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72 :わんこ ◆TC02kfS2Q2 [sage]:2010/10/14(木) 18:23:55 ID:P7VKTvfQ - ttp://www19.atwiki.jp/jujin/pages/701.html
を元にして ttp://www19.atwiki.jp/jujin/pages/1054.html の続きを書きました。
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73 :心のままに〜in my heart〜 ◆TC02kfS2Q2 [sage]:2010/10/14(木) 18:25:23 ID:P7VKTvfQ - 終礼のチャイムと同時に外へ跳ぶ。
秋の晴れ間にうさぎ跳ぶ。 凪に囲まれたウサギ島。緑の雑木が美しい。 「せんせー、さよならー!パン太郎!!プリントかじらない!」 ボブショートでメガネ、真面目ちゃんを絵に描いたような小さな小さなウサギの子が、真っ赤なランドセル背中に声を響かせていた。 誰よりも早く外に出るんだとクラスメイトをすり抜けて、秋の気配を感じ取る。 山は紅葉、海は凪。大分落ち着いてきてたけど、まだまだやる気の太陽がウサギの瞳を赤く染める。 「おーい、ハル子」 木造の校舎を背にして秘密の場所にまっしぐらに跳び込もうとしたとき。 クラスの男子の声が足元から、まるでハル子の細い脚を舐めるようにじっと見つめるかのごとく聞こえてきた。 ハル子が視線を落とすとグラウンドの片隅が穴だらけ。ちょうど、ハル子が入れるぐらいの大きさの穴から土がばっさばっさと泉のように溢れる。 「どうだ!おれが掘ったんだぞ!いちばん立派な穴が掘れるウサギが偉いんだぞ!」 ぴょこんと穴から顔を出した男子ウサギが、ハル子の短いスカートに向かって自慢するも、無邪気な視線がハル子を突き刺す。 「えっち!!!!」 # ハル子は小さなウサギの子。 きょうは頑張って島を渡った。島の大人の手を焼かずに、いつもの船長に感謝した。 誰もいない船着場。待ち時間はふんだんとある。潮風だけが話し相手、だと思いきや。 どこかで見たことある大人。カギ尻尾の靴下ネコ。半分垂れた前髪は、一度見ただけでは忘れられない。 その名は淺川・トランジット・シャルヒャー。旅する根無し草の写真家のネコ。 白と黒の毛並みと、カギ尾は会う者全てに印象付ける。 「淺川はどうしてココに来てた!」 「気まぐれ」 「気まぐれって?」 「気まぐれ」 「もう!」 淺川はいつもそうだ。子どもを、子どもだからってからかって!と、ハル子は小さく煮えたぎる。 きょうもおてんとさまが味方して、青いお空を見せてくれた。秋の昼間に珍しく、雲ひとつない日本晴れ。 それに負けじと海原も、青い波を立ててたが。「きょうは波が強いね」と小さなウサギに一蹴されるこの有様。 そう。ハル子は小さなウサギの島の住人である。ウサギばかりが住み着く『宇佐乃島』は、他の種族の進入を拒んできた。 一日数本の渡船に乗って、朝が早かったハル子は本土の船着場の小屋ですやすやと寝ていた。 そこにバイクのヘルメット片手に淺川、トタン屋根のお粗末な小屋を覗いてみると、いつか見たウサギの少女がだれていた。 きょうは日曜日。島のゆったりした時間から離れるのも良かろう。
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74 :心のままに〜in my heart〜 ◆TC02kfS2Q2 [sage]:2010/10/14(木) 18:26:13 ID:P7VKTvfQ - ハル子は目をこすりながら、大人のネコの顔をはっきりと見た。こんなヤツ、一度会えば誰だって覚えているはずだ。
