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名無しで叶える物語(栄光への開拓地)
名無しで叶える物語(栄光への開拓地)
しずく「泣いているかすみさん」

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しずく「泣いているかすみさん」
1 :名無しで叶える物語(栄光への開拓地)[]:2021/05/30(日) 23:17:21.46 ID:JblGgOd2
同好会の練習後、演劇部のほうに少しだけ顔を出し、荷物を取りに部室に戻ってきた時のこと──

夕日差す茜色の部屋の中でひとり──

かすみさんが、泣いていた。
しずく「泣いているかすみさん」
2 :名無しで叶える物語(栄光への開拓地)[sage]:2021/05/30(日) 23:19:53.90 ID:JblGgOd2
長椅子の上で膝を抱えながら顔を伏せているので、正確には分からないけど、きっとそう。

いつもの──侑先輩に泣きつくときの──わざとらしい猫なで声はなりを潜めて、誰かに聞かれまいとするようなくぐもった嗚咽を、私の耳が捕らえたから。

戸を開けた音で、私が部室に入ってきたことには気づいているだろうに、何も反応は無い。

あるいは、そんなことも気に留めないほど、哀しいことがあったのかな。
しずく「泣いているかすみさん」
3 :名無しで叶える物語(栄光への開拓地)[sage]:2021/05/30(日) 23:21:36.58 ID:JblGgOd2
「かすみさん」


呼んでみたけれど、返事はない。

びくっ、と肩を少し震わせただけで、かすみさんは泣き続ける。

──いつから泣いているんだろう。

私のいない間に何かあったのかな?

同好会の誰かが泣かせるとも思えないし、前々から何か悩みがあったとか?
しずく「泣いているかすみさん」
4 :名無しで叶える物語(栄光への開拓地)[sage]:2021/05/30(日) 23:23:38.72 ID:JblGgOd2
「もう皆さん帰ってしまったよ。私も演劇部の用事終わったし、一緒に帰ろう?

「何か辛い事があったのなら、歩きながら聞くから」


やはり、かすみさんからの返事は無い。顔も相変わらず伏せたままで、動こうという様子も無い。

困ってしまった私は、とりあえず一緒にいてあげようと思い、すっ、と彼女のとなりに座った。

もしひとりにして欲しいのなら、既にかすみさんの方からそう言われているだろう。

この人は、自分の気持ちを隠さずに、真っ直ぐ伝えてくれる人だから。

いたずらしたり、人をからかったりするけれど、嘘は苦手な人だから。
しずく「泣いているかすみさん」
5 :名無しで叶える物語(栄光への開拓地)[sage]:2021/05/30(日) 23:26:07.11 ID:JblGgOd2
───それにしても、珍しい。

こんなに静かに泣くかすみさん、初めて見たかも。

せつ菜さんと衝突した時も、かすみんBOXに何も無かった時も、感情をこれでもかと表に出していたのに。

今のかすみさんは、らしくなくて分かりにくい。

もしこの人の心の中を覗けたなら、泣いている理由も分かるのかな。

そんなことできるはずもないので、かすみさんの胸の内を想像してみる────
しずく「泣いているかすみさん」
6 :名無しで叶える物語(栄光への開拓地)[sage]:2021/05/30(日) 23:27:39.52 ID:JblGgOd2
『やっほー!みんなのアイドル、かすみんだよー!』

『───ってぇ、なんで誰もいないんですかあ!』

『うわぁーん!かすみんかなしいですぅ…!』

『ぷん!なら、いいですもん!誰もいないのなら──』

『おそらに向かって、歌います』

『おそらに乗せて──かすみんの可愛い声を、今ここにいないみーんなにも届けちゃいますからねー!』
しずく「泣いているかすみさん」
7 :名無しで叶える物語(栄光への開拓地)[sage]:2021/05/30(日) 23:29:16.74 ID:JblGgOd2
───うん。かすみさんは泣いていても、これくらい切り替えが早そう。

だから、やっぱり今のかすみさんが分からない。

こんなに沈んでる姿は、初めて見たから。

不機嫌そうだったり 、怖い目にあった時は、頭をなでてあげてるけど、今もそうしてあげたらいいかな。

気休めにしかならないかもしれないけど──。


「かすみさん、いい子いい子」


そっと形のいい頭を撫でる。

かすみさんはいつものように、私の手のひらを受け入れてくれる。

けれど、泣き止む気配は無い。

本当に、どうして泣いているんだろう?

