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108 :名無し生涯学習[sage]:2017/02/21(火) 05:22:49.40 ID:BY7DAcLx0 - 日時: 2009/05/15 23:58名前: うなぎ ID:Uo8XrsI6
良いのだろうか? 世界に、生きていても。 * 蝉が鳴いていた。酷く低い声でずうっと鳴いていた。真夏だった。その日。立ち昇るような雲が青い空を覆う、昼下がり。小さな村は静寂に包まれていた。村のはずれには小さな丘がある。丘の上には家がたっていた。煉瓦造りの小さな家である。 横には、木漏れ日を広げる一本の樹木。そして刺さった一本の剣とがらくたの山。背景には空と少しばかりの海。丘のてっぺんへ芝生に埋もれてしまいそうな一つのがたがた道がある。低い土の階段は埃っぽい。 その道を一人、男が歩いていた。影を蜻蛉が追う。それらは静かだった。木漏れ日も、木々を鳴らす風も、そして男自身も。いいや、男は違う。 男は何かを見て、一瞬立ち止まる。家の横の木にささるつるぎに、だった。それは錆びたつるぎだった。振り返った。髪と同じ、銀の瞳は悲しげだった。心に、悲しみを含んでいた。 彼は家の扉を開けた。長いツタ植物の絡まる緑の家だった。ドアが錆びていたのか、ぎい、と掠れるかのような音がする。彼の家ではない。家は無いのだろう。 その麦色のジャケットが放浪者であることを物語っていた。蝉が鳴いていた。酷く高い声で、ずうっと鳴いていた。 蝉が鳴いていた。鳴く。鳴く?
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109 :名無し生涯学習[sage]:2017/02/21(火) 05:27:55.08 ID:BY7DAcLx0 - *
ツタがびっしりと生えている扉を開いた。 穏やかな光が目に眩しい。狭まる視界。人が俺の目に真っ先に飛び込んできた。少女、だ。殺風景な部屋の入り口にいたのは少女だった。 泣き疲れたように眠っている、一人の娘だった。 年十五あるかないかの、彼女はまだ幼げだった。空色のワンピースに黒髪が映える。 頬が絹のようだった。美しかった。が、そのあどけない顔は夢の様な、儚げな雰囲気だった。彼女の頬には、一つ涙の筋があった。 涙の意味は、大方分かる。少しばかり髪に触れると、少女は瞼を開けた。 彼女は起き上がったと同時に、首を横に振る。髪が揺れる。美しいと感じた。恋愛感情、や、芸術品を見るような、そういったものではない。 美しい人間だと思った。まるで、ヴィーナスのような。呼吸をすれば空気が澄むような、美しい少女だった。 俺を見つめて離さない、吸い込むような、動かない彼女の黒い瞳。少し口ごもったが、彼女の名前を尋ねてみる事にした。 「名前は?」「ミア」即答だった。彼女はミアであった。その返答が当たり前だと心では思っていた。 けれども、いくら心にそう言い聞かせても、やりようのない失意の念――。それが変わることはない。あの日から、ずっと。 額に手を当てる。彼女は俺を見続けていた。暗く沈んだ、目。答えを要求される。そうして、俺の口から自然と出てきたのはこれ以上無いほどに単純で、鮮明な言葉だった。 「すまない」それだけしか言えなかった。言い訳して良い筈がない。それだけのことを、俺はした。 それが精一杯の謝罪の言葉だった。金を溶かす。そういう風に感情が、混ざり合う。俺の顔を見た少女は微笑して、唇を小さく動かして言った。「あなただったの」 「そうだ」
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110 :名無し生涯学習[sage]:2017/02/21(火) 05:33:32.48 ID:BY7DAcLx0 - 重く、低い声だった。俺の、声。夕闇に沈んだ。三白眼が一層暗くなるだろう。
