- しずく 「願いよ叶え、1つでいいから」 彼方 「叶うよ、きっと」
1 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:08:57.14 ID:O0p+CAbh - 気がつくと、病室のベッドに横たわっていた。
どうやら酸素マスクをさせられているらしい。 一定のリズムを刻んで鳴る電子音と、窓を叩く風の音。ただ天井を見つめ、静寂の中に響くそれらの音に耳を澄ます。 彼方 (どうして……こんなところに) 体を起こそうにも、全身に痛みが走って思うように体を動かせない。辛うじて顔だけは動かせたので、辺りを見回してみる。私以外誰もいない。 そうこうしていると、突然病室の静寂を撃ち破るかのような激しい音を立てて、扉が開かれる。 エマ 「彼方ちゃんっ!!!」 果林 「彼方……っ!!!」
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- しずく 「願いよ叶え、1つでいいから」 彼方 「叶うよ、きっと」
2 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:09:59.87 ID:O0p+CAbh - 部屋に駆け込んできた2人は、全身汗でびっしょりだった。心配そうな目で、私を見ている。
エマ 「彼方ちゃんっ……大丈夫なの!?」 彼方 「うん……っ…なんと…か……」 ベッドの背もたれに背中を添わせながら、全身に走る痛みを必死に堪えて徐々に座り姿勢へ移る。 果林 「無理しちゃダメよ…。あんな事故に遭ったんだから」 彼方 「…………事故?」 エマ 「もしかして、よく覚えてない?」 思い出そうとするが……ダメだ。あと少し、というところまで行くと、頭痛がする。 まるで、誰かにブレーキをかけられたように。
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- しずく 「願いよ叶え、1つでいいから」 彼方 「叶うよ、きっと」
3 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:10:37.59 ID:O0p+CAbh - 果林 「やっぱりまだ痛むんでしょ? ほら、涙が」
彼方 「涙……」 つぅーっと、頬に伝うものを感じた。 エマ 「彼方ちゃん、思い詰めちゃダメだよ?」 果林 「そうよ。彼方のせいじゃないんだから」 彼方 「まって……、さっきから、なんのことか…」 果林 「しずくちゃんの自殺を止められなかったのは、私たちだって後悔してるの」 彼方 「……………………えっ……」
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- しずく 「願いよ叶え、1つでいいから」 彼方 「叶うよ、きっと」
4 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:12:52.90 ID:O0p+CAbh - 自殺? しずくちゃんが?
どうして? 何で? 疑問符ばかりが脳内に浮かぶ。 果林 「卒業してから中々連絡する時間もなくて、でもまさか、こんなことに……」 彼方 「こんなこと…って………?」 エマ 「彼方ちゃん、道路に飛び出したしずくちゃんを助けようとしたんだよ。それで……」 彼方 「…………あ………ぁ…っ……」 果林 「しずくちゃんのことは本当に残念だった。けど彼方、あなただけでも無事でよかったわ」 彼方 「あ………ああ……………っ…あ…」
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- しずく 「願いよ叶え、1つでいいから」 彼方 「叶うよ、きっと」
5 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:13:25.29 ID:O0p+CAbh - エマ 「彼方ちゃん…?」
二人の言葉を聞いて、失っていた記憶が徐々に復元されていく。 パチリ、パチリ、と、パズルのピースが一つずつゆっくりと埋められていくように。 やがて完成し突き付けられたのは、非情な現実。 彼方 「あぁ…っ…あぁぁ…!!! あぁぁぁ!!!」 その途端、頭痛は堪えきれないほどの酷さになる。両手で頭を抑え、激しく悶える。 エマ 「彼方ちゃんっ、どうしたの!?」 彼方 「あぁあぁぁあっ!! 嫌っ…あぁっ!!!」
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- しずく 「願いよ叶え、1つでいいから」 彼方 「叶うよ、きっと」
6 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:14:10.06 ID:O0p+CAbh - 果林 「ナースコール…! ボタンは……!!」
果林ちゃんが私の手元付近からボタンを探り出し、私の名前を呼びながら何度も何度も押す。 頭痛に襲われた私の耳は、その声すら徐々に聞こえなくなり、視界も狭まっていく。 ーーーーそうだ、私は 充電のなくなったロボットのように、プツンと意識が途切れる。 頭を抑えていた両手が力を失って、ボトリとベッドの上に音を立てて落ちた。 ーーーーーー ーーーー ーー
