- 海未(30)「運命じゃない人」
1 :名無しで叶える物語(東日本)[]:2019/03/15(金) 22:18:58.50 ID:Xrowg1LH - ※海未誕特別予告編
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2 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 22:20:33.95 ID:Xrowg1LH - 【3月15日(金) 21:50 繁華街】
皆さん初めまして、高坂雪穂といいます。 訳あって一人、夜の街を彷徨ってます。 荷物はボストンバッグが一つだけ。 財布もありません。 ここ一年ほど住んでた部屋から、ほとんど着の身着のまま飛び出してきちゃったので。 それもこれも全部あの最低浮気ヤローのせいなんです。 ヤローっていっても女だけど。 ああもうホント腹立つ!
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3 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 22:21:33.44 ID:Xrowg1LH - さっき質店で、あいつから貰った指輪を換金してやったら、
信じられないことに鑑定額なんと3000円。 ショックで思わずそれがエンゲージリングだってことを漏らすと、 赤毛の店主は毛先をくるくる弄りながら、素っ気なく500円オマケしてくれました。 3500円(情込) これが今の私の全財産、とほほ。 これからどうしようかな……。 そういえば朝から何も食べてないや。
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4 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 22:24:45.43 ID:Xrowg1LH - 【3月15日(金) 22:00 レストラン“ウエストツリー”】
「いらっしゃいませ。何名様?」 お店に入ると赤毛のウェイトレスが無愛想に尋ねてきたから「お一人さま」って。 そうだよ、私はこれからもずっとずーっとお独りさまだい。 もう誰も信じない。 そもそも自分の幸せを他人に託そうなんてバカだったんだよね。 あいつのことなんか、ここで3500円分お腹に収めてきれいさっぱり消化してやる! でも現実問題この後を考えるとお金を使い切ちゃうのはまずいので、何か一品頼むだけにしとこう。 さて、今晩はどこに泊まればいいのやら。 やっぱりカプセルホテル探すしかないのかな……はあ。
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6 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 22:26:48.28 ID:Xrowg1LH -
「でさー」 「マジウケるんですけど」 「ナンパいきましょうか」 「きゃははっ」 週末の店内は大勢の客で賑わっていて。 そこかしこで飛び交う会話に耳を傾けてると、 なんだか知らない星に一人ぼっちでいるみたいな気分になっちゃった。 だって、ここにはたくさん人がいるけど。 誰も私のことを見ないし、私も誰かを見たりしないし。 それでいいんです、私は一人で生きていくんだもん。 寂しくなんかないもーん。 ……ぐすっ 「ねえあなた、お一人さま?」
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7 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 22:28:59.71 ID:Xrowg1LH -
へ…? 「デートの待ち合わせだったりとか、する?」 ……違いますけど。 「じゃあこっちのテーブルで一緒にご飯食べない?」 「あ、嫌だったら別にいいのよ。でもほら、食事って人数多い方が楽しいじゃない? それで」 食べます!!!
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9 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 22:32:44.97 ID:Xrowg1LH - ちょっと元カノに似てるその人の不思議な提案を、私は食い気味に承諾しちゃった。
「ハラショー!よかった」って悪戯っぽく微笑むその口元が、 やっぱり彼女に似てるなあとか思って。 認めなきゃ。今夜の私は、やっぱり寂しかったんだ。 誰かのそばにいて、話を聞いてもらいたかったんだ。 「へえ、雪穂ちゃんっていうんだ。よろしくね」 「私は絢瀬絵里。友達はよくエリーって呼ぶわ」 こうして今夜の私は、おひとり様ではなくなった。 めでたしめでたし?
