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名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止
善子「大好きはもう隠さない」 [無断転載禁止]©2ch.net

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善子「大好きはもう隠さない」 [無断転載禁止]©2ch.net
1 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:33:10.58 ID:CqFRrjvs
高校を卒業して、私は曜さんを追うように曜さんと同じ大学に進学した。

そして、曜さんが住む家に転がり込んだ。そしてこの家は、私と曜さんだけの世界になった。

「ん――は」

「ぷ はっ」

私と曜さんの唇が離れて、私と曜さんの唇を繋ぐ銀の糸が月の光を受けてきらめく。その銀の糸を、曜さんは潤んだ瞳で見つめている。
とろりと蜂蜜の様に溶けながら私達の間を繋ぐ銀の糸は、やがて曜さんの口の中へと入りこんでいく。

「ん――」

こくん、と喉を鳴らした曜さんは、私たちの間を埋めるそれを飲み込んでくれた。それだけで、それだけの事なのにどうしようもないほど切なくなって、曜さんのふわりとした灰色の髪を一度指で梳かした。

曜さんは潤んだ瞳を少し見開いたけれど、すぐに擽ったそうに微笑んでくれた。曜さんが私の前で、微笑んでくれる。笑ってくれる。
それがうれしくて、もう一度今度は唇が触れるか触れないか、位の加減で口づける。

曜さんの唇は元々ちょっとぷっくりしていて、触れるか触れないかの距離感でもその柔らかさを感じられる。
そしては私はどうしようもなく、また切なくなって理性の最後の一本を切り離してしまいそうになってしまう。

「最近の善子ちゃん、やさしいね」
善子「大好きはもう隠さない」 [無断転載禁止]©2ch.net
2 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:35:00.35 ID:CqFRrjvs
「えっ」

私が少しの間曜さんの髪を触り続けていると、微笑んだ表情のままの曜さんが唐突につぶやいた。
一瞬、今まで私は曜さんに厳しく接していたのかなと動揺するけれど、今の私と曜さんの一糸纏わぬ姿を思い出してから、そういう事かと思い直す。

「うん――。ちょっと、心境の、変化、かな」

曜さんが早朝のランニングに出かける前に寝ている(フリをしている)私にキスをした日以来、私の曜さんに対する触れ方は自分でも大きく変わったと思う。
それまでは曜さんに本当の意味で心から溺れることは出来ていなかった。

どこかで、私は曜さんの事を信じ切れていなくて、だから、あんなに激しく曜さんの身体に触れていたんだ。

曜さんの丸くて大きな瞳を見つめながら、少し前の記憶に思いを馳せた。
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3 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:36:10.96 ID:CqFRrjvs
――善子と曜の家 休日 朝


曜「朝のランニングの時、起こしてほしい?」モグモグ

善子「口にモノいれたまんま喋らないで」

曜「よーそろ」ゴックン

曜「なんでまた藪から棒に?」キョトン

善子「……」

善子「ちょっと、最近運動不足かなぁって」

曜「……そうかな?」プニ

善子「あひゃっ!?」

曜「善子ちゃんそんなに太ってないと思うけど……」

善子「わき腹を摘まむの止めてくれるかしら……」

曜「むしろ綺麗になってる……」サワサワ

善子「ばか」ペチ

曜「あははは、嘘じゃないよ!」

曜「ん、でもわかった。休日の朝のランニングの時、善子ちゃんも起こすよ」

善子「お願い、曜さん」

曜「任せて! 叩き起こすから!」グッ

善子「出来れば穏便にお願いします……」
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4 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:36:40.02 ID:CqFRrjvs
――お昼