「淺川だ。どうして淺川なんだ!」 「悪いね、淺川で」 「わたしね、淺川がここにやって来るんじゃないのかなって、思ってたところだよ」 小さなポーチを庇いながらベンチから飛び跳ねるハル子の姿は、淺川にはまるでぬいぐるみのように見えていた。 そばに置いておいても飽きることのない、小さなウサギのぬいぐるみの話は留まることを知らない。 「そうだ。わたしの話聞いてくれるかな」 「100万円くれたら」 「ふざけてる!」 「おれはいつも真剣だよ」 「やっぱりふざけてる」 船着場の自販機でMAXコーヒーを淺川が買うと、飲んだことがないというのでハル子にぽんと手渡した。 目を丸くしたハル子は、お辞儀をして缶を開ける。いつもは見ているだけのコーヒーは想像以上に甘く、舌触りが滑らかでもあった。 キャラメルをコーヒーにしたような舌触り、未来の飲み物のような味はハル子にとっては新鮮でもある。 甘さの割には後味を引かないのは、分別をわきまえた大人の身振りにも似ている。ハル子にはまだ遠い。 「ごちそうさま」 「どーも」 缶を両手で握ってハル子は話を淺川に始めた。 「わたしの島って、ウサギ以外はいないんだよ」 「知ってるよ」 「でも、見たの。ネコの子がわたしの島に居るところ」 # ハル子は良く晴れた放課後には、秘密の場所に行くことがお決まりになっていた。 アスファルトで固められた道を走り、脇には涼しげな風薫る雑木林。枝と枝の間には波打ち際が見え隠れ。 ひと気のない丘を目指すと、とうの昔に役目を終えた発電所の建物が視界に入る。 真っ暗に、そして蔦が絡みついたコンクリートの建物は、島の歴史をよく知っているはずだ。 『立ち入り禁止』の看板が錆び付いていた。フェンス脇の切り株にハル子は腰を掛けて、ランドセルを下ろす。 無機質なコンクリート、物静かな雑木林、土地の色。そして真っ赤なランドセル。映画のパートカラーのように、 ぽつんとハル子のランドセルが、彩色を忘れた背景に一輪の花を咲かせる。飴玉のような、女の子の甘い香りが廃墟に漂う。 ハル子はその中から隠していたカメラを取り出した。小さなハル子には釣りあわない、機械と言ってよいがたいの良いカメラ。 見る人が見れば結構な値段のするカメラだ。それは、こっそりと兄の部屋から持ち出したもの。大体の使い方は分かると、ハル子は少し自慢げだった。
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75 :心のままに〜in my heart〜 ◆TC02kfS2Q2 [sage]:2010/10/14(木) 18:26:54 ID:P7VKTvfQ - この風景を心のままに切り取りたい。
この風景を色あざやかなまま持ち帰りたい。 そして、大人になって、島を出ても、この島のことをずっと覚えていたい。 夢中でシャッターを切る。技術は二の次、感じたままにフイルムに焼き付ける。 カメラは不思議な機械だ。機械ってものは冷たいものや、頑固者だと思われがちだが、カメラだけは違う。 持ち主の言うことを聞くどころか、持ち主以上の感性を持っているのではないのだろうかという、人間じみた印象を植えつける。 そして秘密の場所で、ハル子は島で暮らしているだけでは分からないことを知る。 「あなた、だれ?」 カメラを下ろして、人影を見つめる。じっと相手もこちらを見る。 じょしこーせーみたいな制服着た女の子。年はハル子と同じぐらい。肩にかかった髪に憂い気な瞳。 しかし、この島には制服を着て通う小学校はない。それどころか、高校もないし、その子はネコの子だ。 「この島にどうやって来たの?」 「……」 静かな無音。 期待した答えは戻ってこない。 「ねえ、教えてよ」 またしても、返事はない。 むしろ、返事を否定するような。でも、血の通った生き物が側にいることは確か。言葉だけのコミュニケーションはいらない。 だから、ネコの子はつかつかとハル子の方へ歩み寄り、大きなカメラを興味深げに見つめていた。 そうしていると、カメラの持つ不思議がまたひとつ明かされる。それは、心を開かせること。 「あなたもカメラが好きなの?」 「は、はいっ」 ネコの少女の言葉に、思わずハル子も返事する。 ハル子を認めた彼女は、初めて言葉をつらつらと繋げる。 「わたしもカメラは大好き。だって、ウソがつけないから」