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10 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 22:35:48.84 ID:Xrowg1LH - 【3月15日(金) 17:00 ニシキノ商事(株)オフィス】
皆さまお初にお目にかかります。私、園田海未と申します。 どこにでもいるごく普通のOLです。 突然ですが、本日めでたく30歳の誕生日を迎えた私には 生まれてこの方ずっと抱え続けてきた悩みがあります。 穂乃果「海未ちゃんてさぁ、お城みたいなマンションに住んでるんだってね」 海未「ええ…まぁ」 穂乃果「同期のよしみでお願いがあるんだけど。明日さ、部屋貸してくんない?」 海未「ええ…えぇ〜?」 人からの頼み事を、きっぱり断れないのです。
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11 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 22:39:42.98 ID:Xrowg1LH - なんでも同僚の高坂さんは最近気になってた方と明日初デートらしく。
その別れ際に「実は近くにマンション持ってるんだけど、あがってく?」 などと一昔前のトレンディドラマめいたキザな誘い文句をさらっと言うのが夢だったそうで。 穂乃果「いや〜悪いね? 海未ちゃんがいい人で助かったよ♪」 結局、今回も私は彼女の強引な拝み倒しを振り切れず、 ランチ(パック)奢りと引き換えに部屋を貸すことを承諾してしまったのでした。 決して悪い人ではないんですけどねぇ。少々無神経で厚かましいところを除けば。 穂乃果「じゃ、明日の朝8時にお邪魔するね」 海未「は、8時ですか?」 穂乃果「言ってなかったっけ。その人、ナースなんだよ」 穂乃果「夜勤明けに会う約束なの。てことで、それまでに退去よろしくー」 えぇ…そんな無茶苦茶な。
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12 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 22:43:09.60 ID:Xrowg1LH - はあ、またこのパターンです。押しに弱い私。
生来の内気さが災いし、幼少の頃より人付き合いを不得手としてきた私の人格は、 気が付けば現在の気質に固定されていました。 人の頼みを断らなければ、みんなに頼られる。 頼られる人間になれば、みんなに好いてもらえるかもしれない、と。 他人に嫌われたくない。 関わる人たち全員と良き関係でいたい。 でも便利な人扱いされるのもやっぱり癪で。 ああ、ダメな私……絵に描いたような八方美人ですね。 そんな私の煮え切らなさに愛想を尽かして、彼女は出ていってしまったのかもしれません。
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13 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 22:47:01.51 ID:Xrowg1LH - 私の人生で、初めて私のことを損得抜きで好きだと言ってくれた貴女。
あのマンションだって、貴女と一緒に暮らすために購入したものなのに。 貴女の部屋。毎週掃除して空けてあります。 貴女の荷物も。段ボール箱にまとめて部屋に置いてあるんです。 一度だけ、たった一度でいいので、戻ってきて話をしてくれないでしょうか……。
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14 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 22:48:51.67 ID:Xrowg1LH - 【3月15日(金) 20:00 マンション】
海未「ただいまです」 返事はないと分かっていても、つい言ってしまいます。 廊下の電気を点けると、お手洗いの扉が僅かに開いていたので閉め直します。 海未「こういうの、ぴっちりしてないと落ち着かないんですよねぇ」 自分の空間では、すべてのものが定位置に収まっていなければ。 玄関のサンダルの位置も微妙に曲がっていたので調整です。 朝出るときにぶつかってズレたのでしょう。 海未「……これって一種の病気だったりするんですかね」 孤独で頭がおかしくならないよう、意識して独り言を呟きながらリビングに足を踏み入れた直後、 仕事以外では滅多に鳴らない私のスマホが振動しました。
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16 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 22:54:32.59 ID:Xrowg1LH - 電話…!もしかすると彼女から…!