テレビ「邪魔するでー!」

テレビ「邪魔するなら帰ってー」

曜「あはははは! 邪魔するなら帰って〜! あははははは!」ケラケラ

善子(よく同じネタで何度も笑えるわね……)ボケー

曜「あははははは! あっ熊だ熊! 死んだふり!」ケタケタ

善子(……別に、太ったとか、健康志向とか、そういうのじゃない)ボー

善子(堕天使は太らないし、夜中にニコ動見ながらポテチ食べても太らないし)プニ

善子(堕天使は健康に気を使わないし、そもそも曜さんと暮らし始めてからは、食生活とか生活リズムが劇的によくなったし)

善子(配信しても肌がきれいになったとか言われるし)エッヘン

善子(……色っぽくなったとかも、言われるし……)カァァ

曜「あはははっはははは! おなかいたーい!!」ケラケラ

善子(たぶんこの人のせいよね)ジー
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5 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:37:04.73 ID:CqFRrjvs
善子(私の生活リズムは格段に良くなって、朝起きて夜眠るという当たり前のことが、身に付いた)

善子(皆が寝る時間に寝て、皆が起きだす時間に私も起きる)

善子(堕天使としては月照と共に目覚めるべきなのかもしれないけれど)

善子(曜さんが寝ていたら、それは、さみしいし)

善子(そうやって曜さんと同じように目覚めて、曜さんと同じように寝る)

善子(私にとって、その事実は当たり前の、それこそ息を吸って吐くのと同じくらい、当たり前のことになった)

善子(けれど、休みの日、ふと目が覚めると曜さんがいなくなっていることがある)

善子(朝、鳥の囀り、暖かな日差し、穏やかな風。それらはすべて、曜さんと一緒に迎えられて、初めて綺麗と思えるようになった)

善子(けれど、朝目が覚めて曜さんがいないと気付いた時、酷い喪失感に襲われる)

善子(ランニングにいってるだけで、朝の弱い私を気遣って、目覚まし時計もかけずに自力で起きて走りに行っているだけだとわかるのに)

善子(いつも心のどこかで、愛想をつかされてしまったのでは、と恐怖することがある)
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6 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:37:36.65 ID:CqFRrjvs
善子(目を開けて、その明るい灰色とそのぬくもりを感じられなかったとき、私は、きっとひどい顔をしているのだと思う)

善子(……だから、決めた)

善子(堕天使は早起きする。幸運であることを手放しても、曜さんのぬくもりは手放したくない)

曜「ねえ、善子さん?」クルッ

善子「なに?」

曜「さっきから背中にあっつい視線を感じるのは気のせい?」

善子「……自意識過剰なんじゃない?」

曜「そうかも?」

善子「そうよ」

善子(テレビの中の登場人物は、揃い揃ってずっこけていた。同じネタ、天丼、いつもの流れ)
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7 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:38:06.73 ID:CqFRrjvs
――次の休日 早朝 善子と曜の家

曜(ほわぁ。よく寝た)

曜(時間は――五時! うん、体内時計もきっかりだ! 元気全開DAY! DAY! DAY!)

曜(あーたーらしいあさがきたー♪)ガサゴソ

曜(きぼうのあさー♪)スルスル

曜「あっ」ハッ

曜(善子ちゃん起こさなきゃ)サササ

曜「よしこちゃ――」ソーッ

善子「――――」スースー

曜(……喜子ちゃんの寝顔はいつもきれいだなぁ。色白だし、まつ毛ながいし、髪の毛は真っすぐでさらさら)サワサワ

曜(人を虜にしてるってことは、やっぱり堕天使なのかな、喜子ちゃんって)

曜(――にしても、善子ちゃんは起こしてって言ったけど、朝の五時に叩き起こすのは気が引けるなぁ)

曜(善子ちゃんはテイケツアツだし、寝ぼけた状態でランニングってのも危ないし)

曜(ん――ごめん、善子ちゃん。今日も――曜は善子ちゃんを起こせませんでした)


曜「――ん」チュ


曜(堕天使パワー充電! 渡辺曜はランニングに行ってきます! 全速前進ヨーソロー!)ガチャ バタン


善子「――」スースー
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9 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:38:41.02 ID:CqFRrjvs
――朝

