満の体が硬直するのが分かった。 何やら大事なことを告げたのだろう、急ぎ足で近寄っていく。 だが二人の姿が大きくなって、もう草を踏む音が聞こえるだろう距離に来てもどちらもこちらを向こうとしない。 「……烏丸君……今、なんて……」 空っ風が吹く。声が聞こえる位置にまで来たのは丁度その時。 「僕は塚本さんを助けるために……………………君以外の皆を殺すつもりだ」 決定的な一言。彼はそれを気後れなく恥ずかしげもなく言い放つ。 知っていたにも関わらず、その宣誓に何か壁でも張られたように足が止んだ。
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105 : ◆rJXTlJ7j/U [sage]:2010/12/26(日) 21:01:55 ID:TROAQ4VA -
…… …………カチカチ ………………カチカチカチカチ ……………………カチカチカチカチカチカチ 最初、それが何なのかわからなかった。 細かく何かを刻む音。時計の針がとんでもない速さで秒を刻むような音。 「やめて」 驚きも恐怖も行き過ぎれば人を冷静にする。 そんなことを教えてくれる声。同時に例の音が止む。 さっきからのカチカチとしたものは、塚本天満の歯がかち合うそれだったのだ。 背後にまで近づいたが彼女はやはり振り向かない。 きっと頭から抜け落ちてしまっている。 風が優しく地面を撫でて、小さな草葉を涼しげに揺らす光景を。 足元のノートパソコンがずっと出し続けている光と小さな雑音を。 動かなくなった一年生の割れた首輪と、死という自由を与えられたその姿を。 あまりのことに――完全に、考えられなくなってしまっているのだ。 ■ ■ ■ 私は直前まで確か――こんなことを話していたと思う。 ―――――――――――――――――――――――――――― (「ご、ごめんね? 私なんかに触ったせいで汚れちゃって」) (「え? うううううんん、私は……い、嫌じゃ、なかったから……烏丸君こそ、どうして私を――)」 (「! ……ごめん。こんな事言ってる場合じゃないよね。……美樹ちゃんを」) ―――――――――――――――――――――――――――― 一瞬でも烏丸君に甘えていたいと思ったことを恥ずかしいと思った。 私にできることを考えて、今は穴を掘るくらいと力ない結論を出した。 これからどうなるのだろうと不安だったけど、それ以上にもう何をするにも怖かった。 あらゆる気力を奪っていく沼地からずっと出られない予感があった。
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106 : ◆rJXTlJ7j/U [sage]:2010/12/26(日) 21:04:35 ID:TROAQ4VA -
―――――――――――――――――――――――――――― (「これから? そ、それは」) (「え? そんな、『もう十分頑張った』なんて、まだ何もしてない――へ?」) (「……え? 烏丸君、それってどういうこと……?」) ―――――――――――――――――――――――――――― 私の言ったことは思い出せるのに。 烏丸君が言ってくれたことは思い出せない。 すぐ前のことなのに、まるで記憶することを拒否しているようだった。 ―――――――――――――――――――――――――――― (「私を、助ける? ……ありがとう烏丸君。すごく……すごく嬉しいよ」) (「でも……皆の力になってあげて? 晶ちゃんや先生はきっと助かる方法を探してる。私は、私なんか、いいから」) (「え、違う? ……烏丸君……今、なんて……」) ―――――――――――――――――――――――――――― ようやく理解する。 私は、記憶することを拒否していたんじゃない。 私は、引き出すことを拒否していたんだ。次に続くこの言葉を、どうしてもなかったことにしたかったから。 ―――――――――――――――――――――――――――― (「僕は塚本さんを助けるために……………………君以外の皆を殺すつもりだ」) ――――――――――――――――――――――――――――