──もしかして、私のせいだったりしないかな。

身に覚えは無いけれど、無自覚に彼女を傷つけてしまっていたとか。
しずく「泣いているかすみさん」
8 :名無しで叶える物語(栄光への開拓地)[sage]:2021/05/30(日) 23:31:40.68 ID:JblGgOd2
かすみさんがどんな私でも大好きだと言ってくれたから──

今では、人から気に入られるいい子でおすましな私だけでなく、年相応に少しだけ茶目っ気のある私も出せるようになった。

テストの点数をからかってみたり、かすみさんの提案したいたずらに付き合ったり、楽しいと思える日が増えた。

この羽目を外す匙加減は難しくて、時々辛辣な物言いをかすみさんにしてしまうこともある。

けれど、かすみさんは調子のいい性格をしているから、多少の憎まれ口は軽く流してくれるし、彼女も私との応酬を楽しんでくれている──。

──そう思っていたのは私だけで、本当はストレスを溜め込んでいたのかな?

だとしたら、謝らないといけないけれど、確証もないまま謝るのも違う気がする。

かすみさんがわけを話してくれるまで待とう。
しずく「泣いているかすみさん」
9 :名無しで叶える物語(栄光への開拓地)[sage]:2021/05/30(日) 23:33:45.85 ID:JblGgOd2
───それから私は、ずっとかすみさんの頭を撫でていた。

夕焼け色の部室も今は薄暗い夜の色に変わり、かすみさんの嗚咽は小さく、鼻をすする音も少なくなっていた。

泣き止んだのかな──?とりあえず一安心だけれど、でも少し寂しい。

もう少しだけ、こうしてかすみさんを慰めていたいと思った。

────私、何を考えているんだろう。


「……ん…しず子…」


やっと顔を上げたかすみさんが、私の顔を見て名前を呼ぶ。

目が腫れていて、いつもの元気な彼女ではないことが容易に分かった。

不謹慎だけど、このしおらしいかすみさんの顔──かわいい。

──私、こういうかすみさんも好きかも。
しずく「泣いているかすみさん」
10 :名無しで叶える物語(栄光への開拓地)[sage]:2021/05/30(日) 23:35:56.84 ID:JblGgOd2
「……ありがとう」

「いいよ。一緒に帰ろっか。お外も暗くなっちゃったし」

「うん…。ねえ、しず子」

「なに?」

「寄り道していってもいい?」

「もう遅いよ。ご家族の方は心配しない?」

「連絡しておくから大丈夫。それに、こんな顔見られたくない」

「かすみさんがそう言うなら…。けど、どこに?」

「お台場の浜辺。静かで誰もいないところに行きたい」

「うん、分かった」


私も家に連絡しておかないと。

もしかしたら、今日は帰れなくなっちゃうかもしれないけど、構うもんか。

こんなかすみさん、放っておけないもん。

それに───

この曇り顔のかすみさんを、今は私が独り占めしたかった。


──────────

──────

───
しずく「泣いているかすみさん」
12 :名無しで叶える物語(栄光への開拓地)[sage]:2021/05/30(日) 23:38:45.66 ID:JblGgOd2
お台場の浜辺に、2人で座り込む。制服が汚れるといけないので、ハンカチを敷いた。

こういう時かすみさんは、私の細かい気づかいを感心しながら、からかったりすることもあるけれど、今はその元気も無いみたい。

真っ暗な海と、その上に浮かぶ夜景を眺めながら、互いに無言のまま時が過ぎる。

──そうして、どれだけこうしているのかなと思ったところで、ようやく打ち寄せる波以外の音が、私の耳を震わせる。


「ねえ、なんで訊かないの?」


目も合わせないまま訊いてくる。


「私がどうして泣いていたのか」


自分を『かすみん』と呼ぶ余裕もないようだった。
しずく「泣いているかすみさん」
13 :名無しで叶える物語(栄光への開拓地)[sage]:2021/05/30(日) 23:41:05.92 ID:JblGgOd2
ここまでの道中、ひと言も言葉を交わすことなくたどり着いた。