善子「……」ムッッッスー

曜「ごめんて! 善子ちゃんほんっとごめん! 忘れてたんだってば!」

善子「……」ムムムムムムッスー

曜「そんな怒らないで! いつも起こしてなかったから、つい癖で、ほら、ね?」

善子「……」ムゥッスゥー

曜「……ほら、ホットケーキだぞぉ〜ぶーん!」

曜「隊長! 攻撃目標を確認しました! 堕天使ヨハネのお口です! ぶぅーん!」

善子「……」ジローッ

曜「隊長、対象はこちらを警戒しています!」

曜「よし、攻撃だ! ホットケーキミサイル発射用意!」

曜「シロップ確認! バター確認! よーそろぉおおお!」

善子「曜さん」

曜「はい」
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10 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:39:36.46 ID:CqFRrjvs
善子「毎朝寝てる私が曜さんに我儘なお願いしてるのは知ってる」

曜「我儘なんて――」

善子「低血圧で朝目が覚めてからも起きるまで時間かかるから、ランニング行くまで時間かかっちゃうのも、我儘だって思う」

曜「そんなこと――」

善子「それでもやっぱり、起こしてほしいの……」ウツムキ

善子(今朝は、最悪の目覚めだった。昨日寝る前は、曜さんが朝起きたらいない、という事なんかこれっぽっちも考えてなかった)

善子(いつもは『朝起きたら曜さんがいない』という事実を心に刻み込んで予防線を張っておく)

善子(今回はそんなことしてなかったから、いつも以上に、曜さんのぬくもりがある『当たり前』のことが『当たり前』じゃなかったという事実が深く突き刺さった)

善子(不安で不安でしょうがなくて、当たり前のことが当たり前じゃなくて、それが怖くて、それでもどうしようもなくて、ずっと、曜さんの残した、微かな暖かさを――)

善子(ハッ! 何やってんの私!? 朝からあんなことしてたの!? うわぁああああ!! 何やってんのヨハネ! バカなの!?)

曜「うん――わかった。次は、絶対起こすよ」

善子「えっ! あっ、ご、ごめんなさい、お願い、曜さん」 アセアセ
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12 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:40:02.25 ID:CqFRrjvs
――休みの日の前日、夜

曜「明日はランニングだから夜はお休みだよ」

善子「ちょっと赤裸々に何言ってんの!?」

曜「いやぁ善子ちゃん時々私が寝坊するくらい凄いことしてくるし」

善子「シラフの時にそんなこと言わないでよ!! っていうかそんなすごいの私!」

曜「うん、もう堕天・ザ・ハンド、みたいな」

善子「変な必殺技つけないでよ!」

曜「そんな訳で今日は早く寝よっか、抑えの効かない善子ちゃん」ニッコリ

善子「私の名前の前にそんな単語つけないで!」

善子(……夜、私が激しいのは、自分も自覚してる。だって、曜さんにはそうしないと、なんだかどこかに行っちゃいそうだし……)

善子(潜在的に、もしかしたら私はこの毎日に対して不安と恐怖におびえているのかもしれない……)

善子(曜さんはあけっぴろげに私に接しているのに、私は曜さんのこと、信じ切れていないのかも、しれない)

善子(曜さんのこと、だいすき、なのに)

曜「ほーら、善子ちゃーん! 曜の隣においで〜!」ポスポス

善子(……でも、明日はきっと起きて一緒に朝を迎えられる、わよね)
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13 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:40:55.26 ID:CqFRrjvs
――翌日 早朝

ちゅん ちゅん

善子(――はっ!!)パッチィィイィィィィィ

善子(醒めたッ! 醒めたわ津島善子! 完全なる起床! 完璧な覚醒! 堕天使の日よ! サヨナラ低血圧! たぶんたまたまだと思うけど)

善子(……時間は……五時前。曜さんはいつランニングに行ってるのかしら? もう起こした方がいい? 曜さんが起きるまで待つ?)