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107 : ◆rJXTlJ7j/U [sage]:2010/12/26(日) 21:12:35 ID:TROAQ4VA -
■■■ カチカチとうるさい口の中や、言うことを聞かず震えだす体が煩わしかった。 『そんなはず』ないのだから。『そんなこと』あるはずない。 すごく恐ろしいことを聞いた気がしたのは自分の妄想。血が暴れそうな震えはただ寒いだけ。 きっと自分の理解が足らないだけだと信じ、あらゆる彼についての知識を動かして安心できる答えを探す。 「やめて」 その結果がこの一言。 ここに至るまで、どういう冗談なのかを頭の中は必死に考えていた。 考えて考えて考えて――――その結果何も見つからず、それを口にせざるを得なかった。 (――殺す? 皆を? 愛理ちゃんを、ミコちゃんを、晶ちゃんを?) 心の中に広い空間が見える。そこには多くの――まだ助かるかもしれない人達がいた。 最初に目についた親友達の笑顔。そして隣にいた烏丸大路という影が、彼女らを一気に飲み込んだ。 (カレリン、今鳥君、花井君、播磨君――他のクラスの子も? 一年生も、先生も?) 自分の周りにいた人達が次々黒い空間に引きずりこまれていく。その度に烏丸大路は大きくなっていく。 サングラスをした一人だけは最後まで強く戦っていたが、それもやがては取り込まれていった。 (そして――八雲を? 烏丸君が、殺す? 何の罪もないあの子の未来を、烏丸君が奪う? 私の――ために?) 最後に自分と、彼と、妹だけが心に残る。最も大きいものは妹であるはずなのに、彼はいまやそれと同じくらい巨大に膨れ上がっている。 空間が歪んで大きく口を開き――妹を、一飲みにした。 「何を……何を言ってるの?」 「……」 黙る必要なんてないはず。少し考えればどれだけありえないことを言ったのか気付けるはず。 「ギャグとしてもつまらないよ。漫画家ならもうちょっと面白いこと言わないと。あ、ほら私ね、結構お笑いにはうるさいんだよ?」 「……」 笑いに使っていい状況じゃない。 空気の読めない自分にだってすぐに気付けるレベルの間違いでしかない。 「だいたいね、真顔で言ったらどんな面白いことでも面白くなくなっちゃうよ。笑いなよ……」 ただし、恐ろしいことであるならば真顔であることは現実味がある。 なので彼の笑顔を思い出しながら、現実の表情に必死で笑いの破片を探していた。 「…………笑って。笑ってよ! すべちゃったっていいよ! 烏丸君なら何言ったってあはは変なのって言うから笑ってよ! ねえ!」 「僕は2-Cを……いや、学校の皆を」 「やめてえっ!!」 ゼエゼエと荒く息をする。喉が張り裂けんばかりの叫びだった。 たった一言で体内の空気全てを絞りつくしたよう。目は大きく開いて大好きな人を睨んでいた。 体の中にあった彼が与えてくれた温もりが冷めていく。寒さが残り体がまた小刻みに震えていく。 握られた指先は彼が抱いてくれた髪をくしゃくしゃにして、顔の皮膚に食い込んでいた。
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108 : ◆rJXTlJ7j/U [sage]:2010/12/26(日) 21:14:48 ID:TROAQ4VA -
「ごめん……私が悪かったから。諦めたなんて、そんなこと言わないから。まだ頑張るから……ねえ、ごめんね?」 行き詰った思考は原点に返る。すなわち自分が悪い、という思考。 クヨクヨしている自分の目を覚まさせるためにこんなとんでもないことを言い出した。 聞き分けのない子に躾をする親の気分で彼は自分に反省を促そうとしたのだ。そうだ、そうに違いない。 「……」 「……ねえ」 「……」 「……ねえ!」 しかし――それも却下される。演技ならば崖際で手を離しはしない。離したということは、つまり。 「どうして……どうして意地悪するの……そんなこと言う烏丸君、嫌いだよぅ」 拒絶の言を吐いてうずくまる。頭の後ろに何も答えてくれない彼の視線を感じた。 先程与えられたこの人のぬくもりにそんな意思が隠れていたなど、理解したくもなかった。 