少女はまたそこで皮肉めいた微笑をする。「……英雄」とだけ呟いた。言葉を失った。 答えを返すことができなくなった。言えなかったのだ。過去に背負うものは、すぐに言葉を紡ぐことを許さなかった。 ただ、謝罪の念が心の中で渦を巻く。すまないすまないすまないすまないすまない。心が、回る。 「旅の途中でしょう? あなたはこれからどこへいくの?」 「戦いはもう終わった。故郷に帰ろうと思ってる」 少女は瞳を閉じた。静かな雰囲気だった。美しかったが、それよりずっと哀しかった。まるでガラスの球に閉ざされた水のような危うさだった。 彼女の黒い髪が白くも見えてしまうような儚さもあった。例えるならばミアは、幻なのだ。ずっと西の砂漠に現れる、幻。 「ここから随分と遠い町だ。……君はこれからどうする?」 「一年、ここで暮らしてきた。でも、もう歩けない。……死ぬつもりだった」 ここ一帯は揶揄するなら、大地に祝福されてはいない。ここら一帯は豊かではなかった。しかし、食べ物にも水にもあまり困る事はない。 生きていけるのだ。町の大人も子供も、心はいつも穏やかだった。生きてはいける。でも、もう歩けないと彼女は言った。 心が深い闇の中にあるのだろう。死ぬつもりだったと彼女は言った。 過去に、苦しんでいるのだろう。年を考えてみれば彼女はまだ、十代半ばの少女だった。彼女も歩いたつもり。 だけれど、心は過去のまま。だから苦しんでいるのだ。 彼女は俯いていた。そのままの姿勢で彼に言った。「私はあなたにとって鎖なんでしょ? でも……あなたが負い目を感じる必要はない」 「すまない」
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111 :名無し生涯学習[sage]:2017/02/21(火) 05:41:54.80 ID:BY7DAcLx0 - 「謝らないで」いつの間にか、彼女は泣いていた。大粒の涙だった。冷たい水の粒が零れ落ちる。「誰だって背負うもの」
「あなたは……何をしにここへ来たの?」彼女の瞳が、俺を捉えた。強い目だった。鋭い目だった。 「言って……。咎められることじゃない」咎められる、か。もう、既に咎められているんだ。咎なら背負っている。 「君を……連れに来た」という彼の質問には少女は少しまどろんだ様子で目線を落とす。 本当の事を言えば、と彼は心の中で呟く。――君を死なせたくない。答えが、返ってきた。「それであなたはどうするの?」 苛立ちを見せるような、そういう様子だった。だが、言葉が機械的だった。ミアは戸惑っているのだろう。葛藤か。 「前を向いて歩くか」ミアは俺をじっと見つめる。純粋な瞳だった。「後ろを向いて歩くか」試されているのだろう。――返答はない、と思っていた。少なくとも、ミアは。 「ずっと……それが分からない」 それが俺の答えだった。前を向け。師に言われ続けた。だが、それは難しい。前を向いて歩く。歩くには、背負い込んだものがあまりに大きかった。 「本当のことを言って……」 いつの間にか、彼女は手にナイフを握り締めていた。俺のものだった。 震える切っ先が、心臓を指している。瞳に映るのはただ、苦しみだった。助けて欲しい。でも歩いてゆく自信がない。 いっそ、ここで何もかも終わらせてしまった方が良い。そう考えているのだろう。だが、死んでも何もそこにはない。 「生きて欲しい」 彼女の頬から零れ落ちる涙は、雫となって腕に落ちる。 「一緒に故郷に行かないか? 生きてみるといい。簡単じゃないけどな」「歩けなくなったら、その時は……」「任せろ」「……うん」小さく頷いて、ミアは家を飛び出した。 微かに、笑っていた。無邪気な笑みだった。ミアの後姿が小さくなってゆく。 あの村へ旅立ちの挨拶に行くのだろう。そう思うと俺は安堵して、ほろ苦い笑みを浮かべていた。らしくないな。我ながら。
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112 :名無し生涯学習[sage]:2017/02/21(火) 05:43:47.70 ID:BY7DAcLx0 - 彼女は走る。走る。やがて後姿も景色に溶け込むくらい、小さく。