善子(うーん……)ブルッ

善子(曜さんには悪いけど、一度起きておトイレ……)

ゴソッ

善子「っ!!」ガバッ

曜「ふぁ……よく寝た……」

善子(起きた! 曜さん起きた! でもなぜか私は寝たふりしてる! というか曜さんに甘く起こされたい! というか起こしてもらう! 堕天しよう!)

曜「……善子ちゃん、起こさなきゃ……」

善子「――」スゥーッスゥーッ

善子(寝息って意識してやると難しい! 寝たふりってばれたら恥ずかしい!)

曜「やっぱり寝てるよね、善子ちゃん」

善子(隠し通せたぁああああああ!!)

曜「ほら、善子ちゃん起きて―」ソッ
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14 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:41:36.49 ID:CqFRrjvs
善子「――」スゥーッスゥーッ

善子(待て、待つのよ善子! 一発で目覚めたら曜さんに寝たふりしてたってばれる! ちょっと粘って目覚めの悪い善子を演じるのよ!)

曜「まあ、一度じゃ起きないよね。ほら、おきてー善子ちゃーん」ユッサユッサ

善子(うん、もうちょい――もうちょいだけ粘る――曜さんの甘い声が、優し過ぎて、とろけそう――)

曜「やっぱり起きないか。でも、起こさないと善子ちゃん不安がるだろうし……うーん……」

善子(よし――次。次のアタックで目覚めるのよ善子! 寝坊助を装って――)

善子「――」スゥーッスゥーッ

善子(あ、れ? 甘い声……聞こえない……もしかして、もしかして曜さん、まさか――)

善子(薄目、薄目だけ開けて、一瞬確認しよう)ソーッ



善子(ッ!?)


薄目を開けるとそこは、目を閉じた曜さんの綺麗でかわいい顔が広がっていました、天国でしょうか。

私が何か言う前に、曜さんの唇はもう私の唇に触れていて、曜さんのぬくもりとか、優しさとか、そういうのが全部流れ込んできました。

優しくて、心がとろけそうになるほど、甘くて永遠のような一瞬。

甘いホットケーキの味。甘いシロップの味。そんなもの、比べ物になんて、ならない。曜さんのキスの甘さは、そんなもの歯牙にもかけない。

曜さんの私の肩に触れている手とか、私の太ももの間にある膝とか、髪を優しく梳かしてくれている指とか、全部が、私の欲しがっていたもので。

いつも私からキスしたり、触ったり、触れたり、求めていたけれど。

いま、曜さんからされているキスで私が感じている感情は、きっと私がして曜さんに与えている感情より、何億倍も、幸せなはず。
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15 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:42:10.52 ID:CqFRrjvs
今、私は、きっと、この世のすべての幸せよりも、今この一瞬の幸せの方が幸せだって、言い切れる。

きっとおかしな日本語だと思うけど。それでも、そうとしか思えない。

私が今まで手放してきた幸せは、手放してきたんじゃなくて、神様に預けて来たんだと思う。

私が今まで生きてきて経験できるはずだった分の幸せを、今ここで、神様は全部、一度に、私にくれたんだと思う。

心のとろけるような。体がどこかに沈み込んでいくような。曜さんに、どうしようもなく、好きだって。

目を閉じて、この幸せをずっと感じていたい。

ねえ神様、今日くらいは天使になっても構わないと思わない?
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16 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:42:35.15 ID:CqFRrjvs
曜「――ぷ、は」

善子(曜さんのぬくもりが離れるけれど、私の心は、甘い感情で満たされていて、この世すべての幸せを積み重ねた幸せより大きい幸せに揺蕩っていた)