「……『意地悪』って、何? 『どうして?』なんて――本当に、分からないの?」 後ろからずぶりと刺された感触に体が反り返る。 自分達しかいないと思っていた。けれど反射的に後ろを向くとそこには見知った相手である鬼怒川の顔。表情はどこか硬く冷たい。 「私と出会ったときから烏丸君はそう言っていた。笑い話なんかじゃない本気の決意。それを肝心のあなたが冗談だと思ってどうするの?」 「え? え? き、キヌちゃん……?」 「男の子が女の子をどうしても助けてあげたいと願う。その理由が塚本さんは本当に分からないの?」 「っ――」 「いいんだ鬼怒川さん。ありがとう……でも、いいんだ」 激流のように言葉を投げられては拾えない。 彼が制止し彼女の勢いはようやく静流となった。 だがその中に――避けていた思考が混じっていたのは、見逃すことができない。 「塚本さん――」 「やめて! やめてよ烏丸君!! 聞きたくない、顔も見たくない、烏丸君なんて知らない!」 何かが手招きする甘い香りを感じ、反射的に愛しい人の全てを拒絶する。 まさかそんな――と。夢を実らせるには努力が必要。何かを得るには何かを差し出さなくてはいけない。 だが最も欲するものの対価が、考え得る最悪の犠牲であるなどと――それを最愛の人からなど聞かされるなどと――まるで地獄だ。 神経を直接削っていく想像を無茶苦茶に否定した。 「知らないよ、烏丸君のことなんて…………いい人だと思ってた。だって、私なんかにも優しくしてくれるんだもん……」 今になって思い出が脳裏をよぎっていく。 同じクラスになれた最初の日、長い長い手紙を読んでくれたこと。 前の席に座れたこと。図書館で初めて名前を読んでくれたこと。 最初の一歩が実った喜びを、その日の晩に妹に語った言葉の端々に至るまで、記憶できるくらい嬉しかった喜びを。 「だけど……だけどね、そんなのってないよ!」 正直参ったと感じたこともある。 自転車の追いかけっこ。トイレの前で本を読まれた。人物画で誤解されたあげく肝心の絵が浮世絵だった。 体操着の上を脱いだ状態で抱きついてしまった日には、どんな顔をして会えばいいのか一晩悩まざるをえない。 失敗を続ける悪い癖は遠足・ラブレターと尾を引いて、友人らに泣きついてみれば何故か違う結論になってしまう。 けれどHRのソフトでは自分の頑張りを励ましてくれたし、失敗したカレー弁当もご飯だけで一緒に食べてくれた。 カレーへの拘りや河童など、少しずつ彼の好きなことに近づけたことがどれだけ嬉しかっただろう。 「もう嫌だよ……嫌いになった。そう、烏丸君なんて大嫌い……会いたくなんてなかったよぅ」 「塚本さん」
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109 : ◆rJXTlJ7j/U [sage]:2010/12/26(日) 21:20:20 ID:TROAQ4VA -
「止めて……でも、嘘だっていうなら信じるよ……嫌いになったのも嘘にする……ねえ、烏丸君?」 「……」 返事は無言。おそるおそる上げていた顎は、もう一度がくんと地面を向く。 悪夢を覚めさせてくれるたった一言が目の前の人からは出てこない。 そのまま口だけが何かを諦めきれないというように呟きを続ける。 「歩行祭では皆が笑顔だったって言ってくれたのは、嘘だったの?」 「……違う。歩行祭は、2-Cというクラスの一年間の締めくくりに相応しい、一生の思い出となる催し物だよ」 「じゃあなんで! 楽しい思い出を持って皆と一緒に三年生になったほうが、ずっと幸せだって思えるはずだよ!」 「それは違う。例え歩行祭が最後まで成功だったとしても、僕は皆と一緒に幸せになることはできなかった」 「――転校するから? だから、壊してもいいっていうの!?」 心当たりに顔がぱっと持ち上がる。 学校が変わってしまうから。そこで新しい思い出を作るから、古いものはいらない。 そんな扱いをされたとすれば、悲しくて悲しくて仕方がなかった。 「少し違うよ。例え地球の外へ出ることになったとしても、大事な思い出の跡を濁すなんてことは選ばない。 