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76 :心のままに〜in my heart〜 ◆TC02kfS2Q2 [sage]:2010/10/14(木) 18:28:44 ID:P7VKTvfQ - ざっざと土地を踏むネコの子の足元は都会的なローファー。胸元の赤いリボンが目に残る。
時間に取り残されたこの島に、彼女の格好は進んでいるように見えた。それは、島のせい。 ハル子は彼女の「あなたなら、もしかして知ってるかも」との言葉に首をひねっていた。 何?何を?それにどうやってこの島に?シャッターを切る手が動かない。 少し怖くなったハル子は急いでカメラをランドセルに仕舞いこみ、秘密の場所から逃げ去ろうと駆ける。 ネコの子も同じ方向へと脚を向けていた。発電所跡が元の時間を取り戻す。 ハル子の通い慣れた帰り道は、ネコの子がついて来るだけで不安なものになった。 大人に見つかったらどうしよう。この島できて以来ネコが立ち入ったことはない。 それを覆すと大人たちが騒ぎを起すことは分かっている。それを知ってか知らずか、彼女はハル子の後をついて来る。 誰も通らないのがいつもの道。いつも通りに誰も通らず、家まで着けばいいのにとハル子は背後を気にしていた。 「いない……」 どこにも見当たらない。さっきまでいたはずの子。この道は一本道だから、どこかで別れるはずはない。 気にしたくはないけれど、気にはなる。せっかく戻った道をハル子は戻ると、ネコの少女は寂しげに道端に立っていた。 「来ないの?」 「……」 アスファルトを濡らしそうな涙が一滴。 「折角、会えると思ったのに」 「……ねえ。だれにかなあ」 憂いた気持ちなのに空は青い。 お構いなしと言わんばかりの天気は、皮肉にも二人を締め付ける。 何もこんなときに晴れなくても、と。だんだんとハル子はネコの少女に心引かれる。 「あっ」 一本道を軽トラが登る。見慣れた車。見慣れた影。 エンジンの音で子ネコはたじろぎ、脚を振るわせる。 車窓がハル子の前で止まると、窓からハル子の両親が見えた。 「おとうさん!」 「ちょっくら出かけるからな。ハル」 「え?」 「夕方には戻る!なあ、母さん」 家のことなどどうでもよい。自分の背後に隠れた彼女が心配。 思いもよらないとはこのことか。ハル子の両親を乗せた軽トラは、なにごともないまま通り過ぎたのだ。 「気付かれなかったね」 「……うん」 「そういえば、自己紹介まだだったよね。わたしは『ハル』。学校に『はるお』がいるから『ハル子』って呼ばれてるの」 いつの間にかネコの少女は昔からの親友のように、ハル子の手首を掴んでいた。 # 「淺川、聞いてる?わたしの話し」 飲みかけのMAXコーヒーを手に、ハル子は隣の淺川を横目で覗き込んだ。 相変わらずの淺川は「ああ」と軽く返すだけ。 「もう!」 「聞いてるって。その証拠に、その女の子の名前を当ててやろうか」 「分からないくせに」 淺川は耳の後ろを掻きながら一言。 「『モモ』だろ」
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77 :心のままに〜in my heart〜 ◆TC02kfS2Q2 [sage]:2010/10/14(木) 18:29:27 ID:P7VKTvfQ - #
