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老犬の見た夢
【長編文章】鬼子SSスレ2【巨大AA】

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【長編文章】鬼子SSスレ2【巨大AA】
263 :老犬の見た夢[sage]:2010/12/04(土) 06:27:05 ID:doweKDqM
子供というのは残酷だ。
「ねえ、わんこはどうしてお姉ちゃんと結ばれなかったの?」
こんなことを突然訊いてくる。
しかしそれで心を揺らされるほど、彼の心はもう若くはなかった。
膝の上に座ったまま、不満げな顔でこちらを見上げている小日本に、首輪を嵌めたその老人は言葉を返す。深い皺の刻まれた相好に、穏やかな笑みを浮かべて。
「私があの方に求愛したところで、あっさり振られていたはずですよ」
出会った時から今に至るまで、寸分たりとも成長していないその幼い少女は、まだ納得しない。
「そんなことないと思うけどなぁ」
「いえ。私とあの方とでは、釣り合いが取れません」
老人――日本狗は否定した。半ば少女を納得させるため。半ば自らを納得させるため。
しかし少女はなお食い下がる。
「でもお姉ちゃんだって、わんこのこと好きだって言ってたもん」
それを聞いた老人は微苦笑を浮かべた。
「小日本様。それはお姉様のご冗談でしょう。少なくとも異性としての『好き』ではないはずです。……そもそも、そんな言葉を聞いたのはいつですか?」
「んーとねえ……」
しばらく虚空を見つめて記憶の襞をまさぐっていた少女は、曖昧な調子で言った。
「たしか、四回くらい前の冬だったかなあ……」
丁度四年前か。
余りにも遠すぎる過去の話だった。
その後別の話題に移ったが、次第に口数の少なくなっていった小日本は、しばらくして寝息を立て始めた。
日本狗は、限りない生命力と未来を内包した少女の温かな身体を抱え上げる。すっかり髪の白くなった老犬は居間を後にして、少女を寝室へ運んだ。
二組の布団が敷かれた和室。小日本をその一つに寝かせ、彼は主たちの寝間を後にした。
彼女の姉はいない。先ほど出掛けてしまったのだ。今宵もどこかで、鬼と戦っているのだろう。そしてこれからも。
縁側に出た老人は、締め切られていた雨戸を開けた。そこには慣れ親しんだ景色がある。
月光に照らし出される寂しく枯れた山が、まるで自分のように感じられた。
いつまでも変わらず若々しい彼女たちと、醜く老い果てた自分を目の前の光景に当て嵌めていた。
幼い頃は早く彼女に追いつきたいと、そればかりを願っていた。狂おしい程に。
果たしてその願いは叶った。彼はこの家の主たちとは明らかに違う速度で成長し――そして老いていった。
種族として与えられた生命の長さに差がありすぎた。一夏で息絶える蝉の成虫が、人間に恋をするようなものだ。
寿命という問題は、彼の想いを粉砕するのに充分な障害だった。
むしろ彼女への想いが強かったからこそ、伝えるわけにはいかなくなったと表現した方が正確だった。
仮に互いの想いが通じ合ったところで、いずれ彼女の枷になるのは明白だった。
自らの衰えを感じ取ってからの彼は、徹底して主従関係の一線を引き続けた。当時は小日本にはひどく詰られた。そしてそれ以上に鬼子と衝突を繰り返した。
雨戸を閉めた彼は、居間に戻る。
それほど遅い時間ではない。もう少し鬼子の帰りを待とうか、という思いが瞬時頭をよぎったが、結局彼は自室で眠ることに決めた。
明日だけは、何としても早く起きなければならなかった。睡眠時間が日増しに増えている彼にとって、早朝に起きるというのは非常に難しい課題だったのだ。
それに――
顔を見れば、未練が生まれる。