【着信:絢瀬絵里】 淡い期待は儚くも迅速に打ち砕かれました。 絢瀬絵里。私の、多分唯一対等に付き合ってくれる友人。 かけがえのない存在ではあるのですが。 海未「………はい、園田です」 『もしもし海未? あなた今すぐ出てこれない? いつものお店でご飯食べましょうよ』
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18 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 22:57:18.19 ID:Xrowg1LH - 海未「構いませんけど。今帰ったばかりなので、少し時間を」
『すぐ来てほしいのよ。大事な話があって』 海未「あの、さっきからなぜ小声なのですか」 『ああこれ? これはね……ほら仕事中。分かるでしょ』 海未「ではそれが片付いてからにしましょうよ。うちに来てもらえれば、私が何か作りますよ」 『いや、ホントにね? 大事な話なのよ。今すぐ来て?』 海未「大事大事って、何なんですか一体」 しばしの沈黙。 『ことりちゃんのことよ。今日街で偶然会ったの』 次の瞬間、私は弾かれた様に部屋を飛び出し、一目散に地下の駐輪場へ駆け込んでいました。
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19 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 22:59:46.99 ID:Xrowg1LH - 【3月15日(金) 21:50 レストラン“ウエストツリー”】
絵里「お待た」 海未「遅いですよ! 待ちくたびれましたよもう」 結局、たっぷり二時間近く経ってから彼女は現れました。 絵里「ごめんなさい、思いのほか長引いちゃって。奢るから許して?」 絵里「今まで何も頼まなかったの? さすが海未ね」 絵里「さーて何食べようかしら。あ、これ美味しそう!この前本で見たんだけどね」 海未「あの…本題、忘れてませんか?」 絵里「え? あうん、大丈夫、ちゃんと覚えてるわよ」 絵里「あのね。ことりちゃん、結婚するんですって」
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21 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 23:04:54.05 ID:Xrowg1LH - その後、がっくり肩を落としてもぞもぞ食事を口に運ぶ私の様子に耐え兼ねたのでしょうか。
愛に生きるナンパ妖怪ハラショー女は、忠告という名の恋愛講釈を延々垂れ始めました。 曰く「いつまでも出ていった子のことなんか引きずらないで切り替えなさい」 「この前セッティングしてあげたレズコンで、どうして誰とも電話番号やLINE交換しなかったの」 「かよちゃんだっけ? 大人しくていい人そうですねって気に入ってた子いたじゃない」 「訊くタイミングが無かった? そんなもの自分が作るのよ」 「只でさえ私たちは日陰者なんだから、アプリでも何でも使えるものは全部使って出会いを探さなきゃ」 「三十過ぎたら『街角で運命の出会い』とか『自然に出会って』とか一切ないからね?」 「危機感を持ちなさいよ。きっかけを自分から作らないと、あなた一生ずーっと一人ぼっちのままよ?」
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- 海未(30)「運命じゃない人」
23 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 23:08:17.08 ID:Xrowg1LH - 絵里「だいたいね」
絵里「一方的にこっちを振って、半年も音信不通の彼女の荷物を未だに保管し続けてるのがいけないのよ」 絵里「断言してあげる。あの子はもう二度とあなたの前に現れることはないから」 絵里「捨てちゃいなさい。そしてそのぐじゅぐじゅした未練もすっぱり断ち切っちゃいなさい」 ううっ…なにもそこまで言わなくても。 というか荷物のこと何で知ってるんですかぁ。 海未「ことり……荷物のこと、何か言ってましたか?」 絵里「へ? ああ、いえ別に。どうして?」 海未「新しい住所が決まったら送ってくれと、頼まれていたので……」 絵里「………ああもぅ」
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24 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 23:11:12.06 ID:Xrowg1LH - 絵里「ナンパいきましょうか」
唐突に突拍子もないことを言い出しましたよこの女。 海未「ナンパって……学生じゃないんですから」 絵里「学生じゃないからするのよ。さっきの話聞いてた?」 海未「し、しかし私は絵里と違って、ナンパのセンスやテクニックといったものが無いですし…」 絵里「人と出会うのにテクニックなんて要らないわよ。必要なのは勇気と根気」 絵里「見てて。ちょっと実演するから」 そう言って真後ろを振り向くと、そこに座っていた女性にあっさりと声をかけてしまいました。 絵里「ねえあなた、お一人さま?」 雪穂「へ…?」