曜「うーん。おはようのキスでも目覚めないかぁ。しょーがない。……怒られるの覚悟で、今日も黙ってランニングに行くしかないよね」

善子(まさか。怒ったりなんてしない。だって曜さんの気持ち、唇から通して伝わってきたもの)

曜「許してね、喜子ちゃん」

善子(たぶんもう、私は曜さんのいない朝が来ても、不安も恐怖も感じないと思う)

善子(この幸せがあれば、私は曜さんを信じていられる)

曜「行ってきます、私の――」

善子(曜さんは私にとって――)
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17 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:43:51.26 ID:CqFRrjvs
「ん――」

唇に甘い感触が走って、私はふと我に返る。
目の前には悪戯っぽくはにかんでいる曜さん。ああ、安心する。こんなにも心が穏やかになるなんて。しあわせだな、と思う。

「かわいい」

曜さんがくしゃっと笑って、私の頬を撫でてくれた。頬に触れる柔らかく優しい指の軌跡の跡に沿って、私は赤く染まる。たったこれだけの動きで、曜さんは私の心を簡単に揺さぶってくる。

「曜さんの方が、かわいい」

照れ隠しにそっぽを向きながら曜さんに呟くと、曜さんは擽ったそうに笑ってくれた。

「えへへ、嬉しいな。誰に言われるより、善子ちゃんに可愛いって言われるのが、一番うれしい」

曜さんの言葉はいつだってまっすぐ。空高くからプールに真っ直ぐ飛び込む様に、そして入水するときの様に少しの水しぶきも上げず、するりと心に入り込んでくる。
それに比べて私は、曜さんになんて言えばいいのかわからなくて、照れ臭くなってそっぽを向いてしまう。

「前の善子ちゃんは、もっと激しかったよね」

曜さんはにこにこ微笑んだままなのに、私の顔がこれ以上ないってくらいにまで赤くなった。照れ、と言うより自分を恥じてしまうタイプの赤面だ。
理由としては私が曜さんを信じる事ができなかった。これに尽きる。

不幸だった私にいざ曜さんと言う幸せを与えられても、いつか私の前からその幸せはどこかに行ってしまうのでは、と。渡辺曜と言う私の幸せの根源は、いつか私の前から去ってしまうのでは。そういう恐怖心と不安感が私の幸せの影となりいつも頭から振り払う事ができずにいた。

不幸だった私に与えられた、幸福。
『特別』じゃない私に与えられた、『特別』な才能を持った私の『特別』な人。

幸せに臆病で、特別な才能を持つ人へのコンプレックスに似た何か。そんな悩みを持つ私が周りから特別な人だと評される渡辺曜と言う人の、特別な存在であることを許された。それを幸せと呼ばずして、何と呼べるだろう。

そしてその幸せに溺れられずに、ただ曜さんへ不安と恋慕を募らせていた。曜さんは最初から私と対等に向き合っていてくれて、純真な恋心を私の前にいつも見せてくれていたのに。
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18 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:44:21.77 ID:CqFRrjvs
私は赤面必死、黒歴史な自分の事を少し思い出した。
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19 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:45:10.31 ID:CqFRrjvs
――曜さんは大学に入ってからもモテていた。
もともと社交的な人だし、スタイルも良いし、何でもできるけど嫌味じゃないし、いつもどんなことにも取り組んでいた。
だから、私が曜さんと同じ東京の大学に入学した時には、既にもう二回生の中では知らない人はいないレベルの有名人になっていた。

元Aqoursのメンバー、オリンピックを目指す美少女。おまけにコミュ力も高い。モテないわけがない。

だから、曜さんはどこにいても絶対に誰かと一緒で、その周りにいる人はいつも笑顔だった。

「善子ちゃん、渡辺先輩の方ずっと見てるよね」カチャカチャ

「……そう?」

「ほら、また二乙してる」カチャカチャ
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20 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:46:20.92 ID:CqFRrjvs
それに比べて私は授業こそちゃんと出て単位もしっかりとってバイトもしているけれど、それ以外に取柄はなくて、ただ苗字しか覚えてない友達と食堂で空き時間にゲームしているだけの、どこの大学にもいるであろう人間になっていた。