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- しずく 「願いよ叶え、1つでいいから」 彼方 「叶うよ、きっと」
8 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:17:36.95 ID:O0p+CAbh - 『願いが叶う』
それは私にとって、最も縁遠い言葉だった。 しずく 「…………はぁ」 雨の降る中、歩道の真ん中で傘もささずに立ち尽くす。安物だが耐水性のあるジャケットは雨水をある程度弾いてくれるが、手に持たれた台本はそうはいかない。 みるみる水分を含み、ずっしりと重くなる。 しずく 「私がやりたいのは、こんな役なんかじゃ」 傍らにゴミ捨て場があった。 そこをめがけて台本を持つ手を振りかぶり……
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- しずく 「願いよ叶え、1つでいいから」 彼方 「叶うよ、きっと」
9 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:18:32.11 ID:O0p+CAbh - 振りかぶり……
しずく 「…………。」 そのまま、すっ…と、手を下ろす。 しずく 「……帰って台本読み、しよ」 びしょ濡れの台本をジャケットの内側にしまい、小走りで家路につく。 玄関扉の内側にジャケットを掛け、部屋が濡れないようにある程度衣服をその場で脱いで部屋に上がる。
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- しずく 「願いよ叶え、1つでいいから」 彼方 「叶うよ、きっと」
11 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:19:51.32 ID:O0p+CAbh - 東京某所にある、家賃8万円のアパート。
声優とアルバイトで日銭を稼ぐ私にとっては、これが限界だ。まぁ特に不便はしてない。お風呂もあれば、最低限の家具を置くスペースもある。 シャワーを浴びる前に、雨に濡れた台本を冷凍庫にしまう。こうすると元に近い状態に戻ると、どこかで聞いたことがあった。 暖かいシャワーを浴びながら、今日あったことを振り返る。久しぶりに掴んだ声優としての仕事は、私の理想とはかけ離れたものだった。 しずく (何を迷ってるの。今の私に、役を選ぶ資格なんて) 厳しい世界だとは、知っていた。 分かっていたつもりだった。だがこの世界に身を投じて、改めて実感する。
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- しずく 「願いよ叶え、1つでいいから」 彼方 「叶うよ、きっと」
12 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:21:33.24 ID:O0p+CAbh - 思い描いていたようなサクセスストーリーなど、限られた人間にしか訪れないのだ。
しずく 「分かってる……。けど…っ!」 浴槽の中で地団駄を踏む。 ある程度感情を発散した私は、体をよく乾かしてから、冷凍庫にしまっていた台本を取り出す。 しずく (まだ生乾きだけど、この調子なら明日には直ってそう) 台本読みをするため、机の上に今日渡された、とあるゲームの台本を広げた。 意を決して最初のページを開く。 しずく (うぅ……っ……やっぱり、無理…) 私の担当キャラのセリフは、1ページ目からある。 夢にまで見た、メインヒロインだ。 だが……。
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- しずく 「願いよ叶え、1つでいいから」 彼方 「叶うよ、きっと」
13 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:23:05.93 ID:O0p+CAbh - しずく (こんな恥ずかしいセリフ…)
そこに書かれているのは、思わず顔を覆ってしまいたくなるようなセリフたち。 今まで何かを演じた時も、それこそ現実でも言ったことも零したこともない、声、言葉。 しずく 『……だめ…っ…です、…ぁ…っ……んっ』 お隣に聞こえないよう、小さな声で。台本とにらめっこしながら、セリフを読んでいく。 全身が火照る。 きっとシャワー上がりだからだ、そうに違いない。恥ずかしがってなんていられない、せっかく得た仕事なんだから。
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- しずく 「願いよ叶え、1つでいいから」 彼方 「叶うよ、きっと」
14 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:24:57.56 ID:O0p+CAbh - しずく 『…くだ…さぃ…あなた…の、お…ぉち…』