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26 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 23:14:24.77 ID:Xrowg1LH - 絵里「へえ、雪穂ちゃんっていうんだ。よろしくね」
雪穂「はい、こちらこそ」 こんなにあっさり……。絵里の言うことにも一理あるのかもしれません。 いや、見知らぬ方とはいえ、ナンパというかあくまで女子会的なノリでの誘いでしたけどね? 絵里「私は絢瀬絵里。友達はよくエリーって呼ぶわ。ハーフじゃないわよ、クォーターなの」 絵里「こっちは園田海未。堅物そうでしょ。実家は道場やってるのよ。ね、海未?」 海未「へ? あ、はい、そうですね…」 絵里「雪穂ちゃんはなに頼む? 私はこのハンバーグが美味しくて好きなんだけど」 雪穂「あ、じゃあ私もこれにしよっかな…」 しかし初対面でよくここまでぐいぐい話しかけられますねえ……。 絵里「あ……ごめんなさい」 絵里「私、ちょっとお手洗い行ってくる」
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27 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 23:17:17.91 ID:Xrowg1LH - ――――
―― 海未「……」 雪穂「…もぐもぐ」 海未「あ、あの」 海未「それ、ちゃんと美味しいですか?」 雪穂「あ、はい」 海未「……」 雪穂「…もぐもぐ」 き、気まずい……。絵里は何をやっているのでしょう。 いえ、人のせいにしちゃダメです。こういう時はもう一人が場を繋がないと。 でも一体何を話せばいいんですかね。趣味のこととか? しかし会ったばかりの方に登山の素晴らしさを説いても微妙な顔しかされないのは身に染みていますし。 はあ……どうしましょう。これだから私は 雪穂「ふえ……ぐすっ、うぅ」
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- 海未(30)「運命じゃない人」
28 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 23:20:44.67 ID:Xrowg1LH - 海未「あ? え? ど、どうされました?」
やっぱり美味しくなかったのでしょうか? 雪穂「すびばせん……何でもないですから、えっく」 何でもなくはないでしょう……。 この場合どうすれば……ええいままよ! とりあえず彼女の背中をさすることにしました。 雪穂「ふっ、うぅぅ…ぐす」 さめざめと泣き続ける彼女と一心不乱にさすさすする私。 そんなテーブルに赤毛のウェイトレスが近付いてきたかと思えば、 「お済みのお皿お下げしてもいいかしら?」 こんな時くらい空気読んでください!
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29 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 23:25:27.99 ID:Xrowg1LH - ・
・ ・ 海未「落ち着きましたか?」 雪穂「もう平気です」 雪穂「急にごめんなさい。びっくりしましたよね?」 海未「いえ、大丈夫ならそれで何よりですが」 雪穂「………」 雪穂「別れてきたんです。婚約してた人と」 海未「えっ」 雪穂「その子、前々から遊び慣れてる感じはしたんですけど」 雪穂「ある日、それ用のケータイを見つけちゃって」 雪穂「見たら、やっぱり私以外にも女の子たちがたくさんいて……あ、相手も女性なんですけど」 雪穂「……気味悪いですよね、いきなりこんな」 海未「そんなことないです!」
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- 海未(30)「運命じゃない人」
30 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 23:26:50.14 ID:Xrowg1LH - 海未「じ、実は私も半年前に似たようなことがありまして…!」
海未「結婚を約束していた彼女に、ある日突然出ていかれてしまって」 海未「だから、気持ちは分かります!女同士でも、気味悪くなんか全然ないです!」 雪穂「や、そういう意味で言ったんじゃないです」 雪穂「会ったばかりの人間が、急に泣き語りし出したら気味悪いかなって」 雪穂「私は、好きになった人がたまたま女性だっただけなので」 雪穂「別に根っからの同性愛者とかではないんです。すみません」 海未「……さいですか」 うああ……。 やってしまいました。居たたまれない空気に逆戻りです。 海未「あの、私、ちょっと友人の様子を見てきますねっ」 思わず逃げるように席を立ってしまいました。