手のひらを見ると、彼女のぬくもりが残っていた。だが俺の手だ。思わず、苦笑を浮かべた。 「しかし、俺はまだ……」それだけ呟くと再び、うなだれた。やるせない微笑を浮かべていたのかもしれない。きっとそうだろう。 いつの間にか、雲が天を覆っていた。空を見上げた。雲の狭間に、銀の光が舞う。なんとも神々しい。なにか神でも降りてきそうな空の端くれだ。 「まあいいさ」まあいい? 俺は妥協しているのだろうか。それはならない。心の中で、訂正する。疲れた。少し寝よう。そっと、瞼を閉じた。 前へと歩く。歩く。歩く? * ガシャリ。 剣が、引き抜かれる。 剣に、月の光が当たる。 剣は、笑った。 古い、剣。剣。剣? * カタン、カタン、と揺れる音も馬蹄の音も、全部風に消えるくらい静かだ。 愛馬に「急げよ」と声を掛ける。返事が返ってくるわけでもない。 ふと、空を見上げた。いつもぼんやり空を見ることを心がけている。それは俺が、一時でも忘れる為だった。あの日、過去の記憶を。 「……鎖、か」思わず呟いた。呟いていた。「できれば君を過去の鎖とは、思いたくはない」鎖ではない。では何だというのだろう。 ? いや、違う。愛馬に鞭を入れる。 同じ農村の景色と野菜をみていると、小腹が空いたので、手を突っ込む。俺は一口だけ干し肉を齧ろうとしたが、探る間に細い声が飛んできた。 「なんのこと……?」 黒い頭がひょっこりと荷台から顔を出した。ミアだ。良く眠れたらしい。 ぐしぐしと目を擦っては、小さな伸びをしていた。乾燥した肉を左手の指に挟んでから、ゆっくりと首を横に振った。 「なんでもない」 馬蹄の音がした。響く。一つ一つ、道に刻まれていく。 過去の、鎖。鎖。鎖? *
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113 :名無し生涯学習[sage]:2017/02/21(火) 05:52:12.14 ID:BY7DAcLx0 - *
槍だった。血だった。道だった。旗だった。鬼だった。力だった。目だった。鼻だった。耳だった。口だった。腕だった。足だった。人だった。人間ではなかった。 昔、人間ではあった。けれど。人間でなくなった。しかし人ではあったのだ。こころが人ではなかった。英雄と呼ばれた。 なにも嬉しくなかった。悲しかった。俺は罪だった。英雄などではない。存在が罪だった。俺が罪だと思っていた。 俺は咎められた。俺に咎められた。俺自身が咎めたのだ。戦争が終わった。金を、貰った。大金だった。欲しくなかった。 俺の目の前には孤児院があった。全部あげて俺は逃げた。走った。走った。走った。 足下は澄んだ湖だった。俺は飛び込んだ。死ねなかった。水が目に入る。水が鼻に入る。水が耳に入る。水が口に入る。全て流されてしまうような―― 揺らいだ水泡が瞳に映る。水の中で、何かに囁いた。俺はどうすればいい。答えはなかった。黒い髪から、紅が抜けてゆく。髪はとたんに、ぶわりと。白銀を水中に振り撒いたよう。改めて思った。 俺は罪だった。人を殺した。もう無双の強さもいらなかった。浄化を求めていた。あの金はどうなったのだろう。 誰かが、受け取ってくれたのだろうか。俺は罪を償えただろうか。いや。そんなはずがない。俺は何のために生きているのだ。いいや、そもそも生きているのだろうか。 分からない。二択だ。たったの二択だ。簡単な事だろう。だが、分からない。考えろ。どうすれば、生きていける、のか。どうすれば、ここから前へ進めるのか。 いつ、この苦しみから解放されるのか。気がつけば。自分のことだけを考えていた。 空気を吐き出す。浮き上がる。死ぬよりは、生きよう。生きればみつかるかもしれない。みつかる、か。どうなのだろうな。だがこれ以上、人は殺さない。なら護ろう。護って、生きていこう。 護り、生きる。生きる。生きる? * 老人は眉根を寄せた。何かを感じ取った。それは―― 西からの風。風。風? * 気付くと、俺は見知らぬ街にいた。ここはどこだ? 俺は何をしている? 後ろの男は、何者だ? 目の前には、母。母がいる? 泣いていた。嘆いていた。 思考が、白くなる。それと同時に、俺は思い出す。後ろに、男がいるんだった。後ろを振り向いた。お前はだ――。 誰だ? 誰。誰? *
