- 【蔑称ではない】鬼子SSスレ【萌なのだ】
510 :そういやヤイカガシって鬼除けだよね[]:2010/11/10(水) 14:59:31 ID:3TZkjs+j - 一年で一番嫌いな行事、節分が行われるその日。
いつもと同じく特にすることもなかった日本鬼子が、ぼんやりと枯れた野山を散歩しに出て帰ってみると、家の空気は一変していた。 全身の肌を刺すような強烈な圧力は、山中にぽつりと建っている、見慣れた我が家の中から放たれている。 何だ、これは? まるで呼吸をする度に、身体中の感覚が麻痺していくような―― 小日本は無事なのだろうか。もしまだ建物の中にいるのなら、早く連れ出さなければならない。単なる直観だが、ここは危険だ。本当に。 などと鬼子が思っているうちに、当の妹が開けっぱなしの玄関の戸から飛び出してきた。 「お姉ちゃーん!」 和装の幼児が喜色満面で鬼子に駆け寄ってくる。 「おかえりー! そろそろ帰ってくると思ってたよ!」 鬼子と異なり小日本には角は生えていないが、異常に勘が鋭い。 「どうしたの、顔怖いよ?」 首を傾げている妹に、鬼子は尋ねる。 「小日本……何があったの?」 「へ?」 「家の中に、変なモノがいる気がするんだけど」 「そんなのいないよ。お客さんならいるけど」 てくてくと家の中に入ろうとする小日本に続くことを、鬼子は一瞬ためらった。 これだけの殺気を、妹に感知できないとは思えないのだが。 妹にとっては危険な存在ではない、ということか? 「開けっ放しじゃ寒いし、早く入んなよー!」 戸口で手招きしている小日本が、いきなり屋内に声を投げる。 「え? うん。お姉ちゃんなら今あそこにいるよ」 やはり何者かがいるのだ。鬼子は反射的に、肌身離さず持ち歩いている長大な薙刀を構えていた。 わずかな間を置いて、暗い屋内から一人の若い男が現れる。その姿を鬼子はまじまじと観察した。 羽織袴。黒い長髪は柊を模した髪飾りで結い、背中に流している。腰に刀でも差していれば、大昔の侍そのものといった風情だろう。 切れ長の目は鋭く、目鼻立ちは素晴らしい程に整っていたが、冷酷な気性の持ち主だと容易に知れる、冷たい輝きを瞳に帯びていた。 「よく留守を守れたな」 優しげな言葉を小日本に掛け、その男は妹のおかっぱ頭をぽんぽんと叩いた。
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511 :そういやヤイカガシって鬼除けだよね[]:2010/11/10(水) 15:00:45 ID:3TZkjs+j - >>510続き
「だーかーらー! 私はもう、自分のことくらい自分で出来るもん!」 「……違いない」 微苦笑を洩らしながら小日本の頭から手を離した男は、ゆらりと一歩踏み出して、鬼子と向かいあう。 「童。家の中に入っていろ。俺はあの女と話がある」 「だーかーら! 私は子供じゃなーい! ……え?」 頭から湯気を出しそうな勢いで地団駄を踏んでいた妹が、突如動きを止める。 「お姉ちゃんと話って……もしかしてお兄ちゃん、お姉ちゃんの彼氏?」 「違う」 こういう時、小日本は人の話を完全に無視する悪癖がある。 「ちょっとお姉ちゃん! こんなカッコイイ知り合いがいるなら、私にも紹介してよ! もっと早く知ってれば、 私がこのお兄ちゃんのハートをがっちり掴んでたのにー!」 「おい、女……妹にどういう教育を施しているんだ……?」 気の抜けた表情をした男に訊かれた鬼子は、しぶしぶ答える。 「私は何も教えてないわよ。それでもどっかから変な知識を刷り込まれてくるんだから、困った時代としか言えないわ」 「ちょっとー! 私を無視して語り合わないでよ!」 「判ったから中に入ってろ……」 「きゃー!」 軽く肩を押されただけで、小柄な妹は屋内に転がされる。 「お姉ちゃーん! 今度私にもきちんと紹介しなさいよー!」 すかさず戸を閉めた黒髪の男は、一息ついてから鬼子に向き直り、目尻を釣り上げた。 「……感心しないな。年端もいかない子供に、こんな山奥の家の留守を任せるとは」 「気分屋だから、あの子。一緒に散歩に行こうって誘っても、しょっちゅう断られるんだもの。 そのくせ一人の時にふらふら山を下りて行ったりするし」 「難しい年頃だな」 「他人事だと思って。こっちは苦労してるのに」 で、と鬼子は言葉を継ぐ。 「あなたは誰? どこから来たの?」 「さっきあの童に作られた、単なる鬼除けだ」 男の頭に乗っている、柊の髪飾りで鬼子は気付いた。 最前からの息苦しさも、それなら説明がつく。小日本がまるで平気なのに、自分だけがこの男に恐怖心を覚えた理由も。 「焼嗅……」 「まさかあんな子供が、ここまで強い呪力を込めるとは思ってなかったがな。無自覚でやったのだから、末恐ろしいとしか言いようがない」
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512 :そういやヤイカガシって鬼除けだよね[]:2010/11/10(水) 15:02:25 ID:3TZkjs+j - >>511続き