私もAqoursのメンバーで入学当初はチヤホヤされていたのだが、曜さんがチヤホヤされているのを見て機嫌が悪くて適当にあしらっていたら、気付けば周りに人はいなくなっていた。

正直言うとちょっと――かなりちょっと後悔している。
けれど、また私自身がヨハネモードになってイタい目に遭いたくはないから、これでよかったのかもしれない。
それに曜さんと大学でも近づきすぎると、私達が付き合っている、と言う事もバレるかもしれない。

女の子同士――もしそれが大学に広がってしまったら。

同性愛者であるという事は、公表できることじゃない。だから、私たちは人目を隠して付き合っている。
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22 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:46:52.81 ID:CqFRrjvs
「知ってる? 渡辺先輩、今日も告白されたんだって」

ずきり、と心が痛んだ。

「そうなんだ」

「でもお決まりの文句で振られたんだって。『心に決めている人がいるので』って」

知ってる。それでも、曜さんの事を想うと、胸が痛い。

「純愛だよねぇ、渡辺先輩」

曜さん。曜さん。曜さん――曜さん曜さん曜さん曜さん曜さん曜さん……。

「……」

「あっ善子ちゃん! 避けて避けて! 三乙しちゃ――」

ゲーム画面なんて、見えてなかった。

私の頭の中には曜さんが居て、それなのにどうしようもない不安に囚われていた。
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23 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:48:17.78 ID:CqFRrjvs
夕食はいつも、二人そろって二人の家で食べる。

「ふぃ〜お腹いっぱい! 御馳走様でした!」

「お粗末様」

曜さんはいつも朗らかに笑ってくれている。その笑顔に裏なんて、ない。
高校時代のある時期、リリーと千歌先輩の間柄に嫉妬していた曜さんの言動は、曜さんを見ていればすぐにわかった。曜さんだけを見ていたから、とでも言えるかも。
だから、今の曜さんは心から私とのお付き合いを喜んでいてくれているのがわかる。嘘を吐くのが、苦手な人だから。

こんな不安定な状態にある原因は私。曜さんが私の元からいつか離れてしまうのではないかと、日々日々思ってしまうから。

目の前の曜さんは、今日も異性に告白されている。けれど、曜さんは『好きな人がいる』の一言で一蹴し続けている。そこまで私は知っているけれど、曜さんは私に告白のこの字も言わない。
いう必要なんてない、って思ってるのだと思う。その『好きな人』が津島善子なんだっていうのも、きっとそうだと思う。

それでも、私は。

「曜さん、今日、告白されたの?」

ワザとらしく嫉妬しているように、問えたと思う。

「うん、されたよ」

たはは、と笑う曜さん。
素直な肯定。それは間違いなく、私への後ろめたさはない。告白されたけど、それがなに? 私は善子ちゃんが好きだよ、という気持ちの表れ。
言外から伝わる、想い。

「なんて、答えたか聞いても良い?」

「心に決めた人がいるから、って」

曜さんの朗らかな笑顔が、私の曜さんを信じ切れていないという事実から生まれる罪悪感を刺す。

「そ、そう」

欺瞞で満ち溢れる私と、一切の後ろめたさのない、純度百パーセントの曜さん。

「だって、私は善子ちゃんが好きだから」
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24 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:49:04.62 ID:CqFRrjvs
「じゃあお風呂、先に貰うね〜」

そう言い残し食器の片づけをする私を残し、曜さんはお風呂へと向かった。

その間に私は水に浮かべて汚れを取りやすくした食器に戦いを挑み始めた。

二人分の食器はそう多くない。ぼんやりと何かを考えることもなく、気づけば食器はすべて綺麗に片づけられていて、テレビもパソコンもアイフォンもつけず、私は夜空を眺めていた。