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114 :名無し生涯学習[sage]:2017/02/21(火) 05:58:21.44 ID:BY7DAcLx0 - 「なあアイジャ」その声は老いていた。だが老いて尚、研ぎ澄まされた、鋭い声。老いた声の主は、鋭い。俺は言葉を返す。「なんだ」
「おぬしが……あの娘に近寄って良い事はない」と、髭を弄びながら言った。彼は俺の師だった。今は占い師をしていると聞く。 俺が口が下手であるのは物心つく前、元々何も話せなかったところをこの当時、五十を過ぎていた堅物の男に拾われたからだと、俺を知る人間は口を揃えて言う。 紛れもない、俺の師だった。もう齢七十近い。白髪をうなじで束ねている厳格な老人だ。 都は賑わっている。商人達の声が飛び交う表通りから、ミアがおそるおそる路地裏から様子を見ている。表情が僅かなこわばっていた。 俺が声をかけると、僅かに安心したような、機嫌の良い柔らかな表情になる。 俺や師と違い、ゲンキンなものだ。長生きするだろうか。体の疲れのせいか、雑念が過ぎる。いや、疲れたのは心か。 「街を歩いてきても、いい?」という彼女のか細い問いに対し、俺は首を縦に振った。箱庭のような安全な街だ。 危険を気にする必要はない。あれから数ヶ月が経つが、大分背が伸びた。何も食べていなかったのだろう。 「……アイジャ。経緯を、話せ」 間延びした声。老いたものだ、と俺は少し傲慢な考えを抱いた。俺はこの、何処から浮浪してきたかも分からない男に十六まで育てられた。 師の事なら、二番目に良く知っているだろう。そしてその経験から言えば、俺の師は隠し事を嫌う。何故か嘘も通じない。溜息を吐くと説明を始めた。少女の事、そして自分のことを。 昼過ぎ、街は賑わっていた。今日は戦争が終わってから、ちょうど一周年の祭の日だった。 戦争から一年。戦争? 戦争。 * 二十年前の冬。冬? 冬。その日見た女性の輪郭が、最も淡く古い記憶である。 初めは一兵士としてこの国に赴くまで、俺はこの右手の指が一つ無い壮年の老人に育てられた。 毎日、分厚い本を読んで生きる限り必要最低限の生き物を狩り続けた。殺したとは言いたくはない。
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115 :名無し生涯学習[sage]:2017/02/21(火) 06:05:17.07 ID:BY7DAcLx0 - 師は意外にも奔放な男だった。その彼との間には二つだけルールがあった。後ろを振り返るな。そして死ぬな。この二つ。
これが意外にも、難しい。振り返るな。前に進め。煙草のヤニの臭いと同じ。 毎日のようにその言葉を聞いて、毎日生き続け、そうしているうち、気付けばあの冬の日から十三もの年月が経っていた。 毎日、生きる。生きる。生きる? * 夕日を受けて。 暗闇に沈んだ建物の黒と、空の紅の雲と青い空が対照的だった。 互いの顔に闇がかかる。知らないうちに、師より俺の顔の方はすっかり闇に覆われてしまっていたのか、師匠は懐からカンテラを取り出すと、擦り合わせる事一回、刹那火花が散って油が燃え上がり、路地裏の細い道を明るく照らす。 「……街は暗いな」ふと、出た言葉だった。師はそういうものだ、と煙草を取り出した。 俺も人間らしさと言えるところはあるのか、たまにどこかでふらりと会えば体に良くないといつも言うが、彼はそういう言葉を気にしない。 気ままに生きている。きっと昔に何かあったのだ。そう思った。俺と出会うよりずっと前に。老師はぽつり、と言った。「アイジャよ」なんだ。 なに、マッチがきれた? 手渡す。薄い闇の中に、鮮明に光の輪が浮かび上がる。老師は煙を吐く。 乾いた声で、彼は言った。「お前は何かに追われている」「知ってる」「そういう意味じゃない」つまり本当に追われているのか。誰にだ? 人間か。「人じゃない。おっと、よく聞くのだ。 生きとし生けるものではない。