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47 :創る名無しに見る名無し[]:2010/10/14(木) 15:11:10 ID:0o1yUEet - 少年には病気の妹がいた。
不治の病と言われ、自らの力で立つ事さえままならず、幼い頃からずっとベッドの上で過ごしていた。 少年は妹の病気が良くなるようにといつも願っていたが、虚しくも容態は年を追うごとに悪くなるばかりだった。 それでも兄妹の仲はとても良く、少年は妹の事を誰よりも大切に思っていた。 ある日のこと、少年は妹のために森で花を摘んでいた。 すると、少年の目の前に一匹の黒い山羊が現れた。 「やあやあお前さんには悩みがあるようだねえ。」 しゃがれた声が発せられたのは、他でもない目の前の山羊の口からだった。 驚いた少年をよそに、山羊は再び口を開いて「お前さんは妹を元気にしてやりたんだろう?」と言った。 「何で知っているかって?わしは何でも知っているのさ。それよりもだ、わしはお前さんの望みを叶えてやれるんだがねえ。」 山羊の言葉を聞いた少年は震える声で「ほんとうに?」と尋ねた。山羊は「もちろんだとも。」と答えた。 この時少年は、理由は分からないが「この山羊なら本当になんとかしてくれるかもしれない」、と思った。 「お願いします、妹を元気にして下さいっ」 少年が必死に山羊に頼むと、山羊はにやりと口元を歪ませながら「よろしいよろしい」と首を縦に振った。 ―――先ほどのことは本当に現実だったのだろうか。 ぼんやりとした頭で考えながら、少年は自分の家へ帰って来た。すると、父親が興奮した様子で妹の部屋に来るように言った。 まさかと思いつつ少年が部屋に行くと、そこには涙を流しながら妹を抱き締める母親の姿があった。 そして妹は、自分の足でしっかりと立っていた。 妹の病気は綺麗に治ってしまっていた。医者は奇跡としか言いようが無いと言っていた。 あの山羊は本当に妹の病気を治したのだ。どんな方法かは分からないが、とにかくそれは事実だった。 妹も、両親も満面の笑みで喜び、少年もまた心の底から良かったと思った・・・はずだった。 ところがどういうわけか、少年には喜びどころか何の感情も湧いてこず、無表情に妹達の様子を眺めるだけだった。 その時少年は思い出した。山羊は、妹を治す代償として少年からあるものをもらうと言ったのだ。 それは少年の「感情」だった。 少年の心には、如何なる感情も生まれなくなってしまったのだった。 初めの内、元気になった妹は毎日幸せそうだった。学校にも通いだし、友達も出来ていった。 自分が望んでいた光景。本来なら、少年はとても嬉しいはずだった。 それなのに少年の心は冷たいままで、いつも人形の様な無表情を浮かべる事しか出来なかった。 そんな少年の様子が、周囲には快く思われなかった。 両親は困惑し、少年が変わってしまったと嘆くようになった。友人も離れていった。 妹は、慕っていた兄が突然冷たくなってしまった事を悲しみ、どうしてと少年に問いかけた。 だが少年は真実を話す事が出来なかった。話せば、妹が自分に対して罪を感じながら生きる事になると思ったからだった。 やがて妹も段々少年と接しなくなっていった。少年には、それが辛いと思う事さえ出来なかった。 せっかく妹が元気になったのに、家族の間に流れる空気はいつの間にか以前より暗くなっていた。 少年は、家を出て遠くの町で暮らすことにした。 家を出てからも、妹からは度々手紙が来た。少年はそれに返信するものの、文面はまるで形式的で味気ないものだった。 本当なら書きたい事が沢山あって、妹にも会いたいはずなのに、全くそんな思いは生じてこなかった。 家族とも会わず、親しい者もいない。少年の日々はひたすらに孤独だった。 月日は流れ、少年は大人へと成長していた。 ある時突然、父親から連絡を受けた。 少年は何年かぶりに故郷の町へと向かった。 妹が死んだのだ。 家に戻った少年は、悲しみの表情を浮かべる両親に招かれ、ベッドの上で静かに横たわる妹の前に来た。 不運な事故だった。妹は一見眠っている様で、死んでいると言う実感が湧かなかったが、そっと肌に触れるともう温もりを宿していなかった。 妹は、本当に死んだのだった。 それでも、少年の心には何の感情もありはしなかった。目の前に妹の死体がある、ただそれだけしか思わなかった。 両親は、妹がいつも、少年と再び仲良く暮らせる様になる事を願っていたと語った。 少年は何も言えなかった。 ―――この世で一番大切だったはずの人が死んだのに、悲しむことも出来ない。 きっと自分はもう、人間では無いのだ。 涙は、零れなかった。
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