丘の上に建つ日本家屋。歴史があるといえば通りが良いが、逆を言えばがたがきている。 両親は出かけているし、兄も当分戻らない。祖父は朝からお隣に、と言っても数百メートルは先の家。 「ここがわたしのうちよ」 「……」 「遠慮しないで。モモちゃん」 扉をチキンと閉めておけば、鍵なんか要らない。島ではよくあること。 がらりと土間に通じる引き戸を開けると、静かな空気だけが二人を包んでいた。 子供用のスニーカー脱いで、木目が美しい廊下を駆けると柔らかい音が響く。「こっちよ」とハル子が手招きするので、 モモはローファーを土間で揃えてお邪魔する。木と紙だけで出来た古い家に二輪の小さな花が咲く。 この家にネコの子がいる。 それを知ってるのは、ハル子とモモだけ。 二人だけの共有感。 すっと抜ける風。 少し破れた障子紙。 「迷路みたいでしょ。おじいちゃんのおじいちゃんが建て増ししたんだって」 「おもしろい」 「でしょ?」 モモが笑うと、ハル子も笑う。 ランドセルを揺らして廊下の突き当りまで行くと、薄い桜色のふすまが目に入る。 「ここがわたしの部屋」 自慢しようとふすまを開けると、六畳ほどの和室が広がる。 勉強机に、マンガが詰め込まれた本棚。さりげなくウサギのぬいぐるみが転がる。 そして、立て掛けられたコルクボードにはいっぱいの写真。モモが興味を引いたのはそれだった。 「モモちゃん、カメラ好きなんだもんね」 耳の後ろを掻きながら、モモは呟く。 「……すごい」 くいるように写真を見つめるモモに、ハル子は何故だか分からない影を見た。 写真がモモの心が締め付ける。はっきりと分からないものほど、苦しいものはない。 ハル子はランドセルの中のカメラをそっと取り出して、クッションの上に置いた。 「カメラマンになりたいな」 「えっ」 「うん。早くこの島を出てカメラマンになるんだ。だって、カッコいいんだよね」 ハル子は机の引き出しを開き、一冊の雑誌をモモに見せる。 両親の部屋から勝手に持ち出しであろう週刊誌。鶉の水彩絵が描かれた表紙をひとつ捲ると、海の色あざやかな写真のページが眩しかった。 ニ、三ページ風景画が続き、終わりのページの下段には文章が記載されていた。 「『世界中旅してると、やっぱり生まれた国が落ち着くんだよなあって思うじゃないですか?ある国では耳を齧られたりしたぼくですが、 落ち着くとまた旅に出て行きたくなる衝動にかられるんですよね。わかります?これ?そうだ、今度の日曜日ウサギの島への港町に 久しぶりに行ってみようかなぁ。まったくきれいなところでしたよ……と淺川氏はあっけらかんと語る』だって」 「……」 頭を垂れるモモ。パタンと週刊誌を閉じるハル子。雑誌の日付は最新号だった。 「わたし、この淺川って人好きだなー。写真もだけどね!」 「好き、なの?」 「うん。すんごくカッコイイよね」 メガネ越しに目を輝かせるハル子とは対称的に、モモの目は光るものを湛えていた。
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78 :心のままに〜in my heart〜 ◆TC02kfS2Q2 [sage]:2010/10/14(木) 18:30:13 ID:P7VKTvfQ - 「お兄ちゃんがまた遠くに行ってしまう」