今はこの街の近くだ。そういえば……お前達は、どこから来た?」どこから、か。 「西」「やはりか」老師は紫煙を吐き出し、煙草を靴で磨り潰した。「嫌な予感はしていた」辺りがまた少しずつ、暗く染まる。昔から真剣な話の時はいつもこうだ。「良く聞け」案の定。人ではない。 ならなんだ。化け物か、ドラゴンか? それは空想上の生き物だ。「これを受け取れ」そう言って彼は、俺に一本の古びた剣を投げて渡した。チイン。金属特有の風を切る音。 「戦うか?」返答には困った。気付くと、街の門が音を立てている。どうやら時間は無い。困った時には前を向けと俺は教えられた。振り返ってみる。老師がいた。「アイジャ。お前は何を望む?」 何を望む。望む? 望む。
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116 :名無し生涯学習[sage]:2017/02/21(火) 06:09:35.14 ID:BY7DAcLx0 - *
空を斬った。血飛沫が上がる。既視感に襲われる。全身を痛みが駆け巡る。向かってくる。死体を作り続けていた。 俺は人を殺していた。平然と、薪を割るように、平然と。俺はもう人間ではなかった。 気付けばまた、人を斬っていた。嫌だ。助けてくれ。そんな悲鳴が、聞こえる。外からも、内からも。 俺も救いを求めていた。刹那に人を切り裂いていく。それを繰り返す内、見たくもない過去を積み上げていた。 だが、最後の男を切り終えた時、彼の首からロケットが転がる。カチャン。運河に落ちたそれを拾い上げれば、黒髪の少女が映っていた。 miaと記されていた。ミア。兎に角、疲れ果てていた。剣を落とした。 目をしたにやる。胸からつるぎが生えていた。口の中……。血がまずい。安堵した。春霞のように、世界が濁る。天が崩れる。空が泣き出した。 子供のように。意識を手放す。降り注ぐ。ざあああああああ。ざあああああああああああああ。その次の日、南北間の戦争が終わった。英雄と呼ばれた。心が、泣いていた。 名前は、ミア。ミア? ミア。 * 俺は護りたい。ミアを、護りたい。 ミアを、護る。護る? 護る。 * それは、甲冑を纏っていた。街の門が、壊されている。門番が肩に一撃受け、悲鳴を上げていた。彼に追撃が迫る。 寸前、危機一髪というのだろう。二つの刃が、火花を散らしていた。重い。重い! すぐさま弾いて、身を翻し。 そのまま、一気に間合いを取った。構えながらも、甲冑の姿を一瞥する。手の感触が懐かしい。と、同時に忌々しくもあった。くそ、余計な感情は、淘汰しろ。 トワイライトの闇にも目が慣れてきた。姿が、鮮明に再現されていく。ガラクタを集めたような鎧に古びたつるぎ。 どこかの童話にあった。騎士の話にそっくりだ。つるぎはミアの住んでいた家の、木に刺さっていたものと同じ。 “甲冑”から人は感じなかった。甲冑の中から赤い眼光が揺らめいて、軌跡を描く。威圧される。甲冑の口が微かに動いた。 ミア……マモル。 そう聞こえた。いや、確かにそう言った。もう俺もこれらも夢なんかじゃないと信じている。夢なら、生まれた時から夢であって欲しい。 オマエ……コロシタ。 確かに俺は殺した。あんた達を、殺した。戦争だとか、そういうことは言い訳にならない。償いきれるものではない。
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117 :名無し生涯学習[sage]:2017/02/21(火) 06:11:39.89 ID:BY7DAcLx0 - だが少しでも、あんた達の意思を汲みたかった。戦場へ行き孤児はみんな拾った。
