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創る名無しに見る名無し
狸よ躍れ、地獄の只中で
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【シェア】みんなで世界を創るスレ7【クロス】
93 :創る名無しに見る名無し[sage]:2010/11/03(水) 19:49:38 ID:kl/euspQ
自分も並行して書いたりゲームの誘惑に負けたりで筆が進んでなかったんだ
そんなわけで大変久しぶりに『狸』を投下します
一周年作品にも出演させていただけたようで嬉しいです
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94 :狸よ躍れ、地獄の只中で[sage]:2010/11/03(水) 19:50:30 ID:kl/euspQ
 第六話『花蔵院家の娘さん出現でござる』


「ふむふむ。なかなか面白い書物でござる」
 色無き大地に座する大邸宅、花の蔵屋敷。夜の帳に包まれたその一室で、田貫迅九郎は一冊の本を読んでいた。
「朝起きたら虫になっているなど、なんと哀れな。それに比べれば拙者は狸。まだまだマシなのかもしれぬ」

 欧州の文豪が著したその本の中で、主人公である一人の男はある日突然到底理解しがたい不条理な局面に
遭遇してしまう。そしてその不条理とは現在の迅九郎にとってまさに身につまされるものであった。

「いやしかしようわからん。拙者もたまに朝目覚めた時点で狸になっていることがあるが、あれはなぜなの
だろう」
 最近の迅九郎目下の悩みはこれである。地獄に落ち、花の蔵屋敷で生活するようになって一週間となったが、
その内三日の目覚めは狸として迎えていた。

「あの冗談みたいな祝詞を読み上げるのは苦痛でござる。あれが続くようでは精神を病んでしまうでござるよ」
 一週間生活したが、迅九郎は未だ例の祝詞を暗記できていない。藤ノ大姐が書き起こしてくれた紙を渋々眺
めて嫌々唱え、なんとかかんとか狸化の解除を行っている次第だ。

「ふぁああぁ。ああ、眠くなってきたでござる。明日こそは……狸には……ならぬ……ぐう」
 眠気を感じるとあっという間に眠れる男、田貫迅九郎。ぶつぶつと呟く言葉も言い終えないうちに、すやす
やと穏やかな眠りについた。



(朝起きると田貫迅九郎は一匹の子狸になっていた。さてどうしたものでござろう)
 不安的中と言うべきなのかなんなのか、迅九郎は狸の姿となって翌日の朝を迎えていた。余談だがこの狸化、
衣服もひっくるめて変化するようだ。なので狸から人間に戻ったら素っ裸、などということにはならないらしい。

(祝詞……。朝一からあの鳥肌ものの祝詞を読み上げる気にはならないしな。そんなことしたらもう一日中鬱な
気持ちになるでござるよ)
 布団からもそもそと、まさに巣穴から顔を出す狸のように這い出ながら、そんなことを思う。もはや四足歩行
にも慣れたものだ。大地についている本数が多い分、こちらのほうがむしろ安心感を得られるななどと、迅九郎
はすでに狸に馴染みつつさえあった。そんな能天気さゆえ、というわけだろうか。

(……屋敷を散歩でもするか。狸目線で見る地獄というのも悪くないかもしれぬし)
 すっかり開き直っていた。
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95 :狸よ躍れ、地獄の只中で[sage]:2010/11/03(水) 19:51:20 ID:kl/euspQ
(……迷ったでござる)
 そしてあっさり道に迷っていた。花の蔵屋敷は単なる邸宅の割には構造が複雑なのである。そのこと自体は一
週間の暮らしの中でわかっていたのだが、迅九郎の行動には彼の世話係となったアカトラが常にくっついており、
道に迷うことはなかったのだ。ちなみにアカトラが迅九郎の世話係をやっているのは藤ノ大姐の厳命があるからで、
アカトラ自身はかなり面倒がっているようだが。