僕だって……2-Cのことを、忘れたくなんてなかった」 しかし現実は真逆。恐ろしいことを告げていた彼の表情に、諦観とそれでもまだ何か手放せない想いが宿る。 許されざる道に突き動かす原因の根底――それは彼自身にも理由があることを示していた。 「僕……病気なんだ。そして、もうすぐ死ぬ」 「……え……」 話が二転三転し、彼自身何を言っているか混乱しているのではないかとすら思った。 歩行祭を、2-Cを大切なものと認識しておきながらそれを壊す矛盾。 その上に突然『もうすぐ死ぬ』などと言われても理不尽しか感じず絶句しか生まれない。 「お医者様はこう言っていた――」 こちらの動揺や混乱などお構いなしに三つのことを教えられた。 一つ、発病すれば心が機能しなくなるということ。 二つ、症例はあれど治す手段が未だ存在しないということ。 三つ、彼がそれに侵されてしまうのは一年以上前から確定していたということ。 要するに自分の知る烏丸大路の人格は死ぬ。かといって新たな烏丸大路としての道を歩むわけでもない。 人として終わることなく、しかしどこかへ進むこともないとはつまり――『止まる』のだ。 「そん、な……」 諳んじられるほど説明を受けていたのか、家族に何度も説明を繰り返していたのか、話はひどく滑らかだった。 無軌道や無気力といった絶望につきものの感情はそこにはない。本を読むように自身の破滅を語られてしまった。 そのために気付いてしまう。烏丸大路という人間にとって空が青いことも、太陽が昇ることも、死ぬことも、既に決定された同じ事なのだと。 「…………っく……えぇ……」 可能性だとか未来だとか思い出だとか、そんなものは彼は望んでも手に入れることができない。 そして自分は――それを嬉々として語っていた。まるで見せびらかすように。 「えええぇぇ……えぇぇぇん……酷い、酷いよ……今更……そんな……からしゅまくん……」 歩行祭がまだ企画段階の頃、彼はどう思っていたのだろう。 能天気に明るい展望を語る自分が目障りで仕方なかったのではないだろうか。 衝撃の事実が重なる度に、顔の穴全てから液体がぼたぼたと地面に落ちていく。 泣くか、諦めの極まった笑いをするかの二択しかなく、前者を無意識に選んでいた。
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110 : ◆rJXTlJ7j/U [sage]:2010/12/26(日) 21:21:59 ID:TROAQ4VA -
「ねえ二人とも。悪いけど、悲しんでる時間はなさそうだよ?」 鬼怒川の声にもすぐには反応できない。 雷が落ちようが地震が起ころうが悔恨の涙を止めることができない。 ただ、それが烏丸大路であれば別。無言のままで、泣き喚く自分の近くに未だいてくれる彼であれば別。 彼がその場を離れていくとすれば顔は動く。 「か、烏丸く――あっ」 追いすがろうとして声が止まり体が固まる。 烏丸といい鬼怒川といい、どうして連続して出会うのか理由が分かった。 それはノートPCのおかげ。光で辺りが明るいせいだと、新たなる登場人物の姿でやっと気付いた。 「よう烏丸に塚本。そして……会えてよかったぜ、おキヌぅ」 鬼怒川と反対方向からやってきたのは、斉藤末男。 機嫌はよさそうに見えて解放的――だが烏丸とは全く別の意味で心を落ち着かないものにさせる。 そう感じる理由はきっと、彼が手にする両刃の斧のせいではない。 投げれば届きそうな距離だからというわけでもきっとない。 ニィッとその口が左右に開く。 (……!) 会ってはいけない。関わってはいけない。 目を背けたくなる程に斉藤の表情自体が邪悪だった。 すぐにでも誰かを殺しておかしくない砕けた笑み。そこは妙に自信に溢れていた。 □□□ 観音堂を爆破して東郷を振り切った斉藤は食後そのまま道なり道を直進していた。 既に夜中だったが休もうというプランは思考を掠めもしない。 裏切者の西本や日頃から喧しかった大塚を始末できたことを放送で知り、体に流れたのは激しい生の実感。 今までの死した自分にはなかった快感が漲り、とても睡眠を選べる精神状態ではなかったのだ。 しばらく足の向くままに歩き回っていたところで見つけたのは光。 星がそのまま落ちてきて地面の上で誰かを待つような眩みを感じた。いや――もしかすると既に、自分のためになる誰かがいるかもしれない。 即断即決、迷うことなくミニノートPC目掛けて彼は駆け出し、人影を確認してからはニヤリと笑うとペースを緩め接近していたのだった。