顔の高さまで掲げた自分の手を見つめ、焼嗅が続ける。 「付け加えれば、ここまではっきりと形を為している鬼に出くわすとも思ってなかった」 「鬼っていうのは、私のことなんでしょうね」 「他に誰がいる」 流れるような動作で、焼嗅が動き出す。滑らかでいて、異常に素早い。 こちらの顔面目がけて無造作に突き出された腕を、薙刀の刃で打ち払う。 硬質な金属音が響く。同時に男の身体は軽々と吹き飛ばされたが、器用に空中で体勢を立て直し、 焼嗅は小日本のいる家屋の屋根に着地した。 「この馬鹿力が……」 弾かれた腕を軽く振りながら、焼嗅が毒づく。 「気にしてるんだから言わないでよ」 軽い口調を装いながら、鬼子は腕の痺れが引くのを待つ。あの男、かなり強い。 にしてもどういう構造だ。着物を纏っているだけの焼嗅の腕が、この薙刀と同等か、 それ以上の硬度を有しているということか? 軽やかな跳躍にした焼嗅が、鬼子の頭上に降ってきた。真横に跳躍して距離を取りながら、 勢いをつけた横薙ぎの一撃を、焼嗅の頭部に加えようとする。 薙刀の刃を、焼嗅は両腕を交差させることで防いでいた。が、打撃の勢いは全く殺せなかったようで、 彼の身体は遥か後方の雑木林の中に身体が吹き飛んでいった。 「なんか最近、ますます筋力がついてる気が……」 一見ほっそりとした腕を見つめ、鬼子は深呼吸する。あの男の放つ無臭の『匂い』が、 体力の消耗を数段速めている。長引くと不利だ。 「大した物だ」 がさがさと枝を揺らしながら、焼嗅が出てきた。頭や服に付いた枯れ草を払い落している。 男が一歩近づくたびに、頭がぼうっとするような気さえしてきた。 「もう止めにしない? わざわざ両手で守ったところを見る限り、あなた頭部の強度は大したことないんでしょう。 ……次は確実に潰すわよ」 つまらなそうに焼嗅が返す。 「途中で狩りを止める理由も、お前に負ける可能性もない。……息が乱れているぞ、女。お前が弱り切るのをのんびり待っていたっていいんだ、俺は」 鰯頭の分際で、中々狡猾だ。妹の作った子供だましの玩具に殺されるなんて冗談ではない。 と―― 「ちょっとー! 二人ともいつまでいちゃいちゃしてんのよー! それにどたばた激しすぎるんじゃない!?」 屋内で小日本の不満げな声が上がり、焼嗅が舌打ちする。 「そうも言ってられないか」 「あの子の目の前で私を滅ぼすのは気が引ける? 意外と優しいじゃない」
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514 :そういやヤイカガシって鬼除けだよね[]:2010/11/10(水) 15:04:25 ID:3TZkjs+j - >>512続き
無言で焼嗅が突進してきた。集中を高めて、鬼子は迎え撃つ構えを取る。狙うは頭部のみ。突きの一発で沈める。 焼嗅の手刀と、鬼子の渾身の刺突が一瞬ぶつかりあう。 直後には、鬼子の薙刀の刃が微塵に砕け散っていた。 「――柊の葉は、お前ら鬼の目を刺し貫く為にある」 だから突きの勝負に絶対の自信があると? などと問答している暇もなかった。既に間合いが詰まっている。 長大な薙刀でこの距離の相手は捌き切れない。 男の手刀が、鬼子の胸の中心に迫っていた。ぎりぎり身をよじるが、一番好きな紅葉柄の着物が無残に裂けた。 胸がはだけ、下に巻いていた白いさらしが露わになる。 次で終わる―― 覚悟していた鬼子だが、追撃がない。見れば焼嗅は、さらしに覆われた胸を凝視していた。 「?」 ともかく薙刀の残骸を放り投げ鬼子は、焼嗅の頭部に強烈な拳を見舞った。 一撃でぐらついた焼嗅が、あっさり膝を突く。同時に身体の輪郭がぼやけ始めた。 「くっ……本当に馬鹿力だな、お前……」 「ちょっとあなた……何で顔を狙わなかったのよ?」 「顔を潰した死骸を見せるのは、さすがにあの童に悪い。それに、胴を狙った方が避けられる確率が低いと思った。 ――下手にかすらせたのは大失敗だったが」 「何故か最後、動きが止まったみたいだけど」 「……妙な話だと思うだろうが、少し狼狽した。年頃の女の素肌なんて、見るもんじゃないな――」 言い終えた焼嗅の姿が綺麗に消え去り、後には大きく歪んだ鰯の頭と柊のくっついた飾り物だけが残された。 「殺し合いの最中に、何て呑気な奴……」 はだけた着物を気にせず、しばし呆然とする。そういえば、女として見られたことなんてこれまでの人生でなかった気がする。 しばらくして、小日本が出てきた。 「二人ともいい加減に――って、お姉ちゃん? お兄ちゃんがいないみたいだけど?」 「……あいつならもう帰ったわよ」 「えー!? さっき家に尋ねに来たばっかりなのに!?」 「あと小日本、節分行事を家でやるのはもうやめましょう……」 外に出てきょろきょろと黒髪の美男子を探す小日本にそう哀願し、焼嗅の飾り物を拾い上げた。 「……今年だけは、我慢してあげる」 そして鬼子は、壊れかけの焼嗅を玄関脇にそっと飾ってやった。 おわり 投下かぶっちゃった人ごめんなさい
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