かすみさんなら、苦しんで、泣いている私を見たら、あの日のように強引に聞き出そうとするだろうけど──

私には、まだあのかすみさんを演じることは難しい。


「かすみさんが、話してくれるのを待ってた」


それに──


「──私のせいだったらと思うと、少し、怖くて……」

「───っ」


かすみさんの、息を飲む音が聞こえた。

ああ、やっぱり私のせい──


「そんなわけないよ!」

「……かすみさん」

「しず子は…何も悪くない。悪くないけど……だから、私は…うう…」


強い語気で否定したと思ったら、今度は弱々しく呻く。

どうしたんだろう?かすみさんにしては、歯切れが悪い。

私が悪い訳では無いようだけど、でも完全にそうとも言いきれない感じかな。
しずく「泣いているかすみさん」
14 :名無しで叶える物語(栄光への開拓地)[sage]:2021/05/30(日) 23:42:46.31 ID:JblGgOd2
「私が何かしたのならはっきり言って欲しいよ。いつものかすみさんらしくないよ」

「うん…。自分でもそう思う…。でも仕方ないよ」

「何が?」



「私……かわいくなくなっちゃったから」



………………


………………


………………。



「────は?」


予想もしていなかった理由に、思わず素っ頓狂な声が漏れてしまった。
しずく「泣いているかすみさん」
15 :名無しで叶える物語(栄光への開拓地)[sage]:2021/05/30(日) 23:44:51.82 ID:JblGgOd2
「それで、ずっと泣いてたの?」

「……うん」

「本当に…?」

「うん…」

「嘘」

「嘘じゃないよ」

「嘘だよ!」


「だって、かすみさんはこんなにかわいいもん!」


「……っ。そんな……私、かわいくない!」

「そうやってムキになるところもかわいいよ!」

「……違うよ…。違うんだよ…しず子」

「何が違うの?」

「私……本当にかわいくないんだよ…」


「しず子のこと……イヤになりそうになっちゃったんだよ」


「……え?」


そこからかすみさんは、つぶやくくらいの小さな声で話し始めた。
しずく「泣いているかすみさん」
16 :名無しで叶える物語(栄光への開拓地)[sage]:2021/05/30(日) 23:47:32.24 ID:JblGgOd2
「最近…胸がきゅうってなることが増えたの…」

「侑先輩は私のこと、いっぱいかわいいって言ってくれるけど──」

「歩夢先輩にも同じくらいかわいいっていうし、せつ菜先輩にはすぐ大好きって言う」

「正直この2人にはいつも通りだから、悔しいけど…私ももういい加減慣れたつもりだったんだよ」

「私が一番先輩をメロメロにしてる自信もあったし、いっぱい甘やかしてくれるのもあの人」

「けど…最近甘えられる時間が減っちゃった気がして……」

「それはなんでかな、って考えたら……」



「──しず子が、侑先輩と一緒にいることが増えてた」
しずく「泣いているかすみさん」
17 :名無しで叶える物語(栄光への開拓地)[sage]:2021/05/30(日) 23:50:33.35 ID:JblGgOd2
かすみさんの言葉に自覚はあった。

私は、侑先輩ともっと仲良くなりたいと思ったから。

演劇祭の前にはチョーカーをプレゼントしてくれたり──

合宿の夜に3年生の先輩たちの特殊メイクに脅かされて、不意にあの人にしがみついてしまったことはあったけれど──

それでも私と侑先輩の関わりは、同じ1年生でも、かすみさんや璃奈さんよりも淡白だと感じていた。

この先、あの人が卒業して、新しい道に進んで、いつかスクールアイドル同好会で過ごした日々を思い出した時、そこに私との思い出がほとんど無かったら──

そう考えると寂しくて、怖かった。

全てをさらけ出せるようになった今の私なら、おすまし無しの、等身大の私で侑先輩と接することができるかもしれない。

かすみさんが───私に勇気をくれたから。
しずく「泣いているかすみさん」
18 :名無しで叶える物語(栄光への開拓地)[sage]:2021/05/30(日) 23:53:00.88 ID:JblGgOd2
かすみさんは更に続ける。