聞こえるか聞こえないほどのモモの声。ウサギのハル子が聞き逃すことはなかった。 『淺川』と言う人は一度会ったことがあるだけだ。しかも殆どすれ違いのようなもの。 ハル子がこうして淺川についてつながりを保てるのは、今のところ雑誌やネットの媒体のみだけだある。 その淺川のことを「お兄ちゃん」と呼ぶものが居た。 モモだ。 「どうしたの?モモちゃん……。ほ、ほら!マンガでも読む?『ているずLOVE』一巻が出たんだよ!やっと島に届いた……」 「どうして、みんなお兄ちゃんのこと好きになるの」 小さな影が落ちる。 「港町に来たら、お兄ちゃんに会えると信じてた。お気に入りの港町があるからって。でも、そこには居ないからこの島に来たのに」 「知ってる?この島……ウサギ以外は……」 「知らなかったの」 # 「そのあとモモちゃんは部屋を飛び出したの。尻尾が廊下に着かないくらいの速さで」 「……」 「淺川っ」 「続けて」 「ふん。……それからモモちゃんの姿を見ることがなかったのね。二度とわたしの島に来ないのかなって。でも、どうしてモモちゃんは」 「『わたしの島に来ることが出来たんだろう』だろ」 淺川にセリフを盗られたハル子は頬を膨らます。理由は分かる。淺川にとってこの問題は易過ぎる。 あのとき、引き止めればよかった。自分が行くって言えばよかった。でも、モモが笑いながら淺川のもとに戻ることはない。 ほんのわずかな出来事だったと聞く。不慮の事故。しばらく交差点に花束が絶えることはなかった。 写真家になることを自分以上に望み、応援し、そして写真家としての姿を見せられなかったことを悔いて。 「お兄ちゃん、フイルム買って来てあげる」 淺川が耳にした妹の声は、これが最後。ハル子にモモがかぶさって見える。 そして 「用事思い出した。帰る」 「え?何しに来たのさ!淺川!」 すっくと淺川自慢の長い脚で立ち上がり、壊れそうな待合室を立ち去る。 飲みかけのMAXコーヒーを片手にハル子が追い駆けると、後ろ向きで淺川が置き土産。 「今度連休の日にでも、佳望町に連れてってやんよ。お前みたいなじょしこーせーのお姉さんに案内役をしてもらってさ」 「あーさーかーわーっ」 太陽はいつの間にか天高く昇っていた。 船着場の最寄り駅。一時間にわずかな私鉄沿線。公衆電話の側に淺川の愛車が休息をしていた。 鈍い光を反射して、革のシートが美しいリッター級のバイク。そして、傍らにはネコの少女。 「よお。久しぶりだな、モモ」 おしまい。
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182 :わんこ ◆TC02kfS2Q2 []:2010/10/14(木) 19:00:27 ID:P7VKTvfQ - 久しぶりに投下するよ!
コスプレ部の秋月京ちゃんをお借りします。
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183 :魔女の仕立て屋 ◆TC02kfS2Q2 [sage]:2010/10/14(木) 19:01:08 ID:P7VKTvfQ - 「わんわんおー!!」
古びたサッシから身を乗り出して、小さな少女が吠えていた。 秋の空気が寒くなったというのに、三階の窓全開で夢中になる後姿はあどけなくも見える。 「久遠、やめてよ」 「だめだめだめ!グラウンドにノラ犬が乱入したから対抗しているのだ!わんわんおぉ!!」 「もう……久遠ったら。学園祭の台本……」 走り回るノラ犬は何処吹く風か、久遠荵の遠吠えに振り向くことなくグラウンドをほしいままにする。 それが許せなかったのかどうかは分からないが、嫌に対抗意識を燃やす久遠は同級生の黒咲あかねを困らせるだけだった。 間もなく学園祭が近づいてくる。彼女ら演劇部としても力の入れようが違う。今回、台本を任されたのは久遠荵と黒咲あかねであった。 大きなイベントということもあり迫ら先輩たちが脚本協力として力添えを行うのだが、主な舵取りは二人に委ねられている。 ここ一番。部室で台本をあーでもない、こーでもないと練っていたところ、窓の外からイヌの鳴き声が飛び込んできて、 筆を取ることに疲れてしまった久遠荵があっさりと、くたびれた心揺り動かされてしまったのだった。 荵の尻尾を振る姿を横目に、あかねもあかねで構成を組み立てる作業から少し遠ざかりたくなっていた。 