しずく 『…ゎた…し、の……おく…に…っ…』 肝心なワードが言えない。 躊躇うな、桜坂しずく。ここで立ち止まったら、それこそこの先の可能性が潰えてしまう。 しずく 『…っ…はぁ…っ……あ…ぁっ…んっ…!』 徐々に声が震えを増す。 台本をなぞる指も、小刻みに震えていた。 しずく 『いやっ……ぁ…いっ……ぃく…っ…』 しずく 『あぁ……っ…ぁ……ぁっ…ぁっ…あぁぁ』 しずく 「あぁぁぁぁぁっ!!!!!」 耐えきれず、台本を再び冷凍庫に放り込んで布団に潜り込む。
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- しずく 「願いよ叶え、1つでいいから」 彼方 「叶うよ、きっと」
15 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:27:07.06 ID:O0p+CAbh - 隣の部屋から、壁を叩く音が聞こえる。突然大声を出したからだろう。
しかしそんなこと、私の耳には入っていない。 せっかく頂いた仕事。出会えたキャラクター。 こういうキャラを演じることを、想像すらしていなかった。でも向き合わなきゃいけない。 しずく 「私、どうしたら……」 そんな葛藤はやがて睡魔へと変わっていき、シャンプーの良い香りに包まれたのもあって、すぐに私は深い眠りに落ちていった。 ーーーーーー ーーーー ーー
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- しずく 「願いよ叶え、1つでいいから」 彼方 「叶うよ、きっと」
16 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:28:36.23 ID:O0p+CAbh - 「硬いね、声が」
しずく 「す、すいません…」 アフレコをする私に、コントロールルームににいるディレクターからダメ出しが入る。 やれやれ、と言いたげな表情で、肩を大きく上げてため息をつく。一旦マイクの電源が切られたので、その声は収録ブースにいる私には聞こえないが、気持ちは十分伝わってくる。 まだ冒頭のシーンだというのに、既に7回目の録り直しだ。私自身でも、自分の出来なさ加減に焦りと苛立ちが出てきた。ディレクターの身ともなれば、それもひとしおだろう。 「ヤったことないの?」 しずく 「えっ!? ……その、それはつまり…」
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- しずく 「願いよ叶え、1つでいいから」 彼方 「叶うよ、きっと」
17 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:29:27.91 ID:O0p+CAbh - 「セックスだよ、セックス! 経験ないの?」
しずく 「はっ…はい…、その、まだ…で…」 セクハラ気質のあるディレクターだとは、マネージャーから事前に聞かされていたが、まさかここまで直接的とは。 「はぁ…。だから自然な出し方とかが分からないんだ。そこのマネージャーとでも経験したらどうだ」 こんなことまで言い出す始末。 相当苛立っているのだろう。私はというと、羞恥心や怒りよりも、罪悪感が強くなってきた。 「申し訳ありません、少しお時間いただけますか」 そう切り出したのはマネージャーだった。
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- しずく 「願いよ叶え、1つでいいから」 彼方 「叶うよ、きっと」
19 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:29:58.53 ID:O0p+CAbh - ペコペコと頭を下げ、私にアイコンタクトを送る。一回落ち着こう、とでも言いたげだ。
収録ブースを出て、自販機が2つ置かれている、ちょっとした休憩スペースに腰かける。 「…はい、コーヒー」 しずく 「ごめんなさい、今日はブラックの気分で」 「じゃあ俺の分飲みなよ、ほら」 しずく 「……すいません」 マネージャーが飲むはずだったブラックの缶コーヒーを受けとり、ゆっくりと啜る。 マネージャーは微糖のコーヒーを「あっっまぁ…」と愚痴を零しながらチビチビと飲んでいた。
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20 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:30:47.02 ID:O0p+CAbh - 「やっぱり、やめとこうか」
しずく 「ブラック、買い直します?」 「コーヒーじゃないって、役の話」 しずく 「ふふっ、分かってます。冗談ですよ」 「…ディレクターも本気であんなこと言ってるわけじゃないんだ、分かってくれ」 しずく 「承知してます。悪いのは私ですから」 「降板、するか?」 しずく 「それは…なんだか逃げてるみたいで」
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21 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:31:52.77 ID:O0p+CAbh - 「逃げじゃない。時にはそういう判断だって必要だ」