「私、応援してたんだよ。ああ、しず子、ちゃんと侑先輩とお話できるじゃん、って」

「そんな光景珍しかったし、もしかしたら私が侑先輩を独占するから、今までこんなことすら出来なかったのかな、ってちょっと反省もしたよ」

「何より……」

「楽しそうにしてるしず子を見ると、私も嬉しかったんだよ──」


実際、侑先輩と話すのは楽しかった。

今までほとんど話さなかったのが、もったいないと思うくらいに。

他の先輩には『さん』付けだけど、あの人をあえて『侑先輩』と呼んでみたら、照れくさそうに歯を見せてはにかんでいた。

初めて出会ってから時間が経っていて、私自身ちゃんと名前を呼ぶ機会を逸してしまったことで、改めて呼ぶのは妙な恥ずかしさがあったけれど──

気に入ってもらえたみたいで、嬉しかった。


──私と侑先輩のそんなやり取りを、かすみさんはあたたかい目で見守ってくれていたらしい。

でも───

「──最初のうちはね……」

今はそうではないみたい。
しずく「泣いているかすみさん」
20 :名無しで叶える物語(栄光への開拓地)[sage]:2021/05/30(日) 23:55:04.03 ID:JblGgOd2
「今はしず子と侑先輩が仲良くしてるの見ると、モヤモヤしちゃうんだよ」

「同好会じゃ、私だけがずっとあの人のこと『侑先輩』って呼んでたのに、いつの間にかしず子も呼び始めるし…」

「私だけの特別を取られた気分になって、イヤだったんだよ」



…………………。



「ただでさえ歩夢先輩とせつ菜先輩で大変なのに、そこにしず子まで加わったら…」

「私……侑先輩に見てもらえなくなっちゃいそうで、怖くなって…」

「でも、しず子には今まで出来なかった分、侑先輩ともっと仲良くなって欲しいと思う自分もやっぱり居て」

「こんなにわがままのくせに、イヤな子になりきれないめんどくさい女の子──」

「私、全然かわいくない。本当にかわいくなくなっちゃったんだよ…!」
しずく「泣いているかすみさん」
21 :名無しで叶える物語(栄光への開拓地)[sage]:2021/05/30(日) 23:57:07.56 ID:JblGgOd2
ううっ、と呻き、かすみさんは部室でそうしていたように、また膝を抱え、顔を伏せて泣き始めた。

そうか…。そんなふうに思っていたんだ。

一言でまとめてしまえば、それはやきもちだった。

侑先輩に甘えられる時間が減ってしまった、とかすみさんが言ったことで、私自身も自覚したことがある。

それは最近侑先輩と話してばかりいる──ことではない。

かすみさんとこうして話す時間も、減っていたんだと。

侑先輩との時間にかまけて、かすみさんをないがしろにしていたかもしれない。

この人が寂しい思いをしているのに、私は───。
しずく「泣いているかすみさん」
22 :名無しで叶える物語(栄光への開拓地)[sage]:2021/05/30(日) 23:59:33.85 ID:JblGgOd2
「ありがとう。かすみさんの気持ちを教えてくれて」

「…………」

「それから、ごめんなさい」

「………なんでしず子が謝るの?私が悪いんだよ…?」

「ううん、私も悪いんだよ。かすみさんの気持ちに気づいてなかったから」

「や、やめてよ。そんな謝られたら、私、もう本当に悪い子になっちゃう。しず子に嫌われちゃう」

「大丈夫だよ。そんなことで私がかすみさんを嫌いになると思う?」

「だって…私…。嘘つきだよ?どんなしず子でも大好きって言ったのに…イヤになりそうになっちゃったんだよ?」

「でも、まだ本気でイヤにはなってないでしょう?」

「それはそうだよ。しず子のことイヤになんてなりたくないよ」

「なら、大丈夫。かすみさんは嘘つきじゃない」

「で、でも……!」

「まだ何かあるの?」


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