いくら好きなことでも、たまには気分転換を差し込まなければ続かない。 「久遠、わたしコンビニに買い物行ってきたいんだけど」 「わお?」 「だめ?」 「わおーん!いってらっしゃい」 「うん」と、半ば荵に呆れながらも、あかねは演劇部の部室を後にした。荵を残して。 しばらくすると、グラウンドをあかねが歩いていく姿が窓から見えた。 ノラ犬に吠えられるあかねは長い髪を振り乱して必死に逃げ回る。 「わおー!あかねちゃんを苛めるな!」 長い脚であかねがノラ犬から逃れる。あかねを追い駆けることに飽きたノラ犬は、どこかへと姿をくらませようとしていた。 グラウンドが静けさを取り戻す頃。 ノックの音が。ガラスが響く音が。扉が揺れる音が。荵は「はーい」と答える。 「あの、入っていいかな」 そろりと立て付けの悪い扉を開きながら、中の様子を伺う一人の女子生徒の姿があった。 髪はボブショート、潤んだ黒真珠のような瞳が印象的な子だ。恐る恐る演劇部の部室に足を踏み入れるところからすると、 この少女は演劇部関係の者ではないということを予想することは、それほど難しくはない。ただ、荵とは顔見知りのようであった。こんなに荵の目が輝いているところ、今までに見たことあるだろうか。 そう。「京(みやこ)せんぱーい!ようこそ!」とはしゃぐ荵の歓迎振りから見て、誰もがそう思うだろう。 お辞儀をして部室の床を鳴らすのは、荵やあかねよりひとつ学年が上である高等部二年生。秋月京であった。
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184 :魔女の仕立て屋 ◆TC02kfS2Q2 [sage]:2010/10/14(木) 19:01:50 ID:P7VKTvfQ - 両手でしっかりと向日葵柄のデパートの紙袋を携えて、頬を赤らめる姿は初めて恋人の部屋に向かうときに似ていた。
潤んだ瞳は伊達ではない。心なしか瞬きの回数が多いようにも見えるが、京は小さな後輩を心配させぬようににこりと白い歯を見せる。 荵は目線を上にしながら両手に拳を作り、はっはと期待で胸を膨らませる。それもそのはず。 「荵ちゃん、出来たよ」 「やたー!わんわんおー!」 諸手を上げて歓喜溢れる荵の目の前に、京は紙袋の中身を取り出したのだから無理はない。 上質な生地で繕われ、まるで腕の良い仕立て屋が長い月日をかけて育てた衣類がきれいに折りたたまれている。 ぱあ! 黒く、そして清潔感の溢れる一着のドレス。さらに、せっけんのかおりが漂いそうな純白のエプロン。 「徹夜で作っちゃったんだからね。荵ちゃん」 「うん、ありがとうございますっ。わたくし久遠荵は幸せ者でございますう!」 きゅうっと縮こまりそうな勢いで、荵は破顔していた。そして、秋月京がコスプレ部の部長であったことに深く感謝した。 演劇部は公演の際、コスプレ部に衣装協力を依頼していた。 腕利きの仕立て屋がいる。どこでそんな情報を仕入れたのか、未だに分からないが荵たちが入部するまえから互恵関係であることは確かだった。 演劇部がコスプレ部に衣装依頼をする。コスプレ部は街中の洋裁店を駆け回る。そして演劇部の公演を宣伝する。スポンサーも募っちゃう。 演劇部はコスプレ部の衣装を着て舞台を演じる。もちろん、観衆の目に止まるのはコスプレ部の衣装。もちろんポスターには名前が入る。 そして、今期のコスプレ部の部長は秋月京、人呼んで『魔女の仕立て屋』だったのだ。 「それじゃあ、早速着替えよっか?」 「え……。ここでですか」 「うん」 「あの、端っこで……」 「荵ちゃんが着替えていくところを見たいなーってね」 魔女の呪文が少女に唱えられ、恥じらいを覚える。 さっきまでの無駄なぐらいの元気は魔女に吸い取られたのだ。きっとそうだ。荵が大人しいわけがない。 「全部、ですよね」 「うん」 「笑わない……ですよね」 「うん」 外が見える窓のカーテンを開きながら、魔女はもう一度魔法をかけた。 