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31 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 23:28:22.59 ID:Xrowg1LH -
プルルルルルルルル 『もしもし?』 海未「絵里!トイレにもいないし、今どこですか?」 『どこって……急に仕事入っちゃったのよ』 海未「はあ? 彼女はどうするんですか」 『どうって……あなた、うまくやりなさいよ』 これは――もしかして、嵌められた? 海未「絵里、あなたまた余計なお節介を」 『ちょっともう切るわよ。頑張りなさいよ、せっかくのチャンスなんだから』 海未「あ、もう…!」
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- 海未(30)「運命じゃない人」
32 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 23:30:25.35 ID:Xrowg1LH - 海未「すみません。彼女、戻ってこないみたいです」
雪穂「へ?」 海未「なんだか仕事が入ったそうで」 雪穂「これからですか?」 海未「ええ。実は…」 海未「探偵なんですよ。絵里は」 海未「素行調査のために普段から尾行や張り込みを……ぁ」 迂闊でした。今浮気を連想させる話題はNGだったかもしれません。
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- 海未(30)「運命じゃない人」
33 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 23:35:10.42 ID:Xrowg1LH - 海未「……重ね重ね申し訳ありません」
海未「絵里があなたに声をかけたのも、実のところ私のためだったんです」 雪穂「?」 海未「さっき聞かれたと思いますが、私半年ほど前に恋人だった女性に振られまして」 海未「それでずっと落ち込んでたところを、今日も彼女が色々と世話を焼いて元気づけようとしてくれて」 海未「その流れで何故か、女の子をナンパしようという話になりまして……」 海未「あの、ですから…それ、食べたらもう解散ということでも、一向に構いませんので」 海未「もちろんお代はお支払いします、失礼したお詫びに。不快でしたよね、こんな相手と同席なんて…はは」
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- 海未(30)「運命じゃない人」
34 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 23:37:00.47 ID:Xrowg1LH - 雪穂「……園田さんは」
雪穂「園田さんは、同性愛者なんですよね」 海未「え、ええ…まあ」 雪穂「同性愛者の園田さんから見て、私って魅力ありますかね?」 海未「へ? それは、えっと」 雪穂「やっぱり、ない感じですよね……私なんか」 海未「や、そんなことありませんよ? じゅうぶん、魅力、あると思います…よ?」 雪穂「………」 ああ、また俯いてしまいました。私の不用意な発言のせいで。 傷付いて、悲しくて、泣き出したいのに泣けない。 この辛さは痛いほどよく分かっているつもりです。 何とか元気を出してもらわないと……。
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- 海未(30)「運命じゃない人」
35 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 23:39:49.20 ID:Xrowg1LH - 海未「甘いものって、好きでしょうか」
雪穂「ふぇ…?」 海未「ほら、辛いことがあった時って、甘いものを食べると割と気がまぎれるじゃないですか」 海未「ここって、トマトケーキとか有名なんですよ。雑誌とかで紹介されるくらいに」 海未「あ、ちなみに今日は私の誕生日で……ってそれは関係ないですけど」 海未「どうせ私の奢りですから、好きなだけ注文しちゃってください」 海未「私のことは、お金を出す置物とでも思ってもらえれば……」 雪穂「………」 海未「ですから、目の前にいるのは置物なので」 海未「泣きたい時は、構わず泣いてもいいんですよ?」 海未「置物相手ですから。気兼ねなく」 雪穂「………ぷっ」 雪穂「なんですか、それ」 雪穂「でも…ありがとうございます」 よかった……。 正直自分でも何を言ってるのかよく分からなくなりましたが、少しだけ笑ってくれました。 化粧っ気を感じない、少々地味な顔立ちですが。その笑顔、とってもチャーミングだと思いますよ?
