- キルミーベイベーで百合
225 :名無しさん@秘密の花園[]:2012/02/01(水) 21:41:24.76 ID:OeTgcaPD - アラサーベイベー
「久しぶりの再会を祝してかんぱーい!」 ビールの入ったグラスを高々と掲げ、声をはずませるやすな。 ソーニャは小声で「かんぱい」とつぶやき、カシスオレンジを一口飲んだ。 週末の夜。サラリーマンでにぎわう居酒屋に、やすなとソーニャはいた。 「本当に久しぶりだよねー。元気してた?」 「まあな」 初めて出会った日から、もう十年以上経った。いつの間にか、二人とも立派な大人の女性になった。 身長も十センチ以上伸びて、顔つきもしなやかになった。胸の大きさだけが、あの日のままだった。 「まさか、お前が公務員になっているとはな」 しみじみとそう言って、お通しの枝豆を口に運ぶ。やすなは早くも二杯目を注文していた。 「意外? 似合ってると思うけどなー」 「堅実な道を選ぶなんて、お前らしくもないと思ったんだ」 昔のことを思い返しながら、ソーニャが言う。 思えば、当時のやすなは五秒先の行動が読めないほどのハイテンションガールだった。 「まあ、このご時世だからねー。先々のことを考えると、これが無難かなって思ったの」 「……お前、お利口になったな」 「そんなことないよー。私は折部やすなのままだよ!」 たしかに、無邪気な笑顔は十年経っても変わっていない。そのことに、ソーニャはちょっとホッとした。 「ソーニャちゃんは、まだ殺し屋なの?」 軟骨のから揚げをほおばりながら、やすなが尋ねる。 「ああ」 口元まで運んだグラスを一旦置いて、短く返事した。
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226 :名無しさん@秘密の花園[]:2012/02/01(水) 21:42:37.34 ID:OeTgcaPD - 「殺し屋って、定期的に仕事が来るの?」
どこか心配そうに聞くやすな。ソーニャは少し間を置いてから、語り始めた。 「仕組みは簡単なんだよ。誰かを殺したいと思うやつがいる。でも、自分の手は汚したくない。だから、プロに代行してもらう。 いくら文明が進化して、技術が発達した世の中になっても、この流れは変わらないんだ。結局、いい意味でも悪い意味でも、人間は自分勝手ってことさ」 「そういうものなのかな……」 複雑な表情を浮かべるやすな。やすなの心の中で、今の話の理解できること、できないことがせめぎ合っているようだった。 一方のソーニャは、個室を予約しておいてよかったと、今さらながら思っていた。いくら周りがにぎやかな宴会モードとはいえ、大っぴらにできる話ではないからだ。 しばし、二人の間は沈黙に包まれた。 数分後、何かを決意したようにやすながグラスをつかみ、八分目くらいまで入っていたビールを一気に飲み干した。 「っぷはー! なんかもう、難しい話はいいや! だって、私にとって、ソーニャちゃんはいつまでもソーニャちゃんだもん! あっ、ソーニャちゃん全然飲んでないじゃん! ほら、なに頼む?」 「えっ、いや、私はあまりお酒が得意じゃ……」 「それなら、ソフトドリンクでもいいから! こうなったら、今日は私のおごりだよ!」 「じゃあ……カルピス」 その後、二人は二時間ほど思い出話に花を咲かせた。 一緒にお祭りに行ったこと、海でスイカ割りしたこと、ツチノコを探しに行ったこと――。 そのどれもが、何気ない日常の一ページに過ぎないかもしれない。 でも、二人にとっては、何事にも代えがたい大切な宝物だった。
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227 :名無しさん@秘密の花園[]:2012/02/01(水) 21:43:20.99 ID:OeTgcaPD - 店を出て駅に向かう二人。途中まで方向が同じということもあって、二人は同じ電車で帰ることにした。
窓の外に映る景色をぼんやりと眺めていると、ふいにソーニャの肩にやすなの首がヒョコンと乗った。 「ん? ああ、寝ちゃったのか」 静かに寝息をたてるやすな。ソーニャはそれを見て、安らぎを感じていた。 そのまま時間は流れ、駅を三つ過ぎたころだった。 「むにゃむにゃ……しっかりしてソーニャちゃん」 「うん? 急にどうしたんだ?」 ソーニャが問いかけても、返事がない。どうやら、寝言のようだ。 幸せそうにそっと微笑みながら、やすなの寝言は続く。 「大丈夫!! ずっと友だちの私がついてるよ!!」 「そっ、それは……」 ソーニャはドキッとした。 やすなの寝言。それは、まだ出会ったばかりのとき、やすながソーニャの手をギュッと握りながら言ったセリフだった。 ふと、ソーニャは思い出した。あのときの自分は、やすなの手首にダメージを与えただけで、何も返事をしていない。 やすなが寝ている今がチャンスだった。 「ああ、これからも、ずっと友だちだな」 ささやくように、やすなに告げるソーニャ。そして、恥ずかしそうにうつむいてしまった。 (ふふふ、ソーニャちゃんは素直じゃないなぁ) 実は狸寝入りをしていたやすなが、心の中でソーニャに言う。 (ずっと友だちだからね。約束だよ?) 右手の小指を、ソーニャのひざもとにそっと置く。 二人を乗せた電車は、もうすぐソーニャの住む街へ着くころだった。
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