(ああ、腹が空いた……もうきっと朝飯の時間でござるな。うう、屋敷の中で飢え死になんて御免蒙りたいでご
ざる。我ながらさすがに阿呆すぎでござる)
 空腹感を感じるとなぜかすぐに死と結び付ける男、田貫迅九郎。能天気でお気楽な彼が、おそらく唯一後ろ向
きな思考をする瞬間である。そしてこの時の後ろ向きっぷりは、放っておけば際限なくエスカレートしていく。

(ああ、気付けば拙者、こんな一面花まるけのところにいたのであったか。芳しい香りでござるが、花の香りで
腹は満たされんのだ。おのれ、こんな麗しい香りも今はただただ忌々しいだけでござる)
 とぼとぼと周りも見ずに歩き続けた結果、迅九郎は花の世界へと迷い込んでいた。それは正確には花の蔵屋敷
に広がる庭園の一角でしかないのだが、それでもそこは花の世界と呼ぶに相応しい眺めだった。

 そこにある花の名前を、迅九郎は知らない。それは迅九郎が花になどまるで興味のない男だからだという理由
もあり、またそこには地獄でしか咲かない花も多種混じっているからだという理由もある。
 だが悲しいことにいずれ空腹の迅九郎にとっては、腹を満たしてくれるわけでもない花などというものにはま
るで関心が湧かないのだ。

 だから彼がその場にそうして留まっていたのは、それら色鮮やかな花々に目を奪われたからではない。花々が
誇らしげに纏う香りを楽しんでいたわけでももちろんない。まして今の彼は一匹の子狸でしかないのであり、端
から見て彼がその花々に心を奪われていると感じ取れる要素はまるでないはずである。

 が、往々にして例外というのはやはり存在するもののようだ。
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96 :狸よ躍れ、地獄の只中で[sage]:2010/11/03(水) 19:52:35 ID:kl/euspQ
「あら? たぬき? 野良かしら。お花の匂いに惹かれて迷い込んできちゃったの?」
 平時よりも丸みを帯び、ふさふさの毛におおわれた迅九郎の耳に、この地に落ちて以来耳にしたことのない声
が響いてきた。この屋敷主人である花蔵院槐角の野太い声ではなく、その母でありながら童女の姿をした矛盾の
権化、花蔵院藤角の多少舌ったらずな甘ったるい声でもなく、渋々自分の世話を焼いてくれる赤茶色の化け猫ア
カトラの甲高い声でもない。最後のはそもそも喋り方からして違うのだが。

「このお庭は私の……いいえ、花蔵院家の自慢のお庭なのよ。こんな朝からここに遊びに来るなんて、あなたお
花が大好きなのね」
 正直見当違いなことを言いながら声の主は迅九郎へと近づいてくる。正確には迅九郎はその気配しかつかめて
いない。なぜなら迅九郎にはもう周囲を見回して確認するだけの気力が残っていないからだ。空腹過ぎて。
ただ、その声が思わず聞き惚れてしまうほどに柔和で美しい響きを持っていることだけはしっかりと感じていた。

 その美しい声の気配が彼の真後ろに達するのを感じると同時に、迅九郎の体がすっと軽くなり、
「わあ、ふっかふか! かぁわいいなぁ……見た感じまだまだ子だぬきだよね……お母さんいないのかなぁ」
 それからぎゅむっと抱き締められた。喋り方と声でわかりきっていたことだが、やはり気配は女性だった。
抱きかかえられているという体勢故その顔ははっきりとは見えないが、額らへんから角らしきものが確認でき
るあたり、彼女は鬼の類なのだろう。しかし今の迅九郎にはそんなことは割とどうでもいい。

(むむむむねむね胸が! 胸らしきものが! 生前一度も触れることの適わなかったものが!)
 当たっていた。というよりもう埋まっていたと言……うのはさすがに言い過ぎだが、それに近いものはある。
迅九郎の狸姿かわいさのあまりか、名前も知らない女鬼はぎゅうぎゅうと彼を抱きしめているのだから無理もない。