静かな夜に、曜さんがシャワーを浴びている音だけが私の耳朶を打っている。
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25 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:49:52.46 ID:CqFRrjvs
「ふたりが 出会う ファンタジー 不意にときめくの それは恋の魔法」

シャワーの音に紛れて聞こえる曜さんの歌声は、初のセンター総選挙で曜さんがセンターをもぎ取ったときの歌だった。

「水深は浅いの? 青春は深いの?」

どことなく人魚姫をモチーフにしたそれは、恋への甘美な想いと自分の心に正直になる女の子の歌だ。

「さいごは一緒に あわあわにのって――」

人魚姫は泡になって王子様の前から消えてしまう。

ぞくりと。

私は恐怖心に駆られて浴室へと駆け出した。
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27 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:52:46.20 ID:CqFRrjvs
着の身着のまま浴室に飛び込むと、当然だけれど曜さんは一糸まとわぬ姿でシャワーを浴びていた。

「いまだけってキミだけって――え? 善子ちゃ――んむっ!」

驚く曜さんを確かに視界に捉えながら、それでも私は半ば本能のままに曜さんの唇に私の唇を押し付けた。

人魚姫は泡になって私の前から消えてしまう?

それが私の頭の中を駆け巡っている。曜さんが、私の前から、消える?

嫌だ。曜さんがいなくなるなんて。嫌だ。

熱い、爆ぜる様に熱い。曜さんの唇。私の激情。シャワーが私の服を、私を濡らす。曜さんは少し抵抗するけれど、私が曜さんの唇を舌で撫でると、曜さんは手を私の背中に回して、唇を開けてくれた。

「はっ――」

「ん――ぁ」

シャワーの音とは違う、少し粘性のある水音。

ぴちゃ、ぴちゃ、くちゅりと体の中から音がする。曜さんだけを求める。消えてほしくない。曜さんに消えてほしくない。その一心で、曜さんを貪る。

「よ しこ ちゃ――はっ」

曜さん曜さん曜さんと――呪いをかけるみたいに私は頭の中で、世界で一番大好きな人の名前を連呼する。

やがて曜さんが手に持っていたタオルは浴室の床に落ち、曜さん自身も少しずつ自分で立っていられないようになり、それでも壁に背中を預けつつ私の乱暴なキスに応えてくれる。

私の暗く燃える感情は、シャワーで消えるどころかますます熱くなり、ほとんど歯止めが利かなくなってくる。

気付けば曜さんは自力で立ってはいなくて、私が曜さんの股の下に太ももを差し込み、手首を手でつかんで無理やりキスを続行していた。
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28 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:56:00.07 ID:CqFRrjvs
「よしこちゃ――わたし――んんっ!」

キスをいったん止めて、お互い息を吸い込む余裕を出すと、先に曜さんが口を開いた。

けれど、私は曜さんの言葉を聞く余裕なんてなかった。今度は曜さんの大きな胸に手を伸ばす。いや、胸というより、もう何度も何度も触れて触って吸ってつまんできた、そのぷっくりと膨らんでいる、先端を摘まんだ。

「ああっ! そこ――だめっ」

その声が心地いい。だから私は私を止められない。

曜さんの股の下の、私の太ももを曜さんの敏感なところに押し付ける。

「ま――あ"っ」

ぐちゅり。ぐちゅり。ぐちゅぐちゅ。

シャワーの音より大きく甘美なその音は、曜さんの股から聞こえる。私の太ももにも伝うその愛液は、私たちが今何をしているかはっきりと理解させてくれる。

赤く膨らむ先端を自分が曜さんを想ってするときのようにつまんだり、吸ったり、はじいたり爪で軽く掻いたりするたびに、曜さんは素直に反応を見せる。
甘い声。嬌声。浴室に響く曜さんの声。