ベストを脱ぐ。真っ白な荵のワイシャツが眩しい。リボンを外す手がぎこちない。そして、一つ一つボタンを外す。 「見ないよ」 京は優しさを見せるお姉さん。荵は小動物のような妹。そんな関係が目に浮かばないか。 スカートのホックを外して、ジッパーを下ろす間際に荵は躊躇した。 「せんぱい。笑わない……ですよね」 京がゆっくりと頷くのを確認すると、荵は背中を向けて、しゃがみこみながらスカートを足首まで下ろす。 その隙間から見えるのは『くまさん』のプリントが入ったぱんつだった。 くすっと口元に手を当てる京に、荵は気付くことはなかった。
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185 :魔女の仕立て屋 ◆TC02kfS2Q2 [sage]:2010/10/14(木) 19:02:32 ID:P7VKTvfQ - 「それじゃあ、わたしの最新作に袖を通してもらおうかな!」
意気揚々と京は真新しいドレスを荵に渡して、子どものように着替えるさまをにまにまと眺めていた。 ばたばたと袖が揺れる。片足でふら付く。そして『くまさん』ぱんつ。 「背中のチャックは閉めてあげる」 「京せんぱい」 「なに?」 知らないものが見たら、仲睦まじい姉妹のよう。 「せんぱい。わたし……一人っ子だから、せんぱいみたいなお姉さんが欲しかったんです。ちょっとうれしい」 荵の後ろ髪が京の胸に当たる。そっと後れ毛を掻き揚げて、子どもをあやすように京は荵の髪を撫でる。 指の間を栗色の髪が通り抜ける滑らかな触り心地。荵の体温がほんのちょっとだけ上がる。 「うれしいな」 「どういたしまして。荵ちゃん」 自分が繕ったドレス。荵が袖を通すことで、ちょっとずつ命が吹き込まれられて行く。 京はこの瞬間のために、自分のもてるだけの時間を割いてきたと言っても過言ではない。 その証拠に、京の顔は徹夜明けとは思えないほど、輝きを放っていたのだから。 「荵ちゃん。仕上げだよ」 最後に京が取り出したのは「イヌミミカチューシャ」と「イヌ尻尾」であった。 それぞれを身に着けた荵は姿見で自分を写す。恥じらいは消え、魔女の魔法の虜となる。深夜十二時までは程遠いシンデレラ。 勤労少女の灰被りだって、ドレスを着れば舞踏会へ招かれる。逆を言えば、温室育ちの王子さまだって、ぼろきれを身に纏えば意地悪な継母から、 そしてビクビク生きているだけの姉たちから足蹴にされて、こき使われてしまうってこともあるのだ。召し物の持つ魔法。誰もがかかる魔力。 「やったー!『イヌミミ喫茶』ができるぞー!京せんぱい、ありがとうございます!!」 「それじゃあ、早速注文いいですか?店員さん」 「わんわんおー!お嬢さまーっ」 ―――学園祭が近づき、秋の公演で使う衣装の打ち合わせで、荵は迫と同席した。 演劇のことになると他が目に入らない迫のことなので、打ち合わせは何度も何度も繰り返され、妥協を許さないものだった。 この役者は清楚な感じで、この役者には粗野な雰囲気を。などと、舞台に立つ者を引き立てるために、迫は細かく京に注文するも、 側で座っているだけの荵にとって、迫の側にいるだけで幸せな時間以外は退屈さを否定できないものだった。 そして、迫が席を外した瞬間、荵は京にぽろりとこぼす。 「学園祭かあ」 「そうね。舞台、がんばってね。ここの学校の演劇部って、結構評判みたいだからね。楽しんでね!」 「はい。演劇は楽しいです。いろんな役をやって、いろんな衣装を着て。でも、学園祭だから喫茶店ともかやりたいなあ」 京が荵の諦めにも似たセリフを聞き逃すはずがない。 「喫茶店といえば、メイドさんだよね」 「はいっ!『イヌミミ喫茶』をやりたいですっ」 コスプレ部部長・秋月京の心を鷲掴みにした瞬間であった。