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- 海未(30)「運命じゃない人」
36 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 23:42:30.36 ID:Xrowg1LH - 【3月16日(土) 00:30 海未のマンション】
雪穂「色々すみません。迷惑かけることになっちゃって」 海未「いえ、このくらい。私は気にしてませんよ」 あの後、私たちはスイーツをつつきながら、ぽつぽつお互いの話をしました。 彼女……雪穂さんは、元婚約者のために仕事を辞め、貯金も相手の名義にしていたので、すごく悔しかったこと。 家族は近頃ほとんど連絡を取っていない姉が一人だけで、出来れば彼女には頼りたくないということ。 今晩行く当てがないとのことなので、うちでよければ泊まりませんかという流れになったのです。 閉店時間ぎりぎりまで話し込んでしまって、電車もありませんでしたし。
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37 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 23:45:23.42 ID:Xrowg1LH - レストランからマンションまでの道中でも、私たちはぎこちない会話を続けていました。
途中、妙なやる気を出してしまった私が、よせばいいのに自転車に二人乗りを勧め、 案の定慣れていなかったため、坂道で軽い暴走状態となって飛び出した車道で、 『便利屋にこにー』と書かれた軽トラに轢かれそうになり、運転手の方に怒鳴られるという失態もありましたが。 それすらも笑って流せるほどに、二人ともリラックスできていたのです。 マンションのエントランスに踏み込んだ雪穂さんは一言「お城みたい」 私はまたテンパって、「お城みたいと言っても、変な下心はないですから」と余計な一言。 彼女ははにかんで「分かってます。園田さんはいい人ですから」 いい人ですか……。ちょっと切なくなりますね。
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38 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 23:48:13.62 ID:Xrowg1LH -
海未「この部屋を使ってください」 海未「着替えとかは……あ、持ってますか」 海未「ベッドもあります。私は向こうで寝ますので」 海未「お風呂入りますよね? 今沸かしてきます」 雪穂「ありがとうございます。何から何まで」 海未「いえいえ、どうせ空き部屋なんです」 そこで私は、壁際の段ボールやハンガーにかかった服をちらりと一瞥し。 雪穂「あ……例の、ことりさん、でしたっけ」 海未「一週間くらいしか使われてないんですよねぇこの部屋」 ここを買って、すぐ出ていかれちゃいましたから。
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- 海未(30)「運命じゃない人」
39 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 23:52:37.04 ID:Xrowg1LH - 海未「今度、結婚するそうなんです。彼女」
海未「出ていく時、他に好きな人が出来たと言ってましたから。多分その方と」 雪穂「…ひどい」 ぽつりと漏れた言葉の深刻なトーンに、ややたじろきながらも。 海未「私は…仕方ないかなと諦めてます」 雪穂「仕方ないですかね?」 海未「こういうのは、気持ちの問題ですから」 海未「別に、契約書とか書いてもらったわけでもないですし」 愛想笑いを浮かべようとして、上手くいきません。 彼女はまた下を向いていました。 雪穂「今でも…その人のこと、好きですか?」 海未「………はい。好きです」
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- 海未(30)「運命じゃない人」
40 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 23:53:47.99 ID:Xrowg1LH - そう口に出した途端、ことりとの思い出の記憶と、彼女への複雑な想いがない交ぜになって
心にフラッシュバックし、どうにもならなくなった私は、しばし押し黙ってしまいました。 その間、雪穂さんも同じように沈黙したまま。彼女が何を思っているかは分からないですけど。
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- 海未(30)「運命じゃない人」
41 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 23:54:41.83 ID:Xrowg1LH - 海未「……とにかく遠慮せずに使ってください。私はお風呂を沸かしてきます」
胸の苦しさも限界に達し、この部屋という彼女の思い出から逃げ出したくなって、私は足早に立ち去ろうとし 海未「え――」 ぎゅっ――と抱き締められて、心を繋ぎ止められました。 雪穂「……」 海未「あ…」 密着した身体から、彼女の体温が、鼓動が、心の温度が、私の中に流れ込んできて。 その時初めて、この人も今の私と全く同じ心の動きを共有しているんだということに気付けたのでした。 抱擁というよりは、しがみ付くようなその抱き方で、私たちは自分自身を抱き締め合っていたのです。
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- 海未(30)「運命じゃない人」
42 :名無しで叶える物語(東日本)[sage]:2019/03/15(金) 23:57:47.61 ID:Xrowg1LH -
いつまでそうしていたでしょうか。 雪穂「……っ、すみません」 唐突に、はっとしたような顔で雪穂さんは離れました。 海未「いえ……どういたしまして」 どういたしましてって何ですか!? この言語野機能不全! って、なんでこんなテンパってるんですか私は!? だって、彼女が温かくていい匂いだったから…… 海未「お風呂…!そう、お風呂!入れてきますねっ」 たちまち上気した顔を見られぬよう背けながら。 久しく感じていなかったときめきと、他人と初めて心の底から通じ合えたような興奮とを上手く処理できず、 それでも確かな高揚感に浮かれながら、私は思い出の鳥籠を飛び出したのです。
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