(地獄っていいところでござる! 極楽往生クソくらえでござる!)
 空腹感もしばし忘れて地獄への賛美を叫ぶ中、女鬼は
「ほ、放っておくのも可哀想だし、よしっ、連れて帰っちゃお。あ、名前つけてあげなくちゃ。うーんと……」
 一人ぶつぶつと呟きながら、迅九郎が迷い迷い歩いてきた道へと歩を進めるのだった。
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97 :狸よ躍れ、地獄の只中で[sage]:2010/11/03(水) 19:54:37 ID:kl/euspQ
「お父様、おばあ様。楓角ただいま帰りましたよ」
 迅九郎がたどり着きたかった地、すなわち花蔵院家食堂。迷いもせずすらすらとそこに到着するなり女鬼は、
そこに座る二人の人物、もとい鬼物に元気よくそう挨拶した。無論この二人はすでに迅九郎の見知った顔だ。
彼らは彼らで怪訝そうな顔で目を丸くしている。しばしの沈黙ののちようやく口を開いたのは、「お父様」と
呼ばれたいかつい風貌の鬼、槐角だ。

「楓、お前……なんだってこんな朝一で帰ってきた? 合宿はまだもう少しあるだろう」
「はいそれがねぇ、大変だったの。とりあえずお腹空いてるから、先に朝ごはん食べていい?」
「おい待ちなさい。ちゃんと事の次第を説明しろ。飯はそれか――」
「あそれとね。お花が心配だったから先に庭に行ってみたら、こんなかわいい子だぬきがさまよってたから
保護して来ちゃった。名前はポン作くん。今命名したの。かわいいでしょ」

 迅九郎には理解できない会話の最後、女鬼は槐角に見せつけるように、その鼻先に迅九郎をひょいと掲げた。
この会話から察するに、どうやら迅九郎は「ポン作」と名付けられたらしい。はた迷惑な話だ、自分には田貫
迅九郎という素晴らしい名前があるのにと、見慣れたいかつい鬼の顔を間近に眺めながら思う。

「ま、待て。落ち着け楓。こいつは狸ではない! だまされるな!」
「え? もうお父様何言ってるの? どこからどう見ても子だぬきじゃない。このふかふかな毛並み。くりく
りのお目目。もうかわいくてかわいくて」
 迅九郎は再度抱きかかえられ、すりすりされる。何を? まあ……いろいろである。

「やめい楓! それは人間だ! 人間の男だ! だあああ母上! なんとかしてください! 元はと言えば母
上のせいでしょう!」
「ずず、ずずず……ぷはぁ。さて、食後の団子といくかのう」
「母上!? なんとのんきな! かわいい孫娘が汚れるかどうかの瀬戸際だと言うのに!」
「あーやかましやかまし。落ち着くのはお前のほうじゃ槐角。別によいではないかあれで。狸化した迅九郎が
かわいいのは事実じゃし。白状すると、わしですらたまに心が揺らぐくらいじゃよ」

 よいわけがありますか! などとやり合っている槐角とその母藤ノ大姐。先ほどの女鬼とのやりとりでもそ
うだが、槐角は最初に出会った時に見せた威厳や、氏の長者という立場ほどには尊重されていないらしいこと
を迅九郎は悟った。大変そうだ。少し同情する。

「というわけだから、ポン作くん。今日からよろしくね。あ、私は花蔵院楓角(ふうかく)よ。覚えてね」
 そう言って女鬼、楓角は、迅九郎を自身の目線の高さに掲げる。ようやくまじまじと見たその顔は、あのい
かめしい槐角の血を受け継いでいるとは到底思えない穏やかさ、美しさで。もはや極限まで達していた空腹感
を、迅九郎はしばしの間忘却した。


 第六話『花蔵院家の娘さん出現でござる』終
【シェア】みんなで世界を創るスレ7【クロス】
98 :創る名無しに見る名無し[sage]:2010/11/03(水) 19:56:35 ID:kl/euspQ
以上投下でした


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