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111 : ◆rJXTlJ7j/U [sage]:2010/12/26(日) 21:27:00 ID:TROAQ4VA -
小さな電子機器からの光はそれなりに強い。近づいただけで多くの情報が飛び込んでくる。 血塗れの塚本天満に烏丸大路。付近の重油のような血溜まりに、その原因だろう誰か。 死体など本来は衝撃の最たるものだろうが――その人物がいたためにそれは二の次となった。 「おキヌ……もしかしてお前達三人でつるんでるのか? それにそこで死んでる女は誰だ。塚本がやったのか? やるじゃねえか」 「さ、斉藤君……これ、は……稲葉ちゃんは」 天満はとても事情を説明できる状態になかった。 これ以上ない絶望で己を打ちのめしたはずの稲葉の死。 しかし烏丸との出会いはそれさえも数多くの悲劇の一つに収めてしまいかねないものだった。 耐えられないはずの惨劇が実は序章に過ぎないのだという、最悪の更に底を掘る現実。 心は折れて、既に降参の手を挙げているのに世界の暴圧はいつまでも止まない。 「まあいいぜ。そんじゃとりあえずお前ら――ん? ……烏丸、そりゃなんの真似だ?」 「君をこれ以上近づけさせない」 「……はあ?」 荷物を置き、天満を庇うように立ちはだかってきた烏丸に斉藤は語気を荒げる。 彼にとって烏丸大路は己のスリル感を刺激してくれるイメージと程遠い。 今大事なのは意外とやるタイプなのかもしれない塚本天満と、どういう言葉を聞かせてくれるのかが楽しみな鬼怒川の二人。 なのに興味の無い対象が出張ってきたのだ。しかも自分と違い素手であるくせにここは通さないという気概を添えて。 西本のように怯えるわけでもない態度が余計に気分を害してきた。 「おいおいいきなりなんだ? 早とちりすんな、武器を持ってるからって――」 「大塚さんが言ってたよ。女子を君に近づけてはいけないと」 「! ……はっ、なんだ聞いてたか。観音堂へ行くといいぜ。委員長は西本と一緒にくたばってるはずだからな」 「さ、斉藤君……それって、まさか」 震える声で天満は尋ねた。 どこか当事者である口ぶりの斉藤。この場合の当事者とはもちろん大塚と西本を―― 「隠すことでもねえよ。建物の中で固まってたから手榴弾をこう、な」 「そんなっ!!」 「なんだ? そこで死んでる女、塚本がやったんじゃねえのか? ならお互い様だろうが」 「そ、それは……う、うぅ……」 涙ぐむ天満に斉藤は何だそれはと呆れた風に視線を逸らす。 歯牙にもかけていない間近の烏丸を無視し、更に後方にいる意中の少女を見た。 彼女もまた視線に気付き、電子機器の光沢を受け唇がうっすら開く。 「あぁ……私は確かに烏丸君や塚本さんと組んでるけど?」 「やっぱそうなのか。なあ、だったら俺と」 「遠慮しとく」 終わりを待たずして断られたことで斉藤は目を激しくギラつかせた。 歩行祭と変わらぬそっけなさ。自分が別人のように変わったとしても興味は湧かないという宣告を受けたと感じたのだ。 「鬼怒川さん……それは僕に協力してくれるという言葉が、まだ続いているということでいいかい?」 「ええ」 「! そういうことかよ――クソッ」 斉藤は今度こそはっきりと気に入らないという感情を露にする。 好きな異性が別の男と組んでいる。それは生死を賭けたサバイバルにおいては命を預けられる相手ができたという意味だ。 鬼怒川がこんな男に惚れるはずないと理性は言うが、おとなしく理解するなど本能が我慢しない。 そして欲しいなら奪え、許せぬなら壊せという明快な原理が意識を包む。 まず武器を握る手に力が篭った。次に殺意の黒い光で瞳が濁る。最後に口が横に裂けた。
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