さすがに、育てられはしなかったが。でもそれでも、たりないのだろう。当たり前だ。 剣を交える。一つ一つ、鎧をはいでいく。良く見れば、すぐに分かった。鎧は脆い。つるぎも、脆い。俺が英雄だと呼ばれていた。 そのことは知っていたのだろう。だが、何か理由があった。……ッ。壁際。 オマエ……ミテル。 油断だった。剣が、俺の胸から足にかけてすべり下ろされる。 「ぐっあああ!」 絶叫。周りの人々も気付き始めた。 良く考えてみれば、最初に剣を交えてから、数分しか経っていない。それでも冷徹なくらいに時間が過ぎるのは早い。 決着はつこうとしていた。横凪の剣を上に弾き、甲冑の胴へと剣を叩き込む。 甲冑も剣を振り降ろすのが肌を打つ、風で分かる。出血を意に介さず、身を捩って、もう一撃。鎧の一枚が、また砕け散った。 俺は今まで逃げていた。ミアに会う事で分かった。俺はもう逃げない。俺が逃げる事なんて、俺は許さない。もう、後ろへは逃げない! 「ぐっ……ッ!」 コレデ……オワリダ! 全身から血が迸る。だが構わない。次の一撃で終わらせる。体を反転させての斬り、そして―― 視界が赤く染まった。俺の血だ。倒れそうになる。まだ、倒れない。 甲冑は崩れていた。声が聞こえる。 スマナイ。 先に言われてしまった。謝らなければならないのは、俺のほうだ。 ミアヲ……タノム。 手にはロケット。あの日の、ものだった。 「当たり前だ」 そう、言う。甲冑は、笑ったように見えた。救われたのだろうか。 俺は、救われたのだろうか。体が、熱い。だが、自然と心は落ち着いていた。安堵していた。解放、されるようだった、 世界が暗く沈む。 「アイジャッ!」 高い、声だ。ミ……ア……? アイジャは、倒れた。死んだ。死んだ? ある意味、死んだにも似ていた。 そう言おう。 *
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118 :名無し生涯学習[sage]:2017/02/21(火) 06:14:12.27 ID:BY7DAcLx0 - *
起きろ。……声がするな。老人か。 朝だ。……寝かせてくれ。体が重い。うっ……く。 「ん……」頬を押さえて、よろける。くそ、めまいか。 漠然とそういうことを考えていると、また殴られた。痛い。意識と世界が鮮明になる。目の前には、一人の男がいた。壮年の男性だ。 格好からすると、師か。ここは、何処かの宿のようだ。ベッドから独特の香りがする。ここまで運ぶような柄ではない。 俺が目を点にして立っているとここまでの経緯を語るわけでもなく老人は俺を見据えた。「お前は生きてる」 「ミアは?」 「ミア? あの黒髪の女の子か?」 弱い自分が嫌いだ? そして一人で先に行った? 途端に俺は立ち上がろうとした。が足に力が入らない。足の腱の辺りには、針の跡が交差している。 とたんに、記憶が呼び戻された。俺が護る、と言った。行かなければ。行こう。 だが、 この街を出させてくれないか、と。いくら言っても断られるばかりだ。交渉の余地はないようだった。今日の、昼までは。 ありがたい。 「おまえが心配をするとはな」と老師。珍しく、口調が穏やかだ。そういわれれば、素直に答えるしかない。「ああ」 「大丈夫だ」と彼は言う。「いい目をしてた」 「……」 「お前も少しはマシな目になった」あんたは相変わらずか。けれど、感謝はしている。 そうか。なら大丈夫だ。俺も体を休めるとしよう。 過去は拭えない。だが、それにより築かれたもの、失ったものもある。俺も前を向こう。ミアのように? いや、これは俺の選んだ道だ。この道を歩いていく。ミアがつまずいて転んだ時、後ろから支える。ミアを護る。支えていく。 後ろにいて、護る。護る? そう、ずっと護っていく。
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119 :名無し生涯学習[sage]:2017/02/21(火) 06:14:35.54 ID:BY7DAcLx0 - *
わたしは一人で、街を出た。 一歩踏み出すと、生きていると思える。 道はどこまでも続いてる。立ち止まることもある。でも、振り返らない。 歩ける。歩いていける。 前を向いて、歩く。歩く? 歩く。 前を向いて、歩いてく。道はちゃんとここにある。繋がっていく。 長い長い道の先に、大きな空がどこまでも広がっていた。 (おわり)
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