【長編文章】鬼子SSスレ2【巨大AA】
264 :老犬の見た夢[sage]:2010/12/04(土) 06:30:17 ID:doweKDqM

明くる早朝。着なれた灰色の和服に袖を通した日本狗は静かに玄関の戸を開け、外に出た。
薄暗い空には雲一つなく、立ち上った冬の陽は、薄絹のような柔らかさと暖かさで彼の身体を抱き包んでくれるだろう。
これ以上ない好天になるはずだ。しかし彼には、ひどく残酷な現実に思えた。早く行けと、空に急き立てられているような気がした。
足音を忍ばせながら、彼は生涯の大半を過ごした家を離れる。荷物など何一つなかった。欲している物は全てあの家に置いてきた。
持ち出すことができたのは、想い出だけだ。
朝靄の漂う山林を、無心で歩き続ける。当てなどなかった。とにかく、この山から離れたどこかへ――
衰えた聴覚が、自分以外の足音を察知した。
行く手の先だ。このまま進み続ければ顔を合わせる。獣道から更に外れた彼は、木の陰に身を潜めた。
一定の間隔。明らかに歩き慣れた者の足運びだった。
恐怖はあった。しかし微かに期待している自分に気付いた彼は、それ以上の失望を味わっていた。何もかも断ち切って出てきたつもりなのに、と。
規則正しい足音が止んだ。それほど近くはない。しかし遠くもない。
「――最初に断っておくけど、これは徹夜で鬼退治をしてきた者の独り言だからね」
涼やかなその声を聞いただけで、心拍数が上がっていくのが判った。
「あなたが決めたことなら、私は止めない。元々口出しする権利なんて持ってないもの」
彼女の姿を見ることを自制するので、彼は必死だった。見たら終わりだ。
「でもせめて、理由くらいは聞かせてほしい」
ひどく迷った末、彼は口を開いた。
「……誇りや尊厳、それに敬愛という価値観を多少なりとも持っているなら、飼い主に死に目を見せたいとは思いません。猫と同じです」
「あなたは狗でしょ」
呆れたような声だった。
「今なら猫の気持ちが判ります」
しかし彼自身は、ひどく真摯に胸中を吐露したつもりだった。これ以上の醜態は晒せない。自分の余命が幾許もないことは、自分が一番知っている。
「小日本は知ってるの?」
「いえ。何も」
「一生恨まれるわよ」
「気にしていません。私に残された生など長くはない。その点に限っては、自分の欠点に感謝しています」
「私も恨む……と言うのは違うわね」
鬼子は訂正した。
「今だって恨んでる。気を使ってくれてるのかもしれないけど、はっきり言って有難迷惑もいいところ」
「私の我がままです。そしてその我がままもこれが最後なので、どうか見逃して下さい」
溜め息だけが返ってきた。
「あなたがたにとっては短い時間に感じられたかもしれませんが、私があの家で過ごした時間は一生に匹敵します。
その一生に近い間、あなた達と共に過ごせたことは、私の生涯で一番の幸福でした」
「……こんなに腹が立ったの、生まれて初めての経験かもしれない」
殺気だった声が出たのも一瞬でしかなかった。
「だからこの場で、あなたに呪いをかける」
そして女は、淡々と告げた。
「私はあなたのことを愛していたわ。いえ。今でも愛してる」
「……偽りの言葉では、呪いになりませんよ」
「いいえ。この呪いは必ず効力を発揮する。なぜなら私の言葉は真実だから。見た目も寿命も関係ない。
変質するという特性、あなたの言うところの欠点も含めて、あなたという個体そのものに私は惹かれたんだから」
僅かに早口になって鬼子は続ける。
「小日本だって同じはずよ。あなたがどんな姿形の時だって、あの子があなたへの接し方を変えたことはないもの。
一人で悩んで勝手に出て行って、残された者の気持ちも汲んでくれないの?」
「私の気持ちも汲んで下さい。最期の日に、小日本様に目の前で泣かれるのは、死ぬことよりも恐ろしく辛い」
「……待ってるからね。いつまでも」
最後の言葉は、更なる呪いだった。
そして足音だけが遠ざかってゆく。
それが聞こえなくなる頃には、手足はすっかり感覚を失っていた。もう自由には動かせないかもしれない。次に眠れば、二度と目覚めない可能性もある。
空を見上げた。相変わらずの晴天だ。
――雲が見たい。
痺れた手で鬼子に貰った首輪を外してその場に置くと、覚束ない足取りで一歩踏み出す。
この空を、ほんの一部でも覆ってくれる何かが見たい。そうすれば、少しは救われるような気がした。
今の自分には、このくらいちっぽけな夢が丁度良い。
夜も明けきらぬ冬の朝、一匹の老犬が旅立った。

おわり


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