しずく 「時には、ですか。マネージャー、私がまともな役を貰えたの、何ヶ月ぶりですか」 「……ほぼ半年」 しずく 「そうです。時にはも何も、私は取捨選択できる立場ではないんです」 「そこは俺のマネジメント不足だ。すまん」 しずく 「いえ…」 しばらく、2人のコーヒーを啜る音だけが休憩スペースに虚しく響く。空になった缶を捨てるためゴミ箱へと歩きながら、マネージャーが呟く。
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22 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:33:14.85 ID:O0p+CAbh - 「……誰にだってなれる」
しずく 「え?」 「俺がしずくの担当になったときに言ったことだ」 『しずくさんは、誰にだってなれる!』 しずく 「あぁ…。あの時はまだ“さん”付けでしたね」 「そこはいいだろ別に……」 しずく 「…誰にでもなれる、ですか。私もそう思ってました」 「俺は今でも思ってるぞ。そういう可能性を感じたからこそ、事務所もしずくを選んだんだから」 しずく 「ご期待に添えず…」 「まだ何も始まってないだろ」
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23 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:34:07.83 ID:O0p+CAbh - 戻ってきたマネージャーが、座っている私に目線を合わせるため屈む。こう改めて見ると、真っ直ぐな眼をしている。
「しずくは誰よりも頑張ってる。それは他の誰よりも、俺と、しずく自身が一番知ってる」 しずく 「…一番が2人いますけど」 「それくらい担当のことを理解してなきゃ、マネージャー失格って話だ」 しずく 「確かに、マネージャーは誰よりも私のことを想ってくれています。だからこそ、その期待に応えられない自分が悔しくて…惨めで…」 「いいんだよ、それで」
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- しずく 「願いよ叶え、1つでいいから」 彼方 「叶うよ、きっと」
24 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:34:37.63 ID:O0p+CAbh - しずく 「いい……って?」
「そういう気持ちが、役者にとって一番のバネになる。今は溜めてるんだよ」 「溜めて、溜めて。今しずくのバネは、ギッチギチに押さえ付けられている」 しずく 「私のバネ、ですか」 「あとは解放するだけだ。そうすれば、誰よりも高く飛び上がるさ」 「憧れのアイドル声優への道だって、楽勝だ」 しずく 「アイドル声優……」 アイドル声優、それは私の夢。一番の願い。
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25 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:35:26.88 ID:O0p+CAbh - 高校生の頃、せつ菜さんが瞳を輝かせながら見せてくれた一本の動画。
とある、アイドル声優グループのライブ。 舞台や、アイドルのライブを色々と見てきた私でも、声優のライブというのはそれが初見だった。 それはまさしく衝撃。脳天からかかとまで、一直線に稲妻に打たれたような。 気がつけばせつ菜さんから携帯を奪い取って、食い入るように見ていた。 ステージに立つ彼女たちのシルエットは、もはや画面に映し出されたキャラクター達そのもの。皆、自分が演じているキャラクターを表現しようと、全身を使って艶やかに踊っている。 だが、ただそのキャラクターを模しているだけではない。基盤はキャラクターにありながらも、それぞれの持ち味を活かして、立派な演者として舞台に立っていた。
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26 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:36:00.53 ID:O0p+CAbh - 溢れんばかりの歓声、熱気。携帯の画面越しでも伝わってくる、彼女達の情熱、愛情。
せつ菜 「ちょっと、私にも見せてくださいーっ!」 しずく 「…………! ……っ……!!」 瞬きの一瞬すら惜しい。 片時も目を離したくない。 曲がサビに入ると、リーダーであろう声優がアップになる。今でも私の憧れである、現在では声優界のトップに君臨する彼女を、初めて認識した瞬間だった。 彼女がカメラに向けて放ったウィンクが、私の心臓を骨ごと撃ち抜いた。
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27 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:36:51.38 ID:O0p+CAbh - しずく (ここだ…! ここにあった……!)