曜さんの身体が電気を浴びたように跳ねるタイミングに合わせて、私は曜さんの愛液にまみれた太ももを動かす。そのたびにぐちゅぐちゅと甘い音が聞こえ、私はそれだけでもう達しそうになる。

「だめ……よしこちゃんっ――わたし――もう――」
善子「大好きはもう隠さない」 [無断転載禁止]©2ch.net
29 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:56:54.40 ID:CqFRrjvs
嬌声の隙間を縫って、曜さんが限界を迎える手前であることを知らせてくれる。

私は天使じゃない。堕天使でもない。黒魔術も使えない。特別なんかじゃない。普通の地味な人だ。
曜さんは飛び込みの選手で、オリンピックにすら手が届きそうな、誰もが持たない才能を持つ、特別な人間だ。

そんな普通の私が、特別な人である曜さんの隣に居られるのは奇跡に近い。
だから、私は特別な人である曜さんに私しかできない事をすることで、私は曜さんの隣に居られることを確認する。

私が曜さんの隣に居てもいいという、確認のための作業。

「〜〜っぁぁあっ!」

曜さんの身体が大きく跳ねると、そのまま私の方へとぐったりと倒れ込んでくる。

暗い感情は、それでもまだ、満足していない。

シャワーと曜さんの愛液にまみれた私は、微かな高揚感と暗い満足感と、際限ない欲望を胸に抱いて、ふらつく曜さんと一緒にベッドへ向かった。
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30 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:57:46.01 ID:CqFRrjvs
「は――んむっ――ん、ぁ」

曜さんをベッドに押し倒すと、すぐにキスの嵐だった。お腹、腕、首、鎖骨、胸、乳首、頬、唇、瞼、太もも、指、掌。
とにかく私の物だという事を、私が確認したかった。

「は――あ――よしこちゃ――」

伸ばしてきた手を、私は掴んでベッドに圧しつけて、もっとキスをする。頭の中は曜さんと自分のことしかない。いや、自分のことしか考えてなかった。

「よしこちゃ――ん」

「よう――さん」

一瞬、私たちの視線がぶつかった。

曜さんの目は赤く潤んでいたけれど、それでも微笑んでくれた。

私も曜さんも、何も着ていない。裸と裸、体温が直に感じられて、人の温もりを感じられる。
隠しているのは、私の醜い心だけ。

「おい、で――」

ぶつりと。

私の中で何かが切れた。

短く綺麗に切った爪。愛液でべとべとになった、曜さんの赤い、花弁。

私が曜さんにとって特別だから、ここにさわることができる。

触れるか、触れないか。

「あ――んっ」
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31 :名無しで叶える物語(たこやき)@無断転載は禁止[]:2017/03/10(金) 23:59:34.44 ID:CqFRrjvs
曜さんの身体が震える。一度達したからか、曜さんに流れる刺激はより一層激しいはず。だから、私は、その愛液を指で掬い取り、わざとらしくくちゅくちゅと音を鳴らす。

静かな部屋。曜さんの愛液の音。右手で曜さんの花びらを撫で、左手で愛液の音を鳴らし。

「はず――かしぃっよ……」

曜さんが顔を両手で隠す。ダメ。隠さないで。私に見せて。私は隠してばかりなのに、貴女に隠されるのは、いや。

愛液にまみれた左手で、曜さんの両手をかばりとずらす。いくら鍛えていても、一度達し今も快楽を与えられている体では、私に抗う事なんてできない。

「曜さん――」

言外の、思い。

「うん、いいよ――」

何も言わなくても、解ってくれる。だから私は、ゆっくりと。

「んっ……んんんんっ!」

つぷり。くちゅり――くちゅくちゅ。

私の指が曜さんの中に入り込む。特別なんだ。私は、曜さんに特別だって。特別じゃなかったら、こんなこと、させてくれない。

曜さんの弱いところなんて、曜さんにとって特別な私が知らないわけがない。


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