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186 :魔女の仕立て屋 ◆TC02kfS2Q2 [sage]:2010/10/14(木) 19:03:13 ID:P7VKTvfQ - ―――コーヒーの香りが室内に広がる。
インスタントだけど心地よい。匙を添えたカップを盆に乗せ、尻尾を揺らしながら荵は運んでくる。 くるくるとコーヒーの湯気が立ち上り、飲み頃だと自ら教えてくれた。 「わおー!お待たせいたしました。コーヒーでございますっ」 「ありがとう」 徹夜をしてがんばった。眠くて眠くて日中は仕方がなかった。でも、この一口がほんのりと体の底から効く。 はあ、と息を吐くと頬が紅く染まり、京と荵の間の時計がゆっくりとゆっくりと針の速度を緩める。 針仕事で疲れた指の先が休まると、昨夜の疲れもふっと忘れる。仔犬のように荵がまとわりつくと、 殺風景な部室も秋の花咲く庭園に生まれ変わる。コスモスを眺め、仔犬と戯れながらコーヒーを一杯だなんて、なんとも優雅で贅沢ではないか。 「お口にあいますか」 らんらんと尻尾を振って荵。それに微笑み返しの京。 二人だけの時間が流れてゆく。しかし、荵にとってはあかねもこのお茶会の仲間として、ご招待致したいところであった。 「おそいなあ!あかねちゃん」 「あかねちゃん?ああ。あの背の高い子ね」 以前、舞台の衣装を仕立てたことを思い出した京は、あかねの採寸を計るときに興味を抱いたのを思い出した。 「あかねちゃんは元・読者モデルだからスタイルがいいのだ!でも、それをもっと誇りに思うべきなのだ!」とは、荵の弁である。 噂をすれば影。 「ただいま。久遠っ」 寂しいコンビニの袋をぶら下げて演劇部部室に入ってきたあかねの胸に飛び込んできたのは、尻尾とイヌミミを揺らした荵。 ばさっとビニルの袋の中でお菓子が踊る。あかねの口元に荵の栗色の髪の毛がふわりと被さり、柔らかい。 「おかえりなさいませーっ」 「……あ。この間の舞台では、お世話になりました。秋月先輩」 「わおー」 状況が飲み込めないのであかねは立ち尽くすしかなかった、と言うより荵がその場から動くことを許してくれない。 イヌミミを着けた荵が絡みつくし、部室には京が口元を隠して頬を緩ませているし、あかねは一刻も早くその場から立ち去りたかった。 いや、あかねは荵を必要としていたのだ。女の子どうしの!というわけでもなく。 優しく荵を払いのけたあかねは、すっと自分の携帯電話を取り出して荵の目の前に差し出す。 「あの……久遠。さっきいたグラウンドのイヌって……もしかして、この子じゃない?」 あかねの携帯で撮影されていたものは、ぼやけていながらも先ほどグラウンドを駆け回っていたノラ犬そのものだった。 「コンビニで『迷いイヌ』の張り紙を見て、写メを撮ってきたんだけど」 「その子だ!あかねちゃん!捕まえに行くよ!!」 荵が「行くよ!!」と言い終わるか終わらないぐらいの速さで部室を飛び出す。 イヌがイヌを追い駆けに出かけた。何の不思議なことはないではないか。ふわりとあかねの髪が揺れた。 コーヒーを一口。京はまるで二人の姉になったような言葉遣いで、あかねに言葉をかけた。 「荵ちゃんがね、あかねゃんのこと誉めてたよ」 「え?」 「わおー」 あかねの目には京にイヌミミと尻尾が生えているように見えた。 おしまい。
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187 :わんこ ◆TC02kfS2Q2 [sage]:2010/10/14(木) 19:04:00 ID:P7VKTvfQ - タイトルだけはジ○リっぽくなったけど、別物だ!
投下おしまい。
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