しずく (私の理想……追い求めていた役者像!) しずく 「せつ菜さん!!」 せつ菜 「わわっ!?」 気付けば、せつ菜さんの両手をスマホごと強く握っていた。私の豹変ぶりに、せつ菜さんは目を丸くして驚き固まっている。 しずく 「私、声優になります!!」 せつ菜 「ええっ!?!!?」 しずく 「これなんです! これが私の探し続けていた、役者像! こんな世界があるなんて……!」
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28 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:37:29.19 ID:O0p+CAbh - せつ菜 「えっ、えっと……お役に立てて、よかったです……?」
しずく 「あぁぁ、こうしてはいられません! やはり、養成所とかあるのでしょうか? 色々教えて頂けませんか!?」 せつ菜 「わ、私もそこまで詳しくは…」 しずく 「大丈夫です、私は全くの無知ですから! さぁ、行きますよ!!」 せつ菜 「えぇっ! ちょっと、練習はーー!!?」 それから、あのせつ菜さんを振り回す人が現れたと、同好会内でちょっとしたニュースになった。
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29 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:38:15.30 ID:O0p+CAbh - 今思えば、あの日々はなんとキラキラしていただろう。目に見えるもの全てが新鮮で、煌びやかで、夢に満ち溢れていて。
それに比べて今の私はどうだ。 どこまで続くのか分からない霧の中。 どこに向かえばいいのか分からず、ただがむしゃらに進んで。だが唯一現れた光を、私は怯えて掴もうともしない。 こんな状態では、掴める夢も掴めない。 叶えられる願いも叶えられない。 しずく 「私は…………私は…………」 「…しずく?」 しずく 「っ!」 ハッ、と我に返る。 いけない、また昔の事を思い出していた。
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30 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:38:59.08 ID:O0p+CAbh - 「これは大きなチャンスだ。しずくの力を見せつけて、一気に名前が売れれば」
しずく 「…願いが、叶う?」 「そうだ。アイドル声優になるには、やっぱり知名度は必要だ。ここがしずくにとっての登竜門だ」 しずく 「…ふふっ、そうかもしれませんね」 残っていたコーヒーを一気に飲み干す。 ゴミ箱へと狙いを定めて、ダーツを投げるように空き缶を放つ。 真っ直ぐと綺麗な線を描いて飛んでいく空き缶。 ボスッ、と穴に綺麗に収まる。マネージャーが指で押し込むことで、缶は底の方へと落ちていく。
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- しずく 「願いよ叶え、1つでいいから」 彼方 「叶うよ、きっと」
31 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:39:31.41 ID:O0p+CAbh - 「…どんな時でも背中を押す。任せろ、そのために俺がいる」
しずく 「…はいっ。戻りましょう、マネージャー」 その日の収録は、大成功と言っても過言ではなかった。戻ってからはほぼ全てのセリフが一発でOKが出て、ディレクターの口角もみるみる緩くなっていった。 収録後は飲みに誘われ、役者陣とスタッフ揃っての打ち上げとなった。その場でディレクターが「次も起用させてもらう」と言ってくれたことに気を良くして、ついついお酒もすすんだ。 マネージャーに家まで送ってもらい、溶けるように眠りにつく。
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- しずく 「願いよ叶え、1つでいいから」 彼方 「叶うよ、きっと」
32 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:39:50.39 ID:O0p+CAbh - その日の布団は、やけに温かかった。
まるで登竜門を登りきった私を、労うかのように。優しい温もりだった。 ここからだ。ここから私の夢の道は始まるんだ。 ――そう信じていた。 信じてやまなかった。 その時は。 ーーーーーー ーーーー ーー
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- しずく 「願いよ叶え、1つでいいから」 彼方 「叶うよ、きっと」
33 :名無しで叶える物語(しうまい)[]:2020/06/26(金) 22:40:31.50 ID:O0p+CAbh - 本日はここまでとさせていただきます
これから毎日更新していきますので、何卒よろしくお願いします
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